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限界勝負inドリーム
ああ、これは夢だ。
唐突に理解する。
ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
目の前には人影。
見たことがあるような、初めて会ったような。
その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
頭の中に直接響くような声。
何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
このまま呆けていては死ぬ。
直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。
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一つ瞬きをすると、途端に視界がクリアになる。輪郭しか見えなかった敵もしっかりと視認出来るようになった。
火宮 翔子の前には、逆手にナイフを持った男が一人。
どうやら、今回はこの男が敵らしい。
迫ってくる男は、翔子を自分の間合いに収めると同時にナイフを閃かせる。
フックを打ちこむような軌道での斬りつけ。
翔子は咄嗟に後ろに下がり、それを回避する。
男はほぼ間を空けずに返しの刃、裏拳を繰り出す様にまた斬りつけてくる。
それをしゃがんで躱した翔子は、自分の手にも得物があることを確認する。
手に持っているのは一振りのナイフ。翔子の場合は順手で持っている。
確認したと同時に、ナイフを鋭く突き出す。
敵は翔子の攻撃を難なく躱し、軽くバックステップを踏んで距離を取った。
「状況把握の時間もくれずに初撃とはね。まぁ、奇襲も立派な兵法だし責めはしないけど」
ナイフを握りなおし、敵を見据えながら翔子が呟く。
相手が距離を取ったところで初めて、落ち着いて辺りの状況確認の余裕が出来た。
敵は一人、筋骨隆々で屈強そうな男だが、持っている武器はナイフ一本だけらしい。
ゆったりした服を着ているわけではなし、敵が武器を隠している様には見えない。
と言う事は、接近戦は必至か。
どうやら翔子もナイフ一本しか持っていないようだ。他の武器は何処にも見当たらない。
敵が距離を取ったのは、恐らく初撃の分析と様子見。後は今後の対応について作戦を練っている、と言うところだろうか。
そのお陰で落ち着いて状況の把握が出来た。
今度はこっちの番だ。
翔子が駆け出すと同時、敵も地面を蹴っていた。
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ナイフで骨を断つのは容易ではない。
一撃で胴をズンバラリ、なんて出来るわけもない。
それ故に、ナイフを使う場合、狙うのは急所。肉の柔らかいところにある重要な臓器、血管を狙って攻撃するのが定石だ。
相手が戦闘慣れしていない人間ならば狙うのも楽なのだが、今回はそうはいかないらしい。
翔子のナイフが、敵の喉に向けて突き出される。
男はそれを左手で外に弾き、逆に翔子の喉を狙って斬りかかる。
翔子は身を低くしてそれを躱し、更に少し後ろに退く。
相手の構え方は逆手。一撃目を躱したとしても、刃はまだこちらに向いている。
不用意に踏みこんで二撃目を食らってしまうのは危険だ。
その翔子の読みは当たったようで、敵はすぐさま二撃目を繰り出してきていた。
やや足元を狙った斬撃。翔子はそれを後ろに引いて躱す。
そしてすぐに反撃。踏み出してナイフを突き出す。
敵の顔を狙った攻撃。だがこれはただの布石だ。顔を狙われれば誰だって驚いて退くだろう。
相手に退かせた後、追撃で急所を狙う。
その予定だったのだが、敵はナイフを躱しつつ、むしろ翔子に近付いてきた。
敵は身体を半回転させ、背中で体当たりをかます。
それによって態勢を崩した翔子。その隙を見逃さず、敵は身体をもう半回転させ、ナイフで斬りかかる。
これを食らえば、喉に致命的な傷を負う。翔子の直感が警鐘を鳴らしていた。
