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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


蛍の最期



☆★☆


・日程
 アトラス前集合→“ファンタジア・アクア”内自由行動→ファンタジア・アクアにて昼食→向日葵園内自由行動→向日葵園近くの甘味所で休憩→花火大会→ラストは幻想的な秘密の場所へ
・持ち物
 水着(必須)浴衣(必要な者のみ)その他各自で必要だと思うものを持ってくること。
・参加費
 ファンタジア・アクア、向日葵園の入場料、昼食と甘味所での食事はアトラス持ち。
 その他、花火大会内での食事やお土産代は各自で持ってくるように。
・注意事項
 自由行動時間内では何をしても構わないが、集合時間は必ず守ること。
 貴重品は自己管理。
 水着や浴衣を入れたバッグのほかに、貴重品を入れたバッグを1つ作ると便利。


「こんなもんかしら」
 碇 麗香はそう言うと、綺麗にプリントされた紙を三下 忠雄に手渡した。
「費用はこちらで持つけれど、雑誌に載せる写真を撮るかも知れないからってことをよく言っておいてね」
「・・・はい・・・」
 三下は頷くと、日程の部分をもう一度眺めた。
 ファンタジア・アクアは、最近出来たレジャー施設だ。
 室内プールで、流れるプールからウォータースライダーまで、なんでも揃っている。
 ファンタジア・アクア内は大きく分けて5つのゾーンがある。
 1つは南国ムードたっぷりのゾーンで、広いプールの周りは木が鬱蒼と生い茂っている。
 プールサイドには真っ白なテーブルとチェアーがあり、頼めばトロピカルジュースを持って来てくれる。
 時折鳥や獣の鳴き声などがテープで流れ、なかなかに良い雰囲気の場所だ。
 2つ目はアスレチックランドで、流れるプールやウォータースライダーがある。
 サーフィン体験用の波が立つプールまであり、監視員の人の付き添いがあれば飛び込みも体験できる。
 3つ目は水族館だ。水着のまま入れる水族館で、魚と触れ合えるコーナーもある。
 夏限定イベントとして“秘宝探し”を行っている。
 複雑に入り組んだ洞窟内を探検しながら最奥にある“秘宝”を持ってくると言うものなのだが、制限時間つきで未だに秘宝を持ち帰れたものはいない。
 洞窟内にはちょっとしたサプライズが沢山あり、水の中に落ちることもあるようで、出て来た人はビショビショになっている場合が多いと言う。
 4つ目はプライベートビーチだ。
 どのようなビーチが良いかを係員に詳細に伝えることによって、それに合った部屋に案内してくれる。
 広さは他のところに比べてないが、凝った内装は“部屋”と言う事を忘れてしまいそうになる。
 壁や天井に埋め込まれたスクリーンが部屋を何倍もの大きさに見せる。
 時間設定を昼や夕方、夜と変えることによって室内の明るさが変わる。
 また“朝から夜まで”や“夕方から夜まで”と言う指定も出来る。
 5つ目はレストランゾーンだ。
 今回の取材ツアーでは、コースの料理を頼んであるのでここでの心配は要らない。
「ファンタジア・アクア内での昼食が必要ないって言う人がいたら、それはそれで良いけれど、その分の昼食は自費ね。その場合の集合時刻は、昼食終了時刻ね」
「分かりました・・・」
「昼食は良いけれど、甘味所は絶対に全員集合ね。花火大会での注意事項とかもしたいから」
「言っておきます」
「花火大会内での夕食は各自で取ってね。ただ、一緒に夕食したいって人がいたら一緒しましょう。その場合の夕食代はこちらで持つわ」
「何食べるんですか・・・?」
「うーん。花火が見えるところで食べたいわよね。一緒に行く人がいれば、各自の希望を聞いて決定しましょう」
 分かりましたと呟いた後で、三下は手に持った日程表の一番最後の部分を指で指し示した。
「あの・・・コレ、なんですか・・・?」
 “ラストは幻想的な秘密の場所へ”と言う部分だ。この部分だけ、他のものと比べて曖昧になっている。
「あぁ、それは・・・」
「蛍ですよ」
 三下は背後から聞こえて来た声に振り返った。銀色の髪をした華奢で美しい少女と、紫色の瞳をしたどこか妖し気な少年・・・。
「さんしたクンは初めて会うのよね?紹介するわ。何でも屋をやっている鷺染 詠二君とその妹の笹貝 メグルちゃん」
「・・・は、はじめ・・・まして・・・」
「三下さんですよね?お噂は麗香さんから伺ってます」
 メグルの言葉を受けて、麗香が明後日の方に視線を向ける。きっと、ロクなことを言っていないのだろう。
「それで、あの、この最後のって・・・」
「あぁ、うん。あのね、蛍の最期を見に行くんだ」
「蛍、ですか?」
 もうとっくに蛍の時期ではないのに・・・。8月のカレンダーはいくつも赤い×が並んでいる。
「そう。空に昇っていく蛍の姿を見に・・・ね。すごいキレーなんだけど、絶対に蛍に触ってはイケナイんだ。蛍は儚いから」
「もしかしたら、簡単な願いなら叶えてくれるかも知れませんね」
 詠二の言葉を引き継ぎ、メグルが不思議な笑顔を浮かべる。
「でも、蛍ってもう今の時期は・・・」
「夏は、この世とあの世との境界が薄くなる季節なんです。だから、夏が終わる前に帰らないといけないんです」
「他の人にはなにを言われても内緒にしておいてね、三下さん。驚かせたいからさ」
 詠二の言葉に三下はコクコクと頷いた・・・


