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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


自動人形は発条猫の夢を見るか?

◆自動人形 / オートマトン◆

―― キリキリキリトンキリキリトン
 ワタシの近くで音がする。ワタシの遠くで音がする。

―― トテチテトテチテトテチテタン
 ワタシは訊ねる。アナタはだあれ? ワタシは訊ねる。ワタシはだあれ?

―― チクタクチクタクチクタクテン
 けれども答えは返ってこない。答えの代わりに音がする。

―― キリキリチクタクトテチテタン
 あなたはだあれ? あなたはなあに?
  
†††

「……む、コイツは一雨来そうだねぇ」
 とても春とは思えないドンヨリとした空を見上げて、彼女は小さく呟いた。
 チャイナドレスに身を包んだ赤い髪の女。彼女の名前は碧摩・蓮(へきま・れん)。
 この東京の街の片隅でワケアリな商品大目のアンティークショップを経営している。
「ま、そんなワケだからチャッチャと頼むよ。雨に濡れてもどーってことない代物だケド、いい気はしないからね」
 視線を上から前に戻し、トラックの荷台から大きな荷物を運び出している二人の男に言い放つ。
「へーい、了解でさァ」
 男たちから帰ってきたのはなんとも頼りの無い返事。
 ガタゴトと右に左に揺らされながら運び出される大きな荷物。
 全長2mはあろうかという大きな木箱。見様によってはまるで棺のように見えなくもない。
「……ふぅ」
 その様子に思わず溜息を漏らす蓮。
 本当はそんな風に扱って欲しくはないのだけれど……モノの大きさ重さが相当なだけにある程度は仕方がない。

「それじゃ、どーもアリガトやんしたー」
 そんなお決まりの文句を置いて去ってゆく男たちを見送って、蓮は店へと踵を返す。
 蓮が経営する店、名前はそのままアンティークショップ・レン。
 見るからに怪しげな物が並ぶ店内で一際異彩を放つ大きな箱。
 つい今しがた運び込まれたその箱に、蓮はゆっくりと手を掛けた。
 ガシャンと大きな音を立てる錠を外し、ギギギと耳障りに鳴く箱の蓋を慎重な手つきで開けてゆく。
「……ホッ、どうやらなんともないようだね」
 箱の中身を確かめて蓮の口から漏れる安堵の吐息。
 箱の中に仕込んだ衝撃吸収剤のおかげで肝心のモノはキズひとつない状態だった。
「……しかし、改めて間近で見ると……ホントにゾッとするくらい良く出来てるよ」
 箱の内に秘められていたものの“肌”をスッと撫でる。まるで本物の様なその触感。
 これを作った者の技術、ここまで窮めたその執念に畏れにも似た思いが胸に沸く。
 それは、一体の人形。
 恐ろしいまでに精巧に作られた人の似姿。
 人を模して動く自動人形(オートマトン)
 それは、かつて天才と謳われた1人の人形作家がこの世に残したひとつの成果だった。

―― にやあ。

 不意に、背後から聞こえたその声に、蓮は思わず振り返る。
 そこに居たのは一匹の猫。野良……にしては若干太りすぎにも思えるブルーグレーの毛色の猫。
 それが、一体どこから迷い込んだのか、まるで値踏みするようにジイッと蓮の方を見つめていた。
「なんだいあんた、いったいドコから……」
 蓮が歩み寄ろうとしたその瞬間、猫は僅かに開いた店の扉の隙間からスルリと外へ。
「……?」
 確かに扉は閉めたはずだったのに。
 ふと、そんなことが気になったがそれもすぐに意中の外。蓮は再び人形のもとへ……。

