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<東京怪談・PCゲームノベル>


◇白秋流転・弐 〜処暑〜◇


 のんびりとウィンドウショッピングを楽しんでいた杉森みゆきは、唐突に現れて唐突にデートに誘ってきた少年――ハクに少々呆れた目を向けた。
 会って第一声がそれなのか、とはもう突っ込まない。前回の出会いを考えるに、そもそもハクはそういう礼儀とかに頓着しないしする気もないのだろう。
「ホント唐突だねキミは。まあ僕も暇してるから別にいいけど…」
「それがボクの個性だってことで。じゃ、デートOKだね?」
「いいよ。…んじゃ、どこ行くの? 誘うくらいなんだから当然デートコースは決めてるんだよねぇ?」
 訊ねたみゆきに、ハクは一瞬きょとんとして――それからにっこりと、どこか意地悪げに笑った。
 なんとなく嫌な予感を感じたみゆきが、心持ち身を引く。
「んー、そうだねぇ、やっぱりここはデートって言うくらいだし、オーソドックスに遊園地とか映画館とか行ってご飯食べてそのままホテルに朝まで――とかの方がイイのかな?」
「………はあぁっ?! な、何言ってるの!」
 ハクが言い終えてから一拍おいて言葉の意味を理解したみゆきは、思わず顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
(まだ2度しか会ってないのに、ほ、ホテルとかっ――っていうかそもそもそんな関係じゃないしっ!)
 あまりの爆弾発言に混乱して少々挙動不審なみゆきに、ハクは無邪気に笑った。
「嘘だって。いくらなんでもそーいう関係じゃないのにホテルに連れ込んだりはしないよ。だから落ち着いてよ、おねーさん」
 笑いを含んだ声でそう言われて、むっとするみゆき。
 明らかに反応を楽しまれている気がする。しかも6つも年下の少年にからかわれるなんて。
 ちょっと悔しい気分のみゆきをよそに、ハクは何か考えるようにこてんと首を傾げた。
「冗談はさておき、実は特に考えてなかったんだよー。そもそもデートってしたことないんだよねぇ。他人と関わるのも初めてだし。一般的なものは一応分かるけど、それが楽しいかっていうのは人それぞれだし。…うーん、楽しいかはわかんないけど、ボクのお気に入りの場所に案内、とかでもいい?」
「い、いいけど」
 その『お気に入りの場所』とやらが一体どんな場所なのか見当がつかず、少々歯切れの悪い返答になってしまう。それを感じ取ったのか、ハクは安心させるように笑みを浮かべた。
「だいじょーぶ。怪しい場所じゃないよ。それにボク、知ってる場所って少ないから。もしかしたらつまんないかもしれないけど……ボクが好きなもの、キミにも好きになってもらえたらいいな」
 そう言うハクはなんだか年相応に見えて、なんとなく調子を狂わされたみゆきは結局行き先を聞くことが出来なかったのだった。

◇ ◆ ◇

「『お気に入りの場所』って、ここ…?」
 『ちょっと遠いからー』と言いながらハクが渡してきた札らしきものを受け取った瞬間、みゆきは緑溢れる森の中に居た。
 いや、森なのかどうかもよく分からない。とりあえず濃い緑の匂いと土の匂いからして、ついさっきまでいた都会の往来ではない。
「うん、ここ。正確にはここをもうちょっと行ったとこ。うちの一族の所有地なんだけどね。封破士になるまで一族の所有地以外のとこ行けなかったんだ。その中でのお気に入りがここってワケ」
 朗らかに言うハク。というかみゆきとしては色々訊きたいことがありすぎるのだが。
「って、ハク君! 今どうなったの?! なんでこんなところにいるの、だってさっきまで周りコンクリートとかだったよ!?」
「あはは〜詳しいことは気にしない気にしない。移動時間短縮ってことで」
 これが気にしないでいられるか、と思うものの、訊いたって答えてくれなさそうな気配にみゆきは渋々口を噤む。
「元のとこに帰してくれるんだよねぇ…?」
 とりあえずこれだけは訊いておかないと。ちょっと恐る恐る訊いたみゆきに、ハクは「当たり前でしょ」と軽く返した。……当たり前と言われても、ここがどこかもわからないみゆきからしたら持って当然の疑問だと思うのだが。
「まぁとにかく行こうよ。一族の所有地って言っても本邸とは違う場所だし、別に部外者――まぁ正確には部外者じゃないけど――を連れて来たって当主は何にも言わないと思うけど。頭のかったーいオジサンとかが気づいて来ちゃわないとも限らないしね。そうなっても封破士権限があるから強くは言われないだろうけど、おねーさんに不快な思いはして欲しくないからさぁ」
 言いながら、ハクはみゆきの背中を軽く叩いて歩みを促す。
 仕方なく、もう自分の常識を超えた現象については考えないことにして、みゆきはハクに導かれるまま歩を進めたのだった。

