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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! 〜魂の牢獄・後編〜


 東京の片隅に存在する平凡な農村が、異能力育成機関『アカデミー日本支部』の教頭によって狂気の蛇神信仰を蘇らせてから一夜が明けた。依然として狩猟による捧げ物の準備や蛇神への祝詞を口ずさみながら、今日もまた村人は老いも若きも忙しく動き回っている。
 村の奥には背後に大きな森の入り口を有する大きな広場があった。おそらくはここで盆踊りや収穫祭などをするのだろう。しかし今は急ごしらえの毒々しい色で飾られた祭壇が設けられている。中央には絶えず大きな火が焚かれ「絶対に絶やさぬように」と流之介から厳命があった。今も年老いた男が見張りを続けており、たまに太い薪を投げ入れる。そのたびに炎はまた燃え上がる……老人の顔はまさに邪悪そのものだ。彼が望む未来は祭壇に縛りつけられた神官と術を施す魔女とまったく同じである。

 「流之介……明日の朝日が昇った瞬間、あなたの魂は砕け散る。それと同時にキバツミ様が蘇る……自ら進んで魂の牢獄へとお入りになり、すべての人間を導く神となるのよ」
 「おお、私は長い年月どれほどこの瞬間を待ちわびたことか。私の魂がこの世から消え去ろうとも何の悔いもない。多くの信徒を蘇らせ、キバツミ様をお迎えする準備ができた。私はそれだけでも幸せだ!」
 「よく言ったわ。あなたはここでその時を待ちなさい。私はまた来るであろう小ネズミどもを退治するわ。メビウス……裏切ったことを後悔させてあげるわ。素直に従っていれば、キバツミ様に望みの人間を蘇らせてもらえたかもしれないのに……うふふふ」

 魂砕きの秘術が発揮されるまで、あと1日。もはや時間がない。


 場所は変わって、アカデミー日本支部。裏切り者のメビウスは「そんなことは百も承知」とばかりに東奔西走していた。
 まずは重傷を負った紫苑とリィールをメイド総動員でベッドに縛りつける。紫苑の傷は幸いにも浅かったが、あの美しい髪を切られたのが致命傷だった。残された能力は超加速だけで、それだけでは使い物にならない。それでも「この場でメビウスのサポートをする」と言い、ベッドの傍に電話を持ってきて仕事を始めた。
 しかしもうひとりは能力の余波からか、暴れまくって手がつけられない。傷の痛みからなのか、それとも悔しさからなのか……メビウスは「主人の面倒くらいてめぇらで見てやれよ」と寂しそうな声で指示を出し、数に物を言わせて無理やり寝かしつける。愛用の槍も目の届かないところに隠した。これ以上なく的確な指示を下したメビウスだったが、表情もまったく冴えない。今まで自分がふたりにこういうことをさせてきたのかと思うと、今さらながら申し訳ない気持ちでいっぱいになった。メビウスとして、今できる精一杯がこれだけ……虚しさという名の風が心の中を通り抜ける。大きな溜め息をひとつつき、次の難題に取り組もうと部屋を出ようとしたまさにその瞬間だった。

 「メビウス、あなたに2日間の休暇を与えます」

 声の主は紫苑だった。呼ばれた方もその意外な言葉に思わず振り向く。教師ならほとんど使うことのない客間の豪勢なベッドの上で、傷だらけの紫苑は微笑みながら話した。

 「今からあなたはメビウスではなくなる。その間はアカデミーのことを忘れて、羽でも伸ばしてきたらどうです?」
 「し、紫苑……お前、全部わかってて言ってるのか……?」
 「しばらくの間ですが、どうぞいい休暇を」

 髪が短くなって見た目の印象が変わった紫苑だが、中身はひとつも変わっていない。いつも通りの彼だ。主任としての才能を病床でも発揮している。負けてられない。メビウスは珍しく真摯にそれを受け止めた。