 このとき、蓮は想像だにしていなかった。
 これから関わる事になる“事件”の発端が、このとき既に始まっていたのだということに。

◆追跡◆
11:15 p.m.
「……見つけた? そう、わかった」
極彩色のネオンの明かりに照らされて、夜だというのに昼の明るさを保つ大都市、東京。
その街の片隅、ネオンの明かりからは少しだけ遠いビルとビルの狭間に身を潜めて、少女は手にした携帯電話に向かってそう告げる。
「……じゃ、標的(ターゲット)の正確な位置と座標……それから、リアルタイムで確認できるカメラの映像、私の端末に回して」
―― Pi.
終話ボタンを押し、携帯を皮製の手提げカバンの中にぞんざいに押し込み、代わりに中から手のひら大の携帯端末を取り出す。
―― ピッ、ポーン
タイミングを見計らったかのように軽快な電子音がデータの受信を告げる。
少女は慣れた手つきでその携帯端末を操作し、送られてきたデータを液晶ディスプレイ上に表示させる。
「結構遠いな……でも、文句は言ってられない、か」
画面に表示されているデータ、それは東京の俯瞰地図がひとつに、3D化された詳細な地形データ、加えてリアルタイムで更新される何者かを背後から捉えた画像データ。
地図上をゆっくりと移動する光点と画像データに写る人影が示すもの、それは少女が追う今回の仕事のターゲット。
これを追い詰めて捕獲するようにと、アンティークショップ・レンの店主、碧摩・蓮から依頼を請けていた。
「……予想はしてたけど、結構時間かかったな。チョッとだけ、面倒」
星の瞬きなどカケラも見えない灰色の空を見上げて、少女はひとつ溜息をつき、愚痴る。
昼過ぎから捜索を開始して、結局いままで掛かってしまった。
この時間だと、自分のこの容姿だと間違いなく警官どもに呼び止められる。よって極力人目に付かないように移動しなくてはならない。
……それは、不可能ではないが、酷く面倒だ。
「……よし、行こう」
もう一度、携帯端末に表示されたターゲットの位置情報を確認してから、少女はビルとビルの狭間から、さらに薄暗い路地の奥に向かって駆け出した。
おそらく、自分の足なら20分もあればターゲットを補足出来るだろう。無論、何事もなければと言う前提での話だが。
「人形を襲う人間の捕獲、か。ホント、莫迦みたいな話」
アンティークショップ・レンから消えた1体の自動人形。そいつが引き起こしたと思しき1件の猟奇殺人事件。まったくもって尾籠の沙汰。
だが、それは現実に起きている事件であり、そんな現実離れした事件とお付き合いするのがこの少女の、ササキビ・クミノの仕事なのだ。
「とりあえず、蓮さんたちにも報告しとこうかな……」
歳相応のそれとは一閃を画す身のこなしで夜の東京を駆けながら、クミノは器用にバッグから携帯電話を取り出す。
アンティークショップ・レンの番号は短縮に登録済み。
電波はすぐに相手へ届き、1回半のコール音のあと、気だるげな女の声が聞こえてくる。
「あ、蓮さん? 私です、クミノです。とりあえず標的(ターゲット)を補足したので連絡を……ええ、他の方には蓮さんから……はい、お願いします」
伝えるべきことだけを手短に伝え、通話を終える。
ターゲットがどんな状態にあるのか、追いついたらどうするのか、どうやって捕獲するか。
考えることは山ほどあるが、そんなものはとりあえず後回し。何よりも今は『彼女』に追いつくことが最優先。クミノは足に力を込めた。
2人目の犠牲者を出さない為に。

