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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ちしゃのお嬢様の願いごと。


 自称何でも屋・吉良ハヅキが住まう『狭間』。
 吉良曰く『世界と世界の狭間』であるそこでは、常にどこかで入り口が開いては消え、消えては開いてを繰り返している。そしてごく稀に、狭間と世界が交じり合うことがある。

「ちょっと! 早く登ってきてよねー!」
「無茶言うな」
「無茶なんかじゃないわよぅ、だって王子様は登ってきてくれるんだから!」
「俺は王子じゃないから登らない」
「じゃあ誰が王子様なのよー!? ここまで来たのあんたが初めてなのにぃ!」
 高い高い塔があった。吉良が居住している区域から少しばかり離れたところに、石造りの塔が。
 入り口など見当たらないその塔の天辺に、眩いばかりの美貌の少女がいた。
 長い長い……常識外の長さの髪を三編みにして、地上に向けて垂らしている。
「もー! あんたが王子様じゃないって言うなら、王子様連れてきてよぅ」
「待ってりゃそのうち来るだろう。そう決まってるんだから」
「もう待つの飽きたの! …じゃあせめてここに登ってこられる人連れてきてよ。生身の人間と触れ合いたいのよあたし」
「……はいはい。仰せのままに、『ラプンツェル』」

◆ ◇ ◆

「……ここ、どこですかね…?」
 大きなシルクハットに大きな丸眼鏡、そしてやたらと下半身の露出が激しいステージ衣装を着た少女――柴樹紗枝は、眉尻を下げてそう呟いた。
 紗枝がいるのはなんだかよくわからない空間だった。異空間だとか亜空間だとか、そんな名前のついてそうな妙な空間。
 別に何をしていたわけではない。いつもの通りの一日を過ごしていただけのはずなのに、気づいたらここに居たのだ。
「…ちょうどいいところに迷子がいたな」
 突然響いた声に紗枝は驚く。咄嗟に声のした方を向いた紗枝の目に、やたらと白い男の姿が映った。
 白い肌、灰銀の髪、銀の瞳。…うわ、不健康そう、と紗枝は思った。
 男は紗枝の衣装に目を留めて、言う。
「マジシャンとサーカスの猛獣使いとSな女王様のどれだ?」
「……いちサーカス団員です」
 Sな女王様って何だろう。もしかしてそう見えるのだろうか、自分は。なんだかちょっとショックだ。
「ふぅん、なら他人を楽しませることくらいお手の物だな。…ちょっとばかり退屈を紛らわせてやってほしいヤツがいるんだが、頼めるか?」
「はい?」
 随分と唐突な話だ。一体何がどうだというのだろう。
「どうせこのままここに居たって元のところに帰る方法はわからないと思うが。ここがどこだかも知らないだろ?」
「…そう言うあなたはここがどこだか知っているんですか?」
 図星だったが、あえて肯定はしなかった。代わりに訊き返す。
 男は薄っぺらい笑みを浮かべて答えた。
「ここは『狭間』。世界と世界の狭間。どこにでもあり、どこにもない場所。あんたみたいにときどき迷い込むやつがいるんだよ。どうやって来たかもわからないから大概が途方に暮れてたりするけどな。……頼み聞いてくれれば、元のところに帰してやるって」
「いいですけど……退屈を紛らわせて欲しい人って?」
 問えば、男は苦笑して言った。
「世間知らずの囚われのお嬢ってとこかな」

  ◆

「ひゃあ〜随分高い塔ですね…」
 男曰くの『世間知らずの囚われのお嬢』が居るという塔を見上げて、紗枝は感心の声を漏らす。
 見上げるほど高い塔には入り口らしきものも階段らしきものもない。ただ天辺に窓のような四角い穴があるだけ。
 ここに来るまでに男――吉良ハヅキというらしい――に聞いたところによると、童話の『ラプンツェル』とよく似た――同一ではないらしい――世界における『ラプンツェル』が、塔には居るそうだ。
 彼女の『願い』のせいで本来交わるはずのないその世界が『狭間』とつながり、困っているのだと吉良は言った。
「ええと、まずはあそこまで登らないと…」
 少し考える。入り口も階段もないのだし、外壁から登っていくしかない。
「えいっ!」
 肌身離さずにいる鞭を、塔の頂上の装飾部分に巻きつかせる。明らかに元の長さの何倍も伸びている鞭に、見ていた吉良は心の中でつっこんだ。
 そんな吉良の真っ当なつっこみも露知らず、紗枝は鞭を伝ってするする上へと登っていく。
 3分の2ほど登った頃だろうか。唐突にカラスの大群が塔へと近づいてきた。
 それはもしものときのために『魔女』が用意していたトラップだったのだが――カラスは登り続けている紗枝を地に落とそうと襲いかかる。
 それに気づいた紗枝は、鞭を握っていた手を片方離し、カラスの群れへと向ける。
 するとそこから大量のシャボン玉が現れ、カラスの行く手を阻んだ。
 尚も進もうとシャボン玉を割ろうとしたカラスは、驚くべきことにシャボン玉に閉じ込められ、あえなく地へと墜落した。
 一部始終を見ていた吉良は、『既にサーカスの域超えてるだろ』と思ったという…。

