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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


あなたの笑顔を守り隊〜sideα






「母さん、最近銀兄さんの様子がおかしいんだけど」
「銀埜の?」
 わたしの言葉で振り向いた母さんは、その弾みに手に持っていた火薬のような小さくて丸いものを爆発させてしまいました。
”あちゃあ”っていう顔をしているけれど、わたしはお構いなしに続けます。だって母さんは作成術の使い手の魔女。こんなことは日常茶飯事なんだもの。
「銀兄さんがね、変なんだよ」
「ああもう…火薬のバランスって難しいわね。で、銀埜がどうしたの?」
 さすが母さん、わたわたしつつも、わたしの話はちゃんと聞いてくれているようです。
「この間のことなんだけどね…」
 私は母さんの作業室の入り口に寄りかかりつつ、説明しました。




 銀兄さんこと銀埜兄さんは、母さんの使い魔の一人で、普段は背の高いお兄さんなんだけども、本当の姿は銀色の毛並みが綺麗なシェパード。犬の姿になっていても人の言葉が喋れる銀兄さんは、お店が暇なとき、近所の犬さんたちの様子を見に回ったりしているそうです。兄さん曰く、”ぱとろーる”というんだって。
 ことの起こりは3日前、兄さんがそのパトロールから帰ってきたときのことでした。
大きなシェパードの姿で帰ってきた兄さんは、何故かしきりにため息ばかりついているのです。どうしたの、ってわたしが尋ねてみても、心ここにあらず、な感じで生返事ばっかり。年がら年中思考が移り気な母さんなら珍しくもないけれど、うちのお店で一番の常識人で、そしてちょっぴり神経質なほどお堅い兄さんには、そんな状態は似合いません。
 兄さんが理由を話してくれないので、わたしなりに探ってみました。相談したリース姉さんやリックちゃんの話を総合して考えてみると、どうやら兄さんは、パトロールの最中に、とある女の子と知り合ったそうです。リックちゃんが近所の小鳥に聞いてみたところ、その女の子の住んでいるマンションに、銀兄さんと思しきシェパード犬が入っていくのを見た、というんです。
 リース姉さんは、”それは、その女の子にハートを奪われちゃったわね! 古今東西、化け犬やら化け猫やらが人間に惹かれる話は、山ほどあるからね〜”といっていましたが、それは結構怪しいです。だってその女の子は、わたしよりもだいぶん小さい子なんだもの。
 さすがに兄さんでも、そんな歳の子は守備範囲には入っていない、と思います。でも、じゃあその女の子と何があったんだろう?




「…ねえ、不思議だと思わない?」
「そうねー、銀埜もやるわねー、幼女と逢引なんて」
「だから、それは違うんだって」
 話を聞いているかと思いきや、結局母さんはちっともわたしの話を聞いていませんでした。どうも母さんは、作成術に取り掛かると、周りのモノが見えなくなる傾向があるようです。
「あはは、ごめんごめん。ちょっと今作ってるもの、配合が難しいのよ。なかなか注文がうるさくてねー」
 母さんは苦笑しつつも、今作っているものについて教えてくれました。それは珍しく、中年のおじさんの注文で、最近喧嘩気味の奥さんに向けての趣向を凝らしたプレゼント…だとか。花火の一つに、線香花火ってあるの知ってますか? 母さんは、その小さな花火を花束みたく包んで渡せるように、と作成術に励んでいるらしいんですが…そう上手くいくのかなあ?
「だから難しいのよねー。どうやったら半永続的に火花を散らすことが出来るか…。そうだわ、花束じゃなくっても、ドーム型の耐熱膜に包んで、鉢植えみたいに…」
 母さんはアイディアがひらめいたようで、わたしをそっちのけに作業に没頭し始めてしまいました。こうなると、もう地震があろうがお構い無しです。
 仕方ないので、わたしは母さんをあてにするのを諦めました。






 どうしようかなあ、と一階に下りてみると、銀兄さん本人にばったり会いました。何て言おうか迷っているうちに、銀兄さんのほうが苦笑を浮かべて切り出しました。どうやら、母さんとの話を聞かれてしまっていたみたいです。
「すまないな、心配をかけてしまって」
「ううん、わたしはいいけど、何があったの?」
 わたしは、これ幸いにと銀兄さんを見上げて尋ねました。兄さんは暫く言おうか言わないか迷っている様子でしたが、やがて渋々話してくれました。

 銀兄さんの話によると、この間のパトロールの最中、小さな女の子と知り合ったそうです。無論、その子は銀兄さんが人の言葉を喋れることも、人の姿になれることも知らないから、普通の犬として、だけど。
 その女の子は人懐っこい子で、銀兄さんも子供は嫌いじゃないから、暫く一緒に遊んであげてたんだって。女の子が誘うので、一緒に女の子のお家まで行ったりもしたみたい。でもその子のお家は決して綺麗とはいえなくて、お台所も水が堪ってるし、掃除機も此処暫くかけた様子がなさそうで、その時点で銀兄さんは、何かいやな予感がした、といいました。
 案の定、女の子の家は、あんまり居心地が良い場所とはいえなくて…。その原因は、女の子の両親にあるそうです。お母さんとお父さんは離婚寸前で、家庭内はぎすぎす。女の子にも勿論それは伝わっていて、あまり家にいたくない、と言っていました。
 わたしにはお父さんはいないけど、もしいてて、そして母さんと仲が良くなかったら、それはとても哀しいだろうな…と思います。


