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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・参 〜芒種〜◆



 死霊術師としての仕事のために雨の中屋外に出てきた千石霊祠は、見知った人物が雨の中たたずんでいるのを見つけて驚いた。
 鮮やかな赤い髪は雨に濡れ雫を滴らせている。一体いつからここにいたのだろう、全身余すところなく雨に打たれ、その整った顔は寒さのためか青ざめている。
「セキ……さん?」
 恐る恐る声をかけると、その人物――セキはゆっくりと霊祠を見た。
「こ、こんにちは」
 何を言うでもなくただ自分を見るセキに挨拶してみる。
「……こんにちは」
 小さく会釈しながら挨拶を返される。しかしその声はどこか力なく、霊祠は彼女が心配になった。
 一目見ていつもと違う様子なのは分かったが、それにしたって様子がおかしすぎる。それに、ずっとここにいたら体調を崩してしまうだろう。しかし子供の自分が大人であるセキに、無闇にあれこれ言うのは失礼だろうし無意味だろう。
 数秒考えた霊祠は、しばらく様子を見ることに決めた。
 霊祠がそこに留まってもセキは何も言わない。ただ一度ちらりと見たきり、少し離れたところにある何かの――かろうじて残されている形からすると、何らかの社のように見える――燃え朽ちた残骸を見つめている。その横顔がどこか泣きそうに見えて、霊祠は何故だか苦しくなった。
(何が、あったんだろう)
 霊祠は彼女について何も知らないに等しい。
 会うのだって偶然に頼るしかないし、彼女がしているらしい『封印解除』についてだって詳しくは知らない。それでもなんとなく、今彼女の様子がおかしいのは『封印解除』に関わることが原因だと直感した。
 けれどそれについて訊ねることはせず、まずは自分の用事を済ませることにする。
 ――聞こえてくる、声。それに耳を傾け、占う。
 過去、未来…様々なことを聞くことが出来るこれは、死霊術師の仕事のようなものである。
 しばらくそれに集中していると、ふとセキが口を開いた。
「……何を、しているのですか」
 普段の彼女であれば問いかけることなどなかっただろう。とはいえ霊祠だって彼女とは二度しか会ったことはないのだが、それでも彼女が常になく不安定であるということがこれで裏付けられたも同然だった。
「占いをしているんです。聞こえる声に耳を傾けることでできるんです。今日みたいな日には、よく聞こえるんですよ」
「そう、ですか」
「セキさんも聞いてみますか?」
 そう問えば、セキは一度ゆっくりと瞬きをして、どこか不思議そうに言った。
「…私でも、聞くことが出来るのですか」
「はい。少々手助けをさせて頂ければ、ですけど」
「――では、お願いしてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
 にっこりと笑って、霊祠はセキが声を聞くことが出来るように手助けする。声の内容は自分には聞くことが出来ないが、きっとセキも何か知りたいことがあるのだろう。
 数分後、ずっと硬い表情をしていたセキが、かすかに息を吐いた。
「……ありがとうございました」
「どういたしまして」
 先よりも張り詰めた感じのしなくなったセキに、霊祠は素直にほっとした。
 そしてもう大丈夫だろうと、勇気を出して話を切り出す。
「お仕事、大変ですか?」
「仕事……?」
 一瞬セキは何のことかというような表情をしたが、すぐにああ、と納得顔をする。
「解除のことですか。……大変、というわけではありません。アレは、そう難しいものではないですから」
 そういうセキの顔はしかし、何かを無理に抑えているような無表情だった。
 それについて何か言おうかと思った霊祠だったが、言葉が見つからず、結局最初から聞こうと思っていたことを訊ねた。
「あの、――『封印解除』って、何なんですか? 以前教えてもらったことがありますけど、どうしてもそれだけとは思えなくて…」
 その理由は、時折セキが見せる暗い瞳。何とも形容しがたい負の気配を纏う瞬間のセキは、霊祠が本能的に恐れを抱くほどだった。
「――知りたいのですか?」
 ぽつりとセキが言う。その目は鋭く霊祠を射抜き、言外に生半な覚悟で聞くことはならないと告げていた。
 その視線に無意識に息を呑んで、それでも霊祠はしっかりと頷いた。
「知りたいです」
「聞けば、後悔するかもしれませんよ」
「それでも、知りたいです」
「……いいでしょう」
 す、と目を細めて、セキは口を開く。
「封印解除とは、以前も言った通り儀式の下準備に当たります。『器』を整えるために、封印を解く――それが封印解除。『器』とは、『降ろし』を行うものを指します。そして封印解除を行うものが『封破士』。私は式家の内でも『朱夏』に縁深いので朱夏の封印解除を行っています。『器』も『封破士』も四季それぞれに存在します」
 そこで一度切ったセキは、あの暗い笑みを浮かべた。
「『朱夏』は四季のうちでも少々特殊で、本来なら『封破士』と『器』が二つ必要です。『朱夏』では双子でなければならないからです。だから私と私の兄が『器』になる予定でした。けれど私達はそれを認められず、当主に直談判し――特例として一人でも構わないとの許しを得たのです」