◆訪問◆
1:32 p.m.
―― カラン、カラン……
アンティークショップ・レンの扉に掛けられたドアベルがカラカラと音を立て来訪者の存在を告げる。
「ごめんくださいませ。蓮さま、いらっしゃいますか?」
そう言って店の中へと入ってきたのは、流れるような黒髪に金の瞳が映える整った顔立ちの女。とある名門の屋敷でメイド長の役を務める『使い人』篠原・美沙姫である。
今日は彼女の仕える主人がアンティークショップ・レンに頼んだ品物を受け取りに来たのだが……
「それじゃあ、詳しい仕事の内容は……電話でするのもなんだからね、とりあえずウチまで来てくれるかい? ……よろしく頼むよ」
どうやら蓮は取り込み中らしい。何事か話し終えたアンティーク調の受話器を置くと、ふぅと大きく溜息をつく。
「あの……蓮さま、どうかなさったんですか?」
「ん? ああ、誰かと思えば美沙姫じゃないか。品物を受け取りに来たんだね」
美沙姫が心配そうに声を掛けたところで、ようやく蓮がその存在に気付く。
「ええ、それはそうなんですが……」
美沙姫の主人に頼まれた商品を取りに店の奥へと下がろうとする蓮を、溜まらず美沙姫は呼び止め声を掛ける。
いったい何があったのか、自分でよければ話してくれないか、と。
「ふぅ、あんたも損な性格してるねぇ。あんまり他人の面倒ごとにばかり首を突っ込んでると、そのうち酷い目に遭うよ?」
信じに自分を見つめる美沙姫に根負けしたのか、蓮は苦笑いしつつそう呟く。だが、苦言を呈するその瞳にはどこか優しい光があった。
そして美沙姫もまたそんな蓮に微笑をもって返す。
自分と蓮、特に言うほど長い付き合い、深い付き合いがあると言う訳ではなかったけれど、それでも何事か思い悩んで憔悴したその表情を見て放っておくことなど、美沙姫には出来そうになかった。

◆人形作家マノン・カーター◆
2:10 p.m.
「あの人形はね、かつて天才と称された人形作家マノン・カーターが遺した最後にして最高の作品、そのひとつなのさ」
注文の品を屋敷に届け、主に蓮の手伝いをすることの許可を貰った美沙姫がアンティークショップ・レン戻ると、そこには見慣れぬ少女の姿。
聞けば今回の事件の解決に協力を依頼した能力者の1人であると言う。
そして、蓮は2人の準備が整ったことを見て、そう話を切り出した。
20世紀初頭、イタリアに生まれ、激動のヨーロッパに生き、完全なる人を創造する事に生涯を捧げた人形作家マノン・カーター。
理想とする人形を製作する為、科学の台頭によって当時のヨーロッパでは既に廃れてしまっていた魔術や錬金術・数秘術を独学で学び、それを自らの人形作成術に応用。
その真の目的は、大錬金術師パラケルススが目指したのと同じ『完全なる生命』の創造。彼は『人形』という存在に、それを見出していたのだと云う。

「で、どうしてその天才人形作家サマの遺作が、人間バラしたりしてるの?」
蓮の話を聞き終えて、クミノが淡々とした声で事の核心を訊ねる。
蓮は言う。昨夜未明に起きた猟奇殺人事件がこの人形の仕業ではないか、と。
しかし、クミノにしても美沙姫にしてもその理由が判らない。もしかすると、ただの変質者の仕業かもしれないではないか。
しかし、蓮は怪訝そうな表情を浮かべる2人を見詰めて小さく首を横に振る。
そして、これを見てくれ、とばかりに机の上に何か小さな布切れの様なものを差し出した。
「えっと……これは?」
くすんだ肌色をしたそれを見て、今度は美沙姫がそう訊ねる。
「これは、錬金術を使って作られた人口の皮膚、さ。もっとも、切れッ端になっちまって本来のそれとは似ても似つかないけどね。史上、これほどの錬度のモノを作れたのはマノン・カーターただ1人。そして、こいつは事件の現場近くに落ちていたもの」
物証は何一つとしてないが、それを補って余りある状況証拠。それらが事件の犯人がマノン・カーターの作った人形であると、そう告げている。
「それに、あの人形はね……確かに外見だけ見れば人間そのものだケド、いかんせん未完成なのさ。動作し続けるためには決定的な『何か』が欠けている。それが具体的になんなのかは誰にも分からないのだけど……」
煙管を燻らせ息をつき、蓮は最後にこう付け加える。
「まるで、人の身体をバラしてその仕組みを調べていたかのような死体の状況。……知ってるかい? 人体は自ら発条(ゼンマイ)を巻く機械、永久運動の生きた見本である。ってね」
それは、人間は極めて複雑な機械である、と語ったフランスの医学者ド・ラ・メトリ。彼の著作『人間機械論』に記された1節である。

