コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


Princess Coral

「……あれ?」
 型紙通りに切られた布、しつけ糸が通っている縫い針。
 洋服作りは神楽 琥姫(かぐら・こひめ)の趣味だったりする。色とりどりで織り方が変えられた布や、お洒落なレースなどを見ているだけでも幸せなのだが、それが組み合わさって一枚の洋服になったときの嬉しさはまた格別だ。
 だが、今の琥姫はしつけ針を持ったまま固まってしまっている。
「もしかしたら、パーツ足りない?」
 今日作っているのは、古いブラウスをリメイクした夏用のボレロ。
 薄い水色のレースっぽい生地で出来ていたブラウスに、大きめの衿やゆったりした袖を足し、留める位置も布を足して右肩に寄せるイメージ。ポイントは夏らしく黄色いリボンのアクセントだ。だが前身頃の長さを変えるために袖の布を使ったら、今度は袖の部分のパーツが足りないことに気が付いた。
 琥姫は最初から『これを作る』と決めて服のパーツを揃えているわけではなく、気に入った布やリボンがあったり、古い服を見てデザインがひらめくと、その場の感性で裁縫に入ることがある。なのでこういうことは珍しくもない。
「一旦休憩しようっと」
 ひとまず落ち着こう。
 左手につけている針刺しを取り、琥姫は生活スペースの方に向かい、冷蔵庫からトマトを出してかじる。こういうときに焦っても仕方がない。なら、トマトを食べて一旦固まった思考をリセットする方がいい。
「むーっ、袖は身頃よりも少し薄くてゆったりしたのがいいんだよね」
 ぴょんと軽く飛び乗るように、琥姫はソファーに座る。そこにはパンダのぬいぐるみが置いてあり、黒くくりっとした瞳に琥姫が映っている。一人でいると寂しいので、琥姫はぬいぐるみにアテレコしながら考えることが多い。
「ねえ、パンダはどう思う?」
 トマトを置いて、パンダを膝に乗せ、ぴこぴこと手を動かす。
『そうだねー、夏だからひらひらしたのがいいんじゃない?』
「そうだよねー。少し変則的な方が動きもあるし絶対可愛いよね」
 探せば他の服から袖のパーツは持ってこられるのだろうけど、やっぱり最初のイメージで仕上げたい。そして自分が思っているようなパーツは家にないわけで。
「よしっ、古着屋さん見てこようっと。完璧にイメージ固まってるから、変えたくないもん」
『琥姫ちゃん、ふぁいとー』
 パンダをまたソファーに座らせて、トマトを全部食べ。
 ぴょこんと立ち上がった琥姫は、小さなバッグに財布を入れて出かける準備をする。
「あ、これも持っていかなきゃね」
 小さなバッグとお揃いになっている少し大きめのバッグには、台所に置いてあるトマトを入れる。トマトが大好きなので、常日頃持ち歩いているぐらいだ。本当は冷蔵庫で冷やしたトマトを持って行きたいのだが、気温の違いで水滴がついてしまうので、持ち歩き用のトマトは常温だ。それはそれで自然な感じで美味しい。
「今日も留守番お願いね。行ってきまーす」
『琥姫ちゃん行ってらっしゃーい。気をつけてねー』

