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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! 〜流星の戦士たち〜


 戦士たちの不本意な休日は、次の戦いのために与えられた準備期間でもあった。精神統一に励む者、戦闘データとにらめっこする者とさまざまだ。
 いよいよ『マスカレード』との戦いも佳境に入る。渋谷中央署の桜井警部も事情通の連中を一括りにし、特殊部隊『シューティングスター』と名づけ、さらに普通のハンターにはない権利を与えた。それは作戦の指揮などに携わることができる……といったもの。アカデミーの主要人物も名を連ね、そうそうたる顔ぶれとなった。

 今回の目的は『シャドウレイン』こと、氷雨の救出である。
 この決定に対し、アカデミーサイドは大ブーイング。渋谷中央署の会議室は大騒ぎになった。誰がどう見たって「桜井の独断」としか思えない。しかし現実は非情だ。どちらが助けやすいかという話になった場合、どうしても氷雨になってしまうのだから。レディ・ローズはそんなこと百も承知である。だが、言わずにはいられなかった。かわいい部下を後回しにされたのを黙って見過ごせば、下手をすると全体の士気に関わる。だから、わざと騒ぎ立てたのだ。もちろん桜井もその辺の事情を知っており、会議の後に「順序なんてつけるもんじゃないんだけどね」とローズに詫びを入れた。お互いに苦しいのはよくわかっている。彼女も「気にしてないわよ」とあっさりと矛を収めた。

 「シャドウレインは、すでにバラクマを封印してる状態……覚醒させれば、必ず味方として戻ってくれるんで。」
 「そうじゃなかったら、こんなに素直に言うこと聞かないわよ。ま、紫苑は大丈夫よ。強いから。」
 「ははは、いいですね。そう言い切れるって。絆が感じられます。つたない兄妹の関係よりも、ずっと。」

 桜井は視線を落とした。妹が望んで戦っているとはいえ、こんなことには巻き込みたくない。それが本音だった。

 「しゃきっとしなさいよ。あなた責任者なんだから、危なくなったらどうにかしてもらうわよ?」
 「シューティングスターに任せて安心、だと思ってるんですけどねぇ。」
 「どこかの業者の宣伝みたく言わないでよ。さ、そろそろね。さらに細かい打ち合わせをするわ、シューティングスターで。」

 レディ・ローズは教師たちも待つ別室へと歩き出した。そこには戦士たちが待っている。
 作戦決行は1週間後。戦いはここからがクライマックスなのだ……


 シューティングスターの作戦会議から数日後、柚月と智恵美はいつかの店で落ち合った。その時はメビウスがいたが、今回はふたりだけ。アカデミーが今回の特殊部隊を作らせたといっても過言ではないのに、その責任者を外して話し合いたいとはある意味で筋違いというものだ。どこで誰が聞いているかわからないので、柚月は建前で智恵美に「冗談でも言うたらあかんよ、そんなこと」と諭す。しかし次の言葉を聞いた柚月は、あらゆる意味で降参せざるを得なかった。

 『あらあら、怒られてしまいました。困りましたねぇ。曲がりなりにも一介の組織に関わっているメビウスさんがこんなお話を聞いたら、きっと卒倒すること請け合いなのですが……』
 「悪かった! 私が悪かった! 智恵美さん、ふたりで話そ! な、な!」

