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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


桜の木の下で

■オープニング

 桜が舞う。
 ひらひら、ひらひらと。
 一人の男がその桜の木の下に居た。
 男は泣いていた。
 静かに、静かに涙をこぼしていた。
 誰に見られようともかまうことなく泣いていた。
 美しい黒髪を持つ、着物姿の男。

 その美しい男の噂は水の波紋のように静かに広がっていった。

 その噂がアトラス編集部の碇編集長の耳に入るにはさほど時間は要さなかった。



 碇編集長は月刊アトラス編集部で、書類に目を通していた。それは、町の怪奇な噂話を集めた書類だった。
「さんしたくん」
 碇編集長は書類を眺めながら、目の前を通りかかった三下をあだ名で呼び止める。三下はその言葉に立ち止まり、油をさしていないロボットのような動作で、碇編集長を見つめた。
「はひ……なんでしょうか」
 情けない声音で、言う。
「取材、行って来てくれない?」
「こ、怖い場所じゃないですよね」
「さぁ、どうかしらね」
 平然と三下の不安をあおるようなことを言う碇編集長に、三下は泣きそうな顔になる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ〜」
「さっさといきなさいよ。怖いか怖くないかはいってみないとわからないわよ〜。骨は拾ってあげるから安心して」
「そんなことで安心なんかできませんよ〜」
 碇編集長は書類に向けていた視線を三下のほうへ向け、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、安心できるように、協力者を紹介してあげるわね」
「へ?」
「鳥塚サン」
 碇編集長が三下の後ろに呼びかける。三下は、その声に反応して後ろを振り向いた。
 すると、後ろにはまるで天狗のような格好をした一人の女性がいた。年齢は二十台後半ぐらいだろう。彼女はゆっくりとこちらに歩いてくると、三下を見つめた。
「初めてお目にかかります。鳥塚、といいます。今回の件、非常に興味があるので同行させていただくことにしました」
「あ。はい。三下忠雄と言います。よろしくお願いします」
 礼儀正しい彼女の言葉に三下もついつい挨拶を返した。
「んじゃ、ヨロシクね〜」
 碇編集長の言葉にわれに返ったが、もう取材を断ることはできなかった。



 都会の真ん中だとは思えないほど緑にあふれている場所に三下と鳥塚はやってきた。二人は噂の桜の木を探してやってきた。この神社は桜の木で有名だった。その中の一本の下で一人の着物姿の男が涙をこぼしているというのだ。
「とりあえず、手分けして探しますか? こんなに桜の木が多いですし」
「そうですね」
 二手に分かれて探すことになり、鳥塚は神社の奥へと足を踏み入れた。
 たくさんの桜が咲き乱れていた。
 鳥塚は花びらのシャワーの中をゆっくりと歩いた。
 風が吹くたびに花びらが舞い、地面は花びらのじゅうたんであふれている。通常ならば花見客でにぎわっているのかもしれないが、妙な噂の所為で人の姿は見えなかった。
 どんどん歩いていくと、遠目にひときわ大きなさくらの木を見つけた。
 鳥塚はそれを見つめ、はっとしたように駆け出した。

 桜の木の下に、男がいた。

 濃紺の着物を身に着けたその男は、長い髪を風に揺れるに任せている。顔は腕で覆われていて、よく見えないが、それが目的の男だということは一目瞭然だ。
「あなた」
 男のそばに来た鳥塚が声をかけた。
 すると、男の体がびくりと震えた。
 彼はゆっくりと顔を上げ、涙にぬれた瞳を鳥塚に向けた。

 鳥塚の光の宿らない瞳と目が合った瞬間、男が息を呑んだのがわかった。

「鳥、塚」

 男が、彼女の名を呼んだ。
 これに驚いたのが鳥塚で、少しだけ目を見開いて、男を見る。

「あなたは、私を知っているのですか?」

 男は鳥塚の言葉に、ふっと目を細めた。
 悲しげに、まぶたを伏せる。
「私が、あなたに会ったことがあるのですか?」
 鳥塚はそんな男に疑問をぶつける。
 ゆっくりと彼に近づいた。
「昔のことは、忘れてしまっていますが、あなたは……」
「忘れているのなら、いいんだ。ただ」
 男はまっすぐ、鳥塚を見つめた。
 その瞳には、優しい光があふれていた。
「キミに、会いたかった」
「なぜ?」
 鳥塚がたずねると、男は涙を拭き、まっすぐ彼女を見つめた。
「すこし、昔話を聞いてくれないか」
 男は、前置きをしてから、話し出した。



