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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


夢喰い羊の生活


◆羊の催促

「悪いけど、あんた、こいつを引き取ってくれないかい?」
 アンティークショップの女主人――碧摩・蓮が珍しく困り顔で指差したものは、一匹の子羊だった。
 触り心地の良さそうなもこもことした純白の毛、くるくると巻かれた角、つぶらな黒い瞳。一見普通の羊にしか見えないが、
「蓮、なんでそんな嫌そうに見るモル! モルは立派な『夢羊』モルよ! モルをそばに置いて寝れば、不眠症もバッチリ解消モル!」
 ――何故か日本語を喋る上に、一人称と語尾も妙だった。可愛げな印象を与えるのは声と外見だけで、態度は無駄に大きい。
 蓮は羊に聞こえよがしに溜息を吐き出す。
「あんたがうるさすぎるからだよ。大体、羊の鳴き声は普通『メー』だろ」
 フッと不敵に笑んだ鬼童・ナツは羊を見下ろし、
「夢羊か。なかなか面白い奴だな」
「こいつのせいで、最近は店に来る客からの苦情も多くてねぇ。困ったもんさ」
「そうなのか? 喰い甲斐のありそうないい羊じゃないか、肉付きもいいし」
 途端にギクリと身を強張らせる羊。疑惑の眼差しをナツに注ぐ。
「ま――まさかおまえ、モルを喰う気モルか?」
「羊の肉は前から喰ってみたいと思ってたしな。それに、妖の羊などそうそうお目にかかれる代物じゃない」
「ちょっと待てモル! モルは悪夢を喰いたいモル! 腹が減ってしょうがないモル! モルを喰う前に早く悪夢を喰わせろモル!」
 羊は空腹のせいで不機嫌らしい。肩をすくめる蓮。
「あんたになら特別にタダであげてもいいよ。どうする?」
 特に断る理由もなかったので、とりあえず飼ってみることにした。
 羊にビシィッと人差し指を突きつけ、ナツは高圧的に言い放った。
「夢羊! 貴様はこの俺――鬼童・ナツが飼ってやる、ありがたく思え!」
「うぅぅぅ……なんだか恐ろしく喰う気満々オーラが漂ってるモル……!」
 ぷるぷると小刻みに震える羊を片腕に抱え、ナツは意気揚々と自宅への帰路を歩んだ。


◆羊の夢生活

 蓮から羊を引き取った日の夜。ナツは自宅でいつも通り夕飯を大量に喰い尽くし、張った腹を満足気にさすっていた。テーブルには食器が山盛りに積み重なっていて、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「ふー。今日も喰った喰った」
「……すごい食欲モルね。モルに匹敵するかもしれないモル」
 半ば呆れ顔の羊に、ナツはフンと得意げに鼻を鳴らす。
「当然だ。俺の趣味と特技は喰うことだからな。特に妖の肉は大好物だぞ」
「そんなこと言って、今晩ものが喰えない悪夢を視ても知らないモルよ。まぁそのときはモルが喰ってやるモルけど」
「さて、満腹になったし寝るとするか」
「話を聞けモルー!! あと食器片付けろモル!!」
 ぽよんぽよんと跳ねながら激怒する羊を無視し、寝室に移動する。ベッドにごろりと仰向けに転がり、いざ夢の中へ。

 じりじりと天の光が照りつける。足下の砂がざくざくと鳴く。
「……腹減った……」
 ナツはひとり砂漠をさまよっていた。歩けど歩けど、視界に入るものは砂と空のみ。憎らしいほどの空の青さと太陽の眩しさに舌打ちする。
「くそっ。喰い物はどこだ……!」
 だらだらと肌を伝う汗も鬱陶しい。サウナなど比にならない灼熱地獄に、意識を手放してしまいそうになる。
 脳をよぎるのは食品ばかり。アイスクリーム、冷やし中華、素麺等が浮かんでは消え浮かんでは消え――。
「うわっ!」
 ドサッ。
 やがて足が砂に捕らわれ、うつ伏せに倒れ込んだ。肌が焦げそうなほどに熱い砂の感触が、とにかく痛い。
「〜〜っ! 俺に喰い物をよこせー!!」
 誰にともなく叫ぶと、頭上から声が降って来た。
「モルが助けてやるモル! この悪夢を喰い尽くしてやるモル!」
「!」
 宙にふよふよと漂う羊。思わず手を伸ばす。
「よし、貴様を喰えば腹の足しになる……!」
「だから話を聞けモルー!!」
 んがっ、と大きく開口した羊は、凄まじい速度で悪夢を吸い込み始めた。砂、青空、太陽等、その空間のありとあらゆるものを飲み込んでいく。――そして、ナツをも。
 恐ろしいまでの吸引力により羊の方に身体が引き寄せられ、流石に慌てるナツ。
「ちょ、貴様、ちょっと待てっ!」
「おやすみモル、ナツ」
「――うおあぁぁぁぁぁっ!?」
 ごっきゅん。
 飲み込まれた瞬間、彼の意識はダーク・アウトした。


◆羊の後日

 翌日の朝食の席。ハイスピードで料理をたいらげていくナツの横で、羊が盛大な溜息をこぼした。
「だーから言ったモル。モルを喰うなんて言ったからあんな夢を視たモルよ」
「で? 貴様の腹は満たされたのか?」
「また話聞いてないモルね……。まあ昨夜のあれだけだと満腹度は53%ってとこモル」
「そうか」
「そっちこそ、モルを喰うんじゃなかったモルか?」
「――やめた」
「モル?」
 きょとんとする羊に、にやりと不敵に笑んでみせるナツ。
「夢で視た貴様の力と心意気が気に入った。今日から貴様を『満腹丸』と命名して飼い続けてやる。ありがたく思え!」
「そのネーミングセンスはなんだモルー!!」
 ぽよんぽよんと羊が跳ねると、テーブルが小刻みに揺れる。
 今夜は美味いものをたらふく喰える夢が視たいな、とナツは密かに思った。


−完−



■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6720/鬼童・ナツ/男/21歳/警視庁資料管理

■ライター通信■
鬼童・ナツさま
初めまして、蒼樹 里緒と申します。このたびはご参加有難うございました!
初のウェブゲームご参加ということでしたが、いかがでしたでしょうか?
夢羊改め満腹丸をどうぞこれからも可愛がってあげて下さい(笑)
よろしければ、愛と思いやりのあるご感想・ご批評をお聞かせ下さいませ。