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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


鬼の棲む廃寺
●オープニング【0】
「ちょっと廃寺に1泊してきてくれない?」
 ほんのそこまでお使いに行くような感じで、月刊アトラス編集長の碇麗香が言い放った。
 しかし、廃寺ってまた……えらい所に行かせるものだ。何もなくそこに行かせるはずがないのだから、そこには何かあるのだろう――心霊絡みの。
「……ああ、そう警戒しなくていいわよ。ただ、鬼が出るって噂のある場所なだけだし」
 お、鬼だって? 麗香さん、麗香さん、そりゃ警戒したくなるだろ!!
「元々、上山ってライターが持ってきた話なんだけど。関東近郊の山の奥に廃寺があって、そこには鬼が出るという伝説があるってね。けどね、少し評判が悪いライターだから、その話は1度流しちゃったのよ」
 評判が悪いってどんな風になのか?
「取材先からお金受け取って、ないものをさもあるかのように書いたりしてる……って噂。あと、危ない所から多額の借金をしてるって話もあるし」
 ……そりゃ避けたくもなりますわな。けれど、1度流した話なら何故今わざわざ調べようというのだろうか。
「ちょっとね……何本か記事が載せられなくなりそうな事態が起こってて……記事ストックの関係もあって……」
 妙に歯切れの悪い麗香の言葉。なるほど、そういった奴の話にも頼らなければならない突発的事態だということですね。きっと取材者からクレームが入ったとか、その辺の事情なんだろう。
 けれどもだ。それだったら、話を持ってきた本人にやらせれば一番手っ取り早いのではないのだろうか?
 そんなことを思っていると、麗香がこう付け加えた。
「おまけにその話を持ってきた本人とは連絡取れなくなっちゃってるしね……場所は聞いてあるからよかったけど……」
 ……そりゃ困りましたねえ。
 仕方がない、1泊しに行ってみますか?

●足りぬ情報を補うために【1】
「……狼少年という話があったな。童話で」
 麗香からより詳細な話を聞こうとしていた守崎啓斗は、ふとそんなことを思い出した。
「あの話ね。狼が出たって嘘ばかり吐いていたら、いざ本当に狼が出た時にどんなに言っても信じてもらえなかった……と」
 原稿のチェックをしながら言った麗香は、原稿から顔を上げて啓斗の方を見た。
「で、どっちの意味で言ったの?」
「まだ何とも。全くのデマの線も捨て切れない訳で……」
 答える啓斗。『狼少年』はまた『狼が出たぞ!』と言っているのか、それとも本当に狼が出たのか……今の段階ではどっちとも言えないのだ。何しろ必要とする情報が欠けているのだから。
 ならば、欠けている情報を補わなければならない。啓斗は麗香に編集部の電話を借りると、まずとある所に電話をかけた。
「はい、草間興信所」
 かけた先は草間興信所、電話に出たのはその所長である草間武彦であった。
「もしもし、草間?」
「……お前か、何の用だ? ああ、食い物はないからなって北斗に言っとけ」
「北斗は今居ない、1人だ。ちょっと聞きたいことがあって電話したんだが……」
 啓斗はそう切り出すと、簡単に事情を話して件の廃寺周辺で最近妙な噂話や事件などが起こらなかったかを尋ねてみた。
「その辺りで、事件や事故が起きたってのは俺は知らないな。まあ、事件になってない事件が起きてたら、俺にも分からんが。……その手の話だったら、雫の奴に聞いた方がいいんじゃないのか? 専門だろ」
 草間に言われなくとも、もとよりこの後で瀬名雫にも電話をかけるつもりであった。とりあえずこの草間への電話で分かったことは、心霊絡みではない事件事故は起こっていないようだ、ということである。
「まあ何だ。人手が足らないようなら、零にも行かすか? どうせまた、麗香の奴が無茶言ってるんだろう?」
 ……読んでますね、草間さん。
「いや、俺1人でも大丈夫だ。そう言ってくれるのはありがたいが」
 啓斗はそう言うと、礼を言ってから電話を切った。そしてすぐ、雫の方へと電話をかけ直す。
「はいもしもしー!」
「ああ、もしもし?」
 元気よく電話に出た雫に対し、啓斗は挨拶もそこそこに草間の時同様、事情を話して尋ねてみた。
「うーん、それ初耳。そのお話がもし本当だとして、あたしが今まで知らなかったんだから、地元だけに伝わってたお話なんじゃないかなあ?」
 と答える雫。実際、そのような伝説は全国にまだたくさんあることだろう。人の行き来が少ないような土地ならば、そういった傾向も出てくるはずである。
「そういうことだからごめんね、あたしもその辺のことはよく分からないのー」
 そう雫は謝るが、別の見方をすれば雫が知らないのなら、特別そこに妙な事件などは起きていないということになるだろう。……無論世の中に絶対はないのだけれども。
「……ないない尽くし、か」
 雫との電話を切ってから、啓斗はぼそっと言った。
 そもそも上山は、この伝説をどこで知ったというのだろう?

