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<東京怪談ノベル(シングル)>


全てを潰す者(前編)

1.空き缶を潰す者

17時を過ぎる頃には陽は沈み、冷たい風が街を流れてしまう。
そろそろ、半袖で街を歩いていると変わり者として目立ってしまう季節だ。
今日は、特に強い風が北の方から吹いていた。俗に木枯らしと呼ばれる、秋の終わりと冬の始まりを告げる風である。
カラカラ。
中身が無くなった空き缶が、木枯らしに揺られて無力に地面を転がっていた。
少し前までは、暖かいコーヒーが詰まっている飲み物の缶だったが、中身が無くなった今では、木枯らしに転がされるだけの無力な空き缶だ。
ゴミ箱に捨てられる事も無く、カラカラと音を立てて転がる空き缶は、しかし、行く手を遮られてしまう。
空き缶の行く手を遮ったのは、黒い壁。
それは、風に転がされる空き缶などには全く動じない壁だった。
「あぁ、全く、おもろないわ!」
不機嫌そうな女の声が、空き缶の上から降り注いだ。
松山・華蓮である。
空き缶を受け止めていたのは、彼女の左足を覆っている靴だった。
随分と背が高い娘である。190センチ近い上背があった。
適度に出っ張るところが出っ張った豊満な体型は女のそれであったが、なまじ美人であるだけに、その身長が、何とも言えないインパクトを彼女に与えていた。眼鏡をかけている事も、彼女の迫力を増す事に一役かっていると思われる。
学校の帰り道、華蓮は不機嫌だった。
木枯らしが吹きつける夕方は、寒い。学生服の上に何か羽織ってくれば良かったが、朝は暖かかったので準備をしていなかったのだ。
今日帰ってきたテストの成績も、いまいちだった事も不機嫌な理由の一つである。
何かと、不機嫌になる要素が溜まっている女子高生である。
そんな時、カラカラと耳障りな音を立てて空き缶が転がってきたのだ。
華蓮は空き缶を左足で受け止めたまま、それを見下ろした。
ほんの少し、華蓮は左足を前に出して空き缶を転がした。
カラカラと耳障りな音を立てて、空き缶が転がる。
それから、何も言わずに華蓮は右足を上げた。
…全く、うちの足元を転がってるのが悪いんやで?
華蓮が履いた通学用の革靴の裏は、転がる空き缶を正確に狙っていた。
しっかりと体重をかけて、右足を空き缶の上へと踏み降ろす。
もし、これで失敗して空き缶につまづいて転んだら、よい笑いものである。
だが、華蓮はそんなミスをする程に鈍くは無い。
まるでアスファルトの地面をえぐるかの勢いで、右足で地面を踏みつけた。
身長が190センチ近い華蓮である。
決して太っているわけではないが、そんな彼女に体重をかけて思いっきり踏みつけられては、空き缶は成す術がなかった。
中に微かに残っていたコーヒーを撒き散らしながら、空き缶は華蓮の右足によってぺしゃんこにされた。
…ふふん。ちょっと気分よぅなったわ。
空き缶を上手に平らにして、華蓮は少し気分が良くなった。
平べったくなった空き缶を拾うと、それがあるべき場所…資源ごみのゴミ箱へと投げ捨ててやる。こうやって潰れていた方が、後でリサイクルの回収の人が作業をする時も都合が良いはずだ。
一つ、華蓮は良い事をした。
「いやー、お見事。お見事。
 しかし、よっぽどむしゃくしゃしているようですな?」
無駄に陽気な男の声を華蓮は聞いた。
どうやら、男は華蓮が空き缶を踏み潰す所を見物していたようだ。
「…なんや?」
身長は160センチそこそこだろうか。
華蓮から見れば、頭一つ分以上低い小男だ。
不機嫌そうに男を見下ろしてやった。
ごくありふれたサラリーマン然としたスーツを着た男は、満足気に華蓮を見上げていた。

2.ミニチュアを潰す者

…意味わからんわ。
男の話を聞いた、それが率直な華蓮の感想だった。
男は華蓮に言った。
「気晴らしに、玩具の街を思いっきり壊してみませんか?」
細かい事は、よく覚えていない。
心理学やら何やらの研究で、破壊衝動の研究がどうとかのサンプルを集めていると男は言っていた。
丁度、モデルとして華蓮のように物に当たりがちな女子高生を探していたらしい。
「思いっきり暴れてみてください。きっと、いい夢が見れますよ」
夢? 夢って何や?
