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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ピクニックは楽し♪ 〜修行の成果はいかほどに!?〜

1.
「お姉さまぁ〜、まだ行くんですかぁ〜?」
 大きな篭だの袋だのを下げたファルス・ティレイラは、自分の前を優雅に歩く師匠シリューナ・リュクテイアにそう弱音を吐いた。
「…ティレ、素材の在庫はいくらあっても足りない。それに、これも修行の内なのだから弱音を吐くものではない」
 ティレイラの持つ荷物の中身は主に魔法薬の調合に使われる素材である。
 …とはいえ、それを持つだけでこのような弱音を吐いているわけではなく、これらを採取するに当たって『修行』と称した魔物退治を既にこなしてきた後だったからなのだが…。
「修行って…『素材を採りにちょっとそこまで』っていったじゃないですかぁ!」

 そう。出かけるときにシリューナは確かにそう言ったのだ。
 だから素材集め用の籠や袋は持参したが、まさか魔物退治までする予定だとは夢にも思わなかったのだ。
「…いつもの格好できたのにボロボロですよぅ〜」
「ボロボロになったのはティレの修行がまだまだ足りないせいで、私のせいではないだろう。それに、私は嘘は言っていない。移動時間は左程もかかっていない」
 ここまでの移動はせいぜい世界間を次元を歪めて移動した程度。
 距離で言うなら徒歩10分程度である。
「うぅ。言い返せない…」
 悔しそうに臍を噛むティレイラに対し、一瞬優しげな瞳を向けたシリューナであった。

 が、その瞳は進行方向に見える深い森に鋭く光った。
「…ほら、ティレ。最後の採取場所が見えてきた」


2.
 その森はまだ一度も侵入者を許したことのないような、排他的で暗い影を落としていた。
 シリューナは森の前の岩の前で立ち止まった。
「私の勘ではこの奥に、貴重な薬草がある。水のある場所に咲く黒いスミレのような姿だから」
 そこで言葉を切ると、シリューナは視線をティレイラに移した。
 今まで行った採取場所でもシリューナは『修行』として、ティレイラに採取作業を任せていた。
 いずれは自分でその素材を集めなければならなくなるときもある。
 その時のために、素材達の姿形をしっかりと覚えさせるのもいいと思ったのだ。
 …もちろん、間違えて持ってきたら再度 ― 嬉々として ― やり直させた。
「…はぁい。行ってきま〜す」
 ため息を一つ、ティレイラはついた。
 最後の採取場所とはいえ、気を抜いたらどんな魔物に襲われるかわからない。
 とはいえ、疲れていることもまた事実。
 それでも、行くしかないのだ。シリューナの命令なのだから。
 ティレイラは荷物を岩の傍に置くと、意を決して気合を入れ直し森の奥に足を踏み入れた。

 …と、シリューナが「待て」と声をかけた。
 ティレイラが振り返るとシリューナが何かを考えていた。
 もしかしたら、シリューナは自分のことを案じてくれているのだろうか?
 などと考えたティレイラだったが、シリューナの言葉は予想外なものだった。

「この森では魔法障壁のみ使用なさい。この間の訓練の成果をみたいから」

「…えええぇぇぇぇ!?」
 唖然とする弟子に、師匠はニコリと笑った。
「身についてなければ訓練の意味はない…わかる?」
 華やかにして繊細なその笑顔の下に、いったいどんな感情が渦巻いているのか。

「わ、わかりましたぁ…」
 そう答えるしかないティレイラには、師匠の心などわからないのだった…。


3.
 森の奥に足を踏み入れるほど、腐ったような湿った空気が濃くなっていく。
 道はなく、しかたなくティレイラは自ら道を作りながら進んだ。
 シリューナに言われたとおり、魔法障壁のみを使って進む。
 今のところ小型の魔物しか出てきておらず、最小限の力で事は足りていた。
 訓練のおかげで、これくらいのことなら大した疲労は感じなかった。

「水〜、水のあるところ〜…」
 ザクザクとティレイラの足音だけが響く森の中で、水の音を探す。
 時々立ち止まっては微かに聞こえるその音のすると思われる方向へと足を向けるのだが、森の中ではうまく音が拾えずに何度も同じところをグルグルと回ってしまう。
「こういう時は…こういう時はぁ…」
 ぎゅっと目を閉じて、ティレイラはムムムッと考えた。
 そしておもむろに目を開けて言い放つ!

