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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜魔を狩る魔、散るは血色の華〜

 葛織紫鶴の前に降り立ったのは、見覚えのある銀髪の女性だった。

「また逢いましたね、剣舞の嬢」

 それはいつだったか、魔として紫鶴の前に現れた――

「今宵は、理不尽を潰しに参りました」

 紫鶴はとっさに剣を取った。しかし銀髪の女性――パティ・ガントレットと名乗ったその女性は、目を閉じたままふわりと微笑んだ。
「言ったでしょう……今宵は理不尽を潰しにまいったと。あなたと敵対しにきたのではありませぬ」
「では、何のために現れた!」
 以前パティを相手にぎりぎりの戦闘を強いられた紫鶴は、鋭く警戒心あふれる声を放つ。
 パティは静かに言葉を紡ぐ。
「あなたの舞で寄せられた魔を屠りに……。わたくし自身も魔でございますが、『この世のあらゆる理不尽を叩いて潰し、東京を人の世に戻せ』が先代大頭目の遺言でありますゆえ」
「……なんだって?」
 紫鶴は毒気を抜かれたように、気の抜けた声を出した。
 紫鶴の世話役、如月竜矢が「たしかに俺たちに対する殺気はないようですね」と紫鶴をかばいながらつぶやいた。
 パティはにっこりと微笑んだ。
「わたくしの特技は暗殺。殺気がないくらいで安心していてはなりませぬよ、世話役殿」
「……安心はしませんが。あなたの目が開くことが恐ろしくてなりませんから」
 竜矢の苦笑に、ふふとパティは微笑む。
 そして、なめらかな舌で言葉を紡いだ。
「強いものが寄せられれば、それを撃破する。それがわたくしの目標への第一歩になりまする」
「……私に剣舞を舞え、と?」
 紫鶴は竜矢の後ろから、低く尋ねる。
 パティはうなずいた。
「今宵はお願い致しますよ、剣舞の嬢」
 紫鶴は竜矢の前に出て、剣をパティにつきつけた。
「本当に、魔を狩るだけに現れたのだな?」
「もちろんですとも」
「本当だな?」
「信頼できぬのは百も承知。それでもわたくしはここに現れました」
 ――紫鶴の別荘は、外に薄く結界が張ってある。
 その結界を軽く越えてきてしまった、目の前の目を閉じたままの女性。
 その力は紫鶴もよく知っている――
 紫鶴はしばらくパティを見つめていた。パティはまっすぐと紫鶴に顔を向けている。
 やがて、
 紫鶴は、つきつけていた剣先を下ろした。
「分かった。舞おう」
「姫」
「いい。私はパティ殿を信用する」
 竜矢の警告の声をきっぱり拒否して、紫鶴は真顔で言った。
 パティが、にっこりと微笑んだ。


 今宵の月は満月に近く――
 月に影響を受ける紫鶴の剣舞が、最高潮の力を発揮する夜。

 しゃらん……

 紫鶴の舞が始まる。

 しゃん しゃん しゃん

 二本の剣をあわせる音、手首につけた鈴が鳴る音。夜陰に響く音色。
「耳に心地よい音……」
 パティがくすくすと笑いながら言った。
「わたくし自身が気を引かれて仕事をできなくなっては困りますね」
「耳栓でもなさいますか」
 竜矢が苦笑した。

 しゃんしゃんしゃんしゃん

 キィン!

 二本の剣が打ち鳴らされたとき。

 その場に、大量の『魔』が、どさりと降り立った。
 鋭いはさみを持つ巨大蟹のような魔。
 長い六本の腕を持つ巨大な魔。
 透き通るような体をした、女の形を取った魔。
 機械のようにガシャガシャ音を立てる魔。
 そして泥人形が何体も――

「相手に不足はありませぬ」
 パティは持っていた杖から仕込み刀をすらりと抜き、戦場へと進み出た。
「魔は魔を以って相誅殺すべし」
 紫鶴と竜矢は結界の中にいる。魔が狙うのはパティのみだ。
「パティ殿!」
 舞をやめた紫鶴が、結界にへばりつくようにしてパティを呼ぶ。
 パティはくすくす笑いながら、紫鶴に声を返した。
「まだまだ、あなたに心配されるほど衰えてはおりませぬよ」
 さあ――
「参りましょうか……今宵は、全力にて」