首を傾げる華蓮だったが、むしゃくしゃする時には物に当たるのが一番である。
玩具の街を思いっきり壊して良いという男の提案を、華蓮は受け入れ、彼の後をついていった。
あまり見覚えがない、白い建物へと案内される華蓮。
『指先研究所』
…こんな建物あったか?
あまり見覚えのない看板…いや、これは、全く見覚えが無い。
首を傾げるが、華蓮も街の一軒一軒をはっきり覚えいてるわけでもない。
すぐに忘れるうちに、華蓮は建物の一室へと案内された。
そこは縦と横に10メートルほど。フロアが丸まる一つの部屋になっていた。
そこが、どういう部屋なのだか、華蓮はすぐにはわからなかった。
床が少しざらざらしているというか、微かな凹凸がある事はすぐにわかる。
米粒前後の大きさの物が床を埋め尽くしているのだが、小さすぎてよくわからない。
屈みこんで床を見つめてみて、初めて理解できた。
「あのなぁ…
 お前、あほちゃうか?」
なるほど、確かに大した物だ。だが、正気とは思えなかった。
米粒程度の大きさの物は、全てミニチュアの建物だった。
少しざらざらとした凹凸がある床は、ミニチュアの街なのだ。
「1/4000位の街ですが適当です。
 なるべくリアルに作りましたので、
 よく見ると適当に車や電車も走っているはずです。」
男は部屋に広がるミニチュアの街を華蓮に説明した。
どういう技術だか魔術だか知らないが、1/4000サイズのミニチュアの街を部屋の中に作ったらしい。
「1/4000って…40メートルの高さのビルが1センチって事かい…」
開いた口が塞がらない。10階建てのビルがその程度。身長2メートルの長身の人間だって、0.5ミリ程の大きさではないか。髪の毛よりは太い程度である。
玩具にしても小さすぎるというのが、華蓮が最初に思った感想だ。
「ここは、貴方の為の玩具ですので好きに壊してしまって結構です。
 先ほど空き缶を踏み潰してしまった時のように、
 どうぞ巨人になった気分で、思う存分破壊しつくして下さい」
「いや、壊して良いって言うんなら、まあ壊すけど…」
さすがに、これだけ精巧に作られた街を壊してしまうのは勿体無い気もする。
だが…
「まあ、面白そうやな。
 徹底的に壊させてもらうで?」
八つ当たりして暴れてみるには丁度良いかもしれない。
圧倒的な巨人になった気分というのも面白そうである。華蓮はミニチュアの街…玩具の街に興味を持った。
それから、説明を終えた男は部屋を出て行った。
後には、華蓮と、彼女の足元に広がる玩具の街だけが部屋に残された。
しばらく、華蓮は動かずに足元に広がる街を見渡した。
床をびっしりと埋め尽くしている、ミニチュアの街を形成するオブジェクト。
足の踏み場が無い位だ。
…いや、逆か。
どこに足を下ろしても、街を踏み潰す事が出来る。
…面白そうやないか。
華蓮は一人で微笑みながら靴を脱いだ。
ミニチュアの街が小さすぎるのだ。
踏みしめて楽しむにしても、靴を履いたままでは感触が楽しめないと思った。
靴を脱いで黒いストッキング姿になった所で、華蓮は玩具の街へ踏み出すことにした。
何しろ、先ほど踏み潰した空き缶よりも更に小さい、彼女の足指よりも小さいミニチュアしか並んでいない街である。足の踏み場に困ってしまう。
「そいじゃあ、はじめの一歩と行くかいな。
 あはは、うちの足指より高い建物が見つからんわ。
 いやー、こら、足の踏み場に困るなぁ!」
1人で陽気に呟きながら、華蓮は足を踏み出した。
何十かのミニチュアの建物を粉砕しながら、ストッキングを履いた華蓮の足が街へと踏み出される。
微かな振動を足の裏で感じながら、彼女の足は玩具の街の地面へと、ミニチュアの建物を巻き込みながら沈んでいく。
まるで脆い地面でも踏んでしまったかのようで、地面が彼女の体重を支えきれていないようだ。
その衝撃波は、足を踏み降ろした周囲まで放射上に広がって地震を巻き起こしていた。
さらに、恐らく風圧であろう。彼女が足を踏み降ろした周囲に立っていたミニチュアの建物が、空を舞っていた。
「おお、どんな作りになっとるんや、これ?」
一体、どんな材質で出来ているんだろう?
