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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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アンティークショップの大掃除
1.
「……こりゃまた、随分と増えちまったもんだねぇ」
そう言いながら顔を上げた蓮の目の前にあるのは無数の意図も出自も不明であるものの山だ。
箱状のものをひとつ手に取り蓋を開けてみれば、澱んだ空気が溢れ出てくる。
「いろいろと溜まってそうだね」
なおも溢れてくる何かを抑えるようにさっと蓋を閉め、蓮は大きく息を吐いた。
「しかたないね、ここはひとつ大掃除といこうか」
そうは言っても商品なのか趣味で集めているのか、それとも勝手に集まってきたのかも不明のものを全て片付けるには蓮ひとりでは時間がかかる。
「やっぱり助っ人でも呼ぼうかね」
言いながら、蓮は呼べそうな相手が誰かいなかったかと考え始めた。
その前に、誰ならばどれを頼めそうかというものも考えておかねばならない。
何せこの店はなんでもござれのアンティークショップ、片付けたいものはいくらでもあるのだ。
と、蓮の目がある方向を向き、それを見た瞬間に呼びつける相手も決まった。
「なんやボクに用があるって聞いたんですけど」
呼び出された弥生は怪訝な顔のまま蓮の話を聞いていた。
「いや、年の瀬だっていうんで良い機会だから大掃除といこう思ったんだけど、とてもじゃないけどひとりじゃ無理でね」
「ははぁ、それでボクに手伝えいうことですか」
「そういうことだよ、ちょうどあんたに打ってつけの連中がいてね」
連中という言葉にもしかするとと弥生が見当をつけたとき、それを待っていたように部屋の隅である気配がした。
それもひとつではない。
「おや、気付かれちまったか。流石に向こうもあんたならと思ったんだろうね」
こっちだよと蓮が弥生を連れて行ったところには数体の人形が並べられて座っていた。
が、その人形は弥生に気付くといっせいに目をこちらに向けて騒ぎだす。
『遊ンデ遊ンデ!』
『アタシガ先ヨ!』
『ボクノホウガ先ダ!』
一斉にそう言い出した人形たちから弥生のほうへ目線を動かすと蓮は肩を竦めてから口を開いた。
「こいつらの世話、あんたに任せるよ」
突然のことに一瞬気圧されそうになったが、弥生はすぐ持ち前の母親のような性格を発揮し始めた。
「あんたらほら静かに静かに、みんなと遊んであげるさかい落ち着いてな」
人形を宥めながら「さて、あんたは身づくろいからやなぁ」などと言っている弥生に蓮は思い出したように口を開いた。
「もしかすると別のものがそっちに行っちまうかもしれないけど、そのときは適当に片付けておいておくれよ」
別のものってなんですのんと聞こうとした弥生だが、それは人形たちによって阻止されてしまった。
2.
薄暗いところに置いておくのも可愛そうだと明かりの照らされている場所へと人形たちを抱えて移動している間も、人形たちは弥生にいろいろと話しかける。
『ネェネェ、名前ハナニ?』
「ボクは弥生や」
『アタシタチヲ見テモ怖クナインダ』
「ボクは人形師や。あんたらみたいな子の世話をようしてるんやで」
弥生の言葉に人形たちは一斉に『スゴーイ!』と叫ぶ。
その後も人形たちは弥生に話す暇を与えたくないのかと思えるほどの勢いでてんでに話しかけてくる。
余程いままで話し相手になってくれるものがいなかったのだろうが、このままでは埒が明かない。
「こら、話をしたかったら一方的に自分が話すだけじゃあかん。時間はあるさかい順番にゆっくり話すんや」
噛んで含むような弥生の言葉に人形たちは『ハーイ』と聞き分けの良い返事をしてみせはしたもののやはり我慢できないのか矢継ぎ早に話すことをやめようとしない。
こりゃしゃあないとそれ以上の説得は諦めて弥生は人形たちの話を聞いていくことにした。
こちらがきちんと聞き分けておきさえすれば最初はばらばらに話していた彼らの話も自然とまとまりをみせていく。
「お店から出たことはないんか?」
『アタシハ大キナオ屋敷ニイタワ』
『ボクハ誕生日ノオイワイ』
弥生の質問に彼らは自分たちが皆最初は何処かへ買われたことがあるのだと誇らしげに話してみせる。
だが、いまではこのアンティークショップにひっそりと並べられているということは全て何らかの事情があって買われていった場所から離れたということなのだろう。
『気ガツイタラココニイタノ』
『オ引越シシタノ』
何か事情があるものもいはするのだろうが、中には捨てられたものもいるだろうと考えると人形たちのいまの状況に幾ばくかの寂しさを感じてしまいそうだが、彼らはそんなことを嘆くそぶりもなく弥生に話し相手を求めてくる。
話しながら、弥生は人形たちの状態を不躾にならないように髪や服が乱れていないかと身だしなみを確認してみたが、流石この店に置かれている彼らはその点では問題がなさそうだ。
「流石にこの店はきちんとしてはるわ。良かったなぁ、綺麗にしてもらえてて」
『身ダシナミハレディノ嗜ミダモノ』
感心したように弥生が呟くと、一体の人形が大人びた口調でそんなことを返してくる。