 琥姫が贔屓にしている店は、住んでいるアパートから割と近い場所にある。洋服だけではなく和服もあり、他にもボタンやアクセントになりそうな金具なども置いてあるので、服を作ったりリメイクするときはものすごく役に立つ。
「和服から、袖の部分作ってみるのも面白いかな?」
 ノースリーブのワンピースに、別の服の袖を利用したアームカバーをつけた服を着ている琥姫は、古着が置いてある所でしばらく立ち止まった。
 昔の着物は普通に着るには裾などが短い事が多いが、色や柄が綺麗なので洋服にリメイクするとよく映える。夏用の浴衣地なども経年変化でいい色合いだ。
 その時だった。
 琥姫の横で、同じように和服を見ている女性の服に目が行く。灰色の髪をツーテイルにして、それを結んでいるリボンは青い着物地。そして着ている服も青い朝顔柄の浴衣を、スカートにリメイクしていて、裾にはレースがつけられている。上に着ているぴったりとしたTシャツには、アクセントに日本手ぬぐいが使われていた。
「その服、自分で作ったんですか?」
 おしゃれな人を見ると、琥姫はつい声を掛けてしまう。それに気付いたように、女性はにこっと笑って琥姫を見た。
「うん、自分でリメイクしたの。その服もリメイクだよね、アームカバーにお花ついてて可愛い」
「ありがとうございます。あ、私、神楽 琥姫……琥姫ちゃんって呼んで下さい」
「琥姫ちゃんだね。私は珊瑚(さんご)って言うの。すぐ近くにあるショップで店員やってるんだ。私も珊瑚ちゃんでいいよ」
 普段よくここに来てはいるのだが、自分のように服をリメイクしたりしている人に会うことがなかったので、珊瑚に出会えたことがすごく嬉しい。話してみると歳も近いし、服のデザインやリメイクが好きだと言うところまで似ていて、何だか妙に盛り上がってしまう。
「古着ってちょっと穴とか開いてても、袖とかが綺麗だと、そのまま捨てたら勿体ないって思わない?別の服につけて使いたいとか」
 にこっと笑いながら話す珊瑚に、琥姫は何度も頷く。
「分かるー。服が可愛くて、生き返らせてあげたい!って。あー、珊瑚ちゃんに出会えてすごい嬉しい。トマトあげます」
「ありがとー」
 バッグからトマトを出して渡すと、珊瑚は嬉しそうに笑ってくれた。時々こうしてトマトを差し出すと、あからさまに引かれる事もあるのだが、珊瑚はそうではないようだ。
 この出会いを、何か記念にして残したい。
 たくさん人がいる東京の中で、こうして出会って友達になったのだから、その嬉しさや幸せな気持ちを、服にして閉じこめたい。
 古着が掛かっているハンガーなどを見ながら、琥姫は急にぴたっと立ち止まった。
「どうしたの、琥姫ちゃん?」
「あのっ、折角お友達になったから、記念にお揃いの服作らない?」
 二人は髪の長さや背格好も似ている。きっとお揃いの服を作って着たら楽しいし、もっと仲良くなれるだろう。すると珊瑚も嬉しそうに笑い、その場で軽くぴょんと跳ねた。
「面白そう!一緒にやろうよ。色違いでアンシンメトリーな感じの服とかどうかな?夏だから白使って。琥姫ちゃんはピンク似合いそうだよね」
 よかった。
 いつも一人で服を作っていたけど、誰かと一緒に作るのは初めてだ。早速色のイメージを固め始めている珊瑚に、琥姫も負けじとアイディアを出す。
「珊瑚ちゃんは若草色とかどう?服も、ちょっとストリート系入った感じで」
「じゃあ下は、ショートパンツとミニスカの対にしようよ。夏だから大胆に足見せちゃって」
 同じ趣味の人と話すのが、こんなに楽しいなんて。二人ははやる気持ちを抑えきれないように、バッグから手帳などを出してささっとデザインをし始めた。まずは形を決めてから、古着のリメイクをするか、それとも一から作るかを考えなければ。
「上は、白っぽいサマーセーターを短めにして、下からキャミとか覗かせて……」
「お揃いの帽子も作りたいね。キャスケットにリボンつけたい……あ、珊瑚ちゃんこれから暇ある?だったら、私のアトリエに来ない?そこで色々話そう」

 家で服を作っていることも多いが、服飾デザイナーとしても活躍する琥姫は『KOHIME』ブランドのアトリエを持っている。色々な服のデザインを書いたスケッチブックや、大きなトルソーなどは自宅に置くと手狭なので、こっちに置いてある。
「社長、こんにちはー」
 鍵を開けて入ったのに、琥姫はそう言いながら中へと入っていく。
 誰かいるのだろうか……そう思いながら珊瑚がついていくと、ミシン台の上に脱力系な顔をした、大きくて怪しげなクマのぬいぐるみが座っていた。たたっと琥姫がその後ろに回り、クマの右手をぴこぴこと挙げる。
『いらっしゃい、珊瑚ちゃーん。うちの社員の琥姫がお世話になります』
「あはっ、可愛いー。KOHIMEブランドの社長さんなんだ。よろしくね」
『こちらこそよろしくー』
 アトリエにぬいぐるみを置いているのも、一人だと寂しいからだ。いつもは社長と二人だが、今日は珊瑚がいる。それだけで、いつもよりアトリエが明るくなったような気がする。
 ひょこっと社長の後ろから顔を出した琥姫は、珊瑚に椅子を勧め、早速スケッチブックを取り出した。
「私が珊瑚ちゃんの服をデザインするから、珊瑚ちゃんは私の服をデザインしてね。服もお互いが作ったものを着よう」
 目の前に置かれる二冊のスケッチブック。珊瑚はそれを手に取ると、押さえるポイントを書き出し始めた。対にするのならポイントを押さえなければ、デザインがバラバラになってしまう。
「それでいいけど、まずポイントね。私が若草色と白を基調にしたショートパンツで、琥姫ちゃんはピンクと白を基調にしたミニスカでいい?」
「じゃあ短めの白のレギンス履こうかな」
 活動的な感じにするなら、スカートの下からレギンスが覗いてもいい。珊瑚はそれに頷き、他のポイントを決めていく。
「サマーセーターは、片袖だけ長いアンシンメトリーな感じで、裾は短めね」
「下に着るキャミとかも自分達で作ろうね。レースとかつけたいし……あっ、肩が結構開いてて、リボン覗かせてもいいかも」
「じゃあ、袖が短い方の肩にだけリボンかな……こんな感じで」
 相談しながら描かれていくデザイン画。それをすりあわせて行くのも、対の服を作る醍醐味だ。
 服だけじゃなくてアクセサリーや帽子、髪型。それら含めてのデザイン。
 長めのベルトとか、共布で作るレッグウォーマーなど、小物まで決めれば今度は一緒に買い物へ。
 それが嬉しくて、楽しくて、トマトを食べることも忘れて。
「今までも服作るの楽しかったけど、珊瑚ちゃんと一緒に服作るって、私すごいワクワクしてる」
 買い物に行く間にも気持ちははやる。溢れるような笑顔の琥姫を見て、珊瑚もつられて笑顔になってしまう。
「私もだよ。琥姫ちゃんと一緒に、対の服作るってだけで今から楽しみ。出来上がったら、一緒にそれ着て出かけようね」
「うん!」