 「格段のご配慮、ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて……」
 「…………………」

 紫苑がわずかに頷いたのを見て、メビウスは威勢よく扉から出て行った。もう彼をコードネームで呼ぶ者はいない。今の彼は……白樺 義経。


 義経は教師たちの処置を施す前から、ある人物を新宿の路地裏に呼び出していた。時間は正午。残された時間は限りなく短い。ここで相手を口説き落とさなければ、携わってきた能力者たちの努力が水泡となる。そう、この遭遇に二度目はない。
 奴はいつもの服装で立っていた。肩まで伸びる金髪をゆっくりと指で掻き分ける。義経は彼を逃がす気はなかった。いや、正確には『相手が自分から逃げ切れるとは思っていない』といった方がより正確かもしれない。彼は月並みなセリフを吐いた。実際のところ、今はこれを言う以外にないのだが。

 「義経、どういうつもりなんだ?」
 「詳細はすでに話している。俺が聞きたいのは結論だけだ。『絆』のリーダーとしてではなく、ひとりの人間としての答えが聞きたい。渉、協力してくれ。どうしてもお前の力が必要だ」

 なんと目の前の人間は敵対する組織である『絆』のリーダーである霧崎 渉だった。そして義経は『絆』を裏切ってアカデミーに入校した男……どう考えても交渉が成立するわけがない。しかし彼に、いやアカデミーに残された手段はこれしかなかった。そしてそれを説得できる可能性があるのは『メビウス』、いや『義経』と呼ばれた男だけである。

 「全滅らしいな、教師は。お前を除いて。よほどのことだったんだな」
 「俺は……協力してくれるのならなんでもする。今の俺は期間限定だが、アカデミーの教師ではない。ただの白樺 義経だ」
 「お前さ。まだ由宇のこと忘れられなくって、優先的に考えてるんじ」
 「土下座でも何でもする! お前が首を縦に振ってくれるのなら、すべてが終わった後に殺しても構わない!」

 渉は久々に見る義経の気迫に圧倒された。あれだけご執心だった彼女のことも忘れるくらいなのかと、今さらながらに事態の重大さを痛感する。かつての相棒が自分を選んだ理由くらい容易に察しがついた。ふたりはそんなに薄い付き合いをしていた訳ではない。後は義経の気持ちひとつだと考えていた渉は、意を決して手を差し出した。

 「久々のマンツーマン、だな。頼りにしてるぜ、義経」
 「あ、ありがとう……渉。お前の力に頼るしかなかったんだ。すまない、すまない……」
 「さっき死ぬとか言ったよな。違う……死ぬ時は一緒だ。そういう申し出なんだろ、今回は」

 義経と渉が最強のコンビを再結成した頃、紫苑は再び能力者たちに破格の報酬で勧誘を始めていた。タイムリミットまでにキバツミ復活を阻止できる能力者たちを……そして深夜の村で最後の決戦が幕を開ける!


 突然だが、東雲 緑田はどっかの国からやってきた不思議なおにーさんである。今日も日課であるラーメン屋台の営業を終え、奇妙な形をした魔法のパソコンをいじりながら溜め息をついた。肉体労働の後にデスクワーク。これが彼の日課なのだ。毎日のように東京を中心とした情報をかき集めているものの、疲れがぶっ飛ぶほど素敵な状況にはなってくれない。それは居候しているテレビから流れる毎日のニュースでも声高に叫ばれている内容と同じだ。今さら驚く方が難しいという話である。

 「おっと、魔法のガソリンがまた値上がり? さらにラブもホープもデフレ続き……うーわ、これはマジメに仕事しないといけません」

 緑田の守備範囲は地球全体だが、現時点では東京を愛で満たすのが先決だ。最新ニュースをチェックすると、ある地域の邪気が荒れ放題だと掲載されている。これは特にいけない状況になっているらしい。そしてもっと恐ろしいことに……

