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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


instigation -001 Guilford-



 全人類は一度滅びなければならないのだと彼女は言う。
 人が真の安楽の世界を得る為には、それが第一条件。

 30年程前に誕生した虚無の境界は、今ではかなりの数の構成員を有している。また、強力な超常能力者までもが所属するようになった。
 しかし、彼女はまだ足りないと言う。
『わかっている筈よ』
 大規模なテロを行う為には、より多くの構成員が不可欠だ。
 虚無の境界の大義を理解する者、仕事の内容を問わず金で動く者、世界に絶望している者、そして、

 破壊や殺戮に快楽を感じる者。

 彼女に憑いた霊団が、まるで何か囁くかのように、彼女の周りを浮遊している。
『彼、とても優秀だわ』
 彼女は恍惚とした表情を浮かべた。

『連れて来て頂戴――《神》の元へ』



 夜の街にコツコツとヒールの音が響く。すらりと伸びた長い足の持ち主は、片手に携えたピンク色の大型トランクを揺らしながら、薄暗い路地を歩いている。薄闇の中で、そのピンク色が鮮やかだった。
「私たちだけで十分なのに、盟主様も欲張りー」
 女は黒くたおやかな髪を揺らしながら、軽快に歩を進める。真夜中とも言える時刻、またお世辞にも治安が良いとは言い難いその場所にはおよそ似つかわしくない可愛らしい女性は、しかし何かに怯える事もなく、寧ろ楽しそうな表情を浮かべていた。
 虚無の境界の構成員である新崎・琴路は、久しぶりの仕事に張り切っていた。今回の仕事は盟主・巫神霧絵の指定した人物を虚無の境界に勧誘するという、言葉にしてみれば極々普通の仕事だ。しかし、虚無の境界がわざわざ勧誘しようとする人間である、勿論普通の人間ではない。
 今回のターゲットはギルフォードという快楽犯罪者だ。善と悪の区別はなく、ただ自分の快楽の為だけに犯罪を繰り返す享楽者は虚無の境界に相応しい。巫神がそう考えるのは最もだ。琴路とて、資料に目を通した時には申し分ない人材だと思った。
 ただ一つ、不満があるとするならば――
「……やっぱり可愛くない」
 琴路は不満げな表情で立ち止まると、そう呟いて通りの向こうを見つめた。視線の先には、どんな手を使ってでも虚無の境界に引き込むべきターゲットの姿。
 そう、可愛い物そして可愛い者が好きな彼女は、見るからに狡猾そうで、まるで蛇のようなギルフォードが大いに不満なのだ。
(まぁ、久しぶりだから頑張っちゃうけど)
 些か不貞腐れた表情のまま息を吐くと、琴路は持っていたトランクを地面に置いた。途端に、その重みでアスファルトが少し砕けた。
 『勧誘』と言っても、保険や宗教のそれとは違うのだからパンフレットを持ってコンニチハという訳にもいかない。そもそも、そんな事で話を聞いてくれるような相手ではない。こういうタイプには、一戦交えて気を引いた方が効果的だ。
 鼻歌混じりにトランクを開けた琴路は、中を覗くとにっこり微笑んだ。
「私の可愛い子ちゃん、出番だよ」
 そこには膝を抱えて丸くなっている男のゾンビが入っていた。



 虚無の境界にはゾンビ使いというクラスがある。琴路はそこの所属だ。自らが造り出したゾンビを使役して戦闘に使う。
 ここで言うゾンビとは墓の下から這い出て来て人間を襲う所謂ゾンビとは異なり、腐敗しない上に生前よりも身体能力が向上している。これは虚無の境界独自の呪的処理によって成し得た事だ。
 使役できるゾンビは一体のみ、という制限はあるが、部品を継ぎ接ぎしたり体に直接武器を埋め込むなどのカスタマイズが出来る為、ある意味では最強の着せ替え人形とも言えるだろう。
 興味を持ってもらう事が第一条件――。琴路はここへ来る前にそう考えた。だからほんの少し、彼女のゾンビを”お粧し”してきたのだ。
「いってらっしゃい♪」
 琴路がそう言うと、ゾンビは通りを一瞬で横切り、向こう側にいたギルフォードに斬り掛かった。その右腕はターゲットと同じ、自由自在に変形可能な義手に改造してある。
 地響きの後、アスファルトの欠片が琴路目掛けて飛んで来た。彼女はそれを難なく避けると、車道と歩道を隔てるポールに腰掛けて戦況を観察した。
 どちらがどれだけ保つのか、を。

