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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【女王様失踪】

〜OP〜

【Side:B】

「うーーー、なぁ…もう、勘弁してくれよ…」
テーブルに突っ伏したまま、あたいは疲れきった声を上げた。
「あたい、もう、帰りたいんだよ」
そう訴えども、訴えられた方は「けけけっ」と笑って、「ツレない事を言うんじゃないよ。 女王様。 せぇっかく、こうやってお越し下さったんだもの。 おいらにだって、色々お話したい事や、もてなしたいプランなんかがたぁっくさんあるんですよぅ」と馴れ馴れしい口調で言い募る。
黒い山高帽を目深く被っているせいで、その表情はにやついている口元しか窺えない。
黒を基調としながらも、何だかヘンテコな組み合わせの随分派手なジャケットと、シャツを着こなす男が、あたいの隣に腰掛け、ティーカップを持ち上げながら、そう答えた。
「…おい、帽子屋。 ベイブは?」
「は?」
「ここの王様は、あんたに、あたいの事返せって言ってねぇのかよ?」
あたいの問いかけに、「ええ、ええ、『女王を私の元へ無事な姿で返せ』と何度もご命令いただいてますよ?」と帽子屋と呼ばれる男は頷いて「ですけどね。 そちらの椅子に座っちまったら、しょうがねぇや。 おいらからの『なぞなぞ』に正解するか、このお茶会が終わらなければ『無事』な姿で立ち上がれない。 ですから、ね? 命令を守る為にも、こうやって女王様にお茶会にご参加願ってるってわけです」と、帽子屋はシレっとした表情で言葉を続けた。
あたいは溜息を吐き、恐る恐る頭上を見上げる。
そこにはギラギラと鋭い刃。
「客人をもてなす為のお席に座って貰ったのが、まさかこんな事になるなんて! おいらも心が痛みまさぁ」
処刑台。
その言葉がまさに相応しい席にあたいは座っていた。
あたいの脇には、兎の耳を生やした少年が一人。
無表情に立ち尽くすその手の中には、小さな鋏が一つ握り締められていた。
その鋏がチョキン!と組み合わされれば、鋏の間に張られているロープは切れて、あたいの頭上でギラギラ光ってくれちゃってる刃はストン!とあたいの首を綺麗に落としてくれるこったろう。
冗談じゃない!
先週HDDに録った「ぶらり 爆走バイクの旅 3時間SP」をまだ見れてないのに、ここで死ぬ訳にはいかない!
そう、強く強く心に思えど、ここに拘束されてから、一体どれ位の時間が過ぎたのか。
永遠とも思えるほどの長い間此処に座らされている気がする。
「そこの『三月兎』に鋏から手を離せって言えば済む話じゃねぇのかよ?」
唸るようにして言えば、「まさか! そんなご英断! 三月兎のキチガイっぷりはご存知でしょう? マドモアゼル。 おいらの言った言葉は全部あべこべ! 何一つ言う事を聞いてくれなんかいたしやせん。 増してや、こいつときたら、最近は、この『首ちょっきん』ゲームが大のお気に入り。 今まで何人のお客人の首を、断頭台の露としてきたか数えきれませんや。 無理に立ち上がろうとしても、なぞなぞを間違えても、このロープを躊躇なくこいつは切っちまうでしょう。 ですからね?」
帽子屋は、にいいっと酷く並びの悪い、まるで牙のようにそれぞれが鋭い形を見せる歯を剥き出しにして笑うと「もう少しだけお付き合い下さいな。 この、パーティに」と朗らかに告げる。

あたいは、その言葉に「もう、いやだ!」と悲鳴のような声を上げた。

悪趣味で、残虐極まりない見世物が目の前で何度も、何度も繰り広げられた。
幸いと言っていいのか、この帽子屋が無上の悦びとしているらしい、迷い込んだ人間の客人に対する残酷な振る舞いは今のところ獲物がいないせいもあって行われてないが、この王宮内に棲む有象無象の者々に対して行われる悪趣味な振る舞いはあたいにとって悪夢でしかない。
ベイブが飽きて放り出した「生きている絵画」や、愛玩生物、動く人形等を何処からか掻っ攫ってきては、弄くりまわしたり、解体したり、よくもまぁ、此処までと思うような吐き気を催す所業に及んでは無邪気に喜んでいる。
今だってそうだ。
生きている絵画を火にくべて、その悲鳴をBGMに恍惚とした表情でお茶を楽しむ帽子屋を眺め、あたいは「狂ってる…」と小さく呻いた。
「狂ってる? その通り! よっぽど、女王様はこのお茶会がお気に召さないと見受けられる! では、女王様、命を掛けてお答えになりますか? おいらのなぞなぞに」

帽子屋がにいいっと唇を裂いて問うてきた。

「千年生きる呪いを掛けられたベイブ様。 あのお方が、千年待たずして命を失う方法がただ一つだけあります。 さぁ、それは、どんな方法?」





--------------本編------------------



そもそも、余り運が良くない日ではあったのだ。


日本でも有数の陰陽師でもあり、その腕前で桜塚の名を、その筋の人間の間で一気にメジャーなものへと押し上げた桜塚家当主、桜塚・金蝉はその日、さる政財界の重鎮の娘婿が新居を構えたという事で、その新居祝いに呼ばれていた。

と、いうのも、平安の頃より伝わる高貴な者が新居に入る際の儀式、「反閇」という呪術を請われたからであり、仕事選びに対して、受ける、受けないの判断基準がかなり厳しく、気の向いた仕事しか受けない我が儘な所のある金蝉にしてみれば、普段ならば一顧だにしない仕事ではあったのだが、紹介してきた筋が、どうしても家の関係上無下に出来ない相手であったり、桜塚家内からも、「こればかりは断わってくれるな」という圧力もあり、どうしても重い腰を上げざる得なかった。

で、とっとと呪術の儀式だけこなして辞そうとすれば、その若さと外見の端整さを喜ばれ、自分の人脈や地位を誇示する材料としてなんだかんだと纏わりつかれ、話を請われ、大概辟易した所で殆ど無理矢理のようにして屋敷を後にしてきたのだ。
ゴーイングマイウェイを身上とする金蝉にしれば、他人に己の行動を阻まれる事ほど虫唾が走る事はない。
桜舞い散る川原沿い。
車を出すという相手の申し出すら断わって、足音荒く歩いていく。

桜の名を冠する名故に、舞い散る花弁美しい情景は、確かに感に堪えぬ所もあるが、不機嫌が頂点に達している金蝉が心を和ませるには余りにも実力不足だ。
道に降り積もっている桜を盛大に蹴り上げ「飲まずにやってられっか」と唸る。
思い出しても腹立たしいのが、新婚である筈の客の娘が事あるごとに意味ありげな視線を自分に送り、何だかんだと体をベタベタと触りまくってきた事だ。
良家の子女であるらしいが、その割には派手で下品な立ち居振る舞いが目立った。

翼ならばと、咄嗟に金蝉は思う。

然程、数多い女と接してきた経験がないからだろう。

今までの人生で一番付き合いの長い、自分にとって最も大事な女性を頭の中に思い浮かべ、翼ならば、あのような振る舞いはしないと胸中で吐き捨てて、どうして世の中の女全部、翼のようじゃないんだろうと偏ったことを考えた。

とっときのウィスキーの封を開けようと決意した次の瞬間、足が中空に浮いていた。

「あ?」

口が自然と開く。
目を見開いたまま視線を下に向けるより早く、金蝉の体は落下していた。


「っ!!」


みっともなく悲鳴をあげる事こそ防げたが、いきなりの空中落下に金蝉の鋼鉄の心臓も流石に縮む。
視線を周囲に向ける余裕もなく、落下の衝撃に備え体を丸めれば、程なくバキグキグシャボキ!とまぁ、破壊的な音と共に、破壊的な衝撃が全身を襲った。


「っぁぎいぃゃやあああああああ!!!!!!」


次いで、女の声とは信じられないような破滅的な喚き声が上がり、「なぁ、ななななな、なんだぁぁぁ?!」と、自分の顔を覗き込んでくる気配がある。
然程落下距離はなく、咄嗟に自分の体の周りに術での防護壁を張ったからこそ助かったものの、普通の人間ならば、骨の一本や二本はイっていただろう事は確信しつつ、金蝉は半眼になりながら身を起こす。
「い…生きてる……」
失礼なことを言われつつ、声の方向に目を向ければ、見覚えのある女が一人。

下品オブ下品。

ド派手な化粧を施した顔を、ぐちゃぐちゃにして、「大丈夫か?!」と叫ぶ声に顔を顰めた。

「…う…るせぇ」


頭をふるふると振って、髪に纏わりつく木片やらを振り払う。
ゆっくりと立ち上がり、それから低い、低い声で問いを発した。


「おい、ここは、何処だ」

女は震える声で答えた。

「え? 千年王宮だけど…」

千年王宮の名に、思わず眩暈を感じてよろける金蝉。

何で、今だ?
何で、このタイミングだ?

前回訪れた際にも、大概嫌な思いをさせられたが、今回は訪れの時点で酷い。
いきなりの空中落下なんぞ、誰が予想して道を歩くものか。

「…てめぇ」とそこまで言って、他人の名前に一切興味がない金蝉が見下ろしたまま口を噤むのを見上げ、金蝉が自分の名を忘れている事を察したのだろう。
「竜子だよ」と女が名乗り、「えっと…あんたは…」と言いつつ今度は竜子が視線を彷徨わせるので、自分が前回彼女に対して名乗ってなかった事を思い出し「金蝉だ」と短く答える。
「えっと、金蝉、どうして此処に?」
竜子の言葉に金蝉は「それはこっちの台詞だ」と唸り、それからまじまじと彼女の様子を見下ろした。

「それは、趣味か?」

金蝉が問うのも無理はない。
竜子の足首には黒い枷が嵌められて動けない状態にされていた。
力を込めれば外れそうなくらいのチャチな枷だが、視線を横に流せば、この騒動にも無表情な兎の耳を生やした少年が、銀色の鋏をロープに当てたまま立ち尽くしている。
そのロープはといえば、どうも椅子の後ろに設置された物々しい装置に繋がっているらしく、視線を上に向ければ、彼女の頭上にはギラギラとした大きな刃が吊り下げられていた。
「どんな趣味だよ…。 こんなスリル満点の趣味聞いた事ねぇよ…」
竜子に言われ、まぁ、そうだろうなぁと頷いて、彼女が望まぬままにここに繋がれている事を察する。
「ふん」と鼻を鳴らし、首を巡らせれば、そこは森で頭上に青い空が広がっているのかと言えばそうではなく、白い天井が見えるばかりで、前回同様やはり、この城の「外」というのは存在しない世界である事を確認した。

息が詰まる。

そんな不快感を露に眉根を寄せて「俺を此処から出せ」と言えば、「あんた、迷子か」と言われてしまう。
迷子等という呼ばれ方は不本意極まりなく「…普通に歩いてたら、いきなりこんな場所に叩き落された。 迷いたくて迷ったわけでもなけりゃあ、こんな場所にだって来たかなねぇんだよ」と凄むように言い、竜子に肩を竦められた。

「そうは言ってもよぉ…出してやりてぇのは山々だが、あたい、今こんな状態だしな…」と言いつつ脇に立つ兎少年を眺める。
金蝉は、黙ったまま少年を見つめ、一度だけ、それでも彼にしては奇跡的に一度だけ命じた。

「その鋏を此処に置け」

当然のように金蝉の言葉を無視する少年の頬に、金蝉、大人気ない大人の代表の如く、かなり本気の拳を叩き込むため手を振り上げる。


ここから出たい→竜子は出してくれる→でも、竜子が捕まっていると出れない→じゃあ、竜子を捕まえている奴を倒せば良い


この単純明快極まりない思考回路の従っての、何の迷いもない行動ではあったが、その拳が少年の頬に達する前に「ヨーホー!」と陽気な声が掛けられ「ようこそ! ようこそ! お客人!!」といきなり耳元で喚かれた。