◆対峙◆
11:39 p.m.
―― キュイン
足元のアスファルトに何かがぶつかり、火花を散らして弾け飛ぶ。
「……なに?」
その突然の出来事に足を止め、状況を確認。
いま自分がいるこの場所は、市街地から少し離れた場所にある小さな公園。
何か、探しているものがあってここまできた筈なのだが……さて、それはなんだったか。自分自身のことなのに、何故か思い出せない。
―― 思考ループ防止の為、当該事項に関する思索を停止。状況確認を優先せよ。
頭の中に響くその声に従って、彼女は周囲に気を配る。
足元のアスファルトを削ったのは……一般的な9o弾頭。
―― アスファルトに与えられた損壊から推察、この程度の炸薬・威力しかない弾丸であれば、仮に直撃を受けたとしてもダメージは皆無。
目に映る様々な映像、耳に入る様々な音、それらを頭の裏側で冷静に分析・解析する何か。
目覚めて間もない彼女は、それが意味することを深く理解しない。唯々諾々とそれに従う。
―― 発射位置逆算。弾道から推察されるこの攻撃の目的は……
「分かっているとは思うけど、一応言っとく。いまのは警告」
木立の影から姿を現したのは銃を手にした1人の少女。先ほどの弾丸か彼女が撃ったと見て間違いない。
「けど、大人しくコッチの言うことを聞いてくれない時は……わかるよね?」
少女の両手に握られた鉄塊の名は、S&W社製M39/Mk22ハッシュパピー。サイレンサー装着を前提にした高い隠密性が特徴の名銃。
先程の一発、発射音が聞こえなかったのはそのためだ。
街頭に照らされて鈍く光る銃、その銃口をだらりと下に向け、二の句を告げる少女。
―― 前方の少女……対象Aの周囲に解析不能の事象を確認。何らかの特異能力者と推定。……撤退を推奨。
突然現れたその少女、クミノの姿と正体不明の能力に状況の不利を判断した頭の声。彼女はそれに従い、とっさにこの場からの逃亡を試行する。
「残念ですが逃がす訳には参りません。さぁ、私たちと一緒に来ていただきます」
だが、踵を返した彼女の視界に写ったのは、もう1人。先程の少女よりは幾分歳の多い女の姿。クミノから連絡を受けて駆けつけた美沙姫である。
―― 撤退不能。対象A及びBからTarzoへの敵対意思を確認。両者を目標達成のための障害と認定。
その言葉が頭の中に響くと同時に、身体の中で今まで使われずにいた螺子と歯車が動くのを感じる。
―― モード変更。戦闘起動。眼前の対象A・Bに対する攻撃行動を実行せよ。
頭が、身体の各部位が、命じるままに彼女は戦闘態勢を取る。
「……交渉、決裂」 「残念です……」
それを見て、クミノと美沙姫がそう呟く。それを見て、彼女の頭がわずかに軋む。
人気の無い夜の公園で対峙する3人の女。1人は少女、1人は女性、1人は人形。
徐々に張り詰めてゆく緊張の糸を感じて、誰かがごくりと唾を飲む。
そして……
「状況を、開始します」
意図せずして不意に自分の口から漏れた冷たい声が、限界まで張り詰めた緊張の糸を切って落とした。