自分の足が思ったよりも派手に街を粉砕した事に華蓮は驚いた。
足を踏み降ろした場所だけではない。
風圧や衝撃波といった余波が、周囲を十分に破壊していたのだ。
「うはぁ、初めの一歩で大破壊やな。」
単にミニチュアが並んでいるだけの街ではないようだ。それ以上の仕掛けが、あるように思える。
「今ので100軒位、壊れたかな?」
恐らく、それ以上であろう。
華蓮が自分が足を降ろした場所の周囲をよく確認してみると、高さ数ミリ前後のマンションのような建物が並んでいるのが見えた。
どうやら住宅地のようだ。
「もしも本物の街だったら、今ので何万人か死んだかも知れんなぁ」
まあ、ミニチュアの玩具の街だから問題は無い。
華蓮は自分が踏み潰し、衝撃波や風圧で吹き飛ばした玩具の建物を見て満足した。
…そう。
『見た』のだ。
高さ数ミリ前後のマンションの、窓が壊れている様子まではっきりと見えたのだ。
何で、こんな小さい物がはっきり見えるんやろ?
違和感を感じる。そういう仕組みになっているのか、それとも、いつの間にか夢を見ているのか? それとも、『夢を見せる』というのがこの部屋の『仕組み』そのものなのかもしれない。
「まあ、何でもええか。
 次、壊そうかいな」
だが、華蓮は深く考えなかった。
ミニチュアの街を見渡してみる。
よく見ると、彼女の足指にも満たない建物の間で何かが動いている。
小虫…?
いや、違う。
さすがに小さすぎてよくわからないが、玩具の道路には車のような物が走り、玩具の線路には電車が走っているのだ。
ほんの微かに地面の色が変わっているように見えるのは、もしかして人間のミニチュアまで設置されているのかも知れない。
「あはは、すごいわ。ほんとに本物みたいに出来とるな」
玩具の街に響く華蓮の笑い声。
次に、住宅地の中心、電車の線路が走っている辺りに華蓮は足を踏み降ろした。
丁度、10両編成の電車が走っている上に、黒いストッキングを履いた足が落ちた。
もっとも、彼女の足のサイズは、一つの玩具の駅から隣の駅まで届いてしまう位のサイズなので、かなりの高確率で電車の上に降ろされるわけだが…
「うちが軽く足を降ろすだけで、
 まるで巨大隕石でも落ちてきたみたいになるんやな」
玩具の街に広がる衝撃の波紋と振動。
駅から駅までの一区間を丸ごと粉砕した光景を見て、自分の力に少し驚いた。
…それにしても、気持ちいい。
黒いストッキング越しに、足に伝わってくる感触。
硬い物というよりは、砂の塊のような物を崩している感触だ。枯葉の上に足を下ろしたときや、新雪の上を歩いた時に少し似ているかもしれない。
ミニチュアの街に、隕石が落ちた後のような巨大クレーターを幾つも作りながら、華蓮は歩き始めた。
何とも不思議な感じがした。
もし、これが本当に巨人が歩いているのだとしたら、一体どれだけの破壊になるのだろう?