「だろう? そして、もうすぐクリスマスだ。その子の家庭はどんな聖夜を迎えるのか、それを考えると、どうしても…ね」
「ふぅん…」
 銀兄さんは淋しそうな顔で笑いました。わたしにも、銀兄さんの気持ちはよく分かります。よそのお家のことだけど、みんなが笑顔になれるはずの聖夜に、小さな女の子がさびしい気持ちでいるかもしれない…。そう思ったら、無かったことには出来ません。
 そのとき、わたしは良いことを思いつきました。うちはお店をやっている関係で、普通よりもたくさんの知らない人と出会う機会があります。そしてお店の常連さんたちは、とても親切で楽しい人たちばかりなのです。だから、その人たちに声をかけてみて、女の子と一緒に楽しく遊んでくれるようにお願いしてみたらどうだろう?
 わたしがそう提案してみると、兄さんは少し困った顔をしました。
「いやあ…それがな、その子の両親の不仲は、父親に原因があるようで、その子はあまり男性が好きじゃないみたいなんだ。だから、女性の方ならともかく、男性は…」
「あら。そんなの簡単よ」
 突然、女の人の声が割り込んできました。いわずもがな、リース姉さんです。
 姉さんは腕組みをして、にやりと笑って言いました。
「協力してくれる男のヒトには、女装してもらえばいいのよ」
「えーっ!?」
 私は驚いて飛び上がりました。銀兄さんは、げんなり、としています。女装ってあれだよね、男の人なのに、女の人の格好をすることでしょう?
「そ、そんなの…引き受けてくれる人、いるの?」
「さあ。でも面白いじゃない?」
 リース姉さんはさらり、と言っちゃいました。わたしは知ってます。姉さんみたいな人のことを、私利私欲で動く人っていうんです。
「……まあ…希望者には、服はお貸ししましょう…」
 驚きました、銀兄さんまでリース姉さんの提案に同意しちゃいました。ホントに、それでいいの?
「あ、そうそう。なんかルーリィが離婚間近な旦那さんに、奥さんにあげるプレゼントを作ってるみたいなんだけど。あれってもしかして関係あるんじゃない?」
「まさか。それが女の子のご両親とでも? そんな上手い話があるわけないでしょう」
 リース姉さんの言葉を、銀兄さんは一蹴していました。わたしもそのときは兄さんに賛同したんですが…

