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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜―】



「あのー、この書類はどこにー?」
 大きな声を出して尋ねると、奥のほうからアンヌが返してくる。
「それは二段目のファイルにおさめるものですわ〜」
 由良皐月は二段目とやらの棚に目を遣った。あ、このファイルだろうか?
 事務所のドアが開き、フードをかぶった青年が入ってくる。
「うわぁ、外はひどい雨だよ。これ以上は臭いが追えないから帰ってきた」
「あらぁ。大変ですわね。タオルをお持ちいたしますわ」
 そそくさと入れ替わりに出て行くアンヌ。
 青年はマモルだ。彼は皐月に気づいてフードの下から「こんにちは」と挨拶してきた。
 衣服はぐっしょりと濡れ、寒そうだ。いくら春とはいえ、まだ肌寒い日もある。
「はーっくしょん!」
 大きなくしゃみをしながらまた別の誰かが事務室に入ってきた。聞き覚えのない若い娘の声に、皐月は思わず振り返る。
 長い栗色の髪から水を滴らせている奇抜な格好の娘は再びくしゃみをした。
「ラン!」
 思わず出たような、叫び。彼女は慌てて言い直す。
「あ、さ、『寒い』だった……」
 くしゅ、と続けてまたくしゃみ。
「あらまぁ。シンも帰ってきたんですか」
 戻ってきたアンヌに彼女は鼻をすすりながら首を傾げた。アンヌはバスタオルを渡す。
「早くお風呂に入ってきたほうがよろしいですわ」
「う、うん。そうするね……」
 タオルを受け取った娘はさっさと事務室を出て行ってしまった。あっという間のことで、皐月はぽかんとしてしまう。
(彼女がシンさん……? 全然喋る暇もなかった……)
 あぁ、惜しい! 何か話しかければよかった。いや、でもそういう場合ではなかったか。
「はいどうぞ」
「あ、ありがとう」
 アンヌからタオルを受け取ったマモルもそそくさと出ていってしまう。
 見送った皐月は書類の束を机の上におろし、それからふと気づいた。
「これ、全部依頼概要の書類ですよね?」
「そうですけど?」
「……けっこうな量の依頼を受けてるみたいですけど、年齢的な部分で大変だったんじゃありません?」
「え?」
 きょとんとするアンヌに、皐月はう〜んと悩む。
「日本支部ってみんな若いなって思って。
 変な言い方だけど、依頼内容が内容だからっていうのがあったのかなと、ふと」
「はぁ……つまり、内容によっては年齢的に難しいのではとおっしゃりたいのですか?」
「そう!
 私だってクゥくんはついつい子供に対してみたいに撫でたりしたくなるもの……。外見や年齢で判断しちゃう人は多いだろうし、うーん……。それでも遂行するってことは立派だわ。仕事にするだけのことはあるっていうか。って書類片付けながらなに言い出してるんだか私も」
 苦笑する皐月はファイルを開いて書類を綴じる作業に入った。
 立っているアンヌはちょっと考えるような仕草をし、それから気づいたようにくすくすと笑い声をたてた。
「確かに、外見で判断される方は多いですし、そのあたりで苦労することも多少はありますわ」
「やっぱりあるんですか?」
「もちろん。場合によっては依頼を取りやめる方もいますからね……。うちに依頼される方たちは、年齢とか気にしていられる立場にいない方が多いんですのよ?」
「? どういう……」
「そんな小さなことを気にしている精神的余裕がない、と言えばおわかりいただけますか?」
「…………」
「うちの会社、口コミでしたか。あれでけっこう広まってるみたいですからね。一つずつ丁寧に請け負うことが結果に繋がるわけですわ」
 なるほど……そういえば今はネット時代。インターネットで様々な情報のやり取りがされているのだし、口コミで広がるということもあるのだろう。
「アンヌさんも苦労したでしょう?」
「そうですわねぇ……。この小娘が、とか言われたこともございますわ。ほほほほほ」
 高笑いをあげる彼女に皐月は疑問符を浮かべる。こんな笑い方をする彼女は見たことがない。
 皐月はえっとぉ、と呟く。
「クゥくんが12歳で……さっきのシンさんは?」
「17歳くらいでしょう」
「で、露日出さんは……」
「二十歳ですわよ」
「えっ!? あぁ〜……でもそんな感じ」
 大学生の印象はあったが、やはりそれは当たっていたようだ。
「えっと、まだ会ってない遠逆さんは?」
「彼女は確か……19歳くらいですわね」
「へぇ〜! やっぱり若いですね。
 ん? っていうか、私、結構年長組? あちゃー……これは気づきたくなかったなぁ……」
 苦笑いを浮かべつつ、一つ目のファイルをぱたんと閉じる。次のに取り掛かった。
「支部長さんは高校生ですよね」
「はい。フタバ様は高校一年生ですわ」
「そうなんだ……。アンヌさんも高校生くらいですよね。支部長さんと同い年なんですか?」
「さあ?」
 にっこり微笑むアンヌに、皐月は怪訝そうにする。
 なぜ、肯定するか否定するかではなく……曖昧?
「ふふっ。本当はわたくし、外見よりも年寄りなんです」
「……でも、露日出さんくらいでしょう?」
「さあ?」
 まただ。
 なんだかその可憐な声が、背筋をぶるりと震わせる。これ以上は踏み込んではいけない……ような…………。
「も……もう! 冗談が好きなんですからアンヌさんてば!」
 茶化すと彼女もくすくすと笑った。いつもの穏やかなものだ。心のどこかで安堵してしまう。