★☆★


 ジワジワとした熱気の中、麗香がふっと熱い息を吐き出す。
 まだ朝も早く、陽は完全に頭上に昇りきっていないとは言っても、流石に夏の空気は重く暑い。
「麗香さん、お待たせしました」
「あら、詠二君にメグルちゃん。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします。・・・あの、それよりも三下さんは・・・」
「ちょっと車を取りに行かせてて・・・そろそろ他の人も集まってくるかも知れないわね」
 腕に巻きついた華奢な時計に視線を落としながらそう言うと、麗香は熱気にぼやける通りの先へと視線を向けた。
「何名の方が来られるんですか?」
「私とさんしたクン、メグルちゃんと詠二君も入れて・・・全部で・・・11人ね」
「随分大所帯になりましたね」
「と言っても、ほとんど自由行動だからね」
「良い写真が撮れると良いですね」
 メグルが肩の辺りで緩く2つに結んだ銀色の髪を靡かせる。
「・・・あ、誰か来たよ!」
 詠二が大きく手を振り、歩いてくる3人のうちの1人が手を振り返して走ってくる。
「あ!!ジェイドさんだっ!!」
「詠二君もメグルちゃんも、久しぶりだねー!」
 ジェイド グリーンが微かに乱れた息を直しながらそう言って、2人に笑顔を向ける。
「お久しぶりです、お2人とも・・・」
 その後ろから控え目な笑顔を浮かべながら姿を現した高遠 弓弦(たかとう・ゆづる)に、メグルが嬉しそうに駆け寄りその手をそっと握る。
「弓弦さん・・・お久しぶりです、会えて嬉しいです」
 満面の笑みのメグルに連れられてか、弓弦もふわりと柔らかく表情を崩す。
「今回はお誘いくださって有難う御座います」
 弓弦よりも半歩後ろに立っていた高遠 紗弓(たかとう・さゆみ)が麗香の前に歩み出ると頭を下げ、心底嬉しそうな表情を浮かべている弓弦に穏やかな視線を向ける。
「ほら、麗夜さん!早くしないと・・・」
「あー・・・うっさいなぁ。朝は苦手なんだよ」
 元気な可愛らしい少女の声に続いて、素っ気無い少年の声が響く。
「あれ?麗夜・・・?」
「・・・詠二とメグル??」
「あら、知り合い?」
 人形のように整った顔の少年がキョトンとした瞳で詠二とメグルを交互に見比べ、すぐに何かに思い当たったらしく「あぁ」と口の中で呟くと視線を落とす。
「って言うか麗夜、いつの間に彼女が・・・」
「ちっげぇよ」
 苦々しい口調でそう言うと、夢宮 麗夜(ゆめみや・れいや)は隣でただ成り行きを見守っていた樋口 真帆(ひぐち・まほ)を指差して「もなの友達」と素っ気無く告げると目を擦った。
「あー、もなちゃんの・・・って言うか、麗夜よく来たね」
「あ?」
「魅琴さんもいらっしゃる予定なんですけれど・・・」
 メグルが不安気な口調でそう言った時、通りの向こうから背の高い男性と1人の少年がゆっくりとした足取りでこちらに向かってきた。
「皆さんもうお集まりですね。すみません、遅れてしまいましたか?」
「そんなことはないんだけれど・・・」
 麗香が不安そうに言葉を濁し、詠二とメグルの視線がチラリと麗夜に向けられる。
「あぁ・・・魅琴もいるのか」
「お!詠二とメグルだけじゃなく、麗夜もいるんじゃねぇか!すっげー、ハーレム!?」
「ほざけ」
 いたって軽い感じのする神埼 魅琴(かんざき・みこと)に、紗弓がすかさず弓弦とメグルを避難させる。
「えっと、初めまして。菊坂 静(きっさか・しずか)と申します」
 挨拶は基本ですと言うかのように静がゆっくりと頭をさげ、「この状況でしっかり挨拶の出来る静君は只者じゃないわね」と麗香から良し悪しの分からない評価を受ける。
「あぁっ・・・み・・・みなさんおそろいですか・・・??」
 にらみ合う麗夜と魅琴、オロオロとする真帆、妹とメグルちゃんには手出しさせないわと言った様子の紗弓、成り行きを見守っているジェイドと詠二、そしてそんな状況にも別段気を留めずに微笑を浮かべている静。
 長い今日と言う1日を無事に終えることが出来るのか・・・。
 はぁぁ〜と、軽く溜息をつくと麗香は三下から車のキーを受け取った。