 この世には確かに、”上手い話”が存在することを、わたしはこのあと思い知るのでした。









                    ★








 それから数日後のこと。わたし、リネアは誰もいない店内で、一人頭を抱えていました。
「…なんで誰もこないんだろう…」
 お店にやってくる常連さんを誘って、女の子と一緒に遊ぼう…と思いついたのはいいものの、肝心のお客さんがこないのです。
そもそもうちのお店は、お客さんが来るときと来ないときの差が激しくって、来ないときはほんっとーーに誰一人来ません。
こんなときは母さんもお店を放っぽりだして、自分の作業室でなにやら怪しい研究をしています。ダメダメです。
「はぁ…」
 ため息をつき、膝を抱えそうになったとき、お店のドアベルがからんからん、と鳴りました。
わたしはぱぁっと顔を上げ、うきうきとドアのほうに駆け寄ります。
「あっ、クラウレスちゃん!」
「ふっ…」
 そこにはさらさら金髪のかわいい男の子、クラウレス・フィアートちゃんがいました。でも何故か、がっくり肩を落とし、トホホ…と嘆いています。
わたしは首をかしげ、しゃがみこんでクラウレスちゃんの顔を覗きこみました。
「…どうしたの?」
「なにごともなく、いえについたとおもったのにぃ…でち」
「?」
 クラウレスちゃんは、私よりも幼い外見をしているのに、時々ものすごく難しいことを言うんです。多分今のこれも、その一つだと思います。
だってわたしには意味が分からないんだもの。
 でもとりあえず、お店に入ってきたからにはお客さんです。
「クラウレスちゃん? いらっしゃいませー」
 にっこり笑ってそう言うと、クラウレスちゃんはようやくわたしに気づいてくれました。
「はぅ。りねあしゃん…ごぶさたしてるでち。きょうはるーりぃしゃんは?」
「母さん? 今作業室に篭ってるよ。わたし一人なの」
「なんと!」
 わたしの言葉に、クラウレスちゃんは拳を握り締め、がばっと立ち上がりました。
「とんでもなくいやなよかんがしたでちが、わたちのきのせいでちたね! るーりぃしゃんがいないなら、こわいものなちでち!」
「……」
 わたしは目をらんらんと光らせているクラウレスちゃんを見上げ、呆然としました。
…確かにクラウレスちゃんは、うちの店に来るたび、母さんからの被害を受けています。クラウレスちゃんの気持ちも分からないでもありません。…でも今回は…。
「あの…クラウレスちゃん…」
「どうかしたでちか? りねあしゃん、かおいろがよくありまちぇんね。きょうはへいわないちにちでちよ」
 母さんがいない。その一言だけで、クラウレスちゃんはぱぁっと笑顔を浮かべています。
「やっほー! ルーリィいるー?」
 そのとき、元気の良い声とともに玄関のドアがばんっと開き、玄関先にいたクラウレスちゃんを直撃しました。はぅっと勢い良く吹っ飛んだクラウレスちゃんは背中のほうを撫でながら、ふるふると声の主に向かって言いました。
「こうじゅしゃん…! わたちになにかうらみでもありまちゅか!?」
「あれっ、紅珠ねーさん!」
 クラウレスちゃんの言葉にきょとん、としながら玄関先に立っていたのは、浅海紅珠さんでした。わたしより2つ上の、いつもお世話になっている元気なお姉さんです。
 紅珠姉さんは、自分が開けたドアがクラウレスちゃんに激突したことを知り、たはーっと頭を掻きながら笑って言いました。
「ああ、ごめんごめん! でもさー、玄関先で話し込むのもどうかと思うぜ? それじゃオバちゃんだよー」
「おばちゃんでわるかったでちね…!」
 クラウレスちゃんは、きーっと猫のように唸りながら、紅珠姉さんをキッと睨んでいます。でもその睨み方に迫力が全然ないせいか、紅珠姉さんも悪びれる様子が全くありません。
 やれやれ、と思っていると、紅珠姉さんがわたしに気づきました。
「ちーっす、リネア! ルーリィいるか?」
「母さんなら、作業室だよ。今お仕事なんだって」
「なーんだ、せっかく面白いモン持ってきたのになー」
 紅珠姉さんは、ちぇっと舌打ちしました。その手には、長方形の包みを抱えています。…おみやげかな?
「あ、ってーことは…あれはクラウレスだったんだ?」
「?」
 紅珠姉さんは、クラウレスちゃんを見て、にまにまとしています。わたしはその笑みの意味が分からず、首を傾げました。
「どうかしたの? 姉さん」
「いやぁね。さっきワールズエンドの前でさ、キザっぽく髪かき上げて何か呟いてたかと思ったら、ムーンウォークで店ン中に入ってったちっこいのがいてさ。何だろなーっと思ってたんだけど、ありゃクラウレスだよな?」
 と、紅珠姉さん、にまにま。クラウレスちゃんは、図星を指されたようで、どっきーんと胸を押さえています。
「き、きのせいでちよ。いやなよかんがちたので、はやあしでいえにかえろうとおもったら、いちゅのまにかわーるじゅえんどにいたなんてこと、ありまちぇんからね!」
「………」
 わたしと紅珠ねえさんは、必死で弁解しているクラウレスちゃんをジッと見つめ、そして顔を見合わせました。
どちらともなく、ふぅと息を吐き、クラウレスちゃんを慰めるように言います。
「うん、わかったよ。挙動不審な動きはクラウレスちゃんのせいじゃないんだよね…」
「ああ、きっとルーリィの変な魔法だよ。呼び寄せられちゃったんだ」
 うんうん、と慰めているわたしたち。だけどクラウレスちゃんは妙に癇に障ったのか、キーッとまた猫のように唸りました。
「どうじょうはいりまちぇん! そのなまあたたかいめも、やめてくだちゃい!」
 クラウレスちゃんの心情は、なかなか複雑なようで。










「ははあ…銀埜サンがちっさい女の子ナンパしちゃったってわけか」
「違いますよ。私にそんな趣味はありません」
 渡りに船、とばかりに、二人に事の次第を説明したわたし。二階から呼びつけた銀兄さんも加わり、店内のテーブルを囲んで、まるで作戦会議をしているような雰囲気です。
 紅珠姉さんの冗談を受け流さず、銀兄さんは即答で却下しました。すると紅珠姉さんは、たははーと笑って言い直します。
「うそうそ、ジョーダンだってば。それで、えーっと何だっけ。その女の子と一緒にぱーっと遊べばいいの?」
「ええ。もしお暇でしたらお願いしたいのですが…如何でしょう」
「俺は勿論構わないよ。リネアの頼みだし、家で一人ぼっちってのもかわいそうだしな!」
 紅珠姉さんはにっこり笑って頷いてくれました。わたしはほっと安心して、胸を撫で下ろします。いつも元気な紅珠姉さんがいれば百人力。きっと賑やかにしてくれるはず。
 でも…もう一人のお客様、クラウレスちゃんは、何故かどことなく暗い顔をしています。…というか顔を青ざめ、露骨にわたしたちから目を離してます。
「…クラウレスちゃん? あのね、イヤだったらいいんだよ。無理にとはいえないし…」
「そっ、そんなことないでち! いやじゃないでちよ? ただ…」
 はふぅ、とため息をつき、クラウレスちゃんは目線を下に向けます。何か気に障ること、言っちゃったかなあ…?
 クラウレスちゃんを除く全員で顔を見合わせていると、クラウレスちゃんは何か名案が思いついたようで、ぽん、と手をたたきました。
「そうでち! ごりょうしんをせっとくすればいいのでち」
 クラウレスちゃんはぱぁっと顔を輝かせますが、わたしたち3人は、ええっと眉を寄せました。だって…折角集まったのに。
 わたしは何かいおうと口を開きましたが、クラウレスちゃんがすぐに眉を曇らせ、何かブツブツ呟いていたので、こっそり聞くことにしました。
「ああ、でも…こどもあいてにいわれても、ちんようがないでちね…ううむ…」
 どうやらクラウレスちゃんは、自分がでちでち言葉で可愛らしく喋ることが、何も知らない大人の人相手だと、信用が得られないと悩んでいるみたい。
さらにクラウレスちゃんは続けます。
「それに…! おとなになっても、もしのろいがはつどうちたら…! わ、わたちのじんせい、おわりでち!」
 がびーんっと今度は一人でショックを受けています。のろい…呪いって何だろう?
「あはは、こないだの黒ナース姿のことじゃねーの? あれはセクシーだったもんなー」
 にまにまして紅珠姉さんがそういうと、クラウレスちゃんは、はぅっと胸を押さえました。どうやら図星だったようです。
「…クラウレスちゃんの呪いって…女の人の格好になることなの?」
「うぅ…そのあたりは、ふかくはきかないでくだちゃい…」
 およよ…とクラウレスちゃんはがっくり肩を落としています。ううん…クラウレスちゃんは色々と事情があるみたい。
「ちかたないでち…おんなのこのおあいてするでち…」
 トホホ、と嘆きつつでしたが、クラウレスちゃんはそう言ってくれました。やったぁ!
 でもクラウレスちゃんは、渋々といった風。…やっぱり迷惑だったかなあ…?
わたしがそう思っていると、銀兄さんが横から口をはさみました。
「すいません、クラウレスさん…。出来るだけ、可愛らしい衣装を探しますから」
「お、おきづかいなくでち…!」
 …ああ。ここでようやく、わたしにも察しがつきました。
例の女の子は、銀兄さんによると、男の人が苦手らしくって。男の人には、女の人の格好をしてもらう…ってことなんでした。
クラウレスちゃんは子供だから、男の子でも十分可愛いんだけど…やっぱり、女の子の格好をするみたい。
でも、似合うからいいよね? とわたしは思うんだけど、クラウレスちゃんは抵抗があるみたい。
「あはは、俺が化粧してあげよっか! 最近、色々凝ってるんだよねー」
「ああ、紅珠さんお願いします。私はどうも、そこら辺のところは疎くて」
「りょーかいっ。ささ、クラウレスちゃん大変身っ」
「こうじゅしゃん、たのしんでまちぇんか…!」
 あっはっは、と笑う紅珠姉さんに肩を叩かれ、わなわなと震えるクラウレスちゃん。
…やっぱり母さんがいなくっても、災難には合うんだね…ごめんなさい。









