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<東京怪談・PCゲームノベル>


限界勝負inドリーム

 ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。

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「あれ? ……あっれぇ?」
 とぼけた声を上げながら、リン・ハーウェルは辺りを見回す。
 確かに自分は今まで寝ていたはずなのに……。
「いつの間にこんなところに来ちゃったんでしょうねぇ?」
 朝方? いや、夕焼けだろうか。
 いつの間にか舞台はアリーナから、赤い日の光が辺りを染め、雑草がそこかしこで幅を利かせている、何もない原に変わっていた。
 香るのは草と土の香り。……それに混じって、かすかに血の臭い。
「あの人から、ですかね。あんまり良い香水とはいえませんね」
 おどけて言うリンの視線の先、そこにはくたびれた風貌の男が一人。
 腰には刀を帯び、その鯉口に手をかけてこちらを睨みつけている。
 気付くと、リンの手にも一振りの刀が。
「さっきの声……。あの人の声なんでしょうか。意外と渋い声ですね」
 夢の初めに聞こえた声。あの声は『戦わなければ殺す』と言うニュアンスだった。
 とすれば、リンの相手はあの男と言うことだろうか。
 なんとなく、ぼんやりとそんなことを考えていると、ゆったりとした動作で、男が抜刀する。
「お、やる気ですね? 私も容赦しませんよ」
 相手の敵意に、しかしリンは笑みを浮かべて剣を抜く。
 見たところ名刀とは言えなさそうな刀だが、とりあえず防具の一つも身につけていないあの男相手には十分だろう。
 上手くいけば一太刀で殺せる。
 ならば……と、ゆっくりと深く息を吸い、長く長く吐く。
 心を沈め、少しずつ自分の刀に殺意を乗せる。
「いいよ。殺ろう」
 口調の変わったリンは、ゆっくりと一歩踏み出す。

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 間をつめる内に、リンは自分に強化魔術を使う。
 身体能力を飛躍的に向上させ、すぐにでもこの夢を終わらせてやろうと思ったのだ。
 地を蹴る足に力をこめる。
 そして一跳びで男との間合いを詰める。
 左脇腹を狙った切り上げ。この速さには反応できまい。
 ……そう思ったのだが。
 男はリンの放った一閃を易々と躱し、それどころか頭部を狙った突きで反撃すらしてくる。
 多少面を食らったが、リンも何とか反応し、その突きを避ける。
 いったん退かなければ。
 リンは男が刀を引くのに合わせて、男との距離をとる。
「……見くびったなぁ。まさか躱されるなんて」
 心底意外だった。
 魔術による強化を行っているリンの動きに、常人に見えるあの男がついてきているのだ。
 勝率はわからなくなってきた。
「でも良いね。面白いよ。こうでなきゃつまらない」
 刀を軽く振り、準備運動でもするかのように遊ばせる。
「最近面白い仕事もなかったしね。夢でも何でも、ストレス発散しなきゃ」
 薄く笑いながら、リンはもう一度、男に向かって走り出す。

 相手の力量は見くびれるほどのものではない。
 慢心は即ち負け、死だ。
 それぐらいの心持ちでないと、本当に殺されるだろう。
 キリキリに引っ張られた糸のような緊張。
 心拍数は否応にも上がる。体が熱くなってくる。
 恐怖に近い寒気もあるが、それも心地良い涼風程度のものだ。
 相手が手ごわいからこそ、面白いし、やりがいもある。

 リンの間合いと相手の間合いは、それほど変わらない。
 だが、どうやら相手は後の先を狙うようなタイプのようで、一足一刀に入っても動くような気配はない。
 ならば……!
 リンはその勢いのまま、もう一歩踏み出し、一撃を放つ予備動作に入る。
 そこで初めて敵の眼光が鋭く輝き、中段に構えていた刀を振り上げる。
 ……いや、遅い。
 この動作ではリンの一撃にカウンターを入れるにはワンテンポ遅れる。
 敵が見誤ったのだろう、と考えるのは簡単だが……。
 リンは咄嗟に別の手札を切る。
 刀を後方に寝かせ、相手の脇を払い抜けようとしたのだ、が――
 敵は華麗な脚捌きで避け、脇を通り過ぎようとしたリンの頭上に、その刀を振り下ろす。
 反撃をある程度予測していたリンは、その打ち下ろしを迎え撃つように刀を振り上げる。
 激しくぶつかった刀身は火の粉を散らし、そしてリンは思い知る。
 敵の凄まじい力。人の括りをせせら笑うかのような、その常識外れの腕力を。
 ――まずい。
 競り合っては負ける事を瞬時に悟り、刀を垂直にし、相手の刀を滑らせてその場から離れる。
「ガチンコじゃ勝ち目はないか……。だんだんあの人が人には見えなくなってきたよ」
 冷や汗を一筋たらしつつ、リンはそれでも敵と対峙する。
 負けるつもりは毛頭無い。
 どうにか、敵に一太刀浴びせようと算段しているのだ。
 だが、敵の力量はリンが思ったものの遥か上を行く。
 正直、勝てるかどうかも微妙なラインになってきた。
 それでも諦めるつもりは無い。
「どうにか勝機を見つけないと……」
 リンが呼吸を整えている内、その間に今度は向こうから攻めかかってきた。