 「あらら、神の愛を語る方がずいぶんとご立腹。って、主教の顔したラブキラーテロリストじゃない!」

 要注意人物に挙げられたのはアーサー・ガブリエル。イギリス国教会の主教として活動する傍ら、自らテロ組織「Pillr of Salt」を指揮する恐ろしい男である。その能力は緑田にして「どっちが神かわかんねぇ」と言わしめるほどのもので、むしろ能力が理想を生んだと言ってもおかしくはない。

 「こりゃダメだ、止めないと……小さな村のラブ&ピース、絶対に守るぜ! さて、俺だけだとしょうがないので、ピピピのピッと」

 人間の数が減ってしまうと、世界の夢や希望、愛や勇気が失われてしまう。それは勘弁と本腰で当日の合流メンバーを検索し始めた。その中からアーサー対策のできそうな連中を見繕い、主教の陰謀を阻止する部隊とキバツミを殲滅する部隊に分ける作戦を考える。明日は夫婦が揃ってバーゲンに行き、下の子が学校、上の子は強制ダイエット中なので近づくと危険……家にいた方がろくなことがないと、真剣にあーだこーだぐりんだと思案した。


 キバツミ復活まであと数時間と迫った。山奥に潜む暗黒に導かれるように、金色の髪をなびかせて渉が走る。その速さは人間の姿で出せるものではない。そう、すでに義経が彼の影に入り込んで力を増幅させていた。文字通り『光速』なのだが、それについてくる者もいる。リィールに温情を抱き、自ら仇討ちを志願した五降臨 時雨。そしてレディ・ローズの技の変容を見破れず思わぬところで失態を見せた天薙 撫子、さらには『キャプテンブレイブ』と名乗る謎のヒーローがそれだ。その他にも後発隊が準備されており、戦力としては十二分な人数である。
 ここまで大所帯になってしまったのには理由がある。ひとつは『アカデミーの教師、敗れる』の報が簡単に知れ渡ったこと。そしてもうひとつは『その時、一緒に敗れた者が少なからず責任や情を感じている』ことだ。時雨はその口調こそいつものスローペースだが、明らかに怒気を放っている。撫子にしても今回は必勝を誓っており、すでに天位覚醒してあの日と同じ戦闘態『戦女神』の姿で道を行く。キャプテンブレイブもまた宙に浮きながら進み、渉の後を追っている。誰も彼も頼りになりそうな精悍な顔つきをしていた。

 「贅沢だな、アカデミーは。一度の失敗でここまで人を集めるのか?」
 『冗談いうなら、今のうちだぜ?』

 憎まれ口の応酬に昔を思い出すふたり。ところが義経の言う通り、もう冗談を言っている場合ではない。村の入り口に別人と化したレディ・ローズがひとりで立ち塞がっていた!

 「……リィールさんの仇討ち……だけど……ボク、そこまでレディ・ローズには……詳しくない……」
 「時雨さんはしばらく様子見でもいいですよ。技を出し尽くさせてから大暴れでも構いませんから」
 『感心、いや感謝してるぜ。一度の飯でここまでやってくれる奴は見たことがないからな。頼りに……してるぜ』
 「前みたい……に、変な能力ついてるかも……しれない……し」
 「それなら心配無用ですわ。わたくしがローズ様の攻撃を防いでご覧に入れます!」

 いつもなら洒落た言葉で敵をからかったりするレディ・ローズだが、ずいぶんと蛇神の毒が回っているらしい。もうキバツミの信徒に成り下がってしまったのだろうか……蛇皮のドレスを身にまとった魔女はいきなり必殺技を繰り出す予備動作を仕掛けていた!