◆捜索◆
6:05 p.m.
「ここが、昨晩起きた猟奇殺害事件の現場ですか……」
何か犯人の手掛かりになるものはないか……と、辺りを探し回ってみるが、どうやら目ぼしい物はすべて警察の鑑識が持ち去ったあとのようで、大して手掛かりらしい手掛かりは見つからない。
辛うじて目に付くのは、被害者の位置と状況を記録した白いチョークのラインと、そこを中心に広がるおびただしい血痕。昨晩ここで誰かが殺されたということの名残だけ。
蓮から事件の子細を聞いた後、事件の現場周辺で色々と探してみたのだが、結果はあまり芳しくなかった。
人間と見分けのつかない人形を当て所なく探してみても、昼間人口2000万を超えるこの東京でそれを見つけることなど出来る訳が無い。どんなに良く見える目、良く聞こえる耳を持っていても至難のワザ。
故に、美沙姫は物的証拠を探すことを諦め、ここに足を運んだ。現場に残る霊的証拠を押さえるために。
「……風よ、お願い」
胸中で犠牲者に黙祷を捧げた後、美沙姫はその作業に入る。
この現場周辺に漂う風の精霊。おそらくは事件を目撃していたであろう風の精霊たちに、その時なにがあったのか、事件の犯人はドコに逃げたのか、そしていまドコにいるのか。それを教えてくれと希う。
それは、万物ありとあらゆる物と交感し、意思を通じさせる事が出来る『使い人』篠原・美沙姫の能力であった。

―― 人形? ああ、それなら確かあっちの方で見たかなぁ
老いた風の精霊が、そう言って首を傾げる。
―― ボクも見たよ! ニンゲンの店から服を盗んでいったヤツだよね?
まだ歳若い無邪気な風の精霊が、その背格好を教えてくれた。
―― 昨日の晩ここでニンゲンの女を殺した人形? ああ、短い髪のアイツのこと?
噂好きの女の子の精霊が、色々なことを教えてくれた。
―― ツクリモノの瞳をしたヤツならアッチに行ったよ。間違いない。
気の弱そうな青年の精霊が、そう言って沈む太陽を指差した。

「ありがとうございます、みなさん」
集まってくれた精霊にぺこりと頭を下げてから、美沙姫は青年の精霊が教えてくれた方角へ向かって走り出す。走りながらも精霊たちに新たな情報が無いかを訊いて回る。
そうやって見出した情報は、間を置かず蓮へと報告し、もう1人の捜索者ササキビ・クミノと情報を共有。少しずつ捜索網を狭めてゆく。
広大な東京の街で人形1体を見つけることは確かに困難だ。だが、こうやって地道にやるべきことをやっていけば必ず見つかる。美沙姫はそう信じていた。

そして、数時間後。
標的(ターゲット)の発見を告げる電話のベルが、美沙姫の携帯を静かに鳴らした。

◆存在理由 / Raison D'etre◆
0:11 a.m.
クミノが両手に構えたハッシュパピーから9oパラベラムの嵐が人形に向かって撃ち出される。
―― チュイン、チュイン、チュイン……
しかし、そのすべては人形の身体に命中こそするものの、一弾足りとて明確なダメージを与えられず、その皮膚を滑るように弾かれて薄皮1枚を剥いで終わる。
「……ヤッパリこれじゃあ威力が足りない。けど!」
空になったマガジンを棄て、中空に『召喚』したマガジンを一瞬で再装填。スライドストップを引いて初弾を銃身に送り込む。
戦闘開始からもう何度繰り返したか分からないこの動作を、再びクミノは繰り返す。
いっそ大口径の拳銃や貫通力に優れた弾が使える銃器を『召喚』してやろうかとも思ったが、今度の仕事はあくまでも人形の捕獲であって破壊ではない。
9o程度じゃ足止めにしかならないと判っていながらも、クミノはそれを使い続けるしかなかった。