☆★☆


 最近出来たばかりのファンタジア・アクア内は綺麗だった。
 壁や天井には繊細な魚の絵が描かれ、時折色を変えるライトは淡く、まるで海中にいるような気分にさせる。
 受付の女性が麗香と二言、三言言葉を交わすと営業スマイルを浮かべる。
「ここでいったん解散するけれど、絶対に時間通りに戻ってきてね。良いわね?特に真帆ちゃんと麗夜君、静君と魅琴君は昼食の時間前までに戻ってきてね。紗弓さんと弓弦ちゃん、ジェイド君は昼食後に約束の場所に来てくださいね」
「分かりました」
 紗弓が大きく頷き、弓弦とジェイドもコクリと頷く。
「・・・このクソ馬鹿と一緒に昼食か・・・」
「麗夜さん、ダメですよそんなこと言ったら・・・」
「うっしゃぁ!すげー俺ついてんじゃん今日!両手に華だな!」
「・・・魅琴さん・・・」
 盛大な溜息をついて頭を抱える麗夜と、それを宥める真帆。
 妙な意気込みを見せる魅琴と、ほんの少しだけ・・・寂しそうな静。
「それじゃぁ、俺達は麗香さんとお話があるから・・・麗夜と魅琴、真帆ちゃんと静君はまた昼食の時にね」
「また後で・・・」
 詠二が手を振り、メグルが小さくお辞儀をした後でそのうしろについて行く。
「いくら楽しくても時間厳守よ!さぁ、さんしたクンも行きましょう」
「は・・・はい・・・」
 麗香が再び念を押すようにそう言って、いったんこの場で一同は解散になった。


