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<東京怪談・PCゲームノベル>


 追想と理解

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 ふっと目を開けて、闇を見上げ、溜息を落とす。
 またか。いつの間に眠ってしまったんだろう。
 どのくらい眠っていたんだろう。
 近頃、知らぬ間に眠りへ落ちることが多くなった。
 疲れているわけでもないのに、やたらと身体が重くてダルい。
 自覚していないだけで、実は体調不良なのかもしれない。
 寝すぎだとか、もはや、そんなレベルじゃない気がする。
 何となく気が引けるけれど……相談してみたほうが良いかもしれない。
 相談するなら、やはりヒヨリだろうか。
 ソファから起き上がり、俯いて額を押さえながら、そんなことを考えていると。
(……?)
 妙な音が聞こえた。風の音のような音。
 クロノクロイツは静寂の空間。物音が響くなんてこと、滅多にない。
 どこから聞こえてくるのか。辺りを見回してみる。
 やがて、その音が上空から聞こえてきていることに気付く。
(……? ……!)
 見上げて、思わず硬直してしまった。
 どうしてだ。どうして、こんなところに?
 蛇のように蠢く渦。時の歪み。
 闇の中、自分の頭上に浮かぶ歪み。
 その歪みの中、映る場景が、余計に自分を戸惑わせた。