 昔、神社があった場所に一人の少年が入り込んだ。そこは深い森で、天狗が出るという噂が絶えなかった。少年の向こう見ずな好奇心をあおるには十分な噂だったのだ。
 彼はただ天狗の存在を確かめてみたかったし、仲間に自分の勇気を誇示したいという思惑もあり、森の奥へ奥へ、どんどん向かっていった。
 しかし、そんな彼を襲ったのは天狗よりもリアルな恐怖だった。
「ぐぅぅぅぅ」
 物音と、うなり声。それに気づいた瞬間、彼は大きな野犬に飛び掛られた。
 肩をつめでえぐられたが、のど元を一瞬で噛み千切られなかったのは不幸中の幸いだっただろう。彼はその小さな体の俊敏さで、野犬から逃れようと地面を転がった。
 しかし野生の動物の俊敏さにかなうわけもなくすぐに体を押さえ込まれ、のど元に噛み付かれそうになった……その瞬間。
「去りなさい」
 凛とした声が、空気を震わせた。
 野犬に言葉が通用するとは思えなかったが、その声で確かに野犬の動きは止まった。
「いきなさい」
 その言葉とともに、野犬は茂みの中へと消えていった。
「う、うわぁぁぁぁ」
 少年は次の瞬間、火がついたように泣き出した。
 体の痛さと、恐怖。
 それが少年の涙を誘った。
「少年、涙を流しているのですか」
 野犬を追い払った声が聞こえた、そのとき、少年の目の前に一人の女性が現われた。そして、彼の頬を伝う涙をその細い指でぬぐった。
「私は、泣き声も涙も好きです」
 少年の涙は、あまりの驚きによって止まってしまった。
 彼女があまりに美しく微笑んだから。

 それから少年と彼女はよく会った。
 女性の天狗は、鳥塚、と名乗り、桜の木の上にいつも座っていた。
 少年はその下で、いつも遊んだり座ったり眠ったりした。
 二人は幼馴染、という関係だったのかもしれない。
 ただ、少年はどんどん年をとったが、鳥塚は決して年を取らなかった。

 少年が十八歳になったその年、彼は鳥塚に自らの恋心を伝えようと決意する。
 ずっと一緒にいた彼女を探し、森の中へ入った。

 だが、その日はタイミングが悪かった。

 他の妖怪が桜の木の下に集まり、鳥塚を責めていた。
 人間と馴れ合った妖怪として、彼女のことを。そんなことが怒っていると知らない少年は、ただ彼女に会いたい一心で桜の木の下へ、現われた。
「この男だな、鳥塚」
 そういったのは、鬼だった。
 赤い体躯に、恐ろしい顔。少年は驚いて鳥塚を見た。鳥塚は少年を見る。
「去りなさい」
「去らせるわけにはいかない!」
 鳥塚の言葉に反対するように鵺が声を上げると、少年につかみかかった。
「鳥塚!」
 その叫びが、少年の最後の言葉となった。

 鳥塚は妖怪たちによってその森を追放された。少年との記憶を消され、すべてを忘れた。

 そして、少年はその桜の下で、ずっと鳥塚を待つ幽霊と化し、ただ長い時を、自分のことを忘れ去った鳥塚のことだけを待ち続けた。



 すべてを聞いても鳥塚の表情は変らなかった。
 男はそんな鳥塚をいとおしげに見つめ、それから静かに涙を流した。
「キミに会い、キミに伝え、それだけをしたかった」
「そうですか」
 鳥塚は男の頬の涙をぬぐうようなしぐさをした。
 彼は幽霊で、それゆえ触ることはできない。
「私は、泣き声も涙も好きです。でも、人そのものを好きになることは出来ない」
「はじめて出会った時と、同じ言葉だ」
 男はそういって微笑んだ。
「キミに会えて満足だ。これで、いける」
 言葉の後、男の体が光に包まれる。黄金の光に包まれた男の体は足元から崩れ落ちるようにして空気に溶け込んでいく。
「大好きだった」
 それが、彼の最後の言葉だった。



「鳥塚さーん」
 遠くで、鳥塚を呼ぶ三下の声がした。
 きっと、男のことだろうということはわかったが、もう男はどこにもいない。
 鳥塚は桜の木を眺め、それから三下に事情を話すため、桜の木に背を向けた。


エンド

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7566/鳥塚・きらら(とりづか・きらら)/女/28/鴉天狗・吟遊詩人】

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■         ライター通信          ■
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鳥塚さま
発注ありがとうございます。
私なりに一生懸命書かせていただきました。
いかがでしたでしょうか。
気に入っていただけたらうれしく思います。