★☆★


 深緑色のパーカーに膝丈の水着を合わせる。パーカーよりも少しだけ薄い色をした水着の両太もも部分にはポケットがついており、小さなものならば入れられるようになっていた。
「お待たせ」
 そんな声に振り返れば、黒のホルターネックビキニを着た紗弓とパウダーピンクのワンピース型の水着を着た弓弦が立っていた。
 紗弓の胸部分には控え目なリボンとシルバーのチェーン、左巻きにしたパレオからはすらりとした長い足が伸びている。左太もも部分にも胸部分にかかっているチェーンと同様のものが施され、紗弓が歩く度に蛍光灯の光を反射してキラキラと輝く。
 そんなセクシーな紗弓とは打って変わって、弓弦は控え目な水着だった。スカート部分はひらひらと揺れ、背中の部分がクロスになっている。
 頭の高い位置に結んだポニーテールを揺らしながら、紗弓が2人に視線を向ける。
「これからどうする?どこか行きたいところはあるか?」
「俺は別に・・・弓弦ちゃんは?」
「私も特には・・・」
 フルフルと首を振るたびに、耳の下で結んだ髪がさらさらと揺れる。
「それじゃぁ、とりあえず・・・」
 紗弓が何かを言おうとして、ふっと視線を上げると口を閉ざした。
 ジェイドも弓弦も視線の先を追う。
 水族館と書かれた看板の下、夏季限定イベントの赤い文字が躍る。
「秘宝探し・・・」
「楽しそうだな」
 紗弓の呟きに、ジェイドと弓弦がサっと視線を合わせ、短いアイコンタクトを交わすと弓弦が腕を取った。
「姉さま、行ってみませんか?」
「え・・・でも・・・」
 秘宝探しと言うからには、それなりに何かあるのだろう。
 大事な妹を危険にさらすわけにはいかないと、紗弓が首を振ろうとして・・・
「私も行きたいです」
 ふんわりと微笑んだ弓弦のあまりの可愛らしさに、ギュっと抱き締めたくなるのを寸でのところで堪える。
「それに、水族館の中も見てみたいです」
 きっと、お魚さんがたくさんいるんでしょうねと言ってほんの少しだけ興奮したように頬を朱に染める。
 ジェイドが天井部分から下がっている案内板を確認し、姉妹の先頭に立って歩くと水族館のあるエリアへと足を踏み入れる。
 壁がグリーンから淡いブルーへと変わり、色取り取りのイソギンチャクや魚のイラストが描かれている。
 弓弦があまりの愛らしさに瞳を輝かせ、薄暗い通路を黙々と進む。
 少し開けた場所に出ればライトアップされた水槽の中を優雅に泳ぐ魚達に目を奪われ・・・
 弓弦のこんな無邪気な表情を見られるんなら、また来ても良いかなと、紗弓が心の中で呟く。
 ジェイドも無邪気な弓弦の様子に表情を緩め、転んでしまわないようにと細心の注意を向けながらジっと見詰める。
「姉さま、イルカさんがいますわ!」
「本当だ。イルカも近くで見るとなかなか可愛いな」
「あ、弓弦ちゃん・・・あっちにクマノミがいるよ」
「マグロもいるな」
「あっ・・・!!」
 ふわふわとした半透明のクラゲを見ていた弓弦が小さく声を上げ、ジェイドと紗弓の腕を掴むと1つの小さな水槽の前に引っ張って行った。
 透明な体の中、見える小さな小さな心臓・・・。
「クリオネ・・・?」
「綺麗・・・」
「まるで、天使みたいですね」
 弓弦の優しい声に、思わず苦笑する。
 もし・・・もしも、天使が目の前に来て言葉を発したとするならば、きっとこんな声なのだろう。
 優しく穏やかで、全てを包み守ってくれるかのような声・・・
「さて、そろそろ秘宝探しに向かうか」
 長くクリオネを見詰めていた紗弓がそう言うと顔を上げ、館内の案内板に従って奥へと突き進む。
 数人が並んでいる列の最後につき、係員の指示に従って薄暗い洞穴の中へと足を踏み入れる。
 涼しいそこは、淡い明かりしかなく・・・
「弓弦ちゃん、大丈夫?」
「はい、平気です」
 滑る足元を心配しながらジェイドが弓弦に手を差し出す。
 紗弓は素早く洞窟内に視線を巡らせ・・・足元を見、そして、ふっと表情を崩すと2人を振り返った。
「さて、秘宝を探すか」


