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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【女王様失踪】


〜OP〜

【Side:A】


おっす! 俺、黒須誠、38歳! 獅子座の、A型! 趣味は、競馬とパチンコ!
最近の悩みは、朝起きた時、自分が先程まで頭を埋めていた枕から若干の加齢臭が漂い始めてるって事かナ☆
と、まぁ、余りに久しぶりすぎて、咄嗟の自己紹介から始めてみる訳だが、今現在俺は、最っ高に困り果てていた。 、

「よりにもよって帽子屋にとっつかまってんのかよ…」

げんなりした声で呻けば、同じくげんなりしたような表情を見せて、千年王宮の王様リリパット・ベイブが「アレばっかりは、どうにも、私の言葉をはぐらかす。 命令を聞かぬわけではないのだが、妙な理屈と論理のすり替えで命じた内容とかけ離れた事をやってくれる。 今だって、全く私の言葉を取り違え、竜子を茶会から一向に帰そうとしないのだ。 この城に棲まうものは、あいつの狂った言葉に煙に巻かれるばかりか、下手をするとマッドな振る舞いの犠牲者になってしまい、全くもって役に立たん」と呟く。
「迎えに行こうつったって、城の何処で開いてやがんのか、一向に見当がつかねぇ。 よりにもよって、そんな場所に迷い込む、竜子も竜子だ」
俺の言葉に頷いて、「不用意に客人が紛れ込まぬよう、深層で茶会は開くようにと厳命したはずだが竜子の方向音痴に掛かれば無駄な措置であったか」とベイブは面倒くさげに鼻を鳴らす。
「もう、三日だろ? 幾らなんでも、命までは取られやしねぇだろうが、こんだけ長い間拘束されるのは、あんまりだ。 あの乱痴気騒ぎ、まだ続いてんのかよ」
俺が問えばベイブは王座に体を埋めたまま、戯れに手を伸ばし「白雪」と一言名を呼ぶ。
すると、ヒタヒタヒタと滑るような足音をさせて一人の何処もかしこも真っ白な、白いワンピースを身に纏った女が現れると、うっとりとベイブを眺め、微笑んで「何をお望みで?」と、高い声で問いかけた。
「竜子だ…というより、帽子屋の茶会の様子を見せろと言った方が良いかも知れぬ」
ベイブの言葉に、「また、あの女がご厄介をかけているのですか?」と気に入らぬ気に囁けど、「鏡風情が、いらぬ事を申すな」とベイブに叱責され、哀しげに口を噤む。
そして渋々といった風に「御意」と頷き、白雪はずぶりと自分の胸に両手の指を突きたて、ずずずとまるでこじ開けるように自分の胸を「開いた」。
そこには真っ黒な闇の中に浮かぶ銀色の鏡面が存在し、白雪が目を閉じれば、銀色の鏡にある情景が浮かび上がる。

鏡の中には、この「千年王宮」にて、俺と同じく王のベイブに使える「奴隷」として暮す竜子の姿が映っていた。



-------------------本編--------------------



帰宅すると、留守番を頼んでいた筈の自分の弟子兼庇護者であるところのウラ・フレンツヒェンが姿を消していた。

大変捻くれもので、素直じゃなくて、天邪鬼ではあるものの、言いつけを理由もなしに破る事もしないウラにしては珍しいと首を傾げつつ、「ウラ? ウラ?」と呼びかけながら玄関を上がりリビングへと向かえば、そこにも、少女の姿はなく、その代わりに、一人の派手な格好をした男がソファーに座ってお茶を飲んでいた。


道化師。
千年王宮で一度垣間見えた事のある、不思議の住人。

「ハロー? ハロー? ハロー? ご機嫌はいかが?」

そう呼びかけられて首を傾げる。
大層驚いたが、おいそれと表情には出さない。
気持ちをそのまま顔に出すなんて、それは愚か者のする事だ。

驚いた時ほど、満面の笑みを。

とりあえず、デリクはにこりと微笑みかけながら「ご機嫌は、大変良いデス」と答える。
「さて、道化サン。 一体今日は、何の御用事でしょウ?」
そう問い掛ければ、「おお、私の事を覚えておいでかい? 賢明な魔術師殿!」と、朗らかな歓声を上げる。
「勿論でス。 前回、王宮を訪ねさせて頂いた事ハ、私自身にとっても貴重ナ体験として記憶させていただいていますカラ、そこで出会った方々を、忘れる事は、とても出来や致しまセン。 さて、道化さン。 貴方、どうして此処ニ?」
デリクの質問に、道化がにいっと笑ってツイと指を指し示せば、そこには飛び散る硝子と真っ黒な渦が一つ。

「ああ、見つかってしまったようですネ」

そう顔を顰めて呟けば「ご明察! では、貴君の姫君の行方にも推測がお付きになったんじゃねぇのかい?」と道化は言った。

硝子詰めの異空間。

前回王宮を訪問の際、本に栞を挟むが如く、デリクは玉座の間の物陰に、空間の穴を残しておいたのだ。
また、いつでもあの場を訪問できるように。
何てったって、千年王宮には魅力的なアイテムや書物が唸るように置いてあるのである。
また時間のある時にでも、じっくり探求したいと考えたデリクは、現世から千年王宮へ繋がる穴の入り口を、硝子の球体の中へと保存した。
缶詰ならぬ、硝子詰めにての保存である。
こんなもの、ウラに見つかってしまっては、大変と、彼女の手の届かぬ棚の上に置いておいたのにと、留守番を任せている間に、どうも見つかってしまったらしい。

「悪い子ダ。 一人で、危ない場所に言ってはイケナイと、あれ程教えてあったのニ」
そう言いながら、硝子の破片を拾いあげる。
「いやいや、城の外など、何百年ぶりだろう! ヨーホー! 穢れた匂い!! 穢れた世界!! 相変わらず空気の汚い場所だよ、ここは」
そう言いながら、道化は部屋の中を歩き回った。
「とはいえ、長くはこの場所にもいられそうもない。 王様だけでなく、私もあの城に囚われてる身には変わりないからなぁ」と呟き、「じゃあ、話を続けようぜ?」と首を傾げる。

デリクは数秒思案し、ゆっくりと余裕のある笑みを作り上げると、「ええ、お話してくださイ」と促す。
だが、頭の中には、千年王宮に向かったウラが「拉致」されたのか「自ら向かった」のか考えあぐね、出来る限りの情報をこの目の前の男から引き出す為の手段を目まぐるしく思考し始めていた。

相手は、あの虚ろな王様だろうか?
だが、あの無気力極まりない男が、ウラに何か用があるとは考えい難い。
だとしたら、別の者の仕業か。


場合によっては道化師を人質にして、ウラの身柄を引き渡して貰わなくなるかもしれない。
ウラが向こう側に行き、道化が此処に来ている。
この事をもって、彼女が千年王宮に向かったのは、彼女自身の意思だけでなく、何者かの意思が含まれているであろう事を朧気に察したデリクは、相手から情報を引き出そうとする時の常として、自分が焦っている事を悟られぬよう、必要以上に落ち着き、穏やかな振る舞いを見せる。
こちらの動揺を悟られては相手に付け込まれる事を防ぐ為、「ですが、お話の前に、私も、コーヒーを、一緒にいただかせて頂きマス」と、まずは、キッチンにコーヒーを淹れに向かった。


「さてはて、魔術師殿が一番お気に掛けられているのは、お姫様の行方とお察しするが、如何なもんだい?」
道化師に問われ、デリクは頷くと「あの子のオテンバには、ほとほと手を焼いておりましテ、他人様のお宅にお邪魔したと伺いますと、いつも、何か失礼をしでかしていないかト、心配になってしまうのデス。 特に今回は、主の方が、大変気難しい方だと言うのは存じておりますので、ウラが王様の機嫌を損ねていないか、心配で、心配で…」とわざとらしく顔を顰める。
道化は、大げさに頷いて、「そうだろう。 そうだろう。 では、さてはて、何故に、君の大事な姫君が、千年王宮に招かれたのか、その理由は分かったかい?」と尋ねられて、やはりウラは、自らの意思のみならず、何者かも思惑にも乗せられて、あの王宮へと足を踏み入れた事をデリクは確信した。
「さぁテ…? 想像も付きませン。 あの子は、まだ半人前。 あのお城の方々のお役に立てるような事ハ、何も出来ないと思うのですガ?」
慎重に答えれば、道化師は首を傾げ「ご謙遜を。 千年王宮の住人達にとっては、君は、良くも悪くも有名人さ。 やはり、厄介な御仁だと私が察した通りの暴れ具合! 前回の活躍知らぬ者はいないよ」とからかうように言う。
デリクは苦笑を浮かべつつ、「ああ、その節ハお騒がせを致しましテ」と答えると、ふうむと唸りながら首を傾げる。
出来るだけ、声が低くならぬよう、「では、前回の私の所業を恨みに思う方々ガ、ウラを攫った等という事でしょうカ…?」と問い掛ければ、道化は「ああ、怖い目をするんでないよ!」とデリクに言い、「いやいや、そんな事はないさね。 ただ、彼女はお茶会に招かれているだけさ!」と陽気な声で告げた。

「お茶会?」
首を傾げるデリクに、「ふうむ、もうそろそろ、ご主人様が、客人に説明を始める頃合かな?」と呟いて、ポケットの中から、黒い電話の受話器が二つ、電話線の両端にくっついている奇妙な道具を取り出すと、一つはいそいそと床で渦巻いている異空間に穴の中に放り込み、それから、道化師は「さぁて、魔術師殿? この家に蓄音機は御座いますかな?」と問うてくる。
意味も分らず「レコードプレーヤーならありますガ?」と答えれば「結構、結構。 では、それをちょいと持って来てくれ」と言ってきて、デリクはアンティークショップで購入した、随分古いレコーダーを引っ張り出した。
デリクが趣味で購入したものだが、ウラも気に入ってしまったらしく彼の留守中にも勝手に引っ張り出して聞いていたので、一計を案じ、自室のクローゼットの上の棚に仕舞い込むようにしていたのである。
リビングの机の上に置けば、道化師は真っ黒なドーナツ盤を一枚ターンテーブルにセットし、回し始めると慎重な手つきで針を盤の上に置いた。
そして、先程異空間の穴に放り込んだ受話器の片割れを、盤のすぐ傍に置く。

ブツ…ブツブツ…と暫く、くぐもった音を上げた後、唐突にプレーヤーから明瞭な音声が聞こえ出した。
「今現在、玉座の間で繰り広げられている、会話を拾ってるのさ」

道化師が潜めた声で、デリクにそう説明した。

「ブツッ…ブツ…いう集会なのかしら?」
まずは、女性の声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声。
これは、興信所の事務員。
シュラインエマの声だ。
次に、年若い、少年とも、少女とも取れる声が聞こえてくる。
「僕も、潤と一緒にいたところをエマさんと同じく急に此処に連れてこられてしまって、詳細は分かっていないんです」
この声にも聞き覚えがある。
前回、王宮を訪れた際にも顔を合わせた覚えのある、蒼王・翼だ。
「でも、まぁ、エマさんに会えるなら、此処に連れて来られたのも、強ち悪い事ばかりじゃないって思えますね」と、サービスたっぷりの声音。
きっと、極上の笑顔を美貌に浮かべているに違いないと想像出来るような声で、エマが蕩けそうな声で、「私も翼ちゃんに会えて嬉しいわ。 こんなトコでじゃなきゃ、もっと素直に喜べるけどね」と答えていた。
「エマさんは、以前此処に?」
これは、聞いた事のない、若い男性の声だ。
だが、エマと、翼がいるという事は、彼も何らかの異能者であると見て間違いないだろう。
そもそも、あの王宮にいて、平然とした声を出している時点で、一般の人間とは異なる感覚の持ち主であると推測できる。
「それは羨ましい」と、場違いなまでに明るい声が聞こえてきた。
これは、モーリス・ラジアルの声。
彼とも、幾つかの事件で顔を合わせている。
エマ、翼、モーリス…聞き覚えのない声の持ち主を含め、何故玉座の間に今いるのか。
何故、道化師はこの会話を自分に聞かせたいのか。
それが、ウラの行方に何か関係しているには違いないのだが、今は余りにも提示されている情報が少ない為、何が起ころうとしているのか先が見えない。
ウラの関わる事なので、デリクは息を潜めレコーダーから流れてくる音声に神経を尖らせた。
レコーダーから流れ出てくる雑談めいた彼らの意味のないやり取りに、若干苛立ち始めた頃、漸くエマがデリクも気になっていた疑問の声をあげる。
「で? 私が、またも改心の、これもう、ちょっと革命じゃね? 和菓子業界激震じゃね?っていう出来栄えの桜餅を事務所に差し入れ途中に拉致られた理由を教えて貰えるかしら?」
問いに答えるように響き渡ったのは「んぬああああ!!」という悲鳴。
この声の持ち主は…千年王宮の住人、黒須誠の声だ。
どうも、突然千年王宮へと攫われたらしいエマが、制裁を与えているらしい。
なんか、黒須ってば、頭とかカチ割られてるんじゃないかしら?という程の、物凄い悲鳴を上げながら、「説明! したくても! この、ままじゃ!無理っ!!」と喚くのを聞いて、一体どんな目に合わされているのだろう?とデリクは少し気になった。




「で…コントは終わったのか?」
胡乱気な声でベイブがそういうのを聞きながら、デリクは黒須から聞いた説明を頭の中で取りまとめた。
「つまり…竜子さんは三日間も一箇所に拘束されているという事なのか?」
翼が不安気な声を上げた後、「可哀想に…」と心底の声で彼女の身の上を案じている。
「きっと、疲れ果ててしまっている事だろう。 こうしちゃあいられない。 出来るだけ早く助けてあげないと」
そう彼女は焦ったように言い「で? 彼女の居場所の手がかりは何もないのかい? その、白雪…だっけ? 鏡には、場所を特定できそうな何かは映ってないの?」と言葉を続けた。
翼に問われ、ベイブは気怠けな声で答える。
「映っている事は映っている。 森だ。 あと、まぁ、花やら、木の机やら、テーブルの上に広げられた甘ったるそうな菓子類やら…。 ガーデンパーティを洒落込んでいるらしい。 だが、では、その森が何処にある?と問われれば、白雪?」

白雪!!

