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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


蒼天恋歌 7 終曲

 門は閉じ、虚無神の暴走は食い止められた。
 ヴォイド・サーヴァンは霧散し、状況が不利になった不浄霧絵は姿を消した。
 未だ虚無の境界が生きていることは同じ事件が起こる可能性を秘めているのだが、この門を閉じ、ある程度平和な世界に戻したことが何よりの功績である。

「終わったのですね」
 レノアはあなたに言う。
「私は、何もかも失った。家族も……でも」
「いま、私がしたいことを言っても良いですか?」
 と、彼女は嬉しそうに行ったのだ。
 そう、何もなくなった、というわけではない。
 ささやかに、何かを得たのだ。


 非日常から日常に戻った瞬間だった。

 日常に戻るあなた。
 只、少し違うと言えば、隣に子犬の様なレノアがいる。
 相変わらず方向音痴、料理は修行中。掃除は上手くなったようだが、謎に、精密機器を壊す。というお茶目なところは残っている。
 あなたは、このあと、彼女とどう過ごすのだろう?

 未来は無限にあるのだ。
 

〈穂乃香〉
 橘・穂乃香は心地よい暖かさに包まれていた。
 そう、あまり感じることのないもの。心も体も暖かく。
 誰かに抱きしめられているような、そう言う感覚だった。
「う、うん……。」
 目を覚まさすと、目の前には白く美しい肌に、綺麗な金髪。
 レノアが穂乃香を抱きしめて眠っているのであった。
 彼女の胸の中で眠っているのは気持ちいい。また眠りたいという衝動に駆られる。しかし、小鳥たちがさえずり今は朝だと言うことを告げている。
 レノアも目を覚ました。
「穂乃香、おはようございます。」
「お姉さんおはようございます。」
 と、二人で同時に起きあがり、大きく背伸びをしたのであった。
 そんな朝だった。
 2人は朝食を摂って、館を散歩する。菩薩樹の近くにある東屋で一息ついてまた本館に戻る其れが朝の日課であった。あの数ヶ月の出来事が、嘘のような静けさを取り戻しつつある。
「本当にあったことなのでしょうか?」
「ええ、在ったわ。あのことは。」
 2人は空を見上げた。
 レノアと出会って、ヴォイドを倒し、門を閉じた。その事件は表沙汰にはならないものの、様々な事象を生み出した。夢ではないかと思う。しかし、レノアという存在が其れは真実だと穂乃香は思い知らされる。もちろん、あの戦いの最中に最愛の人に告白されたことを。
「あの、穂乃香は、狼にどう接すればいいか分からないです。」
「どうして? 好きだから?」
「はい。あの、恥ずかしいというか、なんというのか……。」
 と、あのときを思い出して、頬を染めてしまう。
 あの事後数日間、黒崎・狼と穂乃香は妙にぎくしゃくしていた。お互い、顔を赤く染めて、普通に話をしていたのに、上がりきってあまり喋られなくなっていた。レノアは事情聴取と4月に向けての編入で出かけていたときのことだが、穂乃香と黒崎狼2人だけで休憩中に、紅茶を入れる事は上手な穂乃香も思わず、狼の手を触っただけで驚いてポットを落としてしまったというハプニングもあったぐらいだ、と遠巻きから見ていた動物からレノアは聞いた。
 レノアは、2人が幸せであってほしいと本当に願っている。大好きだから。
「あまり気にしなくて、思いっきり甘える方が良いのですよ?」
 と。
「ほ、本当ですか?」
 穂乃香は目を丸くする。
「恥ずかしいのは、未だ自分の本心を見せていないとかそういうのもあるから。自分はこうだって、態度で示せばいいの。」
 レノアはウィンクする。
「できれば私が妬いちゃうぐらいの、熱々ぶりを見せてほしいですね。」
 と、微笑んでいる。
「あつあつですか?」
 穂乃香は首をかしげる。
「えっとね……、カップルはね……。」
 と、レノアは穂乃香の目線居合わせて、にっこり微笑みながら色々話し始めた。


