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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


貴方のお伴に 〜刻苦精進〜

 その店は、どこにあるとも知れない。
 どうやら客を選ぶらしく、辿りつける者と、どうしても辿り着くことの出来ない者がいる。
 その店……アンティークショップ・レンに有るのは、普通のアンティークではない。その全てが、曰く付きの代物……魔法の物品や呪われた品物である。
 得体の知れぬ物で埋め尽くされた店内。古物の放つ、一種独特な雰囲気の中で。
 レムウスは今日も一人、本を読んでいた。
 もちろんそれは、本屋で売っているような雑誌や文庫本などではない。書物――そう言った方がぴったりくるかのような、相当の古さを漂わせたものだ。
 他に客はいない。店主であるレンも、ただ読み続けるだけのレムウスを注意するわけでもなく、いつものように奥で煙管を燻らせていた。
 いつもどおりの光景だった。
 ただ、一点を除いて。
 一旦休憩をと思ったのか。特に理由はなかったのか。レムウスはふと、書物から目を離し、顔を上げる。
 どこか違和感があった。つい数日前に来たときと比べ、明らかに何かが違う。所狭しと陳列されたアンティークたちの品揃え? いや、違う。
 アンティークには無い、真新しい白が目に入る。
 カウンターから少し離れた脇の壁に、真新しげな貼り紙があった。それだ。
 目を凝らす。手書きではなく、タイピングされた大振りの文字。ここからでも何とか読めそうだった。
「貴方のお伴に
  人と人とは、触れ合うもの。
  語り合い、分かり合い、時にはぶつかって、支え、支えられて生きていくもの。
  けれど、だからこそ。
  誰にも打ち明けられないことがある。
  癒したいのに、見せることすらできない傷がある。
  交わることに、疲れてしまう時がある。

  そんなとき、貴方の元に。
  人ではないけれど、人の形をしたものを。
  それらは語る言葉を持たないけれど、貴方の話を聞くことができます。
  貴方の痛みを、少しだけ和らげてあげることができるかもしれません。
  どんな人形が欲しい、と具体的に決まっていなくとも構いません。
  貴方の悩みを、これまでの色々な出来事を、思いを教えていただけますでしょうか。

  ここには――たくさんの、本当にさまざまな人形をご用意しております。
 ――久々津人形博物館 相談員 鴉
   アンティークドールショップ『パンドラ』店主 レティシア・リュプリケ」
 それは、随分と詩的な表現で書き綴られていた。
「店主。この貼り紙は?」
 当の貼り紙の前まで歩み寄りながら、レンに声をかける。
「……ん? あー、これ。これはねぇ、知り合いなんだけどね。貼ってくれって、頼まれてね。何て言ったらいいかねぇ……、人形の紹介販売みたいなものだろうかね。どうだい、試してみちゃ。無駄に高いものを売りつけてきたり、そういうのじゃないのは保証するよ。『普通』じゃない人形も扱ってるしね」
 レンは、記憶の中から掘り起こすかのように、一拍、間を置いてそう答えた。
 普通ではない人形、か。
「怪しいが――面白そうではある……相手の術中にはまるのも一興か」
 冷淡な調子で呟く。
 しかし内心では、レムウスは妙にこの貼り紙に惹かれる自分を感じていた。それが、どれ程のものか確かめたい――そんな思いが身体の裡から沸いてくるようだった。
 『普通』の人形ではない。レンの言葉が響く。レムウス自身も、『普通』の人間ではないのだ。
 クォーター・エルフ。先祖にエルフの血が流れる者達。姿形は人と変わらないが、高い魔力を持つもの。それは、レムウスとて例外ではない。ただし。
 レムウスは、強力、と言うほどの魔力を行使することはできない。全てではないが、その一部が封印されているのだった。
 その血の源――エルフである曾祖母によって。現代社会で生きていくために。
 しかしレムウスは常々、封印を解きたいと考えていた。こうしてレンで書物を読んでいるのも、そのためでもある。
 レンに話の詳細と、久々津館の場所を聞く。簡単な地図を書いてもらう。歩いていけなくもない距離だ。
 礼を言って、店を出た。
 目指すは、久々津館。