 まっさきに襲いかかってきたのは、人型の泥人形たちだった。
 パティがなめらかに敵の合間を縫っていく。
 音もなく、刀で泥人形たちは裂かれていく。
「……あなた方は、邪魔です」
 相手にもならぬ。そう言外に告げて、パティは残りの魔たちを見つめる。
 巨大蟹は六本腕と場所を奪い合うようにして、動きづらそうにはさみをがしゃがしゃ言わせている。
 体の透き通った女が耳障りに甲高い声をあげた。
 一瞬、空気が凍った。
 そして次の瞬間には、パティに向かって八方から氷の刃が放たれた。
 パティは刀をすべらせる。氷の刃をひとつ残らず破壊していく。
 透明な女はなおも甲高い、悦びに打ち震えているかのような笑い声をあげながら、空中の水気を凍らしてはパティに向かって放ち続ける。
 同時に六本腕の三本が、ぶんとパティに向かって拳を向けてきた。
 パティは凍矢を破壊し続けながら、三本の腕を避けた。
 六本の腕はうねりにうねって時おりパティに平手打ちや拳を放ってくる。
 ウイィィィィ……
 機械音がして、振り向けば機械魔がその中央にある丸い部分に光をためている。
 パティの閉じられた瞼の奥にもまぶしいその光――
 ――レーザーでもくるか?
「ふふ……面白いことです」
 パティは笑顔のまま、氷の刃のひとつを、破壊せずに機械魔へと弾き飛ばした。
 動くものに反応してオレンジ色のレーザーが発射される。氷の刃がピキィンと破壊される。

 気がつくと、魔が一匹増えていた。
 鎧で固めたような容貌に、槍を携えた人型――

「鎧の隙間を狙うのが定石ですが……」
 パティは気配でその姿形を見て取り、唇を笑みの形にした。
「――鎧を破壊して差し上げましょうか」
 槍を突撃槍のように持ちながら、鎧が走ってくる。
 パティは絶えず氷の刃を崩しながら、それを真っ向から受ける。
 ギィン
 仕込み刀で槍を打ち払った。
 その合間にパティは、透明女に向かって暗器・羅漢銭を放っていた。
 並みの腕前ではない。達人でも一息五打の羅漢銭を、彼女は八打透明女の腹に命中させた。
 女の甲高い悲鳴が聞こえる。
 それを無視して鎧魔の懐にもぐりこみ、掌をその腹に当てる。
 どっ
 合気の波動が鎧を震わせ、粉々に砕く。ちょうど瓦割りの要領で。
 人間に似た肌が露出する――
 パティの刀が閃いた。
 血潮が舞った。
 鎧魔はそのまま、背中から倒れた。
 容赦せずに、パティはもう一度刀を鎧魔に突き立てる。

「全力をもって屠る楽しみ――」

 羅漢銭で攻撃された透明女が怒り狂って、めちゃくちゃに氷の刃を発生させる。

「屠られる恐怖――」

 すべてを破壊しきれず、パティの衣装に傷がつく。
 腕に、複数の刃が当たった。
 それらすべてが、パティが常にはめている篭手に破壊された。
 パティの顔に笑みが浮かぶ。

「今宵は存分に楽しみましょうぞ。その散る血と命を」

 パティは駆けた。透明女の元に。
 後ろから機械魔のレーザーが飛んできたが、そんなものは後ろを向いていても避けられる。
 ひそかに懐に手を入れ、次に手を出したときには暗器が彼女の手にはめられていた。
 峨眉刺。中指を中央のリングに通し、棒の部分を握りしめてパティは駆ける。
 刀で凍矢を弾き、背後の機械魔に当たるように仕向けながら。
 パティが近づくにつれ、透明女は恐れをなしたように後退していく。
 しかしパティの動きに知らず誘導され、女はどんと六本腕に背をついた。
 パティは体をかがめた。頭上をとおりすぎていく六本腕。しかし六本腕は動きがのろい。その隙を狙って。
 峨眉刺を――
 透明女の眉間に――

 パァアアン!

