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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


過去(ゆめ)見るお守り袋

「それはまた‥‥不思議な話だねぇ?」

 くるくると煙管を弄ぶのは、ここアンティークショップ・レンの女主人、碧摩蓮だ。
 目の前の『お守り袋』に触るべきか、否か。ここは否、と目利きで鍛えた勘で断じて依頼人の前煙管を吸ってみせる。
「ふぅん、これを持ってると神隠しに遭う、か‥‥しかも過去の自分を見ちまうって?」
 ──良い過去も、悪い過去も。
「確かに神隠しに遭ったアンタが言うならそうなんだろう、ね‥‥」
 偶然この小さなお守り袋を手にした中年の男。良い過去なら手放す筈もない、蓮は勘で見たくないものを見たのだと思った。
「分かったよ、この『お守り袋』はあたしが引き取ろう。それで問題ないね?」
 男はホッとしたように頷いた。
 これが手元にあると何度でも繰り返しあの嫌な過去を見てしまうから──と。

「とは言っても今度はあたしが見て捕まりでもしたら難儀だね。誰か声をかけてみようか‥‥」


●過去(ゆめ)見る場所は歩道橋から
 パパーッ! と、派手なクラクションを鳴らし、交差点で数台の車が往生している。
「オイ、こんな道のど真ん中でエンストすんなや!」
「早く道の脇にどけろって!」
「そんな事より先にエンジンかけ直しなさいよー!」
 老若男女に責められているらしい車の主は、四方八方から責められパニック状態でキーを挿し直している。
 ──ちょっとくらい待ってあげればいいのにね。
 それを歩道橋の上から目撃していたのは、イスターシヴァ・アルティス。人間界に完全に馴染んでしまっている天使だ。
 人の世界にはすっかり慣れてしまったが、こういう部分は未だ慣れない。あんなに責め立てては、余計にエンジンかけられなくなるだけだと思うんだけどな。
 やっとエンジンがかかってその場から逃げ出すように走り出した車を筆頭に、クラクションを鳴らしまくって注目を集めていた車達も三々五々に散っていった。
 ほ、と溜め息をもらし、預かりものの小箱を抱え直して橋を渡りきり、階段を下りようとし──
「危ないっ!!」
「あああっ!」
 歩道橋の階段でキャディーバッグを引き上げながら上っていた老婆が、ふいに体勢を後ろに崩すのが見えた。イナバウアーもびっくりの海老反りだ。
 咄嗟に伸ばした腕は小箱から離れ、老婆を片手で抱き寄せる。一人の人間を支えるのはツライが、相手が小柄だった事と二人の間に数段しか差がなかった事が幸いした。
「っふぅー‥‥大丈夫ですか?」
「お、おおおありがとよ」
 二人して階段を転げ落ちないように手摺りを掴んでいた片手が摩擦で痛い。でも自分が人を助けられた事が嬉しくて、すぐに礼を言われた事が嬉しくて、それは天使の笑顔となって表れた。
「おや、まあ」
 老婆はきらきら輝く笑顔にちょっと赤くなったが、シヴァには理解出来よう筈もなく、あ、と慌てて小箱を探す。
「うわ、蓋開いちゃってるよ‥‥」
 アンティークショップ・レンにて含み笑いをされながら、忠告された事が頭を過ぎる。直に手にとって良いものだろうか?
 少しの躊躇いの間に礼を述べた老婆は、自分を助けてくれた天使のような──実際に天使なのだが──青年に、親切のつもりで落としたと思われるお守り袋を手渡した。
「これ、アンタのだろ? はい」
「あっ」
 断る間も老婆からお守り袋を奪う余裕もなかった。掌に乗せられた途端、目の前の階段が自分に向かってくるような錯覚を覚えた──。