目を見開き、咄嗟に薙ぐようにして、拳を声のするほうへと振りぬく。
だが、その時には既に、声の主は背後に飛びのき、それからこちらに向けて一礼してきた。
「ウェルカム! イかれたお茶会へ。 私はこのお茶会を主催いたします、帽子屋でございます。 以後お見知りおきを。 お客人は、誠に、誠に、まーこーとーに、ラッキー! 砂糖漬けのチェリーは如何? 子牛のミートパイも、ご用意してありますぜ?」

黒い山高帽を目深く被った男だった。
その表情はにやついている口元しか窺い知れず、緩んだ口調を含め、何から何まで気に入らない。
黒を基調としながらも、奇妙な組み合わせの随分派手なジャケットと、シャツを着て、ヒョコンヒョコンと独特のリズムで歩く男は、残骸と成り果てている机に目を向け、「ありゃりゃ、これは、中々派手な登場をしてくれなすった」と愉しげに呟き、「超特急! 新しい机と、お客人に椅子を一脚! あと、ゴミは各自、ゴミ箱へ!」と叫んで指を鳴らした。
その瞬間、一瞬で机の残骸たちが燃え上がり即座に消え去る。
金蝉が目を見開いていると、「あ、お客人、ちょっとお下がりになっておくんなさい」と男に言われ、思わず後ずさりすれば、「ロゼット! ローゼット! 随分と男前が来たよ! お前がおもてなししてやんな!」と帽子屋が喚いた。
すると、真ん中に花が飾られ、たっぷりとお茶菓子が載った白いテーブルクロスが掛けられた長机が滑るように現れる。
次いで、マホガニー製のアンティークチェアーが一脚トコトコとその四足を交互に動かし、チョコンとテーブルの傍に鎮座した。
「ロゼット、男前と聞いたら急いできやがって。 お前はほんとに分りやすい子だねぇ! お客人、どうも彼女に気に入られたらしい! 是非是非ゆっくりしていっておくんなさい。 ブランデーを落とした紅茶もご用意させましたんで、ま、ま、是非一服を」
そうテンションの高い声で言われ、言葉のままに椅子に腰を下ろしかけてハタと我に返る。

なんで、ここで、俺がゆっくりしていかなきゃならねぇんだ?

今すぐ竜子をあの椅子から解放して、とっとと、この場所から脱出しなければならない。

なんだかこっちのペースをかき乱す、帽子屋の台詞に唯々諾々と流されかけたが、こんな場所に長居する理由は一つだってないのだ。

金蝉は、座りかけていた腰を浮かせ「生憎だが、俺は此処には用はない。 そこの女を放して貰おうか? …まぁ…、お前が俺を此処から出せるなら、別段それでも構わないんだが?」と告げる。
「つ、冷てぇ! 金蝉、すげぇ冷てぇ! あっきらかに、あたい此処で困ってるよな? 物凄いこの椅子から解放されたがってるよな! そこら辺を察して、あたいの事を助けてやろうとか思わねぇのかよ!!」
そう竜子が喚く声に顔を顰め、「黙れ。 なんで、俺がわざわざお前を好意で助けてやらなきゃなんねぇんだ」と冷たく言い放つ。
「お前しか、此処から俺を出せねぇってぇんなら、仕方がねぇから助けてやるよ」
金蝉の言葉に、竜子は「是非、あたい以外の奴がこいつを外の世界に帰せませんように!」と意味の分からない祈りを捧げ、帽子屋は、竜子の祈りに答えるかのように、わざとらしく肩を落とした。
「ああ、残念ながらおいらの身の上では、この城と外界を繋ぐ術は持ち得ません。 それは、ベイブ様の特別な召使である『女王』と『ジャバウォッキー』にのみ許された特権」
そうしょんぼりした声で言われ、金蝉は「じゃあ、仕方がねぇな」と言って懐から銃を取り出し、帽子屋の額に向ける。
「この女を放せ」
金蝉の言葉に帽子屋は何度も何度も頷いて、「了解了解、お客人! ですから、その物騒なものをおいらに向けるのはおよしになって下さい。 しかし、こうなってしまっては仕方ありません。 お客人の要望にお応えすることがおいらの何よりもの喜び! 折角お越し願えたのに、すぐにお帰りになってしまわれるなんて、募る寂しさもない程に、呆気ない出会いでは御座いましたが、刹那の間でも垣間見ることが出来て大変僥倖で御座いました。 さてさて、何かお持たせ出来る土産が在れば宜しいのですが、何かご入用のものは?」と帽子屋が滑らかに長口上を述べる。
金蝉は、ただ首を横に振り「いらん。 早く放せ」と短く告げ、竜子が「な、なんか、知らないけど、あたいはこっから立ち上がれんのか?! まじで?! ありがとう金蝉!」と、よっぽど解放されたかったのか、感激に満ちた声を上げた。
帽子屋は溜息を吐き出し「では、せめて、こちらにいらした記念に花を。 ロゼット。 お持ちして」と帽子屋が言い、振り返れば、金蝉の直ぐ背後に在る椅子の上に、可愛らしいブーケが載っていた。
金蝉は、鬱陶しいとは思いながらも、これまで無下に受け取らぬ理由もなし、翼辺りに渡せば喜んで貰えるだろうと考えひょいと椅子の上に手を伸ばす。

その時。


椅子の両脇の肘置きがぐにりと伸ばした金蝉の腕の方へと向かって折れ曲がった。
いつの間にかブーケは姿を消し、肘置きの部分が女の腕に変じている。
「っ!」
慌てて身を引こうとするより早く、金蝉の腕は「ロゼット」の手に捕まえられていた。

「放せ!」

そう言いながら、もう片方の手に握り締めたままだった銃を、ロゼットに向かって撃ち放す。
が、流石丈夫なマホガニー製というべきか、ガスンと穴背もたれ部分に穴は空けども怯まずに、そのままぐいと引き寄せられて、あれよあれよという間に腰掛けさせられていた。

「っ!」

慌てて立ち上がろうとすれども、ぐいと腰の部分を女の腕で抱き込まれ、身動きが取れなくなる。
見上げれば、いつの間にか竜子と同じ斬首台が設置されていて、そこで金蝉は自分がどうにもこうにもならない状態に置かれてしまったことを悟った。

つまり、強制的にお茶会への出席者にされてしまったわけである。

「おお! ロゼット!! 可愛い娘よ! そうかい、そうかい、そんなにそのお客人が気に入ったかい。 確かに、この前の男は、顔は良かったが立ち居振る舞いは立派な紳士ではなかったものなぁ。 それに比べて威風堂々、動じる事なき美丈夫っぷりは、厳しいお前の御眼がねだって充分叶うお客人サァ。 これを、何のもてなしもせずに返しちまうなんざあ、そりゃあ、おいらにだって出来やしないよ」

ペラペラペラと喋り散らす帽子屋の言葉に柳眉を逆立て、「てめぇ! ふざけやがって!!」と金蝉は怒鳴り声を上げる。

「さぁてはて、お客人。 そんなに怒るもんじゃありやせんや。 此処で会えたのも何かの縁。 滅多と来れぬこの場所で、こうして会えた奇跡を尊び、茶の一杯でも召し上がって下さいな。 女王とて、客が自分一人で大変寂しがっていた所ですし…ね?」と、話を差し向けられ、虚ろな目で金蝉を眺めていた竜子が小さな声でボソリと「役立たず」と呟く。
「っ!!!! 聞こえてんぞ、てめぇ!!」
そう怒鳴られて一瞬身を竦めど、「役立たずを、役立たずっつって、何が悪いんだ! みすみす捕まりやがって! あほあほあほー!!」と子供のように竜子が怒鳴る。
その瞬間、金蝉は唯一自由な足を跳ね上げ、重いはずのテーブルをガンッと蹴り上げ宙に浮かせた。

「ここの特権階級の癖しやがって、こんなトコで、間抜けにも捕まりやがってるお前のアホさ加減よりマシだ」

低い声でゆっくりと言い放てば「ううう…」と竜子は返す言葉を見失ったらしく「あほー」と再度小さな声で文句を言う。
「てめぇ…こっから立ち上がった後、どうなるか覚えてやがれ」
そう唸る金蝉に「へっ、アタイに何か手出ししてみろ、ぜってぇこの城から出してやんねぇ」と竜子も負けずに言い返してきて、二人は暫し睨みあう。

「おやおやおや? なんだか険悪なムードですなぁ。 いけませんぜお客人方。 折角の愉しいお茶会だ。 もっと和やかでなきゃ」

そう言いながら、ついとティーカップに新しいお茶を淹れ二人の前にカップを置く。
「さて、おいらが二人の仲介役を買ってあげましょう。 何があったんで?」
訳知り顔で頷きながら言う帽子屋に、それまでいがみ合っていた二人全く同じタイミングで「お前のせいだろうが!」と怒鳴り声をあげていた。
キョトンと口を開き、その後わなわなと体を震わせながら「そ、そんな、おいらのせいで、二人が争っているだなんて! なんておいらって罪な男なんだろう! つまり…二人ともおいらに恋しちまった…って事で良いんですかい?」と至って真面目な声で問われ、金蝉は唯でさえ短い導火線に火が付いた危険な状態であったというのに、とうとう自分が我慢の限界を超えてしまった事を悟った。
所謂、爆発という状態である。
それは、竜子も同じらしく、唐突にでは在るがポツンと「砕く」と小さく呟いた。
金蝉も視線を険しく、帽子屋に据えたまま「抉る」と呟く。
すると竜子も同じように帽子屋を見据えたまま低い声で後に続いた。
「潰す」
「貫通させる」
「千切る」
「茹でる」
「燃やす」
「満遍なく殴る」
「100回程殴る」
「泣いても殴る」
「意識を失っても殴る」
「最終的にもぐ」
「ああ、もぐのは良いな。 もごう」
そう、最後のトドメは「もぐ」事でさそうといつの間にか決定させ、頷きあう二人。
いがみ合いながらも会話を重ねれば通じ合う事は可能のだと美しい人間愛について考察することなどは勿論一切なく物騒な結論を経て、一瞬ではあるが満足げな表情すら浮かべる二人に若干青ざめつつ「え? 何を? 何をもぐつもりで? っていうか、そういう『もぐ』とかいう単語をおいらを凝視しながら言わないで欲しいんですけど?」と帽子屋が訴える。
とりあえず紅茶を口に運べば芳しいバラの香りが鼻先を擽り、元来甘ったるいものを然程得意としない金蝉は、女性ならば喜びそうなその飲み物を不快なものと認識し、「酒」と一言だけ呟いた。
囚われている人間とは思えぬほどの尊大な態度に呼応するかの如く、捕らえている側の人間とは思えぬ卑屈な態度で「へい!」と愛想の良い返事をすると「ビール、ワイン、焼酎、ウィスキー、種類は豊富にありますんで、好きなものを注文していただければ…」と返事があり、金蝉は暫し視線を中に彷徨わせ、余り度数の高いものを飲んで見境を失くさぬよう「ビール」と冷静な判断でオーダーした。

つまり、自分のみならば、この椅子から逃れることは容易い。

自分の腰に確りと巻きついている女の腕を忌々しげに見下ろし、そう確信する。
問題は、自分の頭上に吊り下げられている忌々しい斬首装置が、竜子の頭上にも設置されているという事であり、どうも兎の耳が生えた少年が握る鋏の刃が押し当てられているロープは自分の斬首装置と竜子の斬首装置は連動しているらしく、自分が脱出を試みた事によって、あのロープを鋏で切られてしまえば、竜子の首があえなく落ちるであろうという事だった。

金蝉にしてみれば、縁も縁もない女だから、どうなろうと知ったこっちゃないというのが本音だが、何にしろ彼女しか現状此処から自分を出してくれる手段を有していないし、何よりも翼の存在が金蝉の暴走の抑止力となっていた。

