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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −tractus−






 九条・朧はどうするでもなく歩いていた。
 何時も羽織っている黒のコートはない。あれは先日セシルに貸してしまった。
(まったく、彼女に会うのが楽しみでならないとは)
 どうすれば会えるのかと考えても、今まで出会えていたのは本当に偶然。けれどその偶然が3回も続けば何となく運命とも言いたくなる。
「さて今日は会えるのでしょうかね」
 誰に聞かせるでもなく呟いて、その整った顔に尚笑みを浮かべれば、行き交う女性は誰もが微かに頬を赤らめた。
 魔眼が無くても、朧が少し微笑めば直ぐにでも尽くしてくれる女性は現れるのだ。
 朧の表情がふと微笑から真顔に戻る。
 やはり不思議だった。ずっと、不思議だと思っていた。
 ただ一人の女性に興味を持つなんて事自体が。
 好き……というヤツなのだろうか。
 導き出した答えに朧自身が驚きで眼を見開き、自嘲するようにふっと笑う。
「なに、このような気紛れ、数百年に一度あるかないかです」
 そう何度も感じたい気持ちではない。この感情は、自分が狂わされていっているような、感じがするから。
 けれど、今はその感情がどこか面白いとも、心地よいとも感じている。
(ならばこの感情に身を任せても何も問題はないでしょう…)
 どうせ長い生の中の一時で終わる。
 朧はそう一人小さく呟いて、ふっと笑い瞳を伏せた。








 ふらりと歩く町並み。視線の先に、黒い髪をうなじの辺りで1つの纏め、体に似つかわしくない大きな黒のコートを手に持って、佇む少女が目に入る。
 彼女の青い瞳は所在無さげに揺れ、現状に困惑している様が見て取れた。加え、ナンパされてもおかしくない容姿なのだが、彼女の格好がそれを全て台無しにしている。
 眼が合う。
 彼女は、朧に向かって一直線に、なぜかきりっと睨むような眼つきで歩いてきた。
「やあセシル、会いたかったですよ」
 朧は目の前で足を止めたセシルに微笑んで告げる。セシルは朧に押し付けるように手のコートを差し出した。
「コート、ありがとう。ごめんなさい。洗えなくて」
 朧はコートに手をかけ、そのままセシルの腕を掴む。彼女は弾かれたように顔を上げた。
「私が前言った事を覚えていますか?」
「話したいって、言ったこと……?」
「ええ」
 これでもかというほど優雅な微笑を浮かべるが、どちらかというと悪戯っぽい。
「どこかでゆっくりと、とも思ったんですが…」
 そこで、朧はセシルの格好を見遣る。やはり、流石にサイズの合っていないダボダボのTシャツにジャージはないだろう。
「歩きながらでも話せますし、買い物にでも付き合っていただけますか?」
 突然の申し出にセシルの眼が瞬かれる。
「どうしてそうなるの?」
 話すだけではなかったのか。
 それで、買い物に付き合ってあげなければいけない理由が分からないと、セシルの瞳が告げている。
 朧は大仰にため息をついた。
「ふぅ…等価交換ですセシル。あの夜、助けてあげたでしょう」
 少々恩着せがましい言い方に、セシルはむっと微かに頬を膨らませたが、観念したように息を吐き出し、肩をすくませる。
「だから、今日は付き合えって言うのね」
「ええ。私が強引だというのは知っているでしょう?」
「そうね」
 困ったように微笑んだ顔は可愛いが、格好がジャージでは100年の恋も冷めそうだ。
「とりあえず服でも買いに行きましょうか」
 誰の。とはあえて今告げずに、朧は記憶にある服屋に足を運ぶことにした。









