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蒼天恋歌 7 終曲
門は閉じ、虚無神の暴走は食い止められた。
ヴォイド・サーヴァンは霧散し、状況が不利になった不浄霧絵は姿を消した。
未だ虚無の境界が生きていることは同じ事件が起こる可能性を秘めているのだが、この門を閉じ、ある程度平和な世界に戻したことが何よりの功績である。
「終わったのですね」
レノアはあなたに言う。
「私は、何もかも失った。家族も……でも」
「いま、私がしたいことを言っても良いですか?」
と、彼女は嬉しそうに行ったのだ。
そう、何もなくなった、というわけではない。
ささやかに、何かを得たのだ。
非日常から日常に戻った瞬間だった。
日常に戻るあなた。
只、少し違うと言えば、隣に子犬の様なレノアがいる。
相変わらず方向音痴、料理は修行中。掃除は上手くなったようだが、謎に、精密機器を壊す。というお茶目なところは残っている。
あなたは、このあと、彼女とどう過ごすのだろう?
未来は無限にあるのだ。
〈最後の仕事〉
事情聴取などの事務的な物をすませることに時間がかかった。
既に春。
加藤忍は最後の仕事に取りかかる。
自分は陰の中で生きる者。レノアはその道に進むべきではなく、人並みに送ることがふさわしい。最後の仕事は多忙の中で埋没したわけではなくただ、タイミングをまっていたのだ。
ふさわしい時間に。
とある日の夕方。夕日は空を朱に染める。風は強いがそれほど寒くなく、心地よい冷たさを肌に感じさせる。
「レノア。少し散歩しません?」
「え? はい。」
レノアは忍の後に付いていく。
すでに、レノア自体の問題は一つ。そう、自分の心の中にある、魂。
「綺麗な夕焼けですね。」
「ですね。ここのところ多忙でしたから、こうゆっくり見ることはできませんでしたね。」
「ええ、やっと全てが終わった気がします。」
レノアは強く頷いている。
しかし、心の中には何か引っ掛かっていることを忍は知っている。
親の安否。絶望的だと思っているが、事件が終わってから何も言わない。そう、何も。
ただ、このとき自分の言葉では彼女を励ますことはできないと忍も理解しているのだ。
2人は丘の方に向かう。少し開けたところ。展望台が寂しく建っている。
「話があります。」
忍は、レノアに向き直り、そう言った。
「え? なんでしょうか?」
「あの戦いの最中、私はある人からあることを頼まれていました。」
「まさか……。お父さん、お母さん?」
レノアは驚く。
「どうして、それを……。言ってくれなかったのですか?!」
と、レノアは忍の服を掴んで怒った。
「落ち着いてください。レノア。今から、2人をお呼びします。」
「生きているのですか!?」
レノアは周りを見渡す。
「いえ、魂が私のところに……。一時の依り代として宿っていました。今から開放します。」
――さあ、ご両親。レノアに伝えてあげてください。
忍の体が光る。
レノアは、涙を流す。その光に目を背けることもなく。
忍の光る体に少しだけ別の人影が映っていた。
「レノア、私たちはもう居ない。しかし、しっかり生きるんだ。自分のために。そして自分がしたいという事を見つけて。使命は良い。それは、また時期が来れば訪れる。」
声がその人影からする。
「可愛いレノア。先に逝くけど、ごめんね。」
「お父さん、お母さん。」
レノアは、2人の言葉に頷いているだけだった。
「さようなら、可愛い娘……。」
「うん、うん、わかった……。私は頑張って生きる。お父さんお母さん……。」
光の中で、親子は別れを告げた。
忍が目を開ける。
レノアは泣いていた。
「と言うことです。」
「ありがとう、忍さん……ありがとう……。」
レノアは忍に抱きつき、大声で泣いた。
忍は、優しく抱きしめるだけであった。
夕日は沈み夜の暗闇が訪れる。
〈突然の別れ〉
レノアは朝に気持ちよく目覚めた。
「ふぁああ。」
大きく背伸びをして、カーテンを開ける。気持ちの良い朝日がまぶしく、鳥の鳴き声が心地よい。
昨日はかなり泣いたので、目が赤いだろう。顔を洗いたい。
「さて、忍さんはどうしているのかな?」
