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<東京怪談・PCゲームノベル>


Your Bodyguard 〜 bodyguard's rule 〜



 電柱に貼り付けられた紙に顔を近づけ、天城・凰華は銀色の細い髪をかきあげると青色の瞳を細めた。 まるで紙の裏側を探ろうとでもするかのような目つきは鋭く、後ろを通る女子高生が怪訝な顔で凰華を見ては足早に通り過ぎて行く。
「ボディーガード、か」
 なんて良いタイミングなのだろうと、凰華は張り紙に書かれた住所を頭の中に叩き込みながら、この奇妙な偶然に内心で苦笑した。
 今夜にでも頼みたい、そんな急な依頼でも受けてもらえるだろうか。 色々と考えながら顔を上げた時、ふと張り紙の中にあったある言葉が胸に引っかかった。
「夢幻館‥‥‥?」
 記憶が蘇り、街中が廃工場へと変わる。 茶色と言うよりはピンク色に近い淡い髪に、フリルやレースのついた可愛らしい服装、見た目はどう見ても小学生にしか見えないのだが、16歳だと言うあの少女。
「名前は確か‥‥‥」
 そう、片桐・もなだ。 あの子が確か、夢幻館と言うところから来たと言っていなかったか?
「‥‥‥いや、まさか‥‥‥な‥‥‥」


* * *


 立派な館を前に、凰華は躊躇していた。 門の中に見える白い道は両開きの巨大な扉へと続いており、その脇には季節を違えた花々が咲き誇っている。気の早い向日葵に、遅咲きのシクラメン、ポインセチアのクリスマスカラーがだんだん暖かくなって来ている今の季節では、どこか滑稽にも映る。
 凰華を躊躇させているのは、思いがけない館の立派さや狂い咲く季節外れの花々だけではなかった。 正反対のもの同士が対立することなく共存する雰囲気は、不気味だった。
 上と下、右と左、北と南、東と西、反対を向いているはずの物が一緒くたにされ、一方方向を向いている、そんな奇妙な感覚に凰華は閉口した。
 中に入るべきか否か暫し悩んだ後で踵を返そうとした時、両開きの扉が薄く開き、中から1人の少年が出て来た。
 高校生くらいの外見年齢をした少年は、凰華に気づくと屈託の無い笑顔を浮かべ、首を傾げた。
「うちに何か御用ですか?」
 警戒の色を滲ませない、顔見知りにでも話しかけるような声色に、凰華は思わず「あぁ」と答えていた。
 少年が足早に白い道を歩き、門にかかっていた鍵を開けると大きく開く。 銀色の髪と青い瞳に自身を映しながら、凰華は軽くお礼を言って門の中に入った。
「俺はここの支配人をしています、沖坂・奏都と申します」
 支配人の言葉に、凰華の眉がピクリと動く。 そんな凰華の微かな変化を見逃さず、奏都が苦笑すると付け加えた。
「一応、もう23なんです」
「あぁ、そうだったのか」
 おそらく今までに何度も言われてきた事なのだろう、奏都は気分を害したような様子もなく、白い道を先に立って歩き始めた。
「僕は天城・凰華と言う」
 凰華が名乗った瞬間、奏都の表情が固まった。表情が固まるついでに足も止まり、後ろを歩いていた凰華も止まらざるを得ない。
「俺、貴方の名前を聞いた事があります」
 どこでだったかな。 悩む奏都の隣で、凰華も考え込んだ。 しかしいくら記憶を探ってみても、沖坂・奏都と言う名に心当たりは無い。
 たまたま似たような名前の人を知っており、それで考え込んでいるのかも知れない。 きっとそうだろうと結論付けようとした時、元気の良い少女の声が聞こえて来た。
