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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


Midnight tag



 デスクの上に投げっぱなしにしてあった煙草の箱に手を伸ばし、草間・武彦は相手に一言声をかけてから一本抜き取って火をつけた。 深く吸い込んだ煙が肺に広がり、思考のために熱くなっていた脳を急速に冷やしていく。
 テーブルを挟んだ向かい側には、脂ぎった顔に媚びるような卑屈な笑みを張り付かせた50代半ばごろのスーツの男と、零の出したココアの入ったカップを両手に、上目遣いでこちらをジっと見つめる一人の少女が座っていた。
 6歳だと言う彼女は、足首まであるストレートの長い髪をしており ――― 今はその髪をお尻の下に敷いて座っており、武彦は妙にその事が気になっていた ――― こちらを窺う大きな瞳は銀色で、怪奇探偵として数々の怪異や特殊な能力を持った人間に慣れている武彦は何も感じなかったが、隣に座る男は彼女の瞳の色を恐れているのか、少女がチラリと男を見るだけで額からは脂汗が滲んできていた。
「明日の朝一番の飛行機に彼女を乗せてくれれば良いのです。もっと言えば、空港まで連れて行ってくだされば結構なんです。三上・忠興と言う男が彼女の到着を待っていますので、彼に預けてくださればそれで良いのです」
「つまり、明日の朝一番の飛行機に間に合うようにそちらのお嬢さんを空港までお連れして、三上・忠興氏に後は任せれば良いと言うことですね?」
「そうです、そうです」
 カクカクと、首が取れやしないかと不安になるほど勢い良く男性は頷いた。
 ――― 妙な依頼だ。この人は、何でも屋と間違えているんじゃないか?
 そうは言っても家系はいつも火の車、目の前に積まれた破格の依頼報酬は捨て難い。 武彦は一瞬悩んだ後に首を縦に振った。
 男は何度も礼を言いながらお金と少女を置いて、依頼理由もロクに話さずに帰って行ってしまった。
 残された札束と可憐な少女を交互に見て、武彦は溜息をついた。 彼は、彼女の名前が氷雨・紫苑(ひさめ・しおん)だと言うこと以外は何も知らない。
 紫苑は銀色に光る瞳を窓の外に投げながら、口を開いた。
「あの人、もうじき死ぬの。すぐ前の道路で、轢き逃げよ。‥‥救急車を呼んでも、助からない」
 寂しそうに呟いたその直後、窓の外で何かが激突する鈍い音の後に、甲高い悲鳴が上がった。慌てて窓の外を見てみれば、路上には先ほどの男性が血を流して倒れていた。
「ね、言ったでしょう? 紫苑、あの人に何度も言ったのよ‥‥それなのに‥‥」
「君はいったい‥‥?」
「紫苑はね、人の死が見えるの。死亡予定日、大体の時間、場所、原因、そしてその死がどのくらいの確立で起きるのか。 あの人は、紫苑の忠告を無視して、100%になってしまったの」
 銀色の瞳が、武彦の頭の上に向けられる。
「貴方の予定日は今日。時間は夜。‥‥夕方と夜が混じり合っているような時間よ。場所はココ。原因は、何者かに後ろから刺されて。100%よ」
「その“死の予言”が当たる確立は?」
 寂しそうな顔で、紫苑が首を振った。
「貴方が助かるには、まず第一に夜にここにいないこと。そして第二に、紫苑から離れること。 彼らは紫苑を追っている。紫苑の能力を利用しようとしている。 例え貴方が第一の難を逃れても、死の予定はすぐに書き換えられる」
「つまり、依頼を放棄しろと?」
