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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて  七



 すっかり馴染みの場所となった四つ辻へ、鎮はいつものように踏み入れて、いつものように四つ辻の中央に位置する茶屋の引き戸に手をかけた。
「いらっしゃい、鎮クン。ちょうどお茶がはいったところですよ」
 立ち入った茶屋の中、店主である侘助が安穏とした笑みを満面に浮かべて鎮を迎える。
「さっすが侘助、準備いいなあ!」
 嬉々とした面持ちで椅子の上に座り、それと同時に人間の姿を解いてカマイタチとしての姿へ戻る。
 歩いての移動は人間としての足を使った方が随分と速い。が、イタチに戻れば気持ちが随分とラクになるような気がするのだ。例えるならば部屋着に着替えたような状態とでもいうのだろうか。
 ともかくも、すっかり定位置となったテーブルの上に座って、用意された専用の湯呑みを持ち、鎮とくーちゃんは揃って小さな息を吐く。
「はあ、やっぱり落ち着くなあ」「きゅうう」
 同時に発した言葉に、侘助は次いで小皿を差し伸べて笑った。
「そう言ってもらえれば、こちらとしても冥利に尽きるってえもんですよ」
 言いながら差し伸べた小皿には、
「うおお、これ、干し柿じゃん!」
 鎮の目がきらきらと輝く。
 小皿には干し柿が載せられており、楊枝がちょこんと添えられていた。
「ええ。鎮クンが食べたいって言っていた、干し柿のシャンパン漬け。ようやく出来ましてね」
 穏やかに微笑みながら、侘助は干し柿を頬張る鎮とくーちゃんを見守っている。
「調べてみましたら、大和柿っていう品種を使うんだってありましたから、まあ俺なりにいろいろな柿を仕込んでみましてね」
「うん、俺も手伝ったから知ってるよ」
 シャンパンを吸った干し柿が口の中でやわらかくほどけてゆく。
 鎮はほくほくとした面持ちで楊枝を振りかざし、侘助の言に大きくうなずいた。
「ええ。で、それから、どのシャンパンが合うのか、どのぐらい漬ければいいのか、あれこれ錯誤しましてね。――どうですか、鎮クン。お味は」
「すっげうまい!」「きゅうー!」
 脇差しを振りかざす侍のごとくに楊枝を天井に向けて突き上げる鎮とくーちゃんの言葉に、侘助は「そりゃ良かった」と応えて茶をすすった。

 収穫直後の柿を皮むきし、水洗いし、熱湯にくぐらせて殺菌。それを風通しのよい場所に吊るして一ヶ月ほど。その手順を踏む事で干し柿は出来上がる。それをさらに稲わらで包み三日ほど干すと、白い粉をふき、見た目にも『干し柿らしい』干し柿へと変わるのだ。
 四つ辻の柿の木から採れた柿の実は思いのほか多く、その内の半分ほどを干し柿として加工したのだが、半分とはいえ、その数は大変なものとなった。
 鎮を筆頭とする妖怪グループが手分けして侘助を手伝い、てんやわんやの後に吊るすまでの作業を終えたのが昨年末を前にした冬の日。

「そっか、出来たんだなあ」
 満足そうに頬を染めてうなずきあう鎮とくーちゃんは、互いの顔を見合わせてうっとりと目をしばたかせた。
「きゅう」
 先に口を開けたのはくーちゃんで、次いで鎮が顔を輝かせた。
「そうそう、正月のあれな。おもしろかったよなあ」
 言いながら干し柿を再び口の中へ追加する。
「正月のあれって、神社のあれですか?」
 ふたりの湯のみに茶を注ぎ足して、侘助も同じく頬を緩めた。
「おもしろかったよな! あん時、甘酒とか結構足りなくなっちゃってさあ」
 身を乗り出して声高に語りだした鎮に寄せられるように、茶屋の中の妖怪達が椅子を寄せ集め鎮を中心に円を描く。


 干し柿の仕込みも一段落ついた年の瀬。
 大晦日のその夜、先の『帝都びっくり大作戦』で味をしめた妖怪達一行は、例によって鎮を首領に、かねてから目星をつけておいた神社の境内に集合した。
 都心を離れた山中の古びた神社。決して緩やかなものとはいえない石段をのぼるにつれて薄っすらとした雪が土を覆うその山道にも、その日ばかりは提灯明かりがゆらゆらと光を落としていた。
 神主はそれなりの高齢で、しかし、訪れた夜行達に対しては、案外と快い対応を見せてくれた。
 この辺も、私が子供だった頃にはおまえたちみたいなのがうろうろしとったもんだよ。
 そう言って笑う祭主にきちんとした礼儀を見せて、そうして妖怪達による大晦日の祝いが始まった。