「魅琴ちゃん、今日こそはチュドーンしてやるんだからーっ!!」
「チュドーンされた日には、俺はバラバラだ!」
「おい、二人とも屋根を走り回るな!」
 明るく華やかな声ではあるが、間違いない。この声は、あの時の ―――――
「くそっ!こっから降りるしか‥‥‥」
「あ、馬鹿!」
 上から何かが落ちてくる気配に、凰華はすっと道の脇に避けた。 かなり高い位置にあるバルコニーから青に近い銀色の髪をした青年が降りて来て、綺麗に着地する。着地した場所は先ほどまで凰華がいた場所で、避けなければ確実に彼の衝撃緩和クッションとして利用されていただろう。
「おい、大丈夫だったか?」
「あぁ、平気だ。それよりも、あなたの方が危な‥‥‥」
 上空から落ちてくるピンク色のフワフワに気づき、注意を促そうとした凰華だったが、僅かばかり遅かった。 言い終わる前に青年の上には可愛らしい少女が着地し、彼は潰れた蛙のような声を出しながら少女の衝撃緩和クッションとして使用されていた。
「もー、魅琴ちゃんったら、お客さんが来てるのに大暴れしちゃダメよー!」
「お前もだ、お・ま・え・も!」
 夢幻館の両開きの扉がそんな怒声とともに開かれ、赤茶色の髪をした綺麗な青年が現れた。人形のように整った外見をした、テレビでもあまり見ないほどの美青年だったが、今ではそんな美形が台無しなほどに怒鳴り散らしている。
「あぁ、すみませんね凰華さん。騒がしく‥‥‥あぁ、思い出しました」
 凰華に苦笑しながら謝罪の言葉を紡いでいた奏都が、青年の上に乗った少女と凰華を見比べ、ぽんと手を打つ。
「貴方、もなさんと‥‥‥」
「あー!廃工場で会った人だー!えっと、えーっと、確か名前は‥‥‥」
「天城・凰華、違ったか?」
 美青年が宙を睨みながらそう言い、凰華に視線を戻す。 どうやら彼の記憶力はなかなかのものらしい。
「あ、そうそう!凰華ちゃん!お久しぶりだねー!今日はどうしてここに?」
 屈託の無い笑顔に面食らう。あの日会った彼女は、もっと冷たく大人びていたはずなのだが‥‥‥これではなおの事小学生にしか見えない。
「もな、驚いてるみたいだぞ」
「ふぇ、どうしてー? あ、そっか!凰華ちゃんって、お仕事中に会ったからー!えっと、あの時はピリピリしててゴメンネー!でもでも、お仕事中は真剣にならなくちゃだし、ね?」
「別に気にしていないから。それより、下の人が‥‥‥」
 もなに下敷きにされていた青年は、バタバタと手を地面に打ち付けて降参の意を必死に示していた。



 もなのクッションとなっていた青年、神崎・魅琴が無事に降参の意を汲み取られた後で、凰華は夢幻館の中へと通された。 正面には階段、左手には部屋が並ぶ廊下、右手の開け放たれた扉の先には巨大なテーブルが置かれているのが見える。
 凰華は奏都に促されるまま、右手の部屋に入った。 もながお菓子とお茶を淹れると言ってキッチンへと走って行き、魅琴が部屋の隅に置かれたソファーに腰を下ろす。美青年が壁に寄せられた小ぶりの本棚から1冊の雑誌を引き抜き、魅琴の隣に腰を落ち着ける。
「それで、凰華さんは今日はどうしてここに?」
「張り紙を見て来たんだ。ボディーガードの‥‥‥」
「あぁ、アレですか」
「急で悪いんだが、今夜ではダメか?」
「お仕事内容によります。宜しければ仕事内容をお聞かせ願えませんか?」
「僕にはある能力があるんだが‥‥‥」
 あまり詳しくは話したくないが、全てを伏せているわけには行かない。 どのくらいまで喋ったら良いのか頭の中で整理しようとした時、奏都が柔らかく手を上げた。