真実を見通す大鏡!!

思わず身を乗り出せば、「魔術師殿は彼女に御執心かい?」と道化師に問われる。

彼女?
デリクが一瞬その言葉を判じかね、答えを返せなければ「女王は地下三階、不思議の森にいるようです」と、高く細い女性の声が聞こえた。

これが白雪の声。

デリクが聞き及ぶに、「白雪」とは大鏡であった筈だが、この声は、果たして「鏡」が答える声なのか?
何にしろ、「白雪」の性別は女性と見て間違いはないらしい。
「まぁ、このまま帰ってこないほうが、この城の平穏の為には良いかと白雪は思うのですが」とあっさりとした声ながらも、何処か険のある響きに首を傾げれば道化師が「白雪は、ベイブにベタ惚れでね、今一番ベイブ様に近しい存在である竜子が憎くて、憎くてたまらないのさ」と説明してくれた。
ベイブの傍にいる女は皆憎しという所か。
強い想いになれば、なるほどその気持ちは病に近づくものだとデリクは納得する。
翼が「黒須さん。 案内できるかい?」と黒須に話を振れば、「地下階ねぇ…。 俺も不案内だからな、あそこは。 表層には引き上げ効かねぇか?」と、答えた。
不思議な言葉だと、その台詞の意味が分らず首を傾げる。
すると、そんなデリクの疑問に答えるかのようにエマが言った。

「この王宮内にある全ての部屋が、ベイブさんの思うがままに姿も位置も変わるって事よね?」

そんな城が実際に存在するのかと、デリクは疑いすらせず、千年王宮なら当然なのだろうと納得する。
あの城の全てを掌握できるという事は、どんな幸運も追いつかないほどの素晴らしい事だというのに、ベイブの声は相変わらず無気力で、デリクは前回王宮を訪れた時同様「勿体無い」と思わずにはいられなかった。
黒須が「よく覚えてんな」と褒めれば、「当然」とエマが答え、彼女は前回の訪問によって、この城についてかなり詳しく説明を受けているらしい事をデリスは知る。

(また、今度興信所を訪ねて、お話をお伺いしないと…)と思いつつ、いつしかデリクは好奇心にかられて会話に耳を澄ませるようになっていた。

「じゃあ、それこそ、今いるこの王座の真向かいにでも、その部屋を呼ぶ事は出来ないのですか?」
若い男が提案すればベイブは、「階層が違いすぎる」とその提案を却下する。
「階層?」
重ねて問われ、「ふむ」とベイブは一度息を吐き出した。
「…つまり……、ああ、人の精神構造と同一であるという事だ」
ベイブの言葉の意味を掴み損ねて、デリクは首を傾げる。
ベイブは、まるで偏屈な教授めいた口調で語り始めた。
「人の心理の、他者からも目に見えて分かりやすい表面上の心理を表層心理、その奥にある真実の心理を深層心理と呼ぶ。 この表層の心理というものは、心理の持ち主自信が他者に対して『提示』したい、『こう見られたい』という思惑を含んだものである為、行動者本人によるコントロールが可能な心理となるが、深層の心理は、持ち主自身も把握しきれず、またコントロールが効かない場合が多々ある。 つまり『真実の想い』というのは、自分自身では操作不可能であるという事だ」
「元は考古学発祥のメタファーなんですよね? 表層・深層という隠喩は」
モーリスが博識な所を披露すれば、ベイブは静かに頷いて、「そうだ。 そして、この城も考古学と同じく表層、つまり今我々がいる王座を含む城の上層域と、その地下部、深層階に分けられる」と答えた。
城の作りの説明を興味深く思い息を潜めるデリク。
「この城は、先程聞き及びの通り、私の意識の変化によって、その都度内部が変化を遂げる。 つまり、私の心そのものだ。 荒れれば…どうなるか、知っている者も此処にはいるだろうが、この城の内部自体が荒廃し、時に嵐が吹き荒れる」
と、いう事は、荒れると前回に此処を訪れた時に引き起こしてしまったような、大騒ぎになる訳だと、あの時の事を思い出し、「感情によって、城の状態が左右されるのは察してましたが…あの城は、ベイブの心の象徴ともいえる存在なのですね」と把握した。
今は、声を聞く限り酷く落ち着いているようで、ウラの身の安全を考え、一つ危険が減ったと、少しだけ安心する。
だが、この玉座の間のメンツの中に、ウラがいないという事は、竜子が囚われているお茶会は、十中八九、ウラが招かれたとかいうお茶会と同じものであるという事だろう。
そうでなければ、この会話を道化師が聞かせる理由が思い至らない。

「客人を招き入れるような、『他者の目に触れる事を前提とした』この表層部分であれば、私の意識が今のように明確であればコントロールはかなり自由に出来るのだが、深層までは私自身でも、理解しきれておらぬ部分だ。 その様相が『私次第』で変わるものというのは間違いないのだが、深層域にあるものを表層まで持ち上げる事は不可能であるし…」そこまでベイブが説明し、黒須が言葉を続ける。
「ま、つまり、帽子屋ってえのは、そもそも、深層に棲む住人だったんだよ。 この城のな。 だが、こいつが不安定な時に、その隙をついて上層階でとんでもねぇ茶会を開き、混乱に拍車を掛けるもんだから、完全に深層から上に上って来れねぇように封じ込めた。 そうしたら、今度は、竜子が茶会に迷いこんじまって…」
「で、帰って来れない…と」
若い男が呆れたような声で言う。
そんな男の呟きに「…ま、生来のあいつの方向音痴プラス帽子屋の目論みも関係してんだろうけどな」と黒須は答えた。
「竜子ふん捕まえて、何を考えてんだか。 そのうち益体もねぇ、取引でも持ちかけてくんじゃねぇの?」
そう黒須が疑問を口にすると、「さぁて、然程に分際を弁えぬほど愚かでもあるまい」とベイブは静かに答える。
「や、方向音痴と言っても、その深層…っていうのは、そんなに迷い込みやすい場所にあるのですか?」
若い男が重ねて問えば、黒須もベイブも一緒になって彼に顔を向け、声を揃えて「「いや?」」と答えた。
「まぁ、基本、人間が深層心理に他人が立ち入るのを嫌うが如く、城でも私が道を開かねば滅多に足を踏み入れる者もおらぬような階層だ」
「俺も、一度だって地下階には足を踏み入れた事ないしな」
そう答えられ、「じゃあ、なんでそんな場所に…」と呟く若い男と同じくデリクも疑問に思う。
簡単に迷い込めない場所に、どうして、竜子は囚われているのだろう?
地下階域に閉じ込められる存在が、そんな簡単に彼女をおびき寄せられるものなのだろうか?
そうデリクは思えど、「いや、それが竜子だから…」と黒須が当然のように答えるのを聞いて、ああ…よっぽどの人なのだ…と、何だか知らないが納得させられてしまった。
それくらい、ナチュラルゥに、黒須は竜子の不在の理由を確信している声だったのである。
竜子を知らぬらしい若い男は「そんなに、凄いのか? その子の方向音痴って…。 なぁ、一体どんな子なんだ? その、竜子って子は…?」と問うが、デリクの納得を裏付けるかの如くの人物評が並べ立てられる。

「えーっと…凄く素直で可愛い方だよ」
「ええ、それで、とても赤い特攻服がお似合いで…」
「私の事を姐さんって呼ぶのだけは勘弁してほしいんだけどね…」
「まぁ、総じて言えば、歩くトラブル発生装置のような姦しい小娘だ」

何だか、よっぽどトンチキな女なのだろうと、顔を短い間合わせただけの女の人物像を纏めると、「…大体分かったか?」という黒須の問いかけに、(まぁ、なんとなく)と頷いた。
しかし、デリクと違って生真面目らしい若い男は爽やかな笑い声をあげ「さっぱり!」ときっぱり答える。

むべなるかな。
ただ、竜子の事等正直どうでも良いデリクは、さてはて、これから自分は如何するべきか?と考え始める。
玉座の間での会話も、具体的なこれからの行動についての話し合いに移っていた。


「その…命には別状ないのかい?」
そう翼が問えば「それはない」とベイブがきっぱり答え、「この城の中で、誠と竜子が『危害』を加えられる事は絶対にない」と、断言する。
「普通の人間なら、三日間の拘束はかなり消耗を強いられると思うのですが?」
モーリスが問えど、黒須が、「体力に関しちゃ、若いのもあって、かなり常人じゃない域に竜子は達してるから、そこら辺はまぁ、心配いらねぇよ。 そりゃあ、疲れ果ててはいるだろうが…まぁ、それこそ、命までは取られやしねぇ」と答えた。
この二人が、なんだかんだで切羽詰ってないのはそういう理由からかと納得しながらも、もし、お茶会にウラが招かれていたとしたならば、彼女の無事は保障されているのだろうか?と焦る気持ちにせかされる。
大体、逆に言い換えれば、こうやって他人に助力を求める程には厄介な事態が訪れているのだろうし、この如何にも面倒くさがりそうなベイブがこうやって自ら来客に相対し、態度はとてもそうとは見えないが、竜子の救出を頼んでくるのだから、デリクも相応の危機感は抱くべきだろう。


「…そのような事は、絶対に許さない」


何処か思いつめたような風情すらある言葉を、ベイブが口にするのを聞いて、デリクとて、ウラが傷つけられるような事は「絶対に許しはしない」と同調する。

「さ!」と、黒須が声を上げ、一度手を打ち合わせると、「他に、何か質問は?」と、話を取りまとめに掛かった。
「最後に…そのお茶会から解放してもらえる方法っていうものに、何か心当たりはないのかい?」
翼の問いかけに、エマも問いを重ねる。
「そう、その、どうも聞いていると随分儀式めいているというか、帽子屋さんは、帽子屋さんのルールに則ってお茶会を執り行っているようじゃない? だったら、王様として、お茶会そのものを終了させたり、もしくは新しい終了条件を作る事は出来ないのかしら?」
ベイブが小さな笑い声をあげる。
「色々とよく考え付くものだ…」
それは、感心しているようにも聞こえる声。
そして、暫しの沈黙の後にベイブは、重々しい声音で言った。
「出来ぬ事はない…が…、それを帽子屋が素直に受け取るかどうか…」
「どういう意味だ?」
翼が問う。
「つまり、帽子屋は、人の言葉を『わざと』相手が曲解するのだ。 それも、最も望まぬ方向に」
「じゃあ、もし、君が『お茶会を即刻終了しろ』と伝えたとしたら?」
「まぁ、アレの思考回路等、そうそう計り知れるものでもないのだが…この前の茶会の際、同じような事を命じた時は、アレはお茶会の終了時には参加者を『とっときの方法』で持て成すイベントを執り行うのが決まりだと言ってな、その時不幸にもお茶会に居合わせたものどもは皆、鉄板焼きにされたのであったっけな?」
ぞっとするような事をいうベイブに黒須は首を振り「いや、フィナーレの花火と一緒に打ち上げられたんじゃなかったっけ?」と、もっと恐ろしい事を言う。
デリクは表情を変えないまま、それでも余計な事は言ってくれるなと必死に願った。
ウラが、丸焼きにされたり、花火にされたりなんて、想像すらしたくない。
彼女とて、易々と他人の手に掛かるようなタマではないが、それにしたって、相手は、どうにもネジが一本抜けているとしか思えない気狂いだ。
慎重なデリクとしては、最悪な事態すら想定して、一瞬眩暈を覚えた。
「…良いです。 もう、何も帽子屋さんにはお伝えにならないで下さい」
心底の声でエマが言い、デリクも思わず頷いて、伝わらないと知りながらも同意を示した。