「さて、いきますか」
 犬の姿に戻った銀兄さんが、尻尾を優雅に左右に振りながらそう言いました。
でもその声に答えたのはわたしだけ。紅珠姉さんは、忘れ物があるから、って一度自宅に戻っています。
銀兄さんがその子と出会った公園で待ち合わせする予定なんだけど…。
「クラウレスさん…そんなに落ち込まなくても」
 銀兄さんは、さっきからおよよ、と顔を覆っているクラウレスちゃんを、前足でぽんぽん、と叩きました。
クラウレスちゃんは顔をばっと上げ、潤んだ目で銀兄さんを睨みます。
「おちこむにきまってるでち! あああ、おとこらちくなるというもくひょうが…!」
「でも…かわいいよ?」
 わたしはそんな慰めをかけますが、全く効果はありません。
 クラウレスちゃんは銀兄さんの提供した服を着て、紅珠姉さんに薄めの化粧をしてもらい、いまでは立派な女の子にみえます。
肩のあたりが膨らんだ蒼のワンピースに白いエプロンドレスのその姿は、まるで絵本でみたアリスちゃん。
…母さんが見たら、狂喜しそうな姿です。
「…母さんがいなくて良かったね、クラウレスちゃん…」
「ふっ…。ふこうちゅうのちゃいわいでちね」
 クラウレスちゃんは薄い微笑を浮かべ、長い金色の髪をさっとかき上げました。その仕草はとってもかっこいいのに…思わず笑えてしまうのは何故でしょう。
「でも…クラウレスちゃんって、結構女の子の格好してるときが多いよね…」
 わたしはクラウレスちゃんに聞こえないように、銀兄さんに呟きました。
機会が多くても、やっぱりいやなものはいやなのかなあ。
「今までのは呪いが原因と仰っていたし。つい自主的に女装することになって、それで凹んでいるんだろう」
「ふぅん…」
 なるほど、と思いましたが、同時にうん?とわたしは首を傾げました。自主的に、っていっても…そう仕向けたのは銀兄さんだよ。
「紅珠さんが待っておられますし、そろそろ行きましょう」
 銀兄さんの言葉に今度は二人で返事をし、わたしたちはお店をあとにしました。