☆★☆


 カラフルな花を入れたピンク色の器にプールの水をなみなみと注ぐと弓弦の足元に持っていく。
「足を浸すだけでも気持ち良いよ」
 水に入れない弓弦が少しでも楽しいようにと、満面の笑みを浮かべながらジェンドが器を指差す。
 水分を吸ってほんの少しだけ大きく開いた花が、ゆらゆらと水面を漂っている。
「綺麗ですね・・・」
 足を入れるのが勿体無いと言うように、少しだけ迷った後で弓弦がそうっと水に足を浸す。
 花を踏み潰してしまわぬように、ゆっくりゆっくりと・・・・・・・・
 七色のパラソルの下、ハイビスカスの花が飾られたトロピカルジュースを口に運ぶ。
 クルリと中ほどで円を描くストローには黄色の縦線が入っており、オレンジかがったジュースがストローの中を流れるたびにパっと色付く。
 ざわめく風の音や波の音は、人口のもとのは思えないほどに繊細に響いており、時折吹く南風すらも湿った匂いを帯びていた。全てが外にいるかのようにリアルな世界で、天井から落ちてくる光だけが淡い。
 プライベートビーチには3人しか居なく、受付で昼食の用意を頼んだところ、12時丁度に銀色のワゴンを引きながら品の良い初老の男性が昼食を運んできてくれた。
 しっとりとしたパンに挟まれたハム、チーズ、レタス・・・
 サンドイッチは綺麗な三角に切られており、フルーツの盛り合わせも持ってくる。
 真っ白なテーブルの上に乗せられた昼食は豪華だった。
 紗弓が手前にあったサンドイッチを掴み、口の中に入れる。
 ふわりと甘いパン生地と、しっとりとしたチーズの濃厚な味わいが混ざり合い、思わず小声で「美味しい」と呟いてしまう。
 弓弦が少し迷いながらもフルーツへと手を伸ばし、さくらんぼを口の中に入れる。
「それにしても、秘宝には参ったな」
 紗弓の言葉に弓弦とジェイドが顔を上げ、クスリと小さな音を立てて微笑む。
「2人で貰ってくれば良かったのに」
「けれど・・・あの場所に置いておくことが、1番だって思ったんです」
「永遠の幸せを独り占めするのは・・・ね」
 ジェイドが弓弦の言葉を引き継ぎ、2人のそんな言葉に紗弓が手に持ったサンドイッチをパクリと口の中に放り込む。
 ・・・秘宝は、確かにあった。
 誘導灯が“導いてくれない”先、1番奥まった部分にひっそりと置いてあった宝箱。
 薄茶色の宝箱には七色の透き通ったガラス球が嵌められており、紗弓がゆっくりと宝箱を開けば入っていたのは1組のシルバーブレスレッドだった。
 『永遠の幸せを 願う』
 そう書かれた1枚の紙と、ブレスレッドの歴史が書かれた紙・・・


 その昔、美しい1人の少女がいた。
 その少女は透き通るような白い肌と漆黒の髪、深い優しさをたたえた瞳を持っており、彼女は人を癒す力さえあった。
 そしてある時1人の男性がこの少女に恋をした。
 身分も家柄もない、ただの片田舎の農家の息子だった。
 しかし、彼は深い愛情を持って少女に接したため、少女の心は間もなく彼に惹かれた。
 ゆっくりとした時は過ぎ、2人がついに結ばれようとした日・・・少女は突然の病に倒れた。
 人を癒す力を持った彼女は、自分を癒す力まではなく・・・ゆっくりと、天へと召された。
 悲しみに沈んだ彼は、天国に行った彼女の幸せを思い、1組のブレスレッドを作った。
 例え別れても、例え2度と逢えなくても・・・
 “永遠の幸せを 願う”
 ずっとずっと、キミが笑っていられるように―――――


 よく出来すぎた話しだったが、弓弦は無邪気にこの話を信じた。
 そして、そっと宝箱の蓋を閉じると優しい笑顔を向けて宝箱をそのままに歩き出した。
 紗弓がブレスレッドを持って行かなくて良いのかときいたところ・・・
「お2人を、このままに・・・しておきたいです」
 真っ直ぐな瞳でそう言って、そっと・・・ジェイドの手を握った。


