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<東京怪談・PCゲームノベル>


 夢追いアラン

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 各所に生まれ、発生する歪み。
 今更だが、その修繕を行うのが、時守の仕事だ。
 時の歪みは、どれも、大抵は同じ形をしている。
 グルグルと渦を巻いた状態で、フワフワと闇に浮いているのだ。
 けれど中には、一風変わった形をした歪みも在り。
 それは即ち "厄介なもの" であることを意味する。
 一筋縄ではいかない、濃く……ネットリと絡みつくような歪み。
 頻繁に出現するわけではないが、だからこそ、時守たちは危惧する。
 そんな厄介な歪みが、今宵。産声を上げた。
「…………」
 歪みを見つめて、腕を組み、ふぅと息を吐き落としたナナセ。
 この歪みを生んだ人物は……男性ね。見たところ、40代後半ってところかしら。
 顎に蓄えた髭にしても、きっちりと黒いスーツを着こなしている辺りからしても。
 何て言うんだったかしら。こういう男性のこと。
 えぇと……。あ、そうそう。ジェントルマン。
 でも、こんな紳士な男性が、ここまで濃厚な歪みを生むかしら……。
 何か、特別な想いを抱いているみたいね。
 探ってみたいけれど……ここからじゃ、ちょっと遠すぎるみたい。
 かといって、このまま放置しておくわけにもいかないし……。
 仕方ないわね。直接、会って御話してみましょうか。
 えぇと……方角は……こっちね、西北西。
 地球……ウェールズに御住まいの。アランさん。
 よし。それじゃあ、ジャッジに報告を済ませて……行ってみましょうか。

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 ウェールズ国。
 クロノクロイツから時を回廊を経由し踏み入った世界。
 質素でありつつも、どこか柔らかく優しく……温もりに満ちた町並み。
 小さなその町は、活気に満ちていた。
 擦れ違う人々の表情を見れば、すぐに理解る。ここが、とても素晴らしい町であること。
 荒んだ表情を浮かべている者は一人もいない。みんな、生き生きと満ち足りた顔をしている。
 そういえば、何となく見覚えがある。この町並み。何度か、雑誌で見かけたことがある。
 綺麗な町だなぁと、一度行ってみたいなぁと。そんな想いを抱いた記憶がある。
 首都、カーディフの中心を走る大通りを歩く灯の足取りは、とても軽やかだ。
「嬉しそうね。灯ちゃん」
「あ。……うん。……何となく、楽しいの」
「ふふ。お仕事で来たのよ? 忘れてない?」
「……だいじょぶ。忘れてないよ」
 ナナセと言葉を交わしながら歩く大通り。
 道行く人が積極的に何かを語りかけてくるけれど、言葉が理解らない。
 雰囲気からして、食べ物や飲み物を勧めているような感じなのだろうけれど。
 ちょっと押され気味な。そんな遣り取りも楽しく思えてくるから不思議。異国効果?
 けれど、ちゃんと理解している。ナナセが言ったように、遊びにきたわけじゃない。
 ここに来た目的は、とても濃厚な歪みを生んだ人物と接触すること。
 ナナセの隣で歪みを見やっていた灯も、さすがに目を丸くした。
 あそこまでドロドロと、蛇のようにうねる歪みは見たことがなかった。
 気にせず、修繕を施して在るべき場所へ、その歪みを戻すことは容易い。
 けれど、ナナセは言った。おそらく、修繕してもまたすぐに発生してしまう、と。
 時の歪みは、人の想いで構成されて発生するものだ。
 大半を後悔の念が占める。
 その悲痛な想いを解きほぐしてあげることが『時の修繕』だ。
 けれど中には、後悔の念ではなく、強い『願い』が占めている場合もある。
 今まさに、あるいはこれから。叶えんとすべき願いや想い。
 その想いが強ければ強いほど、濃厚な歪みを生む。
 過去ではなく、未来が対象の歪みの場合、いつもの修繕方法では歪みを還すことはできない。
 時守とて、先のことはわからない。何が起こるかなんて、わからない。
 ゆえに、未来を想う心から生まれた歪みは、修繕することができないのだ。
 だからといって、そのまま放置しておくわけにはいかない。歪みは歪み。時の歪曲。
 では、どうするのか。方法は一つだけ。
 歪みを生んだ本人と直接接触し、その人物が思い描いている未来を聞かせてもらう。
 聞かせてもらった未来・願いが実現可能なものだった場合、それが叶うまで見守る。
 逆に実現不可能なものだった場合は、無理であることを悟らせねばならない。
 実現、あるいは退き。そのどちらかを満たすと、歪みは消える。
 歪みを生んだ人物の思い描く未来によって、拘束時間は大きく変動していく。
 例えば、実現可能だけれど、実現させるのに長い年月を費やす必要がある場合、付き合わねばならない。
 途中で放棄することは出来ない為、場合によっては、かなり拘束されてしまう。
 だが、案ずることはない。
 クロノクロイツ、時の回廊を経由して別世界へ赴いた際、
 時守たち自身を巡っている時間は、そこでいったん止まる。
 要するに、時間が止まっている状態。その為、どれほど長く拘束されようとも、時守が老いることはないのだ。

