コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! 〜断罪の書〜


 都心の影に潜むように建つ古ぼけたビル。灰色の背の低い風体とは裏腹に、室内は常に純白の清潔感に満ち溢れていた。そう、ここは能力者御用達の宇治原診療所である。心霊治療の権威・宇治原博士が設立した異能力者専門という日本でも珍しい施設なのだ。背中を影の弾丸で撃たれたメビウスは警察病院を退院後、この診療所で定期的に治療を受けている。経過は良好。宇治原からも「若いっていいねぇ」と唸らせるほどの回復力だった。

 しかし、メビウスは何かスッキリしない気持ちで頭がいっぱいだった。

 まず、誰がこの診療所を予約したのかがわからない。この宇治原診療所は一般的な保険が適応されないのはもちろんのこと、世界的に高名な異能力者しか治療してもらえないという噂があった。ちなみに彼が所属しているアカデミーは、心霊治療の分野に限っていえば『アメリカ支部』や『ヨーロッパ支部』に大きく遅れを取っている。いくら有能な教頭でも、とても宇治原博士に顔の利くとは思えない。それこそ博士を脅迫したというなら話は別だが、予約はまったく別ルートから入れられたらしい。念のため、お節介の桜井警部にも聞いてみたが、そんな人物は聞いたこともないと言われてしまった。
 さらにメビウスを病院送りにした怪我だが、治療の結果から「普通の弾丸とは思えない軌道を描いてかすめた」ことが明らかになった。もっと言うなら「弾丸が意思を持って命中を避けた」感じらしい。この事実を知った紫苑が調査をしたが、今のアカデミーにそんな能力者はいないとのことだ。

 これらの事実を明らかにするまでは完治とはいえない。決心にも似た気持ちを抱えたまま、待合室で特殊な薬の調剤を待っていると、隣に冴えない褐色のロングコートを着た男が座った。年は三十路前で、安物っぽいスーツに地味なネクタイ。糸目が非常に特徴的で、穏やかな表情をしている。彼もまた患者のひとりなのだろうか。メビウスは相手をチラッと見ただけで特徴をつかむと、また退屈な待ち時間を過ごし始めた。さすがお偉いさん方がやってくる診療所だけあって、待合室が混み合うことなどあり得ない。今も糸目の男とメビウスで黒い長椅子を占拠しており、事務所や調剤室で看護師たちが忙しそうに動き回っているだけだ。雑誌もマンガもテレビもなく、今どきの若者であるメビウスにとっては耐え難い時間である。

 もしかすると隣の男もそんな心境だったのだろうか。彼は不意に喋りだす。それは独り言ではなく、メビウスにしっかりと聞こえる声の張りがあった。

 「望月と申します。このたびは、誠に申し訳ありませんでした。」

 メビウスは混乱した。この男はいきなり何を言いだすのだろう。あまりに唐突過ぎて声が出ない。だが、頭だけはかろうじて動いていた。
 どうやら相手は自分を撃った犯人らしい。ただ、わざわざ謝罪をしに来たというのが腑に落ちない。というか、理解できない。警察の調査でも犯人の手がかりさえつかめていないのに、なぜ自分から「犯人です」とバラしに来たのか。望月と名乗る男のすべてがわからなかった。

 相手の動揺も計算のうちなのか、望月はそのまま語り続ける。

 「宇治原診療所へのアポを取ったのは私です。しかし先生の診断より早く怪我が治って安心しました。」
 「あ、安心って、あんた……」
 「私の都合で怪我を負わせておいて、被害者の方を放置するなど考えられません。」

 望月の語り口を聞くうちに、ふとメビウスは『ある人物』を思い浮かべた。まるで警察官のような喋り方に、異能力者とくれば……彼は結論を導き出したことに激しく後悔する。右足は勝手に貧乏ゆすりを始めていた。いっそのこと、ここから逃げてしまいたい……そんな気持ちだった。

 「ああ、ああー、望月さんね。もしかして『FEAR』の望月さんかな。初めまして、俺はアカデミーのメビウスです。お世話になりましたっ!」
 「ふふふ、皆さん最初はそんな感じで私と接しますよ。ご安心ください。私は許されぬ罪を負った人間にしか牙を向けませんから。同じ影の獣と戦うあなたを襲うなんて大それたことはしませんよ。」
 「は……? あ、ああ、なんだ? なんか思ったより話せるな。殺人鬼で有名だから、てっきり……」
 「そう言われれば、実際にはそうなんですけどね。ところで白樺さん、『マスカレード』には幹部のひとり『ダークネス』という男がいるのはご存知ですか?」

