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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜First〜】


(うう…と、届かない……)
 とある図書館の片隅で、樋口真帆は懸命に手を伸ばしていた。
 目当ての本を見つけたはいいが、その本が大分高いところにあったのだ。しかも手ごろな踏み台が見当たらない。仕方なく、もしかしたら届くかもしれないという一縷の希望に縋って懸命に手を伸ばしているのだが――あと少しのところで届かない。
 指先を幾度も泳がせるものの背表紙を掠めるのがせいぜいだ。とても引き抜けそうにない。
 しかし諦めきれず尚もつま先を伸ばしたそのとき。
「あっ…」
 真帆の背後から少々筋張った――男の手が伸び、真帆の取ろうとしていた本を引き抜いた。
 思わず声を上げて振り向けば、そこにいたのは――。
(うわぁ、美人……)
 金糸の如くさらさらと流れる金髪、透き通る宝石のような碧い瞳。
 思わず心の中で絶賛してしまうような、迫力の美貌をもつ青年がそこに居た。
 その青年は引き抜いた本を真帆に差し出してにこりと笑う。
「合ってる?」
「え?」
 唐突な言葉に目を瞬かせる真帆。青年はそんな真帆に再び問う。
「君、この本を取ろうとしてたんだよね?」
「あ、はい」
「じゃあ、どうぞ」
 半ば無意識に頷き、続く青年の言葉を聞いてやっと、真帆は彼が自分の代わりに本を取ってくれたのだと気づく。
「ありがとうございます!」
 慌てて頭を下げながら本を受け取る。青年はくす、と笑い声を漏らした。
「気にしないで。困ったときはお互い様だし、君があまりにも一生懸命だったから、つい…ね」
 そうして小さく肩を震わせて笑い出す。どうやら思い出し笑いのようだが、だとしたら笑われているのは先程の自分ということで。
 小さな声で笑い続ける青年に真帆は少しばかりむっとする。
 その変化に気づいたのだろう、青年は笑いを納めて口を開く。
「ああ、ごめん。どんな理由であれ、笑われるのはいい気分がしないよね」
 その通りなので無言で肯定する真帆。
 青年はふと真帆の手の中の本に視線を落とし、言った。
「それ、面白いよね」
「え、」
「その本。君も読んだことあるんでしょう?」
「……ありますけど」
 確かにこの本を読むのも借りるのも初めてではない。以前にも読んだことがあって、読み返したくなったから借りに来たのだ。…だが何故この青年がそれを。
「ふふ、ただの勘だよ」
 口に出していない疑問に返答されて驚く。
「なんで、…」
「そんなに驚くようなことじゃないと思うけどなぁ。見たところ君も何かしら能力を持っているみたいだし。ちょっとした読心術みたいなものだよ」
 青年の言うとおり、真帆は夢魔の血を引く「夢見の魔女」と呼ばれる家系の生まれであり、夢や幻を紡ぐ能力がある。それを悟られるような言動はしていないから、青年は能力者の判別のようなことが出来るのだろう。
「読心術…ですか」
「そう、読心術」
 にこにこと笑う青年は、詳しくを話す気はなさそうだった。別に聞きたいわけでもなかったけれど。
 なんとなく居心地が悪くなって、真帆は本に目を落とす。
 ハードカバーのそこそこ厚みがあるファンタジー小説だ。内容はハートフルというかなんというか、読後に胸があたたかくなるような類のものだが。
(……この人、こんな本読むんだ)
 似合うか似合わないかと訊かれたら似合わない気がする。イメージ的にはミステリー物を原書で読んでそうだ。
「僕、別に何でも読むよ? ミステリーでもファンタジーでもノンフィクションでも、実用書でも辞書でも童話でも官能小説でも暴露本でも」
「…活字中毒なんですか?」
 あまりにも統一性のないジャンルを挙げるものだから、真帆はついそう尋ねていた。
 というか官能小説を童話と並べて欲しくない。心情的に。
「どうかな、活字中毒なのかな。考えたことなかったけど、暇さえあれば読んでるし…そうなのかな?」
 小首をかしげる青年。訊かれたって真帆にわかるわけがない。
「ん、もうこんな時間だ。僕、ちょっとこれから用事あるから、これで失礼しようかな」
 館内の時計に目を走らせた青年はそう言って踵を返そうとし――途中で止めて真帆に楽しげな笑みを向けた。
「僕は――僕の名前は、ライル。覚えておいてくれると嬉しいな、樋口さん」
「え、なんで名前…」
 教えていないはずの名前を呼ばれ、驚いた真帆は思わず口を開いたが――全てを言い終える前にライルと名乗った青年の姿は消えていた。真帆の目の前で、文字通り空気に溶けるように消えたのだ。
(な、なんだったんだろう……)
 なんだか色々気になりながら、真帆は手にした本を借りる手続きをすべくカウンターへと向かったのだった。