 コクンと頷いた紫苑を横目に、武彦は煙草を口に挟むと彼女に聞こえないように小さく舌打ちをした。 彼女の特殊な能力を欲しがる乱暴な輩は、それこそ掃いて捨てるほどいるだろう。 自分がいつ・どこで・どうやって死ぬのかが分かっているならば、逆を返せばそこに行かなければ助かるということになる。
「‥‥依頼は放棄しない。確実に君を明日、三上さんの元に連れて行く」
「でも‥‥」
「一度受けた依頼は必ず達成させる。信用問題に関わるからな。それに、子供を不幸な目に遭わせるのは好きじゃない」
 でも‥‥ ――― 何かを言いかけそうになる紫苑を制し、武彦は口の端を上げた。
「もっとも、一人じゃ荷が重いから、誰かに手伝ってもらうけどな‥‥」


* * *


 銀色の瞳は、覗き込めば自身の顔が綺麗に映った。 お人形さんのように可愛らしい少女と、苦々しい表情で煙草を深く吸った武彦を見比べ、橘・沙羅は目を伏せると胸の前で手を組んだ。
「死がみえるって‥‥‥すごく、辛いことですよね。しかもまだ6歳なのに」
「‥‥‥死がみえないことが分からないから、辛いのかそうでないのかよく分からないの」
 でも、この力が無ければ追われる事はなかったのよね。 そう寂しそうに呟いた少女の瞳が揺れた。
「でも、それを回避することもできるっていうの、すごいっていうか、良いことっていうか‥‥‥」
 頭の中でこんがらがる言葉の糸を解きほぐそうと目を瞑って考えるが、絡まった糸は尚更絡まってしまった。
「ごめんなさい、なんて言ったらいいか分からないんですけど‥‥‥」
「良い面もあるし、悪い面もある。能力ってそう言うものだって紫苑は思うの。 でも、紫苑の持つ能力は、明らかに悪い面のほうが多いわ。‥‥‥紫苑に関わった人は、皆不幸になる定め。だから、貴方達も危険なのよ」
 紫苑の瞳が頭の上に向けられ、沙羅は天井を仰ぎ見た。 当然天井に何かがあるはずもなく、視線を戻すついでにと武彦と目を合わせる。
「多かれ少なかれ、能力を持ってるやつって言うのはそう言う悩みを持ってるもんだ」
「不幸になるって決まってるわけじゃないですよ。 わたし、頑張って紫苑ちゃん三上さんのところに連れて行きます」
 任せてください! と、ドンと自身の胸を叩いた沙羅を前に、武彦が紫煙を吐き出すと目を細める。
「そろそろ俺の死亡予定時間が近付いてきてる‥‥‥よな?」
「えぇ。危険だわ」
「とりあえず、部屋にトラップを仕掛けておきましょう。 出くわさないように早めに興信所を後にするにしても、追ってくる可能性もありますし、足止めの意味もかねて‥‥‥」
 上機嫌でトラップを仕掛ける沙羅だったが、どう考えてもかなり古典的な、あるいはえげつないものばかりだ。
 まずは窓の下には画鋲 ――― 刺さったら相当痛い ――― お次にドアを開けたら水の入った金盥が落ちてくる。引き出しの一番上を開ければ玩具のカエルが飛び出し、一番下からは捕獲用の網が出て来て相手の動きを封じる。
 他のトラップを武彦のつっこみと共に紹介すれば、ソファーに座ればライオンの声が聞こえ ――― 何の役に立つんだ。と言うより、ソファーになんて座らないだろ ――― 冷蔵庫を開ければ氷が顔を直撃し ――― 冷蔵庫なんて開けないだろ!メシ食ってる場合じゃないだろ!? ――― お風呂場にはシャワー途中に見せかけたマネキン ――― どっからどう考えても明らかにおかしいだろ!? ――― ベッドに入れば足元に冷たい何か ――― 敵は何しに来てんだ!?休息か!?ンなん家でしとけっ!! ――― などなど、沙羅は短時間で物凄い数のトラップを仕掛けた。 狭い興信所内が、さながらトラップの見本市のようになっている。
「これで安心ですね!」
「いや、俺は不安だ」
「そうですか? それじゃぁ、開いたらネズミの玩具が飛び出す本を‥‥‥」