最大限脳を活動させ、危険回避の策を一瞬にして打ち出す。
翔子は敵の振りかぶっている手首を掴み、軽く後ろに跳ぶ。
すると、敵の腕力とあいまって、長距離のバックステップに成功。着地は少しよろけ、地面を転がってしまったが、一応の危険回避は出来た。
敵の方は攻撃が回避されたのを確認すると、静かに構え直しその場に落ち着いた。
右手に握ったナイフの切っ先をこちらに向けて、低く構える男。
ユラユラとナイフを揺らしながら、様子を見る翔子。
どうやって敵を攻略しようかを考えているのだ。
恐らく、力では敵わないだろう。元々純粋な力が不足している翔子に、敵は見るからにパワータイプだ。
だったら、いつも通り手数と足で攻めるべきだろうか。
上下に攻撃を打ち分け、相手の腕を防御に専念させればこちらが一方的に攻撃できるはず。
「……やってできない事はなさそうね」
大体の目算をつけ、翔子は再び敵との距離を詰める。
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二人がお互いを間合いに収めた時、先に動いたのは翔子だった。
勢いのまま敵に近付き、内腿を狙ってナイフを突き出す。
敵は退きつつ、牽制としてナイフを翔子の鼻先で閃かせる。
だがそれに怯えている暇はない。ナイフが通りすぎた瞬間に、翔子はすぐ間を詰める。
そして今度は喉を狙った突き。敵は身をよじってそれを躱す。
回避行動と共に、翔子の手首を敵の左手が掴んだ。間髪いれずに右腕も翔子の肘に巻きつく。
折られるか、とも思ったが、完全に極まってはいない。肘を曲げればどうにか骨折は免れるはず。
そう思ってから気付く。翔子の肘に巻き付いている敵の右腕。その手に握られているナイフの先がこちらに向いている。
肘を曲げればそのナイフは翔子の顔面、若しくは首目掛けて飛んでくる。しかしここで肘を曲げなければ、恐らく本当に極められるだろう。
腕か命か……考えるまでもない。
翔子は肘を伸ばし、咄嗟にナイフを左手に持ちかえる。
次の瞬間、翔子の腕は手首から無理矢理ねじられ、敵の右腕によって肘が曲がってはいけない方向に曲がった。
「……ぐっ！！」
痛みに少し声が漏れるが、次の手は打ってある。
左手に持ち替えたナイフが、敵の脇腹を狙っているのだ。これが当たれば腕の代償ぐらいにはなるはず。
だが、敵も黙ってその攻撃を受けてくれるわけはない。
クロスカウンターのつもりなのか、ナイフを翔子に向けて振り始めている。
狙っているのはもちろん頭及び首。当たれば必殺だ。一方、翔子の攻撃は少し決め手に欠ける。
相手の攻撃を回避しようとすると、翔子が反撃するのに無理が出来る。
未だ右手を掴まれている為、後ろに退くことは出来ない。
それに、その右腕も少し動かすだけで激痛が走るのだ。とても今の状態ではまともに戦えそうにない。
どうにかしなければ。このままでは間違いなく殺られる。
窮地に追いやられた翔子が下した判断、それは……
左手のナイフが狙っていた先を、相手の横腹ではなく、右腕に変える。
こちらに向いている相手の腕、その手首に向けてナイフを突き刺し、敵の攻撃を止める。
深く刺さったナイフは筋肉を裂き、腱を千切る。
右手がまともに動かなくなった敵は、持っていたナイフを取りこぼしてしまった。
勝機。ここで攻めれば勝てる。
そう思ったのも束の間。翔子の右腕がねじられ、声も出ないぐらいの激痛が走り、一瞬動きを止めてしまった。
隙を逃さず、敵は翔子の右腕を離し、腹を蹴り飛ばした。
右腕の痛みによって踏ん張りも利かなかった翔子は、そのまま吹っ飛ばされるままに飛ぶ。
痛み分けと言う結果で、また二人は間を取った。
ブラリと垂れた右腕がとてもとても痛む。
偶に吹く風に揺られただけでビリビリと痛覚が刺激される。
だが、そんな事で泣き言を言っている場合ではない。
負けてこの夢を終わらせるつもりはサラサラない。あの男を倒して、いつものように爽やかな朝を迎えてやる。
「負けられない……。負けてたまるもんか……！」
呟いた翔子は敵を見据え、痛みが落ち着く前に敵へと駆け出した。