 近所の公園には、紅珠姉さんがちゃんと待っていました。
わたしたちを見ると、待ちくたびれたというように手を振って迎えてくれます。
「ういーっす。あはは、こうしてみるとクラウレス…すごい似合ってるよ!」
 紅珠姉さんがけらけら笑ってそういうと、クラウレスちゃんはむすーっとしました。
もう女装には納得してくれたみたいだけど、やっぱり褒められると複雑なよう。
「あっ、そういえば紅珠姉さん、忘れ物って…それ?」
 わたしは話題を変えようと、紅珠姉さんに言いました。紅珠姉さんはけろっとした声で、ああ、といいます。
「へへ、賑やかに騒ぐってつまりパーティだろ? やっぱり、こういうのもありかなーって」
 そういう紅珠姉さんは、頭の左側を軽くヒイラギの髪飾りで止めています。さり気無いけど、とっても可愛く見えます。
うん、紅珠姉さんってやっぱり女の子なんだね。
「これ、リネアにもあげるよ。つけてやろっか?」
「ホント? ありがとう!」
 紅珠姉さんは、自分のと同じ髪飾りをわたしにつけてくれました。おそろいで、わたしも頭の横にヒイラギが揺れています。
不思議なもので、普段と違う髪飾りをつけるだけでわくわくします。やっぱりわたしも女の子ってことなんでしょうか。
「…それでぎんやしゃん、そのこはどこでちか?」
 話題を戻そうと、クラウレスちゃんはアリスちゃんの格好で腰に手をあて、きょろきょろとあたりを見渡します。
公園の中には散歩するおじいさんや、赤ちゃんの乳母車を押すお母さんや、人はまばらにいますが、銀兄さんのいうような女の子はいません。
「もう少しで来ると思いますよ。いつもこの時間ぐらいに、この公園で一人で遊んでいるとのことですので」
「ふむ。らじゃーでち」
 わたしたちは、お店にいる間に作戦を練りました。
まずわたしたちは、女の子に不審がられないよう、銀兄さんの飼い主の振りをすること。
銀兄さんは普通の犬として振る舞い、決して喋らないこと。
あれやこれやの誘導でお家に連れて行ってもらい、そこでパーティをすること…などなど。
 …でも…本当に上手くいくんでしょうか。
わたしはそう不安になってきましたが、紅珠姉さんとクラウレスちゃんは自信満々なので、きっとこの二人なら何とかしてくれる…そう思いました。
「…きました。彼女です」
 銀兄さんは小声でわたしたちにそう呟き、お尻をぺたんと地面につけました。よくある、お座りのポーズです。
はっはっ、と口を開けて舌を出している様子は、何処から見ても普通の犬です。
「うーっし。あの子だな?」
「こうじゅしゃん。さっきをだすと、おびえまちゅよ」
 紅珠姉さんとクラウレスちゃんがひそひそやっている間に、銀兄さんが指した女の子が、こちらに気づいたようです。
あっ、と銀兄さんのほうを見て、とてとてやってきます。
 小柄な女の子で、歳は小学1年生ぐらいでしょうか。クラウレスちゃんより少し背が低く、黒い髪をおかっぱにした可愛らしい女の子です。
その子は銀兄さんに駆け寄ってきましたが、一緒にいるわたしたちを見て、ハッとして足をとめました。
すかさず、紅珠姉さんが笑顔を見せて話しかけます。
「こんちはっ。うちの銀埜のお友達?」
「…ぎんや?」
「このわんちゃんのおなまえでち。わたちたちは、このわんちゃんのおともだちなんでち」
 女の子は怪訝そうな顔をしました。…もしかして銀兄さんは野良だと思っていたのでしょうか。
「ぎんや…っていうの?」
「ああ、大人しくて優しい犬だろ? お穣ちゃん、いつも遊んでくれてありがとなーっていってるよ」
 紅珠姉さんの言葉に、銀兄さんはすっと立ち上がり、女の子の顔をぺろっと舐めました。女の子の顔に、微かに笑みが浮かびます。
「おじょうちゃんは、おひとりでちか?」
 銀兄さんの毛皮をたどたどしい手つきで撫でていた女の子に、クラウレスちゃんが言いました。
女の子は少し寂しそうな顔で、こくん、と頷きます。
「お母さんも、お父さんも…お出かけ中なの」
「ふぅん、そっか」
 紅珠姉さんは、うんうん、と頷きます。そしてさっと持っていた包みを掲げ、にっこり笑います。
「お穣ちゃん、おなか空いてない? おいしいアイスのケーキがあるんだけど、ここにいてたら溶けちゃうんだよね。それで俺たち、困ってるんだ」
「…アイス? ケーキ?」
 紅珠姉さんの言葉に、女の子は目をぱちくりさせました。アイスとケーキは知ってるけど、アイスのケーキってどんなのだろう? そんな表情です。
「もちよければ、ごいっしょにどうぞでちか。おいちいでちよ」
 クラウレスちゃんが優しく言うと、女の子は少し迷ったあと、こくん、と頷きました。
すごい。さすが紅珠姉さんとクラウレスちゃん。見事に本性を隠しています。
「で、お嬢ちゃんのおなまえは何てーの? 俺は紅珠っていうんだ」
「わたちはくらうれすでち。それでこっちがりねあしゃん」
「よ、よろしくね!」
 女の子は、交互にわたしたちを見渡していました。そしてぽつりと呟きます。
「…よしかわ、はなこ」
 その言葉に紅珠姉さんとクラウレスちゃんは顔を見合わせ、ニッと笑いました。
そして女の子の手を取り、
「じゃあハナちゃんだ! 一緒にケーキ食べようなっ」
「あまくておいちいでちよ。ほっぺたがとろけまちゅでち。かんみどそくていきもまっくすでちよ」
「??」
 ハテナマークを浮かべる女の子、もといハナちゃんは、紅珠姉さんと手を繋ぎながら、良く分からないけどもほんの少し楽しそうでした。
…”有耶無耶のうちに家に押しかける”作戦、成功です。 








