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<東京怪談・PCゲームノベル>


→ 幕間

 今日の草間興信所は、どうも雰囲気が違うような気がする。
 思いながら来訪を告げると――玄関ドアが零の手で内側から開かれる。いらっしゃいませ、パティさん――そう迎え入れられるが――迎え入れられるなり、何やら興信所中に揚げ物の匂いが充満している事に気が付いた。
 ついでに人の気配もやたらと多い。
 杖を突きながら、パティさんと零に呼ばれた来訪者――パティ・ガントレットは応接間の中へと歩を進める。突かれている白い杖の先端はコツコツと前方を探るよう動きながらも、その後を追う当人の足は――それ程危なげの無いまま真っ直ぐに進む。年の頃は二十代後半と思しき女性。盲人用の杖から連想される通りに瞼は閉じられている。ただ、それにしては杖を突く手――両の袖からは装着されている白い篭手が覗いているのが少々唐突に見えるか。
 髪は銀色で長く、濃い紅の紐で結われツインテールに纏められている。羽織っている長いコートには閉じたままの目の代わりとでも言うのか、見開かれた目を象ったような紋様が各所にあしらわれている。
 そんな彼女は応接間の中に居るだろう面子に――皆様、ごきげんよう、と静かに声を掛けている。

 興信所内、暫し停止。
 一拍置いて。

「…まぁ、抓め」

 と、何はさて置きまず勧めてくる草間武彦。…私は殆どの場合で盲人を装っているのだが。視覚を封じて暮らす私にたったそれだけを告げすべてを察せよと言うのは…全く何を考えているのやら。まぁ、実際に匂いや音から大まかな状況の判断は付くけれど。何を抓めと言っているのかも。
 それはこの充満している匂いの源、揚げ物――恐らくエビフライ。…それも普通に定食で使う程度の量でなく、相当に無茶な半端ではない量なのだろうともすぐわかる。察するに数多の人の気配もこのエビフライと何らかの関わりがありそうだ。まぁ、誰が何を考えた結果こんな状態になっているのかまでは知らないが。…どうでも良い事である。
 御言葉に甘えて、頂きます。卒無くそう答えつつ、パティはソファまで移動、場所を少し空けてもらって腰を下ろす。するとどうぞと誰からともなく小皿と箸を渡され、何付けて食べます? と複数から訊かれる――誰が誰やら、訊いてくる声の一つ一つが明らかに別人、それもパティの記憶に無い人物ばかりである。
 それでもパティは全く動じず、ひとまずは、と何も付けない状態で頂いてみる。さくりと揚がったそれは、まぁ、お金が取れるレベルの仕上がりではある。驚く程の美味ではないが、まぁそれなりに美味だ。
「…ところでこのエビフライ、どうなさったのか伺っても宜しいのでしょうか?」
「…聞くな」
「ですか。まぁ…どなたかの悪戯か嫌がらせ――そんなところなのでしょうが。思ったよりは美味ですね?」
「そうかそりゃ良かった。…幾らでもあるからどんどん食って片すの手伝ってくれ」
「…。数本ならば構いませんが。ただわたくしは、別に用向きがあってこちらに伺ったのですけれど?」
 草間様。
「…それはこの事態を仕組んだ背後の指定に沿う内容の用向きか?」
「ええ。…刑部様と連絡を取る事は出来ませんか?」
「…。…どの刑部だ?」
 少し考えてから、草間。…何故なら心当たりが数名居る。そして一名はこの場に居る――『身体』だけだが。
 パティは重ねて目的の相手の名を告げる。
「刑部和司様です」
 静かに告げられたその名に、今度は男にしては高く女にしては低いような微妙な音域の声――その『身体』の主の方が反応する。
「…てと俺じゃなく常磐の旦那の管轄になるな…って居ないな。さてはとっくに逃げたか」
「常磐。それは常磐千歳様の事ですか?」
「そっちも承知か」
「どうでしょう。わたくしはグリーンアイズの名は承知していると、それだけは言えますけれどね」
 そこまで声に答えてから、パティは今度は取り分けたエビフライにタルタルソースを付けて口に運んでみる。
 草間武彦は少し考えるような顔をしてから、改めて口を開く。
 意味ありげな視線が眼鏡の奥からパティに向けられる。
「…『その名』が出るか。まぁ、確かに連中が『その名』で呼ばれるとなると…『お前の管轄』と言える訳か」
「さぁ。あまり難しく考えなくとも。…何、戯れです。グリーンアイズと呼ばれる元官憲と、アイスブルーの瞳のマフィアと」
 …何がしか、縁がありそうでしょう。
 思わせ振りにそう告げると、瞼を閉じたままパティは謎めいた微笑みを見せる。
 …まぁ、何とかなるだろう。そう返しながら草間武彦はエビフライの小皿を置くと、デスクの隅に追い遣られている黒電話の受話器を取り上げ、ダイヤルを回す――相手を呼んでいる。程無く出たよう。…が、それで電話に出た当の相手は刑部和司当人と言う風でも無く。何事か話している内、直接替わったのか転送されたのか不明だが――とにかく電話の相手が変わったようだった。相手が変わってからも少し話し、それから草間武彦はパティを呼び付けると、コードを伸ばし受話器を手渡す。