 歪みを生んだ人物が住んでいるらしい家。
 立派な屋敷だ。玄関先では、色とりどりの花が咲き誇っている。
 扉を何度もノックしたけれど、反応がなくて困り果てるナナセ。
 どこかへ出かけてしまったのかしら。それなら、探さなきゃ。えぇと……。
 持ってきた資料を見やり、歪みを生んだ人物、アランの行き先を考察する。
 得た情報を元に考えて、彼が赴くであろう場所は……。
 ナナセが、その答えに辿り着くと同時のことだった。
「ねぇ……ナナセ。あの子、さっきから、こっち見てる……」
「えっ?」
 灯に指摘され、パッと顔を上げてみる。
 すると、木の陰に隠れるようにして、こちらを見やっている少年の姿が目に飛び込んだ。
 資料には掲載されていない人物。ということは、アランと密接な関係にあるわけではない……はず。
 けれど、こちらを見やる少年の目は、探るような疑うような。アランを想うがゆえの眼差しだ。
 ナナセは資料を鞄にしまい、少年に声を掛ける。
「えぇと。こんにちは。……言葉、通じるかしら」
「こんにちは」
「あっ。良かった。御話できるわね」
「アラン先生に教えてもらった言葉なんだ。ねぇ、おねぇちゃんたち、誰?」
「えっ? えぇと、そうね。何て言えば良いかしら……」
 自分が時守であることを明かしてはならないゆえに、何と返すべきか迷うナナセ。
 困っているナナセを救うかのように、灯は少年に言った。
「……魔法使いなの。……アランって人を探してるの」
「と、灯ちゃん。それはちょっと……」
 逆に怪しまれるだろうと苦笑したナナセ。
 だが、相手は純真無垢な子供だ。少年は疑うことなく、寧ろ感心して微笑む。
 そうなんだぁと笑う少年を見て、ナナセはまた苦笑した。
 そういう感じで良かったのね……。どうしたものかと、真剣に考え込んでしまったわ。
「アラン先生はね、ガースにいるよ」
「ガース? えぇと。それは、どこかしら」
「村の北にある丘さ。案内しようか?」
「そう。ありがとう。でも大丈夫よ」
「案内しなくていいの?」
「えぇ」
「……あのさ。おねぇちゃんたち、アラン先生をいじめにきたんじゃないよね?」
「えっ?」
「あ、ううん。何でもない。気をつけてね。じゃあね」
 何か言いたげな表情を浮かべていたものの、少年は想いを心に留めて去っていった……ように見えた。
 少年の物憂げな表情に、どこか引っかかりを覚えるものの……アランの居場所は知れた。
「とりあえず、行ってみましょうか」
「……うん」