一方、
「くっ……まだ、まだ!」
件の人形と肉薄し近接戦闘を演じる美沙姫もまた苦戦を強いられていた。
―― サクッ
前面に展開した風の壁がまた1枚、人形の指を割って出てきた刃に切り裂かれ、霧散する。
体勢を立て直そうと風を足元に集め大きく跳躍、距離を取る。だが、
―― バチンッ!
そんな音とともに、人形の手首が突如不自然な方向に曲がり、前腕が二つに折れ……
「えっ!?」
中から現れたのは小型の榴弾投擲銃(カンプピストル)。その照準は既に美沙姫へ向けられている。
足に纏わせていた風を前面に展開。新たな風の壁を構築し撃ち出される榴弾の衝撃に備えるが……間に合わない!
(……いけない、やられる!)
刹那の間に死を覚悟し眼を瞑る美沙姫。
……しかし、予想した榴弾の衝撃はいつまで経ってもやってこない。
(どういうこと?)
一瞬の逡巡のあと、美沙姫は目を開き、そこで信じられないものを見た。
人形が、その長く美しい金色の髪を戦慄かせ、己の腕を掴んでいた。
その内部から銃身を露にし銃口を美沙姫に向けた左腕を、逆の右腕で押さえつけていた。

(どういうこと? あの人形にはアシモフコードなんて搭載されていないハズなのに)
眼前で繰り広げられるその光景に、クミノは我が目を疑った。
アシモフコード。いわゆるロボット3原則。
ロボットは人間に危害を加えてはならない。またその危機を看過してはいけない。
ロボットは人間から与えられた命令に絶対服従でなければならない。ただし上記1項に抵触する場合はその限りではない
ロボットは上記2項に反さない限り、自己を守らなければならない。
被造物に課せられた安全装置とも言うべきこの3つを組みこまれていないマノン・カーターの自動人形が、まるで自分の攻撃から美沙姫を守るような行動を取っている。いったい、どういうことなのか。
「……まさか!?」
クミノの脳裏をひとつの思考が駆け抜ける。
それは、確かに捕獲を依頼されてはいたが最終的には破壊も已む無し、そう考えていたクミノにとって、ある意味ひとつの賭けだった。
(……こいつは、自分で考え・自分で判断し・自分で行動する……それなら!)

―― 対象Bへの攻撃行動を承認・実行せよ。
頭の中で声が聞こえる。だけど『私』は……もうその命令には従えない。
昨夜の光景が頭の中で再生される。
腹を切られ、腕を切られ、頭を切られ、イタイイタイと泣き叫ぶ女性。それをただ黙って見ていた自分。
現実感なんてまるでない。夢の様に靄のかかった光景だけれど、それは確かにあった事実。
夢の中で、どうしてそんなことをするのか、と問う私に、彼は「それが僕らの存在理由だからさ」とこともなげにそう答えた。
夜が明けて、街の中を彷徨い歩いて、私はずっとずっと考え続けた。
この『私』の存在理由とはなんなのか。
私と同じカタチをした『人間』の存在理由は、生きて子を成し、種として繁栄する事だと誰かが言っていた。
ならば、人間ではない、人形作家マノン・カーターによって作られた自動人形である『私』の存在理由はドコにあるのだろう。
彼が言うように、人間を壊す事がそうなのか。でも、よく判らないけれど、それは違う、気がする。少なくとも『私』は、そんなコトはしたくない。
わからない。マノン・カーターは『私』を何のために作ったのだろう。『私』に何を望んだのだろう。
『人間』のように子を成すことの出来ない『私』は、いったい何をするべきなのだろう。

わたしはいったい、なんなのだろう。

◆夢見る人形◆
「自らが何者なのかを知るのはとても難しいこと。それを見出せずに死んでしまう人も沢山います」
思考がループし、メビウスの輪を構築してゆくなかで、彼女はその声を聞いた。
「けれど、それは他の誰か傷付けて理解することなんかじゃあ決してなくて、生きて、苦しんで、そこから学んで、知ることです」
そして、それが自分に向けられたものだと、自分が銃口を向けた女が叫んでいるのだと理解するのに、ほんの少しだけ時間がかかった。
女が立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かって来る。
―― 対象B接近。危険。速やかに戦闘行動を実行せよ!
頭の中で叫びたてる誰かの声。けれどその声に私の体が動くことはない。
何故なら、私はこの人からカケラほどの敵意も感じていないから。むしろ、真っ直ぐに私を見つめるその瞳を見ていると、柔らかで暖かい空気が胸の奥から沸いてくるような感じがする。
近づく彼女の後ろには、もう1人少女がいる。けど、その手に銃はもう握られていない。
そして……遂に彼女は私の目の前までやってくる。
「さ、それじゃあ帰りましょうか」
そう言って手を広げて、ゆっくり私を抱きすくめて……そこまでが、限界だった。

