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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


桜酒



「桜酒…? また安直な名前だね」
「別に意外性を狙う必要もないじゃないですか〜」
 カウンター越しに言葉を交わす碧摩・蓮と日向・明。明の手には桜色の液体の入った瓶がある。
「というかここはアンティークショップだよ。いくらなんでも飲食物はアンティークとは言わないと思うんだけどねぇ…?」
「でも『曰くつきの品』ですよ? ボクとしては引き取ってもらえるだけでいいですし〜。なんなら蓮さんが飲んじゃっても構いませんよ?」
 にこにこと邪気のない笑みを浮かべる明だが、本性を知っている蓮からすれば不気味なことこの上ない。笑顔で人を厄介ごとの渦中に突き落とすような人間だ。迂闊に言葉に乗ると碌な目に遭わないだろう。
「…いや、あたしは遠慮しとくよ」
「えぇ〜?」
 残念だ、と言うのを隠そうともしない。裏がある。絶対に裏がある、と蓮は思った。
「で、この酒の効能は何なんだい」
 促せば、明は喜々としてその効能を語りだす。
「まずはですねぇ、一口飲むだけでとってもいい気分になれます!」
 …酒の効能としては普通だが、この少年が言うと麻薬にも等しく聞こえるのは何故だろう。
「それと〜、ちょっとした『言霊』が遣えたり〜」
 …その『ちょっとした』の範囲が曲者だ、と蓮は心中で呟く。
「ある条件を満たせば、『ささいな願い事』が叶ったりします〜」
 この可愛らしい外見に反して中身が真っ黒い少年が持ってくる物品にしてはまともな品物のようだ。効能から言って、明が時々押しかけ助手をしに行く自称何でも屋が作ったものだろう。
「ふぅん……なかなか面白いねえ」
 少しだけ興味を惹かれた蓮が、彼が手にする『桜酒』を見遣る。
「た・だ・し! ちょっとだけ注意があります!」
 急に真剣な顔つきになって、蓮を見据える明。やっぱり、と思いながらも蓮は静かに彼を見返す。
「これ、桜の木の下――ああ、ちゃんと咲いてる桜ですよ?――以外のところで飲んじゃ駄目ですよ?…守らなかったらどうなっても知りませんからね〜?」
 守らなかったらどうなるのか激しく気になるところだが、訊いたところでこの少年は答えないだろう。そう感じとった蓮は小さく溜息をつき、「肝に銘じとくよ」と『桜酒』を受け取った。

 ◆ ◇ ◆

「慎霰、酒飲もう酒!」
 マンションに帰ってくるなり弾むような声でそう提案してきた親友に、天波慎霰は目を丸くした。
(春華が行くって言ったのってアンティークショップだったよな…?)
 一緒に行かないかと言われたのだからよく覚えている。…なのになんで、酒。
 とは言え、驚きと欲求は別物。酒が飲めると言うのなら少々の疑問など問題にならない。
「よっしゃ、酒!どこで飲む?」
「ここの屋上とかいいと思うんだよなー」
 そう言う春華は上機嫌だ。かなり。何がそんなに楽しいのだろうと言いたくなるくらいにこにこしている。
「んじゃ、屋上な。…で、どこで酒なんて手に入れてきたんだ?」
 春華は中学生だ。春華の実年齢は20歳をとうに過ぎていると言えど、普通の店で酒を手に入れることはできない。それ故に尋ねたのだが。
「ん?言っただろ、アンティークショップだって。なんかこれ普通の酒じゃないらしくてさ。面白そうだからもらってきた」
「普通の酒じゃねぇってどういうことだ?」
 問えば、春華は嬉々として手に持つ酒――『桜酒』の効能を語った。無論注意事項も。
 楽しそうなことに目がないのは春華も慎霰も同じだ。故に慎霰は「桜の木の下以外で飲む」と言う春華の提案に乗ることにしたのだった。


