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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

「ここですわね…」
 とある廃工場の一角で、その場には不釣合いな装いの少女が呟いた。
 薄藍の紬に更紗の帯。
 季節に合わせた和の装いは、織りの着物という地味な色柄であるにも関わらず、きものと帯の調和が主の持つ凛々しさを纏うことで彼女を、――天薙撫子を鮮やかに咲かせていた。
 周囲を探るように行き来する動きは指先までたおやかで、こどものような無邪気さを失くさない顔立ちからは穏やかさが消えることもない。
 どう見てもこの場には似つかわしくない清楚可憐な美少女。
 だが彼女自身には、この場に留まる理由がある。
「…なんて禍々しい気配でしょう」
 一点に視線を固定して、初めてその表情が曇った。
 何の力も持たない人々にとっては、どこにでもある寂れた土地だ。
 しかし退魔の名門『天薙』の血統であり、その後継者と目される彼女の瞳には、この世に在ってはならないものが、いまこの瞬間にも集まって来ているのが見て取れた。
「これでは人間も消えてしまいますわ…」
 撫子が此処を訪れたのは天薙を頼った祖父への依頼があったからだ。
 近頃この周辺では行方不明者が続出しており、車が二つに裂かれる、アスファルトの道路が地下から突き上げられて破壊されるなど、とても人為的なものとは思えない異常な現象が幾つも報告されていた。
 このままでは遠からず犠牲者も出るだろうと天薙を訪ねた依頼人は血の気の無い表情で語ったが、彼女にしてみれば今まで死人が出なかったことの方が信じ難い。
 それほど此処は酷い状態だった。
「一刻も早く祓わなければ…」
 そう結論を出した撫子は、辺りを見渡し最良の位置を選ぶ。
 東西南北、五行八卦。
 吹く風、射す陽、生じる影。
 万物の流れに添うその場所で気を集中し、創造するのは人払いの結界だ。
 いくら寂れた工場跡とはいえ、その外観は常に人の目に触れている。
 これから起きる異変が道行く人々の興味を引き、何も知らずに入り込んでしまったがために悪しき物の犠牲にしてしまう恐れもある。
 それを回避するための術は、解かれるまでの一部始終を誰の記憶にも残さないだろう。
 静まり返った空間は、まるで大気すら眠らせてしまったかのごとく沈黙する。
「――それでは始めましょう」
 この場に残ったのは自分一人。
 気を引き締めるべく呟いた言葉は自らへの鼓舞であり、応える者など在るはずがなかった。
 しかし足音が響く、それも複数。
 少なからず驚いて振り返った撫子が目にしたのは、二人の青年の姿だった。


 ***


「こんにちは」
 最初に口を切ったのは栗色の髪の青年だった。
 日本人と言われればそうだが、どことなく異国の雰囲気も感じられるのは立ち居振る舞いが欧州貴族を思わせるからだろう。
 優雅に一礼して微笑む、そういった動作の一つ一つが、撫子が普段接している同年代の異性に比べると洗練され過ぎているのだ。
「僕は緑光(みどり・ひかる)と言い、彼は影見河夕(かげみ・かわゆ)と言います」
 そうして紹介されたのは艶めいた黒髪に、全てを見透かすような瞳をした青年。
 撫子の目は彼等が能力者であることを瞬時に見抜いたけれど、影見河夕という名の彼には別の何かを感じる。――だが、悪しきものではない。
「早速で恐縮なのですが、この結界は貴女が張られたのでしょうか」
「ええ」
 彼等もまた自分にそういった能力がある事に気付いていると察した撫子は素直に応じる。
「わたくしは天薙撫子と申します」
「撫子さん、ですか。貴女にお似合いの素敵な御名ですね」
「天薙…?」
 その名を笑顔で讃える光とは対照的に、河夕は驚いた顔で彼女を見遣る。
「まさか退魔で名の知れた天薙の血縁か」
 これには撫子も目を瞬かせた。
「祖父をご存知ですの?」
「あぁ…いや、地球の退魔師は一通り知っているが面識はない…しかし天薙とは…驚いたな」
「ご高名な方なのですか」
「世界でも屈指の術者だと聞いている…、こんな時でもなければ手合わせ願いたいところだが」
「手合わせ、ですか」
「天薙の直系であれば剣の腕は相当だろう」
 妙に揚々とした表情で語る河夕に、光は息を吐いた。
「手合わせとはいえ、女性と刃を交えるのは感心しませんね」
「実力者に男も女も関係あるか」
「…剣技に関して目の色を変えるところは、先代にそっくりですよ河夕さん」
「放っとけ、親子で似て何が悪い」
 言い合う二人に、撫子は微笑う。
 この地上を「地球」と表現した青年達は、能力者。
 恐らくそういうことなのだろうと察して口を切る。
「祖父は地球を離れても高名な術者なのですね」
「ああ。先代が剣技に目がなかったせいもあるが…」
 言いかけて、河夕もそれに気づき言葉を途切らせた。
 光と顔を見合わせ、――そうして肩を竦めて笑った。
「俺達は闇狩(やみがり)と呼ばれる一族の狩人だ」
「ある種の魔物を追って東京に来たのですが、この土地の特殊な環境に惑わされてしまい、少々困っています。もし宜しければ僕達を助けて頂けませんか」
 そうして向けられる言葉に嘘はないと判るから、撫子は「もちろんです」と快く彼等の申し出を受け入れた。