 さすがはFEARといったところか。裏社会の情報収集はお手の物らしい。メビウスは情報を正確に記憶することを心がけた。そしてその信頼性を高めるための話術の基本を思い出していた。

 「この男は、裁かれるべき獣です。人知れず断罪するつもりなのですが、白樺さんはまた以前のような……そう、ハンターとして現場に出られるのですか?」
 「アカデミーとしても、連中は放逐しておけないんでな。教師以上のメンツで掃討作戦を計画することもあるだろうよ。」
 「わかりました。肝に銘じておきます。二度と無関係な方に怪我をさせぬように……」
 「ん? それって、俺らを狙わないってこと? あんた、なんか変わってるなぁ。そのくせ、自分で許せない奴は断罪するとか言うんだし。なーんか拍子抜けすんだよなぁ……」
 「よく言われますよ。ちなみに……『マスカレード』は地下鉄・新渋谷駅構内を破壊する計画を立てているそうです。1週間後の深夜に決行します。そこには『ダークネス』もお出ましだそうなので。」
 「邪魔すんなってかい? それはどうかな? 渋谷中央署も黙ってないだろうし、そろそろアカデミーも動くと思うけどな。」

 望月は「結構なことではありませんか」と言うと、席を立って会計へと歩みだした。どうやら今日はメビウスの治療費をまとめて払いに来たらしい。その後ろ姿を見ながら、メビウスはつぶやいた。

 「この事件は思ったより根が深いからな。あいつのやり方で『ダークネス』とやらを消されると厄介だ。能力は弾丸を使ったものとしかわからないが、何が何でも先手を打たなければならない。今回も有志一同にご協力願うしかなさそうだぜ……」

 さまざまな思惑が交錯するマスカレード事件は混迷を極めようとしていた。


 身長が低い以外はごく一般的な中学生の鈴城 亮吾が、大富豪で有名な『白鳥財閥』のお屋敷に招かれた。数日前、帰宅した際に母から招待状を手渡され、少年は大いにうろたえる。これは何への招待なのだろう……今までの経験から行くと、ろくなことが思い浮かばない。そこで困った彼は、かつて別の作戦で一緒になったことのある天薙 撫子に連絡を取った。堅苦しい席も苦にしない物腰のやわらかさに加え、不測の事態にも機敏に対応してくれる。これ以上の人選はないと、亮吾も納得してお願いした。
 一方、撫子も白鳥財閥に縁がなく、亮吾と変わらぬ知識しか持ち合わせていなかった。現在の福祉を取り上げたテレビで『積極的な活動をしている組織』として、この財閥が紹介されたのを覚えている程度である。世界市場を相手に商いをしているとか、そういった情報がほとんどない。ある意味で、謎の財閥だ。とはいえ、お招きとあれば礼を失することがあってはならない。亮吾には「いつもは着崩している制服を校則どおりに着てください」と念を押し、自分も外出用の品のいい着物を準備した。春の訪れをイメージした、ほのかな桃色の着物が今回の訪問着だ。同じ柄の袋には日用品と別に、いくつかの妖斬鋼糸を忍ばせてある。望まぬ戦いが起こった場合は相手を拘束して逃げを打つ算段なのだ。
 ふたりに共通して言えること……それは『いったい誰が出てくるのか』という興味と不安を胸に抱いている点である。ところが亮吾は少しだけドッキリハプニングを期待している節があった。どうやら何度痛い目に遭っても、この好奇心だけは収まりそうもない。