 その時受話器の向こうに居た相手は――今度こそ、刑部和司当人だった。



 約束を取り付けたのは何処にでもあるようなチェーン店の居酒屋。
 バーでも居酒屋でも…お好きな方、御都合の宜しい店を選んで下さって結構。そう刑部和司に伝えた結果指定された店になる。実際来てみて店の雰囲気を確認した結果、自分の姿を考えて…場違いな姿になるかとも少しだけ思う。が、場所を指定した当の刑部和司もまた、喪服の如き黒の上下に、同色のトレンチコートと言った姿でここに来ていた。…目立つ目立たないで括るなら、はっきり目立つ組み合わせになるだろう。
 パティがその居酒屋に着いた時、明らかに異質な気配が店内に一つあった。それが刑部和司の気配なのか否か――一度も会った事が無い以上そこまではまだわからないにしろ、ここには何者か自分の感覚に引っ掛かる相手がいる。それだけは店に入る前に確認が叶う。入口の暖簾を潜り、白い杖の音をこつりと響かせると――いらっしゃいませー、とすかさず威勢の良い声が聞こえた。…プロである。
 前後して、件の異質な気配が自分に近付いてくるのに気付く。その気配の主と思しき声が、連れです、と威勢の良い声の主――案内に来た店員に一言告げる。気配の主の言う「連れ」と言うのはどうやら私を指しているようで――その気配は当然のようにパティの前に来る。それから――俺が案内しますから取り敢えず冷やを頂きたい。店員にそう伝えると、気配の主は今度はパティに向け、失礼しました。パティ・ガントレットさんですね、と告げてくる。
 …ああやはり、気配の主が刑部和司か。
「刑部和司様ですね」
「はい。…目が不自由だとは存じませんで。知っていたらお迎えに上がったんですが」
「いえ、お気になさらず。それより――何故今、こちらに来たのがわたくしだと?」
 おわかりになったのでしょう。
「…改めて聞かれると難しいですね。ただ、何となく。そんな気がしたまでです」
 強いて言うなら…探偵さんから聞いた話と、電話口での貴方の様子から、こんな方なのではないか、とね。
「そうでしたか。てっきりわたくしの事を以前から御存知であったのか、と。…早とちりしてしまいそうになりました。改めまして、お初にお目に掛かります。パティ・ガントレットと申します」
「初めまして、刑部です。以後お見知り置きを。…ところで、早とちりでも無いんですが」
「?」
「いえ。貴方が『瑠璃』の頭に立つ方である事は名前から気付いていました。確かに、容姿を拝見したのは今が初めてになりますがね。…そんな方にわざわざお誘い頂けるとは意外でした」
「わたくしの名前を御存知でしたか。さすがIO2ですね――と。わたくしの方はともあれ、この場所でそちらの『その名』を口に出しても構わないのでしょうか?」
「構いませんよ。気にする者は誰も居ない――それに知られても、何か意味がある訳でもない」
 我々がこの場で顔を合わせている――酒を汲み交わそうとしている、その程度の事は。



