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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


悪霊退散!
●オープニング【0】
「平和ぢゃのう」
 こたつでぬくぬくと暖を取りながら、あやかし荘の主である嬉璃はつぶやいた。
「うん、平和だよねっ」
 と同意するのは、こたつの中からぬっと顔を出した柚葉だ。こたつで丸くなってるなんてまるで猫みたいだが、柚葉は狐である。念のため。
 ちなみに管理人である因幡恵美は今ちょっと外出中であった。
「よくあるのは、こういう時に何かが起こるというパターンぢゃが……」
 またこたつの中に顔を引っ込めた柚葉の様子を見ながら、嬉璃が再びつぶやいた。
「そうそうそんなこともないぢゃろうしのう」
 甘い。甘過ぎます、嬉璃さん。どこかのファミレスの激甘パイよりも甘いです、その認識。
 こんな時に限って、何かしら起こる訳でして……。

 さて、その頃――。
「うふふ……私は帰ってきたわ……」
 あやかし荘に近付きつつある1人の少女の姿があった。その少女は黒髪長髪で、その身を巫女装束に包んでいた。
「以前は邪魔が入ったけれど、今日はきっと大丈夫!」
 あー、何か勝手に盛り上がっておりますな、そこの巫女少女。何が大丈夫なんだか知ったこっちゃありませんが。
「今日こそ……今日こそ悪霊を祓ってみせる! そう、あの建物の!!」
 と言って巫女少女がびしっと指差したのは、あやかし荘であった。
 ……って、悪霊? いったい何の話ですか?
「この霊気……私は誤魔化されないわ!!」
 いやまあ、霊気はあるんでしょうけどね、ああいう場所ですから。
「にゃー」
 その時、巫女少女の背後から猫の鳴き声がした。
「ひっ!?」
 背をぴしっと伸ばす巫女少女。しばしそのまま固まっていたが――。
「じゃ、邪魔がまた入らないうちに行きましょう……」
 巫女少女はそう言ってあやかし荘に向かって歩き出した。
「いざ、悪霊退散!!」
 悪霊退散は別にいいんですがね。たとえそこに悪霊が居なくとも。
 それはそれとして――あなた何者ですか?

●来客中【1】
「お茶が入りましたよ。はい、どうぞ」
 にっこり笑顔で嬉璃の前に湯飲みを差し出したのは、久し振りにあやかし荘を訪れていた榊船亜真知であった。服装はといえば、黒地に大小の寒椿が染め上げられた華やか鮮やかな振り袖姿。髪もいつもながらの見事な流れるような黒髪で、久々に訪れても何ら変わった様子は見られなかった。
 来客者である亜真知がお茶の用意をしているのはどうなんだという気がしないでもないが、恵美が居らぬ状況で嬉璃がこたつの主になっていて、なおかつ柚葉がこたつで丸まっているのでは、誰がお茶を用意しなければならないかは自明の話で……。
「うむ、ありがたいのぢゃ。お土産の栗蒸し羊羹と大福には、やはり熱い茶が一番ぢゃ」
 満足げに頷く嬉璃。その前には、亜真知がお茶請けにと持参したお手製の和菓子が皿の上に載って置かれていたのであった。
「ジュースも合うよー」
 こたつの中から柚葉の声が聞こえてきた。というか、横着せずに顔くらい出しなさいよ柚葉さん。
「……そういうこと言うとると、ケーキをお茶で食べさせるがそれでもいいのぢゃな?」
「や、やっぱりTPOは大切だよねっ!」
 冗談とも本気とも取れぬ嬉璃の言葉に、慌てて前言撤回する柚葉。まあやると言ったら、ほぼ間違いなくやってくる人ですから、嬉璃さんの場合。その判断は正しいと思います、柚葉さん。
 そんな2人のやり取りを見ながら、ふふっと微笑む亜真知。何とものんびりした空気を味わいながら、自分もまた両手で持った湯飲みに口をつけるのであった。
 さて、そういった時間を過ごしている最中のことである――。
「……む?」
 不意に何かに気付いたように、嬉璃がゆっくりと左右に顔を動かした。
「どうされました?」
 表情を変えることなくお茶をすする亜真知。
「空気が変わったのう……ふむ」
 嬉璃はそうつぶやくと、羊羹を少し切って口へ運んだ。別段慌てたりなどしている様子は見られない。それを聞いた亜真知も突っ込んで尋ねることもなく。
 ……というのも、亜真知も空気が変わったことには気付いていたのである。悪意こそ感じられぬが、不穏な気配がはっきりとあやかし荘に近付いていることに。
(何やら面白いことになりそうですわね)
 内心くすりと微笑む亜真知。無論、そんな感情を面に出すことなく知らぬ振りを決め込んでいる。まあ悪意がないようだから、とりあえず相手の出方を窺うつもりなのかもしれないが……。