★☆★


 淡いピンク色のワンピースが風に揺れ、弓弦が靡いた髪を押さえる。
 上に羽織ったガーゼのカーディガン越しに感じる熱い風に、ふっと息を吐き出す。
「大丈夫?」
 ジェイドの言葉に頷くと、頭に被った真っ白な帽子を深く被る。
 紗弓の長い髪が向日葵畑の上に影を落とす。
 黄色い大輪の花は美しく、その間に伸びる道は真っ白だった。
 日差しが強いために、向日葵が咲き乱れるこの園内で、白の道は濃く輝いて見えた。
 セミの声が幾重にも重なり、まるで輪唱でもしているかのように広がっていく。
 コツコツと、紗弓が鳴らす靴の音が小気味良く、風に揺れる向日葵の花はなんだか儚い。
 空を仰ぎ見れば真っ白な雲が右から左へと流れていく。
 青の中にポツポツと浮かぶ雲は、地図でも描いているかのようだった。
「そろそろ行くか?」
 弓弦の顔と太陽を見比べながら、紗弓が小さく声を発する。
 何故だかこの場所では、大きな声は似つかわしくない気がした。けれど、セミの声と風の音しか響かないこの場所では、少しの音でも大きく広がって聞こえた。
 ジェイドと弓弦がゆっくりと頷き、再び白い道を歩き出す。
 コツリコツリ、メトロノームのように正確に刻まれる紗弓の足音は、どこか幻想的だった。


* * * * *


 それぞれが好きな物を注文し、和風な店内でゆっくりと流れる時間を堪能する。
 向日葵園内を歩き回って少々疲れた体には、甘いものが直ぐに溶ける・・・。
「それで、花火大会の後の事なんだけれど」
「そう言えば、秘密の場所ってどこなんですか?」
 白玉を銀色のスプーンに乗せた真帆がそう言って首を傾げる。
「それはまだ言えないんだ。後でのお楽しみ」
 詠二が真意の分からない紫色の瞳をすぅっと細め、口元に人差し指をつける。
「皆にはそれぞれに時間を指定するから、定時に決められた場所に来てほしいの。それから先は流れ解散で・・・もし、帰りの足がほしいなら待っていてもらえれば一緒に乗っけていくわ」
 車のキーを人差し指にかけ、クルリと回しながらそう言う麗香。
「まず、静さんと魅琴さん。次に、真帆さんと麗夜さん。そして最後に紗弓さんと弓弦さんとジェイドさん」
「花火大会をやってる会場の中心に“出会いの広場”ってところがあるんだ。そこで待っててほしいんだ」
「広場の隅のほうに、小さな銅像が立っているの。“願いを捧げる少女”って題なんだけれど、行けば分かるわ」
 麗香が抹茶アイスを崩しながらそう言って、チラリと腕に巻かれた時計に視線を落とした。
「花火大会が始まるにはまだ時間があるけれど、着付けなんかもしたいから早いところ会場に向かいましょうか」
 紗弓が頷きながら抹茶を飲み、弓弦も同じように抹茶の入った湯飲みに手を伸ばす。
「最後、一緒に帰りたいって人は願いを捧げる少女の銅像の前で待っていてね。時間は・・・」
 麗香が帰りの時間を指定し、一行は甘味所を後にすると花火大会の行われている場所へと車で向かった。