 撫子は過去にアカデミーの教師・リィールの私宅に踏み込んだことがあったが、それを一回り大きくしたようなドデカいお屋敷の前に立っていた。この日は晴天に恵まれたおかげで、美しく整えられた全景を見ることができる。意外なことに、敷地内の芝生では幼稚園だか保育園の子どもたちが無邪気に走り回っていた。ここが本当に白鳥財閥なのだろうか……さすがの亮吾も不安になり、表札を探すがそんなものがあるはずもない。表札の代わりに品のいい石碑が置かれており、表面には横文字で何やら掘られている。撫子によると「フランス語で表記されてますわね」とのこと。プログラミング言語と多少の英語、それに日本語しか知らない亮吾は「へぇー」と感心するばかりだった。
 守衛といえば物々しい風貌の格闘家みたいな男がしているものだとばかり思っていたら、すらりとした体型にお似合いの濃紺のスーツを着た男性たちが詰めていた。物腰も柔らかで、品のある語り口が印象的だ。そんな対応にまんざらでもない顔をしている亮吾を見て、撫子は微笑みながら『あること』を耳打ちをする。

 「守衛をなさっている皆様は、空手に柔道、剣道……あわせて15段は持ってると思いますわ。流水のごとく動く技術は一朝一夕では難しいですから。」
 「えっ! そ、そんな強いの、この人たち……?!」
 「亮吾様のおいたが過ぎると、それなりの対応をするということですわ。」
 「ちぇっ、撫子さんまで俺をからかうのー? ちょっと意外だなー。」

 亮吾がスネたようにぷいっと横を向くと、撫子は上品に手を添えて笑った。退屈しのぎに話したのだが、思いのほか盛り上がる。まるでよくできた姉と思春期の弟といったところか。取り次ぎが終わると、守衛の先導で屋敷の中へと誘われた。まず最初に通ったのは主催パーティーで使用するための空間で、きらびやかで大きな大きなシャンデリアにどこまでも続く赤絨毯。一般人が想像する財閥っぽさを地で行っているような場所だった。そんな空間の片隅に設けられた、豪華な調度品や暖炉がずらりと並ぶ応接室。そこにひとりの女性が待っていた。シンプルなドレスを身にまとってはいるが、髪は肩につかないほど短く、身長は撫子よりも高い。細身ではあるが、華奢というイメージがいっさい湧かない不思議な女性だった。

 「ようこそ、白鳥財閥へ。突然の招待に応えていただき、当主である私、白鳥 氷雨も光栄の極まり……」
 「あーーーっ、その声! もしかしてあんた、あのシャドウレイン?!」
 「まさか財閥の当主たるあなたが、あの影の戦士だったとは……驚きですわ。」

 訪問者をもてなすための言葉が、ふたりの記憶を呼び覚ます。渋谷の夜に現れる鹿のような影の獣……自らを『シャドウレイン』と名乗っていたあの女性が、目の前に立っているのだ。しかしドレス姿でお出迎えというのは予想外だった。あまりにギャップがありすぎて、亮吾はどうも落ち着かない。財閥が雇った戦士ならまだわかるが、当主が直々にあんなところで戦っているなんて誰も信じないだろう。予想していた不測の事態よりも、ある意味で深刻な状態に陥っていた。

 驚きの表情を隠し切れないふたりを見て、氷雨は自嘲気味に笑う。

 「本当はもっと気楽な服で会いたかったけど、仕事の都合でこんな姿になってしまったことを許してほしい。」
 「だいたい財閥って……氷雨さんって何なのさ。もうぜんぜんわかんないなぁ……」
 「シャドウレインという存在が敵組織に負けないほどの開発力を得るためには、絶対に後ろ盾があるとは思っていましたが、まさかそのトップが……」
 「名目上はかつて政財界を退いた老紳士が当主になっている。ただ、私も公式の場に出ることもある。このドレスもそのためよ。」

 展開に頭がついていっていないのか、亮吾はポカーンとした表情で頷くばかり。撫子もまた「そうでしたの……」と納得するしかない。話の切れ間にメイドがやってきて、亮吾の前に暖かいココアとプティングが、撫子の前には品のある色の日本茶と一口で食べられる小さな餅が置かれた。氷雨は気楽に座るように促すと、亮吾はさっそく大好きな甘いものに手を出す。お味は表現するまでもなく上級品で、つられて食した撫子も納得の品だった。いつもはコンビニのプリンが心の友である亮吾にとって、ここで出されたプティングはもう反則級のおいしさ。悦に浸りながらココアを口に含んだ時、ふと疑問が湧いた。以前も感じたことのある疑問だった。