●気が変わったので【2】
 啓斗が月刊アトラス編集部を後にしてからおおよそ1時間半後――。
「こんちはーっと」
 啓斗の弟の守崎北斗が編集部に顔を出した。
「あら? どうしたの? 行かないって聞いてたんだけど」
 北斗の姿を見て、意外そうに麗香が言った。先程啓斗が来ていた時、1人で行くと聞いていたからであった。
「あー……気が変わってさぁ。今回は兄貴だけって思ってたんだけど、俺もやっぱついてこうかなって」
 苦笑して答える北斗。兄のことが心配になったのか、それとも本人が言っているようにただ気が変わったのか……本当の所は他人には分かりはしない。
「さっそくだけど、バックナンバーある?」
 唐突に北斗が麗香に尋ねた。
「そりゃあるわよ。どの号が見たいの」
「えっと、アトラスの特集で鬼や悪霊に関する物あったっけ?」
「……3年くらい前の号かしら、それだったら。でもそれには今回の伝説は載ってないわよ?」
「じゃなくてさ。そんな特集って、退散用の記事も載ってそうじゃん」
 笑いながら言う北斗。その後にぽつりと『信頼性薄そうだけど』という言葉が続いたが、麗香は聞こえていないのか無視しているのか無反応であった。
「残念、追い払う方法は書いてないはずよ。確かあの号は、日本各地の鬼にまつわる伝説をいくつか取り上げて、『鬼』の概念について書いたんだと思うけど……。ああ、向こうの棚よ」
 バックナンバーを置いてある棚を指し示す麗香。北斗はさっそくそちらへ行くと、件の号を探し始めた。
「あとさぁ。その、上山って奴だっけ? そいつと交流のあった人間で連絡が取れそうな奴、居ねぇの? おっ、これだこれだ」
 目的の号を見付け取り出す北斗。さっそく、ぱらぱらとページを捲り始める。
「心当たりは聞いたわよ、もちろん。どこ行ったか知らないか、聞いてないかって。皆知らないって答えたわ。……本当に知らないみたい」
 小さく溜息を吐き、麗香はやれやれといった風に答えた。その様子を見た感じでは、可能な限り連絡はつけたのだろう。それでも、上山の行方は分からなかった訳で。
「へえ、酒呑童子とかも載せてるのか。警察には届けてんの? 失踪事件とかでさ」
 特集に目を通しながら、北斗はさらに麗香に尋ねた。
「ほんの2、3日で失踪だって言って警察が届けを受け取ってくれると思う?」
 そもそも、上山に連絡する必要が生じたのは突発的事態が昨日今日に起こったからであって、それがなければわざわざ連絡つける気はなかったのだ。
「あ、そんなもんなんだ? じゃあ……まだ事件として扱ってないよなあ」
「扱ってたとしても、ろくに調べられてないわよ、きっと」
 お世辞にも失踪事件の捜査に警察がとても力を入れているとは言い難く。
「しょうがねぇなあ……」
 と、北斗が頭を掻いた時であった。
「こんにちは、です」
 編集部に、草間零が姿を現したのだ。それも1泊くらい十分に出来る荷物を持って。
「あら、旅行にでも行くの?」
 思わず麗香がそう尋ねると、零は頭を振った。
「ええと、あの、麗香さんのお手伝いをしてくるようにと、草間さんが」
 と言って、ぺこりと頭を下げる零。北斗と麗香が顔を見合わせる。こうなったのが啓斗の電話がきっかけであったことを知るのは、このすぐ後のことであった……。

●合流【3】