「どんな言葉であれ、向こうの都合の良いように捻じ曲げられるか分からない。 幾ら、命の補償はなされていても、『王の命令』の威光を笠に、竜子の命が奪われる事態が起こりえないとは断言できないのだ」
ベイブの言葉に納得したように、「だから、どうしても、私たちで迎えに行き、竜子さんを返してもらわなきゃいけないんですね?」と、モーリスが言うと「分かりました。 言う事聞かないとこっから出して貰えないみたいですし、何だか楽しそうな城だし、竜子さんの事も知ってる身ですからね。 ご協力いたします」と明らかにワクワクと楽しげに告げ、結果それが、今そこに集っているメンバーの総意となった。



「さぁて…どうする? 魔術師殿」

道化師がドーナツ盤から針を外し、にやにやと笑いながら問い掛けてくる。

「ウラは、帽子屋さんのお茶会に招待されたのですね?」
デリクが問い掛ければ、道化師は当然といったように頷く。
はぁと、面倒な事になった事に対する憂鬱の溜息を吐き出して、「向かわずにはいられないでしょウ? 千年王宮ニ」と答えた。
すると、道化師は手を叩き「そうこなくっちゃ!」と嬉しげに言う。
「貴方、目的はなんデス?」
穏やかな声でデリクが問えば「さあて、さて!! 私は楽しい事が大好きでね、とーくーに、ジャバウォッキーを困らせるのが愉しくって堪らないんだ」と道化師がキイキイとした声で伝えてくる。
「あんたが千年王宮に行けば、また、きっと愉しい事が起こる。 愉しい事が起これば、ジャバウォッキーは困り果てる。 そいつを私が酒の肴にする。 どうだい? そういう理由じゃいけないかい?」
道化師の言葉に「まぁ…今は、それで結構でス」とデリクは答え、それから、異空間への渦へと向かいかけた。
「チッチチチ!」
突然道化師が舌を鳴らし、デリクの足を止めさせる。

「駄目だよ、駄目駄目! 今、その穴に飛び込んだら、玉座の間に行っちまう! ベイブに見つかっちまうと面倒な事になるよ」
そういわれ、確かにと頷いて、デリクは異空間の穴に手を伸ばし、痣の力を行使して、少しだけ出口を移動させる。
「彼らに先回りさセテ頂きましょウ」
そう言うと、「道化さんは如何しまス?」と振り返りながら問い掛けた。
「ふんふん。 私も、もう少し、こちらの空気を堪能したら、後を追わせて貰うとするか。 大丈夫。 此方のものを向こうに持ってっても、なぁんにも愉しい事はないからね。 盗ってきゃしないよ」
そう道化師に言われ、確かに、あれだけ奇妙奇天烈な物達に溢れた城に暮していて、こちらの物が欲しいとは思わないだろうと納得し「デハ、お先ニ」と穴に飛び込みかける。

「あ、最後にもう一つ!」

まるで気まぐれのように道化師がデリクに声を掛けた。
「はい?」
「いや、本当は、教えなくてもいい事なんだけどね、私はそこそこに、君を気に入っているから教えてやろう。 女王が囚われている、お茶会を終了させる為の重大なヒントさ」
デリクは目を細めたまま、道化師をじっと見つめる。
「謎々だよ。 謎々が出されてるんだ、帽子屋からね。 『千年生きる呪いを掛けられたベイブ様。 あのお方が、千年待たずして命を失う方法がただ一つだけあります。 さぁ、それは、どんな方法?』」

デリクが首を傾げ、「それは難問ダ」と笑った後、異空間へと飛び込む背中に道化師は、にやにやと意地悪な笑みを見せ、「さて、よく考えるこったね。 クレバーな魔術師殿」と囁いた。






一瞬の酩酊の後、目を開けば、そこは薔薇園だった。


「ああ、ここがウラの言っていタ…」

やけに感銘を受けたらしい薔薇園。

確かに彼女好みのその場所は、深紅の薔薇が咲き乱れ、黒い蝶が飛び交っている。
蝶が何羽かデリクの肩や、髪に停まった。
何処からか、モーリスの歓声が聞こえてくる。

「うわぁ…! これは、大変に美しい庭だ。 ガーデナーの方は何処に?」

虹色の水を吹き上げる噴水の傍へと足を進めれば、走り寄ってきたらしいモーリスが、デリクの存在に気付いたらしい。

「デリクさん?」

そう呼びかけられ、微笑みながら、すっと優雅に一礼する。
その瞬間、彼に停まっていた蝶達がフワリと飛び立つ。
さながら、黒い羽を広げるが如く。
その姿は幻想的でありながら、何処か不吉だった。

「こんにちハ。 皆様。 ご機嫌は如何ですカ?」

丁寧に挨拶をすれば、黒須が口を開きかけるより早くエマが叫んだ。


「帰ってえええぇぇ!」



突然の帰れコールに、さしものデリクも「はい?」と固まったまま問い返すことしか出来ない。
すると、「そうだ! 帰って下さい!!!」と翼も叫んでくる。
「かーえーれ! かーえーれ!」と、咄嗟に何にノせられてかは分からないが拳を突き上げながら黒須にまで言われ、思わず哀しげな表情を見せると「久しぶりニ、お会いしたのというのニ、何故か即イジメ…、しかも小学生ノリ…」とデリクは項垂れた。 
んが、そんな様子はポーズだけで、当然全くのノーダメージなデリクは、即座に顔を上げ二コリと笑うと、「マァ、そんな事言わズ、えーと、竜子さんでしたッケ? 一緒に、助けに行きましょうヨ? ネ?」と提案する。
「あー、心配だナァ! 竜子さン! きっと今頃、辛くて、辛くテ、泣いてしまっているかも知れませン! そんなの、可哀想過ぎまス」
そう両手を合わせながら言うデリクに、「な、なんて心無い」と言いつつ「大体、そもそも、なんで、そんなに今回の事情に詳しいんだ」と半眼になる黒須。
道化師の自宅訪問や、その後の一部始終を説明する気はさらさらなく、エヘッと言わんばかりの笑顔を見せると、「黒須さーン? 魔法の力は、マジカル☆ミラクル。 魔術師に不可能はないんですヨ?」と言いつつ、「えーイ」とその額を指先でツンと突いておいた。
途端脱力下空気に満ちる薔薇園。
見回せば、皆、なんだかげんなりとした表情を見せている。
「黒須さん! 黒須さん!」とモーリスが嬉しげに黒須の名を呼んだ。
「んだよ」と不機嫌そうに振り返る黒須に、「良かったですね! こんなに虐めてくれる人がたくさん集まって」と、無邪気な声でモーリスが告げると、もう涙目になりながら「意味が分からない!」と黒須は叫んだ。

何だか若干不快なモーリスの言葉に「ア! 止めて下さいヨー? 私の言葉で変態的欲求を満たそうとするのハ!」と腰に手を当てて、デリクはプンプンといった調子で告げる。
そんなデリクに、「駄目ですよ! デリクさん。 黒須さんは今傷心なんです。 ご主人様に会えなくて、ストレス過多なんです。 毛髪ズル剥け直前なんです。 だから労わって虐めてあげないと」とモーリスが声を掛ける。
虐める事が何故労わりになるのか、理解できないが、まぁ、どうでもいい。
とりあえず、モーリスの言葉に合わせて、ペシンとデリクは自分で自分の額を叩きつつ口を開く。
「アア! それは思い至らズ、失礼致しましタ、このオス蛇! オス蛇なら、オス蛇らしく、大人しく、私の言う事を聞いていたら良いんですヨ!」
とりあえずノリでそう言い放ち、なんか、こういう風に言っておけばいいのかしら?とモーリスに視線を向ければ、「わぁ! お上手です! 筋が良いです! さぁ、どうですか? 下等なオス蛇さん!」と、嬉しげに手を叩いていて、ああ、正解だったとデリクは嬉しくなった。
「うっかり、死にたいわ!!!!!」

絶叫に近い声で叫ぶ黒須。

何だか、可哀想にも思えるが、今はウラのことが最優先事項なので、円滑にこのメンバーに馴染む為にも仕方がないと、あっさり彼を見捨てる。

「だからネ?」
デリクはぎゃあぎゃあと騒ぐ黒須に向かって、ツイと自分を指差すと、「適任だと思いますヨ? 帽子屋さんには私のような人間ガ相手をするのが一番でス」と自信たっぷりに告げた。

喰えない手合いを、それでも丸呑みにするのが、デリクの得意技なのだ。
きっと、このメンバーの中では自分が最も巧くあしらえる。

「欺く言葉、惑わす言葉、言葉、言葉、言葉! さて、帽子屋さン! どれ程私を、楽しませてくれるでしょうカ? 楽しみだナァ! お会いするのガ」とはしゃいだ声で言うデリクに「確かにお前が適任だ。 あいつの言葉の煙に巻かれぬようせいぜい気張ってくれ」と黒須は言えば、「了解でス! ついでと言ってはナンですガ、噂の『白雪』嬢にも会わせて頂けませんカ?」と更に言葉を重ねた。
「白雪に…? 何が望みだ」
「……ちょっと、私の未来の姿なんかをネ、見せて頂きたいなァと、考えましテ」
微笑みながら言うデリクに溜息を吐き「別にいいぜ。 全部済んだ後で良いなら、会わせてやる。 その代わり帽子屋は頼んだぞ?」と黒須は答えた。
手を打ち合わせ「ありがとうございまス! どうせだったラ、もっとサービスで虐めてあげましょうカ?」と問いかけるデリクに、「結構です!」と即座に黒須は答え、此処までのやり取りを何故か苛々と調子で聞いていた翼が「もう…良いね? 行くよ?」と低い声で唸るように言った。

「しかシ、深層にまで足を踏み入れられるとは、きっと、この表層より面白い光景が見られるに違いありまセン。 そう思うと、ワクワクしますネ」
そうデリクが嬉しげに言うのを、横目で若い男ガが眺めてきた。

これが、正体不明の声の持ち主ですか。

端整な顔をした、華やかな雰囲気の持ち主である男に、不意をつくようにデリクはクリンと首を向け「初めましテ。 ですよネ?」と問い掛ける。
若い男が頷いて「夜神潤です」と名乗ってくれたので、デリクは微笑みながら「私は、デリク・オーロフと申します」と言いつつ手を差し出した。
握手を交わしつつ夜神が屈託ない様子で、「えっと…デリクさんは…此処、何度も来た事があるのですか?」と問い掛てくる。
「いエ、私も二度目でス」とデリクは愉しげな声で答えた。
「二度目か。 なんだか随分と慣れたご様子なので、何度もお越しになられているのかと思いました」
柔和な笑みを浮かべつつそう言うモーリスにデリクは首を振り、「然程、気軽に来れるような場所じゃないようデ」等と、眉根を下げて彼は言う。
「中々面白い資料等がたくさん詰まっているのデ、それこそ図書館感覚でもっと通いたイのですが、ネェ」
そう嘆くデリクに、夜神は冷静な声で「中々剛毅な人ですね。 薔薇園にも一人でいらっしゃったし、怖いものなしの性質ですか?」と問うてくる。
デリクはわざとらしくパチパチと瞬きをし、それから薄く微笑んで「とんでもなイ。 私は石橋を叩いても渡らない程の、臆病な人間でしテ、ただ、どうにも昔から向こう見ずな所もあり、夢中になると周囲の状況が見えなくなってしまうんデス。 普段は、しがない英語教室の講師をしておりましテ、剛毅なんて言葉とは、縁遠い生活を送っておりマス」と、立石に水の如くの口調で夜神の言葉を否定した。
「ただの…英語講師……ですか?」
白い指先を頬にあて、わざとらしい様子で首を傾げて見せるモーリスに「ええ、ただの…ネ?」とデリクが微笑み返す。

流石にモーリスは手強いと思いながらも、彼も「面白い事」を何より好む性質に見えるから、デリクの胡散臭さすら、そこそこ面白がってくれてるらしい事をデリクは肌で感じていた。