 「あれ? そーいえば、なんで俺の大好物知ってんの? そこまで話したこと、ないよね?」
 「以前お会いした時、すでに名前をご存知でしたわね……氷雨様はわたくしたちのことをお調べになったのでしょうか?」
 「気を悪くしたのなら謝るわ。言い訳だけど、私もこういった情報を扱うのは好きじゃないの。ただ、諜報する人間はいろんな情報をもたらすけど、それを見ていて気持ちのよくなることは決してないわ。だから情報をこういうもてなしに使ったりしてるの。後ろめたさを拭い去りたいがために、ね。」
 「なーんかいろいろ大変なんだね、氷雨さんも。お金持ちにはお金持ちの苦労があるのかー。勉強になった。」
 「ということは、この日にわたくしたちを呼び出したのは、マスカレードとの戦いを知っていてのことですわね。」

 撫子は本題に入った。実はすでにメビウスから連絡を受けており、マスカレードの暴動阻止の協力を約束していたのである。その期日が明日。これを偶然と受け止めるには、いささか無理がある。どうやら亮吾は小さな声で「そういうことは先に言ってよ!」と呟いた。氷雨は小さく頷く。

 「真実にたどり着くまでやるのはわかってるわ。それを止めるつもりはない。ただ、今後は私がいることも覚えておいてほしい。そう思ったから、ご足労をお願いしたの。」
 「いずれ詳しいことを教えてくださるのなら、それで結構ですわ。お仲間として接することをお約束します。」
 「撫子さんがそういうなら安心できるかな。ま、俺もありがたーい忠告とかもらってるし、悪い気はしないよ。毎回ビックリはしてるけど。その辺をなんとかしてくれるなら、同じ道を歩いてもいいかなーって思う。」
 「ありがとう。義兄も安心するだろう。」
 「義兄? 誰? 俺の知ってる人?」
 「ええ、実は……………」

 氷雨の告白に亮吾はまたしてもビックリする羽目になる。最近、驚き尽くめの彼だが、その情報には「なるほど、そういう繋がりだったのか!」と納得した。撫子も身近な情報から明らかにする氷雨の様子を見て、信頼するに足る人物だと判断する。新たな絆が、今ここで生まれようとしていた。


 望月の予告した時間が刻一刻と迫る。今回は『ダークネス』確保のために、『FEAR』よりも渋谷中央署よりも先手を打たなければならない。
 メビウスはお義理で、桜井警部に襲撃予告の情報をリークした。すると相手も手馴れたもので、あっという間にハンターと警視庁の応援部隊を集める。そして数日後、現場の封鎖を仕切ることを打診してきた。さすがはハンターの元締めである。手際のよさにメビウスも舌を巻いた。そのハンターの中には不動 尊と隠岐 智恵美、警視庁超常現象対策本部からの応援に不動 望子、そしてメビウスの協力者として天薙 撫子、神城 柚月、鈴城 亮吾がいる。新渋谷駅の監視カメラの霊視は望子が、探査型の魔法球を多数使用して駅構内の状況把握を柚月が担当。両者の情報は柚月が用意した片耳装着型の超小型ヘッドセットを介して全員に流される。
 ここまで徹底すれば負ける要素なし……といいたいところだが、それもすべて『ダークネス』次第。そして前日に何を食ったのかはわからないが、なぜか柚月とメビウスの顔色が悪い。今日という日をわかっていながらこの体たらく。さすがの撫子もこれには頭を抱えた。

 「メビウス様、昨日は何をなさっておいででしたの? 協力してくださる皆様がいれば、御身の体調が悪くてもいいわけではありませんわ。」
 「ま、まーまー、撫子さん……その辺はあんまりキツく言わんといて。誰の責任でもない気がするから……ううっ!」
 「金さえ積んだら何でもオッケーなんて思ってねぇよ、俺も……ただ、不測の事態があって、おおぅ、キビしいっ!」
 「このオトナたちは何やってんだろーねぇ。楽しそうだねぇー。」

 子ども相手とわかっていながらも、恨みがましい視線を向ける愉快なオトナたち。何が起きたのかは喋ってはくれなかったが、かなり愉快なことがあったらしい。亮吾はすっかりご機嫌になった。
 そんなふたりはさておき、いよいよ深夜の戦いが始まろうとしていた。あえて地下の線路を封鎖しなかったため、必然的にここが『マスカレード』の侵入路となる。桜井警部は「終電がなくなった後に侵入してくる」と考えておのおのに準備をさせていたが、それよりもずっと早い時間に望子の通報が耳を貫いた!