 ハナちゃんの家は、公園から程近いマンションの一室でした。
案内されて中に入ると、わたしたちの目は点になりました。
銀兄さんからあらかじめ教えられてはいたけれど…これは酷いです。
「うわぁ…」
 紅珠姉さんは、思わず唖然としています。それもそう、まず玄関からたくさんの女物の靴が散らばり、廊下のすみには埃がたまっていて。
恐る恐る靴を脱いであがってみると、部屋の中はまさに騒然、といった感じでした。まるでうちの母さんの作業室のようです。
「おかあしゃんは…どうちてるのでちか?」
 気になったのか、クラウレスちゃんがハナちゃんに尋ねると、ハナちゃんは項垂れて言いました。
「お仕事、忙しいんだって。いつも帰ってくるのが遅いの…」
「そ、それは…たいへんでちね…」
 ううむ、とクラウレスちゃんは唸ります。銀兄さんも、部屋に散らばる本やら服やらを踏まないように歩きながら、やっぱり途方に暮れているみたい。
 そしてキッチンを見に行っていた紅珠姉さんが戻ってきました。
「台所も大変だよ。まともに料理してねぇんじゃね?」
「……」
 紅珠姉さんは、ハッと口を押さえました。ハナちゃんは今にも泣き出しそうに目線を下に向けています。
「こ、紅珠ねーさん…どうしよう?」
「うーむっ…これはビフォーアフターが必要だな!」
 紅珠姉さんがぐっと拳を握ると、クラウレスちゃんは驚いたようすで言います。
「こうじゅしゃん…まさか、かいちくまで…!」
「あはは、そこまでの技術はないよ。掃除洗濯食器洗い! たまりにたまった埃も一掃! じゃないと、こんな部屋でご飯なんか食べられないよ」
「…なるほど。それはなっとくでち」
「だろ? つーわけで、パパとママが帰ってくる前に、お掃除大作戦〜!」
 そういうわけで、紅珠姉さんの号令で、”びふぉーあふたー”がはじまったのでした。







 割り振りにより、紅珠姉さんがキッチン、クラウレスちゃんがリビング、わたしと銀兄さんは雑用、ということになりました。
ハナちゃんは紅珠姉さんにくっついて、キッチンの片付けの手伝いをしています。
「ホントはさ、お母さんに教えてもらうのが一番なんだけどさ! 忙しいんじゃ仕方ないよなあ」
 はい、と綺麗に洗ったお皿をハナちゃんに手渡します。ハナちゃんはまだ小さいので、布巾でお皿を拭く役目だそうです。
わたしは、ハナちゃんが拭いたお皿を、食器棚に戻す役。とにかく洗い物がたくさんあるので、人海戦術!…ということらしいです。
「お母さん…前は一緒にいることも多かったけど、最近お仕事忙しいの」
「ふぅん…パパも忙しいのかなー」
 がっしゅがっしゅとお皿を洗いながら、紅珠姉さんはポツリ、と呟きました。その言葉に、ハナちゃんの動作がぴたっと止まります。
「ハナちゃん?」
「…お父さんなんてキライ」
 ハナちゃんのその呟きに、わたしと紅珠姉さんは、思わず顔を見合わせました。
そういえば、お父さんとお母さんが離婚寸前だとか、銀兄さんがいってたっけ。
ハナちゃんの言い方からすると、どうやらお父さんにその原因がありそうです。
「ハナちゃん…何でパパがキライなんだ?」
 お皿を洗いながら、あくまでついでのように、さらりと紅珠姉さんが尋ねました。勿論それも、紅珠姉さんの作戦です。
ハナちゃんは少し迷ったあと、呟くように言いました。
「お父さん…他の女の人と仲良くしてたの。だからお母さんが怒ってるんだって」
「ははぁ…」
 紅珠姉さんは察しがついた、というように何度も頷きました。…わたしには良く分かりません。
「なるほどなー、浮気かぁ。男ってやつはしょーがないなあ。……うちのは大丈夫かなー」
 あとで携帯チェックしとかなきゃ。紅珠姉さんはそう呟きました。紅珠姉さんにも、他の女の人と仲良くしてもらいたくない男の人がいるのかな?
「でも、人間って過ちはしちゃうもんだよ。大事なのはそれからのことだって」
「あやまち?」
 ハナちゃんは紅珠姉さんの言葉に首を傾げました。少し難しくて、意味が分からなかったみたい。
紅珠姉さんは洗ったお皿をハナちゃんに手渡し、あはは、と笑って言いました。
「パパは悪いことをしちゃったけど、ほんとーーに反省したなら、それからのことを考えさせてあげてもいいんじゃないかな、ってこと。人間は完璧じゃいられないんだし、間違いぐらいしちゃうときもあるよ」
「……」
 ハナちゃんは布巾でお皿を拭きながら、目線を下に落として、何か考え込んでいるようでした。
紅珠姉さんの言うことは少し難しくて、わたしも全部はわからないけれど…ハナちゃんに伝わればいいな、と思いました。
ハナちゃんもきっと、お父さんとお母さんに仲良くしてもらいたいから、こんなに考えてしまうんだろうなあ。