 吹き降ろしの風が、刺すように頬を打つ。暖冬暖冬と世間は騒いでいるが、今日は例外のようだ。高く、薄い色をした青空。もう残り少なくなった落葉が渦を巻くように舞い上がる。
 今日は、北風が強い。底冷えのする寒さが、身に染みる。
 やがて。
 目的地が見えてくる。
 蔦が絡まった石壁と、その向こうに見える古い洋館。
 住宅街の中に紛れて、それでもその存在感は消えない。周囲の空気から浮いた、どこか生活感のないその姿。いかにも、といった風ではある。
 そして、その館の門の向かい。道路を挟んで、小さな店がある。
 どことなく、アンティークショップ・レンに似た雰囲気。看板には『パンドラ』と書いてある。貼り紙にあった店だろう。
 館の門柱には『久々津館』とある。さらにその横には小さく、『人形博物館』そして、『人形よろず、承ります』と書いてある板があった。
 確か――貼り紙には、名前が二つあった。アンティークドールショップの店長と、人形相談員。どちらでもいい、ということなのだろう。
 どちらにするか。
 アンティークドール、は少し違うか。どちらかと言えば――こちらかな。
 レムウスは心の中で呟きながら、門をくぐった。

「いらっしゃい、ませ」
 意外にも綺麗に整えられた庭を抜けて館の扉を開くと、そんな声がかかった。たどたどしい、若い女性の声。どうにも感情がこもっていない。接客態度としてはいまいちだ。顔をあげると、その女性と目が合う。美人だ。けれど――その顔には、一切の表情というものがなかった。
「ご見学、です、か?」
 まるで面をつけているかのように、言葉にあわせて口だけが動く。
「見学……? ああ、そうか、ここは博物館でもあるんだったか……いや、違う。私は、レムウス。レムウス・カーザンスと言う。アンティークショップ・レンにあった貼り紙を見てきたのだが、鴉さんはいるかな」
 説明をする。だがいかにも反応が鈍そうだったから、通じるかどうか。不安を感じた。
「ご相談、ですね。少々、お待ち、ください」
 どうやら杞憂だったらしい。内線か何かだろうか、受話器を手に取ると何やら話をし始めたる。どうやら当の鴉と連絡を取っているらしい。
「申し訳、ありません。鴉は、ただいま、とりこんで、おりまして。お時間は、ありますでしょう、か。十数分で、戻るの、ですが」
 長い台詞を聞いていると頭が痛くなるようなイントネーション。だが、言わんとしていることは分かった。
 鷹揚に頷く。別に、時間を急いているわけでもない。十数分なら、苦痛に感じるほどでもない。
「では、こちらへ」
 踵を返す相手の背中を追うようにして、ついていく。
 通されたのは、応接室と言えるような小さな部屋だった。華美でない程度に高級感のあるソファーが、小さなテーブルを挟むようにして置かれている。
 促されるままに、座る。クッションの効きすぎたソファーは、少し居心地が悪い。
「紅茶、が、それとも、コーヒー、が、よろしい、ですか?」
 座ると同時に、声が耳に入る。紅茶を――と答えると、軽くお辞儀をして、女性は退出した。そして、二、三分だろうか。すぐに戻ってくる。近くに台所でもあるのだろうか。その両手の上には、小ぶりなトレイが乗せられて。その皿に上には、白い湯気をたなびかせたカップと――そして。
 ――ケーキか。
 顔に出ないように努めて平静を装いながらも、内心では、立ち上がってトレイの上のものを覗き込みたい衝動を抑える。
 実はレムウスは、甘いものに目が無かった。冷淡な、そして鷹揚な物言いに反して、味覚はかなりお子様なのだ。
 テーブルに芳しい香りの紅茶が置かれ、そして、皿に乗ったケーキが置かれる。黒光りする、シンプルな形。チョコレートケーキ。上には、雫を模した形のホイップクリームが乗っている。
「お口に、あうか、わかりませんが、どうぞ。では、あと、少々、おまちください」
 それだけいうと、彼女はトレイを抱え込むようにして頭を下げた後、出て行った。
 レムウスは、部屋に一人残されたのを改めて確認する。
 おもむろに、用意された小さなフォークを掴む。ぐわっ、と効果音が見えるほどの素早さで、チョコレートケーキを手際よく一口大に割り、突き刺す。と、それが、見る間に口の中に消える。
 ゆっくりと、咀嚼。味わいをかみ締めるように。
 しっかりとした苦味。けれども、それを嫌と思わせないほどのこってりとした甘さ。そしてそれらはぶつかり合わず、洋酒の風味によって調和されている。コニャックだろうか。
 どこの店のものだろうか。それが知りたくなるほどの味だった。夢中でもう一口、放り込む。