「トラップとかそう言うのじゃなく、お前が心配だ」
「大丈夫ですよ! わたしは戦う訓練、こういう‥‥‥誰かを守るためにやってきたんです」
「だから、そう言うんじゃなくてだな‥‥‥」
「わたしに出来ることならなんでもやります。だから、わたしでよければ、お手伝いさせてください」
「‥‥‥前途有望な若者の未来を救うためにはどうすれば良いんだ?」
 溜息とともに吐き出されたそんな低い呟きに、紫苑が複雑な微笑を浮かべる。 笑いたいのだけれども、笑って良い場面ではない事が分かっているために笑えない、そんな苦しい心情をよく表している微笑みだった。
「まずはこの部屋を離れることね。貴方にも死亡予定時刻が刻まれているわ」
 荷物を手早く纏め、興信所を後にする。 戸締りもきちんと確かめ、夜の気配が近付いて来た街中に繰り出す。
「こっちから攻撃しかけるより、逃げる方を優先した方が良いですよね」
「あぁ。‥‥‥俺も、橘に連絡を入れた後で色々なヤツに協力を頼んでおいた」
「そうなんですか?」
「まずはタクシーを手配してある」
 紫苑の小さな手を握り、路地裏に入る。 背後から近づいてくる気配を感じたが、相手は警戒しているかのようにこちらに近付いては来ない。
 片隅に止まっていたタクシーに乗り込めば、行き先を告げる前から発進した。 これが武彦の頼んだタクシーなのだろうと、沙羅は椅子に深く背を持たれかけた。
 ――― これからが長い、ですよね
 夜を生き抜き、朝一番に空港まで送り届けなければならない。 夜はまだ始まったばかりだ。
「‥‥‥武彦、沙羅。‥‥‥死亡予定時刻が書き変わってるわ。貴方達の死亡予定時刻は、今から10分後。場所はタクシーの中。銃で撃たれてよ。確率は‥‥‥待って、どんどん下がって来ている‥‥‥」
 紫苑が目を見開き、沙羅と武彦の頭上をかわるがわる見上げる。
「下がって来ている、ですか?‥‥‥でも、場所はタクシーの中ですし‥‥‥」
 困惑しながら振り返れば、タクシーの後を猛スピードでついてくる黒い車の存在に気づく。
「草間さん!」
「‥‥‥ヤバイことになった」
 武彦の視線は、運転手に注がれている。 帽子を目深に被ったその人物の顔はよく分からないが、右手に光る黒いものは沙羅にも見えていた。
「‥‥‥草間さんが頼んだ人じゃなかったんですね?」
「そうらしいな」
 低い声で囁きあいながら、背後からつけてくる黒塗りの高級車を注視する。 運転席に一人、助手席に一人、後部座席にも誰かが乗っている様子だ。
 ――― 確率が下がってきているのと、後ろの車とに関係はあるはずです。おそらく、草間さんが頼んだのが後ろの車なんです‥‥‥
 裏道を爆走したタクシーは、かなり開けた土地に出た。 左右は畑になっており、ポツポツと作物が植えられている。
 運転手が窓を開け、上半身を外に出すと背後へ向けて銃を撃つ。 ビクリと震えた紫苑の手を握り締め、振り返る。
 銃撃の合間を縫って助手席から男が顔を出し、銃を構える。 構えてから狙いをつけ、引き金を引くまでの時間はやたら短かった。
「安心しろ。腕は確か‥‥‥だと思う」
「思う、ですか?」
 武彦のそんな不安を煽るような言葉に思わず言葉を返した時、運転席の男性が手を押さえて呻いた。手には血が滴り、持っていた銃はなくなっている。
「‥‥‥二人とも、舌を噛まないように気をつけろ。それから、衝撃に備えてくれ」
 沙羅が素直に歯を食いしばった瞬間、ガクリと右側に車体が傾いた。 後輪を失い、バランスが崩れた車が蛇行し、回転しながら畑の中に突っ込む。数発の銃声が響き、他のタイヤも撃ち抜かれる。
 ――― な、なんて止めかたなんですか‥‥‥!