 刑部和司が着いていた席まで二人で移動の後。
 見計らったようにコップに入った冷やがテーブル上パティの前に差し出される。差し出して来たその店員は注文を取る為の伝票も持っているようで、パティが席に座った頃、ペンと紙とプラスチック製らしい台紙が掠れ合う微かな音が耳に届いた。
 席に着くと、すかさずパティは日本酒を注文。銘柄としてどんな物があるかを店員に確認して――特に辛目で度が強い品を選択。刑部様もと促しつつ、肴も適当に見繕う。
 御注文は以上で宜しいですねと店員が繰り返し、厨房に立ち去ってから――パティはちびりと冷やを一口。瞼を開かないままで居る以上、視線そのものは向けられないが――それに近い意識を刑部和司に向けてみた。
 問うように。探るように。
「…それ程秘密の名ではない、と言う事でしょうか?」
 IO2と言うその名。
 確かによく聞く名ではある。だがそれは自分の立場故の事とも言えそうで。東京に巣食う魔人・亜人のはぐれものたちで構成されたマフィアの頭。若く、らしくない姿に見えるかもしれないが――パティ・ガントレットはそんな女なのである。そんな自分だからこそ耳にする名であるのか。否、草間興信所でもアトラス編集部でも稀に聞く事がある。…だからこそ、IO2捜査官と思しき――それも少々珍しい所属の仕方をした、それが故に内外関わらず様々な情報を把握していると言うその人物と話してみたいと思ったのだが。
 その人物が、グリーンアイズと言う少々引っ掛かる仇名を持っている――持っていた事も、話してみたいと思った理由に含まれる。しかも官憲であったその時代――新宿署刑事課暴力犯担当時代に相棒と共に呼ばれていたと言うその名を、コードネーム代わりに今も使用する事があるとまで。自分はアイスブルーの瞳と呼ばれる事もある。だからこそ。…大した意味など無い。ただの取っ掛かりでしかない。が――それも何かの縁、と戯れに思うのも悪くないだろうと、思う。
 実行した結果が、今になる。
 実際に話し、会ってみて――それ程悪い相手でもない。思っているところで、再び刑部和司の声が聞こえる。私への、返答の形。…IO2の名について。
 静かに言葉が紡がれる。
「IO2と言う名くらいは普通に口に出しても問題は無いですよ。…メールや電話等の通信では、検知されてしまう名になるかもしれませんがね。けれどそれも大した事ではありません。世界中探して同じ略称の名詞が無いとも限らない。その名詞が出たからと言って他に重要な事を話しているとも限らない。他愛無いゴーストネットの話題にだって上るくらいなんですから、それで検知されたデータは膨大な量に上る」
 それだけ集めても本当に重要な話は、数える程。
 殆ど意味は無い。
 …今回のお誘いの本題は、『そちら』に関わる話ですか。刑部和司からさりげなく続けて問うてくる声が掛けられる。声の調子は変わらない――ずっと、静かに、穏やかに。けれど何かが変わったような気がしたのは――何故だろうか。
 気のせいか、第六感の範疇か。…この男、並々ならぬポーカーフェイスとも聞いている。
「…宜しければ、伺いたいと思ったのですけれどね」
「構いませんよ。勿論、全てとは言えませんがね――そして貴方も、俺にそれ程深い意味の期待はしていない」
 充分に、弁えている。…こちらが渋るような情報は、元から欲していない。
 パティは静かに微笑み、頷いた。
 直後、お待たせしましたー、と日本酒の徳利と猪口がテーブルに並べられる。殆ど時差無く、幾つか見繕い注文した肴の皿も同様に。並べ終えてから、ごゆっくりどーぞー、と店員が去る。
 頂きましょうか、と話をさて置き、パティは運ばれて来たものを探すようにそっとテーブルに手を伸ばす。殆ど同時、どうぞと掛けられる声。刑部和司が猪口に徳利を傾けている。中身を満たした猪口を、パティの前、手を伸ばしたそこへと置く。すみません。いえいえ。…俄かに和みつつ、取り敢えず乾杯。