 そして最後の一切れをフォークに刺し、口を開けたとき。
「お待たせしました、鴉と申します、初めまして――と」
 黒衣の男が、扉を開けた。それに向かい合う形で座っていたレムウスと眼が合う。
「ゆっくり、召し上がってください。お話はそれからでも。紅茶も美味しいですよ。どちらも、炬……ああ、先ほど貴方をご案内させていただいた者が作ったのですよ。専門店顔負けでしょう?」
 向かいのソファーに座ると、鴉と名乗ったその男は、にっこりと微笑んだ。
 慌てて、ケーキを飲み込む。紅茶を口につけ、流し込もうとする。
「……美味しい」
 紅茶も、ケーキに負けず劣らずの美味しさだった。口につけたあとも広がる香りに、心が落ち着く。
 改めて、目の前の男を見る。
 まず目に着くのは、何よりも、黒。部屋の中だというのに、黒一色のコートを纏い、シルクハットに似た同じく真っ黒な帽子を目深に被っていて、辛うじて、視線が覗けるだけ。
「ああ、この格好ですか? 気になるということでしたら脱ぎますが、そうですね、まあ私の仕事着のようなもので。できたらこのままお話をお聞きしたいのですが、よろしかったでしょうか?」
 あくまで丁寧な喋り方。だけれど、嫌味には聞こえない。どこかしら暖かみが残る、人を惹き付けるところがある調子。見た目も怪しいことこの上ないのだが、なんとなくその言葉に頷いてしまいそうになる。
 だが、油断はできない。こう言っては何だが、あのアンティークショップ・レンと繋がりがある男だ。見た目もとても普通とは言えないが、もちろんそれだけではないだろう。気を抜くわけにはいかなかった。
 一分の隙も見せぬよう、身を引き締める。ほんの少しだけ見える、相手の瞳の光を正面から見据える。
「まあ、そんな固くならずに。炬から聞いています。貼り紙を見て、来ていただいたのでしょう? それならまずは、気を楽にしていただかないと」
 と言われても、そう簡単に信用できるはずもない。相手の表情を追う。変化は――感じられない。視線は――ちらりと、動いた。レムウスの手元へ。空になった小皿と、紅茶のカップ。
「もう一つ、ケーキはいかがですか? 同じチョコレートケーキになりますが」
 さらっと、発せられた言葉。それに対して。
「ぜひともっ……あ、いや……いただこう」
 つい。
 瞬時に反応してしまっていた。すぐにそれをフォローしようと、何とか口調を普段のそれに戻す。しかし、声が上ずってしまうのを止めることはできなかった。喉の奥から出たような、おかしな声になってしまう。
 くすり、と鴉が笑う。
「甘いものがお好きなんですね、でも、別に隠すことはないでしょう、恥ずかしいことじゃありません。私もこんな格好してますが、かなり好きなんですよ、ケーキなんかは特に」
 そのまま、鴉はケーキについて語り始める。それは、どこそこの店のあのケーキは美味しい、是非お勧め、など、かなり具体的な話だった。甘いものが好きだというのは嘘ではないらしい。
 喋っているうちに、炬が再びケーキと紅茶を運んでくる。今度は二人分だ。鴉とレムウスと、一セットずつ。
 早速頬張る鴉。本当に、おいしそうに。
「本当に、好きなのだな」
 少しだけたじろぎながら、レムウスもフォークで切り分けたケーキを口に運ぶ。
 やはり、美味しい。
 そして、ひとしきり、ケーキの話。チョコレートケーキのレシピを炬に聞いたりしているうちに、口の滑りがよくなっていくのを感じる。いつのまにか、話題は移り代わり、自然と、自分のことを話していた。
 話題が誘導されているのが分かる。けれどもそれは、嫌悪感を催すようなものではなく、むしろ心地よい会話のキャッチボールだった。
 血筋のこと、魔術のこと、封印のこと。今自分が持っている武器、刀身を持たず、魔力を注ぎ刃を作る剣、レラ・ミラージュのことまでも、話していく。
 そして本題である、ここに来た理由。
 何とかして、魔力を取り戻したいと思っていること。そのためのきっかけとして、また、自分の本音を語れる存在として、人形が役に立つのではないかと考えたということ。
 何も答えず、ただ相槌を打つ鴉。
 いつのまにか、レムウスが一方的に喋っていた。
 話は熱を帯びてくる。
 希望としては、ほぼお任せしたい。ただまあ、姿形が美しいに越したことはないが。
 そう締めくくると。
 静寂が、部屋を包んだ。それまでの音を全て吸い込んだかのような、静けさ。
 鴉は、ゆっくりと手を伸ばす。黒い薄手袋に包まれた指を、そっと紅茶のカップにかける。
 かちゃり。
 小さく、高い音が。けれど部屋の中に何重にも響いた。