 「まさか! いきなり連環の儀式を!」
 『あれもただのファイナル・サバトじゃねぇ。見ろ、リングがコブラのようにうねってやがる。誰を狙ってるかわからない!』
 「これは私、キャプテンブレイブにお任せください!」
 「あ……そうか……力、を……増幅させながら……光弾を……打つ……なら」

 あえて的になろうというのか、キャプテンブレイブは蛇行する連環めがけて猛スピードで突進。それを時雨が超高速歩行術でアシストする。前回も見せた光速突進突き『風牙』を繰り出してオリハルコンリングをあっという間に粉微塵にした。たったこれだけでも、ブレイブにとってはありがたい。常に先行する時雨の厚意に甘え、今一度気持ちを高ぶらせた。

 決戦の時が来た。
 この世に主以外の神など必要ない。穢れし魂と肉をもって神を僭称するとは許しがたい暴虐なり。キバツミなどという辺境の悪魔はその眷属ともども消滅すべし……無表情のまま重力操作と風操作で浮いているアーサー、いやコードネーム『カラミティカ』はこの地を悪魔もろとも裁きの鉄槌を主に代わって打ち下ろすためにやってきた。すべてのペインは主のために……岩塩の柱を屹立させて槍となすよう、傍目には能力の発現とはまったく無縁な動作を見せる。それはもしかしたら、彼なりの祈りかもしれない。ところがその裁きは村にいる人間すべて……つまり解放作戦を実行しようとしている連中にまで効果が及ぶ危険なものだった!

 「ふ。こんなところで歌声とは……? 賛美歌か? この声は美しくあるが、この場にはふさわしくない。いったい……」
 「あんたのしようとしてることに比べたら、よっぽど素晴らしいんだけどな! 撫子さん、作戦通りだ! こっちのキャンセル頼む!」
 「わかりましたわ! 東雲様の情報がなかったら、今頃は大惨事に見舞われてましたわ。主教、させませんっ!」
 「それをしたところで村人はすべてサーヴァントが保護してますから大丈夫です! 夜討ちが裏目に出ましたね!」

 美しい旋律を響かせるのはサーヴァント・マスターのアリス・ルシファール。彼女は付き従うサーヴァント『アンジェラ』の胸に抱かれ、空からかなりの数の人形を操っていた。緑田はその一体に引っ張られつつも、両目は例のパソコンとアーサーを行き来している。レディ・ローズに必勝を誓っていたはずの撫子だが、なんと最初から一芝居を打っていたのだ!
 実は最初から『キバツミ以上の危険人物がやってくる』という情報を後発隊の面々と例のバス停で話し合い、誰が誰と対するかはすべてその場で決めている。ここまではすべて予定通り、順調に進んでいた。すでに翼を持った天女はアーサーの目前にやってきて、手を一振りすると凛とした姿で対峙する!

 「アーサーさんよ、鉄槌は下させないぜ。オッサンの怪しい素振りからコマンドワードまで全部キャンセルしまくってやるからな!」
 「村人は呪縛から放たれれば何の問題も起こしませんっ!」
 「レディ・ローズ様の足止めは必要ですが……無益な殺生を止めるのはもっと重要です!」
 「人間は粛清されるべきである。私にそれを説こうなど今さら……」
 「ま、とりあえずオッサンは黙って下のご様子を伺ってればいいんだよ。じゃ、戦闘機のご登場〜!」

 4人が向き合う間を器用にすり抜け、異質な存在ともいえる機動兵器が自由に大空を舞う。これがマイニー・イルオーディンの別の姿であることは説明するまでもない。彼がロックオンしているのは村人たちではなく、流之介の前で燃え上がる謎の炎だ!

 「後ろに下げて厳重に護衛するのは、それだけ重要な物だからじゃろうな。それだけに失えば痛かろうて」
 「マイニーさん、ゴーゴー! アタック、アタック!」
 「ええい、やかましい! お主のような若造に指図されんでもするわ!」

 ファイナルサバトよりも先に、漆黒の夜空から一筋の怪光線が地上へと降り注ぐ。その威力は炎をかき消すには十分すぎる力を秘めていた。すでに邪悪な炎を守る番人はいない。炎はビームに触れただけで消滅し、上空からでもわかるくらい大きな穴ができあがった。これにはキバツミの降臨を待つ流之介はもちろん、レディ・ローズにも衝撃が走る。

