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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夢の中から

☆オープニング

「夢を見たんだ」
 草間の目の前に座る男はそうつぶやいて草間を見た。彼はやつれており顔色も悪かった。
 草間は男の言っている言葉の意味がつかめず、眉をゆがめることしか出来なかった。だが、彼の身に尋常ではない事態が起こっているのは目に見えて明らかだった。
「夢?」
「ああ、いつも見る夢なんだ。俺が夢の中から飛び出して、ある女に呼び出される夢。その女はとても妖艶で、俺はついつい彼女に身を任せるのだが、この頃ボーっとすることも多いし、体の調子が悪くて、このままじゃ殺されるかもしれない」
 彼の瞳の中には恐怖という感情がありありと浮かんでいた。
「頼む、助けてくれ」
 必死の形相で頼まれ、命の危険があるとなったら助けないわけにはいかないだろう。
「怪奇専門じゃないんだがな」
 草間は溜息を吐き出して、彼に言った。
「わかった。詳細を教えてくれ」





「ぁ? 俺?」
 軽いお使いを終え、草間興信所に帰ってきた梶浦濱路は草間から話を聞き頭をかいた。
「ああ、お前の専門だろ」
「まぁ、夢っていえば俺ってゆーか、そんな感じ?」
 それに、と濱路は心の中で考えた。

――俺みたいな奴が他にいるのかも

 濱路は誰かの夢で生まれた存在だ。あまりに特殊なその出生のため、今は夢の主を探すために草間興信所でアルバイトを行っていた。草間が彼に話を持ちかけたのもそんな特異な出生のためだろう。夢の中のことは、夢に近いものの領域だ。
「草間さん、俺、やります」
「いつになく積極的だな」
「いやだなぁ、俺はいつだって積極的じゃん」
「どこがだ」
 普段の濱路の様子を思い出し、ため息を吐き出す草間を尻目に、濱路はいたずらを思いついた子どものような笑顔を見せた。

 *

 濃紺が空を染めて大分たった。夜も更けてきて、風も弱いので、窓を開け空を眺めていた濱路はぼそっと呟いた。
「チョット怖くなってきた」
「今さら何を言ってるんだ」
 あきれたような草間の声を後ろに、濱路は諦めたようにふわりと空中に浮いた。怖いといっても、夢の中の人物のことは気になってはいたのだ。
「しょーがないから行ってきまーす」
「しっかり仕事しろよ」
 草間さんは人使いが荒いと思うんだよな、俺。
 濱路のほうも向かず、口だけでそういった草間に対し、不満を心の中でもらしながら、夜の空へ飛び立った。
 
 
 依頼人の男の夢に入り込むのは濱路にとって容易なことだった。入り込んでから、濱路は辺りをぐるりと見回した。そこは畳に障子に屏風がある日本風の豪邸だった。足をこすると、畳の感覚がリアルに伝わってくる。濱路はその様子に思わず眉をゆがめた。
 たまにリアルな夢を見る奴もいるが、大抵夢というものは支離滅裂でこれほどリアリティはない。何か特別な力がここには働いていると考えるのが妥当だった。濱路は、厄介そうだと考えながら、男を捜すために屋敷の中を歩き出した。
 男はすぐに見つかった。まっすぐ長い廊下を歩いている。濱路は柱の影から、そんな男の様子を眺めた。廊下を歩き、彼が出たのは屋敷の中庭だった。中庭は、手入れの行き届いた植木がある日本風の枯山水。濱路は男の後ろから着けていき、植木の傍に腰を下ろすと、男を見つめた。
 すると、男の前に一人の女が現れた。
 足元にまで届きそうなほどの長い髪と、白い着物、赤い唇に少し童顔な顔、美しい女だった。
「お待ちしておりました」
 女は言うと、男の首に腕を回した。そして、自分の体をひきつけるように腕に力を入れた。
 男も女に覆いかぶさるような形になり、二人は抱きしめあう。
 濱路はそんな姿を見ながら、あきれたように肩をすくめた。別に問題はないんじゃないかと思えてくる。

――あ、でも男は困ってるんだっけ

 濱路は本来の目的を思い出した。
 だが、ただ抱きしめあっている二人を見ていると、気も緩んでくる。身をよじった瞬間、腕が草をかすった。それほど大きな音はしなかったはずだが、女の目が濱路のいる植木の傍に向けられた。濱路はびくりと体を震わせ、男に微笑みかけてからこちらに向かってくる女を見つめた。

――やべ、見つかる!