「こちらに聞かせておかなくては危険が生じると言う能力でないのでしたら、お話してくださらなくても構いません」
「どういう意味だ?」
「自分で能力の加減が出来ない、凰華さんの能力によってこちらに被害が及ぶ可能性がある、そう言う特殊な場合でないならお話いただかなくて結構ですと言う事です」
「それは‥‥‥大丈夫だ」
「それで、その能力を何者かに狙われているんですか?」
「あぁ、話が早いな」
「そう言う方は結構いらっしゃいますから。 その方達から凰華さんを守れば良いんですか?」
「守るだけでなく、排除しても構わない」
「攻撃は最大の防御と言うわけですね。‥‥‥分かりました、お受けしましょう」
 もながトテトテと走って来て、奏都と凰華の前に紅茶とアップルパイを置く。 紅茶もパイもとっても美味しいのよ!と、自慢げに言うもなにお礼を言い、凰華は奏都に向き直った。
「それでは、この中から依頼したい人物を選んでください」
 スっと出された顔写真とプロフィールを一通り眺め、ソファーのところで楽しそうに話している3人組みに目を向ける。
「ようは、あの中の誰かを選べば良いんだね?」
「えぇ。それぞれ得手不得手がありますので、プロフィール欄を参考にしてください」
 凰華は3人の簡単なプロフィールを確認した後で、3枚の紙を奏都に戻し、中の1人を指差した。 紅茶を飲みながら雑誌を捲っていた美青年、梶原・冬弥の指名に、奏都がにっこりと微笑むと彼の名を呼んだ。
「冬弥さん、お仕事です。‥‥‥今日は何も入ってませんでしたよね、確か」
「あぁ。今日はフリーだ」
 冬弥が雑誌から顔を上げ、紅茶のカップを持ってコチラにやって来る。 冬弥ちゃん、アップルパイ忘れてるよー!とのもなの声に、食べて良いと短く返すと奏都の隣の椅子を引いて座った。
 もなが幸せそうにアップルパイを食べるのを見て、ほんの少しだけ気持ちが優しくなる。 あれだけ無邪気にアップルパイを食べられる高校生もなかなかいないだろう。
「冬弥さん、お仕事内容は聞いていらっしゃいましたか?」
「あぁ、大体は」
「手加減は一切無用だ」
「‥‥‥そうか、面倒だな」
 素っ気無く言った冬弥の言葉に、ほんの少し凰華は眉を寄せた。 手加減をしてほしいと言われた方が面倒臭いと思うのだが、不思議な男だ。
「何で戦うつもりです?」
「明日仕事入ってるからな‥‥‥銃にしとくか」
「銃?なら、あたしのロケラン持ってく〜?」
「いや、遠慮しとく。 すげー重いしな、アレ」
 もなからの申し出を断る冬弥。その顔は、心なしか引き攣っている。
 ロケランと彼女は言っていたが、まさかロケットランチャーのことではないだろう。あんな華奢な子に撃てるはずが無い。
「もなさんはああ見えて力持ちさんですよ」
 凰華の心でも読んでいたかのようなタイミングで奏都がそう声をかける。 人懐っこい爽やかな笑顔を浮かべているが、真意が見えなくて少々薄気味悪い。
「それで凰華さん、報酬の件ですが‥‥‥」
「あぁ、そうだな。どのくらいなんだ?」
「危険度の高そうな依頼ですので、お金にした場合は8千万円になります」
 やけに高いが、裏組織からの刺客を相手に戦うのだ、腕の良いボディーガードならそのくらいしても驚きはしない。それをボディーガードの命の値段だと考えれば、かなり安い方だ。
「ただ、うちは依頼主さんの言い値で構わないと言う事にしています。冬弥さんの働きを見て、妥当だと思う値段、もしくは品物をお渡し下さい」