◆ ◇ ◆

 数日後、同じ図書館で。
 先日借りた本を返却しに来た真帆は、そこで摩訶不思議な現象を見ることとなった。
 一人の人間が――全く別人に変わる、という現象を。
「えーと……」
 目をぱちくりとさせて、真帆は小首を傾げる。
(さっきまで、私の目の前にいたのってライルさん、だったよね…?)
 閉館間際の図書館で再び出会った彼が、見惚れるような笑みを浮かべて挨拶してきたのはつい先程のことだ。
 自分がそれに挨拶を返して、どうして名前を知っていたのか訊こうとして――言い終える前にライルが僅かに焦ったように『それはまた今度ね』と言ったのも覚えている。
 そして。
 一瞬前までライルが居たそこに、今は見知らぬ少女が立っていた。
 雪のように白い肌、肩を滑る白銀の髪。
 穏やかに細められた瞳は、紅玉の赤。
 ビスクドールを髣髴とさせる、整った容姿の少女がそこに居た。
 どこか困ったように自分を見るその少女に向かって真帆は一言。
「ライルさんって、実は女の子だったんですか?」
 その言葉に少女は目を丸くし、次いで苦笑した。
「いいえ、違います。……先程まではライルのものだった身体が、わたしのものに変化しただけです。ええと、…そうですね、わたしとライルは全くの別人ですから――身体の変化を伴う二重人格だと思っていただければ。厳密にはそうではないのですけれど、分かりやすく言えばそうなりますから」
(えっと、つまりこの子はライルさんじゃなくて全然別人なんだけど、ライルさんと表裏一体の存在だって……こと、かな?)
 言われたことを自分なりに咀嚼して結論を出す。とにかく目の前のこの少女がライルとは別人だということは確実のようだ。
 そしてまじまじと少女を見つめ――。
(可愛いなぁ……)
 しみじみと思った。
 否定の言葉が出ないほどの可愛さ、というのを初めて見た気がする。
 庇護欲をそそる、というのか、少女はどこか儚げな雰囲気を身に纏っている。
(こんな妹欲しいかも。……そうだ、せっかく会ったんだしお茶にでも誘ってみよう!)
 思い立ち、早速誘ってみることにする。
「私は樋口真帆です。あなたの名前は?」
「ナギ、です」
「ナギさん、ですね。あの、近くに喫茶店があるんですけど、一緒に行きませんか?」
「え?」
 真帆の提案に、ナギは虚をつかれたように目を丸くした。
「色々聞きたいこともありますし、ね?」
「あ、はい。そういうことでしたら……」
 そして、2人は喫茶店へと向かって歩き出したのだった。

◆ ◇ ◆

「ナギさんは甘いもの好きですか?」
「はい、好きですよ」
「じゃあ、シフォンケーキがオススメです。とっても美味しいんですよ」
「そうなんですか。じゃあそれにしますね」
 注文前にはそんな会話を交わし。
「ライルさんは色々な本を読むって仰ってましたけど、ナギさんは本とかって読みます?」
「はい、読みますよ。ライルほど手当り次第には読みませんけど…そうですね、ファンタジー小説などが好きです」
「あ、じゃあこの本って読んだことあります?」
 そんな感じに、世間話に終始した会話を交わすこととなったのだった。



 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生/見習い魔女】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、樋口様。ライターの遊月と申します。
 「D・A・N 〜First〜」にご参加くださりありがとうございました。お届けが遅れまして本当に申し訳ありません。

 ライルと、如何でしたでしょうか。
 夜メインなのに思った以上にライルが出張ってくれました。
 で、でも親密度はナギの方が上がってますから!

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。