「なるほど。用件は承りました。それでは、どうしましょうね……いくつか質問がありますが、よろしいですか?」
 口を潤すと、鴉は言葉を選ぶかのように、殊更にゆっくりと話す。そして、レムウスの返事を待たぬままに続けた。
「まず、年齢を聞いてもよろしいですか? まだそこだけはお伺いしていなかったので」
 そんなことか。
 一瞬、身構えて硬直した身体から、力が抜ける。素直に、二十八だと告げる。よく、そうは見えないと言われるが、と付け加える。もちろん、若く見えることのが多い。半分くらいの年齢に見られることもよくある。
「では、次に。貴方は何故、お祖母様の封印を解きたいと、力を得たいとお思いになりましたか?」
 とてもとても、静かな声。けれどそれは、これまでと違い、抑揚の無い声。
 不意打ちだった。
 言葉に詰まる。
 どうだろう。何故、力が欲しかったのだろうか。改めて考える。
 必要だったから?
 何に必要?
 今よりももっと――しっかりとした力を――何故?
「じっくり考えてみてください。貴方には、時間はたっぷりあるのですから」
 鴉の言葉に、抑揚が戻る。
「さて、人形ですが――いいものがあります。こちらへ。少し歩きますが」
 立ち上がり、ドアを開ける。別の部屋なのだろう。取るものもとりあえず、その背中を追いかける。
 歩きながらも、色々考えてみる。だが、これは、という答は出てこない。
 確かに便利にはなる。今まで以上に自在に魔法が使えれば、色々なことに使えるだろう。避けられぬ戦いがあったときにも、役に立つ。しかし。
 そうしているうちに。
 視界いっぱいに、闇が広がる。いや、違う――これは、黒。
 危うく、前を歩く鴉にぶつかるところだった。いつのまにか立ち止まっていたらしい。
「着きました。ここです――ドアを、開けます」
 背中の向こうに、木製のドアが見える。それは、館の中でこれまで見てきたものに比べて、随分と質素なものだった。飾り気もなく、ただ一枚、幾何学的な文様が描かれた紙が張ってある。
「ちょっと待て、それは、呪印じゃないのか」
 問いただす。それが何かを知っているわけではないが――レムウスにも、そう言った意味のある、『力』のある形だということは分かる。
「少し、違います。これは、封印……です」
 言いながら、取っ手に手をかける。
 おいっ、と声をかけるが、鴉の手は止まらない。手を伸ばす。届かない。
 ドアが、静かに引かれる。
 その、途端。
 噴き出してくる。それは、気配。禍々しいまでの、冷気かと間違うほどの、実際に押し戻されるかと思うほどの、圧力。
 いる。この奥に、何か――ただならぬものが。
「大丈夫ですか? 入れますか」
 声をかけられる。心配そうな響き。そう言われたら、逆に踏ん張りたくなる。鴉を押しのけるようにして、一歩、開かれたドアの向こうに足を踏み入れる。
 暗い。入り口から差し込む光で、かろうじて小さな部屋だということが分かる。
 と。
 いきなり、何も見えなくなる。本当の闇。ドアを閉めたのか。濃い闇が触手のようにまとわりつく。奔流となって叩きつける。そこは瘴気とでも呼べるようなもので充満していた。
 慌てて、腰に手をやる。そこにあるのは、柄だけの剣、レラ・ミラージュ。
 だが、抜き放とうしたところで、レムウスの手は止まった。しっかりと手首をつかまれていた。黒い手袋。もちろん、鴉だ。
「落ち着いてください。今、明かりを点けます」
 突然、部屋が光に包まれる。昔風のオイルランプ。強い光ではないのだが、闇からの急激な変化に、つい、目を細めてしまう。
 少しずつ、光に目が慣れてくる。部屋の様子が明らかになってくる。
 四方は壁。窓もない。小さな、どうだろう、五畳くらいだろうか。
 部屋には、何もない。唯一つを除いて。
 正面に、それが見える。小さな、両の手で包めそうなほどのもの。
 壁に磔にされるかのように。辛うじて、人に似た形をしているのが分かる。
 人形だろうか。恐らくそうなのだろうが、はっきりとは分からない。と言うのも、それは――
 鎖で、絡め取られているからだった。まるで全身を包帯で巻くかのように、細い、指ほどの鎖が巻かれている。ところどころ肌らしきものが見え、そして、硝子玉だろうか。右目だけがこちらに向かれている。長い髪が、鎖と鎖の合間から垂れていた。
 禍々しい気配は、そこから立ち上っていた。瞳が怪しい光を帯びていた。
 近づこうとするが、できない。圧力に阻まれる。
「この人形は、『処分』を頼まれたものです」
 部屋に充満する瘴気にたじろぎもせず、鴉は語り始めた。