竜子を見殺しにすれば、きっと翼は怒る。

翼が怒れば、それはもう面倒極まりなく、金蝉の精神衛生に現状以上の打撃が与えられる事は必至であるし、何より人の命を見殺しにするような事を金蝉が行ったと知れば、その怒りを解くのは至難の技と言えるからだった。
翼を怒らせるよりは、この現状を「竜子の命を救った上で」打開する方法を考えた方がベターだと決意したまでは良いのだが、では、どうするかという自分の行動指針を定めようとすると面倒くささが先に立ち、「どうでもいい」とどうにも投げ遣りな気分になる。
自分に危害を加えようと具体的な行動を取ってくれば、金蝉は金蝉なりに相対する策を練る事も出来るのだが、「はい、ビールお持ちしましたー!」と朗らかに言いながら、よく冷えたビール(しかも大ジョッキ)などを手渡されてしまえば、どういう態度でいれば良いのかも分らなくなり、とりあえずは、一気にグラスの中の液体を飲み干す事に専念した。
竜子が呆れたような声で「お前の状況でよく飲めんな」と感嘆するが、こっちにしてみりゃ「飲まずにやってられっか」というような気分で、やはりビールなぞではなく、もっとアルコールのきついものを頼めばよかったと後悔する。
ジョッキの中身を飲み干し、続いて堂に入った声で「ウィスキー、ロックで」とオーダーしかけた所で、脛の辺りにコツンと何かぶつかってくる軽い感触を感じた。
見下ろせば、トランプ柄の衣装を身に纏った小人が足元で引っくり返っていた。
どうも、金蝉の脛にぶつかって転んでいるらしい。
見れば、足元をトタトタと同じような小人が走り回っており、金蝉はその奇妙な光景をぐっと目を閉じ「見なかった」事にして顔を上げる。
「おや、どうしました?」
帽子屋に問われ「別に」と答えども、テーブルの下を覗き込んだ帽子屋が「おやおやおや!」と嬉しげに声をあげて、転んでいる小人を一人(一匹?)つまみ上げた。
「どうも、この兵士が失礼をしでかしたみたいで…」と帽子屋に言われ、金蝉が何か言う前に竜子が「ない! ないないない!」と喚き声を上げる。
「ないだろ? 失礼なんてな? な?」と必死な様子で言われるので、とりあえず「うるせぇ」と唸った後「今、ここにこうやって座らされている以上の失礼なんざ咄嗟に思いつけもしねぇよ」ときっぱり答えるも「いーや、ありました。 あった筈です。 こいつは、不遜にもお客人の足にぶつかりなすった。 その筈だ」と帽子屋は確信を持った声で断言し、つまみあげた小人を透明なガラス瓶の中に放りこんだ。
「さて、どうしようかねぇ…。 サラマンダーの胃液で溶かすか、それともハエトリグサに食わせちまうか…。 どんな仕置きがいいでしょうかねぇ?」
そう愉しげに算段を始める帽子屋を、嫌悪を隠さない目で眺め、金蝉は「この城に住んでる奴らは一体どうなってやがんだ」と呻く。
性格的には鬼畜なれど、嗜好としては健全極まりない事を自認している金蝉からすれば、猟奇的な物を好む言動をする帽子屋は不快なだけで、そういう趣向を好む存在に捕まっている自分の身の上を改めて危うい立場だと自覚した。

さて、どうやって逃げ出してやろうか?  

金蝉が首を傾げたところで、このイかれたお茶会は新たな客人を迎える事となった。

「スコーンよ! ストロベリーと、ラズベリーのジャムは絶対に必要! あと、クリームもたっぷりね! 御存知? 有楽町にあるカフェでは、採れたての蓮華の蜂蜜とクリームチーズでスコーンを戴けるそうよ? デリクにおねだりしてるんだけど、中々連れて行ってくれないの!」
黒い髪が風に舞う。
西洋とも東洋とも区別は付かないが、何にしろ熟練の職人によって作り上げられたかの如くの、人形めいた血の気のない顔。
白いレースをたっぷりとあしらった大きな襟が特徴的な黒いボレロの下に、白い総レースのキャミソールを合わせ、膝丈のパニエで膨らませた裾部に精緻な薔薇の刺繍が施されているスカートを穿いている。
頭には、黒いレースのヘッドピース。
黒い絹の手袋を嵌めた可愛らしい指先が踊るように閃き、「合格! さぁ、私の席は何処? あと、お前! 笑いなさい! クヒッ! そんな面はお茶会には似合わないわ!」と金蝉を指差し高らかに少女が告げた。
余りの言葉に金蝉は目を見開き、即座に言い返す言葉を捜しあぐねる。
「ウラ?」
竜子が驚いたような声を上げれば、ウラと呼ばれた少女が笑った。
「そうよ? 他に私のような者がいて? 竜子! 相変わらず寝ぼけた面をしてんのね。 それにしたって、イカれたお茶会! 愉快だわ!竜子もたまには面白いことやるのね? 見直したわよ。 クヒッ!」
機関銃のように間断なく喋る音楽のようなリズム。
こちらに向かって歩いてくる足音すらダンスのステップに聞こえてくる。


確か、見覚えがある。

この前、この城に迷い込んだ時に、キチガイ王を混乱させて、乱痴気騒ぎを引き起こしたあの糞魔術師と随分親しかったガキだ。

金蝉は目を見開いたままウラを見つめ「おい、てめぇ、あいつは此処に来てんのか?」と低い声で問いかける。
するとウラは美しい眉を顰め「て め ぇ? ですって? このスットコドッコイ。 誰に向かって口を利いていやがるのかしら?」と凄み、「デリクなら多分もうすぐ来るわ」と自信たっぷりに答えた。

髪に青い透き通るような硝子の蝶が停まっている。
そういう髪飾りかと思えば、スタスタと歩くウラの速度についていきあぐねたがごとく、突如キラキラと光る青い破片となって砕け散った。

「あら、残念」

手を伸ばし、蝶が崩れ去ったことを知ると肩を竦め事も無げに呟いて、「私の席は何処?」と帽子屋に尋ねる。

「ええ、こちらに。 ドリス。 おいで、お嬢様がおいでだ」

そう言いながら帽子屋が呼べば、背もたれの部分の形も美しい漆黒の椅子がトコトコと駆け寄ってきて、金蝉のすぐ隣にチョコンと納まった。
「どうぞ、お嬢様」
そう椅子を引きながら薦められ鷹揚に頷きつつ、当然のように腰掛ける。
咄嗟に「何が仕掛けてあるか分んねぇぞ?」と忠告するも「何を仕掛けるというの? この私に?」とウラは笑い、「大体、こんなお城で『普通』の椅子にありつこうだなんて甘い考え、ハナから持っていなくってよ? スリル、サスペンス、ミステリー、あとはまぁ、美味しいお茶菓子? そういうものを求めてお前も此処を訪れたんじゃないの?」と問われる。
「好きでこんな場所に来たわけではない」と不機嫌に返答した後、子供相手に大人気ないと自分自身思わないでもないが、何もかもが気に入らない展開に、唯でさえ1ピコミリグラムも持ち合わせていない愛想等というものが姿を現せる余裕も持てず、「大体此処は何なんだ」と唸るようにして漸く金蝉は、自らが置かれた境遇への根源的な疑問を口にすることが出来た。

「ここは、千年王宮の地下階。 ベイブ様の深層域」

歌うように帽子屋が言う。

「地下階?」

唸るようにして問い返せば「なんつうかな、心の奥底…みてぇなもんだよ」と竜子が大雑把な説明をしてくれた。

「この前此処に来たときに、あんたベイブの発狂を抑える手伝いをしてくれたの、覚えてるか?」
竜子に問われて頷き次いで「お前の保護者のあの、魔術師のせいで起こった厄介だったんだがな」と金蝉が嫌味を言えば、ウラは何処吹く風といった顔で「まぁ、そうなの? それはご苦労様」と他人事のように答える。
生意気な声音にカッとくるも、椅子から動けぬ身の上だし、年端も行かぬ少女につかみかかるわけにも行かないしで、苛立たしげに一度地面を蹴り付け「何にしろ、この城の主はお前の事を見捨ててんのか? あの、気味の悪ぃ、髪の長い男は如何した? 助けに来て貰えてねぇのか?」と竜子に言えば、竜子は竜子でその質問は気に入らない内容だったのか、「だから、ここは奥底なんだよ」と吼えるような声で言った。

「いいか、この城っつうのはな、あの、性格のわるーーい、腐れ王様ベイブの思うがままの城なんだよ。 んでだ、この城の内装自体あの王様の気持ち次第で変わってな? 部屋の位置だってあいつの気まぐれで好きなように変えられっちまうわけだ。 一度なんかよぉ、地上200階建てになっていた事があってな…」
へっへへへ…と虚ろな笑い声を肩を震わせながら漏らす竜子。
「200階…まぁ、ラプンツェルの塔のようね! 美しき髪のラプンツェル…って、あら、ちょっと待ちなさいよ。 だとすると、あの蛇男がラプンツェル? やだわ。 冗談じゃないわ。 浪漫が何もないわよ、そんなの」
そう勝手に怒るウラに「そうだ! 冗談じゃねぇ! ふざけんなって感じだよ!」と全く違う理由で同意し、「もー、大変だったんだぞ!」と渾身の声で竜子は訴えてきた。
「あたいと誠の部屋は、1階にあって、あの腐れ殿様がいる玉座200階なのな! 登るの! あたい達が! 200階の階段を! しかも、あいつ、すげー、アホな事に、エレベーターとか、ゴンドラとか! そういうなんか、あたい達を自動的に上に運ぶ装置一切思いついてなくて! そんで、やっと登りきったら『外が見えないなら、高い場所にいてもつまらんもんだな』って、ほんと、バカじゃねぇの?! バカじゃねぇの?!(二度目) あたい、基本的に、一時間に一回はぼんやりと、『あー、あいつ、ほんとに死なねーかなー』ってベイブの事を考えんだけど、あの時は、二分に一回考えた! 二分に一回『死ね!』って、誠と一緒に叫んでた!」
ヒステリックに叫ぶ竜子に、こんな城に住むのは、常人の身では辛いだろうと同情しつつも、正直どうでも良い。
なんで、こんな城に好き好んで住んでいるのかすら分からないが、自ら出て行こうとしていない以上、それは竜子の勝手。
彼女の自業自得と言えるだろう。
前回訪れた際に、ベイブに帰り際、大層後味の悪いことを言われ、翼が随分と悩んでいた事すら忌々しい。
この城で過ごす間は時は肉体の上に時は流れず、結果、この城で住まうこの女には「人としての」真っ当な老いなど望めぬといったような話だったが、それこそ、ウラが言っていた事ではないが「こんな城」に普通を望むのがそもそも間違いなのだ。
竜子は竜子なりにこの城に住む人間としての覚悟を決めている筈で、もし決まってなかろうが、そんな事は金蝉には何も関係ない。
「つまり、そんだけ自由自在なら、それこそ、あの野郎がいる部屋の前にでも、この場所を移動させて、とっとと脱出させて貰えよ」
そう金蝉がもっともな事を言えば「つまーんなーい!」とウラが抗議し、帽子屋も「全く、お嬢さんの言う通りでさぁ。 そんな此処から早く出て行こうとしなくても良いじゃないですかぁ」と言いつつ如才ない手つきで氷を浮かべたウィスキーのグラスを薦めてくる。

