|
【D・A・N 〜First〜】
「――そこの」
真夜中、というよりはほぼ朝。仕事帰りだった深沢美香は、道に響いたその声が自分に向けられたものだとはまったく思わなかった。
故に。
「アンタ、ちょっと……」
その言葉とともに肩に置かれた手に、過剰に反応してしまった。
「――ッ!?」
声も出せずに跳び退った美香に、声をかけてきた人物は驚きにか僅かに目を見開く。
「……すまない。驚かせたようだな」
宙に浮いた状態だった手を下ろし、美香に向かって謝罪してくる。それを見て、美香はやっと落ち着いてその人物を観察した。
夜の闇を髣髴とさせるような黒い髪に黒い瞳。整った顔だが、ほぼ無表情なために冷たい印象を受ける。年の頃は美香と同じか少し上くらいだろう、青年だった。
(知らない、人……?)
職業柄、人の顔を覚えるのは得手としている。確実に、目の前の人物は見知らぬ人だった。
「そう警戒した目で見ないでくれ。その、……アンタに何かしようってわけじゃない」
そう言われても、この時間帯に顔見知り以外から声をかけられる理由なんて思いつかないし、安心することはできない。
警戒を解かない美香に、その人物は少しだけ困ったように目線を彷徨わせた。
「ただ、見過ごせなかっただけだ。……その道、行かないほうがいい」
「え、?」
唐突な言葉に戸惑いの声を漏らした美香を見つめて、その人はもう一度繰り返した。
「その道、行かないほうがいい」
「その道、って……」
自分が進もうとしていた道――いつもの帰路に目を向ける。特に変わった様子も見受けられない。
「――死にたくなければ、行かないほうがいい」
予想もしなかった理由を告げられて、思わず青年に視線を戻し――目にした光景に息を呑んだ。
青年の輪郭が、揺らいでいた。色彩が褪せて、薄れる。空気に溶ける。
そして極限まで薄れたそれは、陽が完全に昇ると同時、再構築される。
揺らいだ輪郭は、先ほどよりもやや細身の身体を形作り。
褪せて薄れた色彩は、色を変え、鮮やかに。
そして先ほどまで青年が立っていたそこには――…全くの別人が。
朝日に透ける薄茶の髪、どこか楽しげに細められたダークブラウンの瞳。
身に纏う色も雰囲気も、背格好も――何もかもが、違っていた。
「……まーったく、黎ちゃんもお人好しだなぁ。これ見られることになるって分かってて、わざわざ忠告してあげるなんてさ」
不自然に降りた沈黙を破ったのは、呆れたような声。
「っていうかこれオレが説明しなきゃなんないワケ? えーめんどいなぁ。このままサヨナラしちゃ駄目?」
言葉は問いの形をとっていたが、それは美香に向けられたものではなく。
「あーはいはい、わかったわかった。いちおーちゃんと説明するって。『フツーの人』だもんね。……ってわけでそこの人」
「は、はい」
にこーっと人好きのする笑みを向けて話しかけられる。驚きつつもこの人物――正確には目の前で起こった現象に興味を抱き始めていた美香は、居住まいを正して返事をした。
「驚かせただろーからいちおー説明しとくね。さっき初対面のアナタにいきなり声をかけたヤツ――黎也っていうんだけど、そいつとオレは別人なんだけど今は同一人物みたくなっててね? まあ外見の変化を伴う二重人格みたいなものだと考えれば理解しやすいんじゃない? 実際は違うけど。んで、日が沈んでる間は黎ちゃんが、日が出てる間はオレが、こうやって存在できるワケ。さっきアナタの前で黎ちゃんからオレに変わったのはそれが理由。わかった?」
尋ねられて、頷く。自分には妖怪の友人が何人かいるし、こういう、『常識』外のことに対する耐性はそれなりにある、と思う。だからだろうか、自分でも少し意外に思うほど冷静に、告げられた事実を受け止めることができた。それどころか、与えられた以上の情報を知りたいと思うくらいの余裕があった。
「あの、」
「ん?」
「あなたの、お名前は……? あ、わたしは深沢美香といいます」
美香の眼前の人物は、その言葉に虚をつかれたかのように瞬いて、――楽しげに口端を上げた。
「そういや言ってなかったっけ。オレの名前は明哉。好きに呼んでいーよ」
オレの名前呼ぶことがまたあったらだけどね、と笑う。
「それでは明哉さんと呼ばせていただきますね。……あの、黎也さんが仰っていたんですけど」
「なに?」
「『死にたくなければこの道を行かないほうがいい』って、どういうことなんでしょうか」
本人に聞く前に明哉に変わってしまったので聞けなかったのだ。代わりとばかりに尋ねれば、明哉は「ああ、」と頷いた。
「だいじょーぶだよ。このままアナタが帰っても、黎ちゃんが危惧したことは起きないからさ」
「そうなんですか?」
「黎ちゃんの特殊技能ってヤツでねー。先が『視える』んだよ。いつでもどこでも誰のでもってワケにはいかないけどね。黎ちゃんが声をかけたからアナタの先は変化したし、帰っても問題ないよ?」
向けられた瞳に僅かに威圧を感じて、美香は怯む。訪ねたことに関してもいくらかはぐらかされた感がある。
多分、これは暗に「早く帰れ」と言われているのだろう。声をかけてきたのは黎也であって明哉ではなく、彼には自分に付き合う義理もない。
話し方と物腰で軽薄そうな人だと思ったが、考えを改めたほうがよさそうだ、と美香は思った。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6855/深沢・美香(ふかざわ・みか)/女性/20歳/ソープ嬢】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
初めまして、深沢様。ライターの遊月と申します。
「D・A・N 〜First〜」にご参加くださりありがとうございました。
黎也と明哉、如何でしたでしょうか。
昼メインということで、明哉と多めに会話していただきました。
黎也は見た目とっつきづらいけどわりと普通の人、明哉は人懐っこそうでいて結構警戒しているという扱いづらそうな人です。
出会い方は、黎也の性格設定でありえそうなものにしてみました。お気に召すとよいのですが。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
|
|
|