何となく彼の素性は理解した。
あの身のこなしや物言いからすれば、何か裏家業があるのだろうと。まあ、自分も裏家業として門番なんて事をしているわけでおあいこだとか、思っている。
「忍さん朝ですよー? ? あれ? お仕事?」
彼の私室をノックして開けてみれば、何もなかった。
「? 布団もない。タンスも?」
以前からの備え付けかの設備以外何もないのだ。
青ざめる。
「しのぶさん! 忍さん!」
キッチン、リビング、風呂場を探しても、居なかった。
最低限、彼女が生活するには十分なものが残っているだけ。忍が此処で生きていた証が何もないのだ。
「え? え? そ、そんな……。」
床に力無く崩れる。
「こんな、別れ方……ひどいです……。酷すぎます……。」
しっかりお礼もしていないのに、泣き崩れる。
視線が、何かの紙の束と鍵に目がとまった。
「コレは? 各種書類に? え?」
書き置きだった。
あとは施設の方に全て託しました。お元気で。 加藤
と。
「……ひどいです。忍さん……。ほんとうに。」
風の様に消えた、男性。あの人が居なければ、何もできなかった。しかし、いま、その証がこの書き置きのみ。 まるでこの数ヶ月、夢か現なのか分からなくなるほどだった。
彼女は、電話が鳴ったので受ける。施設の人からだった。
後見人として施設の園長が彼女を支えるが、実際は、彼女一人で生活していくのだという。状況によっては神聖都の寮生活も考えて良いことだ。
「あの子は全く何を考えているか分かりませんけど、あの子らしいですよ。」
其れが園長の忍に対しての認識である。
「……。お世話になります。」
「ええ、困ったことがあればいつでも来なさい。」
〈それから〉
幾月の歳月が経った。
加藤忍はと言うと、相も変わらず、義賊として、闇に生きていた。
実際後を残さず盗むのだから、足がつかないために妖精の仕業とされて、一種の都市伝説化にもなっている。
「さて、コレを……。どうしましょうかね。」
おつとめが終わった後の帰り道。
初めてレノアと出会った場所に居た。
「レノアは何をしているのでしょうか? いやいや、感傷に浸っている暇はありません。」
首を振る。
「彼女が光なら、私は影。相反する。」
彼女が今幸せならば其れで良い。
強く生きる事を両親の前で誓ったのだから。大丈夫だ。
忍はまた、この始まりの境界線から去ろうとする。
「まったく、どこにいたと思えば……。此処で遭えるって、何かの運命かな?」
その場にあの懐かしい少女が立っていた。
「此処にいるのは分かっています。加藤さん。」
あの少女の声。少し大人びていた。
しかし闇の中に潜んでいるために、姿は見えない。このまま逃げていくことも可能だが、レノアの姿に忍は懐かしさと寂しさがこみ上げていた。動けない。大人びた声が、只空に響く。
「お伝えしたいことがあります。」
「……。」
「今幸せです。お礼を言いたかった。私は高校で楽しく暮らしています。ありがとう。」
と。
「……レ……ノア……。」
忍が返事をするまえに、レノアは姿を消していた。
また静寂と闇。境界線には彼一人。
「……幻だったのか?」
空を見上げる。闇と静寂の中、
遠くの方から、あの綺麗な歌声が聞こえた。
「……。私は……。私の仕事をさせてもらいます。」
彼は再び闇の深くに姿を消していった。
END
■登場人物
【5745 加藤・忍 25 男 泥棒】
■ライター通信
滝照直樹です。
「蒼天恋歌 7 終曲」に参加して頂きましてありがとうございます。
別れという形になりました。自分の生き様を貫く忍さんを存分に描けたらいいなと、考え書いていきました。お気に召したら幸いと思います。
レノアは元気に暮らしていく事でしょう。色々欠点はありますが(家事壊滅的という)、心は強い子ですので。
加藤忍さんが、泥棒と言うことなので、有名シチュエーションが数点浮かんでいましたが、シリアスからかけ離れてしまうためにそのシーンだけは没にしました。
では、別のお話でお会いしましょう。
滝照直樹拝
20070406
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