なんだか、胡乱気なやり取りに、夜神は辟易した様子で、「どうして、貴方、あれほど翼達にこの城に居る事を厭われていたんです?」と単刀直入に切り込んできた。
その素直な問い方に、むしろ新鮮さを覚え、デリクは夜神に対して少し興味を抱く。
それから「はっきり物をお尋ねになる方ダ」と、朗らかな笑みを見せ、それから暫し悩んだ後、別に黙っている事でもないと判断すると、前回の騒動について、彼らに話すことにした。
「いいヤ。 隠していても、翼さんからお伺いするでしょうしネ」と呟いて、「実は、前回此処を訪れた時に、ちょっとした問題を引き起こしてしまいましテ」とデリクは説明する。
「ちょっとした問題?」
夜神が首を傾げれば「ちょっとばかり、ここの王様を狂わせてしまいましタ」と軽い調子でデリクは告げた。
モーリスが目を見開いて、眺めてくるので、大した事ではないという風にヒラヒラと手を振って「いやだなァ。 偶然でス。 偶然。 何だか私の事が、王様はお気に召さなかったらしくテ、お聞きになってるでしょウ? ここの王様が狂えば、どんな弊害が引き起こされるカ。 まぁ、だから、そのせいもあって、あれほど警戒されているんですヨ」とデリクは言い、にこりと音がしそうな笑みを浮かべる。
「え…じゃ、その…ここにいては…」
夜神がそこまで言って言葉を見失えばモーリスが、柔らかな声で「貴方がベイブさんに見つかれば、彼は、その?」と問いかけてきた。
デリクは頷いて「まぁ、狂うでしょうネ」と軽めに答える。
「マズイんじゃないか? 白雪さんとかで、貴方の姿を確認されたら…」
そう夜神が言えば、デリクは首を振り「彼女は私の姿を映しませんヨ。 彼女はベイブさンの安定を何よりも尊んでますからネ。 白雪の知り得ぬ事等、この世にはありえなイ。 よしんば、この城には、彼女の目が行き届き、どんな小さな鼠の侵入とテ、彼女は見逃しはしませン。 私の存在にだって、とっくに気付いている事でしょウ。 それでも、ベイブさんが、未だ安定を保っているのは、故意に彼女が隠しているからに他ならなイ。 大丈夫でス。 白雪は私の存在を隠し続けてくれますヨ」と、推測でしかない事を自信たっぷりに断言した。


はったりは、デリクの十八番なのだ。


夜神も、モーリスも、そんなデリクの言葉に、安心を得てくれたらしい。
まぁ、現時点で騒ぎが起こってないという事は、自分の推測とて、あながち間違いではない筈だ。
しかし、白雪。
こうなってくると、益々興味が募る。
きっと、間違いなく、彼女はデリクの存在に気付いている。
どういう姿をしているのか?

ベイブに恋する鏡。

早く会いたいものだと思い、同時に、彼女に憂いなく会わせて貰う為にも、早くウラの身の安全を確保しなければとデリクは新たに決意を固めた。





中央大広間。

そびえ立つ。二階へと続く薔薇の意匠が施された白亜の螺旋階段を、圧倒されるような気持ちでデリクは見上げる。

「この城の地上階。 つまり表層階域は、大体五階まである」
「大体?」
夜神の疑問の声に、「一度、地上200階建てになっていた事があってな…」
ひっひひひ…と不気味な笑い声を肩を震わせながら漏らす黒須。
「200階…高層ビル並ね…」
エマが呟けば、「わァ! 土地価格高騰の時代に何とも羨ましい話でス」とデリクが手を打った。
「何処が、羨ましいものか! もー、大変だぞ! 俺と竜子の部屋、1階にあって、あの腐れ殿様がおわす玉座200階な! 登るの! 俺達が! この階段を! しかも、あいつ、すげー、アホな事に、エレベーターとか、ゴンドラとか! そういうなんか、俺達を自動的に上に運ぶ装置一切思いついてなくて! そんで、やっと登りきったら『外が見えないなら、高い場所にいてもつまらんもんだな』って、ほんと、バカじゃねぇの?! バカじゃねぇの?!(二度目) 俺、基本的に、一時間に一回はぼんやりと、『あー、あいつ、ほんとに死なねーかなー』ってベイブの事を考えんだけど、あの時は、二分に一回考えた! 二分に一回『死ね!』って、竜子と一緒に叫んでた!」
ヒステリックに叫ぶ黒須に、こんな城に住むのは、常人の身では辛かろうとデリクも少々同情する。

「で、時たま、此処の階数を気まぐれに高くしたりしちゃうあいつに、二人がかりで頼み込んで備え付けて貰った装置がこいつ」

そう言いながら、黒須が螺旋階段の吹き抜け部分真下。
これまた大きな薔薇の紋章が描かれている絨毯部分に立ち、「あー、ちょっと俺の周り集合」と声を掛けてくる。
パラパラと黒須の周囲に立つ面々を見回し、「ん」と小さく頷くと、突然一度「ドン!」と強く足を踏み鳴らした。

その瞬間金色の正方形の柵がせり上がり、四方を取り囲む。
天井から、同じく金色の鎖が垂れ下がってくるのを黒須は確認すると「潜る」と一言宣言して、ぐいと鎖を強く引いた。
その瞬間、三半規管の弱いものなら眩暈を覚えるほどのスピードで柵に囲まれている部分の床が、沈む。

「っ!」

金色の柵の向こう側の景色が猛スピードで駆け上がっていくようだった。

「ここら辺だろ」

そう言いながら黒須がぐいと再び金色の鎖を引けば、チンと涼やかな鐘の音。
せり上がってきた時と同じく、金色の柵が静かに沈んでいく。

「う…わ…」

誰かが息を呑む声が聞こえた。

デリクも咄嗟に何も言えずに感嘆の声を漏らす。

青色のステンドグラス。
天井も、床も、壁も全てステンドグラスで出来ている。
その全てに精緻な花や、聖人の絵が描かれており、デリクはその青く統一された色彩から、ランス大聖堂のシャガールのステンドグラスを思い出した。


深い澄んだ深海の底に沈んでいるような気持ちになる。
天井には教会などで天井近くに嵌められている明り取りの為の円形の薔薇窓が連なっていた。
何処までも青く透き通った、ほの暗い世界。

ここが、この城の、ベイブの心の深層。

なんて暗い…
なんて澄んだ…
なんて…なんて…

息を吸い込む。
空気が重い。

肺が、ずんと空気の重みに少し沈んだような心地さえ覚える。
それほどに、この空間は見るものを圧倒させる荘厳さを有していた。

四方全てがガラスで出来たホールを見回し「まぁ、あいつは落ち着いてやがんだよ。 今のトコは」と言いながら胡乱気な眼差しでデリクを見てくるので、「にこ」と笑みを浮かべて「大丈夫でス。 ベイブさんに見つかラないよう、大人しくしてますヨ」と大絶賛信用ならない声で請け負う。
デリクとて、今、ベイブに見つかって狂われでもしたら、白雪には会い損ねるだろうし、ウラの身だって危ないのだ。
軽く請け負う見た目から想像できない程の本気の言葉であるのに、誰も信用してくれてない眼差しで眺めてくるのが少し哀しい。
(ううン、私、胡散臭過ぎルのでしょうカ?)と少し悩みつつ、部屋の様子を改めて見回してみた。

天井からぶら下がっている巨大なシャンデリアが煌々とした光を放っている。
黒須が歩き出せば、壁に配置されているガラスの燭台にもその後を追うようにして灯りが灯り始めた。

「さぁて、こっからが面倒だ」

黒須が少し気合の入った声で告げる。
「分ってるのは、この階層の「何処か」に、乱痴気騒ぎの会場があるってぇ事だけ。 白雪の見立てでは中央部分にあるとは言ってたが、何にしろ、道筋なんか毎日変わるこの城だ。 果たして、この階層の中央部にどう道を行けば辿り着けるかはとんと分からねぇ。 さぁて、どうしよう?」

黒須の言葉に、翼が手を挙げて「一応、風に聞いて部屋の場所を探ってみよう。 ただ、地下階にある上『外界』のない世界だから、非常に微弱な風しか感じられない。 僕は僕で探り探り行く事になると思うから…」と言えば、続けて「じゃア、大変迷いやすい城ノ構造を考えるニ、6人でゾロゾロと動き回るより、少人数に分かれて探索した方ガ効率が良いかモしれまセン」とデリクも提案する。
「黒須さんは、この城の内部について、俺達より詳しいですよね?」
夜神の問いかけに頷いて、「ま、一応住んでるし、な」と黒須は答えた。
「どの道を行っても、このホールまで確実に戻って来れますか?」
「ああ。 こいつが…」
そう言いながら、飾台を指差し「俺の行った道には灯るようになってる。 つまり…」と黒須が最後まで言い終わる前に「ああ、では、灯りを逆に辿れば…」とモーリスが頷き、黒須は肩を竦めて「ま、そういうこった」と言葉を締めた。
その言葉に、夜神が「では、二手に分かれましょう。 俺は、一度行った道は忘れない。 翼と一緒に行って、中央部らしき場所に辿り着いたら、また逆を辿りこのロビーに戻ります」と提案する。
「了解。 じゃあ…」
「あ、私、翼ちゃん達と一緒に行く」
ひらひらとエマが手を挙げながらそう宣言すれば、「何でだよ」と黒須が半眼になって問うた。
「だって…何かあった時、この二人と一緒の方が心強いし…」とそこで言葉を切り、残った、モーリス&デリクの二人を交互に眺めているのを見てエマが自分達に望んでいる事をデリクは察する。
「…この組み合わせのが、絶対面白いもの」とぐっと握り拳を固めて見せるエマに、デリクは微笑んで、「望みノままニ」と心の中で嘯いた。

黒須は一度、静かな顔になって背後を振り返り、黒須の視線を受けて、何故か意味無く揃ってピースサインとかを出したりするモーリスとデリクの顔を眺めて「嫌だあああああ!」と絶叫した。

「無理!! 色々、無理!!!」
そう叫び、がしっと腕を掴もうとする黒須を、エマが絶対零度的冷たさで跳ね除ける。

「ガンバッテ☆」
エマが舌をちょろっと出し、あまつさえウィンクまでかます、かなりのはしゃぎポーズを見せた後、「分りましタ! では、黒須さン、案内をお願いしまス」、「ほらほら、ぼさっとしてると置いてきますよ?」と、二人掛りでガシッと両側から黒須の腕を捕み、ずるずるずると引きずり出す。

「もう、自分の足で歩かないと、文字通り首に縄着けて引っ張りますよ? 窒息するまで! わぁ! なんて、サービスが良いんだろう、私って!」
「ああ、丁度首輪も着けられテますし、それは、良いアイデアですネ!」と、あからさまに「黒須可哀想…」な会話を交わしつつ廊下の先へ進む三人。

「は、放せ!! 腕が、千切れる!」

そう怒鳴る黒須の言葉を受けて漸く放してやるも、ついと再び首輪に指を引っ掛けると「さ、とっとと案内してください」とモーリスが微笑む。
「お前、言っとくけどな、全部誤解してるぞ? どっから正せば良いのか分からないくらい、全部誤解してるぞ?」
そう呻くように言う黒須に「そうですか? でも、ほら、心が晴れやかになっていってるでしょ?」とモーリスが問えば「全く!」ときっぱり答えられて、「おかしいな?」とモーリスは首を傾げた。
「ああ、つまり、この程度ジャ、生温いって事ですカ?」とデリクが問うて「何で、そうなるんだ…」と黒須が項垂れる。
先を立って歩く黒須の猫背気味の細い背中を見ていると、「この人、長生きできないんじゃないかナ?」と考えたあと、いや、そんな事はないかと思い直した。

だって、この城に住んでいるんだもの。

「黒須さんは、でも、大丈夫。 Mの才能ありますよ」とモーリスが告げ、「え? 何が大丈夫? ねぇ、その言葉の何処を俺は心強く思えばいいわけ?」と嫌そうな声音で返答している。
デリクは、ウラの事が心配の余り、少しだけ苛々してしまっていたので何だか意地悪な気持ちになって「まぁ、Mでもなければ、こんな城、住み難くって仕方がないデスよねェ?」と声を掛けた。
デリクの問い掛けに黒須は振り返り、ツと目を細め、デリクを眺めると、「あの本、読めたか?」と問うてくる。
「本?」とモーリスが首を傾げてくるので、「アリスの魔術書でス」とデリクは教えた。
「あの書物は非常に難解でシタ。 悠久の時をかけて編まれた術式、早々理解できハしまセン。 もう少しお貸し下さイ。 少しでもお役に立てるよう、鋭意努力させていただきますノデ」と答える。

(とはいえ、まァ、恋路を邪魔してアリスに蹴られたくナイので…万が一理解できタとしてモ黙っていますケド)

そう心の中で呟いたのを、聞き取られたのか、黒須は疑い深い眼差しで眺め、それから肩を竦めて「了解」とだけ返答してきた
そんな黒須の肩を掴み、モーリスが「魔術書、何のために、デリクさんに貸してるんです?」と問い掛ける。

「あ? あいつを殺してやる為だよ」

何でもないように告げられた物騒な言葉に、モーリスが笑みを深め「殺す? 何のために」と問い掛けた。

「千年王宮。 文字通り、千年あいつが囚われている呪いの城だ。 昔、アリスとか言う魔女に、ベタ惚れされて、この城に千年縛られる呪いを掛けられた。 あいつは、千年間何があっても生きなきゃなんねぇ。 しこたま死にたがる余りに頭のタガが外れてやがる。 ああいう手合いはな、思い通りにさせてやるのが一番なんだよ」
「つまり…」
「ああ、殺してやるのが良いんだ」