 運転席でエアバックが膨らみ、武彦に身体を支えられていた沙羅と紫苑が蒼白の顔を上げる。 終わりよければ全て良しなのかも知れないが、それにしたって九死に一生を得たと言う奇跡感が強い。
「大丈夫でしたか?」
 穏やかな笑顔と柔らかな声と共に、青い瞳と銀色の髪をした外見年齢18歳程度の少年が顔をのぞかせた。
「沖坂‥‥‥」
「武彦さん以外は始めましてですね。俺は夢幻館と言うところの支配人をしています、沖坂・奏都と申します」
「えーっと‥‥‥橘・沙羅です」
「今日は武彦さんからタクシー運転手役を命じられていたんですけれど‥‥‥」
「お前に頼んだ俺が悪かった。まさか“タクシー”って聞いてあんな車出してくるとはな‥‥‥」
 夢幻館と言う場所は、やたらお金が集まっているところらしく、住人の金銭感覚が狂いまくっているのだと教えられ、開いた口が塞がらない沙羅。隣に座る紫苑は「あの夢幻館の人なの‥‥‥」と、珍しいものでも見るかのように奏都を眺めている。
「なぁ?言っただろ、奏都!あれはタクシーっつーより、ハイヤーだって、ぜってー!」
 大丈夫だったか?と顔をのぞかせたのは、銀に近い青色の髪と真紅の瞳をした青年だった。 右手に持った銃からして、彼が助手席に乗っていたのだろう。
「お、可愛い子が2人も乗ってるじゃん!」
「魅琴さん、ロリコンも大概にしてください」
「俺はロリコンじゃねぇっ!!綺麗な子とか可愛い子とかが好きなだけだ!」
 不毛な言い争いを続ける二人を無視して、彼は神崎・魅琴と言う名前なのだと沙羅に伝える武彦。 夢幻館がどんな場所なのかは知らないが、この二人を見ている限りまともな場所であるはずが無い。
「あの、皆さんここは私に任せてください。奏都さんの言ったとおりにしておきますので」
 銀色のサラリと長い髪に、淡い青色の瞳の少女がそう言って、運転席の男性に駆け寄る。 顔色は悪いが、安堵したような表情からしてどうやら男性は生きているらしい。
「それでは、こちらにどうぞ」
 奏都の手を借りながらタクシーを脱出して黒塗りの高級車に乗った後で、沙羅は事故現場で携帯を片手に熱弁を振るう少女を振り返った。
「あの方も夢幻館の方なんですか?」
「ん? あぁ‥‥‥確か沖坂の従姉妹だったよな?」
「えぇ。名前は鏡花と言います」
「おい、お前ら何か食わねぇ?おにぎりとか飲み物とかあるけど‥‥‥」
 魅琴が差し出したおにぎりをお礼を言って受け取り、紫苑と武彦に配る。 草間さんがこれも頼んでおいたんでしょうか?と思って隣を見てみるが、武彦自身も突然の食事に驚いている様子だった。
「鏡花が気をきかせたんですよ」
 ミラーで後部座席の困惑を見て取った奏都が、苦笑しながら言葉を続ける。
「急いで出て来たはずだし、途中で食事を取るためにどこかに入る事も出来ないだろうから、何か買って行ったほうが良いんじゃないかって」
「そうなんですか‥‥‥有難う御座います」
「鏡花にそう伝えておきます」
 夢幻館にもまともな ――― しかもかなり気のきく ――― 人もいるのだと思いながらおにぎりに齧りつき、もぐもぐと咀嚼する。
「やー、それにしてもマジ俺様ってば天才? あんま射撃って得意じゃねぇんだよなー。でも、一発で相手の腕撃てたし、タイヤぶち抜けたし‥‥‥今度から射撃の練習真面目にやっかなー!」
 助手席から聞こえる魅琴の能天気な台詞に、沙羅は軽い眩暈を覚えた。
 ――― と、得意じゃないのに撃っていたなんて‥‥‥
 なんて常識外れなんだろう。 思わず顔から血の気が引く。
「‥‥‥沖坂。頼むから次からは片桐を同乗させといてくれ。 あのちんちくりんなら、射撃の腕はかなり良いだろう?」