 さて、一足先に現地へ向かった啓斗だが、まっすぐに廃寺には向かわずに、その周辺の様子をまずは調べていた。こういったことは、暗くなる前にやっておかないと意味がないからである。
(……妙だ……)
 首を傾げる啓斗。廃寺があるのは山の奥で、ふもとからそこに至るまでに集落のある場所を通るのだが……その集落というのは今はもう誰も住んでいないのである。それも啓斗の見た所、家屋の様子からして最低でも10年以上は経っている。
「本当にどこで知ったんだ?」
 編集部に居た時にも抱いた疑問が、再び啓斗に浮かんでくる。伝説というのは、人を介して伝わってゆくのがほとんどである。中には文献などに記録されている例もあるけれども、それにしたってそのような文献があるのだと知っている者が居なければ、ないのと同じである。
 この集落は人が住まなくなって10年以上は間違いなく経っている。その時点で、ここでの伝説が途絶したと言っても過言ではないだろう。
 だが、上山はここでの伝説を知っているという話だ。……よっぽど調べたというのか、それとも偶然にして知ったというのか。
 もちろん嘘である可能性も捨て切れない。しかしここに来ても嘘だと断言出来ないのは、痕跡を見付けてしまったからである。廃寺の方へと向かった者が居るという痕跡を……。
(草の倒れ具合がそんなに前のものじゃなかった。せいぜい昨日か一昨日か……)
 廃寺へ向かう道の途中、一面に草が生えていた地帯があった。集落に人が住まなくなって放置された結果、雑草が侵食してきたのだろう。その一部が、明らかに人が通ったのか踏み付けられて倒れていたのである。
「そして、戻ってきた形跡がない……」
 つまり、何者かが廃寺へ向かったまま戻ってきていないようなのだ。いったい廃寺に何をしに?
(まさか上山か?)
 あり得るだろう。伝説を確かめに行って……。なら、連絡が取れなくなってるのも納得がゆく。
「……まあそろそろ日も暮れる。俺も廃寺に行くか」
 と、啓斗が廃寺へ向かおうとした時だ。誰かがこちらへやってくる2つの気配を感じ、懐にすっ……と手を滑らせて啓斗は息を殺した。
「まぁだ兄貴に追い付かねぇな……」
「もうお寺に着いているんじゃないですか?」
 ……遠くから聞こえてきたのはどちらも聞き覚えのある男女の声。啓斗は懐から手をさっと抜くと、大きく息を吐き出した。やって来ていたのは、弟の北斗と零の2人であった。
「いやいや、兄貴の性格からして、目的の場所へ向かう前にその周辺のことを調べてるはずでー。だからそろそろ追い付いてもおかしかないんだけどなぁ……」
 そう言って辺りをきょろきょろと見回す北斗。啓斗は2人から見える位置へと移動した。
「あ、居ました!」
 啓斗の姿を見付けた零が北斗に教える。
「おーい、兄貴ー!」
 北斗も啓斗の姿を確認すると、ぶんぶんと手を振って呼びかけた。そして合流すると、互いにここまでの経緯を話し合ったのだった。
「……なるほど、そういうことか。まあ、弁当も作り過ぎたことだし、ちょうどいいな。さ、行くぞ」
 素っ気なく言って歩き出す啓斗。いつもの忍び装束や寝袋などの他、もちろん弁当も用意していたのだが……何故かリュックの半分が麦飯の握り飯に占領されていたのである。これはもう、いつもの癖と言っていいだろう。よく食べる者がすぐそばに居るのだから――。

●廃寺にて【4】
