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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! 〜FEAR in TOKYO〜


 魅惑的な都会の闇に誘われ、今日も獣たちが動き出す。

 最近になって東京都内の裏社会で名が売れてきた犯罪者で構成されるチーム『マスカレード』が、夜な夜な本能のおもむくままに破壊活動を行っていた。当然、所轄の警察官はそれに対応すべく策を弄するが、どうにもならない。なす術がないのだ。たったひとりの構成員に対して、機動隊さえも無力なのだから。悪い夢なら覚めてほしい。都内の治安はただただ悪化の一途をたどっており、警察庁内では自衛隊の出動要請まで視野に入れた話し合いがされていた。しかし、日本警察にもメンツがある。素直に首を縦に振らないお偉いさんの説得に貴重な時間を割くというタイムロスで、『今の警察は判断力に乏しい』という悪い印象を世間に見せてしまった。
 そんな中、ごく一部の政府が認定した優良な警備保障会社の組合が『東京街頭警備隊』なるスペシャルチームを結成。警察よりも機敏な対応を見せ、一般市民のウケも上々だった。ところが宣伝目的を兼ねてしまったことで、自ら『マスカレード』から狙われる危険を煽る結果になってしまう。獣たちは警備隊を殺しはしないが、確実に再起不能まで追い込む。どうやら相手の神経を逆なでするのがお好きなようだ。少しずつとはいえ、病院送りにされる人数が増えていく。利権とメンツと安全は並び立たぬもの……許されぬ愚行を繰り返す獣は、暗に今の社会を嘲笑しているようでもあった。


 その頃、異能力者育成組織『アカデミー』は各方面からの情報収集に尽力していた。生徒には『マスカレード』に手を出さぬよう訓示を出し、あくまで一般人として振る舞うように指導する。それとは別に社会的身分のある生徒には、なんとか情報を流すように伝達。教師と呼ばれる責任者は毎日のように会議を開き、情報の精査を行って善後策を見出そうとした。
 そこに日本支部の責任者を務める教頭のレディ・ローズがやってきた。教師たちはいったんは席を立って礼をするが、彼女はめんどくさそうに手を振って会議に戻るよう指示する。堅苦しい雰囲気が大の苦手である教頭はさっさと話を始めた。

 「あのね、この目撃情報の分析なんだけど……担当はメビウス?」
 「俺ですけど、何かご不満でも?」
 「文句なんてないわよ。ただ『マスカレード』の構成員は、体の一部分に獣の影をまとっているって書いてあるんけど、これってどれくらい信用できる情報かしらと思ってね。」
 「ああ。それを見たのは高校時代のダチなんで、かなり信用できると思いますけど……」

 かなり信用できる……その言葉を聞いて、ローズは黙り込んでしまった。やはり『マスカレード』は異能力集団だ。そんなことは教師もわかっている。だからこそ頭を悩ませているのだ。この事件はおそらく根が深い。そのすべてを引っ張り上げるには、想像以上の困難と犠牲が付きまとう。生半可な情報では初手さえも打てない。誰もが社会の批判に晒されている警察の気持ちを痛いほどわかっていた。この組織にして動くことすらできないとは……アカデミー日本支部はじまって以来の醜態である。
 しかし、手をこまねいているわけにもいかない。ローズは主任の紫苑に思い切った指示を出した。

 「もう仕方ないから、私たちで行くわよ。ただし今回は様子見。相手がどんなものかを知るだけ。偵察程度ね。」
 「百聞は一見にしかず、ですね。正しい判断だと思います。」
 「メビウスは『絆』に連絡して。保護してる子どもの送り迎えはメンバーでしっかりおやりなさいとね。あなたの伝言なら、あっちも素直に聞くでしょうからね。」
 「ご多分なお心遣いで恐れ入ります、ってか。了解、すぐに連絡を入れますよ。」

 教頭はここまで指示を出すと、改めて仮面の女にちゃんと体を向けて真剣な表情で話し始める。重要な役目だった。

 「それと……リィール。私は紫苑とメビウスを連れていくから、万が一のために別働隊で動ける人間がほしいの。」
 「いつものネットワークでよろしいのですか?」
 「あんまり気が進まないんだけどね。『アウトローブラッシング』の件と似たところがあるから。ただ、もしかしたら彼らでも対応できるかと思って。今回は全権を委任するから、あなたの勝手にすればいいわよ。」

 リィールはひとつ頷いた。今回は前のような腑抜け集団ではない。社会を混迷に導く『マスカレード』だ。情報も揃わないうちから出撃することはめったにない。はたしてこの物語の結末はどうなるのだろうか?