このままでは呑んだくれる!という危機感を抱きつつも「お茶会」と称される場で一人「飲み会」を実行する金蝉に、「多分、表層手前までは引っ張ってくれてるだろうが、そこ以上は無理だな」と竜子にしては至って冷静な声で答えた。
「表層?」
「つまり、人の精神構造と同一なんです」
帽子屋が、自分の被っている帽子に手をやり、胡散臭い声音で説明しだす。
「人の心理の、他者からも目に見えて分かりやすい表面上の心理を表層心理、その奥にある真実の心理を深層心理と呼ぶっつうのはご存知ですか? この表層の心理というものは、心理の持ち主自信が他者に対して『提示』したい、『こう見られたい』という思惑を含んだものである為、行動者本人によるコントロールが可能な心理となるが、深層の心理は、持ち主自身も把握しきれず、またコントロールが効かない場合が多々あるんでさぁ。 つまり『真実の想い』というのは、自分自身では操作不可能であるという事ですねぇ」
「元は考古学発祥のメタファーだったか? 表層・深層という隠喩は…」
金蝉が口を挟めば「おや! お詳しい」と帽子屋が手を叩く。
若干馬鹿にされた気にならないでもないが、一々憤っていては話が進まない。
「で?」と先を促せば、帽子屋は嬉しげに言葉を続けた。
「そして、この城も考古学と同じく深層、つまり今我々がいるこの部屋のある城の地下部と、その表層、上層階に分けられてるってぇんだから、まぁ、複雑極まりない。 この城は、先程聞き及びの通り、ベイブ様の意識の変化によって、その都度内部が変化を遂げております。 つまり、ベイブ様の心そのものであるってぇ訳ですね。 荒れれば…どうなるかは、こちらにいらっしゃる皆様はようく御存知でしょう?」
つまり、荒れると前回に此処を訪れた時に目撃したような大騒ぎになる訳だと、あの時の事を思い出し、あわや元の世界に戻れなくなるかと戦慄した気持ちが蘇って金蝉は、一層腹立たしく思った。
ウラ曰く、狂乱の火種となったデリク……真意を一切読み取らせることのない、底知れぬ魔術師…あいつもいずれはこの部屋を訪れるらしい。
つまり、この城にもう足を踏み入れている可能性もあるという事で、何にしろ面倒に巻き込まれる前に早く立ち去りたいのだ。 心底から。

「客人を招き入れるような、『他者の目に触れる事を前提とした』この表層部分ですと、ベイブ様の意識が明確であればコントロールはかなり自由に出来るのですが、この深層まではベイブ様自身でも、理解しきれておらぬご様子。 その様相が『ベイブ様次第』で変わるものというのは間違いないのですが、心の奥底、すなわち深層域にあるものを、心の表面、つまり表層まで持ち上げる事は不可能でなのです」そう説明する、帽子屋にウラがクリームをたっぷり乗せ、ジャムを垂らしたスコーンを口に運びながら、興味なさそうに問いかけた。
「じゃあ、お前、なんでこんな場所でお茶会を開いているの? 客人が招かれるような階域で開いたほうがよっぽど招待客も来てくれるでしょうに」
ウラの言葉に帽子屋は、初めて感情らしきものを垣間見せた。

それは、金蝉から見れば、まるで「嫉妬」にも似たヒステリックな声音だった。


「その通り。 おいらだって、華やかなりし時はあった。 一階の階層全てを会場にして、ティーパーティを開いた事だって、二度や、三度じゃない。 ベイブ様の傍らで、毎日毎日、このイかれたお茶会を開き、たくさんの人間共を肴に楽しんだもんだった。 あのお方は、おいらのセンスを好んでくれた! 猟奇で、マッドで、ああ、表層! 上層階! 表に現れる人間心理。 あのお方は、つまり、包み隠さず狂っていた! そのベイブ様のお膝元で、おいらはあの城を取り仕切っていたというのに、今や、こんな地下で、こんな風に、誰にも省みられる事なく…、どうです? 誰が、どうして望みましょうや?」

己の不遇を愚痴る帽子屋にウラは、気軽な調子で頷いて、それから「分るわ? 理解できないけど。 可哀想にね。 全く同情しないけども。 何にしろ、お前の声は美しくないわ。 聴いてて、とっても耳障り。 音楽を頂戴。 何が良い?」と問いかけてくるので金蝉は「煩くなければなんでも」とうんざりした声で答える。

「じゃあ、ラヴェルのボレロを」

ウラのオーダーにわざとらしく目の下にハンカチを当てていた帽子屋がウンウンと頷いて指を鳴らせば、トコトコトコと、今度は椅子でなく楽器達がめいめい勝手に現れ、各自与えられたと思わしきポジションにつく。
無人の楽団を見て、金蝉は前回、この王宮で無人のオーケストラが演奏する部屋にてケルベロスに追い掛けまわされた事を思い出した。
何にしろロクな思い出はなく、本日この経験を持って、嫌な思い出記録がどんどん加算されている現状に、心底脱出を望みつつも、ウィスキーで舌を湿らせ、「で、俺達をお前どうするつもりなんだ?」と凄惨な目で帽子屋を睨みつける。
「どうするとは?」
帽子屋がとぼけた様子で首を傾げ、フイと指を振れば、無人の楽団は、クラッシックに疎い人間でも一度は耳にした事があるであろう、独特の前奏を奏で始めた。

「なぞなぞです」

帽子屋が緩く唇をカーブの形に変える。

「なぞなぞ?」
「ベイブが死ぬ方法を答えろだとよ」

竜子の投げ槍な声。
「正解すれば、こっから解放してくれるそうな」
金蝉が眉を寄せて帽子屋を見れば、彼は「不正解なら、処刑ですけどね」と、期待するような声で言う。

めんどくせぇ……。

ここにきて、様々な面倒臭さ+拘束されているという事実+メンツが気に入らないという状態に、金蝉は完全に限界を越えた。

しかも、謎掛けである。

そもそも、金蝉は誰かから試されたり、騙されたり、推し量られたりする事を、ひどく嫌うのだ。
なんで、そんな望んでもいない質問に答えなければ、命を保障しないなどという馬鹿げた状態に甘んじていなければいけないのだろう?
横を見れば、阿呆そうな女が、阿呆そうな顔丸出しで、阿呆そうに「そんな謎々の答えなんか知るかー!」と阿呆な怒鳴り声を上げていて、全く、こんな阿呆は速やかに俺の視界から消えてくれと心底望む。

翼は聡明な女である事を、同じ性別でありながら、こうも種族としてかけ離れているとしか思えぬ姿を晒している竜子を眺め、再認識し、心の底から、うんざりした。
金蝉的には、普段ならばとっとと、この場を立ち去るという方法により回避出来ているうざったい状況に已む無く立ち会い続けなければならない事態に、とうとう思考する事すら放棄する。
虚ろな声で、「壊せば…いいんじゃねぇの?」と呟けば、竜子とウラが同じタイミングで金蝉の顔を覗き込んだ。


「いっそのこと王宮ごと全て壊せば呪いとか…解けるんじゃねぇの?」


虚ろながらも、かなり濃度の濃い殺意混じりの声に、竜子が目を逸らし、ウラが意味もなく金蝉を拝む仕草を見せる。
「ご臨終ね」
「何がだ?」
「堪忍袋。 完全にイっちゃってるわ。 あの男」
うんうんと頷きながら、ウラが知った風な口を聞き、「せめて、薔薇園だけは残しなさいね。 あすこは、とっても、とっても綺麗なの」と金蝉がこの王宮を壊すことを前提にしてウラが金蝉に提案してくる。
「い…いやいやいや? 壊しちゃ…駄目だぞ?」
冷や汗のようなものを浮かべつつ竜子に言われ「そもそも、そんな簡単に壊れるような城じゃねぇよ」と言葉を続ける彼女を、無言で、金蝉は数秒間ほど眺めそれから「試してみるか?」と掠れた声で一度問いかけた。
そんな金蝉とじっと見つめあう竜子。
ウラは、二人の様子などどうでも良さげに「あら、兎肉のロースとも私のために用意してくれたの? 褒めてあげる。 兎肉って、パサパサしてて大味だけども、ジャムを塗って頂くと、中々乙な味になって、私は好きなの。 パテなんかにすると、大分穏やかに味になるしね?」と帽子屋相手に講釈を一頻りぶっており、呑気なんだか、間抜けなんだか底知れない沈黙の後に、竜子が涙目になりながら「壊せんだな?」と問いかけてくるのを、冷静な顔で聞き流す。
酒の肴になるものはないのかとテーブルの上を見回す金蝉に「壊すなよぉぉぉ! あたい、もうアパートとか解約してきちゃったし! 一応こっちで生活してっからさぁ、いきなし城壊されても困るんだって! っていうか、ベイブとか、この城の外とかで暮らす事になったら、すげー、困るぜ? あたいが! 主にあたいが! あと、多分誠も! 大体、考えてもみろよ? あいつin東京生活! 田舎の学生が急に始める一人暮らしより、かなり危険! 寂しいOLの一人暮らしよりも、危うい匂い! そして想像すると、何だか、若干不快! 99円ショップとかで、食事の材料とか買うのか? なぁ、ベイブが、そんな事出来ると思うのかよ?!」と訴えてくる竜子を虫を追い払うように手で制して「じゃあ、アレだ、あいつの周りだけ、1000年ばかり時を進めてやりゃあいいだろう。 時間を自由自在に操るような野郎だって、興信所に集まる連中の中にはいてもおかしくねぇ」と告げるも、ちらっと竜子が帽子屋を横目で見れば、帽子屋はにこにこと「そいつを、謎々の答えって事にしますかい?」と余裕の表情で、「いい」と答えつつ肩を落とす。
正解・不正解というよりも、考える気すらない金蝉の短絡的な回答は「なぞなぞ」の答えとしては情緒を欠いているのだろう。 それに…。
「一応、ベイブに呪いを掛けたのが、『時の魔法』を最初に見つけたつうか、作った女らしいから、その魔女に対抗するには、その『本人』の魔力でないと無理らしいんだよ」と竜子はたどたどしい説明をし、それから肩を竦める。
「ていうか、前のあたいだったら、時間を自由自在とか聞いても、『あほか』とか言ってんのに、今は『そういう奴もいるかもな』とか受け入れちまってんのな」
そう自分に呆れたように言う竜子を「あほね」とウラは一刀両断し、「よかったじゃない。 真実を知ることが出来て、少しは賢くなれて」とすげない声で言葉を続ける。
「大体、お前、なんで、こんな所で、そんな風に捕まっているの? 私はここへ『白兎』に案内されて辿り着いたけれども、かなり歩かされたわ? そんなに此処は簡単に辿り着ける場所ではないでしょう?」

「白兎」?と一瞬首を傾げども、この城には訳の分からない住人がしこたまいるのだ。
そのうちの一人だろうと金蝉は勝手に納得する。
ウラの疑問はもっともで、金蝉も何も言わずに竜子の答えを沈黙で促せば「いや…私もさぁ…なんか知らねぇうちに、こーんなトコに辿り着いちまってて…」と、なんとも頼りない答えが返ってくる。
確か、この部屋は「深層」階とやらにある筈で、おいそれと迷ったからといって辿りつける場所ではないと思うのだが…。

口を半開きにして「なぁんか、変な階段とか降りたり、台所を探し回ってるうちにこんな場所に…」と呟く竜子の間抜けな顔を見て「こいつならば…ありえる…」と、然程会話も交わしてないのに、金蝉は竜子の性質を考慮した上で確信する。
ウラも「相変わらずの方向音痴ね」とサラリと呟いただけで、彼女がここに迷い込んだ経緯を納得してしまったらしく、犬ですら帰巣本能でもって、目的地に辿り着くというのに、犬以下か…と頭痛を感じる。
「さて、ご歓談中のところ口を挟みまして悪いのですが、なぞなぞの答えには一向に辿り着けぬご様子」
帽子屋が、跳ねるような声でそう言いながらついと、テーブルの上に白と黒の象牙で出来た美しいチェス台を置いた。

その瞬間、ザッザッザと複数の一糸乱れぬ足音が聞こえ、視線を向ければ、突然四人が座るテーブルの前に、大きなチェス台が出現している。
チェス台の上には、王様や、女王、騎士等の人形が立っていた。