◇ ◆ ◇

「う…っわあ……」
 その『ハクのお気に入りの場所』に辿り着いて見た景色に、みゆきは思わず感嘆の声をあげた。
 そこに広がっていたのは、小さな泉だった。
 澄んだ水を湛えるそれには木々の隙間から零れる光が反射して、幻想的な風景を生み出している。
 清浄な空気に包まれたそこは、まるで聖域のようだった。
 しばらく圧倒されて息を呑んで立ち尽くしたみゆきだったが、ハクに声をかけられて我に返る。
「ま、とりあえず座ろうよ」
 ハクが自分の着ていた上着を無造作に地面に広げ、その上を指す。
 みゆきは少々――どころでなく躊躇した。いくらなんでも他人の服の上に座るなんて。
 それに気づいたハクが、一体何を迷っているのやらという声音で言う。
「あのね、ボクも曲がりなりにもオトコノコで、座ったら間違いなく服が汚れる場所に気遣いもなくオンナノコを座らせるなんてカッコ悪いことできないの。それにどうせもう地面に触れちゃったんだし、座ってあげなきゃかわいそうでしょ、服が」
 何だか微妙な論理を展開されているような気がする。というか、そこまで気を回す人ってそうそういないのでは。
 …いや、まぁこういう場所をデート先にする人間が滅多に居ないだけかもしれないが。都会ではむき出しの地面が多いとはいえないのだし。
 そんなことをぐるぐると考えて固まるみゆきに、ハクはしょうがないなぁ、と言いたげに溜息をついた。
 そしてすとんと腰を下ろした。……その、上着の端っこに。
「ほら、キミも」
 目線と共に促される。
 それでもみゆきはまだ躊躇いがあった。何故ならそこに座るということは、ハクとかなり接近するということだ。ぶっちゃけ距離が近すぎる。恋人同士とかならともかく、まだ会って2回の人物とそんな接近を強いられるのは、色々と、その、複雑というか。
 別に彼に下心があるように見えるでもなし、気にしなければいい話だ。そうなのだが。
 突っ立ったままのみゆきを見上げて、ハクは困ったように眉根を寄せた。
「あー…大丈夫だって。ヘンなことしないから。……触らないよ、『まだ』ね」
 後半は薄い笑みと共に小さく呟かれて、みゆきにはよく聞き取れなかった。
 結局腰を下ろしたみゆきは、しばらくぼーっと2人で目の前の風景を眺めることにする。沈黙がおりたがそれは苦痛なものではなく、なんとなく居心地のいいものだった。
 そうしてどれほど経っただろうか。
 みゆきはふと、前回会って事情を聞いてからずっと気になっていたことをハクに訊ねることにした。
「…あの、さ。この間言ってた『儀式』ってのはハク君を『殺す』事がトリガーなんだよね?」
「? どういうこと?」
 よく分からない、といった風にハクが返す。
「つまり、魂どこかに置いといて身体だけ譲り渡すんじゃ…駄目なんだろねぇ」
 問いかけようとした言葉を、確認というよりは、どこか自身に納得させるような響きに変えてみゆきは言う。
 言葉を受けたハクは、首を傾げつつ答える。
「うーん、多分ダメなんじゃないかなぁ。…っていうか、前の言い方が悪かったみたいだね、ゴメン」
 ぺこりと軽く頭を下げて、ハクは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「ボクの魂が要らないっていうのは、あくまで当主のお仲間さんの魂を降ろしたときなんだよ。降ろすためにまったく必要ないわけじゃないんだ。…ボクにも上手く説明できないんだけどさ、身体が器だとしたら、ボクの魂っていうのは目印みたいなものなんだよ。なんていうの? 降ろされる魂が間違いなくこの器に降りてくるようにっていう。…反魂っていうのはもともとすっごくありえないことなわけでしょ? その、理に背きまくったことをどうにかして可能レベルに持ってくるためにボクらが居て。で、ボクらの身体も魂も、降ろしのための道具なの。魂を消すっていっても、単に消せばいいわけじゃなくって……『つながり』って言えば分かるかな、ボクの身体と魂の『つながり』と、ボクの身体と魂と当主のお仲間さんの魂との『つながり』。それが必要なの。えーと、そうだね、共鳴みたいなものかな。ボクの魂が、お仲間さんを降ろす決定打――違うな、指標になるっていうか。ボクの身体と魂が密接に繋がってるのは当たり前だけど、その魂がなくなった場合に、次に身体が引き寄せるのがお仲間さんの魂になる、みたいな。…うあー、説明難しいなぁ。結構感覚的に理解してることのが多いから」