 アカデミーからの情報で機敏な対応を見せたのはふたり。まずは警視庁超常現象対策2課所属の来生警部。彼は『マスカレード事件』多発地帯の割り出しを指示した。同時に東京都下4万人以上の警察官を動員し、万全の監視体制と特殊部隊『Fast』を駆使して敵を根絶やしする作戦を行う旨を伝える。もちろん上層部には一言の文句を言わせぬよう、隙のない論理で作戦実行を納得させた。彼は警視庁の威信が揺らいだ今を別の意味でチャンスだと捉えていた。今を逃せば、次はない。

 静かに燃える男は、所轄の渋谷中央署にも出向いた。作戦時に戒厳令を迅速に行ってもらうための協力要請をするためである。もちろん、それは表向きの話。当日になれば警察官が人海戦術で事を成すのだから、誰に断りを入れる必要などない。だが、彼は少し気になることがあってここまでやってきた。なんでも渋谷中央署は罪を犯す異能力者に懸賞金を賭けて、渋谷界隈の裏社会で活動する能力者をうまく使っているらしい。彼の耳にもそれなりの実績をあげているという報告を耳にしていた。
 署内に入るとなるほど、人間離れした形の犯罪者のポスターがあちらこちらに張り出されている。担当者は桜井警部となっていた。来生は電話のベルや話し声で賑やかな室内の中を悠然と歩く。すると相手が気づいたらしく、ゆらりと立ち上がった。そしてなんとも力のない敬礼を来生に披露する。

 「桜井 唯道警部であります。年齢31歳、最近年上の妻と結婚しました。あだ名は『かもめ警部』。」
 「純白のスーツに青シャツだからではありませんか、あだ名の由来は? それはさておき、内容は先に電話でお伝えしましたが……納得していただけましたでしょうか?」
 「ご指示に従う準備はあります。一部ハンターの中には声をかけて、作戦の協力に尽力するよう伝えました。もちろんボランティアで。こちらからも『マスカレード』との闘争は避けるよう、十分に注意を促してあります。」
 「よろしい。この件はFastにお任せ願いたいのです。あなたが理解ある方で本当に助かりました。これで当日は万全です。」

 来生は満足そうな笑みを浮かべていたが、桜井は内心穏やかではなかった。実は報告とは異なり、ハンターの中には自分の名を売ろうとする輩が少なからず存在していた。彼がそれを完全に押さえ込むことはできないことくらい誰の目にも明らかなのだが、あえて彼はそれを口にしなかった。混沌の当日、桜井はどのような指揮をするのだろうか。


 同じ頃、警察に勝るとも劣らない情報を割り出している少年がいた。『アウトローブラッシング事件』でも活躍した少年・鈴城 亮吾である。報酬をたんまりいただいた彼の今回のお仕事は情報戦。『マスカレード』の情報を同時並行的に片っ端からかき集め、出現場所の統計や予測、おおまかな人数、バックヤード、拠点などを徹底的に洗い出した。ある程度の判断がつけられるであろう時点でレポートとしてまとめ、それをリィールに渡すつもりでいた。亮吾にしてみれば、これくらいの作業はお茶の子さいさい。あっけなくお仕事完了かと思われた。
 しかし、彼の携帯電話に一通のメールが届いた。亮吾だからこそ発信先はすぐに割り出せたが、なぜ『こんなところ』から連絡が来るのかがわからなかった。メールの内容は「15分後に公園の裏にある公衆電話に行ってほしい」とのこと。亮吾は思わず頭を掻いた。

 「もっ、もしかしてやっちゃった……俺? そんな足のつくようなこと、一切やってないんだけど?!」

 いくら情報戦は得意でも、戦うことが苦手な彼にとって、このお呼び出しは非常に厄介なものだ。指定の時間が迫っていたので、ある人物に救援の連絡を送った上でその場所へ向かう。もし運がよければ、いつもの方法よりも有力な情報が手に入るかもしれない。危険よりも見返りの方が大きいと判断したのだ。そして直前になって彼はその場所へと赴く。
 結果だけを言えば、彼の判断は間違ってなかった。ただ、彼はまたしても頭を掻く。今までのデータ以上に厄介な事実が判明したのだ。だがこの情報を絡めると、話がどんどんややこしくなる。この出会いはある意味で亮吾の判断を鈍らせた。