「えぇ、もなさんなら確かに射撃の腕は信頼できますが‥‥‥次も同じような依頼を受けるつもりですか、武彦さん?」



 後ろからつけてる奴らはこっちで対応しておくと言い置いて、奏都と魅琴の乗った車は発進した。
「ここからは少し歩くぞ」
 武彦が紫苑を抱き上げ、沙羅も彼に遅れないようにと精一杯の速度で続く。 自分と武彦とでは、脚の長さが違うのだから歩数を多くしなければならないと、せかせかと足を動かしていた時、背後に気配を感じ振り返った。
 黒い服で身を固めた、いかにも怪しい5人組に武彦も足を止める、
「逃げ切れない、か」
「では、戦うまでです」
 すっと目を細めた沙羅が俊敏な動きで武彦の隣に立ち、ライターを要求する。 懐から出した小ぶりのナイフで指先を傷付け、血を滲ませるとライターの火に垂らす。
 炎を纏った血が大きく羽を広げた鳥の姿となり、黒服達に襲い掛かる。
「今です!」
 怯んだ敵をそのままに走り出す。 夜の闇にボンヤリと浮かんだ駅に入れば、武彦が白のワゴン車を指差して頷く。
 ――― あれが草間さんが頼んだ車なんですね
 そう思い歩を早めたその瞬間、紺色の車が猛スピードで武彦の方に突っ込んできた。
「草間さん!」
 紙一重で車を避けた武彦に、ほっと安堵の溜息を吐く。目の前に停車した車の後部座席が開き、武彦と紫苑が無理矢理乗せられる。駆け寄った沙羅も腕を掴まれ、凄まじい力で引っ張られてなす術も無く車に乗せられてしまう。
 3人を乗せた車が急発進し、いきなりの展開にパニックに陥っていた頭が、のんびりとした一言で冷やされる。
「ふー、危機一髪だったね、りっちゃん!」
 ピンクがかった茶色の髪が揺れ、愛らしい顔の少女がこちらを振り返る。頭の高い位置で2つに結んだ髪にリボンが絡まり、甘いシャンプーの香りがふわりと漂ってくる。
「か、か‥‥‥片桐ぃ!?」
 ――― 片桐さんって、さっきお話に出てきた人でしょうか?
 “次からは片桐を同乗させておいてくれ。あのちんちくりんなら、射撃の腕はかなり良いだろう”武彦の言葉が蘇り、目の前の少女をまじまじと見つめる。
 華奢な身体は今にも折れそうで、身長もかなり低いようだ。 ポヤンとした雰囲気と良い、幼い顔立ちと良い、どこからどう見ても小学生にしか見えない。
「武彦ちゃんに紫苑ちゃん、だっけー?それから、そっちの子はなんて名前〜?」
「橘・沙羅です。片桐・もなさんですよね?」
「うん、そー!あたしは片桐・もなって言うのー!こんばんわー♪初めましてー♪」
 上機嫌にそう言ってヒラヒラと手を振るもなに手を振り返し‥‥‥ハタと重要な事に気づき、顔を強張らせる。
「も、もなさん!ま、前見てください!!」
 ハンドルを握るもなは、思い切り後部座席を覗き込んでいる。あげく、片手は愛想良く振られている! 助手席に座っている淡い金色の髪をした少年がワタワタしているが、どうすべきかよく分かっていないらしい。
「そもそも片桐、免許持ってないだろ!?」
「え、持ってないんですか!?」
 いくら見た目が小学生であろうとも、運転をしている以上は免許を持っているのだろう。そう思っていた沙羅が、思わず声を荒げる。
「あたし16歳だからー。でも、ゲームは得意だよっ!」
「ゲームと本物は違います!」
「橘の言うとおりだ!かせ!俺が運転する!さっき轢き殺されかけたし、お前に任せてたら死者が出る!」
「だってー、さっきは緊急だったからー! 武彦ちゃんが頼んだ車の運転手さん、眠らされてたんだー。だから、あの車に乗ったら大変だったんだよ!」
「そうなのか?」