●過去(ゆめ)のひと時
 めぇええええ。
 何かの鳴き声がする。ここ東京、で──‥‥?
 ──あれっ?
 眩暈かと思ったシヴァは強く眼を瞑り倒れこまないように耐えたが、次に目を開けた時には幻覚と言えないほどの突飛な現実が待っていた。
 めぇえええ、めぇええええ。
「えええええっ?」
 アメジストの目が驚きに困惑する。何で僕羊に囲まれてんの!? と思う前に、それはやって来た。
『モーセ‥‥見つけた──』
 目の前の羊達に乱されていた心が、一つの声に引き付けられる。目を見開いたまま振り返ると、そこには
「‥‥っあ!」
 かつて、この助祭としての黒服に袖を通す前に来ていた、真っ白な衣。それを着て優しく微笑んでいるのは紛れもなく自分の顔──。
 じわり、と。真っ白の半紙に墨を落とすように、痛みが染み広がっていく。
 ──見るな。
『イスラエル人でありながら、エジプトのファラオとしての資格もあるモーセ‥‥あなたに伝える言葉があります』
 ──見ては、いけない。
 神々しい姿、天から降りてくるその姿は天使としか呼びようがない神聖さであるというのに、シヴァは胃から込みあがってくるものを感じていた。
『神があなたに命じました‥‥』
 ──これから、自分が犯す、罪。
『イスラエルの民を約束の地へと導きなさい、あなたに神の言葉を伝えましょう‥‥』
 ──駄目だ、逃れられない。
 流れるような言葉に、シヴァは完全に過去(ゆめ)へと囚われる。

 これがどういう現象なのかは分からない。ただ、帰れなくなった、と言いながら東京で生きる事を楽しんでいた事への罰ではないのかと‥‥天使でありながら罪人の気持ちで過去を追っていた。
『奴隷廃止を。私はイスラエル人を連れてこの国を出て行く!』
 天使‥‥シヴァを信じ、力を得たモーセが妻を放り出し、羊飼いの身分を捨て、エジプトへと舞い戻った。
 ──自分の言葉は、ここでも罪を生んでいた。
 モーセが神の言葉を理由に一目散にミディアンから出て行くその後ろで、彼と一緒にいたツィポラの必死に引き止める声がする。
 そして舞い戻ったモーセの言葉に、怒りに燃えるファラオと兄アロン。騒ぎ始める神官達。
 ──イスラエル人を虐げる事は許せない。モーセがエジプト人を殺し、追い出された理由は正義だ。
 けれど、自分の一言で不幸になった人間は限りなく多い‥‥。
『イスラエル人を連れて行く? ふざけるな!!』
 奴隷を自ら手放す筈もないエジプトに、神が巻き起こす災厄がふりかかる。
 ──神にしか起こせない自然の災厄。エジプト人に逃れる術は、ない。
 しかもその災厄はファラオ自身に下ったものではない。全く無関係の民衆、エジプト人だ。
『大丈夫、神の災厄はここまでは入ってこない』
 悲鳴が巻き起こる中、自らがアドバイスした災厄を逃れるための羊の血で、イスラエル人は生き残る。
 泣き叫ぶ声は、罪のないエジプト人達のもの。シヴァは黙って白い自分を見つめ続けていた。

『モーセ、海の中へ。エジプト兵は追って来れない』
『あなたが助けてくれるのか? ならば私は信じよう、イスラエル民を導こう!』
 数々の災厄に激怒したファラオが兵を率いてイスラエル人の隊列を追いかけてきた。過去(ゆめ)を見続けているシヴァはますます鼓動が早くなってくるのを感じる。自分はこの後に犯す最大の罪を知っているから──。
 ──人を追い詰めていい、殺していい権利なんて誰も持ってはいないのに。
『おおおおおおっ』
 モーセの導きは全て彼の偉業だと信じられている。今こうして目の前の海を真っ二つに割ったのも、全て彼の力だと‥‥。
 苦い物を口にした顔で、シヴァは白い自分が結界の力を発動するのを黙って見つめる。海を割ったように見えた理由。それは単にイスラエル人を守るように海の侵入を阻む結界を作ったからだ。
『早く! 渡れ! 早く!!』
 イスラエル人のみを心配する声を上げるモーセに、シヴァの心が痛む。
 ──何もかもが、悲しい。
『エジプト人が追い駆ける──!』
 白い自分が必死にイスラエル人の最後尾と距離をはかる。だめだ、このままじゃエジプト兵に‥‥!
 ──最大の、罪を犯す。
 結界を維持していた指先が震えた。開放してしまえば海は戻り、彼らはもうイスラエル人を追えなくなる。しかしそれは‥‥。
「僕はこんなの‥‥!」
 望んでやしなかった、のに。
 黒衣のシヴァが血を吐く思いで叫ぶ。
『駄目だ、もうっ‥‥! お願い! すぐに岸へ戻って! これ以上海を割っていられないから! 早く!!』
 白い衣を翻し、ファラオの元へ飛んだ。これ以上無駄な進行をすれば間違いなく自分が殺してしまう。
『何だ!? ファラオ! 離れて下さい、危険です!!』
 誤解したファラオの側近達が警戒し、頭上にいるシヴァに向かって矢を射掛けた。
『違う! 話を聞いて! このままじゃ危ないから‥‥っ!!』
 ──人は何て愚かなのだろうか。
 自分も、この自分の危機を第一に考えない者達も。
 既に声が届かない距離で必死で叫ぶ自分と、罪を抱えたまま生きる自分。何千年経とうが‥‥忘れられない、大罪。
『ああああああっ!!!!!』
 頭上のシヴァに足を止めた数名のみが、死に追い遣る波の渦から逃れた。
 でも、そんなもの、何の慰めにもならない。
『うああああああっ!!!!!!』
 数え切れないほどの人間が、大きな自然の前に命をもぎ取られた。それは間違いなく、自分の罪なのだ──。 