 リィールの元には十分すぎるほどの情報と人材が集まった。来生の報告と亮吾のレポートは内容がほぼ合致しており、『マスカレード』が行動するその日の夕方から客人には自らの邸宅で待機してもらっていた。レディ・ローズが会えばどんな反応をするか楽しみな魔術師の如月 朔夜、そして戦乙女の天薙 撫子、さらに豪邸に入るなりメイドさんの後ろをちょろちょろついて回る和服の客人・静修院 樟葉……個性あふれる面々が思い思いの行動をしていた。この3人に共通して言えることは誰もがすさまじい実力の持ち主であることだ。ただ今回は偵察ということで誰もがおとなしめな服を着ており、あの撫子でさえもシックなスーツに帽子といった男装の麗人のようないでたちでやってきた。
 実は樟葉も被害のあった地点に印をつけた地図をリィールに手渡していたが、細かい字で書かれた男ふたりのレポートと寸分違わぬ正確さを誇っていた。これらから渋谷周辺での戦闘が予測される旨を全員に伝え、空が暗くなる頃には現地で行動を開始することを伝える。あくまで偵察が目的だが、このメンツなら討伐になってもおかしくはない。何よりも来生は「根回しは終わっています」との報告をしてきたくらいだから、相当の危険は覚悟しなければならないとリィールは判断した。それを聞いた朔夜も「面倒がますます面倒になりそうですね」と小さなため息をつく。そこは百戦錬磨の撫子が「心配には及びませんわ」と彼女の肩にやさしく手を置いた。

 もうすぐ、闇がやって来る……
 日もとっぷりと暮れた渋谷の街、その日はなぜか街灯がつかなかった。いや、正確にはつけなかったのである。これは桜井が立てた作戦で『マスカレードが活動しやすくするため』と『民間人をすみやかに退避させるため』を両立させたものだった。リィールとともにリムジンでやってきた麗しの女性たちは薄暗い渋谷に立つ。こんな光景を見るのは初めてなのだろう。誰もが口々に感想を述べていた。ただ、ならず者の時間にはまだ早い。今回は偵察が一応の目的なので、小高いビルの屋上で監視することにした。
 すると朔夜は愛用の手帳を取り出し、少し愛嬌のある顔をしたコウモリを創り出してさっそく偵察を始める。使い魔が指示を聞くといちいち頷く様を見て、樟葉は思わず笑ってしまった。そんな微笑ましいシーンもありながらも、撫子はマジメな顔でリィールと話し込む。

 「どうしてもわたくしには以前の事件に比べて、『マスカレード』は異能を使っての破壊行為にしかしないという点が腑に落ちません。」
 「亮吾のレポートにも似たようなことが記されていた。これだけの破壊がありながら、略奪などの被害がほとんどないのはおかしいと……」
 「思うに異能の力を誇示するのが目的で、さらにそれを実行するだけの統率力があるということになります。つまりは背後に黒幕がいるのかもしれませんね。わたくしの考えすぎならいいのですが。」
 「戦乙女が武器を持たずに情報を携えてやってくるだけで、十分な説得力があると思うのだがな。妖斬鋼糸は忍ばせてあるのか?」
 「もちろんですわ。相手は治安を悪化させるほどの組織……丸腰では偵察などできません。」
 「そーそーそー! 偵察に適さないのはリィールさんの服も同じ! こんなに暗いのに白装束なんてダメダメ! 今日はかわいくコーディネートしましょうー!」

 リィールの背後から珍妙不可思議な声が響いたかと思えば、神業としかいえない早さで赤毛にレースのリボンを括ったのは謎の情報屋さん・東雲 緑田。その瞬間、神々しい光に包まれてリィールはメイド服を着た樟葉ほどの少女に変身させられていた!