「えぇ。奏都から一応行ってみるようにって言われて来たんですけど、来て正解でした」
 にっこりと穏やかな微笑を浮かべた少年が、京谷・律ですと自己紹介をして沙羅に手を差し出す。一瞬その意味が分からなくて眉を顰めた沙羅だったが、握手のことだと気づくとそれに応えた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ武彦。貴方達の死亡予定時刻は早朝近く。事故死じゃないから大丈夫」
「紫苑ちゃんもああ言ってるしさ、運転は奏都ちゃんに習ったから大丈夫だよ!」
 力強くそう言われるが、運転中に後ろを見たり手を振ったり、危うく武彦と轢こうとしたあたり、あまり信用は出来ない。
「こっちはあたしに任せて、沙羅ちゃん達は眠ってて良いよー!武彦ちゃんに指示された場所まで来たら起こすから」
「俺は心配だから起きてる。そもそも、眠れるはずがない‥‥‥」
 今直ぐにでも車から降りたそうな気配を滲ませながら、武彦が苦々しくそう呟く。
「そもそも、京谷はどうしてここにいるんだ?」
 助手席でボンヤリと前を見ているだけの律に、武彦が思わず疑問をぶつける。 カーナビがついている以上、道案内のために同乗しているわけではなさそうだが‥‥‥。
「あ、俺はもなのストッパー役として‥‥‥」
「帰ったら沖坂に、よく考えて人選をしてくれと伝えておいてくれ」
 律ではもなのストッパーにはなれそうもない。 彼らの事を詳しく知っているわけではないが、この数十分の言動を見ている限り、その意見には沙羅も激しく賛成だった。



 紫苑の予告した時間も含め、一番危険なのは空港だろう。 武彦の言葉に、沙羅は重々しく頷いた。
 もなと律と別れて数時間、拾ったタクシーは着実に空港へと向かっている。
「‥‥‥もう直ぐで、日本ともお別れね」
 ポツリと呟いた紫苑が顔を上げ、複雑な笑顔を浮かべると沙羅の手をぎゅっと握り締めた。
「寂しいとは思わないの。この国にはお友達もいないし、ママもパパもいないわ。でも、紫苑は生まれてからずっとこの国で育った。サヨナラするのが、ちょっと悲しいの」
「帰って来れば良い。ウチで良ければ、部屋と食事くらいは出せるしな」
「有難う、武彦。‥‥‥貴方達のような人と、もっと前に会いたかった‥‥‥」
「俺たちの死亡予定時刻は?」
「変わってないわ。早朝近く、場所は空港、銃で撃たれてよ」
「‥‥‥空港での身辺警護は、かなり腕の良いやつに頼んである」
 タクシーが緩やかに空港の前に停まり、沙羅達はお礼もそこそこに車を後にすると自動ドアを抜けた。
「三上さんのいる方は‥‥‥」
 ふと殺気を感じ、沙羅は紫苑の手を強く握ると武彦に目配せをした。気配を頼りに目を向ければ、椅子に座って新聞を読んでいる男性がいた。新聞紙の向こう側に隠した銃を思い、身を強張らせた時、黒い艶やかな髪が靡いた。誰かが沙羅と紫苑の前に立ちふさがり、新聞紙を呼んでいた男性が何者かによって腕をねじり上げられる。
「危なかったわ。少し前の仕事が長引いたの」
 漆黒の長い髪に、グリーンの瞳をした少女がそう言って、知的な ――― ともすれば冷たくも見える ――― 眼差しを沙羅と紫苑に向ける。
「怪我はないようね」
「あの、草間さん‥‥‥」
「リディア・カラス。俺が頼んでおいた一人だ。もう一人は‥‥‥」
「冬弥、そっちはどう?」
「安心しろ。ちょっと眠ってもらってるだけだ」
 リディアの呼びかけに、驚くような美青年がそう言って、赤に近い茶色の髪を掻きあげる。
「あいつだ、梶原・冬弥。‥‥‥外見に惑わされるなよ、ただのヘタレだからな」