 濱路は慌てて植木の一つに変化した。女が植え込みの後ろを見、濱路が変化した植木を眺めた。
 黒い双眸は何を考えているのかはわからないが、男を見ると木の芽とは打って変わって冷たいものになっていた。女が濱路変化する植木に手を触れようとした瞬間、あたりの風景が次第に溶け出していった……。
 気付いたとき、濱路は男の部屋の天井に浮いていた。緊張により、精神状態にもかかわらず、手に汗が滲んでいるような気がした。
「あっぶねー」
 基本的に小心者の濱路は「もういやだ」と呟きながら草間興信所へ戻るため、男の部屋の窓から外へ飛び出した。



 数日たち、濱路はまた男の部屋にいた。草間にはもう嫌だと訴えたのだが、聞き入れてもらえずここにいる。
「こえーよ、あの女」
 呟いて男の顔をじっと見る。しばらく見つめていたが、男の寝顔を眺めても面白くはない。しかたない、というようにため息を吐き出して、濱路は男の夢の中へ入っていった。
 男の夢の中に入ると、同じ和室が現れた。男がいる。高頻度で同じ夢を見る人間はあまりいない。同じということはこの世界が男の意思とは別のもので出来ているということを物語っていた。
 濱路は男に触れると、男の姿に変化した。この間来たとき、男がどのようにして女に会っているのかわかった。焦点の合っていない瞳を目の前にして、濱路は目を細める。それから何も言わず、歩き出した。
 障子を開くと目の前には長い廊下。この家のつくりはどうなっているんだと思いながら、歩き出す。
 長い廊下を抜け、中庭に出る。中庭には先日と同じく、女がたたずんでいた。
 女は男の姿をした濱路を見つけると、にこりと微笑んだ。
「お待ちしておりました」
 彼女はそう言って濱路に近付く。
 濱路はじっと彼女を見つめた。
 女はゆっくりと濱路の肩に手をかけようとした。
 が、しかし、女の手は濱路の肩に触れるか触れないかのところで止まる。濱路は女を見た。
 女は濱路をじっと見て、それから、目を見開き大きく口を開けた。口は耳のほうまで避け、目は異様な光を帯び、ぎらぎらと光っていた。
「お前、何者だ」
 女の手が濱路の首を絞めようとしたが、濱路はあと少しのところで軽く避け、男の姿から本来の姿へ戻る。
「あっぶねー」
 そういいながら女を見ると、女の姿は美しいものから醜いものへと変化していくところだった。彼女のすらりと伸びた日本の足は長く伸び、黒光りしている。口からは細い舌と鋭い牙が除き、瞳は金色に輝いた。その要望から、女が蛇の化け物であったと言うことがうかがい知れる。
「こわ! やっぱり断っときゃよかった!!」
 身を震わせる濱路に対し、女が変化した蛇はその大きな口を開いた。
「まぁ、仕事だし? しかたないけど」
 ぶつぶつと文句を言ってから、濱路は蛇に声をかけた。
「蛇さーん、なんで、この男の夢にいんの?」
「うるさい、黙れ!」
 蛇は長い尾で、濱路に攻撃を仕掛けた。濱路はそれを軽く避け、「こわ!」と言いながら、蛇と対峙した。

――話して通じる相手じゃないってか

 彼は蛇を見ると、弱気な態度で後ずさってから、ひゅいと口笛を吹いた。
 すると、濱路の体から霧が発生し、あたりを包み込む。蛇の姿が見えなくなると、濱路は多少安心したように息を吐いた。

――さて、と。蛇の苦手なものといったら……。
 
 アレ、だな。

 濱路は苦笑いを浮かべて、大きく息を吸い込んだ。

「百足」

 そう声高々に宣言する。
 蛇と濱路を包み込んでいた霧が大きくぶれたかと思うと、霧はある形をかたどるように集まりだす。
 霧は大きく百足の形をとり、蛇の前に立ちはだかった。昔から蛇避けに使われる百足は、蛇を払う力があるとされていた。
 濱路の予想道理、蛇は巨大な百足にひるむようなしぐさを見せた。百足がアレほど大きな姿で現われたのは、蛇の中で百足の存在力が大きかったからだ。
「ラッキー」
 一か八かで言った百足が功を奏し、濱路は蛇に向かってピースをした。
「じゃあねーん、蛇さん。サヨーナラ」





 仕事を終え、草間興信所に戻った濱路はソファーにぐったりと体を横たえた。
「俺頑張った。俺、ちょー頑張った。ね、草間さん?」
「ああ、そうだな」
「冷たい〜」
「結局原因はわかんなかったんだろ」
「でも、倒したし。蛇とか、たたりとか本人に聞けばわかるんじゃん?」
 濱路は顔を上に上げて、天井を眺めた。


 夢主探しは、まだまだ先が遠そうだ。



エンド

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7483/ 梶浦・濱路 / 男性 / 19歳 / 夢人 】

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■         ライター通信          ■
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