 合流した3人は目的地の廃寺を目指した。確かにそこは山の奥、山頂にも近い所であった。
「古いな〜」
 北斗が一目見るなりそう言い放った。木造で古めかしくそう大きくはない寺がそこにはあった。先程通ってきた集落よりも、放置された年月は明らかに長いのが見てよく分かる。
「でも……そんなにぼろぼろ、という訳でもないですよね?」
 不思議そうに零がつぶやいた。長く放置されていたのならもっとぼろぼろになっていても不思議ではないのに、決してそうはなっていないのだ。快適に過ごせるとは言い難いが、雨風を凌ぐには十分と言えよう。
「集落の人間が手入れしたりしてたのかもな」
 と言って啓斗は足跡を調べた。薄くなっているが足跡が1つ、本堂の方へと続いている。
「……やっぱり誰か来たんだな」
 本堂の方を睨む啓斗。3人は静かに本堂へと向かった。そして木の扉を開き、中を確かめたのだが……。
「…………っ!」
 左手で口元を押さえ、息を飲む零。啓斗と北斗の目にも、それはしっかりと見えていた。床に……血だまりの痕が出来ていたのだ。
 反射的に本堂の中、左右を各々警戒して見る啓斗と北斗。だがそこに誰かの姿がある訳でもない。しかも、本堂には遺体だとかそういった物も見当たらない。
「ヤベ……鬼に喰われたか?」
 警戒態勢を緩めずに北斗が言った。すると啓斗は血だまりの痕に近付いてゆき、くんっ……と匂ってみたのだ。
「これは……」
 啓斗の表情が険しくなる。
「兄貴、何か分かったのか?」
「恐らく食紅か何かだ。人間のでも、動物の血でもない」
 そう言って啓斗は周囲を改めて見回した。北斗が呆気に取られて聞き返す。
「は? 何でそんな……」
「探すぞ、北斗! 本堂から戻る足跡がない以上、まだどこかに隠れてるはずだ!!」
 急いで本堂の裏手へと回ってゆく啓斗。こんな工作をしているのだ、何か目的があるとしか思えない。隠れているのなら、見付け出してその意図を聞かなければならないだろう。
「兄貴が裏回ったんだから、俺はやっぱここかなあ……」
 天井を見上げ、北斗がぼそりとつぶやく。もし何者かが隠れている場所がここであるならば、空っぽにしてしまう訳にはゆかない。北斗の判断は正しいと言えよう。
「お手伝いします」
 と言って零も北斗と一緒に探し始める。仏像が安置されていたであろう場所には、ただ台座だけが残されていた。仏像がないと、本堂というのは途端に殺風景になってしまうから何とも不思議だ。
「何もないですね……」
 中を歩いてゆく零。古さゆえか、歩くと床が軋むのも当然のこと。と――。
「……ん?」
 北斗が、何か違和感を感じた。ちょっと、軋み方が違ったような気が……。
「ちょっとそこ、もう1度歩いてくんない?」
「こうですか?」
 北斗に言われた通りに同じ場所を歩く零。ある場所で、明らかに軋む音が違っていた。
「まさかのまさか……だよな」
 静かにその場所へと近付き、北斗は床にしゃがみ込むと手でこんこんと叩き始めた。
「ここか!」
 中が空洞になっている箇所を見付け、北斗はそこをこじ開けた。人が1人入れるような穴が床に表れる。木目などでカモフラージュして、上手く出入口を隠していたようである。
 穴の中には木製のしっかりとしたはしごがあって、その底には――目元をタオルで覆った髭の男がぐうぐうと眠っていた。寝袋に包まって。
「誰だよ……こいつ」
 本当に誰だ、この髭の男?