 「なっ! なんということを!!」
 「蛇脈を崩され、炎も消され、これではキバツミ様をお迎えすることができないわ……」
 「迷ってる場合か! キャプテンミサイルキッーーーク!!」
 「もう……リング……ない、よ?」

 これも予定されたことなのか。上空と連動して地上の戦況が有利になった。ブレイブは必殺のキックを繰り出し、それをレディ・ローズの腹に容赦なく打ち込む。彼が攻撃するのに不利な条件は何ひとつない。なぜなら、すべてのリングはすでに時雨が破壊し尽くしてしまったから……レディ・ローズは不意を突かれてガードが甘くなったところを狙われ必殺技をしっかり食らった。その身体はボールのように転がり、全身砂まみれになってしまう。しかし彼女にも意地がある。この場は執念で立ち上がり、再びヴァリアブルサークルを出現させようと呪文を唱え始めた。
 その瞬間、彼女の首筋をつかむ男が現れる……それは敏郎でも時雨でも、ましてや空中にいる者でもない。そう、まだ作戦を遂行する能力者がいたのだ!

 「正真正銘、俺が最後の援軍だ。というよりも、先に主任と現地調査してるんだがな。とりあえずお前は正気に戻れ」
 「ぐっ、この力……まさか孔雀……うがああぁぁぁっ!!」

 この事件をまったく別の方向から知った高校生・不動 修羅は毒蛇を食らう荒ぶる神『孔雀明王』を降霊して立っていた! レディ・ローズを巣食っていた蛇神の呪縛はすべて吸い出され、ヴァリアブルサークルもいったんは力を失って地面へと落ちていった。かくして最強にして最悪の信徒は、アカデミーの教頭であり魔女であるいつもの彼女に戻る。

 「ああ……ああああ……あら。しゅ、修羅、で、できればっ、こっ、この手をどけてほしいんだけど?」
 「自分で浄化もできないくせに大きな顔をするな。ほら、いっちょ上がりだぜ」
 「ナイス、修羅さん! これでも岩塩の槍を出すかい? ちょうどいい、蛇脈を荒らすにはもってこいだ。やってみるか?」
 「緑田とやら、その軽率な口の聞き方は許しがたい。しかしすでに撫子とやらが私を動けなくしているのでな。今は黙っておこう」
 「ヒヒイロカネと化した妖斬鋼糸が人を切るところを見たくありません。この場はどうぞお静かに……」

 アリス、緑田、そして撫子の立ち位置を利用して、すでに無数の妖斬鋼糸で結界が張られていた。もちろんこれはサーバントを介するからこそできる技である。これではさしものアーサーも手出しはできない。彼は冷静な判断を下した結果、ここはおとなしくしているのが一番だという結論に至った。かなり不満は残るが、他の人間たちが自分の大意を達成しようとしている。ここは力づくでもそれを阻止する必要はないと考えた。むしろ撫子や緑田などを敵に回す方が厄介である。本当にキバツミを消滅させたその時は、静かにこの場を去ろうとアーサーは心に決めていた。


 最大の障壁であるレディ・ローズを元に戻し、地上部隊は流之介と対峙する。すでに蛇脈は本来の力を失い、信徒は誰ひとりとしていなくなり、邪悪な炎もかき消された。残るは魂の牢獄として用意された器だけだが、肝心の神官はその呪法をまったく把握していない。もはや勝敗は明らかだ。それでも流之介の右手で怪しく蠢く蛇だけはじっと暗い闇の輝きを秘めていた。まだ夜明けまで時間はあるのだが、誰もが何やら嫌な雰囲気を感じているのであった。