―― 起動レベル低下。自立活動停止。……睡眠状態へ移行。

◆エピローグ◆
「それじゃあ……この人形はこないだの事件とは無関係って事?」
アンティークショップ・レンの店内に充満する美沙姫お手製ミルククッキーのニオイに顔をしかめながら、クミノはソファーで眠る件の自動人形を指さして、そう尋ねる。
「まぁ、あながち無関係……ってワケでもないんだけどね。こいつがやったんじゃないってことは間違いないよ」
あのあと、眠るようにして活動を停止した人形をアンティークショップ・レンまで運んだクミノと美沙姫は、数日後、再び蓮に呼び出された。
なんでも人形の記憶領域を調査して事件の真相が分かったから、らしいのだが……。
「それじゃあ、この方は何で蓮さんのお店から逃げ出して、あんなところをブラブラしていたんです?」
「それがねぇ、サッパリ分かんないんだよ。外部から魔力を注いで起動命令を与えてやらないと動かないハズなんだけど」
美沙姫の質問に溜息をついて答える蓮。
それは実際には何も分かってないのと同じなんじゃないか、と思ったが口には出さず飲み込んだ。
「ま、今後はこういう事がないようにシッカリ調整しとくさ。色々と面倒かけてすまなかったね」
そう言って蓮はカラカラと笑う。
そんな蓮を見てクミノと美沙姫が呆れたような溜息をつく。
結局、日が暮れてアンティークショップ・レンを後にしても、クミノと美沙姫がそれに気が付くことはなかった。
大仰に声を上げて笑う蓮の心中に、不安という名の棘が刺さっていたことに。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:1166
 PC名 :ササキビ・クミノ
 性別 :女性
 年齢 :13歳
 職業 :殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

整理番号:4607
 PC名 :篠原・美沙姫
 性別 :女性
 年齢 :22歳
 職業 :宮小路家メイド長/『使い人』


■□■ ライターあとがき ■□■

 注1:この物語はフィクションであり実在する人物、物品、団体、施設等とは一切関係ありません。
 注2:作中に登場する9パラという弾はホントはもっと強力です。絶対に人に向けて撃ったしてはいけません。

 と、言うワケではじめまして、こんばんわ。或いはおはよう御座います、こんにちわ。
 この度は『自動人形は発条猫の夢を見るか?』への御参加、誠に有難う御座います。担当ライターのウメと申します。
 日本語って便利ですよね。とりあえず↑みたいに言っておけばオールオッケー無問題ですから。

 さて、アンティークショップ・レンから姿を消した自動人形を巡る物語、お楽しみ頂けましたでしょうか?
 案の定、シリアス・バトル系のシナリオは規定文字数(4000字)以内に収める事が出来ませんでした。
 エライ人は言いました、長いだけなら馬鹿でも書ける。どうやら私はまだまだ精進が足りないようです。

 さて、最後まで読んで頂かなくても分かると思いますが、このシナリオ、物語の時間軸をバラバラに配置してます。
 もう、なんて言うか読み難いことこの上ないですね。演出という名の自己満足は以後自粛します。
 更に、最後まで読んで頂かなくても分かると思いますが……ぶっちゃけて言うと、続きます。連作です。

 ……スイマセン、ゴメンナサイ、謝ります。石投げないで下さい。
 
 とりあえず、続編のオープニングは現在鋭意作成中。
 溜め込んでるゲームノベルの方が一段落したら発表できると思います。
 どんなシナリオになるかは……公開されてからのお楽しみ、って事で今しばらくお待ち下さい。

 それでは、今日はこの辺で。
 また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。