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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


やみがたり



「簡単な話ですぅ」
 暗闇の中、ステラは言う。
「ここに集まってくださった方の顔、見えませんけどね」
 そう。完全に闇だけだ。彼女の顔とて、見えない。彼女の持つ、怪しげな青緑の炎を灯した蝋燭だけだ、見えるのは。
 彼女は「うー」と唸る。
「察しがついていると思いますが、えっとぉ……まぁその、わたしの買った通販の品物がですね、壊れて暴走しちゃってですね……。
 うあっ! えっと、叱らないでくださいぃ! あと、巻き込むなって怒鳴るのは……っ!
 いえ、実はですね、この道具……面白そうだな〜って買ったら、手がつるっと……つるっと滑ってですね、床に落っこちちゃって発動しちゃったわけです。
 で、集まってくださった皆さんは……無差別に集められたってわけで……。す、すみません……。
 どうすれば元の場所に戻れるかは、わかってますから安心してください!
 これ、『やみがたり』なる品物でして、日本で言う、百物語の道具なんです。いや、ちょっとしたゲーム感覚で使うというか……。
 一人ずつこうして手に蝋燭を持ってますよね? 怖い話を皆さんに聞かせて、全員話し終わったら戻れるってことです。簡単でしょ?」

***

 ぼう、と薄い明かりだけが部屋に浮かんでいる。それは蝋燭の光だ。
「えーっと……じゃ、順番に始めましょうか」
 ステラの声を合図に、部屋の一番隅に居る者から話し始めた。
「えっと、怖い話って、なんでもいいわけ?」
「はいですぅ。あれ、その声はもしかしてカヅキさんですかぁ?」
「そういうことはまぁいいじゃん。
 ボク、そもそも『怖い』って思ったことあんまりないんだけど……」
「他の人が『怖い』と感じた話でもいいですよ?」
「他の人ねぇ……。あぁ、えっと、じゃあこんなのどう?」