 辿りついたのは、ちょっと高めに見える服店。
 カランと響くドアベルをならして入った店の中は、とても豪華に見えて、セシルは萎縮するように朧の影に隠れた。
 余りにも場違いだ。
 朧の来店に気がついた店員は急いで歩み寄り、にこにことオーダーを待っている。
「彼女に似合う服を」
「はい」
 がし。と、掴まれるセシルの腕。
「え? ちょっと待って。え? 何?」
 もう何が何だか分かりませんと眼を丸くして、店員に腕を引きずられながら、セシルは朧を振り返る。が、朧はただそれを笑顔で見送った。
 数分後、上から下までフルコーディネートされたセシルが奥から出てくる。
 うなじで結っていた髪もほどかれて、先ほどまでとは本気で別人のようだ。
「では、これを頂きましょう」
「ま、待って!」
「ああ、私が見ていられないだけですから気にしないように」
 先日着ていた服はまだデザイン的にはましだったが、あの攻防でボロボロになってしまっている。その代わりだろうとも――確かにボロではないが――やはり、今日の格好はよろしくないと。
「見ていられないって……」
 どういうこと? と、本気で告げるセシル。自覚が無いのかこの娘は。朧のため息は尽きない。
「服をそんなに持っていないと言っていたでしょう?」
「……そうだけど。いらない。いらないわ。払えないもの」
 セシルは、諦めたような寂しそうな笑顔で首を振る。普通の少女のように服程度で一喜一憂してはいられない。
「気にしないでください。私が払います」
「…え?」
 どうやら“頂きます”と朧が言った言葉を、奢りだと理解はしていなかったようで、セシルは眼を丸くする。
「あなたの、服を買うんじゃ無かったの?」
「誰がそんな事を言いましたか」
 確かに朧は“服を買いに行く”と言っただけだ。自分の服とは言っていない。ちょっとずれたセシルの疑問に隠した小さな抗議は簡単に跳ね除けられてしまった。
「先ほどの服はもういりませんね」
「ダメよ、要るわ」
 捨てられてしまいそうな雰囲気を感じ取り、セシルは矢継ぎ早に返す。
 どうしてあんなにも磨耗したような――安っぽい――服が今更必要なのか分からず、朧は顔をしかめる。その顔に少し視線を沈めてセシルは低く告げた。
「あなたには…分からないかもしれないわね」
 好きなものが直ぐに買えることがどれだけ幸せなことか。
 好意を…向けてくれたような、表情豊かになったように感じたのに、今また神父と対峙しているときのような、哀しげに強張った表情に戻ってしまった。
「着替えます」
 セシルは店員に短く告げて、試着室へと戻ろうとする。
「何故です? その格好のままでいいでしょうに」
「等価交換……なんでしょう?」
 助けられたことが買い物に付き合うことに等価で繋がるのなら、服を貰ってしまったらそれに見合う何かを返さなければいけない。
 返せるものなんて、何も無いのに。
「あなたのためではなく、私のためです。一緒に歩くには、あの格好は適しませんからね」
 しれっとした顔で言い切った朧に、セシルはぎゅっと唇を引き締める。
「あなたは、あなたのために私を気にかけてくれたの?」
「そうですよ。人という生き物は、至極自己中心的に出来ているものです」
 君のためになどという言葉は、結局自分が納得できるように君を変えようとしているだけだ。
「だから、私のためにあなたに服を買って差し上げます」
 建前をそげ落としてしまえば、至極強引で、けれどそれはとても不器用な言葉。
 気を遣ってくれているのだろうけれど、その使い方がとてもへたくそだ。
 微笑を浮かべ、朧は改まったように真正面からセシルを見る。
「良く、似合っています。綺麗ですよ」
 別の方向に怒りを覚えていた頭に、言葉は余りにもストレートすぎてセシルは一瞬動きを止めると、恥ずかしげに顔を伏せた。
「あ…ありがとう」
 綺麗、なんて褒め言葉、前に言われたのはいつだろう。思い出の中の笑顔が脳裏に浮かび、セシルは微かに苦笑する。
 結局それが何故だか嬉しくて、何か言うタイミングをすっかり逸してしまった。
 気がつけば、ありがとうございましたーと背後からのハーモニーを受けて店を出ていた。
 セシルの顔は、どう表現したらいいのか分からないしかめっ面で、ついでに服の端を少し握り締めている状態。
 だがその表情に、何時も出会うときに見せる危うさはない。
「ああ、それとねセシル」
 朧の口調がなぜかとても優しくて、セシルは顔を上げた。
「根を詰めてもいい事はありませんよ」
 いつもいつも何かを堪えるよう唇を噛んだり、言葉を閉ざしたり。
「私では力不足かもしれませんが、せめて今日くらいは全てを忘れて楽しみなさい」
「ありがとう……でも、そんなことないのよ」
 セシルは何かを決意したようにぐっと拳を握ると、朧の服の端を掴んで歩き出した。手を繋ぐとか、こっちだと口で言ってくれれば早いとは思ったが、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。
 不安定な体勢ながらも、朧は素直についていく。
「オボロみたいなことはできないけど、ここでちょっと待っててくれる?」
 そう言って座らされたのは、何のことは無い公園のベンチ。
「初めて名前を呼びましたね」
「あ……そうだったかしら」
「そうですよ」
 指摘されたことに微かに顔を赤くして、セシルは直ぐ戻ると告げると、駆け足でベンチから去っていく。
 何も告げずに消えることが多いセシルだが、今回は戻ると自分から言ったため、朧は少しだけ踊る気持ちで待つ。
 暫くして戻ってきたセシルの手には2本のチュロスが握られていた。
 朧を待たせていた公園のベンチの隣に腰掛け、セシルはチュロスを1本朧に差し出す。
「安いお礼でごめんなさい」
「そんなことはありませんよ」
 チュロスを手にしたセシルの笑顔は、今だけは全てを忘れてくれているような―――そんな気がした。
























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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7515/九条・朧 (くじょう・おぼろ)/男性/765歳/ハイ・デイライトウォーカー】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −tractus−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 書いてるうちに無駄にどんどん長くなってしまって、どう上手く纏めるかにちょっと苦心しました。
 もうセレブと庶民の会話ですから、物に対する価値観の認識がまるで違う。某花と団子のマンガを読んでおけば参考になったのだろうかとちょっと考えました(笑)
 続きにご参加いただけるのでしたら、今回の続きの時間(と、言っても間に描かれない二人の時間を挟むわけですが)と捉えていただいても構いません。
 それではまた、朧様に出会えることを祈って……