●闖入者【2】
 少しして、廊下をパタパタと走る足音が聞こえてきた。そして嬉璃や亜真知たちの居る管理人室の前でぴたっと止まると、少女らしき声がした。
「ここだわ……! 間違いない!!」
 次の瞬間、管理人室のドアが勢いよく開かれた。そこに立っていたのは巫女装束に身を包んだ黒髪長髪の少女であった。
「悪霊退散!!」
 右手にしっかと握った祓具を突き出し、開口一番そんなことを叫ぶ巫女少女。
「…………」
 座り位置の関係上、巫女少女と顔を合わせることとなった嬉璃は呆れたような何というか、微妙な表情を浮かべた。
「ふふん、祓われる恐怖に言葉も出ないようね!」
 巫女少女は誇らしげに言い放つ。それを聞いた嬉璃は眉をひそめ、ぼそりとつぶやいた。
「またややこしいのが来たのぢゃ……」
 そして目で亜真知に訴える。お主がどうにかしろ、といった風に。
 それを受けてかどうかは知らないが、亜真知は静かに巫女少女の方へ振り返ると、にっこり笑顔でこう告げたのであった。
「ご一緒にお茶でもいかがですか?」
 それはもう、非常に和やかな様子で。
「……は?」
 一瞬呆気に取られる巫女少女。が、すぐにぶるぶると頭を振ると、きっと亜真知を睨み付けた。
「何言ってるの! 悪霊と一緒にお茶だなんて……!!」
「それはそうかもしれませんが……外は寒かったのではありませんか? その装いでは……」
 巫女少女の言葉をさらりと受け流し亜真知が言った。巫女少女は巫女装束の上に何か羽織っている訳でもなく、真冬にその格好は明らかに辛いのではという状態である。亜真知がそんなことを言うのももっともであった。
「さあ、どうぞ」
 新しくお茶を用意しながら、巫女少女に座るよう促す亜真知。巫女少女は少し悩んでいたようだが、やがてこたつの空いている場所へと歩いてきた。
「……せっかくの好意だから受けるわ。でも悪霊は祓うんだから!」
 そんなことを言いながら、そそくさとこたつに入る巫女少女。やっぱり外は寒かったようで、暖かさの誘惑には勝てなかったようだ……。