 柚月は智恵美の脅迫だか圧力だかわからない性質の悪い言い回しに翻弄されたが、有益な情報はあるに越したことはないと判断。彼女の指定した時間に会うことにする。柚月は戦闘のシュミレーションに没頭しており、情報収集を二の次にしていたので、ある意味では都合がよかった。それに人から頼りにされるというのは、悪い気がしない。常に前向きの元気娘だったが、智恵美の話を聞いてひどく後悔することになった。
 テーブルに並べられた情報を一言で説明するなら、『あまりにも膨大な情報』であった。ただ情報の内容は遠慮なく頂くとしても、情報の出所までは聞かせてほしくないというのが柚月の本音である。とにかく智恵美のイメージにないほどエグい情報の数々が満載。身長や体重のパーソナルデータから、愛用している耳掻きの商品名まで網羅するほど徹底的に調べ上げてある。なるほど、一般人に近い神経の持ち主であるメビウスを交えて話などできないわけだ。きっと「明日はわが身」と恐怖に怯え、その先の話し合い……いや、会話そのものが成立しないだろう。
 柚月は自分が呼ばれたわけを邪推しながら、湿った視線を智恵美に送る。

 「はぁ。智恵美さんに誘われた時点で気づくべきやったなー。なんてことない、面の皮が厚いから呼ばれただけか……」
 「あらあら。そんなことはありませんわ。氷雨さんに関しては撫子さんも亮吾くんも内緒にしてそうなので、私が独自に調べただけです。それを信頼できる柚月さんに提供しているだけのことで……」

 ここで拗ねても話が進まないので、柚月は気を取り直して続けた。

 「亮吾くんはともかく撫子さんは表裏ないから、ストレートに聞いたらええんちゃうかなーと思うんやけど……さすがにここまでは知らんやろね。しかしエグいことするねー。」
 「この事件に関わっている人たちは、いずれこの情報を知ることになりますから。」
 「前から思ってたけど、智恵美さんは常に先手を取るね。最近は暗躍気味やから怖いけど。」

 自分に都合の悪い表現や言葉は、すべてやんわりと受け流す。これが智恵美の底力。目の前のシスターはIO2日本支部の上層部と物別れ寸前まで追い込まれた会議を見事にまとめ、前回と同様の条件で泣きの一回を認めさせるほどの人物である。柚月は「この人が味方でよかったわ」とつぶやいた。

 「今回はこの情報が必要になることはないと思いますが、今後を見据えて用意しました。その時々の説明は、私からします。」
 「それは別に、私から言うても問題ないと思うけど……智恵美さん、大丈夫なん? みんなからの風当たりが強くなったら、いろいろやりにくくなるよ?」
 「あら、ご心配をおかけしましたか。ですが、後は白鳥財閥が開発したレインバックルの詳細を探れば、とりあえずは困りませんので。こちらは慎重に調査してますから。」
 「怖いわ。この人、ほんま怖いわ……」

 柚月の悲鳴はこの後も続いた。貴重な情報を楽して得ようなど、どこの誰が許すものか。智恵美の微笑みはそれを思い知らせるかのごとく輝いていた。なんて魅力的なシスターなのだろう。


 戦いの時を迎えた。作戦を実行するため、眠りについた街を優雅に舞う人影……彼らは渋谷を取り囲むようにして散っていく。
 桜井警部は署員を総動員して、智恵美が考案した結界を発動準備を指示したのだ。以前は助っ人を動員して使用したのだが、警察にもプライドがあるので、今回からは署員だけで発動するよう訓練したらしい。彼は「こんなプライドなんて、犬にでも食わせりゃいいのにねぇ」と茶化すと、あまりにも素直に柚月が笑ったものだから、周囲が乾いた笑いでフォローするという一幕もあった。訓練を指揮した高杉女史の視線を感じたのか、柚月はいそいそと準備したアイテムの説明を始める。

 「影の連中が他の人に転憑依する可能性も否定できんから、前線で戦う人にマインドアクセサとマインドブースターを渡しとく。撫子さんはもちろんやけど、尊くんもいるね。」
 「話の腰を折るようだけど、みんなに聞いてほしいんだ。バラクマは……俺が倒す。俺が蹴りをつけたい。」