 まぁ、何に乾杯なのかと言う気はするがこんな席では何となく。
 …取り敢えずは、この邂逅に、としておくべきか。
 なかなか良い塩梅ですねと軽く酒の感想。それから漸く、話を戻す。
 IO2のこと。
「…IO2という組織は、名前だけはよく聞くのですが、実態がよくわからなくてね」
「でしょうね」
「元々、そんなものですか?」
「ええ…実態がわからない。それこそが実態になるんですよ。
 所属している者とて全て把握してはいない。…怪奇絡みの事件が表沙汰にならないように、一般に害を与えないように取り締まる。言い切れるのはそれだけです。
 警察の組織が見本――そうは言っても、組織形態が一国の警察組織だけをモデルとしているとは限らない。設立がアメリカですからアメリカの警察組織の形態に近い――と思われるかもしれませんが、それだけで全て通用するとは到底思えない。実際に、アメリカの警察組織をモデルと考えるなら有り得ない動き方をする捜査官も居ます。…勝手にでは無く、きちんと許可を取った上で――そんな動き方でも許可されているんですよ、実際に。
 法の適用も、様々です。…異能者や人外を例に取るまでも無く、人間の範疇でも――様々な国で倫理や道徳、法体系は違って当然なもの。同じ法の下にある同国内であってさえ、実際の法や条例の適用具合は更に様々になる。ある国では死に値する罪であっても、ある国ではもっとずっと軽い刑になる。…人間の内だけで考えてもそんな状態なんですから、異能者や人外をそこに含めるともなれば、何をか言わんや、です」
 IO2はそんな無茶を施行錯誤しながらどうにかしようとしているだけの組織ですよ。
 それでも――組織としてのそれなりの年季と規模、賛同してくれる外部が少なからず居るおかげで、ある程度は法と言う建前の部分が実行出来ているんですけれどね。いや、法と言うより――大抵の一般人が心の何処かで信じている『最大公約数の良心』がIO2の判断基準、なのかも知れません。…例えば数多の人を殺した異能のテロリストであっても、その『能力こそが全ての元凶』と判断されたなら――能力を記憶を封じ奪った上で、それを行った当人については無罪放免になる事だってある。
「監視付きで、でしょう?」
「否定はしませんよ」
「…『最大公約数の良心』、ですか」
「ええ。…今例に上げた件、これは法に照らした判断の結果だとは俺には思えません。何故なら法の下でと考えるなら懲罰が甘過ぎる事と人権侵害の二点がどうしても引っ掛かる。けれどそれで良いか悪いかを考えるなら――それで良かったのだと納得できる自分が居る。要は、異能者や人外が人様にとって危ない行動を取らなければ、人様に迷惑を懸けさえしなければ――何でもありだ、と考える組織がIO2なんですよ。個々人や所属するセクションによって具体的な方針は多少変わって来るとは思いますが、基本はそこで。異能者や人外、超常現象――怪奇現象の実在自体を隠蔽するのも、一般の方々に対するパニック防止と言う意味に過ぎませんから」
「ええ。それも必要な事でしょう。我々の考え方にも近いものがあります…この東京には、魔が蔓延り過ぎていますものね」
 そうパティが告げると、刑部和司はふと止まる。
 視線がこちらを向いて止まった、気がした。
 けれどそれで、何も言わない。
 その視線を感じつつも、パティは重ねて、続ける。
「この東京には、魔が蔓延り過ぎている。…そうは思いませんか」
 人と言う種族は、獣を従え、あるいは喰らい、その勢力を拡大し――文明を築き上げ、光り輝く夜を得るに至った。闇やバケモノは駆逐される。
 …なのに『人間』が多い筈のこの東京はどうです。