 「東雲……貴様!」
 「まだ試作段階なので変身機能しかありませんが、変装具だと思ってください。槍なんて無粋なものはお持ちにならずに! じゃ、参りましょう〜!」
 「情報屋さん。参るとは、いったいどちらへ? まだ私たちは『マスカレード』の場所の特定もできていませんが。それにしてもかわいいメイド服ですわね、リィールさん。赤毛に似合ってますわ〜♪」
 「その感想は後でゆっくり聞こう。東雲、確かなのか?」
 「ま、『おやっさん、いつもの頼む』ってとこですよ。皆さんで参りましょうか〜。」

 思わぬところで変装させられたリィールは東雲の案内で事件が起こるらしい場所へと誘われる。その後ろを嬉々として樟葉、撫子、朔夜が続いた。まだ来生からも亮吾からも連絡は入っていない。本当にこの男が確実な情報を得ているのだろうか。身内から謎が噴出するとは思っていなかった朔夜は使い魔への指示をキャンセルすることなく、そのまま使役させることにした。


 某所の潜んでいた亮吾が誰よりも早く情報をつかんだ。来生は民間人の退避に警官だけでなくFastの隊員まで割いたため、これに気づけずにいた。少年はリィールに第一報を流そうとするが、ふと思いとどまる。仮に誰も気づいていないのなら、先に情報を流すべき相手がいた。

 あの日、亮吾に接触を図った人物は自らの素性を明らかにしてからある依頼をした。それは「『マスカレード』出現の当日に『アカデミー』とまったく同じ情報提供をしてほしい」というものである。彼は悩んだ。自分のハッキングに気づくことのできる相手を敵に回すと、今後より一層めんどくさいことになる。相手は『どうせ調べればわかるだろう』と割り切ってすべてを語ったことから、基本的にウソはついていないと判断すべきだ。ここで亮吾が要求を断っても、相手が『マスカレード』に鞍替えするわけではない。しかし情報提供をしたところで、何の得になるのかがまったくわからなかった。
 その一部始終を聞いていたのは、少年から護衛を頼まれていた撫子だった。彼女にとっても非常に難しい判断だったが、亮吾には彼らに協力するよう促す。ただしすべて秘密裏に行い、事が露見した場合はその責任は相手が取ることを条件にした。相手は深々と礼をするのかと思いきや……ふたりに最敬礼を捧げる。相手は白いスーツに青いシャツを着ていた。

 『ああ、かもめさん? 出たよ、繁華街の裏路地。じゃ、指定の口座に報酬を振り込んどいてね。』

 亮吾は連絡を終えると深いため息をついた。そしてボソリと「オトナって難しいんだねぇ」と皮肉たっぷりに言ってのけた。


 その数分後、リィールに連絡が入った。亮吾からだ。内容はまったく同じ。後ろにいた撫子が襟を正す。あの男がいったい何を企んでいるのかを見届けなければならない。誰も知らない秘密を胸に、東雲の案内する場所へとひた走る。すると朔夜の使い魔が激しく鳴き始めた。目の前の裏路地からにやけた若者が数人、ゆっくりとした足取りで出てくる……そして彼らは無駄口を叩かずいきなり雄叫びを上げ、腕や脚などの一部分に暗黒を身にまとい襲いかかってきた! ひとつだけ共通点を挙げるならば、彼らは皆黒く歪む仮面の宿しており、その奥から赤い瞳を妖しく揺らめかせている。

 『がががががああああああああーーーーーーーっ!!』
 「い、いきなりかよ! お客さん!」
 「あ、あれは危険な力……ゆ、悠長に構えてられませんわ! 撫子さん、朔夜さん、足止めを!」

 樟葉が魔力を帯びた扇子を両手に構えて突っ込むと、撫子は手馴れた動作で妖斬鋼糸を、朔夜は素早い詠唱で土の力を利用して見事に動きを止めた! リィールも東雲のせいでデフォルメしちゃった『死霊の空蝉』で援護すべくメイド服のまま低空飛行で後を追う。しかし和服美人の舞うような攻撃は一瞬にして敵の急所を打ち抜いた! そこをリィールがとどめとばかりに腹への攻撃を見舞う。この時の乙女たちの感想は共通していた。

 「足止め……樟葉さん、今のは足止めになりましたか? むしろ攻撃に転じた方がお役に立てたかと思うのですが。」
 「わたくしも渾身の力を込めて妖斬鋼糸を操ったのですが……」
 「闇に包まれた部分だけでなく、生身の部分も強化されています。急所を狙っても思ったほどの大きな効果は得られないかもしれません……」
 「私は教頭たちに連絡する。おそらく来生からも連絡があるだろう。今はこの場を離れるかどうかを検討してくれ。『マスカレード』はどのくらいいるのかわからないのだからな。」