「100円玉だけでも飴玉1個でも構わないっつーことだ」
「‥‥‥それでよく成り立っているな」
「俺達の仕事は別にあるからな」
 そう言うものなのかと納得し、凰華は壁にかけられた時計を見上げた。 時刻は夕方に差し掛かった頃、窓の外は徐々にオレンジ色の染め上げられようとしている。
「お仕事は今夜からと言うことですが‥‥‥凰華さん、それまでの間もなさんの相手をしていてくれませんか?」
「え?彼女の‥‥‥?」
「えー、凰華ちゃん遊んでくれるのー!?」
 目を輝かせたもなが走り寄り、凰華の腕に飛びつくと満面の笑みを浮かべる。
「それじゃぁ、銃撃鬼ごっこしよー!魅琴ちゃんが逃げる役で、あたしと凰華ちゃんで追いかけるの!どっちが早く仕留められるか、競争だよ!」
「仕留める‥‥‥?」


* * *


 冬を脱ぎ、春を着かけている途中の今、昼間は暖かいが夜はまだ寒い。
 ヒヤリとした風を受けながら、凰華はここ数時間の間に起こった信じられない出来事を回想しては溜息をついた。
「まさか実弾で撃とうとするとは‥‥‥」
 手渡された拳銃で魅琴に狙いをつけ、引き金を引く。弾が当たったら勝ちとのルールを聞き、凰華は当然銃には当たっても痛くないようなものが入っているのだと思っていた。だからこそ、躊躇なく照準を合わせて引き金を引いたのだが、飛び出したのが本物の実弾で驚いた。
 危うく魅琴を撃ち殺すところだった‥‥‥。
「まぁ、もなも本気で狙いつけてるわけじゃねぇし、魅琴も運動神経は良いからな。 ‥‥‥毎回実弾使って訓練なのか遊びなのかわかんねぇことしてるけど、客に何の説明も無いまま実弾撃たせるのヤメロって注意してるんだけどな」
 困ったように苦笑しながら髪を掻き乱した冬弥が、ふと真顔になると凰華を見下ろした。
「一応今回、俺はお前を守る目的でここにいるんだ。派手に動き回って怪我されたら迷惑だと、最初に言っておく」
「心配は無い。例え怪我をしようとも、それはあなたのせいではない」
「俺のせいでなくても、寝覚めが悪いだろうが。とにかく、俺から離れるなよ」
「善処はする」
「手加減はしないで良いっつーことだし、明日仕事入ってるし、今日中に読んでおきたい本あるし、とっとと片付ける」
「そうしてもらえると有り難い」
 冬弥を取り巻いていた空気がザワリと揺れ、瞳が鋭く輝く。 両手に持った銃が月光を受けてキラリと光り、風が冬弥の前髪を掻き乱す。
 一般人に被害を出すわけには行かないと考慮して選んだ郊外にある廃病院の中庭の真ん中で、凰華は漆黒の刀身を持つ魔剣・アークを構えると目を閉じた。 視界を失う事によって研ぎ澄まされた聴覚が、夜の闇に隠れた気配を探る。どれほど闇と同化しようと試みようと、闇は所詮闇でしかない。そこに潜む人の気配は、簡単に断てるものではない。
「‥‥‥まだ散ってなかったのか」
 冬弥のそんな声に目を開ける。 闇から這い出てきた人々を遠巻きに、冬弥が凰華を見下ろすと口元にだけ笑みを浮かべる。
「桜だよ、桜。今年はまだ花見してないうちに散り始めてたからな」
 確かに朽ちかけた病院の脇に桜が植えられているのが見えるが、この状況下でそんな呑気な事を言っているなんて、相当の実力の持ち主か相当の馬鹿でない限りはありえない。
「サクっと片付けて桜の花でも拝んでから帰るか」
 そう言いつつ、両方の銃が火を吹く。ロクに相手を見てもいないのに、冬弥の狙いは正確だった。
「俺の事は気にしねぇで良いから、自分の身だけ守っとけ」
「それはこっちの台詞だ」