●巫女として【3】
「お名前は何と仰られるのでしょうか?」
 羊羹と大福を出しながら、亜真知は巫女少女に尋ねた。きっぱりと答える巫女少女。
「光明院綾香。全国を回ってる流れ巫女よ」
「珍しいのう。流れ巫女ぢゃとは」
 物珍しげな視線を巫女少女もとい光明院綾香に向ける嬉璃。流れ巫女――昔ならいざ知らず、21世紀のこの時代では非常に珍しい存在であることは確かだろう。
「こちらに来られたのには何かご事情が?」
 さらに尋ねる亜真知。綾香は即座に答えた。
「とぼけても無駄よ。この霊気、私の目は誤魔化せないわ! これこそ悪霊が集っている紛れもない証拠なの!!」
 確かに、あやかし荘に住んだり出入りする者たちが者たちゆえ、霊気は集まっていると言えるだろう。だがそれは悪しき霊気ではなく……。
「はあ、そうでしたか」
 思わず亜真知の口からそんな言葉がこぼれた。今の綾香の言葉で、分かったことがあったからである。
(これはきっと、霊気の性質の違いについて未だ把握出来ておられないようですね)
 霊気を感じ取れるのだから、巫女として素質は十分なのであろう。が、良き物と悪しき物の違いがつかないようでは致命傷である。
「分かったら、つべこべ言わずに祓われなさい! 私が初めて祓う相手に選ばれたことを光栄に思って!!」
 綾香が祓具を嬉璃へと向けた。
「む、初めてぢゃと……?」
 じろり、と嬉璃が綾香を見た。
「そうよ! どこで悪霊を見付けても邪魔が入って祓えなかったけれど、今回はもう邪魔はないわ!!」
「……お主、強い物に護られておるのぢゃな」
 はあ、と溜息を吐く嬉璃。どうやら何か感じ取ったようである。
「ええ。そのようですね」
 こくこくと頷く亜真知。亜真知も、今の綾香の言葉を聞いて気付いたのだろう。
 分かってないのはただ1人、綾香のみである。
「何よ……どういうことなの」
「綾香とやら、よーく聞くのぢゃ。わしはな、座敷童子ぢゃ」
「……はい?」
 嬉璃の言葉にきょとんとなる綾香。
「霊気があったら悪霊が居ると考えるのは短絡的過ぎるのぢゃ。霊気の性質も分からぬのか、お主は」
「え、え、え? だ、だって、悪霊の居る所には霊気があるからって、お婆ちゃんが教えてくれたのに……!」
 ええとですね、それは間違ってはいません。悪霊の居る所には確かに霊気があります。が、逆も真であるとは言えません。霊気があるからといって、そこに悪霊が居るとは限らない訳で……。
「これまで邪魔が入ったというのも、大方はお主の勘違いを止めるために護ってもらえた結果ぢゃろう。未熟者ぢゃな」
「み、未熟者……?」
 嬉璃の最後の言葉にショックを受ける綾香。じわり、と目に涙が浮かんだかと思うと、綾香は突然ぼろぼろと泣き出した。
「違うもん……未熟者じゃないもん! 中学校出てから1年以上も全国回って修行してるもん!! 巫女として頑張ってるもん!!!」
 泣きながら言い放つ綾香。こうなると困ってしまうのは嬉璃の方で、またしても目で亜真知に何とかせぬかと訴えるのであった。
「でしたら、今後は修行の方向性を考えるべきでしょうね。素質はあるようですから」
 泣いている綾香を落ち着かせ、亜真知が静かに言った。ひっくひっくとしゃくり上げていた綾香も次第に落ち着きを取り戻し、手の甲でごしごしと涙を拭いてこっくりと頷いた。
「正しく修行をすれば、きっとよい巫女になれると思います。よろしければ、同じ巫女として神社を紹介することも出来ますし」
「うん……頑張る……」
 その時、こたつの中からもそもそと柚葉が這い出てきた。
「ん……何ー? どうしたのー?」
 寝ぼけ眼できょろきょろと皆の顔を見る柚葉。どうやらこの騒動中、1人すやすやとこたつの中で眠っていたようだ。
「あれ……お客さん……? こんにちはー」
 眠い目を擦りながら、綾香に向かってぺこんと頭を下げる柚葉。亜真知がこう綾香を紹介した。
「ええ。新しいお友だちです」
 にっこり笑顔で亜真知が言った。驚きの表情になった綾香が、戸惑いながらもつぶやいた。
「……ありがとう、です」
「平和ぢゃのう」
 3人の顔を代わる代わるに見ながら、嬉璃がそう言った。

【悪霊退散! 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
  / 女 / 中学生? / 超高位次元知的生命体・・・神さま!? 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、奇妙な流れ巫女さんのお話をここにお届けいたします。本来この巫女さんのお話は別の所で展開させる予定だったのですが、諸事情あってスライドしてきました。
・こういう巫女さん、はっきり言って迷惑な存在です。が、今回のお話の結果でいい方に転ぶのではないかな……と高原は思います。最初に想定していた流れからこの巫女さんの流れが変わりましたから、ええ。
・何はともあれ、この巫女さんは今後も登場……する予定です、たぶん。他のお話との状況次第ですが。
・榊船亜真知さん、8度目のご参加ありがとうございます。敵対せず、終始和やかに進めたのはよかったと思います。あの巫女さんも、いい方向に転がりそうですし……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。