 シンが事務室のドアを乱暴に開けて入ってくる。彼女はずんずんと机に寄ってくると、そのままどかっ、とイスに座った。
「報告書報告書っと……」
 ぶつぶつ言いながら机の上のペン立てから鉛筆を掴み、同じようにファイルを引っ張って机の上で開いた。
 まだ何も書き込まれていない報告書が綴じられている。シンはそこから一枚はずし、凝視してから「うー」と唸った。
「下書きしたほうがいいよねぇ……。めんどくさいなぁ……」
 唇を尖らせる彼女は皐月に気づいていないようだ。
 風呂に入ってきたらしく、湯気が少しあがっている。タオルを首にさげ、先ほどとは違うラフな格好になっていた。カットソーと、ジーンズという姿の彼女は「う、う、う」と奇妙な唸り声を発している。
「シン」
「あぁ、アンヌ、ちょっと今忙しいから後でね」
 ひらひらと手を振るシンを、背後から近づいたアンヌが無理やりイスを回転させて皐月のほうに向けた。
「わあっ! 危ないなあ! イスから落っこちちゃうじゃないか!」
「こちら、アルバイトのユラ・サツキさんです」
「あ……ど、ども」
 唐突すぎて彼女はついてこれないようだ。皐月に向けて慌てて軽く頭をさげる。
「よろしくね。シンだよ」
 笑顔を浮かべるが、すぐにいびつになる。視線をアンヌに向けた。
「ね、ねぇ、報告書を書かなきゃいけないんだよ。手伝ってよぉ」
「あら。この間も手伝ったでしょう? 自分でやらないといけませんわ」
「だって日本語難しい……」
 机の引き出しから辞書を取り出してぱらぱらと捲るシン。よく見れば辞書にはあちこちに付箋が貼り付けられていて、読み込まれているのがすぐにわかった。
 皐月が軽く手を挙げた。
「なんだったら私が……」
「あら。いけませんわ、ユラさん。それでは勉強になりません。手助けをしてはいけませんわよ」
「……ごめんね」
 無理に手伝ってもいけないだろうと皐月は引き下がった。シンは苦笑いして「いいよぉ」と言っていた。
 皐月はシンを観察する。性格はまっすぐな印象を受ける。17歳という年齢が納得できる外見だが、女の子にしては背の高いほうだろう。
 それほど凹凸のない肉体ではあるが、同性の皐月から見ても悪印象はない。爽やかで、さっぱりとした女の子という読みは間違っていないはずだ。
(アンヌさんや支部長さんとは違ったタイプの子なのね……)
 男の子にはあまりモテそうにはないが、モテるなら真剣に好きになってくれる相手にだけだろう。そういう風にみえる。
「初めまして。アルバイトの由良皐月よ」
「うんうん。よろしくね」
 何度も頷くシンの頭をアンヌが軽く小突いた。
「早く報告書に取り掛かったほうがよろしいんじゃありませんか?」
「うぐ……。そ、そうだね……」
 渋々という様子でシンは机に向き直る。と、彼女は気づいたように肩越しに皐月を見てきた。
「あぁそうだ。えっとね、集中してる時のあたしをまともに見ちゃだめだよ、サツキ」
「え?」
「ま、一回見りゃわかるか……。まあそれはまた今度」
 そう言うなり、彼女は報告書相手に奮闘を開始する。やはり彼女も社員だけあって、只者ではないということだろう。
(ここって、見かけと中身が全然違うっていうか……)
 アンバランスすぎるというか……。
 長いすで休憩をとっていた皐月は、脇に置いてあったファイルを抱えた。あとはこれを支部長のところに運べばいい。



 ドアをノックすると、中から返事が返ってくる。ドアを開けて中に入ると、双羽が机に向かって何やら作業をしているのが見えた。
「支部長さん、ファイルを持ってきました」
「え? あぁ、ありがとう由良さん。悪いわね、こんなことまでさせちゃって」
 顔をあげた双羽は苦笑する。
「いえいえ。こんなことくらいしか私はお役に立てませんから」
「そんなことないわよ?」
「……支部長さん、なんだかちょっと疲れてるみたい。よし! 私が肩を揉んであげる!」
「ええっ!? いいわよ!」
 困惑して顔を赤らめる双羽の背後にまわり、皐月は肩を揉み始めた。
「あらら〜。こってる!」
「え……? そ、そうなの……? あ、でも……気持ちいい、かも」
 おとなしくなった双羽に皐月は微笑んだ。
「肩もみ上手だって言われるから、任せて。
 そういえばアンヌさんは支部長さんと同い年くらいなんですよね?」
「…………」
 無言の双羽に皐月は不思議そうにした。やっぱり違うのか?
「……う〜ん……実際の年齢ははっきりしないの。一応、24歳ってことにはなってるけど」
「………………」
 思わず手が止まった。
(うそ……私と同い年?)
 いくらなんでも悪い冗談だ。童顔にもほどがある。
「ふ、ふふふ……」
 笑いながら皐月は双羽のこりをほぐすように手を動かした。空耳だと、いいなぁ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5696/由良・皐月(ゆら・さつき)/女/24/家事手伝】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、由良様。ライターのともやいずみです。
 全員の年齢のようなものが微妙に判明……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。