 最初の一撃を避けたギルフォードは、相手が誰かを認識するよりも先に反撃に出ていた。月明かりの中、頼みの月も薄雲に覆われて時折姿を隠してしまう頼りない明るさの中でも、琴路には彼が笑っているのがはっきりと見えた。
 彼の武器の性能はかなり良いと言えた。体積や重量を無視した変形、しかもその変形にかかるタイムラグは極めて少ない。正直な事を言えば琴路は彼女のゾンビに取り付けた義手の性能が良過ぎたかもしれない、と懸念を抱いていたのだが、杞憂だったようだ。
 彼自身の身体能力も予想以上だった。重力を感じさせない軽い身のこなし、咄嗟の状況判断の正確さ。些か、無理矢理攻撃側にねじ込むような判断も、彼の身体能力があってこその物なのだろう。
 優れた武器を有する者はその性能に頼りがちになる事もあるが、彼に関してはそれがなかった。ポテンシャルの高さを最大限利用し、接近戦も厭わない。義手で攻撃を狙える場面でも、長い足で相手の関節を破壊しに掛かる。相手が痛覚のないゾンビではなく普通の人間であれば、一瞬の隙が出来る類の攻撃。
 ギルフォードの攻撃も琴路のゾンビの攻撃も、それなりに当たっている筈なのにそう思えなかった。というのも、ギルフォードは人間が本来持つ筈の痛みによる反射が見られなかったのだ。興奮で痛みなど感じないのか、某かの薬物を使用しているのか判断できないが、土気色の顔色といい、実は彼はゾンビなのではないかと琴路が思った程だった。
 ギルフォードが突き出した右腕が変形し伸びた。鋭利な刃物に変わった切先が琴路のゾンビに向かって走る。ゾンビは切先を蹴り上げるとその反動のままバク転して彼から離れた。
(一つ気になる事と言えば……)
 ギルフォードの――勿論琴路のゾンビも同様だが――義手は、攻撃の最中でも自在に変形する。例えば相手の体に突き刺した武器を、刺したまま平たい形状に変化させ、腕を振り抜く事なく相手の体を真っ二つにする事だって出来る。
 だから先程の局面でも、方向の変わった切先の形状を変えて琴路のゾンビに致命傷を与える事だって出来た筈なのだ。彼と同じ攻撃形態で迎撃するよう言い含めてある琴路のゾンビには出来ない事かもしれないが、彼には出来た筈――
(やっぱり性格悪そう)
 楽しんでいるのだろう、戦闘そのものを、命の奪い合いを。そういう性格の悪さが琴路は嫌いではないし寧ろ好きだが、彼に関しては少し癪に障る。
「ま、壊れちゃったらそれはそれよね」
 お互いに、という意味だ。
 琴路は鋭い口笛を吹いた。これは、『殺しても良い』という合図。ゾンビの動きが鋭くなる。これまでの相手の出方を伺うような動きから一転して、相手の生命を奪いに掛かる。
 横に薙ぎ払ったゾンビの攻撃を、ギルフォードは垂直に飛んで躱す。その体目掛けて伸びる大鎌の切先を使ってギルフォードはもう一度高く飛んだ。あの靴には何かが仕込んであるようだ。
 あれで普通の人間だとは信じられないくらいの跳躍力。落ちてくる彼の口元に笑みが浮かんでいた。
 いけない――!
「避けなさい!」
 振り下ろされる刀にゾンビが構えた瞬間、ギルフォードの義手が変形した。大きな鉄の扇のようになった右腕が、ゾンビの体を打ち据えて吹き飛ばした。 