ミニチュアの街を歩いているというより、まるで本当に巨人にでもなったかのようか感覚だ。
自分が歩くとミニチュアの街に広がる破壊の波が作り物とは思えず、その事が心地良かった。
その足は、いつしか街の中心部の方へと向かっていく。
「ほー、さすがに都会にもなると、うちの足指より大きな建物もあるなぁ」
自分の足指よりも背が高い、高層ビルが立ち並ぶ玩具の街の中心部を華蓮は見下ろす。
今までのように、ただ歩いて踏み潰すのはやめる事にした。
自分の足指よりも背が高い高層ビルの玩具に敬意を表すように、足指を立てて、親指の指先を慎重にビル街に押し付けてみた。
衝撃波で吹き飛ばしたり、地震で崩してしまうには勿体無いと思った。
数十階建ての玩具のビルの群れが、少しづつ自分の足指の下に伝わってくる。それらが砂のように崩れていく感触が伝わってくる。
そうして高層ビルの玩具を足の指先でしばらく弄んだ後、華蓮は地面に膝をついてゆっくりと腰を落ち着けた。そうやって休む行為をするだけでも、彼女の体の下敷きになった建物の数は数え切れない。
「うち、まるで神様やな」
座っていても、尚、玩具の街並は遥か下に見える。
地面に腰を落ち着け、少し玩具の街を見渡した後、華蓮は玩具の街の中心部を壊し始めた。
手のひらを押し付けたり、指を押しつけたり。
今度は手を使って、その感触を楽しみながら玩具の街を壊していく。
どんどん潰していく。めっちゃ楽しい。華蓮は笑いが止まらない。
手のひらで、指先で、足で。
華蓮は自分に逆らう術を持たない玩具の街を、思うままに壊していった。
気が付けば、周囲は原型を止めていない玩具の残骸の山になっていた。
そろそろ壊す対象も少なくなっている。
そんな廃墟と化した街で、米粒よりも小さな物が寄り集まっているのを華蓮は見つけた。
蟻かダニか何かか? いや、それにしても小さい。
よく見ると、それは戦車か何かのミニチュアのようだ。
しかも、その群れは、どうやら自分の方へと向かってくるのだ。
…向かってくる? うちに向かってくるんかい?
華蓮の足指どころか、米粒にも満たない玩具の戦車の群れ。
おもろいやないか。
華蓮は微笑みながら、立ち上がった。
やがて、玩具の戦車の群れ数十台が、華蓮の足を狙って砲撃を開始した。
玩具の戦車の砲撃が起こした硝煙が、まるで細い煙草の煙のようだ。
「あはは、そんな玩具じゃ、うちのストッキングも破れないで?」
彼女の言葉通り、玩具の戦車の砲撃では、彼女の足を覆う黒いストッキングすら破れない。
「うちに逆らうんやったら、それなりに覚悟は出来ているんやろうな?」
華蓮は容赦なく足を上げた。
その下には、もちろん玩具の戦車の群れ。
それらは、華蓮が上空を足で覆うと、まるで虫のように逃げ出した。
「あのなぁ…」
華蓮は呆れてしまう。
「逃げられると思ってるん?」
散会して逃げ出す戦車の群れを、しかし華蓮は逃がしはしなかった。
容赦なく足を踏み降ろす。
玩具の街に、巨人の女の足が引き起こす破壊の波が広がった。
そして、華蓮に逆らう玩具は居なくなった。
また、華蓮は1人になった。
玩具の街…
自分に壊される為だけに存在する玩具の街を、彼女は壊し続けた。
やがて、部屋のミニチュアが全て瓦礫に変わった頃、彼女は瓦礫の上にそのまま寝転ぶ。
「もし、これが本物の街だったら、100万人殺してるんかな」
こうして静かに寝転ぶと、自分の体が震えているのがわかった。
何十万人、何百万人もの人々が、虫けらのように自分…巨人の女に踏み潰される光景を思い浮かべてしまった。
体が震えた。
しかし、それは、現実を想像した恐怖や罪悪感からではない。
破壊を行う事の快感が、彼女の身体を震えさせたのだ。
体が震えるほどの快感。
玩具の瓦礫の上に寝転び、快感の余韻に浸りながら、華蓮は静かに目を閉じた…

(後編に続く…)