 亮吾の突然の告白は、周囲を凍てつかせた。この展開は予想できたとはいえ、現実のものとなるとかなり堪える。さすがの桜井も言葉を失って立ち尽くすばかりだった。
 その中でも、柚月は少なからず責任を感じている。本来なら誰よりも先に、このアイテムは亮吾に手渡すべきだった。しかしそれは裏を返せば、ただの同情に過ぎない。それをしてしまえば、亮吾に今回の事態にまで発展した責任を押しつけてたことになってしまう。柚月にもそれなりの覚悟があった。

 「シオンの封印は大丈夫。尊さんにお願いしたから。なんとか新バージョンのドレインシステムを完成させたんだ。侵食防止用の特殊フィルタで逃がさないようにしてある。もう渡してあるから。」
 「あらあら。肝心のバラクマ対策は教えてくれませんの?」
 「みんな、だいたいの見当はついてるだろ? 尊さんのお兄さんがヒントをくれたんだ。これは俺にしかできない……いや、俺にやらせてほしいんだ!」

 柚月は不意に、撫子の様子を伺った。誰かが亮吾の覚悟の質を見極めていなければ、これを任せられないと判断したからだ。それでもっとも彼に近しいと思われる撫子を見たのである。予想通り、彼女は力強く頷いた。その表情は「大丈夫ですわ」と雄弁に語っている。

 「それじゃ、亮吾くんに任せるよ。撫子さん、フォローお願いできるかな?」
 「バラクマはお任せください。柚月様と尊様はシオンをお願いしますわ。智恵美様は、復帰した方の心霊治療を。」
 「はい、わかりました。」

 最後に桜井からアカデミーの面々についての説明があった。今回は不測の事態を未然に防ぐべく、結界内を定期的に巡回する任務につくという。あまりに戦況が有利に働くと、影の連中が援軍を呼び寄せかねないからだ。影の侵入が可能な結界だけに、この心配を真っ先に消しておく必要があった。それを伝え聞いたメンバーは、戦闘準備を整えながら徒歩で渋谷公会堂近くの広場まで移動する。これは時間停止を受けた時のリスクを軽減する狙いがあった。

 目的地に到着してまもなく、敵が侵入したとの連絡があった。柚月は非人格型魔導杖『ヴェルトシュリュッセル』とともに、人格保有融合機型魔導書『無限の書』、さらに魔導師甲冑を装備。撫子は神斬も抜かずに待機、亮吾も尊も身構えるだけ……とても今から戦いに望む者たちの姿とは思えない。
 そんな人間たちを嘲笑うかのように、あのふたりが姿を現した。シャドウレインを乗っ取ったバラクマ、そしてシオンを語る影。因縁の戦いが今、始まろうとしている。

 『ホント懲りないね、キミたち。今日は体を手に入れたバラクマのお祝いかな?』
 「ふざけるな! 俺たちは負けてない!」

 シオンの挑発に乗れるほど、今日の亮吾は燃えている。もちろん、これを制する者はいない。
 そして、バラクマが続ける。

 『こんなことを言うのはなんだが……人間の体というものは非常に居心地が悪い。まだ意識が死んでないからだろうか。仲間を血祭りにあげれば、それも収まると思っている。』
 「兄貴から聞いてはいたが、お前らはまさに外道だな。覚悟する暇を与えない……すぐに葬ってやる。」

 尊は開戦を表明するかのように吐き捨てると、バラクマが前へ進み出る。タッグを組ませると厄介なので、尊と柚月がシオンの足止めに向かった。戦いの読みは、メンバーが一枚上手。時間停止の影響を受けない柚月が接近することで、影たちに先手を取らせないようにしたのだ。過酷な戦いの火蓋が、今切って落とされる。


 シオンに戦いを挑むべく、尊は児童向けの絵本をインストールし、いかにもな光線銃を具現化する。近未来をイメージして描かれたクレヨンの銃を真顔で撃つが、光線を発射した時に反動があるのか腕がぶれて「惜しい」とも言いづらい結果となった。