そう告げる黒須の言葉は、だが、その言葉以上の別の焦りを含んでいる。

「ていうか、自分のためですよネ。 あと、竜子さんノ」

デリクの言葉に黒須の足が止まった。

「千年、縛られたのは、貴方も同じでしょウ? ジャバウォッキー」

振り返り、黒須が薄っすらと笑みを浮かべた。
陰惨で、隠微な、何処か背徳的な笑み。

「どうして…そう思う?」

くたりと、軟体動物の仕草で首を傾げ、湿った音を立てそうな速度で、黒須がデリクに顔を向ける。
三日月に裂いた薄い唇から、真っ赤な蛇の舌がチラチラと覗いていた。

黒須の身にまとう気配の中に入り混じる、女の蛇の匂いが濃くなった。
ぬらりと潤む、しなやかで、艶やかな女の蛇が、黒須の中で鎌首をもたげてじっとデリクを見据えている。

噛み付かれるだろうか?
愉快な気持ちにすらデリクはなる。

危うい橋を渡るような気持ちにすらなりながら、デリクの滑らかな口は止まらない。

「千年。 この城に時ハ流れなイ。 当然、貴方の身の上にも、そシテ竜子さんの身の上にも…ネ」

デリクが囁くように告げ、黒須は目を益々細める。

「可哀想なジャバウォッキー。 怖い王様に捕まってしまったんですネ? だから、彼から解放される究極の手段を求めて、私にあの本を託しタ。 私も、あの魔術書の解読し手に入る知識には、多大なる興味がありまス。 けれど、ねぇ、ジャバウォッキー。 青い鳥は、すぐ傍に、あるかもしれませんヨ?」

「どういう意味だ?」

黒須が唸るように問う。

デリクが手を伸ばし、ツトその目の前で指差すと「灯台下暗シ。 これガ、魔術師からの最大のヒントでス」と微笑んで、スタスタスタとその脇を通り抜けて言った。

この城は、ベイブの心そのものだ。 つまり、この住人たちだって、あの王の心に属するものには違いない。 『帽子屋』の出した謎々。 当然、答えを彼は知っているのだろう。 きっと、あの道化師もだ。 
みんな同じ成り立ちの生き物。
つまり、あの『帽子屋』や『道化師』だけが、王を殺せる答えを知っていて、他の者が知らないと考える理由の方が見当たらない。
彼が死ぬという事は、この城が滅ぶという事だ。 
だから、みんなが口にチャックをしている。 
きっと、それが真実なのだろう。


つまり、何も知らぬは、ジャバウォッキーと女王ばかりなりという事か。

先を進むデリクは、何だか面白くなくて鼻を鳴らす。
「かわいそうに」

そう呟いて、余りにも心無い声に自分でも笑う。

「かわいそうに。 ジャバウォッキー」

唄うように呟いた微かな声は、美しいステンドグラスに覆われた廊下に虚しく響いた。





「で?」

「あー、これは、間違えたな」


黒須の言葉に、何となく、モーリスと呼吸を合わせてその後頭部を叩く。

「んがっ!」
間抜けな悲鳴を上げて、叩かれた部分を押さえ「何すんだ!」と黒須が怒鳴り声を上げれば、「それはこっちの台詞です」とモーリスが答えた。

三人が歩く廊下は、どんどん先細りになっていっていた。
そのうち、辿り着いたのは、薄暗い小部屋で、硝子の扉を開けた先には、テーブルの上に置かれた硝子の種のようなものが一粒。
「何だ、こりゃ?」と黒須が種をつまみあげるも、他に何も見当たらず、上記の遣り取りに至っていたわけである。

「で、それ、一体何なんです?」
そう黒須が掌に載せている種を指差しながらモーリスが問う。
「さぁ?」と首を傾げた黒須は、歩きながら種をつまみ上げ、燭台の蝋燭の炎に透かして見ようとしした。
だが、力を込めすぎたのか、その指先から跳ね上がるようにして種が飛び上がり、見事な放物線を描いて、黒須の頭に着地する。

「「ブフッ」」

まるで漫画のような図に、思わずモーリスと一緒に噴出せば、不機嫌そうに黒須は頭から種をつまみ上げようとして、真っ青になって固まった。

「黒須さん?」

そう名前を呼べば、軋んだような動きを見せつつ黒須がモーリスを見つめ、「お前、庭師とか言ってたよな」と問うている。

「はい。 そうですけど?」

どうして、唐突にそんな事を問うのか分からないデリク。
それはモーリスも勿論同じで、疑問を顔に浮かべれば「なぁ、人体から生えてくる花への対処法って、お前分かるか?」と涙目で更に問いを重ねた。
言っている意味が分からない。
モーリスが、論より証拠とばかりに黒須の頭頂を覗き込み、そして、硬直した。
固まった表情が、モーリスには不似合いで、何がどうなってるのだと、不審に思いながら「どうしましタ?」と声を掛けて、モーリスの視線の先に目を向け、彼と同じように黒須の頭を覗き込んで、ミシリとフリーズする。

「花?」
そう呟いたデリクの目に入っているのは、硝子の花の芽。
冗談のように、黒須の頭からピョコンと顔を出している。
先程の種が芽吹いたのか?と信じられないものを見る目で見つめていれば、見る見る内に硝子の芽は育ち、黒須の頭に美しい硝子の花を咲かせた。

「えーー?」

思わずやる気のない声をあげてしまったのは、余りにもその図が間抜けであった事を含んで、ピョコン、ピョコンと花が揺れる様が、人を馬鹿にしているようにしか見えなかったせでもある。

「な、ななななな、なぁ?! なんか、俺の頭取り返しのつかない事になってる感じがするんだけど?!」

焦ったように叫ぶ黒須に「いえ、よくお似合いです。 ベストドレッサーです。 いえ、頭の事なのでベストヘッダーです」と好い加減な事をモーリスは言い放ち、まぁ、ただ、好い加減な対応しかしたくないという彼の気持ちも分からないでもないとデリクは思った。

だって、あんまりにもバカバカしいんだもの。

だが、モーリスは、そこから更にデリクの予想を上回る言動をしてみせた。
職業が庭師らしい彼は、その花の様子に何だか愛情のような気持ちも抱いてしまったのだろうか。
「じゃあ、クリスティーヌという事で」と花に名付ける。

頭から花が生えるだなんて、絶対に奇妙が過ぎるのだが、こんな城の中ではそれも起こりうることだろうと軽く納得してしまっていた。
だが、モーリスの思考回路には、どうやったって納得してあげられそうもない。
「お前、人の頭に生えた花に勝手に名付けんなよ!」
そう文句を言う黒須に心から同意しつつも、まぁ、別にモーリスを咎める理由もないので、「クリスティーヌ、良い名前ですネ」なんて、デリクは適当に褒めておいた。
それが、よほど嬉しかったのかモーリスは上機嫌でもと来た道を、集合場所として定められた広間へと向かって歩きだす。
デリクは、黒須の頭に生えた花を横目で見つめ、「ほんとニ、貴方にぴったりデス」と言ってやれば、「嬉しくねぇよ…ってか、これ、どうすりゃいいんだよ」とガクリと肩を落とした。



「…つ…かれた」

最初にゴンドラで降り立った広間にて、膝を抱えて蹲り呻く黒須の髪を手慰みに、モーリスが三つ編みにしている。
もう、文句を言う気力もないらしい黒須を放置して、デリクは、壁のステンドグラスを興味心身で眺めた。
先程から気になっていたのだが、どうも硝子で描かれた絵が動いている。
今は、気に停まった鳥の絵を注視しているのだが、程なく鳥は硝子の中をハタハタと飛び回り、硝子で描かれた湖の辺へと降り立っていった。
(この城にあるのだもの。 ただのステンドクラスな訳はない…カ)と頷きつつも、見ていて飽きない情景に、デリクは一時夢中になる。
そうこうしているうちに、エマ達が広間へと帰ってきた。
「よぉ。 見つかったか?」
黒須に問われるも、「いや、うん、その前に、なんなの、それは?」と、エマがごく冷静に呟きながら指差す先には、何故か黒須の頭から生えた硝子の花。
やはり気になるよね、それ、とデリクは納得し、ピョコンピョコンと揺れる姿に少々げんなりする。
やはり、他の人間にとっても、デリクと同じ印象を抱く代物らしく、半眼になったエマの視線に耐えかねたかのように黒須は、口を開き何事か言おうとして諦めたのだろう。
「……色々あったんだよ」
と、二手に分かれてからの出来事をその一言でまとめた。

そんな黒須の頭にエマがひょいと手を伸ばし「えい」と平静な声で呟きつつ、その花を「ぶち」と抜きさった。
「っ…ぎゃあああ!!!」
黒須の悲痛な悲鳴に、ああ…とデリクは、何だか爽やかな気分になった。
見苦しいものが排除されて、ちょっとすっきりしたのである。
「何をするんだぁ!!」と、痛かったのか、頭を押さえながら叫ぶ黒須に「いや、目障りだったから」とエマが真顔で答えているが、モーリスにとっては愛着が涌き始めた花が無残にも散らされてしまって、ショックだったのだろう。

「アアアア…クリスティーヌ…」

そう嘆くような声を上げるモーリスは、哀しげに黒須の頭に手を伸ばし、クリステーヌが抜けた跡を指先で撫でてる。
「あなたの事は…忘れませんからね?」
そう切なげに語りかければ「鬱陶しいから離れてほしいんだけど」と黒須に平坦な声で言っていて、何にしろ、バカ極まりない遣り取りだと、デリクは他人事のように思った。
夜神は、もう、このトンチキ騒ぎに口を出すことは一切控えようと賢明な判断を下していたのだろう。
騒ぎが一段落した所で「じゃあ、案内します」と声を掛ける。
「んあ。 頼むわ」と間の抜けた声で返事しつつ「どっこいせっと」と如何にもおっさん臭い掛け声をかけつつ立ち上がった黒須は、「さぁて、漸く女王様にご対面できるって訳か」と言いつつ、肩に手を当て、首をコキリと鳴らした。


夜神の正確な道案内のもと、中央広間に辿り着く。

「こりゃあ、是がねぇと開かねぇな…」と呟いて、黒須は胸ポケットから「薬指」を取り出した。
目を見開けど、その「指」が扉の鍵らしく、ぎっと鍵穴に差込捻れば、そのまま独りでに扉が開け放たれる。

人の指を鍵にするなんて、中々イかれたセンスだと思いつつ、あの指の持ち主は誰なのだろう?とデリクは大層気になる。
だが、思考に耽る暇もなく、扉が開いた瞬間、青い硝子の薔薇の花弁が風もないのに舞い上がり、まるで、足を踏み入れるのを防ごうとするかのようにその鋭い花弁がデリク達に降り注いだ。

「っ! 走れ!」
黒須の声を合図に、皆一斉に扉の中へと飛び込む。
無数の硝子の煌きを背後に、足を踏み入れたその情景は新緑の色深い森の姿だった。


「ようこそ!」


人を嘲るような、朗らかなのに油断ならぬ声。
声がする方に顔を向ければ、そこには帽子屋が立っていた。

「ひい、ふう、みぃ…嬉や、嬉し! 是ほどのお客人は珍しい! しかも、ジャバウォッキーやっと来てくれた! アンタはホントに罪な男さ! 何度も招待状は送っていただろう?」

そう言いながら何処か猟奇的ですらある声音で黒須を詰る帽子屋に対し「へっ」と鼻を鳴らすと、「毎回毎回、贈り物と称して趣味の悪いもんまで一緒に送りつけやがって。 あんな招待状で誘い込まれる奴なんざいるかよ」と告げる。
黒須の声に反応して顔を上げた竜子が、顔をくしゃくしゃに歪め「誠!」と黒須の事を呼んだ。
「待たせたな」
ひらひらと手を振る黒須に「馬鹿野郎! おせーんだよ!!」と竜子が喚く。
「お陰でアタイの体の節々はもう限界だ! 老人だ! 老人と海だ! うん! 疲れすぎてて、意味が分からない! あと、もう、精神的にも限界越え! だって、怖いし!! 隣に座ってる人怖いしぃぃぃ!!」
彼女が指を差す先には、前回王宮の探索を一緒にした金蝉が座っている。
どうして、彼がここに?
彼は大層この城を厭うていた筈と疑問に思えば、金蝉はこの場にいるのが不本意極まりないらしく、怒鳴る竜子に「う る せ ぇ」と地獄の底ボイスで答えている
そして、ふいとこちらに視線を向け翼の姿を見止めると益々眉根を寄せた。
「…随分とご機嫌で」
翼がそういえば、「おかげさまでな」と、険しい表情のまま獣が唸るような声で答える。