「ふむふむ…うわきでちか。うわきはおとこのぶんかだそうでちね、ぎんやしゃん」
「クラウレスさん…聞き耳立てるのは良くありませんよ」
「ちょんなこといって、ぎんやしゃんもばっちりきいているのでち。ひとりだけいいこぶるのは、よくありまちぇん」
「…どっちもどっちだよ」
 わたしがそういうと、二人はびくっと肩を震わせました。
キッチンのドアにガラスのコップをつけ、耳をあてて中の会話を聞いていたクラウレスちゃんは、いつの間にか背後にいたわたしに、思いっきり驚いたようです。
「りねあしゃん、いつのまに!? でち」
「さっきだよ。紅珠姉さんに、リビングがどうなってるか見て来いって言われたの」
「な、なるほど…」
 クラウレスちゃんは、こそこそとコップを隠しています。銀兄さんはそっぽを向き、尻尾をぱたんぱたんと揺らしています。…全く二人とも!
「…それでクラウレスちゃん、リビングは?」
 呆れつつそう聞くと、クラウレスちゃんはこくこくっと頷きました。
「あ、あらかたできたでちよ。あとはおせんたくでち」
「はぁい、じゃあ紅珠姉さんにいってくるね」
 わたしがぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンに戻ろうとすると、後ろからやれやれ、といったクラウレスちゃんの言葉が聞こえてきました。
「まったく、かべにみみあり、しょうじにめありー、でちね」
 なんかその諺、激しく間違ってるよ…。







 紅珠姉さんとクラウレスちゃんが頑張ってくれたおかげで、ハナちゃんのお家は見違えるようになりました。
キッチンはぴかぴか光を放ち、溜まっていたお皿もきちんと棚に納まっています。リビングに散らかっていたゴミやら本やらは片付けられ、
散乱していた服は紅珠姉さんが洗濯機でまとめて洗い、今はベランダに干されて風に揺れています。
 埃が一掃されたリビングのテーブルに、紅珠姉さんがぱぱっと作ってくれたご飯が並んでいます。
ハンバーグにスパゲッティにミートボール。ハナちゃんぐらいのお子様が好きな料理ばかりです。
紅珠姉さん曰く、冷凍食品なんかも活用した、とのことですが、とてもそうは見えません。さすが紅珠姉さんです。
「アイスケーキは食後、ってことで! 掃除して、おなかへったろ? たくさん食べてな」
「うん」
 紅珠姉さんの言葉に、ハナちゃんはこっくり頷きました。その顔は、どことなく嬉しそうです。
キッチンを片付けていた間の紅珠姉さんの言葉が、ハナちゃんに届いたのかもしれません。
「さてさて、おしょくじにはこれがつきものでちよ」
 そのとき、クラウレスちゃんがふふんと胸を張って変な箱をどん、とテーブルに置きました。
その箱は真っ黒で、表面に大きなハテナマークがついています。
「なんだこれ?」
 紅珠姉さんが不思議そうに眺めていると、クラウレスちゃんは自信満々に言いました。
「ぷちぱんどらぼっくす、というでち。てをいれると、いいひとにはたのしいもの、わるいひとにはこわいものがもらえますでち。
…のはずでちたが」
 はぁ、とクラウレスちゃんは肩を落としました。…どうしたんだろう?
「あるひとがへんなあだなをつけてちまったので、ぱんばっかりでるようになってちまいまちた。…いまではすっかり、ぷちぱんぼっくすでち…」
 まさか…そのある人って…。
 激しく心当たりがあったけれども、もし当たっていたら怖いので、わたしはなにもいいませんでした。
「へー、いいじゃん、元手なしでパン屋開けて」
「はは…そうでちね…」
 悪意無しの紅珠姉さんの言葉に、薄い笑いで返すクラウレスちゃん。でも気を取り直して、ずい、とハナちゃんの前にそのぷちぱんぼっくすを差し出します。
「どーぞ、てをいれてみてくだちゃい。おいしいぱんがもらえますでち」
「ホント?」
 ハナちゃんは恐る恐る、その黒い箱に手を差し入れました。そして手を引いて中から出てきたものを見ると、目を丸くしました。
「わ…すごい」
 ハナちゃんがぷちぱんぼっくすからもらったパンは、色んな動物の形をしたものでした。パンダや犬、うさぎ。どれもおいしそうで、とっても可愛いです。
「あはは、なるほどねー。その人に似合ったモノがでるんだ」
「そうでち。こうじゅしゃんもやってみるでちか」
「いいの? よっしゃ!」
 紅珠姉さんは腕まくりをし、勢い良く手を入れました。そうして出てきたものを見、わたしたち全員が唖然、としました。
「…たいやき?」
 誰ともなく、そう呟きます。
そう、紅珠姉さんがもらったパンは、お魚の形をしたパンでした。ぱっと見、たいやきです。
「…ある意味すげーな、これ…。これ、中身なんだろ。あんこかな?」
 紅珠姉さんは驚きつつ、嬉しそうにいいます。ですが次のクラウレスちゃんの言葉を聞いて、思わず固まりました。
「…おさかなあじのあんこ、かもちれまちぇんね」
「……まじで?」
 そ、それは…。多分きっと、とても遠慮したいお味です…。
 がびん、と青くなる紅珠姉さん。でもすぐにその顔色が変わり、目がまん丸になりました。それは私も同じです。
だって、紅珠姉さんの隣でちょこんと座っていたハナちゃんが、あはは…と声をあげて笑っていたんだもの。
「お魚なの? すごいね…!」
「あ…あはは! だろー? 実を言うと、紅珠さんは人魚さんなんだぞ?」
「! そうなの? だからお魚なの?」
「そうそう、さすがだよなー、ぷちぱんぼっくす」
 ハナちゃんの笑い声で、テーブルの空気はがらりと変わりました。…うん、やっぱり、笑顔がいいよね!
「ささ、ぱんもでたことでちゅし、さめないうちにいただきますでち」
「おう! いっただっきまーす」
 紅珠姉さんの言葉で皆は手を合わせ、フォークを握りました。