 用意したのは甘酒におでん。それぞれの仕込みに入ったそれぞれのグループの他にも、神社の大掃除に取り掛かるグループとに分かれる。
 日頃はなかなか手の行き届かないような天井や高所にある柱の掃除も、入道やろくろ首といった彼らに任せればなんなく終わった。
 そもそも、妖怪という存在の中には細かな悪戯を施すのを好む輩が多くいる。そういった彼らの手にかかれば、おでんの仕込みや甘酒の用意など文字通りの朝飯前といったものだった。
 かくして日が暮れ、日頃あまり人の訪れる事のないような寂れた神社にも、ぼちぼちと人影が寄って来るのが見え出す頃合となった。
 
 初めに境内に姿を見せたのはドライブがてらに立ち寄ったのだろうと思しき若いカップル連れだった。
 必要以上に密着し、楽しげに会話しながら石段を登ってきた彼らは、境内に軒を並べる甘酒屋とおでん屋の旗を目にした。
 屋台など並びそうにもないほどに寂れた神社なのだ。にも関わらず、そこにはしかと暖かな湯気が立ち昇っている。
 見れば、ジャンパーに手ぬぐいといった風体の男がおでんの鍋をつついている。
 喜んだ女がおでんの屋台に近寄り、それを追い、男もまた屋台へと近寄った。
 木製の碗に好みの種が取り分けられていくのを微笑みながら見ていたふたりは、次の時、絶叫と共に驚きを表すところとなった。
 彼らを迎えたおでん屋はのっぺらぼうだったのだ。目も鼻も口もないつるりとした顔がカップルを迎え、湯気のたつ碗を差し伸べる。カップルは碗を受け取る事も忘れて腰を抜かし、おでん屋の向かいにあった甘酒屋に助けを乞うた。
 甘酒屋はムジナではなかったが、しかし、腰を抜かしているふたりに対し、大きなくしゃみと共に長い首をぼとりと地面に落としてみせた。
 
 次いで石段を登ってきたのは学生同士と思しき団体客だったが、彼らは境内を転がる火車や河童の姿をみとめ、即効できびすを返して逃げて行った。
 次にやってきたのは老夫婦と少女の三人連れ。この三人にも妖怪達の洗礼がくだされたが、彼らはわずかばかり吃驚してみせたばかりで、逃げようとも腰を抜かそうともしなかった。
 
 そうこうする内に夜はどんどんと更けていき、なんやかんやの内に境内は奇妙な賑わいで包まれていた。
 祝詞をあげる神主と、その後ろで神妙に頭を垂れる妖怪と人間。境内には飴細工の店や蕎麦屋も軒を連ねだし、訪れた客人達に碗をふるまっている。
 逃げ遅れたのは最初のカップルだけではなかったが、時がたつにつれ、彼らもまた場の空気に溶け込み、馴染んでいた。
 孫を連れた老夫婦を中心にして火鉢を囲み、その上で干した餅を焼いてみたりもした。
 鎮は先導をきって境内を走り回り、みかんをふるまったり、甘酒に舌鼓をうったりと、忙しない時間を過ごしていた。


「なんかさ、思うんだけど、年寄りってのはやっぱり俺らに対しても打ち解けてくれるっていうかさ」
 干し柿を食し終え、鎮は茶をすする。
 茶屋の中にいるのは、全員が大晦日の賑わいを共にした面々だ。
「子供ってえのもそうだよねえ」
「ちっと年を取っちまうと、いらん知識なんぞつけてしまうから、そうでもなくなっちまうがねえ」
 妖怪の内の誰かがそう交わすと、賛同を示し、皆が大きくうなずく。
「てめえらと違うモンがいるってえのが、ちゃあんと飲みこめねえでやがんのさ」
 次いで告げた別の妖怪に顔を向けて、鎮は神妙な面持ちで視線を向けた。
「そうなんだろうな。そのくせ、オバケだウチュウジンだっつって、オカルトだなんだって騒ぐんだよな」
 ちげえねえ。そう応えて笑う同胞達に囲まれて、鎮もまた高々と笑った。
「ま、いいや。そんな人間共に、俺らの存在をちゃあんと知らせてやんなくちゃな。そのためには、これからもびっくり大作戦を続けなくっちゃあなー」
 告げた鎮の言葉に妖怪達が賛同を示す。
 その真ん中で、楊枝を高らかにかかげ持った鎮が、くーちゃん共々威勢のいい声をのぼらせた。
 




 


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】


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          ライター通信          
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お世話様です。お待たせしました、七話目のお届けです。

大晦日を邂逅するというシチュエーションでしたので、今回のような書き方をしてみたのですが、いかがでしたでしょうか。
場面場面の区切りをつけるためには線を引くとか印をつけるとかした方が分かりやすいのですが、今回は改行を少しばかり広くつけるというふうに描写してみました。
わかりにくくなってしまっていたら申し訳ないです。

干し柿のシャンパン漬けは、調べるたびに気になる一品だと思えます。
取り寄せか……(ひとりごと)

今回のノベルも、お気に召しましたら幸いです。
それでは、今後もまたよろしければご縁をいただけますよう、祈りつつ。