「おいら、最近暇の余りに手慰みにチェスを覚えましてねぇ、折角なので、1ゲームどなたかにお付き合い頂きたいのですが…。 お客人の中に私のお相手をしてくださる方はいらっしゃいませんでしょうか? 私との勝負に勝てば、なぞなぞの回答に辿り着くのに大変有効なヒントを差し上げたいと思ってるのですが?」
帽子屋の提案に眉を顰めつつ、金蝉は竜子とウラの顔を順繰りに眺め、それから深い、深い溜息をついて「良いだろう。 俺が相手してやる」と嫌々声を上げた。
ウラは「まぁ、余興に見る分には楽しそうね」等と足をぶらつかせながら言い竜子は「金蝉は、チェス分かんのか?」等と感心したように言う。
ウラは歳若さ故に、竜子は頭の悪さ故に、チェスのルールすら知らないだろうと踏んでの立候補だったがその推察は正解だったらしい。
本来なら、そんな面倒なこと、自分から手を挙げるなんて事はありえないが、なぞなぞの答えとて、回答者として有益な思考が可能なのは自分だけのように思えるし、このままでは誰も解けず、延々此処に縛り付けられ続けるというゾッとしない可能性とて、この膠着具合から考えるに現実として考慮せざる得なくなってきた。
凶暴な無気力感に全身が支配されつつも、流石に年端の行かないウラと、アホ過ぎて最早憎む事すら出来なくなってきた竜子を巻き込むような暴力沙汰は起こせない。(翼が後で怖いから)
始めから誰かを頼りにするつもりは毛頭なかったが、ここは頼れるのは己のみと割り切り、多少は積極的に謎解きに挑むべきかと悩み始めた所での、ヒントの提案だ。
若干、退屈し始めていたのもあるし、何かの糸口になるかも知れないとは考えていたが、しかし、実際チェス盤を目の前にすると、それなりに思考が働き出すのが己でもおかしかった。

「将棋と然程変わらねぇなら、勝てるだろ」

基本というか、応用しても負けず嫌い日本一の金蝉にしてみれば「勝負する」と決めた時点で「勝つ」事は必須事項であり、なぞなぞ等というふざけた問題に思考を使うよりも極めてクリアに、戦略を練り始める。


「では、まず、おいらから」
帽子屋がそう言いながら手元にある象牙のチェス台に置かれた女王の駒を「KR4」の位置に動かした。
すると、目の前にある巨大チェス盤上の女王の人形も、スタスタスタと帽子屋が女王を置いた位置まで移動する。
金蝉は、素早く盤上に目を走らせて、ポーンを動かす。
すると、やはり、巨大なチェス盤の上の人形も動いた。
定跡にならい、相手の出方を伺いながら駒を慎重に動かしていると、現在の状況を忘れゲームに没頭することが出来た。
序盤の、戦いに備えての準備も終わり、記憶通りの定跡では対応し切れない中盤を迎えるにあたって、漸く金蝉は一つ、相手の駒を取ることが出来た。
「貰うぞ?」
そう宣言して、相手のポーンを取ると、巨大な盤上でも、金蝉のポーンが剣を振りかざし、相手ポーンの胸を深々と突き刺した。
その瞬間「ぎゃああああ!!!」と、劈くような悲鳴が響き渡り、突き刺された人形の胸から鮮血が吹き上がる。
ゴトンと倒れた人形の顔は、文字通り凄惨な表情そのもので、金蝉は「悪趣味な」と吐き捨てウラは「うるさいわ」と顔を顰めた。
倒されたポーンの悲鳴にならうかのように、足元を走り回っている小人共も、口々に悲鳴を上げている。
ぎゃあぎゃあと、響き渡るキチガイ染みた悲鳴が重なり合う状況に竜子が「まぁた始まった!!」と怒鳴りながら両耳を塞いだ。
「あたいがここに捕まってる間、何度この悲鳴共を聞いたか!! 小人共は臆病だから何かあったらすぐ喚きやがるんだ!」
そうがなる竜子の言葉にに頬を膨らませ、「何とかできないの? あの、耳障りな叫び声は」とウラは帽子屋に訴える。
「申し訳ありません。 この城の人形らは、どれもこれも煩くって仕方がねぇのが特徴でして、おいらなんかは、ああいう声を聴くとうっとりしちまうんですが、お嬢様には刺激が強すぎましたかな?」という帽子屋の返答に「ふん」と鼻を鳴らし、「今すぐ、黙らせな! せめて、この馬鹿げた悲鳴たちだけでも、今すぐよ!」とヒステリックに喚き、それから、手近にいた小人を一匹捕まえると、その口の中に菓子を押し込んだ。

「黙れ。 糞共が。 これ以上騒ぎ散らすと残らず捻り潰すわよ? クヒッ」

肩を震わせ、引き攣った笑みを漏らし、本気極まりない声でそう物騒な宣言をするウラに、捕まり口の中一杯に菓子をつめられた小人のみならず、叫び回っていた小人達が一斉に口をつぐんだ。

「…こりゃあ、驚いた!」

感心したようにそう告げる帽子屋に、ギラリと尖った目を向けて「ちゃんと躾しておくことね」と告げつつ、小人を放り出す。
「さて、ゲームの続きを見せて頂戴?」
ウラに促され、金蝉は最近のガキは空恐ろしい等と思いながらも、響き渡る金切り声達がなくなった事をこれ幸いと、再びゲームに集中する。
この現実を忘れたいからというのも大きな理由ではあったが、それから暫くは、幾つかの駒を取り、取られ、盤上は終盤のお互いの手の読み合いが重要となってくる局面を迎えた。
機械的な読みの深さを必要とする盤面の状態をじいっと眺めていると、横から竜子が覗き込みつつ、「意味分んね…」と小さく呟く。
相手がかなり厳しい駒の進め方をしてきているせいで、若干ピンチな金蝉は「うるせえ」と唸りつつ、その顔を邪険に押しのける。
「んだよ! まぁ、あたいにも見せてみろよ。 苦戦してるみてぇだし、あたいがアドバイスしてやんよ」
そう言う竜子に「お前から受ける助言など、1センテンスもねぇ!」と否定すれども、退屈していたのだろう。
「まぁまぁまぁ」と無理矢理盤面を眺め、あまつさえ、ルール等微塵も分かってない癖に、「あ、なんか、こいつを、此処に置けば良いんじゃねぇの?」と言いつつ勝手に駒に手を伸ばしてくるので、その頭を叩き倒す。

「や め ろ !」

そう怒鳴り、べたっと伏した竜子を無視して、チェスの盤面を見下ろし、金蝉は咄嗟に獣のような唸り声を上げた。

「なんで、お前はっ!」
そう怒鳴りつけかけて、いや、こいつはそういう星の元に生まれた女なのだと、無理矢理怒りを押さえ込もうとし、金蝉なので当然失敗する。

「死ね!」

軽快ですらある調子で怒鳴りつければ、「んあ?」と顔を上げた竜子は自分の手が駒を一つ握り締めている事に自分自身で驚いたような顔をしてみせた。
叩き倒されたせいで、握っていた駒は元いた場所から動いてしまっている。
「あ…りゃ?」と首を傾げ、それから慌てて「今のなし! なし!! 違う!! これは、あたいが倒れたから…!!」と帽子屋に言い募るが、帽子屋は首を振り、巨大チェスの方を指し示した。
すると人形も、竜子が動かしてしまったと通りに進んでいて、「うああ!! ごめん! 悪い!!」と竜子は絶叫し、頭を抱えた。
「え? まずい? やばい? 負ける?? 絶対負ける??」と戦々恐々と尋ねてくる竜子を半眼になって眺め、わざとらしい溜息をついてみせると、再び盤上に視線を戻す。

そして、金蝉は変わってしまった状況を眺め、それから、微かに首を傾げた。

「あ」

小さく呟く声は竜子の耳には入らなかったようだが、多少は心得があるらしいウラが「ひょうたんから駒ね」と言う。
ウラと金蝉は一瞬視線を合わせ、それから竜子に同じタイミングで視線を送った。


「な…なんだよ。 あたい謝ったからな。 これ以上責められたって、不機嫌になるだけだかんな」

そう子供のような声で言う竜子の頭にペシとウラが掌を置いて「コングラッチレーション」と気のない声で呟き「起死回生の手よ、竜子」と教えた。

金蝉に「そうなのか?」と無邪気なまでの様子で質問を投げかけてくる目に、顔を顰めつつ頷いて見せれば、にしゃりと顔が緩み「…ま…まぁ? あたいは分ってたけどね? これが、その、凄ぇ手だってぇのはな? ていうか、ほらな? 言ったろ? あたいのアドバイスを受けろってさっ! んはははは!」と大声で笑う竜子を思いっきり睨み、「調子に乗るな」と唸っておく。
帽子屋はと言えば、優勢だったのが一転し、思いも掛けない手をどうかわすか、「うぐぐ」と呻き焦っている様子だったが、
盤上の状況は覆せず一気に、戦局を進め「チェックメイト」とキングにチェックを掛ける。

「よおおっしゃあ!!」と竜子がガッツポーズを決め、ウラが「よくやったわ」と言いながら小さな拍手を送ってくるのを尻目に、「で? ヒントとやらを教えて貰おうか?」と問いかければ、未練がましく盤上を眺めていた帽子屋は、渋々と言った調子で口を開いた。
「お見事、お見事。 流石の腕前。 女王の助言も有用だったようで、おいらのような浅はかな者では、お相手など務まるはずもなかったよう。 まずは、御見それいたしやしたとお伝えさせてくださいな」
悔しげに、そう並べ立て、それから溜息を一つはいて「ヒント。 ヒント。 さぁて、なぞなぞのヒントでございましたね?」と呟く。
「それでは、大サービスのヒントを一つ」

帽子屋はにやりと微笑んで、指を立てた。

「それは、あのお方の心の名前。 その心の名前を認めれば、難しい手続きはなんら必要と致しません。 ただ、ベイブ様のお気持ち次第。 さすれば、あのお方は御自分がお望みになっているように、自分の命を絶つ事が出来る」

帽子屋の言葉にウラが、ピンク色のマカロンを一つ齧りながら、ツと目を細めた。
「何故、お前は自分の主人に、その方法を教えてやらないの?」
ウラの問いかけに「まさか、まさか、あのお方が死ぬるこの城が終わる時は、おいらの命も道連れです。 そのような自殺行為を出来る筈がない」と帽子屋は答える。
「へぇ…」
そう呟いて、綺麗に整え、透明のマニュキアを塗ってある桜色の爪先を唇に当てるとウラは首を傾げて囁いた。

「つまり、その答えって奴は、お前だけじゃなくて、城の住人全員が知ってて、あいつに黙ってるって事で良いのかしら?」

ウラの問いかけに、竜子がまず目を見開いた。

「みんな…知ってる?」

掠れた声の問いかけに、ウラは肩をすくめ「頭を使いなさいよ、この薄ら馬鹿が。 ちょっと考えれば分かる事でしょう? この城は、あの腑抜け王の心そのもの。 つまり、この住人たちだって、あの王の心に属するものには違いないのよ。 この『帽子屋』だけが、王を殺せる答えを知っていて、他の者が知らないと考える理由の方が見当たらないじゃない? みーーんな、お口にチャック。 それが本当。 お前女王なんて呼ばれてても何にも知らないのね」と事も無げに応えた。
ぶっ飛んだ発言が多いが、頭の回転は早いらしいと金蝉が驚けば、「さて、なぞなぞ…なぞなぞ…、つまり、それは、あの腑抜け野郎の気持ち次第。 あいつの気持ち一つなのに、あいつは気付かない、いえ、気付いていないフリをしてるの? 認めたくないのよ。 そう、何かを認めていないって事。 何を認めてないの? 何を認めたくないの? ベイビー。 それは子供の領分ね。 頭の固くなった大人には、クヒッ、百年経っても分からないわ」とウラは驕慢な声で一人呟いた。

「ああ…つまり、そうよ、ベイブが認めたくないのは、『時の魔女』への本当の気持ちなんだわ。 そうでしょ?」

ウラの言葉に、帽子屋の体が大げさなまでにビクリと震えた。
「当たりね?」

ウラが子供に相応しくないような、嫣然とした笑みを浮かべた。
帽子屋は、何も言わずに頷いた。

「クヒヒッ! ほらね? お見通し! まぁ、私はもう、子供じゃないけど…クヒッ、このなぞなぞは、きっと、私の取り分よ。 ねぇ、帽子屋? 答えが分かったって言ったら、お前、信じる?」

金蝉も、竜子も、帽子屋ですらポカンと口を開きウラを見つめた。
帽子屋が震える声で問いかける。

「では、問います。 お嬢さん。 王様の、時の魔女への『本当の気持ち』は…一体何?」

その瞬間、突如目の前に大きな青い硝子の扉が出現し、ギ、ギギギと軋んだ音を立てて、開け放たれた。

「新しいお客人が来なすった」

帽子屋が嬉しげに声を上げる。
ウラが、「大詰めね」とつまらなそうに呟いた。


扉の向こうから現れたメンツは、皆、そこそこ見覚えのある顔ばかりで、その中でも特に見慣れた美少年めいた女の姿に自分が此処に囚われている事を棚に上げて口の中で「翼? どうしてここに?」と呟いてしまう。