●上山という男【5】
 それから10分後――。
「わはは、そうかそうかー、編集長に迷惑かけてたかー」
 北斗たちに起こされた髭の男は、穴の中から出てきて皆と一緒に床に車座になって座っていた。今の言葉からも分かるように、この髭の男こそが探していた上山であったのだ。
「連絡つかない、困るってぼやいてたさ」
「いやいやいや、こっちにも事情があったんだ」
 北斗の言葉に、上山が慌てて言い訳を始める。
「……ちょっとこっちの筋から借りた金が返せなくなってな」
 すっと頬に指を滑らせる上山。それだけで、どこからの借金かは一目瞭然である。麗香が言ってたことは本当であったのだ。
「それでちょっとほとぼりが冷めるまで隠れようとした訳だ。お誂え向きの舞台もあったことだし」
 上山がパンパンと床を叩いて言った。
 なるほど、鬼の伝説があるという場所で、しかも原稿の話は1度流れてしまっているからばれにくい。ここに隠れれば探しに来る者も居ないだろうし、居たとしても姿がなければ諦めて帰るだろうと……。ここまで来る者であれば、鬼の伝説のことも知っているだろうし長居はしまいと踏んだのだ。
「けど、まさか流れた話が復活するとは思わんかったなー。なあ、編集長に言って書かないようにしてもらえんか? あー、書くのはもうしょうがないとしても、場所はぼかすなり何なりして。頼むよ、な?」
 苦笑して3人に頼む上山。悪びれた様子がないのが少々あれだ。……好きになれそうもないタイプの人間かもしれない。
「でも、ずっと隠れている訳にもゆかないんじゃあ……」
 零がそんな疑問を口にすると、上山はニヤッと笑ってこう言った。
「なーに、ここに隠れる前にそこのヤバいネタを警察宛に送り付けておいたから、1ヶ月もしないうちにガサが入るはずだ。そうなりゃ借金なんか取り立てる余裕もないな」
 おい、ちょっと待て。
「ふぅむ……」
 と、上山がじーっと零の顔を見始めた。いや顔だけではない、文字通り頭の先から爪先まで、舐め回すように見ているのだ。
「……あの。何でしょうか?」
 その上山の視線に零も気付かないはずがない。零が上山に話しかけた。
「君、編集部のアルバイト? もったいないな……いい仕事先あるんだけどなー」
 などと言ってくる上山に、零が戸惑いを見せた。
「え……あの、結構です」
「遠慮しないでいいよ。今よりも給料もらえるよう、ちゃんと話つけてやるしさー」
 上山はしつこくニヤニヤと零にちょっかいをかけてくる。
「あのさ、おっさ――」
 困った様子の零を見かねた北斗が何か言いかけたその時、啓斗が大きく咳払いをした。そして上山の話が途切れた瞬間、啓斗はすかさずこう切り出した。
「1つ確かめたいことが」
「……何だ、確かめたいことって」
「鬼の伝説をどうやって知ったのか。それを知りたい」
「何だ、そんなことか。馴染みの店で飲んでてさ、ネタ集めでもやろうかと思って、その時居た客に聞いてみたんだよ。2、3度店で見た顔だったかな、その兄ちゃんは。子供の頃この辺に住んでて、年寄りに何度か聞かされたらしいんだな」
 ……分かってみれば、何とも単純な話である。つまりは偶然知った、ということだ。
「その伝説ってのはだな……」
 そう言って上山が話し始めたここに伝わる鬼の伝説というのは、次のような内容である。
 昔々のことだ、この小さな寺に徳の高い立派な僧侶が居たという。その僧侶を喰らおうと1匹の鬼が現れたのだが、僧侶は鬼が現れても平然とした様子で説法を行ったのだそうだ。説法の続くこと三日三晩、僧侶の説法に心打たれた鬼は己のこれまでの所業を改めるようになったという。そしてこの鬼は僧侶の住まう寺が近いこの地に隠れ住み、善き者には力となり、逆に悪しき者は喰らってしまうことにした……といった話である。
「冷静に考えれば、子供に悪いことをしないよう諌める作り話だと思うがね、俺は」
 と言い放つ上山。そして先程まで自分が入ってた穴の方を振り返ってニヤニヤ笑った。
「それに、いざって時に逃げられるようにしてる奴が、徳が高いって言われてもなー」