そして、そのまま翼のすぐ隣に立つ夜神の姿を見ると、「あれ? ここ、アラスカ?」と問いかけたい程に、金蝉の周りの温度が冷えこんだような気がした。
金蝉が口を開くより早く、帽子屋が嬉しげに声を張り上げる。

「相変わらずジャバウォッキーはつれないなぁ! つれない、つれない! まぁ、いいや。 今は麗しきお客人を招いているからね」
そう帽子屋が言い指し示すテーブルには、竜子と金蝉の他にもう一人。

ああ、やっと見つけた。

デリクの心に安堵の暖かい液体が満ちる。

「デリク! あら、残念。 とうとう見つかってしまったみたい! 帽子屋! ねえ、このスコーンと、マカロンを包んで頂戴? あと、ストロベリーとクランベリーのジャムはそれぞれ瓶詰めにしてね? 瓶には薔薇色のリボンと、桜色のリボンを結んでそれぞれ区別がつくようにしなさい」
そう傲慢なのに愛らしい声で帽子屋に命じている人形めいた美しい少女が、こちらを向いてにこりと微笑む。
「ごきげんよう! お前達!」
少女は高らかにそう告げ「クヒッ」と引き攣った声で笑った。
「ああ、ウラ! また、こんな所に一人で遊びに来テ!」と言いながらスタスタと帽子屋の脇を抜け、デリクがウラの元へと歩み寄る。
駆け寄りたい気持ちを抑え、殊更悠然と歩みを進め、何処にも怪我がない事を視線を走らせ確認すると、安心の溜息を何とか飲み込む。
「危ない目に合ってモ、知りませんヨ?」
そう言いながら手を伸ばせば、その手をピシャリと叩き落とし「デリーィク! 減点だわ、その口の聞き方! また子ども扱いね? いつになったらデリクにとって私は一人前にレィディになれるのかしら?」とウラは不機嫌そうに頬を膨らませた。

まったく、こちらの気も知らないでと思えど、それがウラなので、デリクは叱れず、眉根を下げて困った顔になってしまう。

「その点帽子屋は紳士よ? ヒヒッ、ねぇ、お前達、音楽を変えて頂戴。 辛気臭いのはイヤ! 華々しい音楽に変えて? そうね…ドヴォルザーク! それも、謝肉祭がよくってよ?」

昂然とした言葉。
だが、ウラの佇まいはその我が儘をどうしたって叶えてやりたくなるような、そんな魅力に満ち溢れていた。
帽子屋が「仰せのままに、お嬢様」と笑みを含んだ声で了承し、ふいと指をひらめかせば無人の楽団がまさにお祭り騒ぎと言って良い、派手な音を奏で始めた。
目を細め満足げに頷きながら薔薇の花弁が浮かぶ紅茶を口にし、ウラは「さぁ、お前達も席に着けば良いじゃない? スコーンは焼き立て、サンドイッチには、新鮮なスモークサーモン、お茶は摘み立ての薔薇の香りよ? 味合わない手はないわ?」と皆を唆した。
「お褒めに預かり恐悦至極。 シェフにも、お嬢様のお言葉を伝えさせてもらいまさぁ」と帽子屋はにいっと牙のような歯を剥き出して答えた。
デリクは、目を細めて「随分とウラに良くしていただいたみたいデ、ありがとうございマス」と帽子屋に礼を述べる。
「いえいえ。 おいら達も、美味しそ…っと、いやいや、可愛らしいお嬢様とお喋りができて、こんなに楽しい時間は滅多とない!と喜んでいる次第。 さぁて、旦那様も席にお掛けなさいな。 あぁたは、どんな椅子がお好みで?」
帽子屋がパチンと指を鳴らせば、「トットット」と音を立てて、幾つもの椅子がその四つの足を交互に動かし走り寄ってきた。

「オディール、ガゼット、エカテリーナ、メヌエ、ジョセフィーヌ! さぁ、並んだ、並んだ、別嬪さん達!」
そう呼ばれた椅子たちは、それぞれ全く違うタイプで、樫の木で出来た重厚な椅子もあれば、革張りで如何にも座り心地の良さそうな椅子、近代デザイナーが手がけているようなインテリアとしても通用しそうなお洒落な椅子等々がピッと行儀良くお茶菓子の並ぶ長テーブルの周りに並ぶ。

「さぁて、お客人方好きな子を選んで下さいな」

首を傾げて問う帽子屋に竜子が「お前、今度は何考えてんだよ?」と唸り声を上げる。
「また、妙な仕掛けがあんだろ? どうせ、この椅子みてぇにな!」
竜子の怒鳴り声に帽子屋は肩を竦め「まさか、まさか、女王様? どうして、おいらの事をそんなに疑うようになっちまったんだろう?」とわざとらしい嘆きの声をあげる。
だが、金蝉や竜子の状況を鑑みても、この椅子達にも何らかの仕掛けがあると考えるのが普通だろう。
同じ考えに至っているのか、デリク以外の面々も決して椅子に座ろうとはしない。
「何にしろ、このお茶会から女王様を帰して欲しいのならば、お客人としておいらにもてなしさせて貰うか…そうさなぁ…ジャバウォッキー?」
掛けられた声に、黒須が顔を向ければ、「あんたが、女王様の代わりに此処に客として残るかい? それでもおいらは一向に構わないぜ? 素敵な時間を約束してやるよ」と、言いながら黒須へと歩み寄る。

帽子屋の声は、あながち冗談ではない偏執めいた響きがあり、どんな「素敵な時間」が繰り広げられるのか想像するだけでゾクゾクする。 猟奇的嗜好の強い帽子屋の事だ。 竜子に対してはそれでも、未だ危害めいたものは加えてないが、黒須に対してもその態度が守られるとは言動からも到底思えなかった。 
帽子屋といい道化師といい、どうも黒須はこの城の住人の一部から「熱狂的」に憎まれているらしい。
(人間関係構築するの確カニあんまり上手じゃなさそうだケド、それにしたッテ、黒須さん、どんな友好関係築いているんでしょウ?)
そう思えども、では自分が目の前にいる帽子屋と良好な関係が築けるかと問われれば「絶対無理デス」と即答できるわけで、やはり色々な意味で住み難い城だと他人事として考える。

黒須は自分のすぐ目の前に立つ帽子屋の、己よりも頭一つ分低い場所にある顔を見下ろして「さぁて…、竜子どうするよ? お前の身代わりに俺に残れだとよ」と声を出した。
竜子が間髪入れずに叫んだ。


「誠はやらない!」


怒りに満ちたその声は明瞭な響きを持って、デリクの鼓膜を震わせる。
黒須は唇を捻じ曲げキュウッと目を細めた。
その表情は、幸福そうにも見えたし、哀しそうにも見えた。

「だとよ。 女王様の仰せだ。 ただの『門番』には逆らえねぇよ」
帽子屋は黒須をじいっと見上げて首を振る。

「そりゃあ、どうかな? ジャバウォッキー! あんたは、おいらの椅子に座る。 座らなきゃ、女王は返してやんない。 あんたが、おいらの招待を受けるってぇんなら、此処で捕まえてある客人も、他の奴らも無事返してやるさ。 なぁ、お座りよジャバウォッキー。 オディールならば、夢見心地の座り心地、エカテリーナは刺激的、ガゼットならば熱い抱擁! さぁ、どの子が良い? ジャバウォッキー?」

黒須は「どれも御免だ」と吐き捨てて、そして振り返りもせず叫んだ。

「さぁ、詐欺師の魔術師! お前の出番だ」


了解、了解、ジャバウォッキー!


デリクは「Okey-dokey!」とワクワクする気持ちを隠さず返事をし、スタスタスタと歩きだす。

そして、途中二人の人間に対して、これからの展開に必要不可欠な作戦を授けた。

まずは、シュライン・エマ。

彼女の隣に不意に立ち止まると「…声出せますカ?」と問うてみる。
「へ?」
エマは目を見開いて、デリクを見上げてきた。
「ここのキングの声でス」

確か、彼女は、声の形態模写を得意としていた筈。
優秀な彼女の事だ。
何度か会っているベイブの声を完璧に模写できるに違いない。
そう思いながら、エマの目をじいっと覗き込めば、惑わされたかのように「出せるわ」とエマがきっぱり答えた。
嘘のないその声音に、「ブラヴォー」と小さな賞賛の声をあげ、「では、私が『ほら、聞こえてきましたヨ』と言ったなら、エマさん、アナタ、キングの声で『愛している』と仰ってください」とデリクは告げた。
意味も分からないまま、エマが頷けば、満足げに頷き返し、次いでモーリスの隣に立つ。
「…檻を他人の合図ニ合わせてタイミングよく作レますカ?」と問い掛ける。
彼の能力は光の檻。
「はい?」
モーリスはデリク愉快げに視線をくれるモーリスに、共犯者の微笑を見せながら、囁いた。
「合図はベイブさんが言う、『愛している』。 その声が響き渡ったら、あの帽子屋さんハ、慌ててこの場から逃げ出そうとしマス。 それを、逃げられないようニ、檻の中に閉じ込めて欲しイのでス」
デリクの頼みに、一切何も問い返さず、モーリスはただ、「了解しました。 お任せ下さい」と、何でもない事のように請け負ってくれた。
再び「ブラヴォー」と賞賛の声を送り、完璧に整った準備に満足げに頷いて、油断ならぬ魔術師は行く。

帽子屋は、自分を愉しませてくれるだろうかと、期待に満ちた眼差しで彼を眺めながら。


まず、デリクは両手を広げ、「ハロー、ハロー、ハロー? 帽子屋さん、ジャバウォッキーと遊ぶ前に、私の相手をしてくれませんカ?」と首を傾げた。
「ジャバウォッキーと取引したのですかい? お客人」
帽子屋が笑いながら問うてくる。
「エエ。 この先行き不透明な昨今、一寸先は闇と言えどモ、未来の自分を知りたいと願うハ、どなたも同ジ。 当るも八卦、当らぬも八卦な占い稼業モ、一向に廃れる気配はありまセン。 私とテ、一介の小市民。 雑誌の占いページを、毎回、毎回、アテにならぬと知りつつも、気になり覗いてしまウ程には、自分の未来に興味がありマス」
滑らかな口調、貼り付いた微笑み。
翻弄するような言葉の波を楽しげに聞き、帽子屋も負けじと口を躍らせる。
「白雪! 彼女を強請りなすったか! そりゃあ、お客人中々手強いものを所望なさる! 彼女は王様の言う事しか聞かぬ強情女! 惚れた、腫れたは世の常なれど、一途を極めりゃ物狂い! あの女から欲しい情報を欲しいように引き出すなんてぇなぁ、至難の技ですぜ?」
芝居がかった口調の応酬にデリクの心が、ざわざわと浮き立ち始める。

モット、モット、言葉デ。

言葉で、遊んで。

「強情な女を、舌先で溶かすなんテ事、男として生まれたからにハ、是非、チャレンジしてみたいゲームじゃありませんカ?」
「確かに、お客人の舌先ならば、白雪の雪の如き冷たき心ですら溶かせそうだ! さぁて、しかしお相手をと所望されても、おいらは御覧の通りのつまらん男でして、お茶以外に貴方を持て成す術が御座いません」
「いえイエ、お気遣いなく、帽子屋サン! こうやって、お話しているだけで、私としては大変有意義な時間を過ごしておりまス。 折角、直接あなたにお招き頂いた身ですかラ、取るも取り合えず、御礼を申し上げたかったですしネ?」
デリクの笑みが深くなる。
「直接? どういう事かしらデリク?」
ウラが宙に浮いている足を揺らめかせ、興味なさ気に問いかけてくる。
「ウラ? 君は、どうやって此処に来タんだイ?」
その問い掛けに、ウラは得意げに肩をそびやかした。
「間抜けなデリク。 私は、貴方が球体の硝子詰めにして保存してあった『異空間』を通ってよ来てよ?」
「イケナイ子ダ。 前回此処に来た際にまた直ぐに来られるよう、道筋を残しておいたのが失策だっタ! さぁて、では、更に質問ダ、お姫様? どうやって、硝子に詰めた異空間を見つケ、どうやっテ、この深層まで辿り着いたんだイ?」
ウラは、「クヒッ」と笑い、焦らすように口を噤んだまま周囲を見回すと、「呼ばれたの」と囁くように答えた。
「呼ばれタ? 誰ニ?」
「兎よ? デリク。 硝子詰めの異空間の隠し場所はサイテーだったわ。 あんな高い場所に置くなんて、私が手が届かないと思ってたんでしょ? でもね、お生憎様。 兎の手! 硝子の中で大暴れ! コロンと揺れて落ちてきた。 硝子が高い場所から落ちたらどうなる? デリク」
「割れますネェ、硝子ですもノ」
「そう、割れて出て来た異空間の向こうから、真っ白な手が私を手招いたの。 後は分かるわね?」
「エエ。 勿論。 私のアリス! 兎の穴に飛び込んでお城に辿り着いた貴女ヲ、此処まで案内したのはどなたですカ?」
ウラは笑って答える。