  ちゅいーーーーーん! ちゅいーーーーーーーん!
 『新しいのがいるかと思えば、たいしたことはないね。』
 「前にも言ったけど、ほんま甘いなー。どんなに強いかしれんけど、そんなんじゃ命がいくつあっても足らんね。」
 『お説教は嫌いじゃなかったのかな? キミにはこれをお見舞いす……うぐっ!』

 次の瞬間、シオンは身体の芯から痛みを感じる。背中からじわじわと苦痛が伝播。元の身体にはまったく影響がないのに、自分だけがダメージを受けているではないか。

 「子どもが読むような空想世界の産物に、現実の物理法則が厳密に適応されると思ってるのか? わざと外したのに大喜びするなんて……本当におめでたいな。それと人間の中に篭ってれば絶対に安全なんてことはない。そんなことくらい、こっちは計算済みだ。」
 「騙し合いに慣れてないのに悪いけど、『イリュージョン・ケルパー』を披露しよかね。今のあなたにはピッタリやわ。」

 追尾弾のように目標を追いかけ、さらにシオンだけにダメージを与える光線銃。そしてフル装備の柚月が無数に出現する『イリュージョン・ケルパー』で、華麗に先手を取った。だが、やはり時間停止には注意を払わなければならない。柚月はまだしも、尊には防御する手段が見当たらないのだ。ここからはまさに騙し合い。柚月はじっくり攻めていく。まずは黒き珠『シュバルツ・クーゲル』を連弾で打ち込む。もちろん、これは囮。シオンが容易に見抜けるような「逃げ道」を計算して放っている。時間停止を最後まで残しておきたいシオンは超加速の『神速の脚』でこれを避けるも、どこから向かってくるかがわかっていれば何の問題もない。そこに向かって尊が銃を連射。さらに柚月がシオンを束縛する『シュバルツ・ウマールム』で手玉に取る。

 『うぐうぐ、うぐぐぐぐぐぐ! が、がはっ!』
 「どうしたー? 経験値が足らんかー? 習うより慣れろやで?」
 『そんなものは必要ないよ……こうすれば。』

 柚月が柄にもなく嫌味を言ってる真意も見抜けないまま、切り札を出す素振りを見せるシオン。しかし、まだここでは切らない。それどころの騒ぎではないのに。今度は不意打ちよろしく、シオンの周囲で光の爆発『エクスプロージョン・デス・リヒト』が巻き起こる。ものすごい爆発に思わず防御するシオン。そこへ尊の光線銃が牙を剥く。防御とはまったく無縁な光線に、またしてもなす術なくやられてしまった。シオンの自信は特筆すべきものがあるが、その性格が災いしてか正直に戦いたがる。だから柚月や尊からしてみれば、隙がありありなのだ。
 こんな調子で徐々に追い込んでいき、時間停止のタイミングを確実なものにしていく。柚月はどうしても「戦闘が長引けば、相手が有利になるだけ」と、シオンに思い込んでほしかった。いくら動作が素直でも、言葉まで素直なわけではない。それに尊を危険にさらす可能性は依然として残っている……ところが、シオンのセリフにさほど変化が見られない。
 柚月は賭けに出た。とどめを刺す振りをして幻体を引っ込め、あえて大きな隙を作る。時間停止のシュミレーションは7秒。想定外のことが起きても、無限の書が警告を発しない限りは問題ない。柚月は作戦を実行に移した。

 「さてと。そろそろ紫苑さんのためにきれいさっぱり消えてもらおか。それとも自分から出るか?」
 『へぇ、分身を解くんだ……全力でとどめを刺しに来るってこ』

 柚月は不意に動き出す。シオンが喋り出した頃から、無限の書の警告があった。まさかである。柚月が隙を見せていない状態で、積極的に仕掛けてくるとは思わなかった。神速の脚で加速し、距離をつけたところで時間停止。彼の目指す先には……なんと尊がいるではないか! シオンは柚月と尊の距離が最大になる瞬間を狙っていたのだ。