 冬弥が走り出したのを感じ、凰華も地を蹴る。銃を構えようとしていた男を剣で振り払い、怯んだ男の肩に手を突いて高く飛び上がると、体重を乗せた一撃を背後にいた男達に加える。右手から走りこむ男に足払いをかけ、左手で銃を構える男に気づき、前転の要領で前に転がる。上から圧し掛かってきた男に剣を突き刺し、立ち上がると男を突き飛ばして数人巻き添えを食わせる。
 機関銃を持った男が視界の端に映る。凰華は近付いてきた男を蹴り飛ばし、彼の肩を借りて飛び上がると混乱の中から脱っした。 剣をいったん下げ、素早く胸の前で簡単な魔方陣を刻み、高速詠唱で術を完成させると機関銃を持つ男に向けて放つ。氷の刃が空を切り裂き、一直線に男に向かって行くのを見届けた後で振り返り、剣を振るう。
 剣に何らかの術を施してあるらしい男と剣を交えれば、かなりのパワーに驚く。赤黒く光る刀身は、刃の生贄となった者の血をふんだんに吸っているのか、あの鉄臭い臭いすら感じられる。
 鍔迫り合いに持ち込まれると厳しいと感じた凰華が男から距離をとろうと身体を引いた時、後ろにいた何者かと身体がぶつかった。顔を上げてみればヒゲ面の男で、右手にスタンガンを持っているのが見える。危険を察して避けようとした時、男が右肩を抑えて唸ると1歩退いた。見れば肩にはナイフが深々と刺さっており、遠くから冬弥が投げたものだと言うのが分かる。
 視線をそちらに向けてみれば、口元を綻ばせながら男達を地にねじ伏せていく冬弥の姿があった。格闘技と射撃を合わせての戦いは、相手が弱いのか冬弥が強いのか、歴然とした力の差を感じる。
「冬弥じゃねぇか」
 赤黒い剣を持った男が凰華の背後をじっと見つめ、ペロリと唇を湿らす。 ドロリとした瞳は一切の感情を排除しているらしく、沼のように深く暗い。
「こんな所で懐かしい顔に会うとは思わなかったな」
 近くにいた男を倒し終わった冬弥が、男の瞳を真正面から見返すと苦々しく顔を歪める。
「運命ってヤツだな。やっぱお前を倒すのは俺だって事だよな」
「ほざけ。お前なんかと運命結ばれちゃ、俺が可哀想だ」
「本当は嬉しいくせに、素直じゃねぇなー、冬弥は」
「お前、心底狂ってるよな。一度医者に診てもらえ」
「酷い事言うねー、いーっつもそう、冬弥は俺にだけいっつも冷たい」
「おい、その馬鹿男は俺に任せて、お前はあっちのヤツどうにかしてほしい。俺は明日に備えて能力は極力使いたくねぇんだ」
 冬弥の後ろに見える魔術師が術を紡いでいるのが見える。咄嗟に冬弥の背後に結界を張り、何とか術を跳ね返すがかなりギリギリのタイミングだった。
「流石だな。 ま、きっと結界なんてすぐに作れるだろうなとは思ってたけどな」
「どっちがボディーガードなんだか‥‥‥」
「おいおい、冬弥はれっきとしたボディーガードだぜ。俺がお前の事襲わないように目が離せないんだよ」
 ケラケラと笑いながら、男が冬弥に飛び掛る。
「気をつけろ、その男、なかなか強いぞ」
「認めたくねぇけど、所謂腐れ縁ってやつだ。コイツの実力は知ってる」
 男を冬弥に託し、凰華は魔術師に向き直った。 既に詠唱を始めている彼を前に、凰華が高速で術を紡ぐ。術終了タイミングと発動は同時だった。凰華の氷の刃と相手の雷を帯びた刃がぶつかり、激しいエネルギー衝突で一瞬辺りが明るく光る。
 あまりの眩さに目を瞑った瞬間、凰華の氷の刃が雷の刃を打ち負かし、勢いは大分衰えたものの、真っ直ぐに相手に襲い掛かる。
「やっぱ人気の無いところ選んで正解だったな」