「ようこそ!」


人を嘲るような、朗らかなのに油断ならぬ声。
帽子屋の第一声に、扉から訪れた面々が一斉に顔を向けた。


「ひい、ふう、みぃ…嬉や、嬉し! 是ほどのお客人は珍しい! しかも、ジャバウォッキーやっと来てくれた! アンタはホントに罪な男さ! 何度も招待状は送っていただろう?」

そう言いながら何処か猟奇的ですらある声音で帽子屋が詰る相手は、この前此処を訪れた際に顔を合わせた記憶のある、黒須とかいう男だった。

確か竜子と同じく、このイかれた城の住人だったはずと何とか記憶を手繰り寄せる。
どうも、この新たな客たちは、自分達を救出に来た面々らしいと金蝉は察し、漸くこれでこの場所から立ち去れると少し安堵する。

黒須は帽子屋に対し「へっ」と鼻を鳴らすと、「毎回毎回、贈り物と称して趣味の悪いもんまで一緒に送りつけやがって。 あんな招待状で誘い込まれる奴なんざいるかよ」と告げた。
黒須の声に反応して顔を上げた竜子が、顔をくしゃくしゃに歪め「誠!」とその名を呼ぶ。
「待たせたな」
ひらひらと手を振る黒須に「馬鹿野郎! おせーんだよ!!」と竜子が喚いた。
「お陰でアタイの体の節々はもう限界だ! 老人だ! 老人と海だ! うん! 疲れすぎてて、意味が分からない! あと、もう、精神的にも限界越え! だって、怖いし!! 隣に座ってる人怖いしぃぃぃ!!」
突然、指差しつつ怒鳴られ、これまで、自分にしてはかなりの寛大さでもって事態に相対していたのに、そのような言われ方をするのは、心外極まりなく、「う る せ ぇ」と地獄の底ボイスで竜子を脅す。
そして、新たに現れた面々の顔を一人一人確かめる内に、翼の隣に、常にない距離の近さでたつ一人の若い男の姿を認めて眉を顰めた。

何度か興信所絡みで一緒になってるエマや、モーリス、それに翼は勿論見知った人間だが、あの若い男は初めて見る。 新顔か? だが、その割に、翼は随分と親しげな様子に見えて、金蝉は自覚のないままに、唯でさえ氷点下にあった機嫌を急降下させた。
そんな金蝉の視線に気付いた翼が、漸くこちらに視線を向けた。
「…随分とご機嫌で」
翼がそういえば、「おかげさまでな」と、険しい表情のまま獣が唸るような声で答える。

そして、そのまま翼のすぐ隣に立つ男に視線をスライドさせると、「あれ? ここ、アラスカ?」と問いかけたい程に、金蝉の周りの温度が冷え込ませながら「そいつは誰だ?」と問いかけようとした。
だが、金蝉が口を開くより早く、帽子屋が嬉しげに声を張り上げる。

「相変わらずジャバウォッキーはつれないなぁ! つれない、つれない! まぁ、いいや。 今は麗しきお客人を招いているからね」
そう帽子屋が言いながら、こちらを指し示してくる。
ウラが待っていたというように、口を嬉しげに開いた。
「デリク! あら、残念。 とうとう見つかってしまったみたい! 帽子屋! ねえ、このスコーンと、マカロンを包んで頂戴? あと、ストロベリーとクランベリーのジャムはそれぞれ瓶詰めにしてね? 瓶には薔薇色のリボンと、桜色のリボンを結んでそれぞれ区別がつくようにしなさい」
そう傲慢なのに愛らしい声で帽子屋に命じ、ウラがにこりと微笑む。
彼女が呼んだデリクという名に、戦慄しつつ目を向ければ、案の定そこには、前回大層面倒を掛けてくれた魔術師の男が立っていて、相変わらず真意の見えぬ微笑を浮かべていた。

なんだか面倒に拍車が掛かっているような気がするが、今は何より、此処を脱する事を第一に考えようと心を殺す。
正直、翼の隣に立つ男が心底気になってはいたが、問い質している場合ではないらしい。
「ごきげんよう! お前達!」
ウラは高らかに告げ「クヒッ」と引き攣った声で笑った。
「ああ、ウラ! また、こんな所に一人で遊びに来テ!」と言いながらスタスタと帽子屋の脇を抜け、デリクがウラの元へと歩み寄る。
「危ない目に合ってモ、知りませんヨ?」
そう言いながら手を伸ばせば、その手をピシャリと叩き落とし「デリーィク! 減点だわ、その口の聞き方! また子ども扱いね? いつになったらデリクにとって私は一人前にレィディになれるのかしら?」とウラは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「その点帽子屋は紳士よ? ヒヒッ、ねぇ、お前達、音楽を変えて頂戴。 辛気臭いのはイヤ! 華々しい音楽に変えて? そうね…ドヴォルザーク! それも、謝肉祭がよくってよ?」

昂然とした言葉。
だが、ウラの佇まいはその我が儘をどうしたって叶えてやりたくなるような、そんな魅力に満ち溢れている。
帽子屋が「仰せのままニ、お嬢様」と笑みを含んだ声で了承し、ふいと指をひらめかせば無人の楽団がまさにお祭り騒ぎと言って良い、派手な音を奏で始めた。
目を細め満足げに頷きながら薔薇の花弁が浮かぶ紅茶を口にし、ウラは「さぁ、お前達も席に着けば良いじゃない? スコーンは焼き立て、サンドイッチには、新鮮なスモークサーモン、お茶は摘み立ての薔薇の香りよ? 味合わない手はないわ?」と告げる。
「お褒めに預かり恐悦至極。 シェフにも、お嬢様のお言葉を伝えさせてもらいまさぁ」と帽子屋はにいっと牙のような歯を剥き出して答えた。
デリクは、目を細めて「随分とウラに良くしていただいたみたいデ、ありがとうございマス」と礼を述べる。
「いえいえ。 おいら達も、美味しそ…っと、いやいや、可愛らしいお嬢様とお喋りができて、こんなに楽しい時間は滅多とない!と喜んでいる次第。 さぁて、旦那様も席にお掛けなさいな。 あぁたは、どんな椅子がお好みで?」
帽子屋がパチンと指を鳴らせば、今自分が不本意ながらも腰掛させられている「ロゼット」と同じく「トットット」と音を立てて、幾つもの椅子がその四つの足を交互に動かし走り寄ってきた。

「オディール、ガゼット、エカテリーナ、メヌエ、ジョセフィーヌ! さぁ、並んだ、並んだ、別嬪さん達!」
そう呼ばれた椅子たちは、それぞれ全く違うタイプで、樫の木で出来た重厚な椅子もあれば、革張りで如何にも座り心地の良さそうな椅子、近代デザイナーが手がけているようなインテリアとしても通用しそうなお洒落な椅子等々がピッと行儀良く長テーブルの周りに並ぶ。

「さぁて、お客人方好きな子を選んで下さいな」

首を傾げて問う帽子屋に竜子が「お前、今度は何考えてんだよ?」と唸り声を上げる。
「また、妙な仕掛けがあんだろ? どうせ、この椅子みてぇにな!」
竜子の怒鳴り声に帽子屋は肩を竦め「まさか、まさか、女王様? どうして、おいらの事をそんなに疑うようになっちまったんだろう?」とわざとらしい嘆きの声を出した。
だが、今の自分の状況を鑑みても、あの椅子共にも何らかの仕掛けがあると考えるのが普通だろう。
同じ考えに至っているのか、翼達も決して椅子に座ろうとはしない。
「何にしろ、このお茶会から女王様を帰して欲しいのならば、お客人としておいらにもてなしさせて貰うか…そうさなぁ…ジャバウォッキー?」
掛けられた声に、黒須が顔を向ければ、「あんたが、女王様の代わりに此処に客として残るかい? それでもおいらは一向に構わないぜ? 素敵な時間を約束してやるよ」と、言いながら黒須へと歩み寄る。

帽子屋の声は、あながち冗談ではない偏執めいた響きがあり、どんな「素敵な時間」が繰り広げられるのか想像するだけで吐き気がする。 猟奇的嗜好の強い帽子屋の事だ。 竜子に対してはそれでも、未だ危害めいたものは加えてこないが、黒須に対してもその態度が守られるとは言動からも到底思えなかった。 
黒須は帽子屋から「熱狂的」に憎まれている事を金蝉は朧気に察する。
(まぁ、こっから出られるなら、他の事ぁ、どうでも良いんだがな)
黒須が残る事で、この面倒の全てから解放されるなら、むしろ残れ!と願うも、そういう訳にはいかないようだ。


黒須は自分のすぐ目の前に立つ帽子屋の、己よりも頭一つ分低い場所にある顔を見下ろして「さぁて…、竜子どうするよ? お前の身代わりに俺に残れだとよ」と声を出した。
竜子が間髪入れずに叫んだ。


「誠はやらない!」


怒りに満ちたその声は明瞭な響きを持って、金蝉の鼓膜を震わせる。
黒須は唇を捻じ曲げキュウッと目を細めた。
その表情は、幸福そうにも見えたし、哀しそうにも見えた。

「だとよ。 女王様の仰せだ。 ただの『門番』には逆らえねぇよ」
帽子屋は黒須をじいっと見上げて首を振る。

「そりゃあ、どうかな? ジャバウォッキー! あんたは、おいらの椅子に座る。 座らなきゃ、女王は返してやんない。 あんたが、おいらの招待を受けるってぇんなら、此処で捕まえてある客人も、他の奴らも無事返してやるさ。 なぁ、お座りよジャバウォッキー。 オディールならば、夢見心地の座り心地、エカテリーナは刺激的、ガゼットならば熱い抱擁! さぁ、どの子が良い? ジャバウォッキー?」

黒須は「どれも御免だ」と吐き捨てて、そして振り返りもせず叫んだ。

「さぁ、詐欺師の魔術師! お前の出番だ」

デリクが「Okey-dokey!」とワクワクしたような声で返事をし、スタスタスタと歩いてくる。
途中、エマと、モーリスの隣で立ち止まり、如何にも意味ありげな表情で、何かを囁いていたのがやけに気になった。
(何企んでやがる?)
一応味方側の人間だろうに、どうしてこうも、安心してその挙動を眺められないのか、身に纏う空気の胡散臭さに辟易しつつも、その挙動を注視する。
そしてデリクは両手を広げ、「ハロー、ハロー、ハロー? 帽子屋さん、ジャバウォッキーと遊ぶ前に、私の相手をしてくれませんカ?」と首を傾げた。

まるで、羽を広げた悪魔のようだった。
黒い服装だからか、非現実的な世界でデリクは、益々非現実的な存在感を増している。


「ジャバウォッキーと取引したのですかい? お客人」
帽子屋が笑いながら問うた。
「エエ。 この先行き不透明な昨今、一寸先は闇と言えどモ、未来の自分を知りたいと願うハ、どなたも同ジ。 当るも八卦、当らぬも八卦な占い稼業モ、一向に廃れる気配はありまセン。 私とテ、一介の小市民。 雑誌の占いページを、毎回、毎回、アテにならぬと知りつつも、気になり覗いてしまウ程には、自分の未来に興味がありマス」
滑らかな口調、貼り付いた微笑み。
翻弄するような言葉の波を楽しげに聞き、帽子屋も負けじと口を躍らせる。
「白雪! 彼女を強請りなすったか! そりゃあ、お客人中々手強いものを所望なさる! 彼女は王様の言う事しか聞かぬ強情女! 惚れた、腫れたは世の常なれど、一途を極めりゃ物狂い! あの女から欲しい情報を欲しいように引き出すなんてぇなぁ、至難の技ですぜ?」
芝居がかった口調の応酬に金蝉は眩暈を覚え、視線を落としかけた所で自分の腰に回されているロゼットの腕が目に入った。
「てめぇ…いつ放すつもりなんだ?」
低く唸れども、ピクリとも腕は動かない。
「よっぽど気に入られてんのね」
ウラにそう言われ、金蝉は「はあ」と深い溜息を吐いた。