 リィールはそう言い残すと特殊無線で連絡を取り始める。どうやら教頭と教師は別の場所で監視しているらしく、連絡だけでかなりの時間を要することは明白だ。
 ところがすでに遠くでも戦闘の始まりを告げる音が鳴り響いていた。おそらく来生の指示によるFast部隊が戦っているのだろう。しかし彼らは霊的な攻撃と防御の装備を与えられた集団で、基本的には集団戦闘で望むことが多い。今回の『マスカレード』のような暴悪な力でその一角を崩されてしまうと、収拾がつかなくなるという弱点があった。しかも先ほどの戦いで闇の力を得た瞬間から、総合的な防御力も上昇することがわかっている。それに比べてFast部隊は装備した部位しか防御力が上昇しない。いくつかの不幸が重なり、Fast部隊は劣勢に追いやられた。

 「先ほど……樟葉さんの表現で『闇の力』とありましたが、厳密に言えばそれは違います。」
 「朔夜様、それはどういうことでございますの?」

 撫子が力の出所を説明しようとする朔夜の背中を押した。それに応じる形で彼女は口を開く。

 「あの現象を魔術とは捕らえづらいのですが……とにかくあれは自らの影をまとった姿です。あれは彼ら自身の影です。」
 「影……ですか?」
 「ええ。撫子さんがすでに強化された糸で捕らえていますが、左から順に熊の右腕、象の両足、カラスの翼を模していました。そして黒く揺らめく仮面に破壊衝動に駆られた赤い瞳……これらはすべて自らの影を身にまとったことが原因です。」
 「僕のメガネにもいろいろ見えましたけど、ほとんど朔夜さんに言われちゃいました。ただ全身の強化があるのに、攻撃する場所が一部なのは素質の問題ですかねぇ。おそらく全身を獣のようにする奴もいるのかもしれませんねぇ。偵察でよかったんじゃないですか、今日は?」

 樟葉は青ざめた。これで大量の敵が現れたら手に負えない。今は3人を倒すだけで4人が攻めた。遠くから響く声を聞く限り、今は劣勢であるとしか考えられない。しかしここからの離脱は混乱を収めぬまま逃げるのと同じ。リィールが判断を促したが、状況だけ考えると「覚悟を決めてほしい」といったようなものだ。後衛を撫子に任せ、撫子と朔夜とともに戦うしかないのか。そんな考えが巡る中、敵は確実に迫っていた。


 Fastスーツに身を包んだ来生は味方の劣勢を聞くや否や、不本意ながらも特殊車両をリモート操作で呼び出した。優秀なレポートがいくつも集まったため、それはすぐにやってくる。あまりにも大きなキャリアを搭載したそれの中に消えた彼は、状況を一変させる新型装備を発進させた! いかにもデジタルな音が響く中、キャリアから出現したのは四輪独立駆動の機動性とパワーショベルのような2本の腕を持ったビーグル『ファーストライカー』である!

 「本当は使いたくなかったのですが、こちらの犠牲が増える以上は仕方ありません。見なさい、『マスカレード』。これこそ、Fastの新しい力。」

 ビーグルの発進とともに隊員にはマニュアルにある回避行動を取るように指示し、影の獣だけとなった道をすさまじいスピードとパワーで駆け抜けていく。もちろん来生の卓越した操作で的確に敵を捉え、体当たりで突き飛ばしたり腕を振り回したりする。あたる敵を次々と壁にぶつけて無力化していくその様はFast隊員の士気を上げるのに十分だった。彼らは特殊手錠などを駆使して、『マスカレード』の逮捕を進めていく。
 ところが来生が懸念していたことが現実となった。『マスカレード』が「今が引き際」と判断して逃げ始めたのである。算を乱して逃げるのならまだしも、裏路地などを使われてうまく逃げられてしまった。さすがのファーストライカーでもこれでは対処しきれない。一定の平穏を取り戻したと判断した来生はリィールに『マスカレード撤退』の情報を流し、ビーグルの収納を急いだ。まだ戦いは終わっていない。


 逃げ遅れた者たちがちょうどリィールの集団とぶつかる。撫子は妖斬鋼糸を駆使し、最初から捕らえる目的で操った。そうすれば樟葉も朔夜もやりやすい。破壊の心は魔術の炎に焦がされ、あるいは優美な舞いに魅了されて倒れていく。しかし、敵は数を増すばかり。どうやら今日は逃げるのがへたくそな連中が多かったようだ。それが彼女たちに災いした。倒せども倒せども、似たような数がやってくるのだからきりがない。リィールも情報のやり取りで手が離せない。東雲は囮にはなってくれるが、戦えるわけではないのだ。ひとり欠けた状態での厳しい戦いが続く。

 そんな時だ……撫子の背後に颯爽と黒尽くめの戦士が現れた! 体の各所に青く光るラインを持ち、しなやかなラインは鹿を思わせるフォルムである。それを見た朔夜は、思わず身構えた!