話し相手には飢えていたようだが、それ以外の環境は決して悪いものではないようだ。
尚も話をやめようとしない彼らに、さてこの子たちはどんだけ話したら満足するのかいなと思ったとき、背後から別の気配が突然沸いた。
振り返れば黒いもやのようなものが見えたが、それは徐々に形を持ち弥生と人形たちのほうを血走った目で睨んでいる。
やがてそれは人に見えなくもない形を取り、裂けるようにできた口が音のない叫び声をあげた。
『キャー!』
それの手が人形のひとつを掴もうと手を伸ばす。が、その手が人形に触れる間もなく動きが止まる。
否、止まったのではなくよく見れば糸のようなものがその腕を絡め取っており、その糸を操っているのは弥生の手だ。
「子供に何する気やねん」
弥生の繰り出した糸はそのままもやの全身を絡め取り、完全に動きを封じ込める。
『スゴーイ!』
危険がなくなったとわかった途端、今度は人形たちは楽しげにそう声をあげる。
その様子にわずかに苦笑しながら、さてこいつはどうしたら良いんかいなと思っているところへ蓮の声がした。
「悪いけどこの箱の中に入れておくれ」
見れば蓮が指差しているところに古びた箱が見える。
どうやらその中に封じ込められていたもののようだが、先程弥生たちに襲い掛かってきたことを考えてもろくなものではないようだ。
「任せとってくださいな。ほぉら、お帰りはあっちやで」
そう言いながら糸を操り、まるでもやが自らの意思で入っていくように見せながら箱へと再び封じていく。
その様子に、人形たちはぱちぱちと拍手をしてみせた。
3.
完全に箱の中へと入ったところを蓮が蓋をし、札状のものをぺたりとその箱に貼り付けた。
「悪かったね。こいつもたまには外に出してやろうと思ったんだけど、まさかいきなりあんたたちを襲うとは思わなかったよ」
悪びれた風でもなくそう言いながら蓮は箱を奥の部屋へと片付けに行った。
それを見た後、人形たちはまた弥生に盛んに話しかけてくる。
『ネェネェ、サッキノハナニ!』
『モウ一度見タイ!』
新たな好奇心を抱くものを見つけた彼らはなかなか盛り上がるのを収めようとしなかったが、あれは危ない目に遭ったときだけだと軽く脅かすと『怖イノハイヤ』とおとなしくなってしまった。
その後もしばらくの間、弥生は人形たちの相手をしていた。
話しながら適当な布を見つけるとリボンなどの簡単な装飾品を作ってみせれば、こぞって自分の分も欲しいと全ての人形たちが騒ぎ出す。
気がつけば時計の針はこの店を訪れたときからだいぶ進んでしまっている。
「おや、もうこんな時間かい。まったくこれだけいろいろあると一日じゃすまないねぇ」
そう言いながら蓮が近付いてきたのは、どうやら片付けに目処がついたからだろう。
「今日は助かったよ。片付けるときに話しかけられてたんじゃ堪らなかったからね」
蓮の言葉にこの場が終了するということに気付いた人形たちは不満そうにもっともっとと抗議してきたが、それに対して蓮は「はいはい」と聞き流してしまう。
「別にあんたらは片付けるわけじゃないんだから、一度休んでまた来てもらえば良いだけじゃないか。あんたらだって疲れただろう?」
「ボクはまだ大丈夫ですけど」
弥生がそう言っても蓮は小さく首を振ってみせる。おそらく、このままでは店を開くことができないというためもあるのだろう。
「今日はこれでお終いだよ。あんたたちも少し休んだ休んだ」
言いながら蓮は人形のひとつを丁寧に抱えてもとの位置に戻していく。弥生もそれに倣い別の人形を運ぶ。
元の場所に戻し、さて別の子をと思った弥生の着物の袖を人形がぎゅっと握ったが、それに対して弥生はにっこり笑ってみせた。
「またいくらでも話しはするさかい、約束や」
その言葉に人形は素直に手を離した。
人形たちを元に戻すことはこれという手間もなくすんなり終わった。
「今日は助かったよ。またあいつらに会いに来ておくれ」
「ボクで良いんやったらいくらでも相手します。ほな、良いお年を」
そう言いながら弥生は蓮と人形たちに向かって手を振り、店を後にした。
出て行くとき、『マタネー』という元気な声が弥生に向かって聞こえた。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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7319 / 神無・弥生 / 16歳 / 女性 / 高校生・人形師
NPC / 碧摩・蓮
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■ ライター通信 ■
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神無・弥生様
初めまして、ライターの蒼井敬と申します。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
人形たちの話し相手をご希望ということでしたので、それを中心に書かせていただきました。途中、別の片付けも僅かに入りましたがお気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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