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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆朱夏流転・参 〜芒種〜◆



 降りしきる雨の中、重要な用件で数件の遣いに出た篠原美沙姫は、それを無事に果たし屋敷へと帰るところだった。
 その途中、ふと見知った人物がこちらを向いて佇んでいるのを認め、驚いた。
(コウ、様……?)
 全身を雨に打たれ、寒さのためか青ざめながらも微動だにせずただ立っている。
 鮮やかな赤い髪からは雫が絶え間なく落ち、強く引き結ばれた唇は血色が悪い。
 いつもと様子が違っているのは、容易に分かった。
 美沙姫は逡巡した後、遠慮がちに声をかけた。
「…コウ様」
 声に、コウはゆっくりと顔を上げた。影になっていた目元が露わになり、美沙姫は小さく息を呑む。
(なんて、……)
 なんて空虚な瞳だろう。
 どこかうつろな瞳に美沙姫を映し、コウはかすれた声を漏らした。
「ああ……篠原さんか」
 その声も力なく、浮かべられた笑みも弱弱しいものだった。
 何があったのだろう、と美沙姫は思ったが、それよりもこの状態のコウをどうにかしたいと考える。
「あの、そのままではお身体を壊されます。どこか、せめて雨を凌げる場所に…」
「いい」
 言いさした美沙姫はしかし、遮るように告げられたコウの言葉に戸惑う。
「いいんだよ。……今は、こうでもしてねぇと、自己嫌悪でどうにかなりそうだ」
 自嘲するように笑んで、コウは呟く。
 どうあってもコウはここから動く気はないのだと悟って、美沙姫は数瞬迷った後、コウの傍に行って自らの傘に彼が入るようにした。
「……アンタが濡れるんじゃねぇの」
「構いません」
「…変わってんのな。俺なんかを気にかけるなんて」
「そんな、」
 自分を卑下するようなコウの言葉に美沙姫は反駁しかけたが、コウの横顔がどこか泣きそうに歪んでいるのを見て口をつぐんだ。
「今、俺すっげぇおかしいから。あんま関わらねぇほうがいいと思うけど」
 そういうコウはしかし、何かに迷っているように美沙姫には見えた。
「…どうかしたのですか?」
「――どうもしてねぇよ。ただ、ちょっとばかり自己嫌悪に陥ってるだけだ」
 吐き捨てるようにコウが言う。それが助けを求める叫びにも思えて、美沙姫は気づけば口を開いていた。
「その胸の内にあるものを何でも良いですからお話していただけませんか? 私でよろしければお伺いします。……お話し難い事は伏せられても良いですから」
 言葉に、コウは一度美沙姫を驚いたように見つめ――、ぽつりぽつりと話し始めた。
「自分がやってること、が。……たまに、すげェヤになるときがある。わかってるんだ。こうしなけりゃならねぇことも、それを選んだのが自分だってことも」
 苦しそうなコウをじっと見つめながら、美沙姫は無言で聞き続ける。
「俺と妹と――…どっちかだけ残ることができるって言われて、俺はアイツが助かる道を選んだ。残されるより、残すほうを選んだ。…それが、アイツにとってどんなに辛いことかなんて分かってた。けど、どうしても俺は、残される側に自分が立とうとは思わなかった。――ただの、エゴだ。我侭なのは分かってる。きっとアイツは悲しむ。俺を恨むかもしれない。それでも、」
 そこで一度言葉を切って、コウは小さく溜息をついた。
「…俺はアイツに生きて欲しい。――理を捻じ曲げる代償は大きい。無理に使うから、壊れてく。解除も降ろしも、もともとそういうものだ。本来なら2人のところを1人にしてるだけでも随分な無茶だしな」
「『降ろし』…?」
 口を挟むまいと思っていた美沙姫だったが、知らない言葉が出てきてほとんど無意識に反芻する。
 コウは、悲しげに笑って答えた。
「『降ろし』は儀式だ。解除によって整えた『器』に魂を降ろす儀式。『封印解除』は魂を引き寄せて留める力を器に満たすために行われる。――『封印』ってのは、ヒトとしてのリミッターのことでもあるんだよ。『器』のヒトとしての部分を壊してくのが、俺の……『封破士』の役割だ」
 『壊す』――その言葉を口にするコウは、何かを諦めたようだった。自分の力ではどうにもならない事象に、抗うことが無駄だと悟ったような。
「俺らの一族――式家の当主は、ただ寂しさに耐え切れなかった。置いていかれたことに耐えられなかった。だから留めた。――その気持ちは、俺にだって分かるさ。…けど、その犠牲になるのが俺と俺の大事な奴なら話は別だ。何をどうしたって、失うのは嫌だった。『道具』であることは最初から決まってた。それを覆すことができるならなんだってやる。……それが例え、どんなに最低な事だって」
 強い決意の閃く瞳には、悲しみが垣間見える。美沙姫は迷った後、口を開いた。
「コウ様が決められたことならば、お止めすることは出来ませんけれど……、ご自分を、蔑ろにはなさらないで下さい」
 コウが守ろうとするものの中に、コウ自身はない――そう感じ取ったからこそ、美沙姫はそう言った。
 美沙姫の言葉に瞬いたコウは、目を伏せ、口元だけで笑った。
「それは、無理だ。……でも、気持ちは嬉しかった。ありがとな」
 満面の笑みを美沙姫に向けて、コウは言った。
 それに悲しい気持ちになりながらも、恐らく自分が何を言おうとそれを覆すことは出来ないのだろうと悟った美沙姫は、ぎこちなく微笑みを返したのだった。