 「ちょっとは学習したってとこやね。でも、その可能性もちゃんと加味してるよ! こっちもシュバルツ・クーゲルの乱れ撃ちである程度の加速はできるんよ!」
 『そんな手段で阻止したつもり? それって、普通の人間くんに意味があるのかな? 時間停止の中を動くことができるのは、キミだけ。彼はさんざんボクのことを痛めつけて、しかもバカにしてくれちゃってさ。』
 「じゃあ尋ねるよ。60進法と24進法を知っているかい?」
 『それくらい知ってるさ。バカじゃないの……』

 思わずシオンが固まってしまう。喋っている人間が誰かわかったからだ。そんなはずはない。時間は止まっているはずだ。
 シオンは周囲を見渡す。現実とは非情だ。柚月は仕方がないとしても、バラクマや亮吾まで動いている……そんなはずはない。時間停止は無敵の能力だ。この体がそれを教えてくれるのに、なぜみんな動いているのかがわからない。シオンが混乱する中、さっきの声が耳を貫く。

 「俺は自らにプログラムをインストールすることで操ることができる。それはさておき、自分でも驚いたよ。こんな簡単なプログラムで時間停止を阻止できるなんてね。」
 『そ、そんなバカな! そんな技術は人間には……』
 「確かに時間を止めるプログラムは存在しない。だけど俺にならできる。問いかけを思い出すんだ。そう、これは『時計』だ。途中から俺の攻撃より、柚月さんの攻撃の比率を増やしてもらった。すべてはこの罠を仕掛けるために……当然だ、自分が狙われるのは百も承知だったからな。わかったか? この『時計』は、『お前に流れる時間』と『この世界』が同調するようにセットしておいたんだ! だからお前が能力を発揮しても、この世界が止まることはない!」
 「私は最初から時間の干渉を受けんから、いつも例外になるんやよ。先に加速できることをバラしたのは、尊くんの動作に気づいてたってことやね。しっかし、今回のは致命的やねぇ。」

 完全に時間停止を封じられたシオンは頼みの綱とばかりに、神速の脚でふたりを翻弄しにかかる。極限まで速度を高め、伸びる髪を使って威嚇しながらチャンスを伺う。だが残念ながら、ふたりはこれにさえも怯えない。

 「どや、同じ速度で動いとるように見えるか? シ・オ・ン・さ・ん?」
 『こ、これは、ちょ、超加』
 「残念やな。その能力は『自分に流れる時間を可能な限り遅らせてる』って仕組みなんよ。つまり、これも私には効果がないねー。本当の超加速なら困ったんやけど。保険として『それに反応できないフリ』をしてたんやけど、正解やったね。」
 「そして俺もその能力は模倣できる。もっとも借り物だから、そこまで早く動けるかは自信なかったけど。」

 シオンの目の前にあのふたりがいる。さすがの自信家もここまでされてはギブアップ寸前だ。それでも柚月は容赦なく、再び『イリュージョン・ケルパー』で翻弄し始める。そしてとどめとばかりに、尊が恐ろしい事実を囁いた。

 「落ち込んでるところ悪いんだけどさ、もうひとつ教えておくよ。実は……その神速の脚よりも、兄貴の方が早いんだ。」
 『なっ、なんだって!』
 「よぉ。今日は決着をつけてやる。弟の言うとおり、こっちも似たようなことができるんだぜ。強力招来っ、超力招来っ!」

 尊の双子の兄である修羅が現れたかと思うと、即座に天速星・神行太保の戴宗を降霊し、神行法の礼神速の脚に対抗。精神的動揺を抑えられないシオンは、どんどん技の精度を落としていく。それとは反比例するかのごとく、修羅はどんどん速度を上げた。そう、これは紛れもない超加速。そして紫苑の右腕をつかんだかと思うと、急に加速をやめてそっとその身を地面に寝かせた。

