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<東京怪談・PCゲームノベル>


 スパイダーウェブ - 罪人の刻印 -

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 深い深い……眠りに落ちていた。
 こんなにグッスリと眠ったのは、いつ以来だろうか。
 もしかしたら、初めてのことかもしれない。
 こんなにも。こんなにも、グッスリと眠れたのは。
 ソファの上、頭をワシワシと掻いて、放心。
 夢を見ていたような。そんな気がした。
 とても大切な。不思議な夢を、見ていた気がした。
 けれど、思い出せない。
 思い出そうとすれば、ピリッと喉に痛みが走る。
 辛うじて、思い出せるのは、一つだけ。
 大きな。そう、とても大きな蜘蛛の上で……眠っていたこと。
 どうして、そんなところで眠っているのか。
 その疑問を投げかけたような気がする。
 自分へ。どうして、そこで眠っているのか。
 そんなことを考えつつボーッとしていると、来客。
 空間にストンと降り立ってきたのは……ヒヨリだった。
 どうしたの。仕事でも入った? そう訊ねようとした矢先。
「……お前」
「ん?」
 珍しく、とても神妙な面持ちを浮かべ、ヒヨリが駆け寄ってきた。
 どうしたの。また、そう訊ねようとした矢先。
 ヒヨリが、肩をガッと掴んだ。
「っ……」
 その瞬間。全身に、電気が走るような痛み。
 不可解なその痛みに、顔を歪めてヒヨリを見上げる。
 ヒヨリは眉を寄せて、下唇をキュッと噛んでいた。
「ヒヨリ? どうし……」
「来い」
「……ん? 何……」
「黙れ。いいから、来い」
 有無を言わさぬ、迫力。
 腕を掴まれ、どこかへと連れて行かれる。
 腕を引き、先を行くヒヨリの背中が、とても大きく、遠く、冷たく見えた。
 どうしたのと訊ねても、返事は返ってこない。ヒヨリは、振り返ることもしない。
 何が起きているのか。どこへ連れていかれるのか。