 木が一切生えておらず、一面を緑の絨毯が覆いつくす。
 草をはむ羊の姿。のどかな光景。ガースの丘。
 その丘に、アランは確かにいた。右手に持っているのは……虫眼鏡だろうか。
 這い蹲るようにして、アランは草を掻き分け、ほふく前進している。
 はたから見れば、何とも怪しい奇怪な行動だ。何かを探しているのだろうか。
 若干、躊躇ってしまうものの、見ているだけではどうにもならないと、ナナセは声をかけた。
「アランさん」
「んっ!? ……おや。これはこれは、可愛らしいお嬢さんがた」
 立ち上がり、衣服についた草を払ってペコリとお辞儀したアラン。
 アランと会話が成立すること、この言語をアランが理解できることは事前に調査済みだ。
 礼を返し、怪しまれぬようにと、アランと他愛もない言葉を交わしていくナナセ。
 二人が話している間、灯は、アランが先程まで這い蹲っていた場所に屈んでみた。
 特に何もない。背の低い草が隙間なく生えているだけ。虫も……見当たらない。
 ナナセと会話するアランを見上げて、灯は尋ねた。
「……おじさん、何を探してるの?」
 その質問こそ、核心をつくもの。アランは少し沈黙した後、クスクスと笑って言った。
「万能薬の材料を探しているんだよ」
 万能薬。どんな病をも治してしまう奇跡の薬。
 アランが思い描いている未来は、万能薬が完成し、歓喜に震える日々と己の姿。
 漫画や小説、ゲームで、その名を目耳にしたことはある。万能薬。その名のとおり、万能な薬。
 けれど、それが実在するという話は聞いたことがない。
 いや、だからこそアランは、存在する未来を思い描いているのか。
 実際、確かなことは言えない。そんなものはないと言い切ることは出来ない。
 もしかしたら本当に、どんな病も治してしまう薬が存在するかもしれない。
 アランは、材料を探していると言った。それは即ち、作ろうとしている、その意思の表れ。
 それに対しても断言はできない。そんなもの作れやしないんだと、言い切ることはできない。
 もしかしたら本当に、どんな病も治してしまう薬が出来上がるかもしれない。
 現実的に考えた上で『無理だ』と、そう発言するのが普通だ。
 だが、ナナセは言葉を発することが出来ない。諭すことを躊躇っている。
 どうしてか。答えは簡単だ。目の前で思い描く未来を語る男の瞳が、何とも切なく揺れているから。
 アランは動植物の研究家であると同時に、医師としての顔も持っている。
 先程、アランの家の前で声を掛けてきた少年は、彼が治療した患者の一人だ。
 声を失った少年を、少年の枯れた喉を、アランは見事に治療した。
 アランの医師としての腕は、常軌を逸している。それゆえに、町人からの信頼も厚い。
 だが、誰かに信頼され必要とされれば、どこかで誰かに嫌悪されてしまう。悲しきかな、人の想螺旋。
 彼を嫌悪する連中は、決して、アランの医師としての腕を認めていないわけではない。
 寧ろ認めているからこそ、彼の言動を、彼が思い描く夢を嘲笑う。
 叶わぬ夢に身を投じるよりも、他にやるべきことがあるのではないか? 救うべき人がいるのではないか?
 浴びせるものは、罵声でもあり、また期待の表れでもあり。
 毎日のように浴びる、それらの言葉を、うっとおしいと思ったことはない。
 正しいことを言っていると思う。夢を追い、夢に魅せられている。誰の目にも、自分はそう映るだろう。
 そうは思うものの、夢見ることをやめることが出来ない。
 いつからだろう。いつから、自分はこんなに夢中になっていたんだろう。
 気付いたときには、もう遅かった。夢を夢で終わらせない。その強い思いが芽生えていた。
「もう、引き返せないんだよ」
 淡く微笑み、再び材料探しを始めたアラン。
 地に這い蹲るその姿は、夢に縋る男の姿そのものだった。
 何と声をかけるべきか。適当な言葉が見当たらない。口篭るばかりのナナセ。
 そんなナナセに、灯は『資料』を見せてくれと頼む。
 綺麗な文字でうまく纏められた資料。それに目を通し、灯は可能性を探る。
 男は夢に生きる生き物。……昔、おばあちゃんが言ってた。でも、それだけじゃない気がする……。
 医師として、人を救いたい……? ただ単に、ムキになっているだけ……? ……違う。そうじゃない。
 彼が万能薬を。どんな病をも治す薬を欲するのには、もっと別の、大きな理由があるはずだ。
 資料の片隅に書かれた情報に目を留め、灯は小さく溜息を落とした。
 5年前。この男は、最愛の妻を亡くしている。死因は、奇病。
 全身に不気味な痣が出現し、その痣を確認した半日後、突然息を引き取る。
 何という病なのか、どうすれば治るのか、原因は何なのか、それらは5年たった今も解明されていない。
 愛しい人を救えなかった過去。医師でありながらも、救えなかった過去。
 アランは、夢を追うことで、過去の自分を掻き消そうとしている。
 そして願わくば。未来の自分が、朗らかに笑っているようにと。切実に願う。
 地を這い蹲り、必死に作業を続けるアランの背中を見やり、灯は俯いてマフラーに顔を埋めた。
 気付いていないはずがない。自分が、夢に縋っている事実を。
 万能薬なんてものを求めることが、医師として、あってはならないことだということも。
 おじさん……。ごめんね。やっぱり、灯には、わからないんだよ。
 万能はね、不可能なことさえも可能にしてしまうものなんだよ。
 本当は叶わないことさえも、無理矢理、実現させてしまうものなんだよ。
 無理矢理繋がれたものはね……長持ちしないの。
 繋ぎたくないのに、手を繋いでいるのと一緒だよ。いつかは、離れてしまう。
 でも。おじさんは悪くないと思うんだ……。夢を追うのは、悪いことじゃないから。
 悪いのはね、きっと……万能っていう言葉を作った人なんだよ。
 どうしてかな。どうしてなんだろうね。理解っているはずなのに。
 そんなものは存在しないって、存在してはいけないものだって、理解ってるはずなのに。
 それでも、人は縋ってしまうの。どうにもならなくなったとき、人は奇跡に縋ってしまうんだよ。
 どうしてかな。どうして。どうしてなんだろうね。どうして人は……こんなに弱いのかな。
「……帰ろ。ナナセ……」
 クルリと反転し、小さな声で呟いた灯。
 何も解決できていないじゃないかと、ナナセが反論することはなかった。
 どうすることもできない。自分達には、彼を止めることも諭すこともできない。
 時守は、時の番人。過去をなきものにするチカラなんて持っていないし、未来を定めるチカラも持っていない。
 夢を追う。そうすることでしか生きる活路を見出せなくなった人。哀れだと同情しているわけじゃない。
 諭してしまったら、彼はどうなる? もしかしたら、命を絶ってしまうかもしれない。
 無力な自分が許せなくて、自らの命を絶ってしまうかもしれない。
 彼を必要としている人がいるのに。それすらも投げ捨てて、逃げてしまうかもしれない。
「アラン先生〜!」
「うん? おぉ、ジャールか。どうした?」
「お手伝いにきた! 今日も暗くなるまで探すんでしょ?」
「あぁ。でも、ジャール。パパとママが心配して……」
「大丈夫だよ! パパとママも、後から来るって言ってたもん!」
「はは。……そうか。ありがとう」