 『てっ、敵、突如発現! 終電前の電車に乗っていたものと思われます! 上り電車から影の獣が多数! 民間人の姿はなし! 電車は定刻になっても発車せず!』
 「そ、そんなバカな! 不動巡査、前の停車駅に問い合わせを急げ! 高杉警部補は下り電車を今すぐ止めて、運転手と車掌に避難を促せ! ハンター組、地下構内への進入を許可する! いったいこれはどうなってるんだ?!」

 桜井警部の読みが外れただけでなく、なんと堂々と地下鉄を使っての浸入に指揮系統は混乱した。高杉警部補も下り電車の状況を把握するためにせわしなく動いている。尊はメビウスたちと合流して突入を試みるも、後から来た智恵美に呼び止められた。

 「なんだ。もう行かないと。」
 「あら、あらあら。それはいけませんわ。私は怪我をされた方の治療をいたしますので、影獣憑きとは戦いませんけど……尊さんと望子さんの作戦は、もしかしたら実行しない方がいいかもしれないわね。」
 「……キミは何を知っているんだ……」
 「先ほどの情報を読み解ける力を持っている尊さんなら、私から説明することはありませんわ。あらあら、私も早く支度をしないと……」

 尊には智恵美の忠告が完全に的外れだとは思えなかった。敵と相対するまでには、まだ時間がある。言葉の意味を理解するのもいいだろうと、状況の整理をしながら移動を開始した。メビウスはそれを確認すると同時に構内へと吸いこまれるように入る。今回は亮吾も一緒に戦うとのことで、珍しく大所帯になった。


 敵の襲来を察知していたため、入口からホームに至るまで照明がつけられている。移動に苦労することはなかったが、新渋谷駅もまた例に漏れず迷路のような構造だ。近くの高層ビルなどに直結する出入口を持っているため、そこへ集中的に敵が流れると厄介だ。いくら機動隊員いえども、束になった獣の前では無力である。突破される恐れがある場所は望子がサーチして連絡、敵の全体的な動きは柚月が随時アナウンスすることになった。そして改札口に入る通路にさしかかった頃、ホームから現れたと思しき影の獣を数匹発見する! 口から胸に、右足全体、左腕などに影をまとい、うつろな赤い目をこちらに向け、獲物を狩らんとゆっくりと動き出す。それを見た尊がとっさに能力を発現させ、武器を構えた!

 「ガンシューティングゲームで巨象も倒す特殊銃だ。たんまり食ら……」
 『尊、ちょっと待って! その敵は!』
 「いつもの奴らと違う! 一般人?!」

 そう、攻撃を仕掛けようとした影の獣は一味違う。なんと一般人が覚醒して獣になっているのだ!

 『ハンター諸君へ。民間人と思しき獣には危害を加えてはならない。以上だ。』
 「構内からあふれ出すかもしれないというのに、そんな指示で大丈夫なのか?」
 『尊くん、これは命令だ。聞けないのなら、帰ってもらって結構。』

 尊は非難覚悟であえて桜井警部に揺さぶりをかけたのだが、相手が動じる様子は少しもない。小さな声で「それでこそ警察というもの」と呟くと、別の銃を出現させて構えた。撫子も天位覚醒し、戦闘態『戦乙女』になると、多数の妖斬鋼糸を取り出す。まだ御神刀は抜かないままだ。亮吾もケータイから鉄パイプと蒼天繚斬を転送。自分の身は自分で守るということらしい。もちろん側には柚月が付き添っている。
 とにかく目の前の敵を除かなければどうしようもない。この場は撫子が妖斬鋼糸で敵を捕らえ、尊の麻酔銃で眠らせる作戦を軸に動くことになった。撫子は強いだけではなく美しさも兼ね揃えた動きで敵をあっという間に束縛し、尊もゲーム的な命中補正があるという銃で次々昏倒させていく。これで改札に入るのは楽勝……かと思われたが、なんとこのタイミングで下り電車が到着してしまった!