「………」
 霊祠はセキの話を聞き、無言で考える。
 『封破士』とはただ封印を解くものなのではないのだろうか。今のセキの話しぶりからすると、『封破士』になるのを拒んだようにも思えるが…。
 考え込む霊祠をよそにセキは淡々と話し続ける。
「私と兄さんはお互いだけが自分の存在理由でした。父も母も私たちを儀式のための『道具』として見ていた。もちろん、他の一族も。生まれた時から共にあった相手だけが、自分を人間として扱ってくれた。だからお互いを失くすことなんて了承できなかった。…そして私達はどちらかが『道具』でなくなるチャンスを得た。私は兄さんを自分と同じくらい――いえ、自分よりも大事に思っていたし、きっと兄さんもそうだった。『道具』でなくなる立場を、私も兄さんも相手に譲ろうとして――結果、私が『封破士』となったんです」
 語られた言葉に何を言うことも出来ない。何を言えばいいかわからないし、セキも反応を求めている感じではない。
 しばらくの沈黙の後、セキが口を開いた。
「…雨、あがりましたね」
 話を聞くのに必死になって気づいていなかったが、言われてみれば身体を打っていた雨を感じない。空を見上げればちらちらと青空も見える。
「ですが、そのままの格好でいれば風邪をひくことは明白です。いい加減、家に帰ったほうがいいと思いますが」
 自分よりも明らかに長く雨に打たれていた人物に言われたくはない。
 今にも「それでは」と言って去っていきそうなセキに、霊祠は慌てて言った。
「あのっ! お守り、今持ってますか?」
「? ええ、折角頂いたので」
 その言葉に霊祠は少し嬉しくなる。前回会ってからずっと持っていてくれたのなら渡したことも報われる。
「術をかけ直させてもらいたいんですけど」
 言えば、セキはどこか困った風に――そして自嘲するように笑った。
「いえ、それは必要ないでしょう。――多分、もうどんなに強力な術を使おうとも、私に動物を近づけることは出来ないでしょうから」
「え、」
「ですから、必要ありません」
 そうきっぱりと言ったセキに霊祠は二の句が告げない。
 この様子では、多分何を言ってもセキは術のかけ直しに首を縦に振らないだろう。
 術のかけ直しは早々に諦めて、ならば、と霊祠は気を取り直し言う。
「セキさんって携帯持ってましたよね? メールアドレス教えてもらえませんか?」
 言葉に、セキは数瞬考え込んだが、その後首肯した。
「別にそれくらいならば構いません。ただ、私はあまりメールなどは得手ではありませんが…」
「いいんです。ただ僕がセキさんと話したいだけですから」
 にっこりと笑う霊祠にセキは小さく苦笑しながら、どこからか取り出した紙にさらさらと文字を書き綴り霊祠に差し出す。
「ないとは思いますし、あって欲しくないとも思いますが――もしかしたら私の知り合いが貴方に接触することがあるかもしれません。そのときは必ず私に連絡してください。出来ればそのときすぐに。それが無理なら事後でも構いませんから。」
 真剣な顔で言うセキに思わずこくこくと頷きつつ、紙片を受け取る。
「それでは、私はこれで。――……今日は有難うございました」
 小さく最後に付け加えられた言葉に驚く霊祠。その間にセキは踵を返し、――消えた。音もなく、空気に溶けるように。
 驚きの上にさらに驚きが重なって霊祠は固まる。そういうことが出来る人がいるのは知っているし、やり方によってはきっと自分も出来るのだろうが、目の前で見たのには驚かざるを得なかった。
 少しして衝撃から立ち直った霊祠は、セキに別れの言葉を告げられなかったことを少々残念に思う。
 それはともかくとして。
 今日のことでセキのことを今までより知ることが出来たが、きっと彼女が霊祠に言っていないことはたくさんあるのだろう。『封印解除』についてだって、消化不良の感が否めない。
 セキのことをもっと知りたい、と霊祠は思う。同時に自分のことも知って欲しいと。
 彼女に対して憧れを抱いているのは確かだ。彼女にとって少しでも頼れる人物になりたいと思う。
 そうなれるのはいつの日か――まだまだ遠そうだな、と思いながらも、今日のことでセキとの距離が縮まったことを確信して、霊祠は少しだけ笑った。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7086/千石・霊祠(せんごく・れいし)/男性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、千石様。ライターの遊月です。
 『朱夏流転・参 〜芒種〜』にご参加くださりありがとうございました。
 またもお届けが大幅に遅れてしまいまして申し訳ありません。

 『謎』の表層に触れるノベルとなりましたがいかがでしたでしょうか。
 実はまだ伏せている真実があったりしますが、ダークな部分を除けば大部分を明かした状態です。
 後半表情とか結構出てきているので、大分気を許した感じだったりします。

 イメージと違う!などありましたら、リテイク等お気軽に。
 それでは、本当にありがとうございました。