 そんな呑気な声に振り返れば、銃を仕舞う冬弥の姿があった。 彼の周囲に、あの男の姿は無い。
「さっきの男は?」
「あの目くらましの最中に逃げた。本気でやりあったら負けるの知ってるんだろ。あいつはボディーガードとして訓練してた最中、大分だらけてたからな」
「そうか‥‥‥」
「あと少ししたら、処理を任せた連中が来る」
「処理?」
「‥‥‥こんな廃病院の前に怪我人死人が山積みになってたら、明日のトップニュースになること間違いなしだぞ」
「あぁ、そうだな。そうか‥‥‥助かる」
「いや、こっちも色々情報収集できるからな」
 風に乗って聞こえてくる呻き声を聞きながら、凰華は地面に寝転ぶ男たちを見下ろし、一通り眺めた後で冬弥を見上げた。
「どうして手加減なんてしたんだ?」



 桜の木の根元に座り、夜桜を堪能する。 薄いピンク色の花は、淡い月光に染められて幻想的に見えた。
「手加減なんてしてたら、あいつらの半分くらいは死んでただろうな。‥‥‥ま、手加減って言うか、手抜きって言うかだけどな」
「あなたの言っている意味が分からない」
「俺がボディーガードの心得として習ったのは、第一に依頼人の安全。次に、いかに敵を生かしたまま捕らえるかだ」
「何故生かしておく必要がある?」
「そいつがどんなところに属しているのか、どうして依頼人の命を奪おうとしたのか、または依頼人を誘拐しようとしたのか、そいつの口を割らせることで色々とこちらも作戦がたて易くなる。組織的なものなら狙われる前に潰しにいけるし、個人的なものなら原因を探り、類似の事件が起きないように未然に防ぐ努力が出来る」
「そう言うものなのか?」
「動けない程度に怪我を負わせるって意外と大変なんだぞ。殺すのよりもずっと難しい」
「それは同感だな」
 風が吹き、桜の花が揺れる。 暫しの休憩だったが、大分体力を取り戻した凰華は立ち上がるとポケットから銀色の腕輪を取り出して冬弥に差し出した。
「生憎今、手持ちが無い。だから、報酬はこれで良いか?」
「綺麗な腕輪だな」
「守護の護符が刻まれている。なかなか良く出来たと、僕は思っている」
「ふーん、なんか結構良いものっぽいけど、良いのか?」
「動けない程度に怪我を負わせるのは、殺すのよりもずっと難しいんだろ?」
「まぁな。 んじゃ、ありがたく貰っとくか」
 冬弥が腕輪を受け取り、立ち上がると服の裾を叩く。
「あいつらからは、こっちで色々聞いてみておく。あいつらがどんなのに属しているのか知らねぇが‥‥‥ま、あんま参考にならねぇだろうな。あいつらどうせ下っ端だろ?」
「そうだろうな。なかなか力のある者もいたようだが、いつの間にかいなくなっている」
「不利になると逃げるのは上の奴らの常套手段ってやつか」
「今日は助かった、有難う」
「いや、俺も良い運動不足解消になった。 メタボリックまっしぐらにはならなくてすみそうだ」
「あなたはもう少し肉をつけても良いと思うけど‥‥‥」
 服の上からでは体つきはよく分からないが、冬弥の全体的な線は細い。
「帰り道、気をつけろよ。お前の力を狙ってるとかそう言うんじゃなくとも、最近は物騒だからな」
「ご忠告有難う」
 凰華はそう言うと、冬弥に背を向けた。
 帰路につく凰華の行く手を、等間隔に並んだ街灯がボンヤリと照らしていた ―――――



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 4634 / 天城・凰華 / 女性 / 20歳 / 退魔・魔術師


 NPC / 梶原・冬弥