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 腕を引き、先を行くヒヨリ。
 その手にこもる力は、次第に増していく。
 痛いと感じることはないけれど、とてもキツく締め付けられるような感覚。
 ヒヨリに腕を引かれ、少しフラつきながら歩く灯は、マフラーに顔を埋めた。
 いつも笑っていて、いつも優しくて、何だか温かい人。
 そんなヒヨリが、今まで見たこともない険しい表情を浮かべている。
 突き刺さるような眼差しに恐怖を覚えることはないけれど、理解できない。
 まるで別人のようなヒヨリの言動に、首を傾げるばかり。
「……変だよね」
 ポツリと呟いた灯。
 誰かに話しかけるかのような口調。
 その言葉に反応するかのように、灯の首を覆っているマフラーが蛇のように動く。
 マフラーが、そうして動くことで、露わになるものがあった。
 灯の首元に、不気味な黒い痣が浮かんでいるではないか。
 蜘蛛のようにも見える、その謎の痣。
 鏡の性質を模写したマフラーに映りこんだ痣を見て、灯は沈黙した。
 何だろう、これは。そう思ったのは勿論だが、それよりも、いつからあったのか。
 ついさっき、出現したものなのか? それとも、以前からあったものなのか?
 いや。以前からあった可能性は低い。
(すぐに教えてくれるはずだもの。……ね?)
 クルリと巻き直しながら心の中で灯が尋ねると、マフラーは頷くような動きを見せた。
 ヒヨリの険しい表情には、この痣が関与しているのではないだろうか。
 覚えの無い痣に、灯は更に首を傾げる。
 傷移しで身体に刻まれた傷か…? とも思ったが、それにも覚えがない。
 そもそも、真新しい傷が、こんなにも早く痣と化すはずがないのだ。
 移した傷は、しばらく生々しい姿を留めて身体を彩る。
 それら『生傷』が、『傷跡』として残るには、それなりの時間を要する。
 傷移し以外に、可能性はないだろうか……。思い返してみるも、心当たりはない。
 いったい、どういうことだろう。この痣は、何なんだろう。
 首を傾げ続ける最中、ピタリとヒヨリが立ち止まった。
 顔を上げれば、目の前にはジャッジルーム。
 時を侮辱した存在を裁く場所。
 中央部にある円卓に、頬杖をついているジャッジ・クロウ。
 ヒヨリはフゥと一つ大きな息を落とし、再び灯の腕を引いて歩き出す。
 ピリピリと張り詰めた空気と静寂の中、連行されて。
 トンと背中を押され、ジャッジの前へ。
 何が起きているのか、さっぱり理解できない。
 沈黙する灯を見つめ、ジャッジは溜息を落として告げた。
「お主の首に灯る、その痣は……」
 スパイダーウェブ。絡みつかれてしまえば、容易には逃れられない蜘蛛の糸。
 遠い遠い昔、気が遠くなるほど昔の話。
 クロノクロイツに突如現れた、巨大な漆黒の蜘蛛。
 空間全域を空から包み込むようにして現れたその蜘蛛は、腹部から自身の分身となる存在を放った。
 その存在こそが、現状、クロノクロイツ各所で悪戯を働いているトリッカー達だ。
 漆黒の蜘蛛は、今もなお、クロノクロイツに潜んでいる。
 闇に紛れている為に、その姿を視認することは出来ないが、
 時守たち、この空間に出入りする全ての者を、漆黒の蜘蛛は、いつでも監視している。
 ただ在るだけで、特に何をしてくるわけでもない。
 漆黒の蜘蛛は、ただ、この空間を見つめているだけ。
 何を思っているのか、どうして姿を見せたのか、いつから存在していたのか。
 何も理解らぬ状況は、今も続いている。ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
 トリッカー。漆黒の蜘蛛が放ったそれらが、とても厄介で迷惑な存在だということ。
 幾年月果てようとも、その事実と現状だけは変わらない。
 遠い遠い昔、気が遠くなるほど昔の話。
 時守と漆黒の蜘蛛が接触した、その日。トリッカーは誕生した。
 あれから、どれほどの時が巡ったことだろうか。今もなお続く、スパイラル。
 時守は追い、トリッカーは追われ。双方の関係は、不変継続。
 どこからともなく聞こえてくる笑い声は、漆黒の蜘蛛が放つものだろうか。
 時守とトリッカーの鬼ごっこに終わりはなく。今も続く。
 追われる存在。トリッカー。時を弄ぶ存在。トリッカー。
 様々な動物の姿形をした彼等には、共通点が二つがある。
 一つは、全員が黒い懐中時計を所有していること。
 そして、もう一つは、全員が身体のどこかに『蜘蛛の痣』を刻んでいること。
 その二つの共通点を満たす者をトリッカーと呼び、時守は追いかけ、叱り、或いは裁く。
 灯の首に灯っている、蜘蛛の痣は……その『証』と同一なるもの。
 即ち。灯は、半身時守、半身トリッカーと化してしまった……ということ。
 どうしてこんなことになってしまったのか。それは理解らないけれど。
 ようやく理解できた。ヒヨリやジャッジが、険しい表情を浮かべている、その理由を。
 俯く灯へ、ヒヨリは尋ねた。依然、冷たい口調で。
「最近、何か変わったことねぇか。肉体的にでも精神的にでも」
 変わったこと……。おかしいな、と思うこと…。
 尋ねられて早々、返答となる事柄が、ポンポンと思い浮かぶ。
 よくわからない、妙な夢。大きな蜘蛛の上で自分が眠っている夢を、最近よく見る。
 夢に終わりはなくて、ただ延々と、眠り続けている自分がいるだけ。
 その夢に加えて、眠りが異常なまでに深い。過眠では片付けられないほどに。
 普段は眠っている人格『青月』と交代した後、必ず深い眠りに落ちる。これは以前から不変の現象。
 けれど、一週間ほどで眠りから醒めるはずなのに、近頃は延々と眠ってしまう。
 誰かに、激しく身体を揺らされて起こされないと、目覚めることがない。
 放ったらかしにされたら、永遠に眠っているのではないだろうか。
 その現象に加えて、武器召びの能力にも異変が起きている。
 普段は自分の意思で現れるはずの武器が、好き勝手に出現してしまうのだ。
 現に今も、その異変は暴発しかけていて、灯の手には細い網糸が握られている。
 表情こそ普段と変わらぬ無表情だが、灯は足掻き続けている。
 右手首を、網糸で千切れんばかりにキツく締めることで、その暴発を抑えているのだ。
 尋ねられたことへの返答を、事実を、呟くように返した灯は下唇を軽く噛んだ。
 変だなとは思っていた。何か、自分の体に異変が起きていることは理解っていた。
 けれど原因が理解らなくて、どうすることも出来ない。
 いつか、傷付けてしまうのではないか。大切な仲間を、傷付けてしまうのではないか。
 そう思うと、怖くて堪らなくなった。けれど、どうすれば良いのか理解らなくて。
 相談することも出来なかった。その人を傷つけてしまうのではと、怖くて。
「……もう、大切な人を、失いたくないから」
 自身に起きている異変を伝えた灯は、
 そう呟き、右手首を締め付ける糸を、更に強くギュッと握り締めた。
 身に起きている異変に加えて、裁かれる要因を身に宿してしまった事実。
 この先、どうなるんだろう。もしや、追い出されたりするのだろうか。
 まだ何も、何も成し遂げられていないのに。
 己の身の振り、これからどうすべきか、どうなるのか。
 それを思う灯は、俯き沈黙を続けた。
 ヒヨリやジャッジから放たれる言葉、結論を待つかのように。
 静寂が続く中、ヒヨリが小さく舌打った。
 ふと顔を上げて見やると、ヒヨリの表情は元に戻っていて。
 ヒヨリは、灯の頭を抱き寄せ、自身の胸に、ぽすっと埋める。