 材料調達は順調だった。
 サマーセーターはお揃いの物が欲しかったので、イメージに合う物を探して何件も歩いた。途中で歩き疲れても、一緒にお茶をしたり、トマトを買ったりしながらだったので全然苦にならない。
「よし、これにしよっと」
 珊瑚が見つけてくれたサマーセーターに合うように、今度は琥姫が手芸専門店で布を探す。色だけではなく、服にしたときのシルエットや質感も大事だ。それを選んだら今度はリボンなどを買い、アトリエに戻ったら採寸をして型紙を作る。
「琥姫ちゃん細いねー」
「そう?もうちょっとお肉つけたいんだけど、なんか増えないの」
 それを聞いた珊瑚が、悪戯っぽく笑って社長にアテレコをした。
『トマトばかりじゃなくて、肉も食べなさい。社長命令です』
「た、食べてるもん」
『じゃあ、砂糖とか油飲みなさい。ぎゅっと』
「それは無理ー」
 賑やかで、楽しくて。
 二人は時間も忘れて、服作りに没頭する。話をしていればチャコペーパーで印付けをするのも、リメイクをするのもあっという間だ。
「ああーっ。もうずーっとこのまま服作ってたいな。ご飯食べる時間勿体ない」
 いとおしそうに縫い物をしていると、珊瑚がにこっと笑う。
「社長、あんな事言ってますよ」
『ちゃんとご飯も食べなさい。だからそんなに細いんです。社長ビーム出しますよ』
 予想外の言葉に、琥姫の手が止まった。
「えっ、ビーム出るの?」
『滅多に出さないけど』
 そう言われると、何だか出してもおかしくない気がする。ちゃんと食事はしよう……琥姫はそう思いながら、縫い物を再開し始めた。

 お互い学校や仕事があるので、連絡を取り合いながら家に持ち帰って服を作り、完成したのは出会ってから丁度一週間後のことだった。
「早速着替えよう!」
 珊瑚に言われ、琥姫も袖に手を通す。ミニスカートから繋がるレッグウォーマーや、右肩についている大きなピンクのリボン。珊瑚の肩に付いているリボンは左肩だ。
「キャスケットについてるリボンも可愛いー」
 今日は二人とも長い髪をスッキリとまとめている。お互い着た姿を鏡で見ると、何だか仲のいい双子のようだ。
 その出来上がりに満足すると、琥姫は嬉しそうに小さなタグを珊瑚に見せた。
「二人で作ったから、一緒のブランド名考えちゃった。二人の名前から『Princess Coral』って。タグも作ったんだけど、いいかな?」
 ピンクと若草色で作られたタグ。
 珊瑚はそれを両手で大事そうに受け取ると、満面の笑顔を琥姫に見せる。
「うわーっ、いいの?ありがとーっ。そうだ、これから私のお店に行こっか。『不思議の国の本屋さん』っていうんだけど、絵本だけじゃなくて、私のデザインした服も置いてあるの」
 それは良い考えかも知れない。
 古着屋で出会って、琥姫のアトリエに行って、最後は珊瑚のお店へ。
「うん、行きたい。この服着て最初に行くのが珊瑚ちゃんのお店ってなんかいいね」
「じゃ、れっつごー!あ、今度『珊瑚姫』って絵本作ろうかな。そしたら琥姫ちゃんに一番に見せるから」
「楽しみにしてるね」
 二人、対の服を着てアトリエを出る。
 ドアを出る前に振り返ると、社長が笑ってこう言ってくれているような気がした。
『行ってらっしゃい』

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
琥姫ちゃんが珊瑚ちゃんと出会って、一緒に服を作るお話ということで、こんな話を書かせていただきました。服を作るシーンより、デザインとかが中心な感じになってます。
社長のアテレコ希望でしたので、二人に色々喋らせました。いつも琥姫ちゃんがアテレコしているのは、一人だと寂しいからお喋りみたいに…と言うイメージです。ビームが出るかは謎です。
ブランド名も一緒に作るなら、いつものブランド名と違うかなと思い、『Princess Coral』という名前をつけてみました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。