「‥‥‥聞こえてるぞ草間! ったく、草間も人使いが荒いぜ。俺もリディアも、一昨日から寝てねぇで働きづめだぞ?」
「若いうちにそう言う事を体験しといた方が、人生良いぞ」
「帰って良いか?」
「あの、梶原さんにリディアさん。助けてくれて有難う御座いました」
 ペコンとお辞儀をした沙羅に、冬弥とリディアの表情がほんの少しだけ柔らかくなる。
「礼は良いから、早く行ったほうが良いぞ」
 前方から歩いてくる黒服達を前に、冬弥とリディアが表情を強張らせる。 二人のそんな表情から想像するに、どうやら相手は特殊な能力がある者達らしい。
「ここは二人に任せて行くぞ。‥‥‥三上さんがどこにいるか、分かるか?」
「こっちよ」
 紫苑の指差す方向に向けて、沙羅と武彦は走り出した。 二人から離れるごとに背後から聞こえてくる複数の足音に気が急く。どうやら相手はそこかしこに張っていたらしい。
「もう少しよ、もう少し‥‥‥」
 ふっと、場の空気が変わったような気がして沙羅は足を止めた。強い結界の中に入り込んだかのような、不思議な違和感があった。背後から近づいてきていた靴音は消えており、前方には穏やかな顔をした男性と屈強な男達が並んでいた。
「草間・武彦さんと橘・沙羅さんですね」
「貴方が三上・忠興さんですか?」
「はい」
 沙羅の手からするりと手を抜いた紫苑が、三上に抱きつく。 後ろで控えていた屈強な男性が紫苑を抱き上げ、お待ちしておりましたよと、優しく声をかける。
「紫苑様をここまで連れてきていただき、まことに有難う御座いました。ここから直ぐに飛行機に乗り、彼女を国外に脱出させます。彼女の名は、まだ海外までは届いていませんので当分は安全です」
「あの、三上さんは紫苑ちゃんを引き取ってどのような事を‥‥‥」
「うちの研究所には、人の寿命を見る能力のある子がいます。その子と彼女の能力を合わせ、不当な死に追いやられそうな人には救いの手を差し伸べ、そうでない人には残りの時間を有意義に過ごせるよう手を貸します」
「そうでない人って‥‥‥寿命や病気の人ですか?」
「はい。‥‥‥彼女のような場合、自分の能力が人の役に立つと、その事を教えてあげる必要があります。自分自身を嫌いになってしまわないように手助けする必要があります」
 きっと彼に任せていたら大丈夫だろう。 沙羅はそう確信すると、深く頭を下げた。
「紫苑ちゃんのこと、宜しくお願いします」
「えぇ、誓って」
「‥‥‥沙羅、武彦。紫苑が日本に帰って来た時は、絶対絶対、一番に会いに行くからね」
 トテトテと走って来た紫苑の身体を優しく抱き、待ってますからねと囁く。
 三上に手を引かれ、最後まで手を振っていた紫苑を見送った後で、武彦がボソリと呟いた。
「結局、あの子はあれで幸せになれたのか‥‥‥?」
「分かりません。でも、三上さんの言葉が本当なら、きっと幸せになれるはずです。きっと‥‥‥」



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 6232 / 橘・沙羅 / 女性 / 18歳 / 斡旋業務手伝い兼護衛


◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

遅くなってすみません!
口調がとても不安ですが、許容範囲内でしたでしょうか?
敵から逃れる際に、誰か手を貸してくれる人をと思い、夢幻館の住人を呼び寄せました
もっとも、役に立っているのか怪しい人も数人いますが‥‥
夢幻館には、変な人とダメな人が沢山いるなーと気づき、少し凹みました‥‥
ご参加いただきましてまことに有難う御座いましたー!