「前進あるのみ!」

 師匠のように勘がいいわけでもない、経験があるわけでもない。
 ならば闇雲に森を彷徨うよりも、迷わないように突き進むほうがいい。
 そう心に決めて、ティレイラは歩きだした。
 まっすぐに。

 …どれほど歩いたのか、段々と濃くなる水の匂いがティレイラの鼻にもはっきりわかった。
 そうして突然森が開け、視界の端に小さな小川が見えた。
「水だぁ!!」
 走って小川の方に進むと、ティレイラは急に足を捕られた。
 ねっとりとした多分の水分を含んだ土壌、その一帯は湿地だったのだ。
「いやぁあ、服が汚れちゃう〜!」
 混乱するティレイラ。
 
 しかし問題はそこではなく、ティレイラの背後に潜む黒い影があったことだった…。


4.
 森の外、岩の陰でシリューナは目を閉じていた。
 魔法障壁で…というのはもちろん、思いつきだった。
 この間の特訓の成果を見たいというのは嘘ではなかった。
 実践と訓練では力の使い様も違うから、経験を増やすことはいいことだ。
 しかし…

「ここの魔物は、性質が悪いぞ。どうする? ティレ」

 そう呟いた口元に、微かな微笑が浮かんでいた。
 まるで最初からそこに何がいるのかを知っているかのように…。


5.
「いやあぁん!!!」

 大きな花の姿をした真っ黒な魔物。
 足はウネウネとした触手状で、植物の根を模擬されているようだった。
 大きな葉っぱを模したしなる手に、花の中心部に隠れる大きな瞳。
 その異様さはまさにこの湿地の主といった姿であった。

 …などと悠長に相手の体の特徴を見ている場合ではない。
 湿地に足を捕られたティレイラは、その植物形態の黒い魔物に今窮地に追い詰められている。
 鞭のようにしなる葉っぱがティレイラに容赦なく叩きつけられる。
 本当ならこんな敵は造作もないはずなのだが、いかんせんシリューナの言いつけがある。
 何とか魔法障壁のみでやり過ごさねばならない。

 …のだが、足を捕られている以上動きようはなく、ただ相手のされるがままになっている状態である。
 魔法障壁も相手の強い攻撃力の前に先ほどよりももっと強力なものを張らざるを得なくなっており、ティレイラの疲労は確実に極限に達しようとしていた。
「魔法…せめて、戦えたら…おね…え…さま…」
 師匠の言いつけは絶対。
 何が何でも守らなければならない。
 執拗に繰り返される攻撃。
 疲労で意識が遠のき、魔法障壁が崩れようとしている。

 そうして、魔法障壁は弾けて消えた。

「まだまだだな。ティレ」
 倒れかかったティレイラをふんわりと抱きとめたのは、他ならぬシリューナだった。
 大きな翼を広げ空からティレイラを助けたシリューナは、倒れた大木の上に足場を確保した。
「お姉さま…」
 途切れかかった意識で、ティレイラはシリューナの名を呼んだ。
 シリューナはティレイラを抱きとめたまま、言った。
「こういう植物型の敵は、根を鋭く傷つけることができれば…勝てる!」

 そういうと瞬時に魔法障壁を張り、襲いかかろうと追いかけてきた黒い魔物の足元に魔法障壁をコーティングした小さな小石を投げつけた!
 
 魔物は転倒し、少しの間じたばたともがいていた。
 が、ほどなく小さな断末魔をあげると動かなくなった…。


6.
 少し休んだ後、シリューナは言った。
「さぁ、これを持って」

「…え? これ…って??」

 デン! と横たわった植物状の黒い魔物の亡骸を前に、ティレイラは思わず聞き返していた。
「そう。さっき言っただろう? 『黒いスミレのような姿』をした『薬草』。つまり、この魔物のことだ」
 シリューナに少しだけ回復してもらったティレイラは、足元に転がるソレをみた。
 確かに、黒いし…なんとなく花みたいだし…。
 …見ようによっては、スミレに見えなくも…ないんだろうか?
「さ。早く帰らないと日が沈んでしまう」
 躊躇するティレイラをよそにシリューナはくるりと背を向けると、森の入り口へと戻っていく。
「あぁあ!? 待ってくださいぃ!」
 よいしょっと嫌々ながらも魔物を背負い、ティレイラはシリューナの後を追う。

 シリューナの背中を見つめながら、ティレイラは思っていた。

  お姉さまみたいになるには、まだまだみたい…
  早く追いつきたいな、お姉さまに…     

 と、シリューナがティレイラのそんな想いを知ってかしらずか、こう告げたのだった。

「帰ったら再特訓だ。覚悟はいいか?」

 にこりと笑ったその顔が、ティレイラの心と体にのしかかり帰途につく足を重くしたのだった…。