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ご趣味は? 虫を少々
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笑いを。笑いを堪えるのに必死である。
笑っちゃ駄目、笑っちゃ駄目。
そうは思うんだけれど、そう思えば思うほど、吹き出しそうになる。
顔を背け、プルプルと震えながら笑いを堪えていれば。
「おい。てめぇ、笑いすぎだろ」
武彦が低い声で怒りを露わにした。
笑ってないよと否定する為に、パッと顔を上げる。
その瞬間、堪えていたものが一気に噴出した。
「ぶはぁぁっ!! あははははははっ!!」
「笑いすぎだろって……」
何がそんなに可笑しいのかって、武彦の身なりである。
灰色のスーツを纏った姿は、なんちゃってエリート。
似合っていないわけではない。寧ろ似合っている。
だからこそだ。似合っているからこそ、可笑しくて仕方ない。
「まったくよぉ……。勘弁してくれって……」
ポリポリと頭を掻きながら、肩を竦めて溜息を落とす武彦。
いやいや。これは、あなたの為なんですよ。
あなたの為にセッティングしたんですから。
感謝されてもおかしくないんですよ、本来。
お相手は、あの長倉財閥の一人娘なんですから。
うまくいけば逆玉の輿で、貧乏にオサラバですよ。
だから、ピッと背筋を正して歩いて下さいね。
長倉の屋敷は、もうすぐそこなんですから。
「くくくくくく……」
「だから、笑いすぎだろって……」
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遅い。遅すぎやせんか。何と! 十三分の遅刻とな。
よろしくない。実に、よろしくない。悲しい限りである。
入団したての頃は、素晴らしかったではないか。
十時に待ち合わせだからなと伝えれば、三十分前には来ていたではないか。
とても嬉しかったぞ。満足であった。実に満たされた。
あの頃のお前さんはなぁ、可愛いかった。いや、本当に可愛かった。
汚れを知らぬ、純真無垢な少女そのものだったさ。
そんなお前さんを見て、あれこれ妄想したものよ。
どうしてくれようか、どんな色に染め上げようか。
まぁな、お前さんは、今も昔も少しばかりクセのある女子ゆえに。
私が用意した色そのままには染まらんとは理解っていたがな。
それもまた楽しかったのだよ。満たされたのだ。充実していたのだよ。
それなのに。それなのに、今やこれだ。一体、どうしてくれようか。
私の、この切なくも儚い想い。何処へやれと言うのだ。
よろしくない。実に、よろしくない。悲しい限りである。
「団長」
「まったく……。いや、まったく……」
「団長ってば」
「実に、よろしくない。よろしくないぞ」
「団長。聞こえてませんのっ?」
「まった……ふぉぅ!?」
ドテッ―
驚いた拍子に尻餅をついてしまった団長。
そんな団長の手を引き立ち上がらせて、アレーヌはハァと溜息。
溜息とな。お前さん、今、溜息吐いたか。冗談じゃないぞ。
吐きたいのは、こっちである。何度でも吐いてやりたい。
約束の時間、待ち合わせに十五分ほど遅刻してきたアレーヌに、団長は御立腹だ。
最近、気が緩んでいるのではないか? 昔と比べて、どうだ?
私はな、これでも団長なのだ。いわば、お前さんたちの上司なのだ。
上司との待ち合わせに遅れるなど、あってはならぬことではないのか。
どうなんだ? ん? どうなんだ。何とか言ってみなさい、ほれ。
持っている杖でアレーヌの膝を突きながら問い詰める団長。
けれどアレーヌは溜息を落とすばかりで反論もしない。
おや? 言い返してこないなんて珍しいな?