 「あーっ、だんだんややこしくなってきたっ!」
 『下り電車の侵入を阻止できず! 中から出てきたのは影の獣です! おそらく一般人だと思われます!』
 「尊くんでも追いつかん感じやね。じゃ、撫子さんは近い敵だけに的を絞って。私が『エクスプロージョン・デス・リヒト』で目くらましやってみるわ。」
 「お願いしましたわ!」

 撫子が他の敵を絡めとろうと飛び出す前に、柚月は改札の前まで一気に走り抜け、光の爆発を巻き起こした! 能力の名前からある程度の察しがつくとはいえ、まさかこんなド派手な技だとは誰も思っておらず、亮吾に至ってはビックリしすぎてしゃがみこんでしまった。その間も撫子は範囲にかからなかった敵を妖斬鋼糸で確実に絡めとっていく。尊はいつの間にかサングラスをつけて射撃を繰り返している。メビウスは思わず「それ、貸してくれよ」とせびってしまった。
 柚月の攻撃は近場にいた獣から赤い光を奪った……どうやら強い光の力を浴びると、毒気が抜けて正気に戻るらしい。武器はメビウスに持ってもらい、亮吾は一般人の避難を優先的に行い始めた。その状況を知った智恵美が機動隊員たちとともに構内に入り、少年の作業を手助けする。ところがかなり近くないと効果が出ないらしく、あとの獣には予告どおり目くらましにしかならない。メビウスが思わず声を荒げた。

 「柚月! それもうちょっと範囲の拡大とかできないのかーっ?!」
 「あんまりやりすぎると、みんなの目が見えなくなるんよ。やろうと思ったら、ダークネスも巻き込んでこの辺一帯を消滅させられるけど、そこまではよーせえへん。」
 「さらっと怖いこと言うな、バカーーー! 怖いことは昨日の晩飯で十分なんだよっ!」
 「あっ、バカって言ったん? バカって言った方がバカバカなんよ!」
 「もーっ! ケンカすんなよ、いいオトナが!」

 戦いに集中している撫子も尊も、心の中で思わず『まったくだ』と納得してしまった。口ゲンカの最中も戦いは進み、ようやく問題のホームまでの進路を確保。戦士たちは前へと進む。基本戦法に柚月の能力が加わったが、ホームともなると『ダークネス』を目の前にして一般人が素に戻ってしまう危険があった。早期決着できればいいのだが、それもどうなるかわからない。そして、運命の刻は訪れた。


 ホームの中央にはひとりの青年が立っていた。かなりの長身で、肩まで伸びた長く白い髪が印象的だ。まだ獣になっていないにも関わらず、すでに目が赤く輝いている。彼こそが『ダークネス』であることは一目瞭然。獣のように狂った雄叫びを上げ、暴力の化身となった影たちに甘い囁きを聞かせる。

 「深遠なる闇が呼び覚ませし、獣の本能……人間よ、獣に戻れ。悲しみも憎しみもない、心なき動物へと姿を変えるのだ!」
 「そこまでです! ダークネス様、罪なき人々を操るのはおやめなさいっ!」
 「来たか……愚者たちよ。我が名は『ダークネス』。深遠なる闇の王子。」
 「自分からそこまで偉そうにしてる奴、久々に見たぜ。さっさと帰んな!」
 「我が同胞を傷つけもせずに歯向かおうなどと愚かな……お前たちには絶望を与えよう。オオオオオオオオ!!」

 ダークネスは髪の毛を逆立てるほどの咆哮を発したかと思うと、あっという間に黒い獣へと姿を変えた! 身体中に牙を持つ獣の姿となった彼を讃えるかのごとく、周囲の獣たちも叫び狂う。これを見た望子がある分析を口にした。

 『民間人が獣になった理由として、ダークネスが関与している可能性が強いです! 攻撃の際には気をつけてください! 出入口封鎖の機動隊員は徐々に前進、なるべく大人数での防衛で乗り切る作戦に変更しました。あと、そちらに桜井警部が向かっています!』
 「あんのツバメ野郎……自分も獣になる気かよ!」
 「ダークネスがあの姿になって、影の侵食が少し増えた気がするんよ。望子さんの報告どおりやね。なるべく接近戦は避けた方がいいかもよ?」

 一気に勝負を決めようにも、ホームには50人以上の敵がいる。いつもの構成員ならいいのだが、今回はただの民間人。桜井警部からの厳命もあり、派手な攻撃もできない。しかし撫子はあえて短期決戦に持ち込んだ! 3対の翼で華麗に飛んでみせたかと思うと、ダークネスに御神刀『神斬』で攻撃を仕掛ける! さすがに幹部と呼ばれるだけの獣・ダークネスはこれを避け、あいさつ代わりに激しい肉弾戦を展開。もはや常人には見えないスピードでの戦闘が開始された!