「じゃ、乾杯」
「乾杯」
 かち、と杯同士を触れ合わせる。注がれた薄紅色の液体が小さく揺れた。
「ん、結構美味いな」
「そうだなー」
 などとのんびり言いつつ、2人は杯を空ける。
 事前に聞いた効能通り、一口で気分が高揚する。麻薬ってこんな感じか?などと思いつつも、飲むのはやめない。
 順調に飲み続ける春華と慎霰。酒の肴は学校生活その他の笑い話だ。
 しかし、瓶を中ほどまで開けても何も起こらない。起こらないなら起こらないで酒を楽しむだけなのでいいのだが。
 そのままペースを崩さず飲み続ける2人。
 三分の二ほど飲んだところで、唐突にぽん、と軽い音がした。ついでどこからか煙が湧く。
「な、なんだァ?」
 突如視界がきかなくなり、戸惑う。
 しかもなんだか身体が妙な感じだ。屋上の床に座っているだけのはずなのに安定しない。
 煙はすぐに晴れた。しかし何かが変だ。動いていないはずなのに微妙に見える景色が違う…いや、視線の高さが違う?
 ほとんど無意識に自分の手を見下ろす。
 ……小さい。これではまるで子供の手…子供?
「……慎霰?」
 春華が自分の名を呼ぶ。どこか不思議そうだ。
 慎霰は顔を上げた。春華に向けて。
「なぁ春華」
「ん?」
 視線が低い。春華の顔を見るのに見上げる格好になる。
 身体が小さい。頭の比重が大きくて安定しない。
 声が高い。しかも喋りづらい。妙に舌足らずな口調になる。
 つまりは。
「俺どう見ても小さくなってるよな」
「みたいだな」
「何歳くらいに見える?」
「大体5、6歳ってとこだろ、多分」
「……なんでお前は変わってないんだッ!!」
 理不尽だ。これが「咲いている桜の木の下以外で飲んではいけない」という「注意事項」を守らなかったからだとしてもだ。どうして同じように『桜酒』を飲んだ春華に変化がないのだ。理不尽だ、理不尽極まりない。
 決して見下ろされるはずのない相手に見下ろされるのは、結構屈辱である。
「そういや変わらないなあ…ってことは『子供の姿になる』っていうよりは『10年若返る』とかそういう作用だったんだろうなー。それなら俺に変化ないのも説明つくし」
 一人で納得したようにうんうん頷いている春華。
「しっかし…」
 まじまじと見つめられて慎霰は居心地が悪くなる。ちょっと視線がうろうろしてしまった。
 が、続いた春華の言葉には反応せざるを得なかった。
「可愛いな、慎霰!」
 言うに事欠いて、可愛い。可愛いと15歳の男が言われたわけだ。たとえ外見が小学校低学年であっても、聞き流せる言葉ではない。
 反論しようと口を開きかけた慎霰だったが、突然頭をぐしゃぐしゃと撫でられて驚きに言葉を飲み込んでしまった。
「うわっ、やめろって!つーか可愛いとか言うな!!」
「あははーっ、だって可愛いんだから仕方ないだろー?」
 必死に手足をばたつかせて春華から逃れようとするが、悲しいかな、幼児と中学生では力で敵うはずもない。
 いいように遊ばれてへとへとになる慎霰。
「戻らないなあ」
 散々慎霰で遊んだ春華がぽつりと呟いた。
「……なんか聞いてないのかよ」
 じろっと春華を見る。春華は飄々とした表情で答えた。
「いや特には」
 いじられている間にいろいろやってみたが、どうやらこの姿だと翼も微妙に使えないし、妖術の調子も悪いようだ。このまま元に戻らないのはものすごく困る。
 どうすりゃいいんだと頭を抱える慎霰に、春華が提案してくる。
「んー。じゃ、店行ってみるか?この酒持って来た奴に聞けば何かわかるかもだし」
 そうか、その手があったか!と、慎霰は一も二もなく頷いたのだった。

 ◆ ◇ ◆

 件のアンティークショップは『どこに在る』と決まっているわけではないらしい。だが一度行ったときの経路を辿れば見つかるだろうと言うことで、とにかく行ってみることになった。
 子供の歩幅は小さい。普通に歩いている春華に着いて行くだけでもかなり大変だ。
 と、唐突に春華が立ち止まる。つられて立ち止まった慎霰は、一体どうしたのかと春華を見上げ…。
 ひくり、と自分の頬が引きつるのを感じた。
 春華の視線の先には、かわいらしいクマの着ぐるみパジャマ。しかも子供用。
「な、なあ春華。早く…」
 嫌な予感なんてものじゃない。確信だ。このままここにいたら甚だ不本意なことになってしまう!
 早く行こうと春華の腕を引っ張り、さらに声をかけるが、春華は動かない。
「あれ、可愛いよなー。気になってたんだよなー」
 至極楽しそうな声だ。
「でも自分じゃ着る気しないし、っていうか着れないし。そういうわけで、慎霰」
 にこり…いや、にやりと形容するしかないような笑みを春華が浮かべた。
 ぎくり、と慎霰の身体が強張る。
「さあ行くか!」
 春華にずるずると引き摺られながら、慎霰は店の中へと入ることになったのだった。


「元に戻ったら覚えてろ…っ」
 抵抗もむなしくクマの着ぐるみパジャマを着せられた慎霰が、地を這うような声でそう言った。…とは言え元が子供の声なのでそれほど迫力は無い。
「似合う似合う。可愛いな、慎霰」
「似合っても嬉しくない!」
 実際似合っていたのだが。