 最初、この小さな少女の人形は、ただの人形だった。古い古い、小さな、けれど美しい人形。
 持つ人、持つ人に、それはそれは愛されて。
 ささやかな力を持つようになって。最初は、ほんの少しだけ良いことが起きる、そんなもので。
 少しずつその噂が広がって。
 いつのまにか、とある新興宗教で、御神体として祀られるようになっていた。
 一度、人の心や欲望を受け入れはじめた器は。
 居並ぶ人々の望みを全て、受け入れて。
 叶え、引き寄せ、動かし、呪い、殺し。
 ささやかなものから、人の呪いまでも叶えて。
 やがて、その力は限界を超えて。人形に芽生え始めた心は力を制御できなくなり、錯綜し、混乱し。矛盾を抱え。
 それでも力は膨れ上がり。
 抑えが効かない力となり。撒き散らされるそれは、祟りと呼ばれるようになった。

 本当は、救いたかったのだけれど。
 この子の心はまだ成熟していなくて。
 私では、刈り取ることしかできないのです、心ごと。

 そう呟いて、鴉の言葉は止まる。
 その手にはいつのまにか、刃物が握られていた。柄と垂直に湾曲した刃の付いた、鎌。草を刈るそれよりも二回りは大きい。
 それを水平に、宙に向けて振るう。
 それは、どこにも届くような間合いではないけれど。
 振るうと同時に。
 気配が、消えた。
 完全にではないが。それまであった、溢れていた禍々しさが消える。
 残ったのは、微かな、本当に微かな気配だけ。
 人形の心と魂が、消える。それは成仏という言葉が当てはまるかのような、そんなものに見えた。
 呆気に取られたままのレムウスをそのままに、鴉は一歩、踏み出す。その鎖の巻かれた人形を手に取る。
 振り返る。手を、との声に、思わず手の平を差し出してしまう。
 そっと、壊れ物でも扱うように。その手の上に、人形が置かれた。
 ――これを、貴方に。
「力の大半を失ってしまったけれど、これには人の望みを吸い取り、叶えてきた名残があります。魔力の回復に、封印の開放に、役に立つかもしれません。いきなり封印の開放はさすがに無理ですが、これを持っておくのは、貴方にとっていい影響があると思いますよ。ただ、念のため、その鎖は外さないようにしておいてください。多少ほどいても構いませんが、手首に結びつけてありますから、それを取らないように」
 鴉の説明を耳で聞きながら、じっと手の中の人形を見つめる。
 硝子玉の瞳は、もう光ってはいない。虚ろに、ランプの明かりを跳ね返すだけ。
 触れると、力の残滓を感じる。
 今日の北風のような、冷たい風のような間隔が、身体に注ぎ込まれる。
 そっと、抱え込む。
 ――これを、いただこう。
 レムウスはそう答えた。
 頭の中には、まだ鴉の質問が響いていた。
 何のために。
 本当に、必要なのか。
 物言わぬ手の中の人形が語りかけてくるような、そんな気がした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【3844/レムウス・カーザンス/男性/28歳/クォーター・エルフ】

【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】

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■         ライター通信          ■
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初めまして。伊吹護と申します。発注ありがとうございました。
期待された話を書けたかどうか甚だ不安ではありますが、いかがでしたでしょうか。
気に入っていただければ、幸いです。
では、またの機会がありますように。