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恐らく、これで最後の攻防になろう。
勝ち負けはどうか知らないが、この攻防を終えれば、この夢も終わるはず。
翔子はそう、確信を持って言えた。
地面に落ちたナイフを拾った敵。拾った手はもちろん左手だ。
二人とも利き手を殺されても、戦意は失わない。
敵は翔子を迎え撃つ体勢を取り、翔子も敵に向かって一直線に走る。
ふと見れば、敵の右手からの出血は酷い事になっている。
このまま放っておいても死んでくれそうだが、そこまで悠長に構えてもいられない。
翔子の腕の痛みも激しいのだ。早く夢を終わらせて、この痛みからも解放されたい。
敵を間合いに収めた瞬間、迷わず急所を狙ってナイフを繰り出す。
敵はそれをナイフで上から叩きつける様に弾いて攻撃を防ぐ。
だが、それは大きな隙となった。
あまり左手でナイフを扱う事がないのか、敵はその腕をかなり大振りにしていた。
それ故に敵は構えなおすのに若干の隙を生んでしまったのだ。
翔子はその隙を見つけ、空かさずナイフを突き出す。
狙ったのは喉元。敵のナイフは下を向いている。防御は間に合わないはず……と思っていたのだが。
なんと、翔子のナイフを防いだのは敵の右腕。
翔子とは違い、右手が動かなくなっただけの敵の右腕は、防御するための盾ぐらいにはなったのだ。
敵の前腕に深々と刺さった翔子のナイフ。当然、敵の喉には届かなかった。
代わりに、敵のナイフが翔子の腹に突き刺さる。
「……うぅっ！！」
痛みと共に俄かに絶望が沸く。これは、殺られる……。
「それでもっ！！」
翔子が一つ吼えると同時、彼女の髪と目がポゥっと赤くなった。
燃えるような瞳と髪。その瞳は敵の頭をジッと見つめている。
翔子の最後の手段、緋の眼の発動だ。その眼に見たものの温度を急激に上昇させ、発火や融解を起こさせる能力。
だが、その効果が現れるまでには数秒かかる。
その隙が仇をなし、敵のナイフはスッパリと翔子の肉を切り裂く。
大量の出血と、空腹と言う意味ではなくお腹が空いた感触がある。
ナイフで切り裂かれた腹、そしてそこから何かが出て行ってしまった感触。もしかしたら……いや、あまり確かめたくも無い。
確かめなくても、恐らくこれは致命傷だ。
しかし翔子は敵の頭から眼を離さず、敵も自分の頭に異常を感じ始めたようだ。
その時には既に遅く、温度が上昇し続ける敵の頭は、遂に形をとどめるのに耐えられなくなったようで、ドロリと溶け出した。
頭部が溶けた敵はその場に倒れ、致命傷を受けた翔子もバッタリ倒れる。
緋の眼を使ったことによる疲労感と傷の痛みで、もう微動だにする事ができない。
翔子は倒れながら寒さと共に喪失感を覚えていた。
何か重大なものを手から零れ落とす感覚。なるほど、これが……死。
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寝覚めは最悪だった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【3974 ／ 火宮・翔子 （ひのみや・しょうこ） ／ 女性 ／ 23歳 ／ ハンター】
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■ ライター通信 ■
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火宮 翔子様、毎度ありがとうございます！ 『スパっ！ とか、ザク！ とか』ピコかめです。
剣やなんかでズンバラリといくより、何故か痛い気がします。
ナイフで近接戦闘、という事でこんなんなりました。打ち合うと言うよりは紙一重で避ける感じですけど。
勝敗的には引き分け、相打ちですかね。敵も力量を同じぐらいに設定してみましたんで、結果も相応になりました。
微量のグロ分も含んでおりますが、大丈夫なんでしょうかね……。
ではでは、気が向きましたらまたよろしくお願いしますね。
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