 唐突すぎる、追想と理解。

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 手を繋いで歩く、暗い暗い森の中。
 ねぇ、どこまで行くの? ねぇ、どこに行くの?
 何度声を掛けても、返事は返ってこなかった。
 灯の手を引いて先を歩く人。灯はね 『お兄ちゃん』って呼んでたの。
 本当の、お兄ちゃんではなかった。血の繋がりなんて、なかったの。
 でもね、灯は、お兄ちゃんのことが大好きで。いつも一緒にいたくて。
 お兄ちゃんは、色んなことを灯に教えてくれたの。
 身体の使い方だとか、そういうものは、全部お兄ちゃんが教えてくれたんだ。
 いつから、お兄ちゃんって呼んでいたかな。思い出せないくらい、ずっと前から。
 灯はね、誰にも見つからないように忍び寄って、標的を仕留めることをお仕事にしていたの。
 そういうお仕事のことを『暗殺』っていうんだって知ったのは、ずっと後のことだけれど。
 疑問に思うだとか、自分は何をやっているんだろうとか、そんなことは考えなかった。
 同じ歳の女の子が、お菓子や漫画の話を楽しそうにしていたのを見ても、何とも思わなかった。
 灯には、そういうものは必要ないんだって。お兄ちゃんが教えてくれたから。
 お兄ちゃんの言葉が、灯にとって全てだったんだ。
 お兄ちゃんが駄目って言ったら、それは絶対に駄目なの。
 色んなことを教えてくれる、お兄ちゃんが、灯は大好きだった。
 あの日、お兄ちゃんは何も言わず、灯の手を引いて歩いた。
 暗い森の中を、どんどん、どんどん歩いていった。
 二人でお仕事の練習をするときはね、いつも人目につかないところに行くの。
 誰にも見られないように、二人で練習していたの。
 だからね、あの日も、きっと練習に行くんだって、そう思っていたの。
 ずっと喋らないお兄ちゃんを、変だなって、少しは思っていたけれど。
 森の奥、開けた場所で、お兄ちゃんは手を離したよ。そして、クルリと振り返って灯を見た。
 その日、初めて、お兄ちゃんと目が合った瞬間だった。
「お兄ちゃん。今日は、どんな練習をするの?」
 武器を出しながら、灯は尋ねたよ。
 いつもね、どんな時も油断するなって、そう教えられていたから。
 お話するときも、こうして、いつでも対応できるように武器を手元に置いておくの。
 灯の質問に、お兄ちゃんは、優しく笑って言ったんだ。
「今日は、練習じゃないんだ」
「そうなの? じゃあ、何するの?」
 練習じゃないなら、何をするんだろうって。灯には、わからなかった。
 お兄ちゃんと一緒にいるときイコール練習だったから。
 もしかしたら、今日は、ただお話してくれるだけなのかなって思った。
 あの日、森に連れられる三日前にね、灯は少しだけワガママを言ったんだ。
 お兄ちゃんと、ゆっくりお話がしたいなって。そうお願いしたんだ。
 その時、お兄ちゃんは笑って「それも良いかもな」って、そう言ったの。
 だからね、今日ここに連れてきてくれたのは、お話をするためなのかなって、そう思ったんだ。
 どうしようかな。何を話そうかな。いざ、お話するとなると、困るものだね。
 お話したいこと、たくさんあって……困っちゃうよ。
 何から話そうかって、灯は笑いながら考えたよ。
 女の子たちが、いつも話しているようなこと。
 お菓子の話、お洋服の話、好きな人の話……。
 興味がなかったわけじゃないんだ。いつだって、灯は聞き耳を立ててた。
 そういう話が出来たら面白いのかなって、そう思っていたの。
 でもね、灯は、女の子たちと話すんじゃなくて、お兄ちゃんと話したかった。
 灯にとって、お兄ちゃんが全てだったから。
 何を話そうかって一生懸命考えた結果、灯は一つを選んだよ。
 それはね、好きな人の話。
 女の子たちはね、あの人のどこが好きだとか、かっこいいと思うとか、そういう話をしてた。
 灯はね、理解らなかったんだ。好き、っていうものが、どういうものなのか理解らなかったんだ。
 でもね、かっこいいと思うとか、ここが良いと思うとか、そういうの……灯も思ってたんだ。
 灯はね、お兄ちゃんの綺麗な黒髪と、茶色の目を、素敵だなって思ってた。ずっと、思ってた。
 それからね、お兄ちゃんの声も、素敵だなって思ってた。
 優しくて、柔らかくて。お兄ちゃんの声は、子守唄のように心地よくて。
 ねぇ、お兄ちゃん。灯は、お兄ちゃんのこと、こんな風に素敵だなって思っているの。
 これが、好きってこと? これを、好きって言うの?
 そうだとしたら、灯は、お兄ちゃんのことを好きってことだよね?
 どうすればいいの? 好きになったら、そのあとは、どうすればいいの?
 わかんないんだ。灯、わかんないから。教えてほしいな。
 灯が、そうして自分の気持ちを伝えたらね。お兄ちゃんは目を閉じて。
 淡く淡く微笑んで、灯をギュッと抱きしめたんだ。
 その瞬間、心臓が締め付けられるような気がしてね。
 息苦しくなって、灯は困ったの。
 どうしてかな。どうしてこんなに苦しくなるの?
 辛くはないんだよ。何だろう、ワクワクするような……この気持ち。
 お兄ちゃんの背中に腕を回して、灯はギュッてし返したよ。
 どうすればいいのか理解らなかったけれど、そうすることが正解のような気がしたから。
 緑の匂い、風の音。世界に、二人だけになったような、不思議な気持ち。
 自然と目を閉じた灯の頬に、お兄ちゃんは口付けた。
 ドキドキ、ドキドキ。そのスピードは、どんどん上がっていって。
 爆発しちゃうんじゃないかって、怖くもなったよ。
 灯はね、何だか恥ずかしくて。俯いたんだ。
 そんな灯の耳元で、お兄ちゃんは小さな声で呟いた。
「灯。黙って、聞いて」
 お前が、俺のことを大切に思っていることは知ってる。
 俺も、お前のことを大切に思ってる。愛しいと、そう思ってるよ。
 誰にも渡したくない。ずっと、ずっと、お前と一緒にいたい。そう思ってる。
 お前が願うとおり、色んな話を聞いてやりたいとも思う。逆に、俺だって話したい。
 考えていること、何一つ隠さず、お前に伝えたいって思う。
 でもな、灯。 それは、許されないことなんだ。
 人と心を通わせること。それは、許されないことなんだ。
 だから俺は、お前に教えなかった。人を想うことを教えなかった。
 でも、お前は覚えてしまったんだ。他人と接触することで、それに興味を持ってしまった。
 これは、どういうことなの? あれは、どういうことなの?
 口にはしなかったけれど、お前は、ずっと、そう想っていたはずだ。
 知りたいと思う、その気持ちに応えてやれない自分が……もどかしいよ。
 もしも許されることだったなら、教えてやりたかった。
 俺が、全身で教えてやりたかった。人を愛することを、お前に。
 でも、駄目なんだ。教えてあげることが出来ない。俺には、出来ないんだよ。
 彼と、約束を交わしたから。
「ごめんな、灯」
「お兄ちゃん……?」
「ありがとう」
「お兄……」
 顔を上げて、目を見ようとしたの。素敵だなって思わせる、あの目を。
 けれど、お兄ちゃんは……ありがとうを言い残して、消えてしまった。
 ついさっきまで、そこにいたのに。ここにいたのに。触れていたのに。
 お兄ちゃんは、どこかへ消えてしまった。
 灯は、叫びながら探したよ。どこにいるのって、どこに行っちゃったのって。
 でも、見つけることは出来なかった。お兄ちゃんは、どこにもいなかった。
 どんなに叫んでも、どんなに呼んでも、灯のところには、戻ってきてくれなかった。

