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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

 陽が傾き始めた街は心地良い風に吹かれ、日中の暑さが嘘のように涼んでいた。
 この季節には珍しく過ごし易くなった環境に、下校途中の天狗少年、天波慎霰は、真っ直ぐに帰宅するのは勿体無いと考えた。
(妖具探しに飛んでみるか)
 こういう日には意識も集中し易いはずと考え、移動場所を空に移すため人目を避けて裏道に入る。
「よし…」
 この辺りなら飛翔しても誰かに見つかることはないだろうと、気持ちは周囲を確認しようとするも、足の爪先は早々に大地を蹴っていた。
 その背に。
「おい!」
「っ!?」
 不意に声が掛かり、慌てて勢いを抑制する。
(なんだ?)
 人の気配は無かった。
 にも関わらず届いた声は近距離からのもので、慎霰は慌てて辺りを見渡す。
 だが、やはり何の存在も感じられない。
 人以外の姿も見えない。
(…今の声、どっから…)
 少年は眉を顰め、声の主を探すように視線を泳がせた。
 そのうち。
「待てと言っているだろう!」
 再び声がした。
 裏道の更に奥、人気のない路地の両側にはすっかり寂れた町工場の閉ざされた門扉が連なっており、声はその一角から上がっていた。
「盗人みたいな真似をするのは止せ」
「手遅れになったらどうします」
「まだ平気だ。…むしろ微弱過ぎて逆に逃がす危険がある。連中が活動的になる夜を待った方がいい」
「…では、そのように」
 黒髪の青年の言葉に、栗色の髪の青年は軽い吐息とともに答え、言葉の通りに引き下がり、その一部始終を物陰から眺めていた慎霰は思案顔。
(何だあいつら…人間…じゃないみたいだけど)
 少年の腕に絡められた数珠が、そこに人外の何かを感じて反応を示していた。
 とは言え、会話から察するに人間に害を成す妖の類でもないらしい。
(今までに感じたことのない気配なんだよな……)
 そうして口元に描かれるのは緩やかな弧。
(面白そうだな)
 にやりとし、慎霰は二人の後を尾行することに決めた。


 ***


 天狗は六道輪廻から外れた存在。
 それ故に神々や悪魔、人間とも異なる性質を持ち、時としてそれと知らなければ見えない存在ともなり得る。
 この場合の慎霰が彼等にとってはそうだったようで、もちろん彼も気配を消し、上空の高い所から後をつけていたが、二人に気取られることは一切無かった。
 そうしてしばらく様子を見ていた彼が得た情報と言えば、漆黒の髪の青年は名を影見河夕(かげみ・かわゆ)といい、一方の栗色の髪の青年は緑光(みどり・ひかる)だということ。
 河夕が光の主人らしいということ。
 更に二人は、こちらも今までに見たことのない靄状の黒い物体を見つける都度、その手に力の具現化と思われる日本刀を模した武器を生じさせて滅するという行動を繰り返しており「面倒なことをやっている」というのが慎霰の率直な感想だった。
(ヘンな奴等…)
 しかし悪人でない事は確認出来たし、交わされる言葉や接する態度がどうであれ、二人の間には確かな信頼が見て取れた。
 そうなると、天狗の胸中でむくむくと沸き起こるのは悪戯心。
(少しからかってやるか)
 そうと決めれば少年の行動は早かった。
 短い呪の後でクッ…と指先を曲げる。
 直後。
「っ」
 下方で黒髪の青年が石に躓いたようにバランスを崩した。
「河夕さん?」
 驚いた顔をする光に答えるより早く、足元を確認した河夕は目を瞬かせた。
「どうしたんです。…まさか自分の足に躓かれたんですか」
「いや…」
 何が起きたのか判っていない河夕の表情に、慎霰は肩を震わせながら笑いを堪える。
(っくくく…、どーれ次は光の方にも…)
 再び指先を曲げる。
 途端に光も見えない何かに足を取られて体勢を崩す。
「光?」
 これには河夕が驚いた。
 慎霰は必死に笑いを堪える。
 さぁて次はどんな悪戯を仕掛けてやろうかと考えた、――が、しかし。
「…河夕さん」
「だな」
 二人が短い言葉を交わした、一瞬後。
「あ!」
 慎霰は思わず声を上げた。
 今さっきまでそこに佇んでいたはずの二人は、気の残滓すら残すことなく、完全にその場から消えてしまったのだ。


