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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


だから、彼女たちもまた出逢った
●神聖都学園のこと
 神聖都学園の敷地は広大である。
 それはもちろん幼稚園から大学まで、さらにはいくつかの専門学校までが複合された巨大複合教育施設ゆえに他ならない。いくつもの校舎やら関連施設が置かれる訳だから、広大な敷地となるのは当然といえば当然の話なのだ。
 しかし、それだけの用地を確保しようというのは大変なことである。都内であるならばなおさらだ。なので御多分に漏れず、こういったものは中心部を避けて建てられることになる。まとまった土地が取得しやすいなど、色々とメリットはあるのだろう。
 けれども、メリットがあるからにはデメリットもまた存在する。例えば通学に時間がかかるだとか、周囲に何もないだとか。何なら日本全国、片っ端からそのような所を挙げていってもよいくらいだ。
 では神聖都学園の場合はどうなのだろう。ここでのデメリットは簡単に説明出来そうだ。すなわち、しばしば怪奇現象が発生すると――。

●ある噂
 さて、その噂はいつから耳にするようになったろうか。そんなに前でもなく、かといって最近という訳でもない。ふと気付くとその噂が身近になっていた、そんな感じかもしれない。
 神聖都学園の敷地内、とある一角に老朽化した木造校舎群がある。建て直しのために立入禁止とされ、解体待ちとなっている校舎たちだ。噂はここにまつわるものだ。
 生徒たち曰く、校舎の中に変な光が見えただとか、怪し気な人影があったなど……まあ、どこの学校でもよくあるような話である。興味半分で肝試しや調査と称して徘徊する生徒たちも居たことから、噂も広まり増殖していったのだろう。
 その証拠に、噂のバリエーションが増えていっていた。先程の人影の話だって、最初の方で聞かれたのはぼんやりとしたものだったりするのに、後になってくるとあれこれと形を取っていたりするのである。それも男だったり女だったり、性別もどちらとも決まっていない。
 そういった噂に信憑性を持たせるのが、前述の肝試しや調査などを行った生徒たちの存在である。実際に目の当たりにしたと言うだけでも十分だし、中には不注意からかちょっとした怪我をした者も居たゆえ、怪我の理由を噂に絡めたりするのである。……人というのは、もっともらしい理由に流されやすいものだから。
 このように日増しに噂が増えてゆく中、次のような新しい噂が生徒たちの耳に入ってきた。細部で微妙に違いはあったが、おおよそ『放課後から夕暮れにかけて、旧校舎群の方から何処の国のものか聴いたことのない美しくも懐かしい感じの歌が流れてくるのを聞いた』といった内容だ。
 それまでの噂とは方向性が違っていたからなのだろうか。この噂が話題に上りだした反面、これ以外の噂は何故か落ち着きだして、全体的に見て沈静化した……かと思われた頃。
 1人の女子生徒が放課後、その旧校舎群へ向かっていた。金髪で小柄な、恐らくは中等部辺りの生徒だろうか。まるで人目を避けるようにして、密かに。
 その女子生徒の名は、アリス・ルシファールといった。

●きこえることは
 旧校舎群のあるエリアへ足を踏み入れたアリスは、木造校舎の中へ入ることなく校舎と校舎の間を静かに歩いてゆく。ゆっくりと何かを確かめるように。
「少し……バランスが戻ってきた、かな」
 ぽつりつぶやくアリス。やがてアリスは、旧校舎群の中でちょっとした中庭のようになっている空間へやってきた。
 その中央へ立つと、アリスはすぅ……っと息を吸ってから、言葉を紡ぎ始めた。旋律のある言葉を人は歌と呼ぶ。しかしアリスの美しく紡ぐそれは――謳。カンツォーネ、舟謳を聞いたことのある者であるならば、それに似た旋律であると思い当たることだろう。
 何故にこのような場所で、アリスは歌っているのか。もちろん理由がある。アリスにとってこれは、時空管理維持局の任務の一環である。
 エリア探査により、アリスは学園の敷地内において霊的な場が著しく悪い場所を発見した。それがこの旧校舎群であった。発見後調査に乗り出したアリスは、この地に自作の結界が築かれていることを知った。恐らくは何がしかの能力を持ち合わせていた歴代の生徒たちが、結界によって霊的な場を安定させようと試みたに違いない。
 結界が張られるということは、その中に何か――悪霊だかの類を封じ込める必要があったからということでもある。そしてその試みは効果を発揮していた……最近までは。そう、その結界も近頃では効果が薄れ出していたのである。
 それゆえに、旧校舎群にまつわる噂が流れ出し、肝試しや調査にやってくる生徒たちも現れるという事態を引き起こしていたのだ。だが、やってきた生徒たちがちょっとした怪我程度で済んでいたのは、きっと結界の効果であるのだろう。このままではこの先どうなるか、分かったものではないのだけれども。
 そのことに気付いたアリスは、綻びてきた結界を補強し、また霊的バランスの回復ためにこのように謳――謳術による浄化を行っていたのである。すなわち、最近になって耳にする新しい噂の歌声の主はアリスという訳だ。謳術を誰かが耳にしたのであろう。
 この日もまた、アリスは謳術による浄化を行っていた。と、その最中のことだ。
(……誰か居る……?)
 背後に人の気配を感じ、どきりとするアリス。謳術を中断し、気配の正体を確かめるべくアリスは背後を振り返った。
 そこに居たのは1人の少女。まるで西洋アンティーク人形のような、黒を基調としたドレス姿の少女が無表情に佇んでいた。この少女のことを、アリスは一目見て気付いていた。
「……こんにちは、黒榊魅月姫さん」
 何事もなかったかのように、アリスは少女――黒榊魅月姫へ挨拶をした。すると魅月姫も静かな口調で挨拶を返してきた。
「ここ最近の噂の元はあなたでしたのですね、アリス・ルシファールさん」
 魅月姫もまた、一目見てアリスのことに気付いていたようである。
「さあ、何のことか。私はただ、静かな場所だなって思って歌の練習を……」
「霊的に荒れていたこの一帯が、この数日間でバランスを回復してきていたのは、あなたの歌が浄化してきたからではありませんか?」
 話を逸らそうとしたアリスに対し、魅月姫は赤い瞳を逸らすことなく言った。アリスが何をしていたか、看破したのだ。
「あっ……」
 驚き、言葉に詰まるアリス。そして考える。
(看破したことといい、結界を越えてここまで来たことといい……これはもしかして)
 じっとアリスは魅月姫を見つめた。補強した結界は人払いも兼用している。それを越えてきたということは――。
(最上位の魔力保持者……)
 そうであるならば、魅月姫が看破したことも納得がゆく。
「そう、私が浄化していたの」
 魅月姫の言葉を肯定したアリスは、そのまま自分の目的をあっさりと話した。そして黙って聞いていた魅月姫に対し、執務官判断で協力要請まで行ったのである。
「……私でよろしければ構いませんわ」
 それまで無表情だった魅月姫に珍しく笑みが浮かぶ。アリスの要請を承諾した瞬間であった。