 『キミはいったい何をしてるのかな? ボクはまだこんなに……』
 「やかましそうだが、喋れるようにはしておいた。だが、喋らずとも教えてもらうからな。お前のアジトや仲間の情報をな。」
 『こっ、ここは! ボ、ボクはどこにいるんだぁぁぁっ?!』
 「俺は降霊師だ。紫苑の身体から、お前だけを抜き取った。もうお前は何もできない。やはり憑依といっても、付け焼刃だったようだな。だから簡単に身体から離れる。」
 「皮肉やね。あれだけ人の身体を弄んだ影が、まさか人間に囚われるなんて。」

 この戦いは柚月と不動兄弟が勝利を収めた。しかも貴重な情報のおまけつき。また一歩、マスカレードに近づいた。


 バラクマと対峙するのは撫子と亮吾、そして智恵美。派手な戦闘を始めた柚月たちとは対照的に、実に静かな立ち上がりとなった。あくまでも撫子を前線に据えた格好になっているが、いつもの麗しき大和撫子のまま。御神刀の『神斬』は抜いたが、まだ天位覚醒はしないようだ。それでもさすがは撫子、バラクマに隙を見せぬ構えと覇気で警戒させ続けている。彼女は意図しているかはわからないが、まるで亮吾に「力とは何か」を教えるような立ち振る舞いだ。静と動を使い分けるだけでも戦う力になる。まさにこれが武道の本質。智恵美も安心して、ふたりを見守る。
 それでも撫子は間合いを保つために、わずかながらに動いていた。その動きは能を思わせる厳かで優雅な歩みである。

 『動かぬ、か。いや、動けぬ……か?』
 「いえ、動く必要がないのです。あなたもわたくしも。」
 『なんだと? うっ、いつの間に!』
 「あらあら、お気づきになりませんでしたか。すでに撫子さんが妖斬鋼糸で自由を奪わんとしておりましたのに……」

 必ずしも矛を交えることが戦いの始まりとはならない。バラクマは完全に読み違えていた。前回の戦いでさんざん裏を掻かれたせいか、不意打ちにまで気が回らなかったらしい。妖斬鋼糸によって片腕と片脚の自由を奪われたが、シャドウレインにはライティングチェーンという遠距離攻撃が備わっている。まだ反撃が可能だ。そう判断するよりも早く、バラクマは動き出した!

 『ライティングチェーン! 味方だった者の武器で死ぬがいい!』
 「そう来ると思ったよ。相手が撫子さんだから、さすがに集中するしかないよね。」

 バラクマは何かが抱きついたのを察知すると、思わずライティングチェーンを地面に落とす。こんな感覚は味わったことがない。彼にとってこの感触はもっとも気持ちが悪かった。

 「やっぱりあんたが興味あったのは、人間っていう器だけだったんだ。だからアペンドバンクに俺の特製ケータイが入ってても気にも留めない。」
 『そっ、それがどうした? き、気色悪い、さっさと離れろ!』
 「あんまり得意じゃないんだけどさ。俺さ、今から戦うよ。いちおう……勝つつもりだけどね、氷雨さん!」

  バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!

 『で、電撃! こ、こっ、こいつ! お、お、お! 俺はおろか、こっ、この小娘まで殺す気かあぁぁぁぁーーーーー?!』
 「氷雨さんがこんなもんで死ぬわけないだろ! 強いんだ! お前なんかよりも、ずっとずっとずっーーーと強いんだ!」
 『があ、あがあがががっ! こっ、こいつを止めろぉぉぉ! し、しっ、死ぬぞ! 小娘まで死んでしまうぞ! 死ぬんだぞぉぉぉ!』