そう不思議に思い、被っていたシルクハットのツバをクィッと上げて見上げてみる。
視界に飛び込んだ光景に、団長はまた尻餅をつきそうになった。
見上げた先には、武彦と……その友人らしき男もいたからだ。
「お、お前さんがた、いつからいたんだ。ビックリしたぞ」
フゥと息を吐き、呼吸を整えながら訊ねた団長。
「ずっといましたわよ。それなのに団長ったら、一人でブツブツブツブツ言ってるんですもの」
「私の話を聞いていたのかね? 元はといえばお前さんが……」
「はいはい。後で、ゆっくり聞きますわ。それどころじゃありませんのよ」
「む? 何だと言うのかね」
団長が首を傾げると、武彦の友人がクスクス笑いながら言った。
「お見合いの援護を御願いしたいんですよ」
「見合い? 見合いとな? お前さんがか?」
「いえ。僕じゃなくて。武彦が」
「何と!? おぬし、見合いなんぞするのか!」
「……しつけぇんだよ。こいつが」
武彦はノリ気ではなさそうだ。まぁ、彼の性格からして納得できる。
今までも、この手の話は断り続けてきたであろう男だ。納得できる。
友人に薦められたからといって、そして、それが執拗だったからといって。
この男が、仕方ないなと首を縦に振るだろうか? いや、振らないはずだ。
何か他に理由や経緯があるのでは、と詮索する団長。
団長の、その予感は正解だった。
確かに、頑なに拒んでいた。必要ないからと一蹴していた。
だが、見合い相手の写真を見た途端、武彦の様子が変わる。
それまで、あんなに拒んでいたのに、あっさりと了解したのだ。
美味しい御飯をタダで食べれるからだ、などと武彦は言っていたが、違う。
「ふむ。確かに、美しい女子だのぅ。そうおらんぞ、このレベルは」
武彦の友人から参考までにと受け取った写真を見て感慨深そうに言った団長。
写る女性は、どこから見ても、誰が見ても『美人』だと口にする器量だった。
何だかんだで、お前さんも面食いなんじゃな、と笑う団長。
そんなんじゃねぇよと言うものの、武彦は苦笑している。
ニヤついている男共に冷たい視線を向けて、アレーヌは肩を竦めた。
まったく……どうして、男性っていうのは、こうなのかしら。
いくら見た目が美しくても、中身が腐っていては、どうしようもなくてよ?
まぁ、わたくしは、外見も内面もビューティフルでパーフェクトでプロフェッショナルで(略)
*
見合い相手は、財閥の御嬢様。見合い会場は彼女の実家である御屋敷。
当然、立派な御屋敷である。興信所がいくつ入るんだと考えさせられてしまうほどの敷地。
目が眩みそうなほどに真っ白で美しい外壁。二階テラスから見下ろした庭も広大だった。
通路に飾られていた絵は、アレーヌいわく『数え切れぬほどにゼロがつく』代物。
どこをとっても、見事としか言いようがないまでの屋敷。
途中で擦れ違った使用人さえも気品に満ち溢れていた。
迷路のような屋敷を、案内されるがままに歩き、辿り着いた部屋。
見合い会場であるそこには、これまた高価そうなソファとテーブルがあった。
ソファには、俯きがちに座っている可憐な女性。
いよいよ、ご対面。となったわけだが。今、どうなっているかというと。
(……どうにかしてくれ、この状況。援護射撃はどうした、お前達)
武彦は硬直していた。カップで揺れていた紅茶は既に枯れている。
はじめまして、宜しく御願いします。そう言って一礼したまでは良かった。
だが、それ以降、沈黙。どこからか聞こえてくるソナタが、やたらと耳に残る。
テンパっている様子の武彦。チラリと見やれば、それは一目瞭然だ。
その姿が可笑しくて、三人は笑いを堪えながら顔を背け続ける。
助けてくれと訴える眼差しが、更に笑いを誘う。
さすがに、これ以上、この状態を続けさせるのはマズイ。
面白いのは確かだが、相手が……御嬢様に失礼である。
「とりあえず、趣味ですわよ」
ポソポソと小さな声で武彦に耳打ったアレーヌ。
あぁ、そうだな。そうだよな。忘れていた『定番』に武彦は笑った。