「このわたくしすら、殺してはくれない」



 僅か、落ちる沈黙。
 やや不自然な一拍を置いて、ぽつりとパティに声が返る。
「…望んでおいでで?」
 刑部和司のその表情は瞼を開かぬままでいる以上、窺い知れない。
 けれど声の調子はそのままで――なのに、少し、空気が違う。…どう違うと言うべきなのかは、わからないのだが。初めに感じた気に懸かる異質な気配、その主であるが故か。
「刑部様には、どう見えるのでしょうかね」
 再び、静かに微笑む。
 今の私は、どう見えるのか。
「…瑠璃色の鳩の目的は、そこにあるのですか?」
「全ての神魔滅すること。それが我々の――わたくしの、最終目標なのですよ。手段は選びません。ですからわたくしは――このような立場にあるのです」
 都会の裏側に在り、暴力で全てを望み支配する――数多の悪事に手を染める。ただ普通に平穏に生きていては出来ない事を可能に変える。
 全ては、『その為』に。
 とくとくと徳利の中身が猪口に注がれる音がする。
 刑部和司の声が届く。
「まぁ、うちにもそのくらいの気持ちでいる奴が居る事を否定はしませんが――IO2は、異能者や人外の存在自体は黙認しているのが大勢です」
「人間側が、そう仰るのですか」
「不思議ですかね?」
「ええ。ええ。神も魔も今の世に在っては必要のない存在。異能など邪魔であるだけ。これだけ光溢れる世にあっては不用も不用。ただ平穏に安穏に、日々一日一日を一所懸命生きていく…そんな中で人を超えた力に意味など見出せない。そうではありませんか?」
「…人間がお好きなのですね」
「ええ。そして人間にとっては、我々のような力は――ただの害悪。不用です」
「眩しい方だ」
「…え?」
「いえ。…我々は――IO2は理想としてはそれを言いたい。けれどそこまで思い切れない。その覚悟がない。あるような振りをしてもそれは振りだけにすぎない。ずるずると妥協点を探し続けてこれからもこのまま先に行くのでしょう。その過程で何が起きようと、決定的な変化が齎されるとは到底思えない」
 既に自分たちが――その異能の力を少なからず取り込んでしまっている以上、そしてそんな己を不用と断じる覚悟もない以上――存在を認めない訳には行かなくなっているんですから。
 …覚悟の伴わない理想や建前だけでは、どうしようもない。
 我々は結局、神魔との消極的な共生を模索する方向に動いていると言えるんですよ。
「…そうですか。やはり、突き詰めれば相容れないと言う事なのでしょうね。…まぁ当然ですか。IO2と魔人マフィアなのですから」
「ええ。仕事の上では少々方針が食い違ってしまうようですね。何やら言い分が逆であった方が自然、のような気もしますけれど。…いや。マフィアの方と方針が同じようでは困りますからそれで良いんですね。何より大事なこちらの建前が崩れてしまう」
 刑部和司は苦笑しながら、小皿に載った串を抓む。
 パティもまた、微笑んだ。
「ふふ。わたくしは貴方の事が嫌いではないのですけれど?」
「同じく。貴方個人がどうこうでは言う話ではありません。あくまで仕事の上の事。今こうして酒を汲み交わしている事には、何も差し障りはありません」
 ですが、お互いの仕事の際、もしお会いする事があったなら――その時どう相対する事になるかは、わかりませんけどね。
「お手柔らかに」
「そちらこそ」
「…ところでもう一つ、お伺いしても宜しいでしょうか?」
「何でしょう?」
「虚無の境界と言う名も、よく耳にするのです。やはり実態は判然としない、この街を脅かす余所者の名」
「…。多少因縁はありますが、詳しくは存じません。彼らもまた実態らしい実態があるのかすら疑わしい…。まぁ、今のIO2にすれば一番槍玉に上げ易い仮想敵ではありますね。ただ、その相手に対してならば、今お伝えしたIO2の対応は、一部、覆りますよ」
「…それは?」
「殲滅、が基本方針になります」
「…あら」
「貴方がたのような相手と違い、妥協の仕様がない相手ですからね。ただ滅亡を望み力によって恐怖をばら撒く…。例え欺瞞であっても前向きな理想の上に成り立つテロの方がまだどれだけマシな事か。突き詰めれば大抵の宗教――少なくとも世界三大宗教と言われるものにさえ、ある程度共通して唱えられている終末思想。それらが煮詰め歪められた結果、本来の教義に――目的にされているカルト教団。残念ながら今のこの街では惹き付けられる者も少なくないのですがね。…けれどここまで極端に走ってしまえば――それは最早人外・人の区別無く、生きとし生けるもの、いえ、存在するモノ全てにとってこれ以上無く迷惑な思想になる」
 そうは、思えませんか。
「…光があるからこそ、闇が生まれる。…それはその範囲は狭くなるのでしょうが――強い光の元でこそ、その対比で闇の部分はより濃く黒くなるとも、言えませんか。…これ程輝かしく光り溢れる『今』は、裏を返せば闇もまた濃く深くなっているのではと、そんな気もしてきます」
 …その濃く深く凝った闇が、今の世で事件を起こす。
 我々も、『そんな闇』であるならば、駆逐するべきと考えますよ。
 ただ、薄闇に留まる事を選ぶ方々を問答無用で狩る事は、しませんけどね。