「……何でその穴があるって分かったんだよ」
 北斗が憮然とした表情で上山に尋ねた。
「あー、それな。原稿の話が流れてから、まあ1度見に来とくかと思って来たんだよ。んで、歩き回ってるうちに何か音が違うなと思って調べたら、あの通りって訳だ」
 つくづく偶然に恵まれている者らしい、上山は。
「中は結構天井高くてなー。しっかり補強もされてて、あれは間違いなく人の手は入ってたな、うん。奥に行けば外にも出られるんだろうが、残念ながら土だか大きな岩だかで塞がれてた。落盤か何かあったんだろ」
 つまりは、この廃寺の下にはどこかへ出られることの出来た穴が昔から存在しているということだ。今は外へ出られることは不可能だが。
「そういえば、どうしてこのお寺は廃寺になったんでしょうか?」
 疑問を口にする零。それにも上山は答えた。
「俺は知らんし、その兄ちゃんもよく知らんらしい。兄ちゃんが聞いた話だと、戦後すぐだかに住職が失踪して、何だかんだでふもとにある寺に合併されて、それに合わせるように集落も人が居なくなってった……とからしいなー。またその住職が、飲む打つ買うが好きだったらしい……たく、破戒僧じゃねえかよ」
 ニヤニヤ笑いながら言う上山。何というか、伝説の内容と、周囲の状況がこうも合わないのは、奇妙な感じである。
 さてはて、これをどうやって記事にしたものか――。

●鬼についての個人的考察【6】
 翌早朝、廃寺で夜を明かした啓斗と北斗と零は山を降りていた。集落の辺りもとっとと抜け、一目散にふもとを目指す3人。
「……あーっ、たく! 好きになれない奴だったなぁ……」
 そろそろ言ってもいいだろ、といった感じで北斗がぼやいた。
「兄貴もそう思ったろ?」
 北斗が同意を求めると、啓斗は無言で頷いた。それもそのはず、上山はあの後もやたらと零のことを見ているのである。それも、何やら値踏みでもするような目で。あんな目を見たんじゃ、内心で何を考えているのか分かったもんじゃない。だから、好きになれない奴だと思ったのだ。
「私もちょっと……苦手、ですね」
 控え目な表現をする零。それ以上は何も言わなかったが、上山の視線には零も気付いていることだろう。啓斗と北斗が揃って気付いているのだから。
「ま、鬼のネタ自体は本当だったけどさ……」
 溜息とともに北斗が言った。もしガセネタだったら、今頃上山はどうなっていたことであろう。
「鬼といえば」
 啓斗が思い出したように口を開いた。
「あのバックナンバーの記事は、なかなか興味深かったな」
「だろ? 面白い意見だったよなー、あれ。合ってるかどうかはとにかく、文章に説得力あったし」
 啓斗と北斗が口々に褒めているのは、北斗が麗香から借りてきたバックナンバーに載っていた鬼についての特集記事のことである。その中の『鬼についての個人的考察』と題された記事が、2人の興味を惹いたのだ。
「鬼というのは物質体と精神体の中間的存在である……だっけ?」
「ああ。自ら実体化することも出来れば、人の心に憑きその者を鬼と化すことも出来る……そう続いていた」
 記事の内容を確認し合う北斗と啓斗。その後は、いくつかの伝説などを例に出してこの考察の裏付け作業を記事では行っていた。神出鬼没な鬼の話だったり、生きながら鬼へと転生した者の話だったりと。
「記事の最後の結びが、現代にも鬼は棲まう、でしたよね」
 零が2人へ言った。そう、その記事はそのように結ばれていた。『何故ならば、鬼がやったとしか思えぬような事件が日々起きているではないか』という一文とともに……。
「そういう意味では、今でも鬼は居るんだろうなぁ」
 北斗がしみじみとつぶやいた。と、零がぽそっとつぶやいた。
「鬼……」
 何か思案するような表情の零に、啓斗も北斗もどうしたのかといった顔を向けた。
「あ。いえ、ちょっと不思議に思ったことがあったんです、今」
「不思議って何だよ」
「あの伝説で改心した鬼は……いったいどこに隠れ住んだんでしょうね?」
 その零の言葉に、啓斗と北斗が顔を見合わせる。……まさか……?