 暗闇の中、初瀬日和は自身の体を縮こまらせ、片手に蝋燭の立った燭台のようなものを持っている。
 なぜ自分がこんなところに居るのか、彼女は理解できていない。
 ただこの部屋の中には何人か、もしくは何十人か、人が居て、全員が蝋燭を持っているようだ。だが人の気配はあるものの、全く見えない。目を凝らそうとも、蝋燭の明かりだけしか見えないのだ。まるで、ここには本当は誰も居ないようだった。
「弟が欲しいと願ってから、その願いが叶えられた人がいたの。彼は勿論喜んだ。これで自分も兄になれる。けれど問題があったの。
 弟は生まれた時から病弱だったの。生きることができるかできないか、本当にわからないくらいに。
 兄は弟のいる病院にお見舞いによく行っていたの。早く治れ、早くよくなれ、って。
 ある日、うとうとして寝てしまった兄は、夜中に目覚めた。なんで誰も起こしてくれなかったんだと思いながら顔をあげると……」
 何人目かが話している。日和は周囲を見回したが、誰が喋っているのかわからない。少なくとも、この声は知り合いのものではないだろう。
「目を覚ましていた幼い弟と目が合ったの……。弟は小さく言った。その声は小さいけれど、兄にははっきり聞こえたの。
 ねえ、早く死んでよ。ボク、お兄ちゃんの分身だよ。だから、お兄ちゃんが居る限り、生きられないの」
 話し終えた途端、蝋燭の明かりが一つ消えた。話していた人物の気配もなくなってしまう。
 日和の心臓はどきどきと鳴っている。何を話そう。
 そもそも話した人物が消えてしまうならば、最後は一人ぼっちで話さねばならないということだ。一人ぼっちで話すのは嫌だ。なるべく早く順番がきてほしい。
 一つずつ消えていく蝋燭。
 話される怖い話。
 聞いている日和がどきりとするようなものや、ギクッとするような話もある。
「部活帰りにさ、えっと、梅雨だっけ? とにかく雨がよく降ってた時だって聞いた。
 そいつさ、かたつむりを見つけたら必ず踏んでたらしいんだ。足で、靴の裏で、パキッと音がした後も、全体重を乗せて。
 そんなことを何回も繰り返していたある日、雨の中を、傘を差してる女が立っていたんだって。
 女はすげー美人で、そいつを見てにっこり微笑んだ」
 明るい口調で話してはいるが、かたつむりを踏み潰すと聞いただけで日和は気持ち悪くなってきている。だが彼は話し続けていた。
「毎日元気ですね、って彼女は話し掛けてきた。あんまり美人なもんだから、そいつのぼせちゃって、真っ赤になっちまったんだ。
 それからその女は、雨が降る日に必ず同じ場所に立っていて、そいつに話し掛けてきた。そいつも単純なヤツだったから、俺に気があんのかな、と思っちゃった。で、それを訊いたんだよ」
 ね、お姉さん俺のこと好きなの?
「冗談で言った言葉に女は頷いた。それから交際が始まって、そいつは大学に進んだ。彼女との付き合いも長くなっていったが、彼女は雨の日にしか会おうとしなかったし、彼女の家は遠くて遊びに行くこともできなかったらしい。
 彼女は入院していて、晴れた日は体調が悪くなるそうだ。見舞いに行くと言ったそいつの言葉を彼女は断った。治療している自分を見られたくない、と。
 そのまま付き合いは続き、大学二年か三年の時、そいつはまぁ、男女の関係に進展させたくてホテルに彼女を誘ったんだ。彼女はすんなり了解してくれて、そいつは有頂天。
 ホテルに入ってさあこれから、って時に、バスタオル一枚の彼女は言った。
 ねえ、あなた、いつもかたつむりを踏んでたわよね、と」
 思わず日和はびくっと体を反応させる。
「ベッドの上にいたそいつは『それが?』と応えた。彼女は薄く笑った。
 嫌いなの?
 ああ、嫌いだね。あんなウネウネと生きてるもの。鬱陶しい。
 ……そう。
 会話はそれだけだった。
 そして明くる日の朝、目覚めたそいつは驚いた。自分の横に眠っているのは美人の彼女ではなく――人間くらいの大きなカタツムリだったんだ。うねうねと動くカタツムリは、全身をそいつに絡ませていた。
 ねえ、嫌いなんでしょ? でも、こうして愛し合ったんだし、一緒に住みましょうよ、あたしの貝の中で」
 想像して日和は青ざめてしまう。朝起きて横にそんなものがいたら怖い。あまり気にしない人は笑い飛ばすかもしれないが、好きな人がいきなりそんな姿になっていたらビックリだろう。……びっくりで済めばいいが。
「そいつは悲鳴をあげた。
 ホテルの従業員が何事かと駆けつけた時には、そいつの姿もカタツムリの姿もなかった。ベッドはぬめぬめとしてたらしいけど、さ」
 蝋燭の火が一つ、また消えた。
 日和は口元をおさえる。背筋がゾクッとするというよりは、生理的嫌悪を感じさせる話だ。
 ゆらり、と自分の蝋燭の炎が揺れた。あ、と思う。もしかして、私の番?
 誰も話し出さないところを見ると、自分の順番が回ってきたようだ。
 日和は緊張したまま話し始める。誰にも顔が見られないのは、ある意味良かったのかもしれない。
「小さい頃に、必ず前を通ると犬に追いかけられる家があったんです」
 それは日和の体験をもとにしている話だった。
「あまりにも毎回追いかけられて、怖い思いをさせられたので、もういつの頃かその家の前を通らなくなっていたんです。
 けれどある日、急いでいて、うっかりその家の前を通ってしまったことがあったんです」
 忘れもしない、あの日の出来事。
 日和は自分の持つ蝋燭の炎を見つめた。ゆらゆらと揺れるそれは、遠い過去を映しているかのようだ。
「案の定というか、あの犬に追いかけられました。怖くて、走って逃げようとしたら足がもつれて転んでしまって……」
 転倒した日和は膝を擦りむいてしまったのだ。痛みと恐怖であの時の自分は完全に硬直してしまっていた。
 誰も助けてくれる人がいない。転んだ日和の周囲には、誰もいなかったのだ。
 日和は視線を伏せた。
「ああもうダメだ、って思いました。本当に。
 その時、見たこともない別の犬が間に入ってその犬を追い払ってくれたんです。私は怖くて、きちんとその時の光景を憶えていません。
 でもその後、助けてくれた犬のことが気になって、その家の周りで話を聞いてみたんです。そんな犬はいない、知らない、と……みんなから言われました」
 幼い自分の目から見た大きな大人たち。彼らは困惑した顔で「知らない」と首を横に振った。
 たまに近くを通った日に、それとなく探してみたが、あの犬は見つからなかった。もう、遠い昔のこと。
「結局そのままだったので、私も忘れてしまっていたんです。
 つい最近、しまい込んでいた、小さい頃のものを整理していた時、ある人形を見つけたんです。それは幼い頃に一番のお気に入りだった犬のぬいぐるみ。
 でも不思議だったんです。そのぬいぐるみ、一度も外に持ち出したことがなかったのに、なぜか泥まみれで、犬にかまれたみたいにぼろぼろになってました」
 犬に襲われた時、助けてくれた犬はもしかして……。
 そう思う日和には、明確な答えはわからなかった。
「……怖いような、安堵したような思い出です……」
 そう言って日和は締めくくった。自分の蝋燭が消える。
 はっ、とした時は自分の部屋の中だった。驚いて座っていたベッドから立ち上がって部屋の中を見回す。
「今のは……夢、でしょうか?」
 窓の外は晴れやかな青空が広がっている。もしかして、いつの間にかうとうとしてしまったのだろうか?



