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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


桜の木の下で

オープニング

桜が舞う。
ひらひら、ひらひらと。
一人の男がその桜の木下に居た。
男は泣いていた。
静かに、静かに涙をこぼしていた。
誰に見られようともかまうことなく泣いていた。
美しい黒髪を持つ、着物姿の男。

その美しい男の噂は水の波紋のように静かに広がっていった。

その噂がアトラス編集部の碇編集長の耳に入るにはさほど時間は要さなかった。

***

「いってくれるの?」
「はい、気になるうわさですし」
 アトラス編集部の皆が忙しく働いている中。
 偶然にもアトラス編集部を訪れていたパティ・ガントレットに碇編集長から一つの仕事が言い渡されされた。
 それは、桜の木の下に現れるという謎の男の噂を調べるという仕事だった。
「時刻は夕方になったあたり、黄昏の光の中で男が泣いているらしいの。普通の人が声をかけても答えないから、幽霊か物の怪かといわれてその付近に最近人は近づかないみたい」
 深刻そうな顔をして、碇編集長が言った。普通の人間である、編集部の人間を向かわせたとしても、収穫があるかわからない。だからこそ、彼女はパティにこの仕事を頼んだのだ。
「私の話なら、聞くかもしれない、と」
「もしかしたら」
「わかりました。行ってきます」
 パティは碇編集長の言葉に力強く頷いた。


 黄昏の空が広がり、黒い雲が幾重にも靡いていた。太陽が山々の間に沈む一瞬の奇跡の時。オレンジ色の光の中に包まれ、パティは問題の場所へ来ていた。いつものように盲人の振りをして、パティの両目は硬く閉ざされている。
 夕暮れが近づくと満開の桜が散り始め、風に冷たいものが混じり始める。桜の木の前に来たパティは、桜の木下で涙をこぼし続けている彼へと顔を向けた。
 はらはらと、桜の花が落ちるのと共に彼は涙をこぼしていた。
 美しい男が泣いているその光景は、どこか幻想的な雰囲気を孕んでいる。
「こんにちは」
 パティは男に声をかけた。
 すると、男の瞳がパティを見据える。どうやら彼女の声は届くようだ。
「誰ですか」
 男が言った。
 パティは微笑んで男を安心させるように口を開く。
「パティ・ガントレットと申します」
「パティ、さん」
 男はじつとパティを眺める。しばらくそのまま彼女を見つめてから、まぶたを閉じた。
 しばらく無言のときが流れ、それに終止符を打ったのはパティだった。
「キレイな桜ですね」
 上に顔を向けながら、パティが言った。男もまぶたを開け、彼女に釣られたように同じ動作をして、微笑んだ。
 その間にも彼の瞳から涙は零れ落ちていた。
「そうなんです。でも、僕は悲しい」
「何故?」
 パティはそういってメモ帳を取り出した。そのメモを男の瞳が捉えたのを見て、パティは優しく言う。
「気にしないで、興味深いお話ですので留めておきたいと」
 男は静かに頷いた。そして、口を開く。
「僕は、そろそろ消えなくてはならないんです。だから、悲しくて」
「消えなくてはならないんですか?」
「はい、僕は壺の付喪神なんです」
 付喪神、それは百年経ったものの神のことだ。心が宿った物。
 パティは軽く息を呑んだ。
「あと少しで、百年だったんです。でも」
 男は悲しげに笑った。
「もう壊れて、この桜の下に埋められてます。人型を取ることには成功したけど、もう、この姿を保っているのも限界が近い。やっと、人と話せると思ったのに、残念です。そして、悲しい」
 男はまぶたを閉じた。
 パティはカメラを握り締め、彼に言う。
「あなたがこの世に居たという証拠に写真をとってもいいですか」
「はい、お願いします」
 男はそういって笑った。パティはカメラを男に合わせる。そして、シャッターを切った。
「僕が、ここに居たことを」
 男が言う。
「僕が、少しでも存在していたということを。人に伝えていただけるんですね」
「はい」
「ありがとう、ございます」
 男はお辞儀をしてから、思い出したような顔をした。
「僕の、本体も持っていってくれませんか? もう使うことも出来ないガラクタですが、魂も宿っていないただの死骸ですが、お願いできますか?」
 不安そうに、男はパティを見た。断られるのを彼は恐れているようだった。パティは彼のそんな不安を読み取ったのか力強い様子で、頷いた。
「わかりました、必ず持ち帰ります」
「ありがとうございます」
 男はそういってまぶたを閉じた。
 すると。
 彼の周りを光が取り巻いた。キラキラと、男を取り巻くその光は、彼の最後を予言しているようだった。
 夕日はもう落ち、ただ、夕闇が迫っていた。
 パティは男の前にただ佇んでいた。
「パティさん」
「はい」
 男の涙が、そこでぴたりと止まった。
 薄れ行く姿。だが、その表情は清清しかった。
「さようなら。あなたに会えて、よかった」
 パティは彼の言葉には答えなかった。だが、それでも男は満足そうな表情で、そのまま空気に溶け込むように消えていった。
 パティはただ彼の居た場所に顔を向け、それから、彼の本体と彼の存在していた証拠をアトラス編集へと持ち帰るために桜の木下へと足を踏み出した。

エンド

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4538 / パティ・ガントレット / 女性 / 28歳 / 魔人マフィアの頭目】
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■         ライター通信          ■
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パティ様
男は壺の付喪神でした。
壊れてしまった付喪神の最後、どうでしたでしょうか。
波のない小説で申し訳ありません。
また、よろしくお願いいたします。