 「うわー、すっげーな! おっと、俺も仕事しなきゃ。尊さん、磁界操作で蒼天繚斬を操って獣を威嚇するから、その間に撃って!」

 救助活動を終えた亮吾が自らの能力を駆使して、敵の足止めを懸命に行う。しかし尊は別のことを考えているのか、肝心の射撃は精彩を欠いてしまっていた。押し寄せる敵の波を足止めするだけで精一杯の状況を見かねたのか、ついにあの青い影が姿を現した! 軽業師のような身のこなしで亮吾たちの背後から現れたかと思うと、発光するラインから鎖を取り出して戦い始める!

 「シャドウレイン!」
 「亮吾、そのままそれを動かして! 私のライティングチェーンで束縛する!」
 「それくらいなら、お任せ!」

 亮吾は右へ左へと蒼天繚斬を動かせば、シャドウレインも次々と敵を絡めとっていく。そして軽く打撃を与えることで昏倒させた。同じ影の存在だからか、その一撃は効果抜群。影が消えないまでも、戦闘不能にするには十分だった。柚月はシャドウレインの活躍を見て、安心して情報戦に専念。
 そんな最中、尊がダークネス捕獲作戦を実行に移そうとしていた。用意したPDAを激しい戦闘が行われている箇所に投げ、ケータイからダイヴすることでダークネスに接触、そのままメモリーに封印してしまう作戦である。今、仲間が自分に構っている暇はない。事態が傾けば、こんなチャンスは二度と巡ってこないかもしれない。彼は意を決してPDAを投げ込み、そのまま瞬時に激戦区に足を踏み入れた!

 「ダークネス、封印だ……!」
 『闇の王子がのこのことひとりで乗り込んでくると思ったのか、愚か者め……!』

 撫子の顔色が一変した。耳に飛び込んできた声は、明らかにダークネスのものではない。他の誰かだ。危険を察知したせいか、思わず身体が硬直した。その隙にダークネスは強烈な打撃を数発おみまいし、戦乙女を地面へと叩きつける。そして尊に向かっていくつもの牙を向けた……!

 『俺のバインディングデバイスには……強力な影の力を行使するためのホーントシステムが内蔵されている。王子である俺でさえ制御に苦しむ強力な影だ。喰われるか、愚者よ?』
 「尊様、は、早く、そこから逃げてください!」
 「くっ、ダークネスからとんでもない異能反応! 民間人を毒したのはこれのせいやね! 尊くん、早くそこから逃げて!」

 尊がつかんだのは、チャンスどころか大ピンチ。今の状況で触れることなどできるはずもない。来た道を引き返そうとしたが、なんと不運にも撫子が攻撃を食らった際にPDAを壊してしまっていた。これでは逃げようにも逃げられない。この窮地を救わんと亮吾が威勢よく飛び出すものの、戦闘能力はからっきしのため、敵から一撃もらっただけでぴくぴくとうずくまってしまった。その間にもダークネスは謎の赤い影をさらにまとい、コンドルのような姿にフォームチェンジした!

 『闇の王子・ペインファングに憑きし、赤き翼・レイモンド……影に飲まれよ、愚者!』
  チュイーーーーーーーン!!
 『何者だ。興が冷めるではないか……』

 銃声の鳴った場所に振り向くが、そこには誰もいない。改めて尊を影で侵食しようとするが、彼はすでに元いた場所まで戻っていた。ペインファングの足元には壊れていない別のPDAが落ちている。どうやらさっきの銃声は、尊にこれを与えるための動作だったようだ。彼は瞬時にダイヴし、九死に一生を得た。
 そして、ピンチの後にはチャンスあり。動けなくなったはずの亮吾がいつの間にか立ち上がり、さっきまでの動きとはまったく違う、まさに別人としか言いようのない力で蒼天繚斬を電磁砲でダークネスに撃ち込んだ! それを見た撫子は瞬間転移で赤い影・レイモンドめがけて神速一閃! さらに尊が汚名返上とばかりにレーザーキャノンを発射すれば、とどめに柚月がエクスプロージョン・デス・リヒトを、そしてシャドウレインはラインの輝きを最高潮にまで達して繰り出す必殺技『ライティングサンダー』をおみまいした! 稲妻のごとき威力のキックは確実にペインファングを捉え、大ダメージを与えることに成功する。