 「チェックメイトよ……流之介さん。さ、私の呪文で正気に戻りましょうね?」
 「うぐ、ううう、キ、キバツミ様、わっ、私から離れないで下さいませぇ……っ!」
 『教頭、あいつの右手ってもしかして!』
 「義経の想像通りだろうな。キバツミは最初から次善策を取っていたと考えるのが自然だ」
 「緊急避難用に依り代を用意してたってことか。じゃあ俺は文字通り、その毒蛇を食らうぜ」

 修羅が心強い言葉を吐くと、誰もがそれに同意し頷いた。そして神官の証だった毒蛇の右手は具現化……すらできず、かろうじて霊体を宿して蘇るしかない。いくつもの剣をまとったかのような紫の鱗を持ったこの大蛇こそ、キバツミと呼ばれる蛇神の正体である!

 『ウ、ウゴゴゴゴ……よ、よくも余の復活を……邪魔しよって!!』
 「中途半端な復活で申し訳ないんだがよ、次は成仏してもらうぜ」
 「この……程度……なんだ。今度は……本気で、いく……リィールさんの……ためにも。この刀……神も……斬れる、し」
 「一気に畳み掛けましょう! 時間をかけても仕方がないです! ローズさん、あなたは流之介さんを流介さんに戻してください!」
 「一番盛り上がるところで仲間外れにしたわね。しょうがないわ、元はといえば私のせいだし。義経、渉と一緒に私の分まで暴れてやりなさい!」
 『言われるまでもねぇ! みんな、一気に行くぜ!!』

 金狼へと変貌した渉が天に向かって雄々しく吠えると、一気呵成の攻撃が始まる!
 まずはすべての能力を底上げされた金狼が大胆にも真正面からラッシュをかける! これがものの見事にすべてヒット! 普段とは格段に違う力を扱う渉が思わず焦ったほどだ。

 「よ、義経! お前、人様の能力引き出しすぎじゃないか? ブランクが長いんだから遠慮しろ!」
 『それはお前の俊敏さに磨きがかかってるからだろ! なんでも俺のせいにすんじゃねぇよ!』

 メビウス、いや義経は心の中でセリフの続きを言った。「俺の知らねぇうちにまた強くなりやがって」と。長くて大きな身体をよろめかした瞬間、キャプテンブレイブは腰をかがめて大ジャンプの準備を整えた。そして渾身の力を込めた握り拳を振り上げて舞い上がる!

 「キャプテンジャンーーープ! うおおおおおおっ! ブレイブストロングパァァァンチッ!!」
 『グゲエェェェェェ、ゲエェェェエッ! す、すでに鱗が木っ端微塵にまで、アギャアアァァァッ!』
 「魔神……剣、に……気づかな、かった……?」

 またしても時雨とブレイブのコンビネーションが炸裂。大きなモーションのブレイブに目が行ったキバツミの隙を突いて、時雨が妖長刀と血桜から繰り出される連撃を血化粧で解放した状態で繰り出す超必殺技『魔神剣』を瞬時に打ち終えたのだ。そこに強烈な打撃が加われば、何もかも砕け散るというもの。もはやなす術もなく、キバツミはただただダメージを負うだけ。邪気を手に入れて回復する手段をすべて阻止された上、アリスが浄化の謳を奏でているせいでパワーを維持することすらできない。そこにマイニーが再び空中からビームを一斉射撃する!

 「砕くだけで駄目なら、欠片も残さず蒸発させてやるわ……ぬ、進行方向にリングが。お主、邪魔する気か?!」
 「最後くらい手伝わせなさいよ。ファイナルサバト・ビームショットって感じでね」

 すでに流介へと記憶を戻したレディ・ローズがマイニーを援護。なんと連環の儀式でレーザーの威力を上げていくという無茶なコンボをしたのだ! 徐々に巨大になっていくビームは明らかにキバツミを凌駕している。そしてついにその時がやってきた!