「…例えば、今の貴方のような」
「…わたくしはマフィアですよ。いつ何時、貴方がたの目に留まる事を起こすやもしれませんが?」
「虚無の境界と瑠璃を比較は出来ませんよ。…貴方に――貴方がたに失礼だ」
 それは少しは、貴方がたとIO2が揉める事もあるかもしれない。
 けれどそれはまだ、他愛無い日常で済む事柄。
 他ならない貴方が頭に居るならば、それで済む。

 己の力を不用と断じる――その信念を持つ、貴方が。

【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■4538/パティ・ガントレット
 女/28歳/魔人マフィアの頭目

■指定状況
 ■楽屋(草間興信所にて数多のNPCとエビフライ騒ぎ中のところ)からスタート、居酒屋もしくはバーに移動。

■指定NPC
 ■刑部・和司/IO2捜査官

■登場NPC
 □草間・武彦/草間興信所所長
 ■常磐・千歳/刑部和司の親友で同時に元同僚であり相棒、グリーンアイズの名も共有の警察官(名前のみ)
 ■草間興信所に身体だけ居た刑部さん/真咲誠名(使用している身体が刑部和司の姪)
 …他、『楽屋』に居る方々については把握不能(え)

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       ライター通信…改めNPCより
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 初めまして。刑部です。…背後――ライターからも「初めまして、今回は発注有難う御座いました。長文の上にお渡しが遅い事が常なライターですが、宜しければ以後お見知り置きを」と伝言を預っています。「対価分は楽しんで頂ければ幸いです」とも。「初めましてなので口調・性格等の描写に違和感がある等、何か不都合があるようでしたら、お気軽にリテイクお声掛け下さい」とも頼まれましたね。
 …伝えましたよ。

 今回は酒の席へのお誘い、有難う御座いました。
 …現時点では表に出ていないに等しい俺を引き摺り出した、と言う時点で、貴方の事情も色々と察します。IO2に虚無の境界。確かに今時の東京の裏を多少なりと知るのなら――いえ、パティさんの場合は多少どころでは無いでしょうが――無視はし切れぬ名前でしょう。それでいて表にはなかなか出て来ない。さぞかし気を揉んでいる事でしょうね。
 虚無の境界については…外側からしか見れませんからあまり詳しい事はわかりませんが、IO2の事なら俺でもそれなりに評せます。
 ええ。IO2も別に大した組織では無いですよ。
 何、大袈裟で建前が数多くあるだけで…本質は貴方の組織と大して変わりはしないと、俺は思っています。
 ただその、大袈裟である事と建前がある事こそが、様々な場所で畏怖を持たれ脅威とされる所以なのかも知れません。それら二つの要素があるからこそ、貴方のような方にすれば色々と扱い難い事になるのかもしれない。

 ではまた、機会がありましたら、いずれ。
 …次がありましたら、今度はこちらがお誘いするべきでしょうかね?

 以上、刑部和司