 在るべき空間へと戻る最中。
 背中越しに聞いた会話を思い返し、目を伏せた灯。
 灯は、キュッとナナセの手を掴み、小さな声で、とても小さな声で呟いた。
「……悔しいね」
 時守として失格ではなかろうか。いや、違う。そもそも、自分が無力すぎるのだ。
 時を彷徨う男の人を。たった一人の男の人すらも救えない自分が嫌だ。
 生まれた歪みは、これからもずっと、あの場所を漂い続けていくのだろう。
 彼の命の火が消えてしまっても、ずっと、ずっと、永遠に彷徨い続けるのだろう。
 消すことも還すことも出来ない、その歪みを目にする度に、自分の無力さを痛感するのだろう。
 時守として生きること幾年月。
 この日、灯は学んだ。
 救えない『時』が存在することを。

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 7764 / 月白・灯 / ♀ / 14歳 / 元暗殺者
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『夢追いアラン』への御参加、ありがとうございます。
 作中に出ているカーディフ、ガースの丘は、実際にウェールズ国に実在する場所です。
 中でも、実際に語り継がれているガース丘の逸話は、このシナリオのモチーフとなっております。
 悔しい思いをして、またひとつ成長を遂げて。悲観なんてしないで。
 夢を追わせてあげることが『救い』となっているかもしれないのだから。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.07 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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