 ◆ ◇ ◆

 所変わってある巨大デパートの前。
 そこにピンポイントで立ち止まった春華に、慎霰は嫌な予感がした。
 このデパートは子供用の遊び場が充実していることで有名である。屋上に簡易遊園地のようなものがあるのだ。
 そして春華の視線は頭上――つまり屋上へと向いていた。
「あれの屋上の遊び場って前から行って見たかったんだよなー、でも子供しか入っちゃいけないらしいし」 
 にたり、と笑う春華。企み笑顔だ。悪人顔だ。
「い、いやだ!」
 己のプライドにかけて、子供の遊び場になど行きたくない慎霰。
 いくら外見が幼児で、しかもクマの着ぐるみパジャマ着用だとしてもだ。そこまでしてしまったらもうなんかイロイロと終わってしまう気がする。
「そっかそっか、そんなに屋上行きたいのかー」
 聞いていない。というか聞く気がないようだ。
 手をがしっと掴まれた慎霰は、なす術もなく屋上へと連行された。

「さてどれがいいかなー」
 うきうきしている春華と、むすっとしている慎霰。
 こんなところになぜ来なければいけないのか。自分は早く元に戻りたいというのに。
 そんな慎霰の気も知らず――いや、知っていてあえて無視しているのかもしれないが――春華はにこにこ笑顔で辺りを見回している。
「よし慎霰、」
「いやだ」
 みなまで言わせず拒否する。
 一瞬きょとんとした春華だったが、すぐに輝かんばかりの笑顔になった。
「そっかー、こっちじゃなくてあれに乗りたいのかー」
 ひょいと春華に抱えられ、目を白黒させる。春華は迷いのない足取りであるアトラクションに向かっている。
 ……そう、メリーゴーランドに。
「ちょっ、ちょっと待て春華!」
「わかってるわかってる、ちゃんと全部の乗り物に乗ろうなー」
「わかってねぇ!」
「あとで飲み物も買ってやるぞー」
「そうじゃないっ!」
 ばたばたと春華の腕の中で暴れてみるものの、抜け出せない。
 しかもなんか周囲のお父さんお母さん達から生温かい目で見られている気がする。「ほほえましいなぁ」みたいな。
(なんかすげぇ恥ずかしい!)
 さらに激しく暴れた慎霰だったが……結局全ての乗り物を制覇するまで春華に遊ばれ続けたのだった。

 ◆ ◇ ◆

「蓮さんこんにちはー」
「おや、春華くんじゃないか。一体どうしたんだい?」
 疲れてぐてっとしている慎霰を抱え、春華はアンティークショップ・レンに足を踏み入れた。
「その子……もしかしてあんたの親友じゃないのかい?」
 腕の中の慎霰に目を留め、蓮が問う。春華は頷いた。
「ほら、もらった『桜酒』飲んだんだけどさ、あれの注意事項守らなかったらこうなったんだよなー。なんか元に戻る方法とかってねえの?」
「そうだねえ……あたしは知らないけど。持ってきた奴なら知ってるだろう。…明?」
 何もない空間に呼びかける蓮。すると空間が裂けて一人の少年――事の発端たる日向明が姿を現す。
「どうしたんですか〜?」
「あんたの持ってきた『桜酒』の効果で子供になっちまったらしいんだけど、どうやったら戻るんだい?」
 明が春華を見、ついでぐったりしている慎霰を見る。
「あぁ〜、『十年若返り』の効果が出たんですねぇ。ペナルティはランダムなんでどれになるかわからなかったんですけど。……で、元に戻す方法でしたっけ?」
「さっさと教えろ!」
 慎霰が怒鳴る。事の元凶である上に自分より年上と言うことで大分不機嫌だ。
「それなんですけど〜…特にないんですよねぇ。時間が経てば戻りますよ多分」
「はァ?」
「時間が経てばって…どれくらいなんだ?」
 春華が問えば、明は笑顔で答えた。
「三日ってところですかねぇ」

 その後、元の姿に戻るまでの間、慎霰が春華にいぢられまくったのは……言うまでもない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1892/伍宮・春華(いつみや・はるか)/男性/75歳/中学生】
【1928/天波・慎霰(あまは・しんざん)/男性/15歳/天狗・高校生】


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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こんにちは。遊月と申します。
 この度は『桜酒』にご参加ありがとうございました。
 親友さんに遊ばれていただきました。始終振り回されっぱなしですが、如何でしたでしょうか?

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。ご縁がありましたらまたご参加ください。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。