 撫子も智恵美も、さすがにこれは予測できなかった。修羅の攻撃にヒントを得たとは、自分でも発生させられる電撃で倒せるという事実。自分で責任を果たせると確信し、それを完遂するための覚悟を日常で培っていたのだ。闇夜をバックに弾け飛ぶ黄色い電撃は、そのすさまじさを雄弁に語っている。尋常ではないパワーがバラクマに、そしてシャドウレインに注ぎ込まれていた。
 撫子は思った。今、この時こそ、亮吾が苦しみから解き放たれる瞬間なのだと。悲しみも怯えもすべて力に変え、ただ戦うだけ。少年にとって、この一瞬だけが唯一の安らぎなのかもしれない。この決意を無にしないと心に誓った撫子は、どんな結末が待ち受けようとも亮吾を支える決心をした。そして今は妖斬鋼糸を手繰って自由を奪うことと、勇敢な戦士の戦いを見守ることに集中する。智恵美もまた亮吾のために、神に祈りを捧げていた。誰もが亮吾を、そして氷雨を信じている。これはもはやメンバーの枠を超えた『絆』だ。誰にも曲げられない、強い強い絆なのだ。

 正しい力へと歩み寄った亮吾の電撃のすさまじさは言うまでもないが、抱きついている腕力も尋常ではなかった。バラクマは身をよじって振りほどこうとするが、常に撫子が絶妙の手さばきで妖斬鋼糸を操ることで、本来の力を発揮できないようにしている。まさか天位覚醒すらしていない撫子にしてやられるとは……その間も電撃は実体のないバラクマにダメージを与え続けていた。今の状況で「脱出は不可能」と判断した影は、ようやくこの戦いの本質を見抜く。

 『なっ、なんてことだ……うがががっ! あ、あ、相討ち! お前の狙いはぁぁぁーーーーーっ! ま、まさかぁぁぁ!』
 「いくら実体がないと言っても、お前はもうドレインシステムの中に封じられている! このバラクマとか名乗ってる奴が消えれば、何も問題はないっ! それさえできれば……最新バージョンのバックルでお前の能力だけを引き出せるようになる! 氷雨さんは元に戻る!」
 『そ、そんな、バ、バカなっ! お、お前だけが死ぬかもしれないんだぞ! 俺も小娘も生き残り、お前だけが死ぬかもしれないんだぞぉぉぉ!』
 「知ってるよ、そんなこと。」

 バラクマはすべてを悟った。彼は死ぬ気だと……結果なんてどうでもいいのだと。
 だが、どうしても彼にはそれが理解できない。だから今、問いかけた。そして、その返事を聞いた。やっと、やっと理解できた。理解はするが、負ける訳にはいかない。自分を失う危機が目の前にまで迫っていた。それほどの威力の電撃を受け続けている。気持ちが折れた瞬間にすべてが終わる……彼もまた撫子たちと同じように、亮吾を戦士と認めて戦い抜く覚悟をした。

 どれだけの時間が経っただろうか。ついにバラクマが膝を折った。しかし一向にして電撃は止むことはない。それどころか、ますます強くなるばかりだ。

 「あら、あらあら。賭けに失敗しましたか?」
 『くっ……! あがががああぁぁぁっ! はああががぁぁっ!』

 いくらバラクマが覚悟したとはいえ、亮吾の覚悟を凌駕するに至らなかったようだ。下手な小芝居を打ったせいで気持ちが折れてしまい、そのまま劣勢へと追い込まれる。亮吾は自分が手を抜いて戦えるほどの戦士でないことは、誰よりもよく知っていた。自分の弱きを知り、それを強さへと変える。勝負は完全についた。その証拠に、聞き覚えのある声が響く。弱々しくも、凛としたあの声が。

 「こっ、これは……」
 『こ、小娘の意識が表に……まっ、まずい!』
 「氷雨さん……この世界でね。誰かがいなくなって、悲しまないことなんて……絶対にない。少なくとも、氷雨さんは確実に……」
 「そ、その言葉……あ、あの時の……!」

 亮吾がそう言うと力尽き、電撃の放出が止まってしまう。しかし氷雨の意識を表に出すのには十分だった。
 それを見届けると、今まで静かに見守っていた撫子が神斬を構え、神々しいまでの輝きを集める! 以前の月の煌きよりも強い、日の輝きが収束し、一筋の光となってレインバックルへと向けた!