●一息に
 いつまでも結界の補強やバランス回復だけを行っている訳にもゆかない。封じられている悪霊をどうにかするのが一番よい方法であることは間違いなかった。
 そして決まったのは、魅月姫が前衛で悪霊の相手をし、アリスは後衛にて謳術とサーヴァント全騎による広域浄化に集中するということ。
「では……」
 魅月姫がそうつぶやいたかと思うと、次の瞬間には赤き瞳が金色に変化していた。そんな魅月姫の前に杖――『真紅の闇』がいつの間にやら現れる。杖は大鎌へと変型し、魅月姫の手へ握られた。
「サイズ・フォームです」
 アリスへ説明する魅月姫。大鎌を構える姿は、恐ろしいほどに似合っていた。
「準備はいい?」
 サーヴァントを全て展開させ、いつでも広域浄化陣の発動へ入る態勢となったアリスが魅月姫へ尋ねた。魅月姫は振り返り、こくんと無言で頷いた。
 一瞬訪れた静寂の後、アリスは謳術を開始した。謳が旧校舎群から流れてゆく。それまで同様美しくあるが、どこかしら力強さを加え。
 するとどうしたことだろう。アリスと魅月姫たちの前方に、黒き靄が四方八方から集まり始めた。それは次第に形を取り始め、やがて――巨大な蜘蛛の姿へと変貌していた。
 これこそがこの地に封印されていた悪霊の化身である。どうやら引き寄せられて集まった雑霊たちがが、嫉妬やら何やらといった若者たちの負の心を媒介として結集し、強大な姿へと変貌したものがこの悪霊であったようだ。なるほど、能力を持ち合わせた歴代生徒たちが悪霊の存在に気付くはずだ。言ってみれば、自分たちが悪霊の誕生に加担したようなものなのだから……知らず知らずのうちに。
 さあ一触即発となった時だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 2人の背後から女性の悲鳴が聞こえてきた。それも、とても聞き覚えのある女性の声だ。
「く……蜘蛛……?」
 女性――神聖都学園の音楽教師である響カスミは巨大な蜘蛛である悪霊を目の当たりにし、その場へ崩れるように気絶してしまった。実はカスミ、音楽教師ゆえか歌の噂が気になって怖いのを我慢してここへやってきたのだ。よりにもよって、こんな時に。
 カスミの悲鳴に気付いた悪霊は、魅月姫とアリスを無視してそちらへ向かおうとした。だがそれはアリスと魅月姫が許さないし、また許されない。
 動こうとした次の瞬間――魅月姫の大鎌によって悪霊は一刀両断されていた。間髪入れずアリスが広域浄化陣を発動させて一気に浄化し、真っ二つとなった悪霊は霧散してしまったのだった。

●前にもこんな光景あったような
 かくして旧校舎群における霊的バランスは回復し、アリスの手によって再び結界が強固に施された。気絶から回復したカスミも上手く誤魔化し、噂の方も本格的に終息していった。
 この後日、アリスは上司と2人がかりで魅月姫を説得することとなった。その結果、魅月姫は現地採用の嘱託魔導師第2号となるのだが……それはまた別のお話である。
 とにもかくにも、アリスと魅月姫はこのようにして出逢ったのであった。

【了】