 食事をしながら、気づいたこと。
やっぱりハナちゃんは、お父さんとお母さんが好きなんだ、ってこと。
そして動物パンを見て、驚いた理由。…それはハナちゃんがまだもう少し小さかったころ、三人で一緒に作ったパンなのだそうです。
あの頃は、お父さんとお母さんも仲良かったのに、何で今は別々なんだろう…。そう呟いたハナちゃんに紅珠姉さんがいいました。
「ハナちゃん。そう思ってるのは、多分ハナちゃんだけじゃないと思うぜ」
「?」
 首を傾げるハナちゃんに、紅珠姉さんは続けます。
「ハナちゃんがそう望んでるんなら、きっとパパとママも、きっと同じことを望んでるよ。皆がそうなら、きっとまた仲良くなれるんじゃないかな」
「おとうしゃんも、いまごろがんばってるでち。うわきをひらきなおるとそれまででちが、はなしゃんのおとうしゃんは、そういうひとじゃないとおもうでち」
 うんうん、と頷いて、クラウレスちゃんもそう言ってくれました。
…うん、私もそう思います。
 銀兄さんも、同感だというように、きゅーんと鳴いて、前足をハナちゃんの太ももにかけました。
 ハナちゃんは暫く俯いたあと、「…そうかなあ?」と呟きました。
 その呟きにはきっと、”そうだったらいいのにな”って含まれてたんだと思います。










                    ★









「へえ、じゃあ皆はそのあの二人の娘さんのところにいってたんだ」
「そーそー。ハナちゃんっていって、可愛い子だったぜ?」
 『ワールズエンド』店内では、久々にお茶会が開かれていた。
仲良く夫妻が帰っていったあと、夫妻の娘のところに遊びにいっていた3人と1匹が戻ってきたのだ。
 その一人、紅珠はクッキーをぱきん、と割りつつ話す。
「部屋を綺麗にしてから、一緒にご飯食べてたんだけどさ。ラブラブモードの二人が帰ってきたから吃驚しちゃったよ。
あれ、ルーリィたちが何とかしたんだ?」
「ええ、殆ど夜闇ちゃんのおかげだったけどね?」
 ルーリィがふふ、と笑って見せると、ダンボール箱の中から、アンテナ毛が恥ずかしそうにぴょこん、と顔を見せた。
「わ、私は何も…。ただ、幸せだったときの二人を思い出させてあげただけなのです」
「えー、それだけでもすごいよ、夜闇ちゃんっ」
「わたちのやみも、なかなかやりまちゅね」
 興奮して声をあげるリネアと、カッコイイ仕草で紅茶を傾けるクラウレス。
どちらも夫妻の娘、ハナちゃんのところに向かった二人だ。
「それで、ハナちゃんはどうだったの?」
 ルーリィが尋ねると、クラウレスと紅珠が交互に言った。
「ぱぱとままがいっしょにかえってきたら、びっくりちてましたよ。てっきりふたりはまだけんかちてるとおもってたでち」
「そそ。でも仲直りしたんだーって気づいて、パパさんがハナちゃんに謝ってて、それで何とか笑顔を見せてくれたよ。
やっぱ家族は一緒にいなきゃな!」
「そうね、ということは、何とか円満におさまったってことね。何よりだわ」
 ルーリィは嬉しそうに紅茶を傾けた。
 そこに人間の姿に戻った銀埜が、やれやれ、と肩をほぐしながらやってきた。
「皆様、お疲れ様でした。…そしてルーリィ、あれは何ですか? カウンターの隅に鉢植えのようなものが置かれていましたが」
「…鉢植えって、母さん…」
 皆の視線がルーリィの注がれる。事情を知らない紅珠とクラウレスはきょとん、とし、事情を唯一知ってる夜闇は、ダンボール箱の中でぷるぷるしている。
 ルーリィは暫く固まったあと、ふっと薄い微笑を浮かべて、肩をすくめた。
「…ふっ。たまには魔女ルーリィだって、お客の要望を満足に汲み取れないときもあるわ」
「…もしや…へんぴんされたでちか」
 クラウレスの痛恨の一言に、うぅっと胸を押さえるルーリィ。
「ふ、ふふ…悪かったわね、子供だましで…!」
 その色々なものが込められている言葉を聞き、その場にいた一同は、二度とこの話題に触れないようにしよう…と誓うのだった。

 ルーリィの名誉のために追記しておくと、返品ではなく、単に忘れられていただけ…とのことだが。
どっちにしろ返品と同じだ、というクラウレスの言葉に、今度は再起不能になってしまったルーリィのことは、また別の話である。











                おわり。











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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】
【4984|クラウレス・フィアート|男性|102歳|「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】

【5655|伊吹・夜闇|女性|467歳|闇の子】

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▼ ライター通信
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こんにちは、いつもお世話になっております。
参加してくださって有難う御座いました!
またもや、多大な遅刻…本当に申し訳ありません;
その分楽しんで頂けるといいなあ…と願いつつ;

今回は毎度おなじみな方ばかりで、私もリラックスして書くことが出来ました。
PC様方のイメージを壊していないか、それだけが心配ですが…!

今回はsideα、sideβで中身が違うものになっております。
もし良ければ、違う側面のノベルも読んで頂ければなあ、と思います。

それでは有難う御座いました。
またお会いできることを祈って。

本年も宜しくお願いします!