☆★☆


 薄紅の小花散らしの浴衣に上げた髪、簪は甘い色をした小さな薔薇を模ったもので、まるで飴細工のように透明な色をしていた。
 砂糖菓子のようにふわふわとした色彩の弓弦とは違い、紗弓は紺地の浴衣を着こなしていた。
 乱れ菊柄そのその浴衣は、大輪の菊がところどころに散らされており、紺地に良く映える白と赤に近いピンクの色彩で描かれていた。
 緩く上げた髪にさすのは百合の簪。光沢を放つ漆黒の髪に良く映える色だった。
 透明なガラス窓の向こうで大輪の花が開く。
 目の前に出された料理に手をつけながら、ジェイドが目の前に座った詠二とメグルを交互に見た。
 薄緑色をした夏草模様の浴衣を着たジェイドとは違い、詠二はいたって普通の服を着ていた。
 現在同じテーブルを囲んでいる7人中、4人は洋服姿だった。
「随分綺麗な浴衣ですね」
 暫く沈黙していた場に話題をもたらしたのはメグルだった。紗弓と弓弦の浴衣を交互に見比べて、ふわりと柔らかい笑みを浮かべている。
「これは、姉さまの見立てなんです」
「それで、私のは弓弦が」
「仲の良い姉妹なんですね」
「えぇ・・・」
 照れたような2人に目を細めながら、詠二が不意にジェイドに視線を向けた。
「今、蛍が生きていると思う?」
「え?」
 唐突な言葉に、なにを言われたのか分からないジェイドが問い直し、詠二がまったく同じ言葉を呟く。
「なぞなぞですか?」
 弓弦の控え目な言葉に軽く首を振る詠二。
 その瞳は妖しいまでに透き通った紫色で、細められた目は悪戯を考えついた子供の目にソックリだった。
「メグル、そろそろ時間だ」
 詠二が席を立ち、約束の時間に銅像の前でと呟くと去って行ってしまう。
「なんだったんだ?」
 要領を得ないと言ったような紗弓の言葉に、麗香が苦笑しながらそっと呟く。
「今、生きている蛍がいると思うかしら?」
「麗香さんまで・・・いるわけないだろ?」
「いいえ。いるのよ」
 赤いルージュをひいた唇がキュっと笑みの形になる。
「そんな・・・」
「時間までまだあるんだし、少し屋台でも見てきたらどうかしら?」
 詠二の瞳と同じくらいに悪戯っぽさを宿した目を細めながら、麗香が細い指を打ちあがる花火の方へと向けた・・・


★☆★


 舗装されていない山道を下駄で歩くのには、ムリがあった。
 銀色の髪を靡かせながら、先を急いでいたメグルが弓弦の歩行速度に足を止め、細く長い指で宙に何かを描く。
 指先から光の粉があふれ出し、どこの言葉とも知れぬ文字となって揺らめく。
 でこぼこだった道が平らになる。
「メグルさん・・・?」
 銅像の前で出会った時から、メグルは一言も口をきいていなかった。
 ただ、動作でついてくるように示し、それから先は3人の数歩前を変わらぬしっかりとした足取りで歩き続けている。
 真っ白なワンピースが、仄かな光を発しながら闇を切り裂いていく。
 どのくらい歩いただろうか?
 ふっとメグルが足を止めた場所、そこには1本の川が流れていた。
 微かな水音が響き、その周囲には無数の光の粒が飛びかっている。
「・・・蛍・・・?」
「まさか、蛍の時期はもう終わっただろ?」
 紗弓が信じられないといった口調で呟き、それと同時に先ほどの麗香と詠二の意味深な瞳の色を思い出す。
 メグルがクルリとこちらを振り向き、その言葉が正解だとでも言いたげにコクリと頷く。
「でも・・・」
「コレは正真正銘の蛍だよ」
 詠二の声がどこからともなく聞こえ、ザっとジェイドの隣に茂っていた葉が左右に開く。
「蛍・・・まさか、見れるとは思いませんでした・・・」
 弓弦が淡い光に視線を向けながらそう言って、そっと微笑むと「とても嬉しいです」と小声で呟く。
「蛍か・・・・・東京では滅多に見られぬものとなりつつあるけれど、生まれた場所では、よく見れたっけな」
 紗弓がボンヤリと蛍を見詰めながらそう言い、隣で目を輝かせる弓弦に視線を移す。
「この蛍の光は、死者の魂なんだ。今日、空へと帰る」
 メグルが白い手ですっと宙を撫ぜる。
 何時の間にか、その右手には扇子が握られている。
 ザっと一思いに手を振り下ろして扇子を開き、手首を回しながらヒラヒラと扇子を振る。
「あれは?」
「霊(たま)送りの舞。全国各地の今日と言う日を知っている巫女が、舞ってるはずだよ」
 メグルが舞うたびに、幾つかの蛍が空へ向けて飛んでいく。
「・・・死者の魂。懐かしい、人達・・・」
 紗弓の視線が揺れる。
 亡くなった両親の記憶が抜け落ちている愛しい妹に、両親の死を告げることは出来ない。
 けれど・・・思い出ならば、いくらでも・・・話してあげることが出来る・・・。
「昔、父様と母様と野原に行ってよく蛍を見つけていた・・・。蛍を追って弓弦が転んで、私が背負ったりもしたっけ・・・」
 懐かしむような紗弓の視線に、口調に、思わず顔が赤らむ。
「恥ずかしがらなくても、あの頃だって今だって、怒るような事はなかったよ」
「いえ、怒ってたと言う事を心配したんじゃなくて、呆れられていなければそれで・・・」
 呆れるなんて、よっぽど有り得ないと言うように紗弓が弓弦の頭を撫ぜる。
「外国に居る父様、母様も早く戻ってくると良いですね・・・」
 純粋に輝く瞳に、浮かぶ笑顔・・・。
 その笑顔が、どれほど紗弓の胸を締め付けるかは・・・きっと、弓弦には分からない。
 だって、分からないように紗弓は微笑むのだから―――――
「そうだな」
 1つ2つ・・・
 清少納言の書いた枕草子。その言葉が自然と頭を過ぎる。