とにかく、もう暫くはこのロゼットとの付き合いを続けねばならないらしいと諦めて、金蝉は二人の舌戦を腕を組んで見学する事にした。

「強情な女を、舌先で溶かすなんテ事、男として生まれたからにハ、是非、チャレンジしてみたいゲームじゃありませんカ?」
「確かに、お客人の舌先ならば、白雪の雪の如き冷たき心ですら溶かせそうだ! さぁて、しかしお相手をと所望されても、おいらは御覧の通りのつまらん男でして、お茶以外に貴方を持て成す術が御座いません」
「いえイエ、お気遣いなく、帽子屋サン! こうやって、お話しているだけで、私としては大変有意義な時間を過ごしておりまス。 折角、直接あなたにお招き頂いた身ですかラ、取るも取り合えず、御礼を申し上げたかったですしネ?」
デリクの笑みが深くなる。
「直接? どういう事かしらデリク?」
ウラが宙に浮いている足を揺らめかせ、興味なさ気に問いかける。
「ウラ? 君は、どうやって此処に来タんだイ?」
「間抜けなデリク。 私は、貴方が球体の硝子詰めにして保存してあった『異空間』を通ってよ来てよ?」
「イケナイ子ダ。 前回此処に来た際にまた直ぐに来られるよう、道筋を残しておいたのが失策だっタ! さぁて、では、更に質問ダ、お姫様? どうやって、硝子に詰めた異空間を見つケ、どうやっテ、この深層まで辿り着いたんだイ?」
ウラは、「クヒッ」と笑い、焦らすように口を噤んだまま周囲を見回すと、「呼ばれたの」と囁くように答えた。
「呼ばれタ? 誰ニ?」
「兎よ? デリク」
ウラの言葉に、確か彼女は「白兎」に案内されたと言っていた事を思い出した。
「硝子詰めの異空間の隠し場所はサイテーだったわ。 あんな高い場所に置くなんて、私が手が届かないと思ってたんでしょ? でもね、お生憎様。 兎の手! 硝子の中で大暴れ! コロンと揺れて落ちてきた。 硝子が高い場所から落ちたらどうなる? デリク」
「割れますネェ、硝子ですもノ」
「そう、割れて出て来た異空間の向こうから、真っ白な手が私を手招いたの。 後は分かるわね?」
「エエ。 勿論。 私のアリス! 兎の穴に飛び込んでお城に辿り着いた貴女ヲ、此処まで案内したのはどなたですカ?」
ウラは笑って答える。

「当然、『兎』よ! 『真っ白』なね?」

謎かけめいたウラの答え。

デリクはクルリと帽子屋を振り返り、「さても素敵な招待状。 ウラがこちらに来た以上、私もこちらの世界へ彼女を追ってこなければなりませン。 貴方の差し金ですよネ? ウラを『兎』に、ここまで案内させたのハ。 貴方が招きいれたのでなけレば、この森に通じるあの硝子の扉は開かなイ」と冷静な言葉を並べ立てる。
帽子屋はニヤニヤ笑ったまま一度頷く。
「その通りですぜ、お客人。 だって、こんな場所で、どんなお祭りをしでかそうとも、客は誰も寄り付いちゃあくれないんです。 おいら、人一倍寂しがりなもんだから、ついつい貴方の大事なお嬢さんを此処に招待しちまった。 とはいえ、随分と楽しんで貰えたようだし、傷一つつけぬよう、大事に、大事に持て成させて頂きましたぜ?」
「ええ、本当にありがとう御座いまス」
デリクは一度にこりと笑い、その笑顔のままで「さァ、貴方の目的はなぁニ?」と問うた。
「目的? さぁて、何のことやら」
帽子屋がはぐらかす。

金蝉は、二人のまさに化かしあうようなやり取りを見ながら、それでも一つの結論を得ていた。

つまり、これは、「デリク・オーロフ」という「魔術師」を此処に呼ぶために仕掛けられた罠であったという結論を。

「ウラを此処に連れ去り、私ヲこの城へ呼んだ理由。 それは、私が此処に来ル事で、何が起こるかを考えれば自ずと答えが出まス」

「発狂現象」

翼が呟く。

「ご明察! 私が来れバ、王様狂ウ。 前回の騒ぎは、ここの住人にとっても一大事だった筈。 貴方だって当然ご存知だっタ。 王様の一大事となった、魔術師の事もネ?」

デリクが笑いながら帽子屋に問いかける。

「だから『兎』を使っテ、私を此処まで連れて来タ。 後は待つだケ! 王様が私の存在に気付キ、発狂するその時ヲ。 私はジャバウォッキーとの取引で、貴方のお相手をしておりまス。 貴方も同じく、『兎』と取引をしタ。 兎、兎、何見て跳ねル?」

ウラが甲高い笑い声をあげた。

「アハハハハハハ! 流石よデリク! 全部、お見通し! 兎が跳ねる! 月見て跳ねる! 兎は、だ あ れ ?」

「白雪!」

黒須が叫んだ。

白雪?
金蝉が首を傾げれば、竜子が「ベイブの大鏡だ。 この世の事をなんでも見通す女なんだが、どうにもベイブにベタ惚れで、事ある毎にあたいを敵視してきやがんだ」と説明し、それから眉根を困った風に下げる。
「そうか。 白雪が一枚噛んでやがんのか…」
そう呟く声には怒りよりも戸惑いの色の方が濃く、「頭にこねぇのか?」と金蝉が問えば「ううん…いや、だって、あいつさぁ…なんか、すげぇ、一生懸命だし…」と、顔をくしゃっと笑みの形に崩し、「憎めねぇんだよ」と竜子は言った。

お人よしの、大馬鹿女。
金蝉は呆れたように胸中で呟き、「お前、人生楽しいだろう?」と聞いてみる。
竜子はキョトンとした後頷いて「何で?」と問うてくるのを無視する。
こいつのように、誰かを厭うたりする頭すら持って生まれてこなければ、逆に色んな事が単純に受け止められて、楽に違いないと思えども、じゃあ竜子が羨ましいかと問われれば、「いや」と即答できる自分がいる訳で、何にしろ、自分とは全く別種の生き物だと、金蝉は再認識するのであった。

黒須が、「あんにゃろ! お前とグルか!」と帽子屋を指差せば、「お前のせいだよ、ジャバウォッキー!」と帽子屋がやり返した。

「女王とジャバウォッキーが来てから、なぁんも面白い事なんかありゃしない! 王様は、イかれてた頃はさいっこーだった!! 毎日、毎日、人間共を酒の肴に血みどろになって楽しくお茶会をしていたというのに! ジャバウォッキー! お前を傍らに置くようになってからは、俺の事を城の奥底に閉じ込めて、見向きもしてくれなくなった!」

喚き、飛び跳ね、歯をむき出しにする帽子屋の狂気めいて凶暴な姿に金蝉は怖気を奮う。

「お前が憎いよ、ジャバウォッキー! あんまり憎いもんだから、指の先から生きたまんま、少しずつ齧ってやりたい位だ! ああ、そうしてやったらどんなに愉快だろう! 全部、全部、長い時間を掛けておいらの胃袋の中に納めてやりたい。 泣き叫んだって許してやらない! 一番痛いとっときの方法で、一番苦しめてやる」

言い募る声には暗い熱。
だが黒須は受け流すような涼しい顔をしている。
「白雪は、そこまで知ってんのか? お前が、そこの魔術師使ってお前を狂わせようとしている事までな?」
「まさか! あの女はベイブ様命! あのお方の今の正気を喜ぶ立場にある事ぁ、ジャバウォッキーも知ってんだろ? ただ、恋に狂った女ほど、愚かで扱いやすい生き物もない。 おいらの舌先三寸で誤魔化し、騙して、ここにそこのお嬢さんを案内してくれたに過ぎない」
「見返りハ、竜子さンですよネ? 白雪さンは、随分と王様にご執心の様子。 傍にいる女王様を憎んデ、一時的にでも彼女を王様から引き離したくテ、貴方の口車に乗ってしまっタ」

帽子屋は、デリクの問いかけに、再び拍手喝采、喜んだ。

「その通り! 流石、流石、流石の魔術師様々だ!」
そう言いながら帽子屋が手を打った。

つまり、白雪って女が竜子の不在を望み、帽子屋はデリクによってベイブが狂う事を望んだという事か。
その思惑が絡み合った末に今の状況が出来上がったとしたならば…そこまで考え、金蝉は首を傾げる。

何で、俺、ここにいるんだ?

今回の騒動が「仕組まれたもの」であったなら、自分の存在にだって、帽子屋もしくは白雪という女の思惑が絡んでいて然るべきだ。
思わず鼻白んだような声で「おい、つまり、俺はアレか? 白雪だかなんだか知らねぇが、馬鹿な女が、あの馬鹿な王様だかなんだかのせいで、この馬鹿な小娘嫉んで、そこのキ印野郎の口車に乗ったせいでこうなってるって訳か?」と、余りに馬鹿馬鹿言いすぎて主語がどれなんだかも分からなくなりそうな台詞を口にする。

その瞬間、ふっと皆の間に沈黙が落ちた。
痛々しいとすら言えるその沈黙の重みに、金蝉が首を傾げる。

無人楽団が奏でる謝肉祭が最高の盛り上がりを迎える中、帽子屋が、今までになく物凄く殊勝気な声で「いや、そちらのお客人は運悪くというか、多分、異空間の穴やら、でジャバウォッキーが援軍を呼び込む為に開けた入り口等の影響で、唯々偶然このお茶会に迷い込んじまっただけかと…」と言えば、「ああ…」と皆それぞれに納得やら、溜息やらの入り混じった声を気の毒そうに吐き出した。

が、金蝉からすれば、堪ったもんじゃないとしか言いようのない事実に全身から力が抜ける。

金蝉は虚ろな目をしながら、それは、それは、恐ろしい静かな声で、ただ一言「……もげろ」と呟き、「え? 何が? 何を? 何を、もぎたいの?」と、その意味の分らなさと、意味分からない割にかなり具体的に怖い台詞選びに戦慄が走り、黒須が青ざめながら口を開いた。
「うし、分った。 何やかやこれで、辻褄は合った。 まぁ、それは、今はもう、この直面している危機に比べれば瑣末な事だ! とりあえず、あいつは解放しろ。 なんか、もう、闇雲に世界の平和の為に、解放しろ」といえども、帽子屋は帽子屋で一心不乱に首を振りながら「解放したら、終わりじゃない? これ、逆に解放したら、その時点でおいらジ・エンドじゃない? ていうか、もがれるよね? 最初に、もがれるよね?って、そもそも、何をもぐの?!」とかなり的確な判断を下す。
金蝉は、もう我慢なんて到底出来ず、カタストロフの序曲となるような破壊的な術の詠唱に既に突入しており、翼が必死の声で「我慢だ! 金蝉我慢しろ!! もぐのは早まるな! そうだ、帰ったら、ほら、美味しいもの作るから! あ、ウィスキーあるよ? 焼酎も! あと、もうじき、知り合いが、春鰹を送ってくれるっていうから、それをタタキにしてあげるから!!」と、お菓子で子供の癇癪を宥めようとする母親の如くの声音で、思い留めさせようとしてきていた。
(俺は 玩具屋の前で 駄々をこねる ガキか!!)
そう悪態を吐けど、翼にとっての認識としてはかなり正しいセンをついている事には気付かぬままに、本気で全部壊し尽くしてやる!!と決心を固める。
モーリスは「とりあえず、もげても、私、元に戻せるんで…ガンバッテもげて下さい!」と黒須にガッツポーズを見せていて、「あ、俺もお前の中ではもげ要員なんだな」と黒須が冷静な声で突っ込んでいた。
「と、とにかく、もがれるのはご勘弁! 全ての目論見そこの魔術師様に見抜かれちまわぁ、後は口封じしかござんせんや! 折角の楽しい楽しいお客人達。 一思いにもてなしちまうのは、至極残念極まりないが、これも一期一会の世の常だ! さぁ、別嬪さん達! ダンスの時間だ!」
帽子屋がそう宣言し指を鳴らせば、今度は楽団が陽気なジャズのダンスナンバーを奏で始める。
音楽に合わせるかのように、金蝉を座らせているロゼットが、優雅にそのまま一回転し、渾然の腰に回している指先を鋭い刃物へと変化させた。
そのまま切り裂こうとするロゼットの腕に、術の力を吹き込んだ指先をあてる。
「最初から、実力行使で行けば良かった」
そう公開しつつ、つっと力を込めれば、ザクリと鮮やかな音を立てて、まず指先をあてた腕が切り裂かれ、ぼとりと鮮血を溢れさせつつ金蝉の膝の上に落ちた。