 ***


 結局、あれきり二人の行方は判らないまま、時間を持て余した慎霰は当初の予定通りに妖具を探すことにした。
 しかし考えれば考えるほど納得がいかない。
 能力者が正体の見えない何かに悪戯されながら、原因を突き止めようともしないなど職務怠慢だ。
「あいつら絶対に見つけてやる!」
 息巻いて彼らを探索し始めた慎霰は、だが確実に彼らと接触出来る方法があることを思い出した。

 ――…連中が活動的になる夜を待った方がいい……

 何を指してそう言うのかは知らないが、機を待つと言うなら、夜になれば彼らは必ずあの町工場跡に姿を現すだろう。
 かくして午後九時。
 夜の帳が下りた人気のない裏路地、寂れた町工場の屋根上で待っていた慎霰は再び彼らの姿を目にすることが出来た。
(ビンゴ!)
 無意識に出たガッツポーズ。
 少年の眼下で、二人は昼間と同じ家屋の前に立ち、跳んだ。
(へぇ)
 片足で地面を蹴り、その身は軽々と屋根の上に。
 慎霰は思わず口笛を鳴らしそうになり、慌ててそれを制する。
 彼らはまだ自分に気付いていないようだし、とりあえずはその用事が終わるまで待ってやろうと考えたのだ。
 光の手が闇夜に深緑色の軌跡を描き、風の流れが一定方向に限り絶たれた。
 結界を張ったのだと知れる。
 その間に河夕の手に握られたのは日本刀。
 鞘から抜く刀身が放つのは白銀の眩い輝き。
 わずか一瞬の、力の解放。
「…っ」
 空上の地、彼の刃を中心に波立つ大気は慎霰までも粟立たせた。それが“懐かしさ”に通じるものだと、少年は知らなかったけれど、波動から伝わるのは何とも言いようのない感覚。
 甲高い悲鳴のような音波がそれに重なり、次第に細く、弱くなり、消えていった。