 
 コウはそれ以上何も言わず、しばらくして美沙姫に帰りを促した。
 屋敷まで美沙姫を送り届けると言ったコウに、美沙姫は早く家に帰って身体を温めたほうがいいと告げたのだが、結局送ってもらってしまった。コウが頑として譲らなかったのだ。
 本人いわく、『かっこ悪いとこばっか見られてるから、これくらいさせてくれ』らしいのだが。
 それはともかく、帰途でのコウは随分とすっきりした表情で、美沙姫はほっと息を吐いた。
 自分に話したことで、彼が内に抱える迷いや苦しみを和らげることが出来たのならいいけれど。
「送っていただいて、どうもありがとうございました」
「や、礼を言うのはこっちの方だって。話聞いてもらえて、結構すっきりした」
「お役に立てたのなら良かったです。それでは…」
「ああ、それじゃな」
 別れを告げて、踵を返す。門扉に一歩近づいた美沙姫の背に、小さな声がかかる。
「ホント、ありがとな。――美沙姫さん」
(……え?)
 驚きに振り向くも、すでにコウの姿はなく。
(名前……)
 これまで一度だって名前で呼ばれたことはなかった。けれど、コウは確かに『美沙姫さん』と呼んだ。
(少しは、気を許してもらえたのでしょうか……)
 頬に熱が集まる。自然と緩む口元を押さえながら、美沙姫は屋敷の中へと入っていった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4607/篠原・美沙姫(ささはら・みさき)/女性/22歳/宮小路家メイド長/『使い人』】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、篠原さま。ライターの遊月です。
 『朱夏流転・参 〜芒種〜』にご参加くださりありがとうございました。
 またもお届けが大幅に遅れてしまいまして申し訳ありません。

 なんというか、コウが好き勝手に喋っているので分かり辛いことこの上ないですね…。
 『謎』の大部分は明かされているのですが…もう少し分かりやすく喋ろうよ、コウ。
 親密度は着々と上昇中です。ご要望のありました名前呼びも可能になりましたので、最後だけですが『美沙姫さん』に。もっと親密度が上がれば呼び捨てになる可能性も無きにしも非ずです。

 イメージと違う!などありましたら、リテイク等お気軽に。
 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、本当にありがとうございました。