たった一言でも、発してアドバイスしてくれたことが安心に繋がったようだ。
本来の自分を取り戻しかけている武彦は、微笑みかけて御嬢様に訊ねた。
「えぇと。知美、さんだっけか。ご趣味は?」
パコン―
「いっ……!?」
訊ねた瞬間、後頭部に走った痛み。目を丸くしている武彦にアレーヌは呟く。
「失礼すぎますわよっ……」
あぁ、確かに。だっけか? は酷い。
もう忘れかけてるのかよ、と不快な思いをさせてしまいかねない。
というか、不快にさせてしまったのではなかろうか。
おそるおそる、御嬢様を見やってみる武彦。
御嬢様はクスクスと、これまた可憐に微笑んでいる。
良かった。お咎めなしだ。ホッと安堵の息を漏らす武彦。
同時に、武彦は自分の頬が緩んでいる事実に気付く。
いや、まったくもって美しい。本当に綺麗な女性だ。
華のような人、とは彼女の為にある言葉なのではなかろうか。
ツッこめば、そんなことないと否定するだろうけれど、武彦の頬は間違いなく緩んでいる。
デレッとしている、その姿に、また肩を竦めたアレーヌ。
無意識だというのが、また厄介なところですわ。
まったく……男性ならば、もっとこう、ビシッとしているべきではありませんの?
不甲斐なき男の姿に切なさにも似た感情を抱くアレーヌ。
と、そこで。御嬢様が微笑みながら、質問への返答を口にした。
「趣味と言えるかどうかわかりませんが、虫を少々……嗜んでおります」
謙遜しちゃってまぁ、それすらもいじらしいというか可愛いというか。
そうかそうか。虫を嗜んでいるのですか。そうかそうか。
って、虫? 虫を嗜む? 何ですか、それは。
ギョッとして、苦笑を浮かべつつ訊ねた武彦。
すると、御嬢様は、テーブルの上にあった鈴を鳴らした。
チリンチリンと鈴の音が響くと同時に、次々と食事が運ばれてくる。
大きなテーブルを埋めんばかりに並べられる料理の数々。
その料理を見て、一行は理解した。虫を嗜む、その意味を。
「お口に合うかわかりませんが……心を込めて作りました」
恥ずかしそうに俯いて言った御嬢様。彼女の手料理。
何ともグロテスクな……色とりどりの虫を食材とした料理。
絶句してしまい、硬直している武彦に、
御嬢様は照れながら、料理を箸で摘んで、それを武彦の口元へと持っていく。
こんなに綺麗な御嬢様が『あーん』してくれるなんて、そうそうない。
有難い状況ではないか。いや、確かにそうなんだけども。
(……くさっ。めっちゃ臭ぇんだけど。何なんだよ、これ)
口元に寄せられた料理が放つ強烈な臭いに顔をしかめる武彦。
ある程度、原型を留めているが故に判別できそうだ。うん。
これは、あれだ。芋虫である。それも巨大な。
見た目がグロテスクなものほど、食べてみると案外イケる。
何度か、それを体感しているアレーヌは、フォークを手に取った。
確かに気味が悪いですけれども。少し考えれば理解ることですわ。
良家の御嬢様だから、少し変わった趣味をお持ちなんだと思いますの。
確かに似ていますわ。見た感じ、虫にそっくりですわ。
けれど、そう見えるだけなんだと思いますの。
これは一種のアートなのですわ。
「不思議な食感ですわね。コリコリしていて……」
口に運んだグラタンらしき料理に関心を寄せるアレーヌ。
興味を持ってくれたということが嬉しいのだろう。
御嬢様は、料理に使用している食材を説明した。
鈴の音に応じ、食材を持ってやってくる使用人。
立派な箱を覗き込めば、そこでは無数の芋虫が蠢いていた。
「ひっ……!!」
飛び退くアレーヌ。背中に走る嫌な汗。
聞きたくないと耳を塞ぐ前に、お嬢様は口にした。
「ジャイアントワームは、身がしまっていて美味しいんですよ」
(いーーーーーやーーーーーーーぁぁぁぁ……)
必死に耳を押さえるものの、その事実は指の隙間から進入してくる。
失神寸前のアレーヌと、もはや笑うことしか出来ずにいる武彦と、その友人。