「見せてもらったあの穴……天井の高さからすると、鬼が居ても不思議じゃないと思うんですけれど……」
 上山は、あの穴が僧侶が逃げるための穴だと解釈した。だが――実はそうではないとしたら?
 つまり、徳の高い僧侶が、改心した鬼を隠れ住まわせるために用意した穴だとしたらどうだろうか?
 あそこなら、本堂に居る僧侶の声も聞こえてくるはずだ。村人にも出会わず、僧侶の説法を聞くことが出来る……。
「――戻ろう」
 嫌な予感を覚えた啓斗は2人にそう言って、廃寺の方へと引き返すことにした。

●伝説の証明【7】
 その頃、上山は穴の中で寝袋に入ったまま、1人ぶつぶつと何かつぶやいていた。
「惜しいよなあ……全く。磨きゃそこそこの玉なのに、余計なガキたちも付いてきやがって……。ま、俺が隠れてることは黙ってると約束させたし、もうしばらくここでの暮らしに辛抱するか……くく……」
 嫌な笑いを見せる上山。その時だった、何か気配を感じたのは。
「ん……?」
 穴の奥の方から、何か近付いてくるような気配があるのだ。もぐら? それともねずみ?
 いやいや、そんなものじゃない。もっと……もっと大きな気配である。例えるなら、鬼とでも言うべき大きさのある気配で……。
「な……何だ!?」
 異変を感じた上山は、慌てて寝袋から出ようとした。だがしかし、身体はぴくりとも動かない。気配はなおも近付き、迫ってくる!
「た、助けてくれ……」
 上山の顔面は蒼白になり、恐怖のためか声もかすれ始めている。
「助けてくれぇっ!!!」
 上山の絶叫が穴の中に響き渡った時、気配は上山の上に覆い被さった――。

「ぎゃああああああああああああっ!!!」

「今の悲鳴……!」
 はっと息を飲む零。3人が廃寺のそばまで戻ってきた時、その悲鳴は聞こえてきたのだった。
「上山だ!」
「急ぐぞ、北斗!!」
 北斗と啓斗は急いで上山の居る穴の入口へと向かった。零も後ろからついてくる。
 そして、床の入口を跳ね上げた3人は見たのである。穴の中に、チャックの上がった状態である空っぽの寝袋だけが残っている光景を……。

 上山の姿は、3人がどこをいくら探しても、全く見当たらなかった。どこを、いくら探しても、上山の姿は――。

【鬼の棲む廃寺 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全7場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに鬼が棲むと言われている廃寺にまつわるお話をお届けいたします。
・高原にしては珍しいタイプの終わり方であるお話のような気がしますが……いかがだったでしょうか。本文中にありました鬼についての個人的考察というのは、ほぼ高原の個人的考察ですね。鬼について調べていて、そんな風に考えたのですよ。一口に『鬼』と言っても、異形ゆえに言われるのか、それとも所業ゆえに言われるのか、結構混じっているような気がしたのですよね……。
・ちなみにこのお話、皆さんの行動的にはバッドエンドではないです。上山はああいう目に遭いましたが、彼の場合はこう言うのです――『自業自得』と。
・守崎啓斗さん、42度目のご参加ありがとうございます。弁当の分量、もう習慣づいてますねえ。ちなみに零が一緒についてきたのは、本文中にもありますように草間に電話したからですね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。