「あぁ〜……」
 吹き飛ばされたゾンビは近くにあった自販機にめり込んでいた。悲惨な物を見る気分で声を漏らしながら、近付いてくるギルフォードに視線を移した。義手を通常形態に戻した彼は、少し俯きながら琴路の方へ歩み寄って来た。
 対峙すると、一瞬の沈黙の後、ギルフォードが右腕を琴路の顔に突き出した。
「キャッ……」琴路は咄嗟に顔を背けて手を離す。
「……重ッ!」
 琴路が体の前に翳したのはあのピンク色の大型トランク。使役しているゾンビを持ち運ぶ為の物だが、壊れてはいけない物だし、ちょっとやそっとの重量は問題にはならない為、琴路のトランクは他のゾンビ使いの物よりもかなり重い。実際、中のゾンビが壊れた事はないし、こうやって防御に使える事もあるから重宝している。
 トランクを串刺しにしたギルフォードは思いもよらない重さに声を漏らし、右腕を押さえながらトランクを地面に置いた。ピンク色のハンマーを持っているような格好に、琴路は少し笑う。これは少し可愛いかもしれない。
「なんだお前、女じゃねぇのかよ」
「……どこからどう見ても女だと思うけど」
 呆れた声で言いながら、ギルフォードがトランクから義手を引き抜く。言われた言葉の意味がわからず、琴路は自分の豊満な体を見下ろしながら答えた。
「弄ってんだろ?」
 漸く意味を理解して、琴路は憤慨しながら否定した。喚く彼女に興味はないのか、どうでもいいけど、と言いながらギルフォードはゾンビが埋まっている自販機へ向かう。何をするのかと思えば、ゾンビを剥ぎ取って自販機を壊し、中の飲み物を二つ持って戻って来た。
「ん」
「あ……ありがと」
 一つを琴路に放って、ギルフォードは喉を鳴らして飲み物を飲んだ。なんとなく釈然としない思いを抱きながら、琴路も飲み物に口を付ける。
 女子供にも容赦しない凶悪犯なのではなかったか。普通の会話が通じる相手ではないと思っていたが、そんな事もないようだ。
「楽しかった?」
 試しに訊ねてみるとギルフォードは、アァ、と頷いた後、「なんだアレ」とゾンビを指差した。
「アレは私のゾンビちゃん」
「ゾンビの割には臭くねぇな」
「特殊な物なの」
「なんでコレ持ってんだよ」
 コレ、と言ったのは彼の義手だ。琴路は納得がいった。彼は武器に興味を持ったのだ。もしかしたら女ならば付け入る隙があるとも思ったのかもしれない。いずれにせよ、思惑通りになった事で琴路はほくそ笑む。
「ねぇ、虚無の境界って知ってる?」
「知らね」
「私そこの人間なんだけど、こういう武器、選ぶのに困っちゃうくらい沢山あるよ」
 嘘ではない。琴路のゾンビに着けた義手は開発部に作らせた物だが、あそこには選びきれない程の武器のストックがある。
「キミが私たちの仲間になってくれたら、キミの気に入る武器も手に入るかもしれないし、気に入らなければキミに合わせて作ってもらえるんじゃないかな」
 ま、キミ次第だけどね、と琴路は首を傾けて微笑む。新しい武器に心が揺れ動いているらしいギルフォードは、口元に手をやり考え込んでいた。しかし、目星い武器だけ奪ってさっさとトンズラしようと考えているのが表情に出ていた。
 暫くして、まるでそう言う事が最初から決まっていたみたいに、組織は面倒臭いから嫌いだ、と彼は呟いた。琴路は、事が完璧すぎる程完璧に進んで、自然と笑った。
「大丈夫、嫌になったら――」
 その時は――。

「その時は、キミの好きにすれば良いよ」

 そうしてくれた方が、琴路にとっても都合が良い。
 



「でも、盟主様?」ギルフォードを連れてくるようにと言った巫神に、琴路は訊ねる。「このギルフォード氏、うちに来てもすぐに裏切りそうですけど……」
『そうね』
「いいんですか?」
 巫神は琴路を見つめて微笑むばかりで何も答えない。
「じゃあ、――」
 琴路の言葉に、巫神は仕様がないという風に笑って頷いた。次いで琴路も微笑む。
 彼女の口元に浮かんだ笑みには、可愛い顔には似合わない残虐さが滲んでいた。
 獲物を前に舌なめずりするかのように、酷く愉しそうだった。




《じゃあ、彼が裏切ったら、私の好きにして良いですか……?》









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[PC]
 新崎・琴路 【3581/女性/25歳/占師】

[NPC]
《虚無の境界》
 ギルフォード

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■         ライター通信          ■
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 新崎・琴路さま

 この度は「instigation -001 Guilford-」にご参加いただきありがとうございました。
 はじめまして、ライターのsiiharaです。初めての文章商品に私を選んでいただけた事、とても光栄です。そしてこんなにガチの悪役で申し訳ありません(笑)
 今回のノベルはパラレル的な位置付けですが、もし気に入っていただけましたらまた《虚無の境界》関連のノベルにご参加いただけたらと思います。その際、この設定を引き継いでもまた新たな設定でも構いませんので!

 それでは今回はこの辺で。また機会がありましたらよろしくお願いします!