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Decoy(4)
本来は綺麗に磨かれていたはずの床には、今は血溜まりが出来ていた。
シャッターが折れ曲がり、既に密室と呼んでいいのか怪しいこの狭い場所は、血の生臭い匂いと、錆びたような鉄の匂い、そして汗や唾など鼻を覆いたくなるような腐臭で溢れていた。
血溜まりの中、高科瑞穂(たかしなみずほ)はうずくまっていた。
いや、うずくまらずを得なかったと言うのが正しいか。
片腕は使い物にならず、先程の激しい打撃で、起き上がる事が出来なかった。
瑞穂は、先程から震えが止まらなかった。
肉食獣の前において、草食動物とは無力なものである。もっとも、瑞穂自身も本来は肉食獣の類だが、彼女は既に牙の折れた肉食獣。生存競争においては完全なる脱落者である。
「さて」
瑞穂を見下ろしていた鬼鮫は近付いてきて、瑞穂の顎をくいと上げられた。
瑞穂は先程のショックで完全に戦意を消失しており、されるがままになっていた。
「この仕掛け、誰に差し向けられてやった?」
「………答えると思っている訳?」
瑞穂は最後の抵抗として軽口を叩いた。
瑞穂は鬼鮫に顔に拳を浴びせられた。
「まだこの俺に逆らう気か?」
鬼鮫は自身の首を撫でた。
「さっきはよくもやってくれたなあ。この傷口がうずくんだよ」
瑞穂が鬼鮫の顔を見上げると、サングラスの下の目が見えた。
白目がぎょろりとしていて爬虫類を思わせた。
鬼鮫は瑞穂の腕を掴み、そのまま十字固めをかける。
「うぐぅぅぅぅぅぅぅっっっ……!!」
無事な腕がギューギュー締め付けられる。
ボキボキボキボキッッ
関節が音を立てて外れていく。
瑞穂は声にならない声を上げるが、既に声は声にならなかった。
「言え。言えば楽になる」
鬼鮫が耳元でささやく。
その声は粘っこい血の塊のよう。瑞穂の背筋は冷たく冷え切っていた。
「……わ、私は……」
痛い。イタイ。いたい。
生きていたい。
瑞穂は思考が苦痛により上手く働かない。
瑞穂の自身を動かしているのは、ただ生きていたい生存本能であった。
瑞穂は、息も絶え絶えに、所属先と任務を、洗いざらい吐いた。
吐き出すしかできなかった。瑞穂は、生きていたいだけだったのだから。
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鬼鮫は瑞穂を離したのは、彼女の意識も絶え絶えの時だった。
鬼鮫は瑞穂に馬乗りになってひたすら殴り続けたのだ。ふと思いついたように、瑞穂の落としたダガーを拾い上げ、彼女を好きなだけ刺した。
「あぁぁぁぁぁ…………」
瑞穂が喘ぎ声を上げる。
鮮血。
瑞穂の身体は好きなように刻まれた。
死なないよう、生きたままで。
鬼鮫が斬る場所は的確だった。
そこは確かに急所からは外れていたが、人の痛覚を撫でるような場所ばかり斬っていったのだった。
瑞穂の纏っていたメイド服は、瑞穂の鮮血で赤黒く染まっていった。
鬼鮫は瑞穂に見えるように、わざと自身の首を撫でた。
「痛いよなあ。痛い痛い。俺も痛かったんだよなあ。ここが。ここを斬ったらお前はどうなるかな。痛いよなあ。痛い痛い」
瑞穂の首筋をわざとすっとダガーで撫でた。
瑞穂の首に血の筋がタラリと流れた。
「あぅぅぅぅぅぅ…………」
瑞穂は、もうされるがままになっていた。
彼女の喘ぎ声は悲鳴か、快楽か、恍惚か。
何度も何度も刻まれ、既に彼女の纏うメイド服は服の機能を果たしていなかった。
彼女の纏うそれは、血塗れの布切れでしかなかった。
/*/
鬼鮫は、散々に弄んだ瑞穂を捨て、自身の相棒である投げた刀を拾った。
彼女の顔に浮かんでいたのは、苦痛なのか、快楽なのか、恍惚なのか、不思議な顔をして倒れていた。
鬼鮫は最後に瑞穂に唾をかけた。
ボタリ。
既に完全に抵抗できなくなった瑞穂にすぐにかかった。
鬼鮫は壊したシャッターをひょいと持ち上げた。
瑞穂の太股のスイッチを付ける事も考えたが、そのままにしておく事にした。
もし次の戦場で会った時、この女がどんな表情で自身と対峙するのかが興味深かった。
そのまま鬼鮫は瑞穂を跨いでサーバールームに入り、例の情報を抜いておいた。
そして、そのまま立ち去った。
立ち去った後に残った瑞穂は、血塗れのまま倒れていた。
今の彼女にとっては、これこそが安堵であった。
<Decoy(4)・了>
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