〈狼〉
 黒崎・狼は、唸っていた。
 夢に出る悪夢。穂乃香を自分の獣で食い殺すという。その悪夢を見る。
「うう……。」
 起きると其れは夢である事の安堵と、其れが現実になると確信する恐怖で汗をかいた。
「時間はあるのか?」
 彼は自問自答する。
 正直未だこの力を、完全に制御できていない。生きている中で力を完全に物にした、友人がおり、一度は彼に相談したことはあった。
「義明のやつ、突っぱねやがって。」
 影斬はあまり優しくない。
「打ち克て。その衝動を抑える事がお前の修練であり、様々な諸問題から逃げず、立ち向かうことだ。」
 と、言われたのだ。
 影斬が封印を施すことはたやすいが、其れでは根本的な解決になっていない。
 ただ、其れを克服したいだけの覚悟はできている。旅に出ようと思っている。暴走が始まる前に……。穂乃香に告白した時から、様々なことに逃げていたことを恥じていた。それは、輪廻の中でいつも起こっていたこと。魂が、今度こそと告げている。今度こそと……。
 顔を洗い、朝食を摂って、掃除をする。かなり散らかったこの部屋を何とか普通に片づけることができた。ため息が漏れる。時間はそれほど経っていない。
「さて、またあそこに昼寝でもするか。」
 悪夢を見たので少し眠い。
 そうと決まれば行動は早かった。しかし、客が来た。
「どちらさま? って レノアか。」
「って じゃないよ? はい、お姫様も一緒。」
「はい?」
 狼はレノアの言葉に丸くする。
 恥ずかしがって、レノアの後ろに隠れている穂乃香がいるのだ。
「ら、狼。おはよう。」
「あ、ああ、おはよう。」
 何となく、歯切れが悪い。
「あのね、あの、ら、らん、……。」
 穂乃香は、頬を染めながらも、何かを伝えたいようだ。
「ど、ど、ど、どうした?」
 狼は、穂乃香が最後まで言うのを待っている。
「狼、一緒に町中を歩こう。」
 隠れながらも、勇気を持って言い切った。
「ああ、いい、いいぞ……って 町!?」
 驚きを隠せない狼、17歳。


〈デートなのです〉
 黒崎・狼は、硬直していた。
 両手に花デートってなんですか? と。右腕を穂乃香に握られて、穂乃香のペースで歩いている。そこを3歩後ろにレノアが歩いていた。
 穂乃香の普段着というのはいつも白いのだが、今回は違っていた。赤とピンクを基調としたブラウスにミニスカートであった。いつも白い服装だったので、とても新鮮である。
「穂乃香、そんな服、持っていたのか?」
「にあう?」
 小首をかしげながら穂乃香に対し、
「……ああ、似合う。」
 恥ずかしいが正直に感想を述べる。
「良かった。」
 穂乃香は満面の笑みを浮かべる。
「あ、あそこで人がいっぱいです。なにかをしてるみたいです! いこ、狼!」
 穂乃香は、狼の手を引っ張って走っていく。
「ああ、わかった! って、急ぐなって!」
 狼はついて行く。
 レノアもゆっくりと歩いて着いてきていた。
 人だかりは大道芸だった。ジャグリングだった。3つの箱を宙で並べ替えたり、沢山の物をお手玉したりと多彩であった。すばらしい演技に、穂乃香は拍手を送る。
「始めてみたの! すごい、すごい! 狼!」
「ああ、だな……。」
 と、ずっと手を繋いでいる穂乃香の暖かさと、芸のすばらしさに狼は言葉を失っている。
 ずっと居たい、しかし時期が来る。
 その葛藤が狼を悩ませる。

 穂乃香が花々と話をしているときに、レノアと狼が並んでいた。
「まだ、悩んでいるのですか?」
「いや、決めている。」
「そう。悲しみますよ?」
「悲劇を呼び起こさないためには、其れしかないだろう。」
 と、まじめな話だった。
 レノアはすでに知っている。獣の飢えを抑えるには修行が必要だと。だから旅に出ると。
「今すぐって訳ではない。穂乃香も分かってくれる。」
「ですね。」
 と、レノアは悲しみを隠し、微笑んでいた。
「狼、お姉さん。お昼ですね。どうします?」
「近くに茶店かレストランがあるだろう。そこに向かおう。」
「良いですね。」
 と、穂乃香とレノアは狼を挟んで、進んだ。
「狼、お花さんは今日も元気だって。」
「そうか良かった。」
 オープンカフェのテーブルで料理を選んでいる中、穂乃香はメニューで眉間に皺を寄せて考え込んでいる。狼は自分の物を決めた後に気づくのだが、首をかしげるだけだった。
「あの、ウェイトレスさん、これと、これ、お願いします。」
「はい、かしこまりました。」
 と、ウェイトレスはお辞儀をしてオーダーをホールに伝えに行った。
「何頼んだ?」
「普通のランチコースと、“浜辺の追いかけっこ”っていうジュースなの。」
「なんだ、そのネーミングは……。」
「さあ。」
「面白そうで良いかも。」
 ちなみにあまりメニューを見なかった狼は知らないが、ある条件がないと頼めない代物らしい。

