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双六 −ネタ探しは命がけ!?−
はらはらと舞い散る落ち葉。時々風がいたずらするように、地面に落ちたそれらの間を踊り回り、落ち葉の歌がカサカサと聞こえる。
そんな風情ある秋の一場面。
あやかし荘の一室には大小の影が揺れていた。
二人とも腰をまげて畳の上にある紙を見つめている様子。
その紙は古ぼけていて、所々文字がにじんで読みにくい箇所がある。
「次は悠の番ぢゃぞ」
小さい影が動いた。
影の名前は嬉璃。あやかし荘の主、と言っても過言ではないこの少女はざしきわらし。現在は隠居中らしい。
大きい影が小さなさいころを手のひらで転がす。
名前は秋山悠。職業はティーン向けのホラー、ミステリー小説などを書いている作家。
結婚はしているが、同級生だった夫が専業主夫をしている。
歩く災難吸引器は、家に居る分には至って平穏なのだが、一歩外へでれば次々と災難を呼び寄せる。
しかしそれを逆手にとり、小説のネタ、とばかりに集め歩いている。
「よし」
ころころころ、と悠の手のひらからさいころが転がり落ちる。
あやかし荘に遊びに来たわけではなく、ネタを探し求めてやってきたのだが、暇なのか嬉璃につかまり双六の相手をさせられていた。
「4だな」
駒を順々に四つ動かしていく。
通り道には『池』『空』『雲』など、なにを表しているのかわからない単語だけが並んでいる。
そして悠がとまったところには
「えーっと……沼??」
なんだこれは? と眉間にしわを寄せた瞬間、急に自分の体重を支えていたはずの畳がなくなった。
「う、うわぁっ」
いきなり足下に沼が発生し、腰まで沈みさすがの悠も慌てる。
「こ、これは呪いの双六『呪ノ卍』! …って逃げるなぁっ!」
驚いている悠を尻目に部屋から逃げ出す嬉璃。
「逃げるなと言うてもな、そこにいたらわしも危ないぢゃろう」
「誰の双六だ、誰の!」
「わしももらい物ぢゃから、わからないのぉ」
部屋の入り口から伺うように覗いている嬉璃。
その表情はどこか楽しそうである。
「おお悠! 双六を沼に沈めるぢゃないぞ!」
「そ、そんな事言っても……」
じたばたと体を動かして双六と駒を手につかむ。
「まずは脱出しないと……嬉璃、ロープを持ってきて」
「うむ。わかったのぢゃ!」
タッと軽い足取りで嬉璃がどこかの部屋へと走っていく。
悠はその間になんとかつかまれそうな窓枠のところへ移動し、双六を持っていない方の手でつかまる。
ふと脳裏に困ったような顔をしている夫が浮かんだ。
そういえばあやかし荘に来るとき、夫がそんな表情をしていたな、と思い出す。
災難吸引体質の悠が出かけるときは、いつもそんな顔だ。心配しての事だろうが、悠にとってはネタの方が大事。
しかしあまり心配かけるのもよくない。
汚れた格好で帰ったら、また心配をかけるのだろうか、と頭の隅で考えつつ、実のところ脳の大半部分このネタをどうやって小説に使おうか、と考えていた。
身の危険よりネタ命。
「持ってきたのぢゃ」
嬉璃の声で思考が一瞬停止する。
それから我に返り、ロープを投げて貰い、受け取る。
ロープの端は柱にくくりつけてもらい、ようやく沼から脱出することができた。
悠が脱出すると、部屋の中は何事もなかったかのように普通の畳へと戻っていた。
「助かってよかったのぢゃ。のぉ悠?」
「これが……そこで……は……と言った……」
「悠?」
「その時……は……した。しかし……」
「……」
完全に自分の世界に入ってしまった悠を見て、嬉璃は大仰にため息をついた。
「いい感じいい感じ♪」
泥だらけの格好で、悠は満足げな表情で嬉璃の横を通り抜ける。
「また遊びに来るのか?」
「ネタにつまったらまたくるわ〜」
ヒラヒラと後ろでにさよならを残して、悠は再び自分の世界に入っていった。
帰宅後、悠の姿を見て夫は悲壮な顔になり、悠は何事もなかったかのようにシャワーをあび、原稿を黙々と書いていた。
傷一つない悠をみて、無事ならそれでいいか、と夫は邪魔をしないようにそっとドアをしめた。
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