 『や、やりおる……と、特に、や、影の弾丸を食らわせるとは……』
 「わたくしはそのような能力をお持ちの方を存じ上げませんが……?」
 「撫子、『FEAR』だよ。きっと今ごろ桜井警部が追ってるぜ。ったく、何やってんだか。」
 『今日のところはこの辺にしてやろう。次こそは闇の王子が愚者を獣へと導かん……』

 ダークネスが変身したペインファング、そしてそれに憑いた赤き翼の影・レイモンドは線路の続く暗闇を飛んで逃げる。誰もそれを追わず、今は民間人の救出を最優先した。


 レイモンドが撒き散らした獣への囁きは徐々に効果を失い、小一時間で人々は正常な姿に戻る。しかしどんな反動があるかわからないため、警察病院で精密検査を実施することとなった。念のため、今回の作戦参加者もこれに加わるよう指示される。特に尊は敵に接近しすぎたため、そして亮吾はキャラにない強力な攻撃を披露したせいで全身筋肉痛になったため、念入りに検査されることとなった。これらの指示は高杉警部補から出されたもので、肝心の桜井警部は『現場検証のため、ここにはまだ戻っていない』らしい。それが明らかなウソであることは誰の目にも明らかだったが、尊と亮吾の安全を考えると追及している暇はないと判断。指示に従い、病院へと向かう。望子も尊の身が心配だったので、現場検証に参加せずに病院へ直行した。
 新たなる敵・ダークネス。そして謎の制御装置によって使役できるというレイモンドなる別の影……深遠なる闇の王子の出現で、戦いは混迷の色を深めていく。

 夜明け前、都内の某所で優雅にワイングラスを傾ける女性がいた。メビウスが所属する『アカデミー日本支部』教頭のレディ・ローズである。その向かいには、仕事を終えた智恵美が座っていた。この面会は智恵美が打診して行われたものだ。この日の事件経過とこれまでの情報を聞かされたレディ・ローズは「いくら飲んでも酔えないじゃないの」と愚痴りながら、ずっとヴィンテージもののワインを傾けていた。

 「で、智恵美はどうしたいの?」
 「あらあら、酔いが回ってますかしら。私はこの情報を元に、ダークネスの力の根源であるいくつかの影を消していくのがいいと思います。それも一気に。」
 「そっちこそレモンティーしか飲んでないくせに、すっかり酔ってるんじゃないの? ってねぇ、そんなの……冗談でしょ?」
 「マスカレードも『FEAR』も、そしてシャドウレインも、すべてクリアーにするにはこれしかないかと思います。」
 「それ、今度は教頭も出ろってこと? 手厳しいわね〜。ま、ここまで情報をもらっておいて出ないのもあれか。いいわよ、やろうじゃないの。」

 ついにアカデミーのレディ・ローズまで動き出した。この戦いは激しさを増すばかり。いったい真実はどこにあるのだろうか。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子  /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
7305/神城・柚月  /女性/18歳/時空管理維持局本局課長・超常物理魔導師
2390/隠岐・智恵美 /女性/46歳/教会のシスター
7266/鈴城・亮吾  /男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生
2445/不動・尊   /男性/17歳/高校生
3452/不動・望子  /女性/24歳/警視庁超常現象対策本部オペレーター・巡査

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第17回です!
今回は明らかになった謎に加え、新たなる謎もずいぶん増えました。
だんだんと長くなってきましたが、今後もお付き合いよろしくお願いします!(笑)

さて今回は、オープニングの後の部分がお客さんによって内容そのものが違います。
興味のある方はメンバー全員の作品を見ると、物語の謎がもっと明らかになるかも!

今回も本当にありがとうございました。また『CHANGE MYSELF!』でお会いしましょう!