 カウンタータイプの戦士かと思いきや、と言う驚きはあったが、そんなことで動揺はしない。
 冷静に対処すれば、切り抜けられるはず。
 リンは敵をよく見つつ、敵はリンの間合いに入ってくる。
 間合いのうちに入った瞬間、リンは踏み込みつつ、横薙ぎの一撃で迎撃する。
 敵はその刀を受け止め、そしてさらに間合いを詰めてくる。
 リンは返しの刃でさらに肩口を狙って斬りつけようとするが、だが、その剣が振り下ろされる前に、腹を強か蹴り飛ばされた。
 やはり強力。人に蹴られたという印象は微塵も無い。
 どちらかと言うと、何か丸太か何かをぶつけられたようだ。
 一瞬、呼吸すらままならなくなり、意識も飛びそうになったが、すんでのところでつなぎとめる。
 地面を何度か転がり、土まみれになったがすぐに起き上がる。
 顔を上げると、敵はこちらに飛び込んできていた。
 上空からの一閃。リンはそれを、また地面を転がって回避する。
 空を切った敵の剣。だが、それで動きは止まらない。
 敵はリンを追いかけ、身を反転させつつ横薙ぎの一閃を放ってくる。
 すでに立ち上がっていたリンは、後ろに退いてそれを躱し、刀を持ち直す。
 そして敵の三撃目。殺意の塊のような突き。
 リンの心臓を目掛けたその突きは、しかしリンに見切られる。
 ――ここだ、勝機。
 心臓が一つ、高く鳴る。強敵との死合いで見えた、かすかな勝機。
 それを見逃す手は無い。
 完全に敵の攻撃を見切ったリンは、その突きを避けつつ、相手側に踏み込む。
 そして、脇を狙った斬り上げ。これで仕留められる……と思ったのだが。
 なんと驚くことに、敵は致命傷を避ける。
 野生の嗅覚、第六感、閃き、何が影響したのかわからないが、敵はリンの斬り上げを、退いて躱していたのだ。
 だが、それも完璧な回避には至らず、リンの刀は敵の右手を捉える。
 完全に斬り飛ばす、とまではいかなくとも、敵の右手はしばらく動かないはずだ。
 一度はしのがれたが、今度こそ好機。
 リンは振り上げた刀を、今度は気合いをこめて打ち下ろす。
「でぇああ!!」
 袈裟懸けに斬りつける軌道。それは確かに必殺の一撃だったはず。
 死の臭いに現実味を感じたか、敵はさすがに『本気になる』。
 瞬速、敵はリンの手首を左手で掴み、攻撃を阻止。
 それどころか、体をひねってリンの体を腰に乗せ、さらに地面へと落とす。
 唐突な展開で受身もままならなかったリンは、背中を強く打ち付けた。
 投げられたのだ。完璧に、綺麗に。
 それに気付く頃には、リンの目の前に拳が降ってきていた。
 人の遥か上を行く力を持ったその拳は、リンの頭を軽々と――

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 ゴスン。
「い、いったぁ……」
 リンの目覚ましは顔面に落ちてきた時計だった。
 時間はまだ早朝。寝てても良い時間だ。
「ああぁ……もぅ、嫌な時間に起きちゃいましたね」
 二度寝をするには、少々時間が足りないか。
 仕方なく、リンは朝の支度をすることにした。
「でも惜しかったなぁ。もう少しで勝てたのに」
 多少、ふてくされながらも、新しい朝を迎える。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7589 / リン・ハーウェル (りん・はーうぇる) / 女性 / 16歳 / 魔術師/狩人】

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■         ライター通信          ■
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 リン・ハーウェル様、ご依頼ありがとうございます! 『引き絞れ引き絞れ』ピコかめです。
 一撃必殺の状況はかなり燃えます。

 敵の身体能力が人を上回る、と言うことで、化け物クラスにしてみました。
 なにこの人……人の皮を被った異形でしょ? ぐらいの勢いで。
 勝敗的には惜敗……と見せかけて惨敗です。ちょっと敵を強くしすぎたみたいです。
 ではでは、気が向きましたらまたどうぞ!