 あの気持ちを、人を愛することだと知ったのは、つい最近のこと。
 お兄ちゃんが、どこへ行ってしまったのか、それは今も理解らない。
 頭上に発生した歪みの中で再生された過去を、食い入るように見つめていた灯。
 ぬいぐるみを抱きしめる手に、ギュゥッと力がこもった。
 どうしてかな。どうして、こんなものを見せるのかな。
 灯に、どうしろっていうのかな。誰が、見せているのかな。
 苛立つ心、荒れる心。けれど瞳は冷たく深く。
 発生した歪みが消えるまで、灯は冷たい眼差しでジッと見つめていた。
 歪みが消えると、灯の瞳は、いつもどおり柔らかなものへと戻る。
 キツくぬいぐるみを抱きしめながら、灯は小さな声で呟いた。
「感情……。どうして、思い出させようとするのかな……」
 その小さな声は、三月と青月にしか聞こえない。
 灯の言葉に、三月と青月は何を言うわけでもなく、そっと灯の心を抱きしめた。
 ぬいぐるみを抱き、小さく蹲る灯。
 その背中を、影からこっそりと見やっていたヒヨリは、目を伏せ溜息を落とした。
 お前のやり方は、どうしてこうも卑劣なんだ。
 じわりじわりと甚振るように記憶を引き出すなんて、酷すぎる。
 灯を愛しいと思うのなら、思っているのなら、こんなこと出来るはずがねぇんだ。
 お前は、間違ってる。お前は、灯を愛してなんかいない。
 音もなく、灯の自室空間を去っていくヒヨリ。
 ヒヨリは、パチンと指を鳴らしてナナセを呼びつけた。
 そろそろ準備しておかないと、いざという時、対応出来なくなる。
 灯が、全てを思い出してしまう日は、もうすぐそこまで迫っている。
 俺たちに、それを阻止することは出来ない。
 俺たちに出来ることは……ただ、一つだけ。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7764 / 月白・灯 / ♀ / 14歳 / 元暗殺者
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『追想と理解』への御参加、ありがとうございます。
 再生された過去は、J(時狩)が見せたもの。
 お兄ちゃんと慕い、愛しいと思っていた男の人。
 彼が言い残した『彼と、約束を交わしたから』という言葉。
 彼=J …… どこまでも、付きまとう、その存在。
 全てが明らかになる日は、もうすぐそこまで…。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.16 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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