 ***


 狩人の説明によれば、彼らが追ってきたのは黒い靄状を基本とする魔物だという。
 これは負の感情を多く抱えた人間に取り憑いて肉体を己が物とし、肥大する負の感情を糧とすることで力を増し、筆舌に尽くし難い悪事を繰り返す。
 憑かれた人間は、負の領域とはいえ心を喰われるのだから長く正気を保てるはずもなく、いつしか肉体の中で魂が死に、そうなれば肉体が滅びるのも時間の問題。
 魔物は器を変えるべく靄状に戻り、負の感情を持った新たな人間を捜し求めるのだ。
「それが僕達が狩って来た従来の魔物なのですが、この東京に潜んだ魔物は、どうやら形を変えてしまったようなのです。普段であれば容易に見つけ出せるはずの気配が感じられない、なのに魔物が関わっていると思われる異変は頻発する、…この近辺も失踪者が続出していると聞いて訪れましたが、貴女が結界を張ってくれなければ気付かずに通り過ぎていたでしょう」
 人払いに張った結界が、奇しくも彼らの気を引いたというわけだ。
 撫子は納得する。
 彼等の困惑の理由も判る気がした。
「国際化の影響もあってか、日本古来からの妖や物の怪といった存在以外にも様々なものが生じています。お二人が追って来られた魔物のように流れつくものも多く、そういった存在が多分に影響しているのでしょう」
「そのようですね」
「此処に潜んだ魔物は、一体何と融合したんだかな…」
 そうして見据える先には禍々しい異物の気配。
 姿は見えず、正体もまだ不明のままだが、それをこのまま放置しておいてはならないという点で彼等の意見は一致していた。
「まずは、わたくしが浄化陣で辺り一体を浄化してみますわ」
「待て」
 自ら進み出た撫子を河夕が制する。
 だがそれは止めるためではなく。
「俺達が追う魔物には地球上で認知されている神の力は一切通じない」
 神力だけでなく、陰陽の理も、呪術の類も。
 地上にあるもので滅せる敵ならば彼ら一族の誕生はなかった。
「闇の魔物を脅かすものは俺達の始祖に通じる力のみ。…これを利き腕にはめろ」
 そうして手渡されたのは白銀の輝きを放つ直径十五センチくらいのリングだ。
 特に目立った装飾のない単調な輪なのだが、不思議な魅力を感じさせる。
「手首に通せば丁度良いサイズに変化しますから剣技に支障が出る心配もありません」
「それをはめた手で術を放てば狩人の力が宿る」
「解りましたわ」
 言われた通り、腕にリングをはめた撫子は彼等から距離を取り、ゆっくりと気を集中させていく。
 大気さえ息を潜める人払いの結界の中に、朗々と響くは巫女の呪。
 応えるのは万物に宿りし精霊達。
 彼女のまじないは、ともすれば風の詩のように彼らを包み、いつくしむ。
 そうして一瞬の静寂、力の流出。
「……っ」
 彼女の足元から広がる浄化の光りは地面に波打ち駆け抜ける。
 直後。
「出た!」
 空に、黒い塊。
 雨雲のように結界上空を覆いつくした魔物は、暗黒の牙を剥いて彼等に襲い掛かる――!