 「光よ! 悪しき影の化身を打ち消したまえ!」
 『う、うぎゃあぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ! レ、レイモンドぉぉぉーーーーーーーーーー!』
 「智恵美様! 氷雨様の治療を! わたくしも神力でお支えいたしますわ!」

 ドレインシステムに巣食うバラクマの意識のみを消し去った撫子は、氷雨の衰弱を回復するために力を注ぎ始める。智恵美も傍に駆け寄って治療を開始するが、どちらかといえば亮吾の方が心配だった。少年は気丈にもみんなにピースサインをして見せるが、極度の疲労で動くことができない。

 「あらあら。亮吾くんは元気ですね。強いですから。」
 「へ、へへ……冗談にしか、聞こえないって……」
 「わ、私は……もう二度と、あんな悲しそうな声で話す君を……見たくない。」
 「わたくしも同感ですわ。氷雨様、これからはどうぞご自愛くださいね。桜井様もご心配されてますから。」

 さすがの氷雨も、撫子のお説教を素直に聞き入れるしかなかった。亮吾もいつもの調子に戻ったらしく、どこかむず痒い感じでそのやり取りを聞いていた。


 前回の鬱憤を晴らすかのような快勝で『シューティングスター』の士気もぐっと上がった。裏方に徹していたアカデミーの面々は、紫苑の帰還を聞くと大喜び。智恵美から絶対安静と言われたが、メビウスがどうしても「胴上げしたい」と無茶を強いるシーンは皆の笑いを誘う。レディ・ローズもメンバーに「ボーナスを弾む」と終始ご機嫌だった。
 何よりも大きいのが、修羅の功績である。無理やり重要な情報を抜き出すと、それを丁寧に書き起こして智恵美に手渡した。その間、尊はシオンを兄の体から特製USBメモリへの転送を実行。まだシオンとしての意識があるので油断はできないが、もしかしたら何らかの形で使役することが可能かもしれない。これは研究素材として扱うことになるだろう。

 「智恵美さん。次の相手は、ダークネスとレイモンドになるんかな?」
 「その前にクリアーしておきたい問題があります。それはFEARこと、望月さんです。紫苑さんと氷雨さんの回復を待つ間、元気な皆さんでここを攻めてみたいと思います。」
 「あの糸目か……俺さ、あんまいい思い出ないんだけど。」
 「あらあら、それはいけませんわ。もっとお互いに知り合わなければ。きっとシャドウレインや影の獣を生み出した理由を知っている人だと思うのですが……今日もどこかでご観覧だったのではないでしょうか?」

 次の獲物……というよりも、まるで重要参考人のような言い回しをする智恵美。真実を手に入れるために遠回りはない。シューティングスターはこれからも戦い続ける。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

7305/神城・柚月  /女性/18歳/時空管理維持局本局課長・超常物理魔導師
0328/天薙・撫子  /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
2592/不動・修羅  /男性/17歳/神聖都学園高等部2年生 降霊師
2445/不動・尊   /男性/17歳/神聖都学園高等部2年生
2390/隠岐・智恵美 /女性/46歳/教会のシスター
7266/鈴城・亮吾  /男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第19回です!
ここでこんなこと言うのはなんですが……今までの中で一番「特撮してる」と思います。
もしかすると暑苦しいかもしれませんが、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

まるで最終回のような表現で終わってますが、まだまだ続きますのでご安心を(笑)。
情報をまとめなかったのは、次回のオープニングまでに調整するためです。ご了承ください。

今回も本当にありがとうございました。また『CHANGE MYSELF!』でお会いしましょう!