 「あ、あなた! そ、その体は完全に影の力に支配されて……!」
 「こっ、こいつが完全な獣なのか……っ?!」

 誰もが最大の敵と判断したその時、青い影は撫子も驚くほどの健脚で敵に突っ込んで敵を倒していく。それもたった一撃で気絶させてしまうのだ。撫子はすぐに気づく……この戦士は戦い慣れている。線の細さからは想像もできないほどうまく戦っている。そして亮吾の情報を必要としたのは間違いなくこの戦士であると確信した。心はそう考えていても、ちゃんと手は動く。次々と敵を妖斬鋼糸で捕縛し、謎の戦士と仲間たちのフォローを続けた。

 戦士の登場で有利な展開になったのを見て、逃げる敵もまた進路を変えた。どうやら今回で首謀者を見つけることは困難のようだ。戦士もそう判断したのか、礼も言わずにさっさとその場を去る。もしかしたら打ち漏らした敵を追ったのかもしれない。さすがの樟葉も朔夜も殺気が消えたのを確認すると、近くのベンチに腰掛けて疲れを癒す。東雲も不思議なメガネを外してこちらにやってきた。リィールは安全を確認すると、来生にFast部隊をよこしてほしいと依頼する。今回ここだけで捕縛した相手は50人以上。撫子の懸念からすると、敵はまだまだいることになる。しかも全身を獣にするような強力な敵が存在するのだ……見通しは決して明るくない。

 「これからはこんな化物を相手にしていくのか。戦うことに関しては苦にならないが、民間人は気が気じゃないだろう。」
 「いつもこの調子なら、どうしようもありませんわ。今は渋谷だけみたいですけれども、今に東京中に広がるのでは……」
 「数は多い。でもまったくの小物というわけでもない。面倒なことになりそうね、これは。あの戦士も絡むと難しくなりそうだわ。」

 撫子も朔夜もわかっていた。これは始まったばかりなのだと。『絆』でも『アカデミー』でもない、そして凶悪な敵『マスカレード』とともに現れた戦士たちがこれからの苦難の道のりを指し示しているかのようだった。何にせよ、今回は渋谷の治安を一時的にでも守り抜いた。これでよしとする他にない。一行はリィールの館に戻り、今後の対応なども含めてささやかだが祝いの席を設けた。


 仕事を終えた来生の携帯に連絡が入る。今回の逮捕者に関する詳細だ。
 彼は耳を疑った。逮捕者の中には拳銃のようなもので急所を撃ち抜かれて重傷を負ったものがごく少数だが存在するというのだ。一応の治療は警察病院で行うが、万全を期すためにFast隊員を配置してほしいとの内容である。
 Fast隊員の装備で銃弾を射出する装備はないといっても過言ではない。特別に許可された場合のみ『銀の弾丸』を使う程度だ。しかし今回はそれを想定していないため、隊員は誰ひとりとして準備すらしていないはず……どうやら来生に安息の時間はないようだ。

 「ファーストライカー……まだまだ出番がありそうですね。」

 そう言わざるを得ない状況であった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子  /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
4172/来生・充   /男性/28歳/警視庁超常現象対策2課警部
6040/静修院・樟葉 /女性/19歳/妖魔(上級妖魔合身)
7266/鈴城・亮吾  /男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生
6591/東雲・緑田  /男性/22歳/魔法の斡旋業 兼 ラーメン屋台の情報屋さん
7611/如月・朔夜  /女性/15歳/魔術師・狩人

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第15回です!
謎が謎を呼ぶ展開になっております。ちなみにラストだけは個別になっております。
誰がどんな物語を手に入れているのかもチェックしてみてくださいね!

今回は本当にありがとうございました。また『CHANGE MYSELF!』でお会いしましょう!