「当然、『兎』よ! 『真っ白』なね?」

謎かけめいたウラの答え。

兎?
またも、新しい名前だ。

しかし、新しい名が、新しい登場人物に冠せられる名だとは限らない。

彼女を此処に招くもの。

すなわち、デリクをこの城に呼び寄せる、意思のある者。

デリクはクルリと帽子屋を振り返り、「さても素敵な招待状。 ウラがこちらに来た以上、私もこちらの世界へ彼女を追ってこなければなりませン。 貴方の差し金ですよネ? ウラを『兎』に、ここまで案内させたのハ。 貴方が招きいれたのでなけレば、この森に通じるあの硝子の扉は開かなイ」と尋ねる。
帽子屋はニヤニヤ笑ったまま一度頷く。
「その通りですぜ、お客人。 だって、こんな場所で、どんなお祭りをしでかそうとも、客は誰も寄り付いちゃあくれないんです。 おいら、人一倍寂しがりなもんだから、ついつい貴方の大事なお嬢さんを此処に招待しちまった。 とはいえ、随分と楽しんで貰えたようだし、傷一つつけぬよう、大事に、大事に持て成させて頂きましたぜ?」
「ええ、本当にありがとう御座いまス」
デリクは一度にこりと笑い、その笑顔のままで「さァ、貴方の目的はなぁニ?」と問うた。
「目的? さぁて、何のことやら」
帽子屋がはぐらかす。

だが、デリクはとっくにこの問い掛けの結論を得ていた。 
つまり、これは、「デリク・オーロフ」という「魔術師」を此処に呼ぶために仕掛けられた罠であったという結論を。

「ウラを此処に連れ去り、私ヲこの城へ呼んだ理由。 それは、私が此処に来ル事で、何が起こるかを考えれば自ずと答えが出まス」

「発狂現象」

翼が呟く。
デリクは、その明晰な声に、ククッと思わず笑い声を喉の奥から漏らした。

「ご明察! 私が来れバ、王様狂ウ。 前回の騒ぎは、ここの住人にとっても一大事だった筈。 貴方だって当然ご存知だっタ。 王様の一大事となった、魔術師の事もネ?」

デリクが笑いながら帽子屋に問いかける。
道化師も言っていた。
自分はこの城では有名人なんだそうだ。
帽子屋だって、自分を当然知っていたのだろう。

王様を狂わせる事の出来る人物として。

「だから『兎』を使っテ、私を此処まで連れて来タ。 後は待つだケ! 王様が私の存在に気付キ、発狂するその時ヲ。 私はジャバウォッキーとの取引で、貴方のお相手をしておりまス。 貴方も同じく、『兎』と取引をしタ。 兎、兎、何見て跳ねル?」

ウラが甲高い笑い声をあげた。

「アハハハハハハ! 流石よデリク! 全部、お見通し! 兎が跳ねる! 月見て跳ねる! 兎は、だ あ れ ?」

帽子屋とチームを組む者。
地下階域へと縛られる帽子屋の代わりにウラを上層階から、この地下階域のこの部屋へと正確に案内出来る存在。

そんな者はベイブを除いて一人しかいない。


「白雪!」

黒須が叫んだ。

「あんにゃろ! お前とグルか!」
帽子屋を指差せば、「お前のせいだよ、ジャバウォッキー!」と帽子屋がやり返した。

「女王とジャバウォッキーが来てから、なぁんも面白い事なんかありゃしない! 王様は、イかれてた頃はさいっこーだった!! 毎日、毎日、人間共を酒の肴に血みどろになって楽しくお茶会をしていたというのに! ジャバウォッキー! お前を傍らに置くようになってからは、俺の事を城の奥底に閉じ込めて、見向きもしてくれなくなった!」

喚き、飛び跳ね、歯をむき出しにする帽子屋の狂気めいて凶暴な姿にデリクは嫌悪を催す。

「お前が憎いよ、ジャバウォッキー! あんまり憎いもんだから、指の先から生きたまんま、少しずつ齧ってやりたい位だ! ああ、そうしてやったらどんなに愉快だろう! 全部、全部、長い時間を掛けておいらの胃袋の中に納めてやりたい。 泣き叫んだって許してやらない! 一番痛いとっときの方法で、一番苦しめてやる」

言い募る声には暗い熱。
だが、黒須は受け流すような涼しい顔をしている。
「白雪は、そこまで知ってんのか? お前が、そこの魔術師使ってお前を狂わせようとしている事までな?」
「まさか! あの女はベイブ様命! あのお方の今の正気を喜ぶ立場にある事ぁ、ジャバウォッキーも知ってんだろ? ただ、恋に狂った女ほど、愚かで扱いやすい生き物もない。 おいらの舌先三寸で誤魔化し、騙して、ここにそこのお嬢さんを案内してくれたに過ぎない」
「見返りハ、竜子さンですよネ? 白雪さンは、随分と王様にご執心の様子。 傍にいる女王様を憎んデ、一時的にでも彼女を王様から引き離したくテ、貴方の口車に乗ってしまっタ」
道化師の言葉を思い出す。


『白雪は、ベイブ様にベタ惚れでね、今一番ベイブ様に近しい存在である竜子が憎くて、憎くてたまらないのさ』

これで、全ては繋がった。
全部が、全部仕組まれていたのだ。

こんな遠大な招待状、送って来ずとも、ここには此方からいずれ遊びに来てやったというのに…。

しかし白雪。
鏡の割には、中々奥が深い。
竜子の命まで奪う意図はなかったとしても、ここまでの所業を平然とやってのけるのだから、やはり女は怖いと確信せざる得ない。

そして、あの道化師。
ここに、直接デリクを導いたのは彼だが、果たして彼の目的は?と考えると、そこも、謎のままだった。
ベイブを狂わせる為ならば、最初、異空間の穴を玉座の間に向かって通り抜けかけた、デリクを止める理由等はない。
初っ端にあの王様に会わせて、狂わせてやれば良いだけの話だ。

彼は何のためにデリクを此処に?と考え込みかけ、いや、むしろ、最初に彼が入ったとおり、ただ、黒須を困らせたかっただけかもしれないと考える。
だとしたら、何処かから、一部始終、今日の黒須とデリクの遣り取りを眺めていたりしたのだろうか?

(困らせる…という意味でハ、充分役目を果たしましたヨ?)とデリクは心の中で道化師に嘯いた。



帽子屋は、白雪が帽子屋に手を貸した理由が流行であると看破したデリクの問いかけに、再び拍手喝采、喜んだ。

「その通り! 流石、流石、流石の魔術師様々だ!」
そう言いながら帽子屋が手を打てば、金蝉が鼻白んだような声で「おい、つまり、俺はアレか? 白雪だかなんだか知らねぇが、馬鹿な女が、あの馬鹿な王様だかなんだかのせいで、この馬鹿な小娘嫉んで、そこのキ印野郎の口車に乗ったせいでこうなってるって訳か?」と、余りに馬鹿馬鹿言いすぎて主語がどれなんだかも分からなくなりそうな台詞で口を挟んでくる。


その瞬間、ふっと皆の間に沈黙が落ちる。

そういや…何で金蝉は、このお茶会に参加させられてるのだろう?

ウラには思惑が絡んでの招待だと理解したが、金蝉は何の意味があってこの場にいるのか?
金蝉は前回、ベイブの発狂を抑えるのに一役買った功労者だ。
わざわざ意図的に呼び込むとは考え難い。 。

無人楽団が奏でる謝肉祭が最高の盛り上がりを迎える中、帽子屋が、今までになく物凄く殊勝気な声で「いや、そちらのお客人は運悪くというか、多分、異空間の穴やら、でジャバウォッキーが援軍を呼び込む為に開けた入り口等の影響で、唯々偶然このお茶会に迷い込んじまっただけかと…」と言えば、「ああ…」と皆それぞれに納得やら、溜息やらの入り混じった声を気の毒そうに吐き出す。

んが、本人にすれば堪ったもんじゃないだろう。

金蝉は虚ろな目をしながら、それは、それは、恐ろしい静かな声で、ただ一言「……もげろ」と呟き、「え? 何が? 何を? 何を、もぎたいの?」と、その意味の分らなさと、意味分からない割にかなり具体的に怖い台詞選びに戦慄が走り、黒須が青ざめながら口を開いた。
「うし、分った。 何やかやこれで、辻褄は合った。 まぁ、それは、今はもう、この直面している危機に比べれば瑣末な事だ! とりあえず、あいつは解放しろ。 なんか、もう、闇雲に世界の平和の為に、解放しろ」といえども、帽子屋は帽子屋で一心不乱に首を振りながら「解放したら、終わりじゃない? これ、逆に解放したら、その時点でおいらジ・エンドじゃない? ていうか、もがれるよね? 最初に、もがれるよね?って、そもそも、何をもぐの?!」とかなり的確な判断を下す。
金蝉といえば、これはもう、カタストロフの序曲としか思えないような不吉っぽい術の詠唱に既に突入しており、翼が必死の声で「我慢だ! 金蝉我慢しろ!! もぐのは早まるな! そうだ、帰ったら、ほら、美味しいもの作るから! あ、ウィスキーあるよ? 焼酎も! あと、もうじき、知り合いが、春鰹を送ってくれるっていうから、それをタタキにしてあげるから!!」と、お菓子で子供の癇癪を宥めようとする母親の如くの声音で、思い留めさせようとしている。
モーリスが「とりあえず、もげても、私、元に戻せるんで…ガンバッテもげて下さい!」と黒須にガッツポーズを見せ、「あ、俺もお前の中ではもげ要員なんだな」と黒須が冷静な声で突っ込んだ。
「と、とにかく、もがれるのはご勘弁! 全ての目論見そこの魔術師様に見抜かれちまわぁ、後は口封じしかござんせんや! 折角の楽しい楽しいお客人達。 一思いにもてなしちまうのは、至極残念極まりないが、これも一期一会の世の常だ! さぁ、別嬪さん達! ダンスの時間だ!」
帽子屋がそう宣言し指を鳴らせば、今度は楽団が陽気なジャズのダンスナンバーを奏で始める。
音楽に合わせるかのように、先程帽子屋に呼び込まれた椅子共がそれぞれ不穏な行動を見せ、針やら、熱やら、毒ガスやらを身にまとって、皆に攻撃を仕掛けようとした。

「中々物騒な手に出ましたネ?」

デリクが言えば、「ここに来たのが運の尽きって事でさぁ」と帽子屋が芝居がかった口調で答える。
横目で、ウラの無事だけはきちんと確かめると、デリクは他の面々をざっと見回し「さて、それはどうでショウ?」と呟いた。
「はい?」
「ここにお集まりの面々は、椅子のお嬢様方がお相手するには、少々無理がある面々ばかり。 ほら」
そう言いながら指し示せば、皆、それぞれ、自分の能力で攻撃を仕掛けてきた椅子を倒していた。

帽子屋は、ふうと溜息を吐き出して「これは困った」と他人事のように呟き、それから、じいっと此方を見つめた。

「だが、お客人。 おいらはつくづく勿体無いと思うんです。 あぁた、先程のお喋りからも察するに、相当頭がキレるお方だ。 色んな策略だって張り巡らせるし、その気になりゃあ、騙くらかせない相手などおりやせんでしょう? それこそ、この城の王様だってだ」

唆すような声に、デリクは口の端を持ち上げる。

「つまり、お客人。 貴方ならこの城の主になる事だって可能なんですぜ?」

帽子屋の言葉にもデリクは表情を変えず、微笑んだまま「ウラ? この城欲しいですカ?」とウラに声を掛けた。
ウラは、「クヒッ」と笑い声をあげ「いらないわ! こんな辛気臭い城! 時々遊びに来るから良いんじゃない。 バカンスの為の場所は、バカンスの為に存在するべきよ」と答える。
デリクは、一瞬迷わないでもないが、この城は自分の手に余るし、何より、千年の呪いに縛られるのはたまらないと考え、ウラの答えに満足した。
ウラは、楽団の演奏がよっぽど気に入ったらしい。
突然ひょいと椅子の上に立ち上がる。
「良いわね。 ジャズってもっとつまらない音ばかりかと思ってたけど、これは気に入ったわ。 デリク、ねぇ、踊っても良い?」
そう言いながら、足を伸ばしテーブルの上にウラが立った。
余りにオテンバが過ぎると、デリクは盛大に眉を顰め、「お行儀が悪いですヨ。 ウラ」と咎めながらも、自分もひょいと長い足を駆使し、軽い調子でテーブルの上に上がると「家では禁止」と言い、そしてウラに向かって両手を広げる。
嬉しげに笑いながら、極彩色の料理の数々や、ケーキ、お菓子を蹴散らし、ウラがデリクの両腕に飛び込んできた。

ぎゅうと抱きしめ、心の中で「心配したんだかラ」と囁いて、それから、やっと肩の力を抜いた。

あー、よかった。

ただ、彼女を餌にしてくれた、帽子屋にはお仕置きが必要だ。

ウラが、デリクの腕の中で誇らしげに口を開く。

「お茶会は終了よ。 帽子屋! 私、デリクと一緒にお家に帰るわ。 謎々の答えは、『愛している』! そうじゃなくって?」
帽子屋の全身が硬直するのが傍目にもよく分かった。

ああ、ウラ。
流石は私の弟子だ!