「じゃあな、ロゼット」

もう二度と会いたくねぇもんだと、ずっと自分を抱きしめていた、もう一方の腕も同じように切り裂き、立ち上がり様に、何発も弾丸を撃ち込む。
一発だけでは壊れなかった椅子も、流石に連続射撃には耐え切れず、腹いせも込めての攻撃の前に、ロゼットは哀れ崩れ落ち、ただの木屑と成り果てた。
金蝉が見回せば、それぞれ他の者々も、自分の能力で攻撃を仕掛けてきた椅子を壊している。
翼も、おいそれと椅子なんぞに遅れをとる筈も無く、ロゼットと同じく椅子を一脚無残な姿へと変えていた。

帽子屋に目を向ければ、彼はデリクと相対したまま唆すような声で囁いていた。


「…つまり、お客人。 貴方ならこの城の主になる事だって可能なんですぜ?」

帽子屋の言葉にもデリクは表情を変えず、微笑んだまま「ウラ? この城欲しいですカ?」とウラに声を掛けた。
ウラは、「クヒッ」と笑い声をあげ「いらないわ! こんな辛気臭い城! 時々遊びに来るから良いんじゃない。 バカンスの為の場所は、バカンスの為に存在するべきよ」と言い、それから、ひょいと椅子の上に立ち上がる。
「良いわね。 ジャズってもっとつまらない音ばかりかと思ってたけど、これは気に入ったわ。 デリク、ねぇ、踊っても良い?」
そう言いながら、足を伸ばしテーブルの上にウラが立つ。
デリクは盛大に眉を顰め、「お行儀が悪いですヨ。 ウラ」と咎めながらも、自分もひょいと長い足を駆使し、軽い調子でテーブルの上に上がると「家では禁止」と言い、そしてウラに向かって両手を広げる。
嬉しげに笑いながら、極彩色の料理の数々や、ケーキ、お菓子を蹴散らし、ウラがデリクの両腕に飛び込む。

「お茶会は終了よ。 帽子屋! 私、デリクと一緒にお家に帰るわ。 謎々の答えは、『愛している』! そうじゃなくって?」

『愛している』

誰が?

金蝉は、目を見開き、新たな客人が訪れるまでの、ウラと帽子屋のやり取りを反芻した。


【ああ…つまり、そうよ、ベイブが認めたくないのは、『時の魔女』への本当の気持ちなんだわ。 そうでしょ?】


【では、問います。 お嬢様。 王様の、時の魔女への『本当の気持ち』は…一体何?】


『愛している』

つまり、ベイブは、あの虚ろな王様は、自分を此処に縛り付けた女を……。


帽子屋の全身が硬直するのが傍目にもよく分かった。
デリクが「正解! 賢いウラ!」と言い、そして指をパチンと鳴らして、「ほら、聞こえてきましたヨ」と宣言する。

その瞬間何処からもなく、ベイブの声が、その場に響き渡った。

「愛している」

ベイブの声音に、帽子屋が、いや、その場にいる城の奇妙な住人達が全て恐慌状態に陥った。

無人の楽団が、ギイギイとひっちゃかめっちゃかな音を出し、足元を走り回っていたトランプの小人達がめいめいに悲鳴を上げて逃げ惑う。
無表情に鋏を握りしめていた三月兎も、まさしく脱兎の如く逃げ出していた。

帽子屋が「ひいいい!」と悲鳴を上げて逃げようとするその周りに光の檻が現れた。
振り返れば、薄い花弁のような瞼を閉じ、白い両手に淡い光を宿らせているモーリスがいた。
デリクに視線を送れば愉しそうに笑っていて、全て彼の仕組んだとおりに事態が進んでいるらしいと金蝉は察する。
帽子屋も大概喰えない野郎だと思ったが、どうもあの魔術師はその上を行くらしい。
この騒動全て、あの男が仕組んだ事かと思うと、どうにもこうにも気に食わなかった。

ウラが、滅茶苦茶な音に、壊れたような笑い声をあげ、出鱈目なステップを踏む。

「クヒヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒッヒヒヒヒッ!」

お腹を押さえ、黒髪を乱し、机の上で、Dance! Dance! Dance!

ウラが踊るその爪先に、ビリビリと稲光のようなものが走り、振り上げる指先にもその光が宿るとデリクは楽しそうに叫んだ。

「ウラ! ウラ! ウラ! よおおおク、狙っテ? よーーーーォい、ドン!」

その瞬間、デリクの合図に合わせて、鋭い雷が帽子屋の上に落ちた。

轟音と、眼を開けていられない稲光の後、金蝉がゆっくりと目を開けば、感電し、気を失っている帽子屋が倒れているのが目に入る。

チャンスだ。


何の?とは問いかけられるまでもなかった。
よくも、此処まで虚仮にしてくれたものだと、沸々とした怒りが湧き上がり、金蝉は、一歩一歩、それはそれは、人を圧迫するような空気を撒き散らしながら倒れている帽子屋の元へと訪れると「もぐぞ?」と一応の許可を求め、黒須に目を向けた。
「あ、どうぞ」
多分咄嗟にだろう、そう返事をした後で、「え? いいの? もぐの、良いの?」と誰にでもなく意見を求めている。

だが、金蝉は、もう心に決めていた。

とりあえず、首辺りからもぐか……。
平静な眼差しで、冷静にそう判断を下し、ゆっくりと腕を伸ばす。

竜子がうううんと、両腕を伸ばし、固まってるらしい体をバキバキとほぐしつつ「いいんじゃね?」と軽い口調で黒須に言った。
「もう、大絶賛もいでもらおう」
余りの言い様に、エマが慌てて、「ちょ、ちょっと待って!」と声を上げる。
「え、えーと、それよりもね? ここは、ハンムラビ法典にならって、目には目を…って事で…」といいつつ、金蝉と帽子屋の間に入り、帽子屋を何とか抱え起こそうとするのを、「手伝います」と言いつつ翼の隣に立っていた無性に腹立たしい男がひょいとその体を抱え上げた。
「ありがとう」
エマが述べて帽子屋を先程まで竜子の座っていた場所に座らせれば、流石というべきか彼女が何を望んでいるのか察したらしいモーリスが、三月兎の手を引いて、椅子の脇まで連れてくる。
「ハイ、首チョッキンゲーム、再開です」
落ちていた鋏を握らせて、そうモーリスが耳元で囁けば、コクンと兎少年は頷いた。
帽子屋の足首に、竜子が巻きつけられていたらしい拘束具を装着し、「…これで如何かしら?」とエマは、額の汗を拭いつつ言い、流石に金蝉の「帽子屋のどっかもぐ姿」を見たくなかったらしい面々が「おお」と感心の声をあげる。

金蝉は、周囲の総意を汲み取ったわけではないが、唯々面倒臭くって、「何でもいい。 とりあえず、ここから今すぐ出せ」と唸り声をあげ、足音荒く出口へ向かった。
その背後をトタトタと軽い足音を立てて翼が追ってくる。
「お疲れ」
そう気軽な声で言われ、彼女に何の咎もない事を理解しつつも横目で睨みつければ「よく我慢しました」等と言いつつ、ぽんと背中を撫でてきた。
まるで、暴れ犬にでもなったような気持ちになって、「うるせぇ」と唸れど、翼は怯む事無く、「はいはい」と小さく笑う。
その余裕の様子が悔しくて、重ねて何かを言おうとした時だった。

ひょいと自然な仕草で翼の肩に腕が回された。

「はじめまして」

微笑みながらそう言ってくる男の顔をマジマジと眺める。
やけに整った、非の付け所の無い顔立ち。
一瞬誰かに似ていると思えども、誰に似ているかまでは考えが至らず、金蝉は首を傾げた。
「誰だ…こいつは?」

敵意を隠さない声でそう問えば、翼よりも早く「夜神潤です。 知らない? 一応、TVとかにも出てるんだけど…ああ、君は余りそういうのを見ない人っぽいね」と微笑みながら言葉を続けた。
「よろしく」
そう言いながら差し出してくる手を思いっきり無視し、その上で「慣れ慣れしいんだよ」と言いつつ、翼を自分の傍へ引き寄せ、潤の腕を肩から外させる。
「あーあ、嫌われたか」
そう肩を竦めながらも、何処かからかうような目で上目遣いに眺められ、金蝉は今日一日のトドメとばかりの苛立ちに襲われると、ぐいと翼の腕を引きスタスタと歩き始める。

「こ、こここ、金蝉? あ、あのね? 潤はね?」
「呼び捨てか。 随分仲の良いことだな」
「え、あ、いやいや、だから、ね? 金蝉、ちょっと聞いて!! 聞いてって」
「…ウィスキー」
「は?」
「あと、なんか美味いもん作るんだよな? 焼酎も。 それに、春鰹のタタキだっけか?」
金蝉の羅列する言葉に、翼は目を見開き、それから「くす」と噴出しつつ肩をすくめる。
「オッケー、オッケー。 約束だからね? でも、僕の話もちゃんと聞いてくれよ?」
そう念を押してくる翼に、「望むところだ」と一言答え、きっちりあの男との関係を問い質してやると金蝉は肩を怒らせた。


さて、そんなこんなで漸く城から帰れる事となった金蝉は、今は翼と並んで彼女の部屋へと向かっている。
翼は翼で、今日は雑誌の取材があったそうだが既に終えていて、帰宅途中に城に呼び込まれたらしく、潤はと言えば、まだ、何かの撮影があるとかで慌しい様子で立ち去っていった。
色々聞きたい事はあるのだが、自分の隣を穏やかな様子で歩いている翼を見ていると、今日一日とんでもな女共に振り回されていたせいか、何だか落ち着いてしまって口を開くのも億劫になる。
「金蝉?」
翼がそんな様子の金蝉の名を不思議気に呼んできて、彼は溜息を一つ吐くと、その頭に掌を置いて「お前はそのまんまでいろよ」と思わず言ってしまっていた。
翼が目を見開き、それからやけに嬉しげに「うん」と小さく頷く。
素直な様子が、何だか愛おしくて、金蝉はそれ以上何も言わずに、翼の肩を抱き寄せると、のんびりとした歩調で、川原沿いを歩き続けた。


fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【2916/ 桜塚・金蝉  / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【7038/ 夜神・潤  / 男性/ 200歳 / 禁忌の存在】
【2318/ モーリス・ラジアル   / 男性 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【3427/ ウラ・フレンツヒェン  / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【3432/ デリク・オーロフ  / 男性 / 31歳 / 魔術師】


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■         ライター通信          ■
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お久っぶりです!!
よくぞ、「女王様失踪」に御参加いただきまして有難う御座います。
ライターのmomiziで御座います!

3年ぶりのOMCのお仕事に戸惑いつつも何とか書き上げさせて頂きました。
ご参加くださってる方も、皆さん、現役の頃にご参加くださった方々ばかりで、
私は何たる幸せなライターと、忘れられずにいた、幸せを噛み締めております。

本当に本当にありがとうございました!

僅かばかりでも腕前が上がっていればいいのですが、何にしろ発注して良かったとおもっていただける作品を仕上げる事が私の最大の使命だと思っております。
また、ちょくちょく窓の方は開けさせていただきたいなーと考えているので、その際は再び遊んでくだされば幸いです。

それでは、momiziでした。