  ◆

 さて、無事に塔の天辺――ラプンツェルが居る場所へと辿り着いた紗枝は、笑顔でラプンツェルへと自己紹介した。
「初めまして! 私は柴樹紗枝。サーカスの団員よ」
「あたしはラプンツェル。よろしくね、紗枝さん」
 フレンドリーに接したのが良かったのか、ラプンツェルは警戒することもなく、紗枝がショーの準備をするのを見ている。道具がどこから出てきたかは…企業秘密だ。
「イッツ、ショーターイムっ!」
 紗枝の凛とした声がショーの開始を告げる。
「それでは、この輪からホワイトタイガーの轟牙を出しまーす!」
 真剣に見ているラプンツェルを微笑ましく思いながら、大きな輪を床――自分の影の上に置く。
 実は紗枝の影の中に轟牙が居るのだ。
「ガオォォーッ!!」
 タイミングを合わせて轟牙が影から飛び出す。
 轟牙の大きさと哭き声に目を丸くしていたラプンツェルだったが、すぐに目をきらきらさせて声を上げる。
「すっごーい! どうなってるの? その子触ってもいい?!」
「もちろんいいわよ!」
 了承を示せば、ラプンツェルは嬉しそうに轟牙に駆け寄る。ぎこちない手つきで轟牙の背を撫でて、うっとりするラプンツェル。

 ラプンツェルの気が済んだところで、次の見世物へ。
「はいっ」
 紗枝の声にあわせて轟牙が跳躍、室内に設置した輪を綺麗に潜り抜ける。
 高さを変えたり、輪の数を増やしたりして何度か繰り返せば、その度にラプンツェルは興奮して手を叩いた。
 そしてその輪を使って、今度は轟牙と紗枝揃ってのフラフープ芸を披露する。
 紗枝はどんどんと輪を増やし、胴だけでなく腕や足など身体全体を使ってのフラフープだ。
 それを終えれば、続けて大きな玉を取り出し、それに轟牙が乗る――玉乗り芸だ。
 バランスをとる轟牙の姿が、身体の大きさに似合わずコミカルで可愛らしい。
 とても楽しそうなラプンツェルを見て、こっそりほっとする紗枝だった。

◆ ◇ ◆

「さあ、本日のラストは、ゲストをお招きしての瞬間移動マジック!」
 大仰に紗枝が示す先には轟牙と吉良の姿。
 「何で俺巻き込まれてるんだか」とでも言いたげな吉良を、紗枝は見なかったふりをした。
 お客様に存分に楽しんでもらうためなのだから仕方ない。
「こちらは種も仕掛けもない、ただの輪と黒い布を組み合わせたもの」
 言って、輪の周囲に布をつけたものをラプンツェルへと見せる。
「そしてこれを…」
 吉良と轟牙を輪の中に入らせ、自分は台座に乗ってゆっくりと輪を垂直に持ち上げる。
 黒い布によって彼らの姿は徐々に隠れ――。
「ワン、ツー、スリー!」
 ぱっと輪を掴んでいた手を離す。
 重力に従って地に落ちた輪の中には……何も、なかった。
 驚きに声もなく固まっていたラプンツェルは、ハッと我に返るなり力いっぱいの拍手を紗枝へと送る。
 その瞳の尊敬にも憧憬にも似た輝きに、紗枝は心の底から充実した気持ちを噛み締めたのだった――。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6788/柴樹・紗枝(シバキ・サエ)/女性/17歳/猛獣使い&奇術師?】

【6811/白虎・轟牙(びゃっこ・ごうが)/男性/7歳/猛獣使いのパートナー】


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■         ライター通信          ■
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 初めまして、白虎さま。ライターの遊月と申します。
 この度は「ちしゃのお嬢様の願いごと。」にご参加ありがとうございました。

 同時参加の方とは完全同一文章となっております。
 白虎さまはあまり前面に出ないような仕上がりとなりましたが…如何でしたでしょうか。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。