 しばらくして、白銀の光りの渦も大気も凪いだ頃、煩わしそうな河夕の声が聞こえて来た。
「…ったく、いつまでこの状態が続くんだか」
「もう少し魔物の気配を掴み易いと楽なんですけどね」
「仮に掴めたとしても、やはり俺達だけじゃ手が足りないか…、この街に蔓延る魔物の数は尋常じゃない」
「ええ…、本部に増援を頼みますか」
「…いや…、俺達で掴めずにいるものを探せと言うのは、あいつらにも酷だろう。せめてもう少し確実な何かを掴まないことにはな…」
 二人の会話を聞き、そろそろ頃合だなと慎霰は動いた。
 彼らに近い屋根上に飛び移り、口を切る。
「そういうことなら助けてやろうか」
 刹那、二人の纏う気配は変わり、警戒心を剥き出しにして見据えて来た。
 次いで彼らを揺らがせるのは純粋な驚嘆。
「…驚きましたね。まだ結界を解いてはいないのに」
「人の気配…ではないな。おまえ何者だ」
 結界内に突如現れた自分に対する態度に、慎霰はにやりと笑う。
「俺は天狗だ」
「天狗…?」
 河夕が聞き返し、光は記憶を手繰り寄せるような顔付きになる。
「天狗といえば、確か自分の領域内の妖怪を統率する主だと資料にはありましたが…」
「妖怪の主?」
「そうだ」
 慎霰はその場に胡坐をかいて座り、挑むような口調で返した。
「俺は東京に住んでる妖怪が得た情報を簡単に手に入れられる。おまえ達が街中歩き回って探している情報だって、俺ならすぐに集められる」
 その言葉に河夕は訝しげに目を細めた。
「…それを俺達に教えるのは、何が目的だ」
「最初に助けてやろうかと仰いましたね、…まさか無償で、というわけではないでしょう」
「うーん、そうだなぁ」
 彼はしばし考えた後で思いつく。
「情報一つにつき一日、俺の下僕になるってのはどうだ?」
「――なんだって?」
「ふむ…愛らしい娘さんの下僕というなら考えるんですけどねぇ」
 眉を顰めた河夕は、だが連れの的外れな異論に更に不快感を煽られた。
「おい…」
「冗談ですよ」
「おまえが言うと冗談に聞こえん」
「それは流石の僕でも傷つきそうですね。僕が従うのは貴方だけだと、常日頃お伝えしていますでしょうに」
「あのな…っ」
 ますます顔を顰める河夕を、光は笑ってあしらう。
 条件を提示したのは慎霰だと言うのに、この疎外感は何だろう。
「おまえらいい加減にしろよ! いま話してるのは俺だろ、俺!」
「あぁ、そうでしたね。ほら河夕さん、天狗少年がお怒りです」
「おまえ…」
 こめかみを引きつらせるのは河夕も、そして慎霰も同じ。
 無視されるのは我慢ならない。
「よぉっし判った、一日がイヤなら半日にまけてやってもいいぜ!」
 これで少しは真剣に人の話を聞くだろうかと思ったのだが、そうして光が見せた意味深な微笑に強烈な悪寒が背筋を駆け抜けた。
「おやおや、意図せず値切り成功ですね。この調子で一時間までまけてもらいましょうか」
「おまえ一人で行って来い! いっそ戻ってこなくても構わんぞ」
「待て、そいつはお断りだっ」
 本気で拒否する慎霰と、冷たく言い放つ河夕に、それでも光は楽しげだったが、ふとした拍子に顔付きが変わった。
「ん…?」
「あ?」
 何事かと思えば、光は更に笑みを強めて近付いてくる。
「な、なんだよ…」
「狩人には嗅ぎ慣れない人外の気配、……それに僕達が街中を歩き回って何かを探しているのも知っていましたね」
「え…」
「今夜、此処での出逢いが偶然――とはとても思えないのですが」
 にっこりと微笑む彼の言葉の意味を河夕も察した様子。
 目を丸くして声を上げた。
「あっ…おまえ、夕方のアレはおまえか!」
「……!」
 慎霰の表情があからさまに変わる、それが答えだった。
 あの悪戯に悪意が有ったのか無かったのか、もはや問題はそこではなく。
「さて…天狗少年、まずは名前を伺いましょうか?」
「…っ」
 これはまずいと本能が鳴らす危険信号。
 光の全身から立ち上る気配に目を瞠る。
(こいつ…強い…っ)
 慎霰は後ろへ跳躍し、光から可能な限り離れようと試みた。
 彼らの結界はまだ閉ざされたままだったが、幸いにも天狗である慎霰には効果が無いらしい。
 充分な距離を得た慎霰は安堵と共に声を上げる。
「…っ、俺の貴重な情報網、そう簡単には貸せないからな! また、今度は陽の下で会おうぜ」

 そうして去る少年を、見送って。 
「一族の結界も改善の余地が有りですね」
「天狗と敵対するつもりはない」
 光が言い、河夕が返す。
「ですが東京中の妖怪の情報網は魅力的ですよね?」
「あー…」
 光も、この魑魅魍魎の蠢く魔都に疲れを感じているのだ。そこに魅力的な助けが現れれば欲しくもなるというもの。
「必ず見つけ出して差し上げますよ、天狗君」
 不敵に笑う光の隣で、河夕は乾いた息を吐く。
(…あの天狗…闇狩を毛嫌いしないでくれるといいんだが…)


 星の微弱な輝きを抱いた空を飛翔する天狗の少年は、下方の鮮やかなネオンを眺めながら、…笑った。
(ヘンな奴等…)
 影見河夕と緑光。
 彼らが何者かは知らないが、そう簡単に助けてやる義理もなく、とは言え彼らが滅していた靄状の悪しき物は気に掛かる。
 まだ謎だらけの男達。
 だが、それでも確実なことが一つ。
(面白ぇ…!)
 勝負はこれからと拳を握る。


 闇夜の不夜城、これが闇狩の狩人と天波慎霰の出逢いだった――。




 ―了―

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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・1928 / 天波慎霰様 / 男性 / 15歳 / 天狗・高校生 /

【ライター通信】
初めまして、この度は「不夜城奇談〜邂逅〜」にて狩人達との縁を結んでくださり、ありがとうございました。
今回の天波君ですが、一度の出逢いで協力してもらうには難しい人物ではないだろうか…と感じたため、出逢いに重きを置いて、こういった物語をお届けさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
お気に召していただければ良いのですが…。

リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈っております。


月原みなみ拝

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