 ランチが届くと、穂乃香はランチの肉料理を綺麗に切り分け、フォークで刺し、
「はい、狼、あーんして。」
 と、狼に向かって言う。
「え? こら、こんな人が多い場所で……。」
 と、レノアを見てから流れる人混みを目にする。
 しかし気が付いていないか、興味がない様に流れている。少しばかり視線があるのだが……。レノアは笑いをこらえているようだった。更に、穂乃香が泣き出しそうになっては余計に困るし、ここは勇気を持って……彼女の思いに答えてやるしかない。
「は……はい、あーん。」
 と、穂乃香にランチを食べさせてもらった。
 近くでくすくす笑い声がする。狼は絶対自分の顔が真っ赤になって、汗だくだと確信していた。熱がありそうな勢いなのだ。
「おいしい?」
「あ、ああ、美味いぞ。」
「良かった。」
 レノアは暖かく見守っている。
 天国のようで地獄のような、そんな昼食でも最大の試練が待ち受けていた。
「はい、“砂浜の追いかけっこ”でございます」
 大きな丸いパフェグラスのようなグラスに、蒼いソーダにクリームと果物が添えられたジュースの登場だった。そして、真ん中にハート幕をかたどったダブルストローが刺さっていた。
「……!?」
 狼は、思わず立ち上がって退いた。
 その音で、周りが見る。
「まて、これって……。」
 汗だくになって青ざめている。
 ――まさか、これは穂乃香と一緒に飲むものなのか!? カップルが頼んで云々のやつですか!?
「狼、飲もう♪」
「あ、あうう。いや、その。」
「だめ?」
 小首をかしげる穂乃香。
「穂乃香、狼と一緒に見たいの。」
 と、照れもせず言われると、男として退けない。
「わ、分かった。」
 此処で穂乃香を悲しましてはデートが台無しだ。それに、本心的には夢だったかもと、自分に正直になってみる。道行く人は、微笑ましい笑みを浮かべて通り過ぎていった。狼にとって、これは思いっきり恥ずかしいことであった。
 此処まで積極的な穂乃香を見たことはなく、これは何かの策謀だと思う。
「レノア……おまえか? こういうのを吹き込んだのは!?」
「何の事かしら? 穂乃香ちゃん。プリクラ撮ろう。」
「プリクラ?」
「おい、待て!」
 追求するタイミングを逃す。
 絶対、レノアが吹き込んだのだ。他に思いつく相手は沢山居るが、一番穂乃香と接しているのは彼女しかいないのだ。まじめな影斬が教えることはないだろう。
「やられた……。」
 項垂れる少年17歳。


〈デートの終わりに〉
 夕方、レノアと狼がであった“境界線”に立ち止まった。
「此処で始まったんだ、な。」
 と、狼は呟く。
 まだ、その道は暗くなく、遠くで豆腐屋の笛が聞こえ、人が通って過ぎ去っていく。
「はじまりなの。」
「ええ。」
 3つの影法師。
 夕焼けに染まった空。
「綺麗ですの。」
 穂乃香が指を差す。
「ああ。」
 狼もレノアも言葉が思いつかなかった。
 こうして、このおかしなデートは終わった。

 夜の館の庭。そこに狼と穂乃香が歩いている。
「今日は楽しかったの。狼、どうだった?」
「ああ、楽しかったが、人前であれはもう勘弁してほしい。」
「穂乃香はまたやりたいな。」
「おいおい。」
 ため息をつく狼に、穂乃香は困った顔をした。
「いや、そんな顔しないでくれ! えっと、その、なんだ。」
「むぅ。はっきり言ってほしいの。」
「いや、こんどは、なんて言うか二人きりの方が、な……うん。」
「うん♪ わかった。」
 と、穂乃香は満面の笑顔で返事をする。
 其れはとてもまぶしく、愛おしかった。
 狼は、穂乃香を見つめる。
「穂乃香。好きだよ。」
「狼。私も。」
 穂乃香は狼に抱きついた。そして見つめ直す。
 狼は穂乃香を優しく抱きしめ、そして……、2人は熱い口づけをした。

 レノアは其れを見えている訳ではないが。ただ、今日の日を、歌にした。
 常花の館に、彼女の歌が響き渡る。
 永遠を願うために。幸せを。歌に乗せた。


END

■登場人物
【0405 橘・穂乃香 10 女 「常花の館」の主】
【1614 黒崎・狼 16 男 流浪の少年(『逸品堂』の居候)】


■ライター通信
 こんにちは、滝照です。
 『蒼天恋歌 7 終曲』に参加して頂きありがとうございます。
 さて、さて、おかしなデートになりましたが、レノアの策謀により面白いことを知った穂乃香さんでした。狼さん的にはどうでしょうか? 私としては恋愛糖度が気になるところですが。
 できれば、今後は試練を乗り越えて結ばれてほしいと私は思っています。レノアも本心からそう思っています(能力以外では普通の女の子なので、色々サポートをするかもですよ〜)。
 そして、蒼天恋歌全7話参加、本当にありがとうございます。2人の関係を楽しく書かせて頂きありがとうございます。

 では、また別のお話でお会いしましょう。

 滝照直樹
 20070308