 一気に話されて少し理解に戸惑う。少々時間を置いてだが、なんとかハクの言ったことを自分なりに理解したみゆきは、やりきれない気持ちで呟いた。
「…それって、どうしてもやんなきゃいけないことなの?」
 その言葉を耳にしたハクが、ほんの一瞬息を止めた。
「だってまだ15でしょ、キミは。ボクはもっとキミに生きてて欲しいし、もっとこうやって話したり遊んだりしたいよ…」
 隣に座るハクの目を真っ直ぐに見て、みゆきは言う。
 ハクの瞳がどこか戸惑うように揺れた。
「…ボク、は」
 やがて、ぎこちなくハクが口を開いて、迷うようにたどたどしく言葉を紡ぐ。
「ボクは、…ボクたちは、そのために生まれてきた。それ以外に、存在価値なんてなかった。封印解除も降ろしをすることも、生まれる前から決まった運命だったから。……ボクはむしろ、喜ぶべきなんだよ。だって、自分の存在意味を否定せずにいられるから。ボクらが生み出されたその理由の、証明になれるから。……封破士には、誰でもなれるワケじゃない。むしろ、なれない確率のほうが格段に高いんだ。生きてる間に儀式が行われない事だってあるし、儀式が行われても、封破士は資質がないとなれない。適性っていうべきかな。器としての適性がないなら、儀式の遂行は出来ないから。――…『道具』が『道具』として働ける、唯一の機会を与えてもらったんだ。だから、ボクは、……『幸せ』、なんだよ」
 逸らされた瞳はただ泉を無感情に見つめていて、まるで別人のようだった。
 まったく幸せそうに見えない表情で、声で、それでもハクは自分が『幸せ』なのだと言う。
(……本当に?)
 浮かんだ疑問は、どうしてか口に出来なかった。
 均衡が崩れてしまうのだと、思ったのだ。ハクの中の何かの均衡が。
 それはただの直感だったけれど、みゆきは確信していた。
 「話しすぎちゃった」と言いながら無邪気な笑みを作った彼が、危うい均衡を保った心を持っていることを。
 まるで先程の会話がなかったかのように他愛のない話を振ってくるハクに応える間も、日が傾いた頃に元の場所へと送られ家路に着いてからも、ただみゆきは考えていた。
(ハク君は、本当は何を思ってるんだろう…)
 『あれ』が本音だとは思えない。だったら、彼の本音はどこにあるのか。
 ……答えは、出るはずもなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0085/杉森・みゆき (すぎもり・みゆき)/女性/21歳/大学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、杉森さま。ライターの遊月です。
 「白秋流転・弐 〜処暑〜』にご参加くださりありがとうございました。


 前回よりさらに深いところに踏み込んだ感じになりました。
 明かしてない『謎』に関しても、ちょっとずつヒントが出ています。
 しかしハクは本当に予想外の行動をやたらとしてくれるので、ノベルも妙に長くなります。
 結構好きに動かさせていただいた部分もありますので、イメージと外れていないかとドキドキです。
 スキンシップの件は、恋愛に至らない限りはそんなに激しいことにはならないと思います。年齢と外見と話術(?)で誤魔化せるくらいのレベルです、多分。

 イメージと違う!などということがありましたら、リテイク等お気軽に。
 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 それでは、本当にありがとうございました。