 透明女の体がはじけた。
 中から肉体が現れた。
「おや」
 パティは意外に思っていったん後退する。
 眉間からどろどろと血を流す女は、ふらふらと揺れながら指先をパティにかざす。
「―――」
 パティは肌に触る空気の気配で感じ取り、峨眉刺から中指をぬいて女に向かって投げつけた。
 女の胸元に、峨眉刺のとがった先端が刺さる。
 女が指先にためようとしていたエネルギーが散った。
 気がつくと、前に六本腕が、左に巨大蟹が来ていた。これ以上女の懐に入るのはまずい――
 パティは吹き矢を取り出して、女に向かって矢を放った。
 矢の先端には即効性の毒――
 女ののどぶえに突き刺さり、毒が回るまでもなく、眉間、胸、のどをつぶされた女は甲高い声をあげて悶絶した後、
 体ごと爆発した。
 肉片が散る。血が雨となって降り注ぐ。
 六本腕がうるさそうに、その血を薙いだ。
 がしゃん
 巨大蟹のはさみが鳴る。
「やれやれ……これだけ巨大ですと、食料にもできませんね」
 つぶやきながらパティはとん、とん、と六本腕と蟹から後退していき、振り向きざまに機械魔に刀の一閃を放った。
 バチィッ!
 感電するような感触の後、機械魔の一部が破壊されて破片が飛んでいく。
 レーザーの部分は残っている――
 パティは機械魔の背後を取った。
 機械魔はレーザーをめちゃくちゃに放つようになった。前へ右へ左へあちこちへ。
 それが、巨大蟹と六本腕にあたりダメージとなる。
 巨大な魔、二体は、のし、のし、とだんだん近づいてくる。レーザーを浴び、少しずつ傷つきながら。
 そして目の前にやってくると、六本腕は腕を振り回した。
 バキィッ
 機械魔があっさりと破壊される。
 その瞬間にパティは六本腕の懐に入り、刀を閃かせた。
 一撃で、一本の腕を斬り落とす。念のため地に落ちた一本にもう一度刀を突きたて。
 そしてパティは六本腕の懐に入ったまま、羅漢銭を何発も巨大蟹に放った。
 蟹は甲羅で硬いとは言え、鎧と同じで関節がある。そこをうまく狙って。
 巨大蟹が羅漢銭の感触を感じ、パティのほうを向く。それすなわち六本腕のほうを向くこと。
 大きなはさみが――
 大きく開いて――

 ばちん!

 六本腕の二本が、巨大蟹のはさみに巻き込まれて宙を飛んだ。
 六本腕が残りの腕を巨大蟹に叩きつける。
 ますます巨大蟹がはさみを六本腕に向ける。
 二体のやりあいの隙にパティはその間からすりぬけ、宙を飛んでくる六本腕の腕に刀を突き立てた。
 やがて――
 六本腕は、すべての腕を巨大蟹に切り取られ、さらには胴体も二分割にされた。
 どろどろと緑の血が流れ、六本腕がどさりと地に倒れる。
 六本腕に散々殴られ――
 巨大蟹も甲羅にひびが入っていた。

 パティは艶然と微笑む。
 そして彼女は――
 閉じたままだった目を――
 その瞼を――

 開いた。

 巨大蟹が、パティの視線に囚われた。
 ――凍りつくようなブルーアイズに。

 巨大蟹の動きが止まった。ブルーアイズの呪いによって。
「さあ」
 パティは目を閉じ、ゆっくりと蟹の懐に入った。

「――終わりにいたしましょうか」

 蟹の腹、そこを狙って。
 刀の一閃……

 流れ出てきたのはオレンジ色の血――
「蟹みそですか」
 パティは笑って、崩れようとする蟹の体の下から素早く逃れ出た。
 そうして。

「今宵の戦い、わたくしの目標への一歩……」
 仕込み刀を杖に戻す音。
 ちん、と夜陰を震わせた。

     **********

「今宵はまだまだでございましたね」
 そう言いながら、パティはなぜか――目薬をさしていた。
「目がどうかなされたのか?」
 紫鶴が不思議そうに尋ねる。
 パティは目を閉じた状態で紫鶴に顔を向け、
「いえ。わたくしは目が悪いものですから……」
「お見えにならないわけでは、なかったのだな」
「――見えませぬよ」
 そう言って、パティは笑った。
 紫鶴が首をかしげる。竜矢がふうと息をつく。
「それでは、剣舞の嬢」
 パティは礼儀正しく頭をさげた。
「また参りますよ。――全ての神魔滅すること、それが私の最終目標……」
「パティ殿……」
「それでは」
 パティは颯爽と背を向けた。
 手に盲人用の杖をつきながら。

 紫鶴は空を見上げる。
 今宵は満月に近い。紫鶴の剣舞が最高潮に近かったはずの……
「あの方は……何者なのだろうか……」
「詮索しないほうがよろしいと思いますよ、姫」
 竜矢がたしなめてくる。そうだな、と紫鶴は言った。
「彼女は約束を守ってくれた。我々には危害を加えなかった……」
 それだけでいい気がした。それだけで……。

 ――また、参りますよ。

 消えた後姿、声だけが紫鶴の心に残っていつまでも消えなかった。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4538/パティ・ガントレット/女/28歳/魔人マフィアの頭目】

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■         ライター通信          ■
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パティ・ガントレット様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回もゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました!
今回は純粋に戦いの描写だったので苦戦しました。いかがだったでしょうか。
よろしければまたお会いできますように……