 キイイィィィィッ…ィィィイイァアア……!

 甲高い雄叫びが静寂を裂き。
 狩人は大地を蹴る。
 その手には日本刀を模した力の具現。
 河夕には白銀、光には深緑の輝きを纏うそれが狩人の唯一の武器だった。
 まるで宙に階段を見るように駆け上がる二人は左右に分かれ、描かれる弧は的確に魔物を追い詰めていく。
 最中、魔物は狩人ではない撫子の存在に気付いた。
「…!」
 欠片が彼女に猛進する。
「撫子さん!」
 光が彼女を案じて声を上げた、しかし倒れたのは、魔物。
「――見事だな」
 河夕の感嘆の声。
 砂と化し消えていく靄から落ちて大地に音を立て転がったのは妖斬鋼糸。
 撫子が操る神鉄製の鋼糸だった。


 ***


「これで失踪者の方は全員無事に保護されますわ」
 魔物の隠れていた建物の中を捜索し、失踪したと言われていた人々を発見した彼等は全員が辛うじて生きていたことにまず安堵し、次いで光が救急車を呼んだ。
 撫子は結界を解き、警察が来るまでその場に留まっては面倒なことになるという河夕の判断で早々に廃工場を後にしていた。
「それにしても不愉快だな…」
「まったくです」
 通常であれば負の感情に支配されて体を得る魔物は、しかし今回、靄状のままで彼等を襲ってきた。
 人に憑くことはなく、その代わりに糧とする感情を持つ人間を多く集め、少しずつ吸収していたのだろう。
 狩人に見つからないよう計画的に犯行を進めているように思えるのは、気のせいか。
「魔物がものを考えるようになると、些か厄介ですね」
「あんなふうに潜んでいられては狩るのも一苦労だ。…その点、今回はあんたに助けられた」
「最後の一撃もお見事でした」
「今度は是非とも剣技を拝ませてもらいたいもんだが」
「また貴方は…」
 光が呆れ、河夕は「放っとけ」と彼を睨む。
 そんな二人に撫子は笑った。
「そうですわ、これをお返ししなければ…」
 自分の手首に光るリングに気付き、外そうとした撫子だったが、それを河夕が制する。
「いい。天薙ほどの名門だ、これからも連中関連の依頼が来ないとも限らない。もしこの世の力が及ばない敵に会う事があれば試しに使ってみろ」
「では、お言葉に甘えて」
 スッ…と一礼し微笑む姿は、まるで御伽噺の天女のように清廉としており、狩人達は舞を見ている気分になる。
 退魔の名門に連なる者であり、計り知れない能力を所持しながら、外観はそれを欠片も感じさせない大和撫子。
 そのアンバランスさは魔都における新たな不思議の一つとして狩人達の記憶に刻まれるだろう。
「お困りの事が有りましたらいつでもお越し下さいませ。お手伝い致します」
「ああ」
「ありがとうございます」

 夕焼け広がる不夜城の空。
 それが東京の地に降り立った狩人と、天薙撫子の出逢いの刻――。




 ―了―


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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・0238 / 天薙撫子様 / 女性 / 18歳 / 大学生(巫女):天位覚醒者 /

【ライター通信】
初めまして、この度は当方のシナリオにご参加くださりありがとうございました。
ライターの月原みなみです。
狩人達との出逢いは如何でしたでしょうか。撫子さんのように清楚可憐な女性と接するのは彼等にとってひどく珍しいことでしたので、会話が脱線しそうになることもしばしば。たいへん貴重かつありがたい縁を結んで頂けました。

リテイク等ありましたら何なりとお申し出下さい。
また、次の機会がございましたら気軽に声をお掛け下さいませ。

再びお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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