 『ウガアアアァァァァーーーーーーーッ! 余の、余が、人間風情に負けるとはぁぁぁぁぁっ!!』
 「おっと、お前という存在を現世に残すつもりはないぜ。俺がしっかり浄化してやる。ちゃんとあの世に行け!」
 『降霊師……お、おのれぇぇぇ! う、ヌアアァァァアァーーーーーーーッ!』

 とんでもなく巨大なビームに身体を引きちぎられキバツミは爆発! しかし、毒霧のような魂が爆煙の中から抜け出し、修羅の元へと飛んでいく。そして完全に孔雀明王の力で浄化されたのだろう。
 すべてを見届けた緑田は握り拳を天に突き上げる。その時だ。すでにアーサーがその場からいなくなっていたのに気づいたのは……誰にも気配を悟られずに、彼はその場から消え去ったのである。


 夜明けを迎えた村はとんでもないことになっていた。派手な戦闘のせいで穴だらけになっているわ、いろんなところに楔を打たれているわで、何にも知らない村人たちは大いに驚く。そこは撫子が村長に、アリスが村民に事情を説明をして話を丸く収めてくれた。特に撫子は現実にあった昔話を引き合いに出しての説得だったので、村長も過去の文献を漁って二度とこのようなことがないように心がけると約束。気配りの達人であるアリスは村民にわかりやすく事情を説明した。すると今さらながら、親から「悪いことをすると蛇に食われちまう」としつけられた人が大勢いることが判明する。やはり知らず知らずのうちにキバツミのことは『信仰の対象』から『忌むべき存在』へと形を変えて伝わっていたらしい。
 そんな器用なこともできない男どもは村の片隅でふたりが戻ってくるのを待っていた。最大の功労者はやはり緑田だろう。偶然とはいえアーサーの存在を知り、全員の能力を把握してしっかりとした作戦を立てた手腕は賞賛に値する。マイニーもこれには舌を巻いた。おかげで自分は何の気兼ねなく任務を遂行することができたし、自分のデータも魔法のパソコンで役立ててもらえたことは大きい。また洞窟で秘密の一端を知ったという修羅のおかげで、本来は撫子がするはずだった毒の浄化ができた。敏郎と時雨のコンビネーションもなかなかのもので、これもまた見応えも威力も十分である。渉はパートナーである義経とともに「皆さんがスゴかったから、ぜんぜん出番がなかった」と笑っていた。
 小さな村を襲った恐るべき脅威……魔女の気まぐれから始まり、多くの犠牲も出した。手放しには喜べないかもしれないが、無事に解決することができたことを誰もが喜んでいる。レディ・ローズは今から全員に分け与える報酬について、いろいろと考え始めていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

3296/アーサー・ガブリエル   /男性/ 44歳/テロリスト 魔術師 主教
2975/藤岡・敏郎        /男性/ 24歳/月刊アトラス記者 キャプテンブレイブ
2592/不動・修羅        /男性/ 17歳/神聖都学園高等部2年生 降霊師
6380/マイニー・イルオーディン /男性/ 85歳/実体化データ
6591/東雲・緑田        /男性/ 22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん
1564/五降臨・時雨       /男性/ 25歳/殺し屋(?)
0328/天薙・撫子        /女性/ 18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
6047/アリス・ルシファール   /女性/ 13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第13回です!
今回はお待ちかねでお待たせの後編でございます! 最後まで戦闘シーンだらけです!
皆さんの活躍シーンを余すことなく書いております。どうぞお楽しみくださいませ!

前回のシチュエーションをそのままに、今回はもっとスゴい緻密な作戦がありました。
しかしさまざまな要因で物語を変更し、プレイングもすべては使い切っておりません。
その点に関しましては筆者も草間の影で泣いておりますのでご了承くださいませ……

なお本編に繋がるサイドストーリーは「前編・後編」執筆後に公開する予定です。
今回は二部構成という性質上、どうしても本編が完成しないと書けなかったんです。
すでにご依頼いただいている分以外でも、ご注文があれば書かせていただきます!
それでは次回の特撮異界、通常依頼やシチュノベなどでお会いしましょう!