デリクも謎々の答えとして思いつく回答の中でも、かなり確率の高い正解として思い至っていた言葉を口にするウラに微笑を深くする。
自分で謎々の答えとして提示するつもりだったが、ウラが言ってくれたので、手間が省けた。

帽子屋の態度を見て正しい解答であった事を確信しつつ、「正解! 賢いウラ!」と褒めてやる。
そして頃合やヨシと判断すると、指をパチンと鳴らして、「ほら、聞こえてきましたヨ」とエマへの合図を宣言した。


「愛している」

その瞬間エマが絶妙のタイミングで、ベイブを模した声を響き渡らせた。

さぁ、いよいよ、大詰めだ。

ベイブのその声音に、帽子屋が、いや、その場にいる城の奇妙な住人達が全て恐慌状態に陥いる。

無人の楽団が、ギイギイとひっちゃかめっちゃかな音を出し、足元を走り回っていたトランプの小人達がめいめいに悲鳴を上げて逃げ惑う。
無表情に鋏を握りしめていた三月兎も、まさしく脱兎の如く逃げ出していた。

帽子屋が「ひいいい!」と悲鳴を上げて逃げようとするその周りに光の檻を出現させる。

こちらも、ナイスタイミング。
だから、優秀な人達って、好きなんダ。

全てが思うとおりに進んで笑いが止まらない。

デリクは、そう怒っていたのだ。
それも、結構、心底。

ウラを人質にして、自分を罠に掛けた事を、怒っていたのだ。

この程度の分際で、自分を計略に陥れよう等と、100年、いや、100万年早い。

そして、デリクは最後の仕上げに取り掛かった。

デリクはウラの耳に囁いた。

「ダンスを見せテ。 ウラ」

ウラが無邪気な目でデリクを見上げてくる。

「それは、お願い?」
「そう、お願いだヨ」
「じゃあ…今度のお休みには『メリィ』に連れてってくれる?」

帽子屋よりも彼女の方がよっぽど策略家だ!!とデリクは舌を巻き、一瞬思案しつつ指先を顎にあて、それからデリクは頷いた。
ウラは、デリクの了承を確認し、満面の笑みを浮かべる。

「OK! 私の魔術師!!」



ウラが、たくさんの悲鳴が入り混じる滅茶苦茶な音に、壊れたような笑い声をあげ、出鱈目なステップを踏む。

「クヒヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒッヒヒヒヒッ!」

お腹を押さえ、黒髪を乱し、机の上で、Dance! Dance! Dance!

ウラが踊るその爪先に、ビリビリと稲光のようなものが走り、振り上げる指先にもその光が宿るとデリクは楽しそうに叫んだ。

「ウラ! ウラ! ウラ! よおおおク、狙っテ? よーーーーォい、ドン!」

その瞬間、デリクの合図に合わせて、鋭い雷が帽子屋の上に落ちた。

轟音と、眼を開けていられない稲光の後、デリクがゆっくりと目を開けば、感電し、気を失っている帽子屋が倒れているのが目に入る。

ウラが、先程までの興奮から一転、冷めた声で呟く。

「はい、おしまい」

それは、デリクの心境にも酷く一致した。

ハイ、おしマイ。


金蝉が一歩一歩、それはそれは、人を圧迫するような空気を撒き散らしながら倒れている帽子屋の元へと訪れると「もぐぞ?」と一応の許可を求めるが如く、黒須に目を向けた。
「あ、どうぞ」
多分咄嗟にだろう、そう返事をしてしまった後で、「え? いいの? もぐの、良いの?」と誰にでもなく意見を求める。
竜子がうううんと、両腕を伸ばし、固まってるらしい体をバキバキとほぐしつつ「いいんじゃね?」と軽い口調で言った。
「もう、大絶賛もいでもらおう」
余りの言い様に、エマが慌てて、「ちょ、ちょっと待って!」と声を上げる。
「え、えーと、それよりもね? ここは、ハンムラビ法典にならって、目には目を…って事で…」といいつつ、金蝉と帽子屋の間に入り、帽子屋を何とか抱え起こそうとするのを、「手伝います」と言いつつ夜神がひょいとその体を抱え上げた。
「ありがとう」
エマが礼を述べて帽子屋を先程まで竜子の座っていた場所に座らせれば、流石というべきかエマが何を望んでいるのか察したらしいモーリスが、三月兎の手を引いて、椅子の脇まで連れてくる。
「ハイ、首チョッキンゲーム、再開です」
地面に落ちている鋏を握らせ、そうモーリスが耳元で囁けば、コクンと兎少年は頷いた。
帽子屋の足首に、竜子が巻きつけられていたらしい拘束具を装着し、「…これで如何かしら?」とエマは、額の汗を拭いつつ言えば、流石に金蝉の「帽子屋のどっかもぐ姿」を見たくなかったらしい面々が「おお」と感心の声をあげだ。
(チョット、残念)
そう心の中で呟いて、だけども、このトンチキなお茶会の幕切れとしては、中々のものかと納得する。

金蝉が、「何でもいい。 とりあえず、ここから今すぐ出せ」と唸り声をあげ、足音荒く出口へ向かう背中を見てとりあえず、帽子屋の「どっかもぎショー」は回避されたのだと理解すると、「まぁ、ヨしとしまスカ」と思いつつ、黒須の傍に走り寄る。

「よっこらせっと」と声をあげつつ、竜子を支えようとしている黒須の耳元にかがんで「約束」と囁いた。

「うお! なに、びっくりした!」
ぎょっとした顔で振り返る黒須に半眼になりつつ「約束、守ってくださいよ?」とデリクが言う。
黒須は頷いて「わぁったよ。 ちと、こいつを寝室まで運んでやったら、会わせてやる」と面倒くさげに請け負ってくれた。




さて、そんなこんなで、竜子を休ませた黒須に案内されたのは、白雪の安置所。
ベイブの目を逸らす役目をウラに仰せ付け(信じ難い事に、彼女はベイブの事を、ちょっと気に入ってるようで、その役目を全く嫌がるそぶりなく引き受けてくれた)ベイブは、余裕の表情を浮かべつつ白雪の前に立つ。

それは白銀の大きな鏡であった。

「白雪。 白雪ー!」

黒須が呼べどもピクリとも反応しない白雪に「はぁ」と溜息を吐き出し黒須は、かなり嫌そうに「鏡よ、鏡よ、鏡さん」と呼びかける。
すると、大きな鏡は一度身を震わせ、それから一瞬その身を光らせると次の瞬間、真っ白な肌の白いワンピースを着た女性の姿へと変身していた。

これが、白雪。


「無事、竜子を救出できたようで、良かったですわね」

そう木で鼻をくくったような声に「お前の、考えてた事は全部バレてんだよ」と黒須が唸る。

「今回の事、一枚噛んでやがったな?」
そう問えば、白雪は黒須から視線を逸らし、それから薄い色の唇を、少し突き出した。

「だって…ベイブ様ったら、最近は竜子と貴方ばっかりかまって、私に冷たいんですもの。 特に竜子なんて、あんなにベイブ様があの子が此処で快適に暮せるよう心を砕いてやってるというのに、いっつも失礼な態度で…。 許せませんわ」と頑是無い声で言う。
「…帽子屋の本当の目論見分ってんのか?」
黒須が唸るように言えば、ショボンと肩を落とし、「この城で起きる出来事で私が知らぬ事などありません」と小さな声で答えると、「私の浅はかさでベイブ様を苦しめるところだったのですね」と哀しげに呟いた。
「そうだよ。 その通り。 これに懲りたら、あの帽子屋の口車にはもう乗るなよ」
黒須の忠告に頷いて、それから白雪は益々肩を窄める。
「竜子も…あの子、本当に馬鹿な子。 私の事、一切怒ってないんですよね。 お人好しにも程があるわ」
そう白雪が言えば「ま、ありゃあそういう性格だからな」と黒須はいい、それから、白雪の頭にポンと手を置いた。

「反省は?」
黒須の物の言いに、一瞬反発心を覚えたのかキッと睨みあげるも、「う、ううう…」と唸り声のようなものを上げて「反省します…」と結局また項垂れる。
「オーケィ、オーケィ。 はい、だったら、次はこいつとちょっと話してやってくれ」と指し示され、デリクはついと一礼した。

「お初ニお目にかかりマス」

そう挨拶して微笑みかければ、自分では最上級の笑みを浮かべたつもりだったのに、胡散臭げに眺められる。

「あなた…あの、魔術師ですわよね?」

あまつさえ、疑っているのを隠そうともしない声で問い掛けられて、この城での自分の評判はどうなっているのだろう?とデリクは心底気になった。

「こんな危険な魔術師を、私に会わせてどうするつもりですの?」と胡乱気に問われた黒須が「なんか聞きたい事があるみてぇだぜ?」といい、デリクに話を促してくる。

「白雪さン。 貴女が私を警戒する気持ちはようく理解できマス。 私としテも、貴女の心配の種等なりたくありませんカラ、手短にお伺いしましょウ。 ねぇ、白雪さん、貴女の力で、私の未来を是非、見通して欲しいのデス」
そう乞うデリクを、白雪はツト目を細めて眺め、「本来ならば…お断りするような願いですが…今回、貴方には大層ご迷惑をお掛けしました。 ですから、一度だけ、その貴方の願いを叶えます」と答えると突如、自分の胸に両指を突き立てる。
「?!」
デリクは目を見開き、その光景を凝視した。

ズ、ズズズと指先が胸部に潜り込み、顎を上げて恍惚とした表情で白雪が胸を開く。

そこには大きな楕円の鏡面が闇に浮かび上がり、こちら側に立つ者々の姿を映していた。
白雪が目を閉じる。
すると、鏡に桜の花弁が降りしきる公園の情景が浮かび上がった。

ベンチに腰掛け、ウラが満面の笑みを浮かべてクラブハウスサンドウィッチを頬張っている。
隣には自分が座っていて、文庫本を片手に、時折ウラの唇の端に付いたパン屑を指先で拭ってやっていた。

「これが、貴方の未来の姿。 今日から半月ほど後に、近くの公園にピクニックに行かれてるようですわ。 食べているサンドウィッチは、お嬢様に強請られて、彼女のお気に入りのオープンカフェのメニューをテイクアウトしたみたい」

白雪が説明してくれるのに対し、「えっト…もっと、未来の姿を見たいのデスガ…」と呟けば白雪は嘲るような笑みを浮かべ「いつの時期の未来が見たいなどとご指定は受けませんでしたから…半月先とて、立派な未来です」と言い返される。

これは、もしかして、最後の最後で一本取られたと言う事だろうか??

眉を下げ、黒須を見れば、何だか嬉しげに笑っていて、何だかとっても、とっても腹立たしく感じた。

「何笑ってんデスカ?」
そう問えば「やっぱ、男は女にゃ、敵わねぇんだなと思ってよ」と答えられる。
黒須の台詞は、今回ばかりは頷かざる得ない言葉で、「その通りですネ」と肩を落とすと、それでも鏡の中に自分とウラが凄く幸せそうに見えたから「まぁ、いいカ」とデリクは、あっさり納得し、さて、じゃあ、この未来を実現すべく、ウラを桜が散り切ってしまう前に、ピクニックに連れてってやろうと心に決めて微笑んだ。





fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【2916/ 桜塚・金蝉  / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【7038/ 夜神・潤  / 男性/ 200歳 / 禁忌の存在】
【2318/ モーリス・ラジアル   / 男性 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【3427/ ウラ・フレンツヒェン  / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【3432/ デリク・オーロフ  / 男性 / 31歳 / 魔術師】


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■         ライター通信          ■
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お久っぶりです!!
よくぞ、「女王様失踪」に御参加いただきまして有難う御座います。
ライターのmomiziで御座います!

3年ぶりのOMCのお仕事に戸惑いつつも何とか書き上げさせて頂きました。
ご参加くださってる方も、皆さん、現役の頃にご参加くださった方々ばかりで、
私は何たる幸せなライターと、忘れられずにいた、幸せを噛み締めております。

本当に本当にありがとうございました!

僅かばかりでも腕前が上がっていればいいのですが、何にしろ発注して良かったとおもっていただける作品を仕上げる事が私の最大の使命だと思っております。
また、ちょくちょく窓の方は開けさせていただきたいなーと考えているので、その際は再び遊んでくだされば幸いです。

それでは、momiziでした。