「最後は、やっぱり」
 と、ステラは小さく呟く。
 部屋の中にはもう彼女一人しか残っていない。
 元はといえば彼女が起こしたことだ。始末をつけるのはステラでなければならないだろう。
 たった一人残されたステラは、ゆっくり話し出す。
「サンタクロースと名乗る少女がいました。彼女は様々な道具を使い、周りに迷惑をかけていました。良かれと思ってやったこともあります。
 夏になってから、せっかくだし、みんなで楽しむものはないかなと通信販売のカタログを見ていたある日……それが目に入りました。
 『やみがたり』と呼ばれる道具。
 人数を集めて、怖い話を一つずつすることによって楽しむという道具です。彼女は値段を見て、お財布と相談しつつ購入しました。
 それが届いた日、彼女は箱から早速取り出してから眺めていました。
 人が一番集まるのは草間興信所。そこに持っていこうかと思っていた時、ふいに手を滑らせたのです。またやった、と彼女は思いました。
 安物の道具は見事に発動し、そしてこの異空間が生まれ、無差別に人を集めました。
 集まった人々は一つずつ話をしていきます。参加者の証である蝋燭が一本、また一本と消えていきます。
 そしてとうとう最後はわたし。でも――」
 ステラは薄く笑う。
「わたしは、『ステラ』じゃありません。参加者はみな、多かれ少なかれ、ステラが居る世界や、ステラに関わった人だった。
 けれども、ステラ=エルフはここにはいません。彼女は今頃、道具が壊れていないか確認しているはず」
 確かに声も口調も記憶さえも、全てステラのものだろう。けれども違う。『本物』ならば、こんな一人ぼっちの状況に耐えられるはずがないのだ。
 じゃあ。
「じゃあ、わたしは誰でしょう?」
 うふふ、と『彼女』は笑う。その囁きのような微かな笑いに、蝋燭の炎が揺れた。
 ゆらゆらと揺れる炎。
 暗闇の中、正座したままの『彼女』は小さく小さく笑い続けている。四方を壁に囲まれた部屋の中。光が一切入ってこない部屋の中で。
「――これにて『やみがたり』は、閉幕」
 小さな囁きと同時に、炎が消えてしまう。残ったのはただの闇だ。単なる、静かな暗闇だけだった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 初瀬様の「怖かった」お話を語っていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!