●目覚めの時
 ──ごめんなさい‥‥。
 ただ言葉にするだけで許されるとは思えない事を自分は、した。
 今も眼を瞑れば思い出せる悲鳴・悲鳴・悲鳴。
 彼らを死に導く権利など自分にはありはしなかったのに、自分と同じように生きる存在だったのに、きっと愛する家族や友人がいた筈なのに‥‥自分がこの手で、両手では数え切れない人間の命を奪ったのだ。

 目を開ければ、そこは自分が住む東京の街だった。自分が犯した罪を誰も知らない、安息の地──。
 多くのエジプト兵を犠牲に生き延びたイスラエル人は、カナンに辿り着いた後も多くの苦労をしたと聞く。神の御言葉を伝えた自分から離れた後、モーセもまたたった一言の罪で神に見放されたとも。
 自分のした事に一体どれほどの価値があったのだろう? 誰が幸せになったというのか。それなのに、大罪を犯した自分が何故安息の地に居る事が許されるのか──。
「ちょ、ちょいとアンタ!」
 小さなお守り袋を握り締めたまま膝をついたシヴァに、助けた老婆が心配げな声をかけた。今はそれすら重い。
 乾いたコンクリに幾つもの染みが出来た。
 何千年経とうとも許される事はない傷が確かに自分の胸にある。それはけして忘れてはならないものなのだ。
「‥‥大丈夫ですよ」
 自分を助けた天使のような少年を、本気で心配してくれている優しい人間。その人間に心配をかけないよう、涙を拭い微笑んだ。それはとても弱々しく悲しい笑顔。
「アンタ‥‥」
「大丈夫です、僕は大丈夫ですよ‥‥」
 自分の頭上にある太陽を見上げ、立ち上がった。何をどうしようと常に自分の上にある存在。逃れられる事など出来やしない。

 ──‥‥逃げたりはしません。絶対に。
 この胸には未だ罪という楔が深く深く突き刺さっているのだから。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5154 / イスターシヴァ・アルティス  / 男性 / 20 / 教会の助祭


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■         ライター通信          ■
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イスターシヴァ・アルティスさま、ご依頼ありがとうございました!

天使としてやらざるを得なかった辛い体験を過去(ゆめ)という形で表現させて頂きました。如何でしたでしょうか?
普段とても明るく、周りの人間を笑顔に変えるシヴァさま。そんな彼にもけして癒える事のない苦しみがあるのですね。
教会で捧げる祈りは、自分が摘み取ってしまった命達に対するものも含まれているのかも。
そして自分を一人間として扱ってくれるここ東京を、カナンの地に例えているのかもしれません。

自分が感じる罪とは、それ即ち自分が許す日まで永遠に許される事のない罪悪。
どうか、いつかはシヴァ様が許される日がきますように──。

今後もOMCにて頑張って参りますので、ご縁がありましたら、またぜひよろしくお願いしますね。
ご依頼ありがとうございました。

OMCライター・べるがーより