  夏は夜。
  月の頃はさらなり。
  闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる
  また、ただ一つニつなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。
  雨など降るもをかし。


「もし・・・何か願い事があれば、メグルに頼めば良いよ。送られる魂は、簡単な願いなら聞き届けてくれるかも・・・」
 詠二の言葉に、ジェイドが弓弦と紗弓に視線を向ける。
「頼むとすれば、こんな風にみんなと遊べる楽しい日々や、大切な人の笑顔がずっと続きますように・・・かな。でもさ、願いってのはやっぱ自分で叶えるもんだと思うし、それに・・・これは自分で手に入れられるものだから」
 ジェイドが顔を上げる。蛍がメグルの舞にあわせて飛び散り・・・
「だから、これは誓いになるのかな」
「紗弓さんと弓弦ちゃんは?」
「私は特には・・・」
「私は・・・ジェイドさんと同じです。大切な人と、これからも一緒に過ごせますように・・・」
「そう言えば、この光って死者の魂なんだよね?」
 ジェイドの言葉に詠二が軽く頷く。
「そいじゃぁ、魂達の幸せを願おう。来世では、きっと光に満ちて幸せであるように」
 弓弦の瞳が輝く。とても優しい願いに、とても優しい思いに・・・。
「綺麗な夜を有難う」
 呟いたジェイドの言葉に応えるように、蛍がいっせいに舞い踊る。
「とても・・・綺麗です・・・」
 弓弦がそう言いながら、ジェイドの袖をキュっと掴む。
「お土産に、蛍石か石を加工したアクセなんてあったら良いね。三人でお揃いで・・・あるかな?」
「ここから帰る道の途中で、紫の提灯を下げている屋台があります。そこになら、ありますよ」
 舞いながらメグルが言葉を向け、ふっとしゃがむと腕を空に突き上げる。
「無垢な願いと、優しい願い・・・魂からの、お礼です」
 3人は視線を合わせると、小さく微笑んだ。
 紫色の提灯を下げた屋台を見逃さないようにと心に誓って・・・。


  天高く、昇る光はやがて消え
  残ったものは、微かな希望

  願いを乗せた儚い光は
  きっと望みを届けたでしょう

  高く高く舞い上がり
  弾ける花火のその先へ

  たった1つの願いを乗せて・・・・・



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0187 / 高遠 紗弓 / 女性 / 19歳 / カメラマン


  0322 / 高遠 弓弦 / 女性 / 17歳 / 高校生


  5324 / ジェイド グリーン / 男性 / 21歳 / フリーター・・・っぽい(笑)


5566 / 菊坂 静 / 男性 / 15歳 / 高校生、「気狂い屋」

  6458 / 樋口 真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『蛍の最期』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めまして&いつも有難う御座います。
 夏のノベルなのに、こんなに遅くなってしまい申し訳ありませんでした!
 弓弦ちゃんと紗弓さんの姉妹愛、ジェイドさんと弓弦ちゃんのほんわりとした雰囲気を繊細に描けていればと思います。
 いつもいつも、優しく温かいプレイングを有難う御座います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。