さきほどまでの雰囲気は、どこへやら。まるで地獄へ叩き落されたかのような……。
だが、冷や汗ダラダラな三人に反して、団長だけ平然としている。
そればかりか、並ぶ料理を次々と口に運んでいるではないか。
「お、おい……」
心配そうに団長を見やり、箸を止めさせようとする武彦。
団長は、それを無視し、満面の笑みで言った。
「いやぁ。これは美味い。お嬢さん、料理が上手ですな」
「まぁ……ありがとうございます。光栄です」
「いや、実は私もですな。昆虫食が好物でございまして」
「まぁ、そうなのですか?」
「えぇ」
ニコリと笑って、シルクハットを脱ぎ、それをクルリと回す団長。
シルクハットの中から取り出したるは……蜂の佃煮とゴキブリの天ぷら。
芸術的に皿に盛られたそれを見て、御嬢様は拍手しながら大喜び。
「素晴らしいです。この組み合わせも素敵ですわね」
「食は目から、と申しますゆえ」
「そうですね。同感です」
盛り上がる団長と御嬢様。無論、他の者は付いていけない。
食は目からって……。確かにそうかもしれないけれど、これはないだろう。
黄色と黒が織り成す、このコントラストは、警戒色の類ではないのか……。
*
屋敷を後にした一行は、ただ一人、団長を除いて皆、ゲッソリ。
料理を口にしていない武彦と、その友人ですら未だに吐き気をもよおしているのだ。
一口とはいえ、実際に料理を口に運んだアレーヌが青ざめているのは、当然といえよう。
「草間さん……。このお話、お断りしたほうが良くってよ」
フラフラと歩きながら、切実に訴えたアレーヌ。
いくら美しくても、あの食生活はいただけませんわ。
一緒に暮らし、夫婦となれば、あれを毎日食すことになるわけでしょう?
身も心も持ちませんわ。間違いなく、持ちませんわ。
アレーヌの言葉に深く頷き、納得する武彦。
あんなに見合いを勧めていた友人も、一緒になって頷いている。
更に、武彦の背中をポンポンと叩いて「すまん」と謝っている始末だ。
ワクワクしていた。確かにワクワクしていた。期待していた。それは否定しない。
けれどまさか、あんなグロテスクな趣味があるとは……思いもしなかった。
残念ながら、それすらも愛しいと思えることはない。
完全に一歩、いや、それ以上、退いてしまっている。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
ご縁がなかったということで……ひとつ。
ゲンナリしている三人を他所に、団長はご満悦だ。
出された料理を、一人で平らげたことで満腹。
美人さんの手料理を独り占めできたことも、心を満たしている要因の一つだ。
「是非また、ご馳走になりたいものだな」
満足気に微笑んで言った団長に、三人は口を揃えて言った。
「結構です……」
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
6813 / アレーヌ・ルシフェル / ♀ / 17歳 / サーカスの団員・退魔剣士(?)
6873 / 団長・M (だんちょう・えむ) / ♂ / 20歳 / サーカスの団長
NPC / 草間・武彦 / ♂ / 30歳 / 草間興信所の所長
NPC / 佐藤・卓也 / ♂ / 28歳 / 武彦に見合いを勧めた友人
シナリオ『ご趣味は?虫を少々』への御参加、ありがとうございます。
団長さんには、うってつけの御話でしたね^^
すっかり機嫌もなおったようで。何よりです(笑)
気に入って頂ければ幸いです。また、宜しく御願いします。
シナリオ参加、ありがとうございましたっ。
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2008.10.17 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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