 おやおや。舌打ちだなんて、随分と子供っぽい真似をするじゃないか。
 それは何かい? 悔しさの表れかい? それとも、怒りの表れかい?
 もしも後者、怒りの表れだとしたら。その矛先は、どこだい?
 自分自身か? それともまさか、俺かい?
 そんなに怖い顔するなよ。ちょっと悪戯しただけじゃないか。
 うん? 度が過ぎるって? ははは、その言葉、そっくりそのまま、そちらへ返すよ。
 俺は優しいのさ。だから、教えてやろうと思っただけ。
 いや、違うな。教えてやるんじゃなくて、思い出させようとしてあげたんだ。
 だって、おかしいだろう? 忘れるなんて、許されないことなんだから。
 けどまぁ、これでハッキリしたよ。
 灯はともかく、お前たちは、忘れていない。
 しっかりと、覚えているんだ。俺との約束をね。
 その上で、俺に牙を剥いて唾を吐きかける。
 おかしいだろう? 約束を守れないだなんて。
 時の番人が、約束を守らないだなんて、あってはならないことだろう?
 あぁ、だから、そんな目で俺を見るなよ。とても不快だ。不快極まりないよ。
 わかった。お前達の意思や考えは、じゅうぶん伝わったよ。
 それなら俺も、それなりの対応をしていかざるを得ない。
 叶わぬことだということを。望んではいけないことだということを。
 理解できないのなら、わからせてやるまでさ。
 お前たちに、灯は渡さない。渡してなるものか。
 そもそも、それは俺のものだ。
 俺以外の奴が、触れて良い存在じゃないのさ。
 還してもらうよ。何が何でも。教えてやるよ。
 人のものを奪うのは、いけないことなんだってことをね。
 その痣は、証であり、印でもあるのさ。
 俺のものだという、その証拠。
 事実だからね。消すことなんて出来やしないんだよ。
 お前達がどんなに足掻こうとも、その事実は消えない。
 思いのほか、素敵な贈り物になったね?
 その痣を見る度に、お前達は苦しむんだ。事実に苦しむのさ。
 そしていつか、灯は全てを思い出すことだろう。
 導かれるまま、その蜘蛛に導かれるまま、俺へと還るのさ。
 せいぜい足掻いてみればいいさ。どうすることも出来ないんだから。
 お前たちに、灯を愛することなんて、心から愛することなんて、出来ないんだから。

「……るせぇ。黙れ、変態」
 低い声で、ヒヨリが呟くように言った。
 顔を上げて、灯は首を傾げる。
 誰と話してるの? さっきから、誰と話してるの?
 そう尋ねようとした灯の頭を撫でて、ヒヨリは言った。
「灯。しばらく一人で出歩くなよ」
「……。……うん?」
 理解できないまま、小さく頷いた灯。
 ヒヨリはジャッジを見やり、確認するかのように、数回、瞬きを飛ばした。
 応じるかのようにジャッジは頷き、再び円卓に頬杖をついて溜息を落とす。
 ジャッジが息を吐き切る前に、ヒヨリは胸から灯を解放し、頭をポンポンと叩くと、
「行ってくる」
 そう言って、どこかへと足早に去っていってしまった。
 どこに行くのと尋ねた灯へ、ヒヨリは振り返らずに「絶対、ついてくるな」と言い放つ。
 その言葉と声から感じた、何ともいえぬ迫力に立ち尽くす灯。
 ジャッジは円卓に頬杖をついたまま、何を言うわけでもなく。
 立ち尽くす灯は、マフラーに顔を埋めて目を伏せた。
 何が起こっているのか。灯は……どうすればいいのかな。
 このまま動かないで、ジッとしているだけでいいのかな……。
 そうすることしかできないなんて……何だか悔しいよ。
 この痣が消えたら、この痣さえつかなければ、こんな想いをせずに済んだの……?
 自身の首に灯った蜘蛛の痣を、ゴシゴシと無意識に擦る灯。
 どんなに擦っても、痣が消えることはなかった。
 ただ、白い肌が赤らんでいくだけで。

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 7764 / 月白・灯 / ♀ / 14歳 / 元暗殺者
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ジャッジ・クロウ / ♂ / 63歳 / 時の執裁人

 シナリオ『スパイダーウェブ - 罪人の刻印 -』への御参加、ありがとうございます。
 刻まれた刻印は、真実を象徴するもの。
 私物であることの証なのだと。時狩のJは、そう告げました。
 徐々に明らかになっていく真実へ、疑と愛を。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.10 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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